一刀は城の中を歩く。
通路の壁は柱のような物だけで、中庭が一望できる通路をゆっくり歩く。
もともとの整った顔と、剣道をしていたと言うだけあり、良い体つきである。
歩き方も不良のようにダラダラではないし、モデルのように周囲にアピールしながら歩くわけでもないが、武道体験者として重心が安定していた。
茶色い髪に、白い光る服。
明らかに異質のその服は、見るものにもよるが神々しいと言えるだろう。
そして、肝心なのは何処へ向かっているのか。
中庭の一つ。
屋根と机のある、よく劉備軍の面々で軽いおやつをしたり、装の教えの下一刀と桃香が勉学に励む場の一つ。
風の強い日等は砂が舞い上がり、豪雨の日は当たり前に誰も近づかない。
その日は雲はややある物の、青空の覗く割合の方が多く、暖かいと言うくらいに太陽は照らしていた。
中庭のその屋根の下に座る人物。
つい先日、装が仲間にと連れてきた反正だった。
黒髪で凛としたその女性は、いうなれば邪馬台国と言った風貌である。
ロングストレートの髪は、あの瓢箪のような異様な雰囲気は無い。
細めで睫は長く、シュッと高い鼻に、小さな口。
そして何よりも一刀が最初に見た場所。
意図的に見たわけではないが、本能は確実に捉えた。
胸が大きいのだ。
大きいとはいえ、異常な大きさではなく、形の整った綺麗な大きさ。
兵達の中でも噂になるくらいなのだ。
一刀は仲間で信頼関係を気づくと言う名目で、反正に近づいてみた。
手元には木簡が数個積まれ、ゆっくりとその細めの中の瞳を動かし、開いている木簡を読む。
背筋は曲がらず、小学校で教えられる模範的な勉強の姿勢だった。
細くて白い指は、繊細に木簡に触れ、次の文へと進める。
そこで一刀は勇気を持って声を掛ける。
「や、やあ。えーっと……良い天気だね」
とりあえず何を言えば良いか分からない一刀は、適当に切り出す。
その声に反応し、木簡から眼を離し、その瞳は一刀の瞳を見る。
話す時は人の顔を見て話す。
反正の顔にドキッと心臓が動く。
「そうですね。今日は絶好の内務日和です」
鈴のようであり、純水のように透き通った声は、一刀の耳まで届く。
「なるほど。ってあれ?内務関係の急ぎの物は装に急かされて全部終わったはずだけど」
昨日の深夜、朝日が顔を出すか出さないかと言うくらいまで、装の監督の下一刀は筆を持ち、判子を持ち、木簡と向き合っていた。
武官の者は調練があるが、文官は装の仕事の分担によって効率的に事が運んだ。
文官全員が休みというわけではないが、大体の者は休みとなった。
「これは一ヶ月前の物。そっちは二ヶ月、その奥は更に三ヶ月前の報告用の木簡ですよ」
反正は指で一つ一つ言っていく。
一刀は何故昔の報告を見るのかが分からなかった。
「なんでそんな物を?」
反正は少し何かを考えた後、その理由を言う。
「私はこれから文官として働きます。安康のように武官として働くならば、古残の将と共に学びながら調練をするでしょう。文官ならば金の流れ、政治のあり方、水の行き届き、衛生の管理、死体の処理法など、まだまだありますが、様々な事を事前に知っておく必要があるのです」
「な、なるほど……」
「北郷殿は苦手ですか?」
「俺は、部屋に篭るよりも外で街の子供たちとかと、遊んだ方が良いなぁ」
能天気に言う一刀。
それを見た反正はまたも黙る。
「うーん、そうだ!!ついさっき聞いたんだけどさ、街に美味しいラーメン屋が来てるらしいよ」
「……ラーメンですか」
反正は小さい声で言う。
「嫌いだった?」
「……あ、いえ。好きです」
何かを誤魔化すように言う反正。
その様子を別段不思議がらず一刀は続ける。
「じゃあさ、もう直ぐお昼だし、一緒に行こうよ!!」
反正の向かいの席に座る一刀。
正面に捉える反正の顔は、遠目から見ると凛々しく見えたが、意外と愛らしい顔をしていた。
何処となく幼さも感じられるその顔に、綺麗な肌。
兵達は胸派と首筋派、太股派にくびれ派と部位事に好みに別れ、妄想を馳せていた。
「……分かりました。ではこの木簡を片付けてきますので、少し待ってもらっていいですか?」
「うん、大丈夫。大丈夫」
一刀は心のどこかでガッツポーズをし、テンションは鰻登りだった。
そんな一刀の姿を見て、ある人物と重ね合わせる反正。
装ではない。
安康でもない。
もっと他の、一刀に近い、男。
