一蓮は江夏の城の前にいた。
昼夜とばしたおかげで次の日の昼にはここまで来られた。
白天は疲れているはずなのにそんなそぶりを見せない。可愛い子だ。
「さて」
来る途中に少し考えたことがあった。城にどうやって入ろうかだ。
忍び込むと言う手もある、が、かなり厳重な江夏城の警備をかいくぐるのは至難の業だ。
『想夏や乱花なら出来るかもね』
と、思うものの私の専門分野じゃないので却下。
だとすれば後は・・・押し入る、のは私好みだけどちょっと無謀かな・・・。
騙し入る、と言う手もあるけどどうやっていいか思いつかない。
なら、やっぱり私らしく正面から行こう。
白天を城下町の厩に預けると城門に向かって歩き出した。
そして門番に向かって話しかける。
「私は孫権が第一子、孫子高です。江夏の太守、程普様にお会いしたいのでお取り次ぎをお願いします。」
取りあえず通して貰うには太守に会うという名目の方が解りやすいと感じたので言った言葉だが、門番は予想より動揺した対応だった。
なにやらひそひそと話している。
そして
「少々お待ちください。」
そう言うと何人かが奥の方に戻っていった。
『これは・・・・、いきなり急展開?』
途中手に入れた矛を持つ手に力が入る。
『一暴れしなきゃ行けないかしら』
そう思った一蓮だが中から出てきたのは結構偉そうな格好をした文官だった。
「これはこれは孫登様、程普様に何かご用でしょうか?」
「私は荊州での修行を終えて今から建業に帰るところなのですが、お世話になった程普様にご挨拶をしていこうかと思いまして。」
作り話だがそこそこ信憑性はある。
普通に移動すれば荊州城から江夏城までは3、4日は掛かる。すれ違いになったとしても不思議ではない。
「そうでしたか、しかし、程普様は今お出かけになっていまして、当分はお帰りになりません。」
「それは仕方がないですね。では、今日はこちらで休ませて貰っても構いませんか?」
「はい、それはもう。」と言った後、衛兵に向かって「急いで貴賓室を用意するのだ。」と言った。
そして文官の後から一蓮は城の中に入っていった。
通された部屋は確かに貴賓室と言うだけ有って、なかなか豪華な部屋だった。
「どうぞこちらへ。」
途中で文官から受け継いだ侍女が案内する。
女性だという事への気遣いにも見えるが、なにやら工作をしているようにも感じる。
「それではごゆっくりしてください。何かありましたら鈴を鳴らして頂ければ御参じます。」
「あ、ところで」
立ち去ろうとする侍女を一蓮は呼び止める。
「諸葛瑾さんにご挨拶したいのだけれど・・・どちらにいるか解る?」
そう訪ねる一蓮に侍女は困ったように答える。
「諸葛瑾様がどちらにいるかは少々解りません。後ほどわかるものを寄こしますのでお待ちください。」
「わかりました、それではくつろがせてもらいます。」
侍女が出て行くのを見送ると寝所に腰を掛け一伸びすると、少し気合いを入れ直した。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか。」
状況はまな板の鯉に近いものがあるかもしれないが、少しワクワクしている自分がいた。
程なく先ほどの文官が訪れて諸葛均の不在を告げた。
明日には戻るとのことでそれまで待ってくれとのことだった。
『まぁ素直に会わせてくれるとは思ってなかったけどね。』
『と、言うことは多分今晩かな』
出された食事は平らげた。多分毒は入っていない。入っているとすれば眠り薬だがそれも無いと勘が告げる。
『小娘だと嘗めてるのよねぇ、後で後悔はすると思うけど今は乗っておくわ。』
そう思うといつも通り素早く眠りについた。
皆が寝静まったところ、一蓮の部屋の前には数人の兵がいた。
人数は10人程度、皆棍やかぎ爪付きの棒などで武装している。
足音を立てないようにひっそりと移動してきたが、その気配だけで一蓮は目覚めていた。
『気配からすると扉の前に10人程度、窓の外に5人と言ったところかしら。』
そう思いながら少し落ち込んだ気分になる。
『私の噂ってこんな近くでもあまり伝わってないのね、この程度の兵で捕まえられると思っているのかしら。』
でも、少し頭を切り換えると、冷静な判断が出来る。
『ここは捕まっておく方が正解ね。』
嘗めた敵にわざわざ警戒させる必要もない。
それに呉を裏切ったわけでは無いようなのでお姫様を手荒くは扱わないだろう。
そうこうしているうちに扉が開いた。
大勢の兵達が部屋にドタドタと進入してくる。
