「めーーーん」
「パシーーーン」と言う音と共に鮮やかな面が決まった。
「一本!それまで!。」
審判役の女性剣道部員の軽やかな声が上がる。
「2対1で不動主将の勝ちです。」
礼をした二人が後ろに下がって面を脱ぐ。
すぐさま周りの部員が先を争うように二人にタオルを渡そうとする。
そのタオルを少し微笑んだ顔で受け取る美しい少女。
剣道部主将で国体優勝の実績を持つ不動如耶である。
「また、私の勝ちでござるな。」
「先輩はなかなか2本目を取らせてはくれませんね。」
そう答えた男子は、おそらく下級生であろう、少しはにかんだ少女からタオルを受け取るとニコッと微笑んだ。
「しかも、周りの女の子の数でも負けてるし。」
少しとぼけた顔でそう呟くと如耶が面白がって話しかける。
「いやいや、一刀殿は実力的には私より上だろう。もう少しフェミニストな所を除けば2本目も取れるはずでござる。」
「そこは弱点でもあるけど売りでもありますから。」
「後は調子に乗るところを抑えれば今年のインターハイは優勝出来る筈でござるな。」
「うへ、やぶ蛇でしたね。」
にが笑う北郷一刀は着替えるために準備室に入った。
ここは聖フランチェスカ学園。去年までは女子校だった高校だ。
剣道部の男子部員は北郷一刀1人。男子の部室がないので準備室で着替えるのが日常となっていた。
「かずピーどうしたん?」
ぽつぽつ歩いていると後ろから声が掛かる。
この通学路で俺にエセ関西弁で話しかける男子は1人しかいない。
寮で隣部屋の及川だ。
「いや・・・・・・。ん、どうしたって?」
逆に聞き返すと及川はいつもの嫌らしい笑顔で答える。
「かずピー元気ないやん。今日は女の子連れてないんか?」
「まぁな、8連敗だ。」
多くを語らないが察しの良い及川はすぐ気が付く。
「なんだ、また負けたん?それで女断ちか?」
「そういう訳でもないのだがな、フェミニスト過ぎるのが敗因だと部長に言われてな。」
「女子に優し過ぎるのか、まぁあきらめとけ、かずピーのそれは不治の病や。」
「ほっとけ。」
「それより聞いてくれ、ワイはまた振られちゃったんや。そやな、女断ちしてるならちょうど良い、誰か紹介してくれんか。」
「んーーーー剣道部の娘達は大体俺か先輩のお手つきだからなぁ。」
「うぬぅ。そんなうらやましい話は聞きとうない。いや、もうお手つきでも良いから譲ってくれんか?」
「まぁ聞くだけ聞いてやるが俺はフェミニストだからな。女の子が嫌がる話は振れないぜ。」
「むぅ・・・・・、まぁまぁそう言わんと。その子の友達でも良いから。」
「ともかく聞いておいてやるよ。ただし、成果はあまり期待するな。」
「期待しまくりで待たせて貰うからよろしく頼むで。」
そんな話しをしつつ寮の自分の部屋に戻った。
「さて、飯も喰ったし腹ごなしでもするか。」
トレーニングウェアに着替えると部屋にある木刀を持とうとしたが、ふと手が止まった。
そして部屋の奥にある鞘のある刀に目がいった。
「たまには一刀にも空気を吸わせてやるか。」
それは祖父から預かった日本刀、無銘で有ったが「一刀(いっとう)」と勝手に名付けて読んでいる。
刃が付いた真剣ではあるが、内緒で持ち込んでいた。
見つかった人には模造品と言うことで通している。
「相変わらずこの重さが気持ちが良い。」
刀を握ると粘っこい風がまとわりついてくる。
真剣特有の危うさというか、ぴりぴりとした雰囲気が肌を包む。
刀を振らずに上段、中段、そして下段と構えを直す。
「振らなくても身が引き締まるのが良いなぁ。」
ふぅと息をついて剣を鞘に戻す。
「さすがに、真剣を無闇に振るのは危ないからなぁ。」
そう言いながら柄を握ると、集中を高めていく。
いわゆる居合いの構えだ。
