No.694230

紅と桜~想いの音~

雨泉洋悠さん

今日でもう11話というのがびっくりです…。

にこちゃんにとっての2年間とは何だったんでしょうね。
にこちゃんの事だから、多分さらっと色々あったけど一人でも頑張って良かったなぐらいですませてしまうんですよね、きっと。
でも、そこには私達はもちろん、

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2014-06-15 19:00:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:444   閲覧ユーザー数:444

   紅と桜~想いの音~

              雨泉 洋悠

 

 その時、私の心に湧き上がった、あの想いを、私は今も、何て言葉で表現すれば良いのか、解らないの。

 それでも、あの時、確かに聞いたの、私は。

 

 世界が、おちる音を。

 

 

 初めて見た時は、何か変な格好していて、言っていることもめちゃくちゃで、季節外れの、その香りだけが、私の心に、一つの、もうこの先、二度と途切れることのない、響き続ける、暖かい、音を残したの。

 

 その次の日、二度目に見た時には、私はもう、きっとこの場所に、辿り着いてしまっていたの。

 

 上着の下に見える、鮮やかな、春の色。

 密やかに流れ落ちる、清らかな黒。

 それを彼女らしさに結び留める、艶やかな、情熱の色。

 その香りと、色彩。

 この時には既に、私の音は全て、きっと、貴女に、奪われていた。

 

 

 ひとしきり暴れ回り、走り回った後の、その姿は、何だか子供っぽく見えちゃって、私は何時も病院でやってるみたいに、自然と自分の役割を引き受けてしまっていたの。

 雨に濡れて、滴を纏わりつかせたその黒髪が、その姿をより一層、艶やかにさせていて、とても綺麗だなって、そう思った。

 それでも、その瞳から感じ取れるのは、やっぱり何時もの子供達と同じもので、私は自然と、思ってしまったの。

 

 ああ、可愛いなって。

 

 さっきまでの暴れ回っていた時に、一緒にぴょこぴょこと跳ね回っていた、赤いリボンも、それに結ばれた二つの尻尾も、今私にしか見えていないであろう、その不安気に潤んだ瞳も、その瞳の色が、彼女を彩るリボンと同じ色であることも、その色白の頬が、彼女の持つ、春の色彩に染まっていることも、それら全てが、私達が思っていた以上に、小さくて、か細い、その身体に、全て、正しく収まっていることも。

 そして、微かに伝わってくる、彼女の淡い香りが、昨日と変わらない、同じものであることも。

「にこ、上級生なんだけど?」

 そんな言葉で我に返ったけれども、伝わってくる香りと色彩は、変わらなくて、私はもう、全てを先輩に、奪われてしまっていたんだ。

 

「真姫ちゃん?どうしたの?」

 ちょっと不思議そうな、もう随分と聞き慣れた声と、見慣れてきた色彩が、青一色だった視界に、飛び込んでくる。

 にこ先輩の顔、ふわっと一緒に強くなる、にこ先輩の香り。

 お昼休み、にこ先輩と一緒にお昼を食べたあと、ちょっとぼーっとしちゃってた。

 何かの折に良く思い出す、あの日のこと。

「うん、ぼーっとしてた」

 にこ先輩は何時も、皆で居る時と、私だけと居る時では、少し、雰囲気が違う。

「そっか、そのまま寝ちゃってもいいよ、時間になったら起こしてあげる」

 ずるいなあと思う、皆で居る時は、ちょっと格好悪くて楽しい、それでいて、少し厳しい先輩のくせして、私と二人で居る時は、たまに今みたいに、無防備で幼い顔と、先輩らしさを出そうとしている優しい顔を、一緒に晒してくる。

 お互いの呼び方が変わって、少し経つ。

 先輩は、大体は一緒に、お昼を食べてくれる。

 私の方から、先輩を見つけ出すときもあれば、先輩が誘ってくれる時もある。

 先輩が、きっと私のために作ってくれた、二人で居られる時間。

「うん、そうする」

 私は、ちょっと眠気を含んだ、気怠い感じの身体を、横たえる。

 にこ先輩の、気配と、香りを、間近に感じる。

 先輩、今笑ってるかな、仕方ないなあって感じで、ちょっと呆れた感じで、私を見てくれているかな。

 見ていてほしいな、私の事。

 私は、言葉で何か伝えるのって、今も凄い苦手で、未だに素直になれない自分が、にこ先輩に対しても、良く顔を出す。

 私は、海未先輩とは違うから、にこ先輩には、まだ言葉では、何も伝えられない。

 だから、今はとにかく、側に居て、にこ先輩の事を見ていたいし、見ていて欲しい。

「真姫ちゃんたら、今日はやけに素直ね」

 にこ先輩が、そんな事言ってる。

 良かった、今日の私、そう思ってもらえてる。

 梅雨が明けた、屋上は、暖かいよりも少し温度が高くて、夏の入り口、日陰でも少し汗に濡れてくる。

 そのせいで、髪が頬に貼り付いている感じがする。

 にこ先輩が動く気配がして、頬に貼り付いた髪を払ってくれる。

 ちょっとだけ、にこ先輩の体温が感じられて、くすぐったい。

 その後、ごそごそと先輩が動いている気配がまたして、桜色の香りと、何か柔らかいものの感触が頬を伝う。

「真姫ちゃん、汗かいてる。そろそろ、季節的に、屋上でお昼は限界かな?」

 頬に触れた感触から、伝わるにこ先輩の温度が、その心の優しさや、暖かさを、私に教えてくれている気がした。

 にこ先輩の優しさは、何時もさり気なくて、時には厳しさの裏返しだったりするから、私にも、まだまだ解り難かったりする時もあるけど、他の人とは少し違う、強さがあって、時々格好良くて、凄く暖かいの。

 

 ねえ、にこ先輩、私、何時かにこ先輩に、伝えたいことが、あるの。

 私ね、あの日、にこ先輩と初めて会ったあの瞬間からもう、にこ先輩の事を。

 

次回

 

部室

 


 
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