私は、今目覚めて何が起きたのかと怯える振りをする。
そして兵達が私を取り囲むと隊長らしき人物が大きな声で口上を上げる。
「姫様、貴女に偽物の疑いが掛かっています。」
「申し訳ありませんが真偽のほどが判明するまで拘束させて頂きます。」
『なるほど、こういう手なのね。』
一蓮は理解するがそれをお首にも出さずに狼狽する演技をする。
「えっ、えぇ。」
「そんな、私の顔を知っていられる方は多い筈ですが。」
「私も上からのお達しですので、明日にもお取り調べがあるはずです。」
そう言いながら隊長は手で合図を出すと兵の内二人が一蓮の肩を両方から掴んだ。
「それでは連行します。大人しく付いてきてください。」
一蓮は少しいやがる仕草をするが諦めた振りをして隊長の後を付いていった。
連れて行かれた部屋は城の地下牢、と言っても個室になっている。罪人を入れる部屋とか違う監禁用の部屋だった。
「それではこちらでお待ちください。」
隊長が部屋の鍵を掛ける。この部屋には窓一つ無い。
「明日の朝には取り調べがありますのでそれまではこの部屋に成ります。狭い場所ですがお願いします。」
そう言って隊長は立ち去っていった。
慇懃な隊長の台詞に少し頭に来るものの、冷静になって周りを見回す。
ここには6つの部屋があって使用中なのは私の部屋の他一つ。
『多分あそこに諸葛瑾さんが居るのね。』
一蓮の感がそう囁く。
『全く予定通りかしら。』
先ほどの部屋よりはかなり粗末になったが、それでも野宿よりは大分ましな寝所に座ると、私をここに連れてきた事によって起きた騒がしさが冷めるのを待つ。
『しかし、拘束もしないのね。よっぽど嘗められてるのか、それともお姫様に敬意を払っているのかしら。』
一蓮は少し擦れたように微笑むが、その微笑が少し悪戯っ子ぽいものに変わっていった。
夜の静けさが周りを包むまで半刻ほどだった。
周りの気配は二人、この六つの部屋の外に立っているようだ。あまり緊張しているようには見られない。
一蓮は静かに扉に近づくと集中する。すると彼女の手のひらがボォッと光り出した。
気当て・・・
魏に居た将軍が得意にしたものであるが関羽も気に関してはかなり精通していた。
一蓮もそれを習い、今では気の細やかな扱いは関羽以上と成っていた。
その気をドアの外の南京錠に当てる。するとパラッと言う音とともに南京錠が壊れて下に落ちた。
「ゴトッ」
南京錠が床に落ち、音を立てる。
「ん、今何か音がしたか?」
守衛の一人が隣に聞く。
「そうか?」
訝しげに首をひねる守衛の男だが少し考えて
「ちょっと見てきた方が良いだろう。何かあっても拙いしな。」
そう言いながらもう一人の守衛に指示をする。
守衛の一人が部屋の方に近づくと落ちている鍵を見つける。
「あれ、鍵が壊れていたのか。」
そう言いながらその鍵を拾おうと近づく。
「どうした?」
もう一人もこちらに近づいてくる。
その瞬間だった。
扉をスッと開けた一蓮が手前の守衛の鳩尾に一撃を加える。
さらにすり足で一瞬のうちにもう一人の守衛に近づくとあっという間に後ろに回り込み首筋に手刀を当てた。
倒れる守衛達。その間コンマ何秒である。
周りに気取られては居ないのを確認して守衛の腰に差してある刀を抜き取ると、閉じていたもう一部屋の方に向かった。
扉の鍵の前でスッと構えると守衛の刀を振る。
そのスピードは常人では捉える事は出来ないであろう、もし見ていたらまさに空気が切り裂けた様な印象を受けることになる。
その刹那、南京錠はあっと今にバラバラになる。派手な音を立てたくなかったためにした行為だが達人でなければ出来ない技だ。
ただし、その代償はあった。
守衛の刀にはヒビが入ってもう使い物には成らなくなっている。
「だから鈍らはだめね。」
そうつぶやくと刀を床に置き、その扉をノックする。
「中にいるのは諸葛瑾さんですか?」
「はい、そうですが。このような時間に何でしょう?」
穏やかな女性の声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
扉を開けて中に入る。
「お久しぶりです。孫登です。」
両手を合わせてお辞儀すると、向こうも同じように挨拶を返す。
「姫様、お久しゅうございます。」
妙齢・・・の筈だが小柄な女性で見た目には年齢の判別はつきづらい。
荊州に来てから数回妹さんとも会ったが、確かにうり二つであった。
「挨拶は抜きで話させて貰いますけど、実はこんな書状を已莎から預かってます。」
一蓮は已莎からの書状を諸葛瑾に差し出した。