あの人もこんな顔をしていた。
そんな風に感じた反正の胸の中には、慈愛と喜び。
そして
憎悪と怨みが渦巻いていた。
訓練場。
何人もの兵士がそこで剣を振るい、戦に臨んできた。
家族を守る為、敵を倒す為、剣を振るい体で覚えていく。
武官の教えの下、その剣戟は鋭くなり、強くなっていくのを実感する兵は、死ぬ前までには武人と呼ばれるくらいになりたいな、など戯言を仲間内で話す。
何時死ぬか分からないその男達は、恐怖ではなく希望に満ち溢れていた。
自分にはこんな素晴らしい君主様がいらっしゃる。
きっと大丈夫だ。
きっと救ってくれる。
村を襲う黄巾党を倒して、自分の母の敵を討つのだ。
そうやって自分に言い聞かせて奮起する兵。
一刀が反正を口説いている時、安康は星と共に兵達の調練に勤しんでいた。
まだ新兵のようで何処かぎこちないその剣戟。
兵長が号令を出し、それに合わせる様に剣を振るうが、全体的にバラバラ。
一望できる場から見ていた安康は、新兵ならば仕方ないと考える。
むしろこれから。
武官の力で、この者たちを『生かす』為に調練を積ませる。
何かを守る為に死ぬのではない。
何かを守りたいからこそ生きるのだ。
生きてこれからも守り続ける。
死ねばそこで終わりなのだ。
だから、安康は手を抜かない。
烏合の衆での戦を既に味わっているのだから。
「安康殿には、この新兵を今日一日任せたいのですが、いかがかな?」
新兵の訓練は骨が折れる。
熟練し、プライドの付いてきた兵も中々に大変だが、新兵は刀の振り方さえ満足に知らない。
一人一人個別に教えていては日が暮れるし、同時にやらせても覚えの良い者と悪い者の差が開く。
差が開けば、戦場では一致団結とは行かず、バラバラに烏合の衆となる。
「まかせてくだされ。完璧にとは行きませぬが、最大の力は出し尽くしましょうな」
靡く白髪に、スーツっぽいスーツではない服を着る安康。
スーツっぽいスーツではないと言い回したのは理由がある。
スーツでは武官として激しい動きは合わないだろう。
開脚をすれば股が破け、激しい動きをすれば繊維同士が離れ、紐が千切れる。
例えるならばこれはジャージなのだ。
ゴムは無い為、そこまで伸縮性は無い。
だが、肌にしっかりと密着するその服は、多少の激しい運動でも問題はないし、多少の強度もあり、勢いのやや弱い矢ならば弾ける。
見事な逆三角形の体の安康は、その歳ながら武を怠らず、十分に隣の星とも互角に戦えるだろう。
「皆の者!!聞け!!」
星は大きな声で新兵に言う。
先ほどから気になっていたであろう者はその声にハッとし、ナヨナヨとしたその剣を下ろす。
「この安康殿が、今日皆を訓練する武官の方である。一層奮起し、悪なる者の為に剣を怠る事なかれ!!」
星の大きな声が響く。
そこで、ある程度訓練を受けた兵ならば、その声に答える様大声を放つ。
しかし、新兵はどうしていいか戸惑い、声を上げるべきなのは知っているが、誰かがあげてから自分も声を上げようとしていた。
それを見た星がまた声を放とうとするが、安康が片手で星を止め、新兵に向かって口を開いた。
「貴様らは、返事もできんのかぁあ!!!!!」
年老いたその声の大声は、星の女性らしい声よりも新兵の耳に響く。
「良いか!!戦場は何時死んでもおかしくない地だ!!そこで上官の者から命令が下り、どの様に進撃し、どの様に攻め、どの様に敵を殺すか報告がある!!返事をせねば聞こえておらぬと上官はそこで時間を食うだろう!!それが敗北に繋がる事もあるのだぞ!!」
鬼のような形相で叫ぶ安康は更に続ける。
「親から貰ったその首は飾りか!!その腹は飯を溜めるだけの物か!!違うであろう!!腹の底から声を出し、またこの場に全員帰ってこられるようにせねばならぬのではないのか!!!!!」
安康の声が響き、新兵達は各々声を上げる。
一体誰が一番最初に声をあげたのかはわからない。
もしかしたら、安康の怒鳴り声に対抗するように誰かが雄たけびを上げただけかもしれない。
それでもその新兵達は、全員声を腹の底から捻り出し、後の安康の厳しい訓練に望んだ。
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クレヨンしんちゃん見てきました。
面白かったです。
そりゃあもう、すっごく。