彼の流派は北辰一刀流、当然居合いは流派の技ではないが一刀が気を高めるためだけに真似事をしている。
気合いを高めると同時に周りの気配を探り、刀を繰り出すタイミングを計っている。
物を斬ってしまう訳にはいかない、絶対大丈夫な状態でないと剣は振れない。
そして、その集中が限界まで達した瞬間、彼は気合いと共に剣を繰り出す。
「はっ!」
その繰り出された刀はその瞬間に鞘へと戻る・・・・・・・筈だったのだが・・・・・・。
「あーら、危なかったじゃないの?」
その台詞を発した物は、いや、多分人物なのだろう・・・・でもそれは一刀には信じられなかった。
そのものは指二本で一刀の刀を挟み捕まえている。
体躯は2mをゆうに超え、ムキムキなマッチョの体を隠しているのはビキニパンツ一つ。
厳つい顔に似合わない濃い化粧。
どこから見ても不審な存在がドスの効いた声でお姉言葉を発した。
「私を殺す気?それとも愛情の裏返しかしら、ご主人様?」
「はぁ?」
どこを突っ込んだらいいのか解らない一刀は呆然と立ちつくした。
一刀が困った顔をしていると、その男?は話を続ける。
「あぁら、出る場所を間違えたのかしら、でも繋がってるのは間違いないし。いいわ、教えてあげる。」
「貴方は、これから別の外史に飛んで貰うの。詳しくは、そちらでね。」
「お、おい、外史って何だ?」
「飛ぶって、いったいどういう事だ?」
矢継ぎ早に質問する一刀、だがその男?は聞いちゃ居ない。
「ふぅむ、あまり時間はないみたいね。」
「取りあえず言っておくわ。そこで貴方には天下を統一して貰う。貴方の好きな、三國志の世界でね。」
「三國志って・・・・・・・」
「じゃぁ、行くわよ。この鏡を見つめて。」
「お、おい、全然俺の質問に答えてない。む、これがなんだ・・・・・・。」
それは手に収まるサイズの、とは言っても大男のでかい手だが、妙に古ぼけた鏡だった。
周りには装飾が施され、エチケット用と言うよりは古い儀式に使用されるたぐいの物だ。
眼前に取り出されたその鏡を見ると、突然それが光り出した。
一刀は、その光から目が離せなくなる。
そして吸い込まれるように意識がなくなっていった。
「さぁ、着いたわよ。」
大男が話す。
しかし、周りには誰もいなかった。
「あら、移動の途中に軸がずれてしまったのかしら。」
「困ったわねぇ。まぁ良いわ。この世界には来てるはずだから・・・」
「取りあえずこの外史を楽しませて貰うわ。一傍観者として・・・。」
「なぁ、秋蘭。」
町中で馬をゆっくり歩かせながら夏侯惇は妹に尋ねた。
「なんだ、姉者。」
無表情でそれに答える夏侯淵。
「先ほどの占い師の話をどう思う?」
「『近いうちに天から来る者が我らの主となるだろう。』か・・・・・・・眉唾物だが・・・・」
「しかし、今の陳留の刺史殿は正直ついて行けん。金儲けしか頭にない。」
「姉者、声が大きいぞ。まぁ確かに同意見だが・・・・・。」
「もし本当だとしたら嬉しいのだがな、こんな所で憲兵長をやっているのは飽きた。」
「まぁ、そう言うな姉者。でも・・・・、そうだな、今は世も乱れている。そんなことがあっても不思議ではないな。」
そうこうしていると馬は街の外れまで来た。
「今日は街の東側に見回りだ。気を抜くなよ、姉者。」
「馬鹿にするな。気など抜いたところでも見回りは出来る。」
「・・・・・」
そういうことを言って居るんじゃないと秋蘭は思うが、まぁいつものことなので軽く流しておく。
と、前方に目映い光が空から落ちてくるのが見えた。
「なんだあれは?」
「ふむ、面妖な。」
「ともかく行ってみるぞ、秋蘭。」
馬を走らせる春蘭。
「まつのだ、姉者。」
その後を追いかける秋蘭。
「何か危険があるやもしれん。急いで近づかん方が良い。」