諸葛瑾はその書状を読むと、くすっと笑った。
「呂琮さんらしいですね。」
「でも、姫様と呂琮さんはよっぽど心を通わせてるのですね。」
それは、已莎の文にはよけいな説明や装飾語が無かったが、この内容で一蓮がここまで来た。と、言うことであろう。
「はい。」
まっすぐな目ではっきりと一蓮は答えた。その信用は他の4人の姉妹達にも等しく言えることだった。
諸葛瑾はその表情を見るとニコッと微笑むが、すぐに真剣な表情となり一蓮を見つめるとしゃべり始めた。
「今回の事は、ずいぶん前から計画されていました。」
「私も呂蒙さんもその事には気付いていましたが、結構用心深く進められていた上に、かなりの高位の方も加担していたためなかなか尻尾がつかめませんでした。」
「そして、ついに計画が実行されることになりました。」
「なんとその計画には太守の程普様まで加担していたのです。」
「あの方は多分何かご事情が会ってのことでは無いかと思うのですが・・・・」
「その計画では、まず関羽様を山賊騒ぎで釣り出した後、荊州城を襲って奪い取るものでした。」
「私は太守様をお諫めしたのですが、その所為でここに監禁されることとなりました。」
「しかし、呂蒙さんは逆に進言して無傷で荊州城を手に入れるようにしたのです。」
「それは、時間稼ぎでもありますし、荊州城が手に入ればさらなる黒幕が露見出来るかもしれないと言う目論見がありました。」
「その目論見は当たりはしましたが、どうやらその人物は荊州を完全に掌握するために、公安に向けて兵を出立されたようです。」
「その数10000。この兵力では公安など一呑みにされてしまうでしょう。」
「ええっ」
驚く一蓮を前に諸葛瑾は言葉を続ける。
「そうなってしまえばいくら私たちが言葉を繕っても取り返しがつきません。蜀呉の戦いはさけられないでしょう。」
「でも、1万ってそんな戦力・・・・」
「その計画のために用意されていたのです。」
「でも、姫様。姫様でしたら止められるかもしれません。いえ、止めてください。お願いします。」
諸葛瑾は祈るように一蓮に懇願した。
それに対して一蓮は一瞬困った顔に成るが、すぐ笑顔になる。
「義母さんに頼られたら嫌とは言えませんね。」
「え、姫様がその呼び方をしてくださるとは・・・・。」
「あ、そう言えば妹は元気ですか?・・・・いえ、大丈夫でした?」
「格は呂琮さんが親戚に預けてくれました。多分このことを察知されていたのでしょう。」
「相変わらずやんちゃで困ってしまいます。」
和やかな雰囲気になるが、それも交代に来た兵達の喧噪で止められる。
「ゆっくりしゃべってる暇はなくなりましたね。」
若干の緊張とともに一蓮が身構える。
「兵が出立したのはいつでしょう?」
「昨日の朝と聞きます」
「じゃぁ、それを止めなくっちゃね。」
ニコッと笑う一蓮を見て、この子なら本当に止められるかもと諸葛瑾は思った。
力ずくで突破しようとする一蓮を抑えて、諸葛瑾が兵達に呼びかける。
「私が保証します。この方は本当の姫様です。道を通しなさい。」
その穏やかながら凛とした気迫に、兵達はおずおずと道を空ける。
「姫様、あまりのんびりはして居られません。取りあえずこの城を抑えましょう。」
「ええ」
キッと前を向くと周りをにらむように視線を当てる。
その気迫に周りから見ていた兵達は次々と平伏していった。
そして、そのまま城の玉間まで進んでいくとそこには見覚えのある人物が私たちを待っていた。
「あらあら一蓮ちゃん。お久しぶりですねぇ~」
「穏さん。お久しぶり・・・・ってどうしてここへ?」
「陸遜様。もう着かれていたのですか?」
「諸葛瑾さんもご苦労様でした~。」
相も変わらず緊張感のない人ではあるがこれでも呉の丞相である。
「私が伝令を打っておきました。今、信用が出来て兵を集められるのは丞相様だけですから。」
諸葛瑾が一蓮に説明をする。
「取りあえず5000の兵を集めてきました。でも~、ちょっと遅かったみたいですねぇ~。」
陸遜がしゃべり出すと相変わらず緊張感が無くなる。それでも困ってる雰囲気は伝わってくる。
「私が先回りして兵を足止めします。」
「そうですねぇ~、おねがいしちゃいます~。」
「では、急いで馬を。」
「あ、いえいえ出立は朝でも間に合うと思いますねぇ。今日のところはお休みになると良いですよぉ。」
「それに朝までには多分来ると思いますしぃ。」
そう言って陸遜はニコッと笑った。
言われたとおり少し休むと朝を迎えた。