秋蘭はいさめるが春蘭は聞いては居ない。光の落ちた地点にまっすぐに向かう。
「割と遠いな。」
光の落ちた場所までは馬でも一刻程掛かりそうだ。
「あの辺は山賊どもが出張ってきていると聞いているが・・・。」
追いかけてきた秋蘭が冷静に言う。
「ならばついでに山賊退治もしてやろう。」
「二人でか?」
「雑魚など二人いれば充分だろう。ともかく急ぐぞ。」
二人は光の落ちた付近まで馬を走らせた。
どのくらい気を失っていただろう。
ほんの一瞬のような気もするし、ずいぶん長い間のような気もする。
ただ、目が覚めたときにはそこには陽があふれていた。
さっきまでは夕方だったから、一晩経っている・・・・?いや、多分それは違うな・・・・・。
ぼやけている頭の中を総動員して思考を巡らす。
周りを見回すと先ほどの大男は居ない。
右手には一刀がある。
少し安心した。
あの男は飛ぶと言った。その意味を実は少し理解していた。
「ここはどの外史だ?」
口から出た言葉に自分自身でも驚く。
「外史って・・・・・さっき聞いたから?しかし、無意識で出てくる言葉なのか・・・・・。」
そい言いながら自分の姿を見ると一刀は驚いた。
「うわっ、トレーニングウエアに着替えたはずなのになぜ制服を着ている?」
『どうやら、とんでもないことが起こったみたいだな。』
立ち上がり、遠くを見回しながらそう呟いた。
そこは日本では考えられないような風景が広がっていた。
「おうおう、にいちゃん。こんな所で何をしているか知らんが有り金を置いていきな。」
一刀が考えを整理していると、突然声が掛かった。
そちらを見ると中背とデブと小男の3人組がこちらに向かって威嚇している。
「この男、珍しい服を着てますぜ。高く売れそうだ。」
「そうだな、よし、身ぐるみも剥ぐとするか。」
「大人しくするんだな。」
そういいながら剣を構えじりじりと寄ってくるデブ。
しかし、一刀は動じない。
「静かにしてくれないか?」
そう言ってデブを睨み付ける。
「今考え事をしてるんだ。怪我をしたくなかったら立ち去ったほうがいいよ。」
刀を抜くと斬り手を逆に返して青眼に構える。
「男相手だと手加減は出来ないぜ。」
その気合いに一瞬怯むものの襲いかかってくるデブ。
しかし、一刀はその攻撃に合わせるように刀を振る。
そして、倒れ落ちるデブ。
「うわぁ、デブがやられた。」
慌てる中背と小男が逃げていくと、一刀はデブを蹴り上げる。
「峰打ちだから死にはしないだろ。あんた打たれ強そうだから。」
デブは気が付くと慌てて逃げていった。
逃げるデブを見送りながら一刀はため息をつく。
「あんな奴がいるなんて、ここは本当に三國志の世界なのか?」
疑問は確証に代わりつつある、夢の中でなければだが・・・・
「パチパチパチパチパチ」
そんな一刀の後方から拍手の音が聞こえる。
「えっ!」
振り返る一人の後ろにいたのは二人の美少女だった。
「そろそろ光の落ちた付近だな。」
馬を走らせながら春蘭が言う。
「姉者、そろそろ馬を下りて探してみるか?山賊の斥候に見つかってもやっかいだろう。」
状況を冷静に分析して秋蘭が答える。
「あの森の付近じゃないか?馬では目立ちすぎるだろう。」
「そうだな、そこの木に縛り付けるか。」
「うむ。」
すると前方から男の怒鳴る声が聞こえた。
『おうおう、にいちゃん。こんな所で何をしているか知らんが有り金を置いていきな。』
「ふむ、野党か?この私の前で追いはぎなど許されるはずもない。」
駆け寄ろうとする春蘭を秋蘭が止めた。
「まて、姉者、あの男不思議な格好をしている。」
秋蘭は弓手だけあって目が良い。50メートル以上離れた位置からその相手を捕らえていた。
「ふむ、きらきらと光る衣装を着ているな。あんなものは見たことがない。」
春蘭の目も常人よりは優れている。目をこらせば様子がわかる。
「しかも、あの剣、不思議な形状だな。あんなに細くて折れたりはしないのだろうか?」
状況を分析する秋蘭。どちらが強いかを見極めていた。
「む、あの気合い。なかなかの使い手のようだな。」
春蘭は直感で一刀の方が勝つと感じる。その様子を二人で見つめていた。
太った男と一刀がすれ違った瞬間、太った男が倒れる。
「ふむ、あの技はそう出来るものではないな。」
秋蘭が感心したように話す。
「やはり、私が言ったとおりだ。キラキラの男が勝った。」
春蘭はそちらに向かって歩き出した。
「そこのお前、なかなかやるな。」
長い髪をバックにしておでこを出している少女が言う。
そう言う少女も歩く動作や振る舞い、その纏う気迫でただ者でないことは一刀にも解る。
「先ほど見せて頂いた。その野党を追い払った剣技、そうそうお目に掛かれるものではない。」
もう一人の、少し落ち着いている、ハイポイントで片眼を隠している少女も一刀を褒めた。
「いやぁ、それほどでも・・・・所でここはどこなんだい?」
「ふむ、どこと聞かれれば兗州、陳留郡の町の外と答えるが、貴殿は知らずにここを通っていたのかな?」
ハイポイントの少女が答えた。
「いや、俺は今来たばかりだから。」
「どこから来たのだ?お前、名は何という?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は北郷一刀。フランチェスカ学園2年だ。住んでいたのは東京。とはいえこんな事を話しても解らんとは思うが。」
「北郷・・・・一刀?どこが名前でどこが字だ?」
「あぁ、北郷って呼んでもらえればいいよ。お嬢さんの名前は?」
「私の名前は夏侯惇元譲。そっちは妹の夏侯淵妙才だ。」
「はぁ、夏侯惇?」
「ん、なんだ。私の名前に驚くとは失礼な奴だな。そんなに変な名前だというのか?」
「あ、ごめん。そう言う訳じゃないんだ。ちょっと意外だっただけで。うん、良い名前だな。」
そこは女性あしらいに慣れている一刀だけに、ともかく相手の名前は褒める。そんな習慣がここでも現れた。
「そうか・・・・」
褒められたのが解って少し照れる春蘭。
「それよりも先ほどの技、どこで習ったのだ?それとその剣。細いな。あまり見たことがない剣だが・・・・。」
もっと突っ込むべき所があるのではないかと思うが、すでに自分の興味があることだけを質問している春蘭を制して、秋蘭が話し出す。
「まぁ待て姉者、それよりも北郷殿に聞きたいことがあります。」
「北郷殿が住んでいたと言われる東京という町は聞いたことがありません。どこにあるのでしょう?もしかして天界ではないのですか?」
「天界・・・・・ねぇ・・・・・・・有る意味そうなのかもしれないな。ここの場所とはどうやら時間も空間もずれて居るみたいだ。」
ここまでのヒントを重ね合わせれば朧気ながら状況が見えてくる。
外史、三國志、真剣を持って徘徊する山賊、夏侯惇と名乗る少女、ドッキリや夢でなければどうやらパラレルワールドに来ているようだ。
夢なら、結局覚めるのを待つしかないし、ここまで大げさなドッキリを一般人の俺に仕掛ける訳もない。
「それよりもお前、それほど腕が立つなら私の部下にならんか?良い将になると思うぞ。」
流れをぶっちぎって春蘭が横入れをする。自分の台詞に自信満々だ。
「姉者・・・・・・・・・・・。」
少しあきれたように秋蘭が言葉を放つ。
「逆だ。私たちがこのお方に仕えるのだ。」
「はぁ!?」
俺と春蘭は同時に声を張り上げた。
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