昨晩の内に城は陸遜率いる軍に占拠されていたが、元々は同じ軍なのでさしたる混乱もなかった。
朝目覚めると早速玉座に向かう。
すると陸遜がすでになにやら忙しそうに雑務をこなしていた。
「おはようございますぅ。一蓮ちゃん。」
「おはようございます。穏さん。」
「朝は早いんですねぇ。そう言うところは雪蓮様には似てないんですねぇ。」
「雪蓮様は低血圧で朝起こすのが大変だったんですよぉ。」
割と事態は緊迫しているはずなのに相変わらず緊張感はあまり無いが、それでも書類をめくる手を休めないのはさすがといえる。
「最近はあまりすてきな書物が少ないんですよねぇ、荊州の書庫はいかがでしたか?」
突然雑談を始める陸遜。
『確かすてきな書物を与えるとお父様が大変なことになっていたような・・・』
すでにその辺の知識もそこそこは解ってきている一蓮が若干赤くなるが、今はそんなことを話している場合ではないはず。
「穏さん、わたしは早速行きます。」
「でも、どんな進路を取ったのか解らないと追いつきようがないですねぇ。」
相変わらず指摘は厳しい。
「あ、確かに。」
「諸葛瑾さんなら解るのかも?」
「いえ、そこまでは私も。大体なら解るのですけど。」
ちょうど隣の部屋からこちらに入ってきた諸葛瑾が答える。
軽く挨拶を済ませると、少し考えた一蓮が話し出す。
「でも一万の大部隊だから大体の位置でも追いつけるんじゃないかしら。」
「それでも中原は広いですよぉ。」
そう言いながらさらに書類をめくる。
「・・・・・・ふむふむ。これで大体解りましたねぇ。」
「何が解ったのですか?」
「部隊の進路ですよぉ。」
相変わらずの笑顔で答える陸遜は書類を一蓮に見せながら言う。
「先ほどから出立に関する書類を集めさせていたのです。これに寄りますと、こうこうこういった道筋を通る予定のようです。」
見ただけでは一蓮には理解出来ないが、陸遜の説明を受けると書かれている内容が解る。
「なるほど、これで行けますね。」
そう言うと踵を返そうとする一蓮を陸遜は呼び止める。
「待ってくださぁい。」
「この子達を一緒に連れて行くと良いでしょう。」
そう言うと、4人の少女が隣の部屋から入ってきた。
「いーちゃん久しぶり。」
一番最初に入ってきた少女は人懐っこそうな笑顔で元気に挨拶した。
「想夏も元気そうね。和、踊、乱花も久しぶり。」
次々と入ってくる娘たちに一蓮も挨拶をする。
「いーれんちゃんもー、元気そうで何よりーね。」
「一蓮、元気そうだね。久しぶりにあえて嬉しいよ。」
「一蓮さん、修行はどうでした?今度お手合わせをお願いしますね。」
一通り再会を懐かしむとみんなを見回して一蓮が言った。
「それじゃぁ、みんなが一緒に来てくれるの?」
「うん、5人集まれば怖いものはないよ。」
想夏が元気よく答える
「しかし、1万対5ではいくら私たちが一騎当千といえども少々厳しいのではないか?」
踊が訝しげに話を切り出す。
「確かにもっともですね。でも1万を相手にする必要はないんです。詳しくは陸遜様からお話があります。」
乱花が話を振ると、横でにこやかに話を聞いていた陸遜がまたにこやかに話し出す。
「ですねぇ、それでは皆さんに、策を授けます。4人には陽動をやって貰います。」
そう言いながら一蓮をのぞく4人を見回す。
「そしてぇ、一蓮ちゃんにはー、軍の総大将を倒して貰います。」
「なるほど、確かに頭を抑えるのは数の多い敵を相手にするときの基本ですね。」
一蓮がうなずく。
「それで、陽動のやり方ですがぁ、さすがにこれは現場を見てみないことには何とも。」
「そこでぇ、その辺は和さんに任せますぅ。」
そう陸遜が言うと、皆で和を見つめる。
すると陸遜に負けず劣らずのにこやかさで返事をした。
「任されました~。かーさま。」
早速旅立った5人だったが和の荷物の多いのが気になった一蓮はその中身が何なのか聞いてみた。
「これは~、秘密兵器です。」
にぱーっと微笑みながら和が答える。
「とーさまにお聞きした天界の武器にロケットランチャーというものがあったので-。作ってみましたー。」
「へぇ、天界の武器ねぇ。」
一刀からは昔から子守歌代わりに天界の話を聞いている。
その際にカタカナ言葉も平気で発声出来るようになっていた。
そして和はからくり作りに天才的な才能があった。
許昌には昔、魏の武将が作ったという高性能な炉が有ると聞いたので参考に訪ねたりもした。
特に和が優れていたのはイメージを形にすることで、それには一刀の知識は大いに役立った。
ガソリンというものがあると聞き石油を掘り出すことまで成功している。
そのままでは使えないことを聞き精製まで取り組んでいる最中だ。
「まだオートバイは未完成で持って来れませんでしたー。」
「オートバイって乗り物だったっけ?」
「ええ、天界の乗り物で馬より早いらしいですよー。」
「なごちゃん、今度完成したら私を乗せてね。」
横から想夏が割り込む。
「うん。いーれんちゃんはどうしますー?」
「私は良いかな。この子が居るし。」
「ヒヒーン」
一蓮が白天を撫でると嬉しそうに啼いた。
「オートバイが完成したら、今度は馬車を同じようにガソリンで動くようにしてみますのでー、そうしたら一緒に乗りましょうねぇ」
「みんなで乗れるなら楽しそうね。」
そんなたわいもない話をしながらも馬を走らせ、二日後には軍に追いついていた。
「少し迂回しながら回り込むわよ。」
一蓮が指示をする。
「さてさてー、どんな様子でしょう。」
和がでっかい眼鏡のようなものを取り出す。
これも一刀から聞いて作った発明品の双眼鏡だ。
「ふむふむ、どうやら方円陣を布きながら移動して居るみたいですね。すっごく慎重というか、臆病な大将さんのようです。」
「これまで尻尾をつかめなかったというのはそれの所為だな。」
「1万の兵で方円陣を布かれては大将を狙うのは大変そうですね。」
「しかも、中心が一つではなく4つ有りますー。これはー、ダミーを置いて居るみたいですねー。」
「ダミーって?」
「偽物のことですー、天界ではそう言うととーさまから聞きました。」
「さてさて、どうしましょうかー。」
少し困ったような台詞だが笑顔を崩さない。陸家の家訓なのだろうか。
少し考えた後、徐に切り出した。
「それでは皆さん、私の言うとおり配置して貰います。」
「円方陣を4方から攻撃して4つの中心がどう動くか見極めましょうねー。」
和が解説する。
「もし、敵の大将さんが無能でしたら4方から攻めた際に本当の中心は中央に寄ってくるでしょうから簡単なんですけどねー。」
「多分動きはしないでしょう。今までの行動や、これだけの数を集められる力がそう示していますー。」
「それでもじっくり見ていれば反応でどれが本当かは解りますねー。」
「便宜上1から4までの番号を付けますね。それで私からいーれんちゃんにお伝えしますー。」
「それでは皆さん、配置についたら派手にやっちゃってくださいー。」
皆、それぞれに散っていく。
一蓮は和と同じ場所にいた。
なにやらからくりを組み立てている和。
その横で気合いを入れていた一蓮だが、訪ねるように和に話しかけた。
「しかし、ここまで守りが堅いと、ちょっと厳しいかな?」
「いいえー、私たち5人揃ったら無敵じゃないですかー。」
「ふむ」
少し考えた一蓮だが、その言葉は否定した。
「いや、和。それは違いますね。」
「いーれんちゃんもそう思います?」
自分で言ったはずの言葉を即座に自分で否定するように和は話す。
相変わらず表情は笑顔のままだ。
「私たちは6人揃ったら無敵だ。」
さわやかな笑顔を見せる一蓮。その言葉を待っていたかのように攻撃を仕掛ける4人だった。
まず最初に位置に着いた乱花は背中の太刀を抜く。
備前長船長光、父さんに名付けて頂いた刀だ。
少し反り返った、この時代、地域にそぐわない細身の断つための刀だが、乱花にはこの剣で、なくては成らない理由があった。
彼女はその刀を上段に構えると目を閉じ精神を集中する。
美しいその鋼色の刀身がだんだんと蒼く光っていく。
そう、この刀は気を込めるのに最適なのだ。
昔、魏の将軍は気を放つのに素手を必要とした。
それは気を溜めるて放つのには自分の精神の届く部分でなければだめだったからで、槍や矛などにも気を込めることは出来ても、
それは分散してしまい放てるほどには昇華出来ないのであった。
しかし、この乱花の刀はその緩やかなカーブと細い刀身が気の昇華に好影響を与えた。
さらに乱花自身の内服する膨大な気の量。
気の細やかな操作には一蓮に軍配が上がるものの、気の総量に関しては乱花に遙か及ばない。
そして、刀身の光が目映いほどに成ったとき、乱花の目が開く。
「最初は私が貰いますね。」
そう言いながらその太刀を上段から目一杯振る。
「いっけー!」
叫び声とともに放たれた気の奔流が、まるで怒り狂う嵐のように進軍する部隊をはじき飛ばす。
今の一撃で100人程度は戦闘不能のようだ。
「相変わらず性格に似合わず派手な技だ。」
割と離れた場所にいた踊だその状況は見て取れた。
「では、あっちもやるとするか。」
踊は母譲りの弓を取り出すと矢を番える。
しかし、それが普通と違ったのは同時に5本の弓を番えていることだった。
彼女はその弓を事さらもなく立て続けに放つ。
「二番目だからね、特に慌てないさ。」
しかもその弓が立て続けに命中する。
「鏃は潰してあるからね、よほど当たり所が悪くない限りは死にはしないだろうね。」
ポンポンと小気味よく連射を繰り返す。そして20連射ほどしたところで手を止める。
「大体同じくらいの被害を与えたかな。」
陽動ならこんなものだろうと言わんばかりに手をゆるめる。
「さてはて、どう動くのだろうねぇ。」
普通なら攻撃に対して迎撃体制を取るだろう。
しかし、見たところ右往左往しているだけのようにも見える。
「数だけなのか、それとも逆に誘っているのか?」
まぁここで自分が突出する必要もない。他のみんなの攻撃を待つことにした踊だった。
「相変わらず派手だねぇ。らんちゃんとようちゃんは。」
驚嘆とも妬みとも言えそうな台詞を言いながら想夏は敵軍に走り寄る。
「あたいにはあんな派手な技はないからねぇ。」
その接近に物見の兵さえも気づけない。それほどのスピードだった。
敵兵が近づくと、さらにそのスピードを上げる。
そして、そのままのスピードで敵のまっただ中に突っ込んだ。
手にしている得物はいわゆるところのトンファー。それを回転させながら兵をなぎ倒す。
「こうしてちょっとずつ削っていくのよね。」
敵兵は突然の急襲に何が起きたのかも解らずに混乱している。
その混乱の中を、平地を移動するが如く想夏は走り抜ける。
「あんまり殺しちゃいけないって、いーちゃんから言われてるからね。」
手加減をしているようには全く見えないが、それでも本人は気にとめているのであろう、そう呟きながらある程度奥まで入った時点で急反転した。
「次はなごちゃんだから、巻き添えを食わないようにね。」
今度は外周に向けて移動する。兵をなぎ倒しながら。
「んーーー。」
状況を見ていた和だが、少し困った顔で悩んでいる。困った顔でも笑顔のように見えるのはこの子の特徴なのだろうが・・・・
「なんだか中心の一つが真ん中に寄っているように見えますねー。明らかに挙動も不審ですー。」
「それが大将の陣なの?」
「それだとー、私の読みはまるで外れたことになりますねー。」
「あまりに見え見えなのが臭いと言えば臭いのですがー、あまりに臭すぎて逆にこちらのミスリードを誘っているようにも・・・。」
和がまた解らない言葉を言う。
『でもお父様はその和の台詞を理解していたのよねぇ。と言うことは天界の言葉なのかなぁ。』
「ともかく、私も仕掛けますねー。」
悩む一蓮を横に、先ほどから組み立てていた筒のような物を和は構える。
「えぃ!」
和がトリガーを引くと「トゥシュッ!」という音とともに先端の丸い棒のような物が突出される。
それは火の粉をまき散らしながら敵軍へと向かっていく。
「ヒュゥゥゥゥゥー。」
そしてそれが目標に到達すると甲高い音を立てながらはじけた。
「パーーーーーン」
その炸裂音と衝撃波で着弾点近くにいた兵達が吹き飛ばされる。
それは、火薬の量を減らし、殺傷力を極限まで減らした物で、花火の技術を利用した物であったが、撹乱、陽動にはもってこいであった。
「結構うまくいく物ですねー。」
さらに混乱する敵軍を見て和が決断をくだす。
「いーれんちゃん、どうやらあの中央にいるのが敵の本陣のようです。やっちゃってください。」
「わかったわ。孫登子高、反乱軍を誅するために今参る。」
そう言うと高台から駆け下りていった。
一蓮は想夏と遜色のないスピードで反乱軍本陣へと迫った。
「このコースを通れば、本陣まで残す戦力は300と言ったところですー。」
和の言うとおり混乱する部隊を抜け、本陣の旗が見えるところまで来た時、前方に50人ほどの一団が現れた。
「親衛隊かしら、この程度!」
一気に突き破る一蓮。
しかし、すぐ後ろにさらに50人の壁が現れる。
「まだまだぁ!」
その程度で一蓮の勢いは止まらない。
ところがそれを突き破ると、さらに次ぎ、そして次と50人程度の兵が一蓮の前に現れる。
「あー、これは拙いですねぇー。目的はいーれんちゃんなのかもしれませんー。」
その様子を見ていた和の笑顔が少し引きつった。
しかし、四つ目の壁を突き破り、五つ目を前にしてもまだ一蓮には余力があった。
『本陣前に残っているのは300位って言ってたからそろそろ終わりの筈ね。』
六つ目の壁も突き破るとそこに見えるのは本陣・・・・・の筈だったが、有ったのはさらに50程度の壁だった。
「??」
驚く一蓮だが、ここで躊躇はしてられない。
その壁も打ち砕く。
だが、待ち受けていたのは更なる50人だった。
「お嬢様、今度こそうまくいきますよ。」
「そうかそうか、10年以上も堪え忍んだ甲斐があったのう。」
「そうですねぇ。お嬢様も一段と美しく、ずるがしこく成られて、背も伸びましたが胸の成長はないようですね。」
「そうかそうか、わらわは美しくなったか。」
「はぃ、今日も閨でしっとりしたいくらいの美しさですね。」
「でも、いつも良いところで邪魔が入るが、今度こそは大丈夫であろうな?」
「はい、今回は閻象さんという軍師を雇いましたので。」
「おお、なるほど。」
「これは良い拾い物でした。あと、長い間掛けて根回ししておきましたし。」
「呉のお姫様を捕まえて、荊州を占拠すればこちらのものです。」
「そうか、ところでわらわは喉が渇いたぞ、蜂蜜水をもってくるがよい。」
「はい、かしこまりましたー。」
六回目、七回目と連続してくる敵に、一蓮はとまどっていた。
この波状攻撃は同時に1000の敵と対するより辛い状況だった。
七つ目の壁を打ち破ったとき、一蓮の額に汗が流れる。
まだいける、が、さらに現れる兵達の壁。
一蓮は少し息を整える。
『負けるわけにはいかないわ』
気合いとともに更なる敵に挑み掛かっていった。
作戦は割と簡単だった。
50人の一団を破らせると見せて極力受け流し、動けない兵以外は即座に後ろに回り込む。
最初から50人全員で防ぐつもりなら出来ないが破られること前提ならそれは易しかった。
それを繰り返すことで6つの壁を八つにも九つにもする。とある英雄譚でも使用された戦法でもある。
「もう一息ですよー。さっさととっ捕まえてしまいなさい。」
にこやかに言う敵将軍のところに斥候が駆け込んでくる。
「大変です将軍、北方からこちらに接近してくる軍があります。その数約2000。蜂矢の陣で突入してきます。」
「えー、江夏から来るにしては早すぎますよねぇ。」
「公安にもそんな兵はないはずですね。」
割と冷静に軍師らしき人物が言う。
「今突入しました。兵は大混乱で中まで突き破ってきます。」
「あらあら。ちょっと拙いですねぇ。」
困っている将軍にさらに連絡が届く。
「将軍、その所為でここを守っている兵達が崩れました。すでに壁はありません。」
「あらあら、どうしましょう。」
一蓮は八つ目の壁を破ったとき、その異変に気がついた。
先ほどまで外周とは違って、中の兵は冷静を保っていたのに突然混乱している。
しかもすでに壁という物はなく、一蓮の前には数人の兵が居るだけだった。
「よし、行くわよ!」
本陣は目と鼻の先、残りの力を振り絞って駆けだした。
「どうやら間に合ったようですわ。」
少女は和の横に来た。
「いーしぇちゃん。どうやら計算通りでしたかー。」
「和ちゃんもご苦労様でした。位置も時間もぴったりですわ。」
「じゃぁ、敵がいーれんちゃんを狙ってるのもご存じでしたかー?」
「ええ、敵が独立を狙っている以上、人質は必須です。順位としては孫権様、一刀様、イーレンちゃんでしょう。」
「孫権様を狙うのは無理でしょうし、一刀様はほとんど外に出ない上に警備は相当厳しいので難しいですわ。」
「ならば一番ガードが薄くさらに単独行動をしやすいイーレンちゃんを狙うのは当然でしょう。」
「向こうとしてはイーレンちゃんが荊州にいるのは都合が良かったのでしょうけどね。」
「そこでいーれんちゃんをわざと単独行動させて囮にですかー。」
「ですわ。」
にこやかに言う已莎。
お姫様を囮にしたというのに、悪びれる風もない。
「後はイーレンちゃんがやってくれるでしょう。」
少しかいた汗を丘の上に吹く風にさらしにこやかに戦場を見つめた。
「七乃、どうなっているのじゃ?」
「ええっと、美羽様、それじゃ、逃げましょうか?」
「えー、もう逃げるのは嫌じゃ。孫権の娘なんぞおまえがパーッと倒してしまうのじゃ。」
「でもぉ、孫登さんって、あの人に似てるんですよねぇ。」
「あの人って・・・・・・・まさか・・・・・。」
「そう、孫権さんのお姉さんです。」
直接孫策の名を出さなかったのは袁術に対しての配慮だった。
その名を聞くと袁術は卒倒してしまう。
「あわわ・・・・・なにやら冷や汗が出てきたのじゃ。」
そう、二人はその昔孫策にとても怖い目に遭わされていた。
それは袁術にとっては未だにトラウマに成っている。
「七乃、急いで逃げるのじゃ。」
「あっ、でも、もう間に合わないみたいです。」
おっとりした口調の七乃ではあったがすでに足が震えていた。
「あなた達ね、こんな馬鹿なことをしでかしたのは。」
一蓮が円月刀を持って二人の前に立ちはだかる。
「覚悟しなさい。二人の首をはねてこの騒ぎを収拾してあげる。」
「許して欲しいのじゃ、もう二度としないから。」
13歳の少女に対して大人の女性二人がヘイコラと頭を下げる姿は滑稽ではあるが、実際の場面を見れば迫力やオーラが全く違う。
「ともかく二人は連行するわ。縛り上げなさい。」
周りにいた兵達に指示すると、元々は呉の兵達である、すぐに従った。
「首謀者は捕らえたわ。戦闘を終結しなさい。」
一蓮が叫ぶと程なく戦闘は終結した。
とはいえ、已莎が連れてきた2000の兵と想夏達の活躍で粗方勝負は決していた。
程なく陸遜が手配した5000の兵が到着する。
袁術、張勲を陸遜に受け渡した。
公安の城の城壁に立つ二人の女性がいた。
そのうち長身の女性が無表情な顔でぽつりと呟く。
「敵・・・・来ない。」
小柄な女性がそれに答える。
「そうですな、ガセでござりますか。ホントあのはわわ軍師は当てにならないですな。」
「恋殿をこんなちんけな城に来させた上に2000の兵で1万から守れだなんて、でも恋殿ならお茶の子さいさいですね。」
「・・どうやら危険去った。恋、帰る。」
「・・おなか空いた。」
「了解しました。早速食事を用意させるでござります。」
「・・うん。」
そこに一人の女性が現れる。
「恋さん、敵はもう来ないみたいです。」
「斗詩、ご飯。」
「はい、腕によりを掛けて用意させて頂きますね。」
「というか、おまえ、県令でござろう。食事の用意など部下にさせんのか?」
「でも、文ちゃんも姫も私のご飯が食べたいって言うから。」
「・・・・・・・・・・ご苦労ですな。」
「ふぅ、終わったわね。」
一蓮は荊州城に戻っていた。
「ええ、無事決着して良かったですわ。」
已莎も一緒にいた。母に会いに来るのも有ったが、事後処理も結構残っていた。
「一蓮さんには色々動いて頂きまして、ありがとうございました。」
呂蒙が一蓮にお詫びをする。城でのことはほとんどが演技であった。
「どうやら囮役までさせてしまったみたいで、この子ったら私にも計略の細かい部分は教えてくれないのですよ。」
「敵を欺くにはまず味方からですわ。」
「んーー、私は已莎を信じてたから。体も動かせたし、良い実戦訓練だったわね。」
「ほんと、そう言って頂けると気が和らぎますが・・・・。」
「でも、関羽様に付いていったのも已莎の作戦だったの?」
「ええ、5000の兵で出立したのも2000の呉軍を兵の中に隠す策ですわ。」
「じゃぁ、荊州を実際守っていたのは?」
「蜀の兵ですわ。でも城を落とした兵だけは呉の兵ですが。」
「ふーん、なんだかややこしいね。でもそれで万事うまくいくのでしょ?」
「ええ、極力穏便に事が済むように尽力しましたわ。」
実際、今回の件はほとんどが呉の中で行われたため、形式上あの戦闘も軍事演習という事で収まった。
ほとんど死者も出ていないと言うことも穏便に済ますためには重要だった。
「首謀者の二人は?」
「多分大丈夫だと思いますわ。反乱も無かったことになってますから。」
普通なら反乱の罪で死罪であるが、亞莎が呉の重臣で一番穏便な人物に話を通してあった。
「でも、若干の不安はありますが・・・・・・・」
已莎が遠い目をする。彼女の考えはもう神算といえる物だった。
『ただ、侮れないのはやはり諸葛亮孔明さんですわ。』
誰にも聞こえない声でポツリと呟いた。
「もう行くのか?」
関羽は、城の門の前で一蓮に尋ねる。
「はい。先生、一年間ありがとうございました。」
馬上の一蓮は笑顔で答えた。
「寂しくなるな。」
「でも、そんなに離れては居ませんから。また遊びに来ますね。」
「あぁ、いつでも来てくれ。」
「はい。それでは、再見。」
そう言うと一蓮は愛馬の白天を走らせた。
心は建業に居るあの人の元へ。
でも、一筋の泪は一年間への礼儀的な物だろう。
彼女の心は晴れやかに澄んでいた。
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呉ルートエンドから10年。主人公は孫権の長女の孫登です。
なお、この作品では6人の娘に勝手に真名を付けてます。(ご容赦を)
孫登 一蓮(いーれん)
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