No.682666

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三十六話

ムカミさん

第三十六話の投稿です。


蜀の方で増やそうと考えている新キャラ、真名が決まりません……
多くのキャラを作って、真名を与えていらっしゃる作者の方々の凄さを、最近になって身にしみて感じています。

2014-04-30 00:50:37 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8165   閲覧ユーザー数:5864

「…ぐぅ」

 

「…………」

 

「ふははははは!」

 

カオス、混沌、無秩序……

 

今一刀の目の前に広がる光景を表すには、一体どのような言葉が適切なのであろうか。

 

顔を覆っていた片手を除ける。

 

再び眼前に広がるその光景は。

 

よく響く高笑いをBGMに、一人の少女が血だまりの中で倒れ伏し、その側にはしゃがんだまま眠る少女。

 

(……どうしてこうなったんだっけか…)

 

現実逃避気味に、一刀はほんの1刻前にまで意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「華琳様、北郷一刀ただいま参りました」

 

「入りなさい」

 

許可を得て執務室へと入室。

 

そこでは奥の椅子に座す華琳を挟んで風、稟、零が立っていた。

 

3人がいる理由を考察するより早く、華琳から言葉が掛かる。

 

「昨日の今日で悪いけれど、新部隊は上手くやれそうかしら?」

 

何から何まで新しいこと尽くめの新部隊とあっては、さしもの華琳も動向が気になるようだ。

 

その辺りは一刀も同じ気持ちではある。

 

何より、新部隊には一部隊に対するものとは思えないほどの投資が約束されている。

 

投資のほとんどは真桜主導の新発明に向けられ、後々広く利を齎すことになるとはいえ、十分に異例の対応だろう。

 

そんな異例が罷り通る理由、それも偏に一刀の実績にあった。

 

一刀は夏候の地、そしてこの陳留において、街の構造を根幹から大きく変える程の献策を複数行っている。

 

街の区画整理と刑法の制定、そして交番制度は陳留の治安を大幅に上昇させた。

 

さらに、陽人の戦いの少し前からは、貧困層の救済に苦心し、手始めとして国営の土木工事を区画整理ついでに執り行うことで雇用を発生させている。

 

まだ回数は少ないものの、この策が上手くいくようであれば、さらに踏み込んだ策の想定中。

 

そして、先日も話題に挙がった公園制度。これは街の住民が心身を休めることの出来るもの。且つ、住民同士の交流を促進し、良いガス抜きとして機能させようとしている。

 

全ては民がより住み良い街にするための策。

 

軍事面における表の実績はそれほどでも無いが、真桜を通しての新型連絡用兵器『花火』の開発。

 

そして何より、春蘭、秋蘭をして自分達より上だと言わしめる、隠されていたその実力。

 

全て加味して考えた結果、華琳は一刀の提案を飲み、新部隊の発足と相成ったのであった。

 

「士気は上々でありますし、専属と言える軍師も配備、さらに恋も加わってくれることとなりましたので統率を取る武将も充実しております。

 

 余程のことがない限り、当分計画が詰まることは無いでしょう」

 

「そう。それは良かったわ」

 

「それと、昨日になりますが、”研究所”の方で新たな武器が完成致しました。早速明日の調練より導入していく次第です」

 

「へぇ~…やるわね、真桜も。経過次第では臨時賞与も検討しておきましょう」

 

「さぞ真桜も喜ぶでしょう」

 

淡々と冷静に対応しているように見えて、その実華琳の目は活き活きとしていた。

 

広く知識を集めることも好きな華琳にとって、天、つまり未来関連の知識は彼女の知的好奇心を擽って仕方がないのだろう。

 

まあ、そんな華琳だからこそ、一刀の数々の異例に許可を与えてくれるのだから、喜ばしいことだ。

 

「そういえば一刀、あなた、新部隊の兵の調練に今までにない方法をとっているそうね?」

 

「ええ、そうですね」

 

「具体的に教えてくれるかしら?」

 

「報告では3つの班に分けた、という程度でしたか。これは大まかにではありますが、兵達の性質による分け方になります。その分け方は、簡単に言えば、力、持久、器用さの3つ。

 

 まず、基礎練習までは皆同じにします。その後、力班は剛の力を得るための、持久型はより持久力を高め、同時に防御技術を高めるための、そして器用型はより多くの、そして繊細な武器の扱いを可能とするための調練をそれぞれ施しています」

 

これを聞いた華琳は少し怪訝そうに眉を顰める。

 

華琳の知っている限り、どのように優れた武将でも、部下の調練は全て一纏めに行っており、そこに疑問など持っていなかったからだ。

 

「何故そのような方法を?」

 

「確かに、彼らは役職的には皆一様にただの一般兵となります。ですが、その実、彼らは一人一人が自我を持つ人間であることを忘れてはいけません。

 

 人間、誰しも得手不得手が存在します。十把一絡げに扱うのではなく、大まかであっても個々の得意分野を伸ばしてやる。

 

 そうすることで、効率良く部隊の実力を伸ばせます。いくらかの尖りは出来てしまいますが、そこは兵の運用次第でむしろ長所とすることすら出来ます」

 

「……なるほど、ね。考えてみれば確かに理に適っているわ。ただ…」

 

「ええ。兵達の性質、その見極めが難しいため、中々最高効率とはいかないでしょう。そこは課題ではあります」

 

「そうね。まあ、そこは経過を見ていくことにしましょう」

 

一先ずの結論を得て報告が落ち着くと、華琳は他に報告は無いか、とばかりに視線を投げて寄越す。

 

それに対して一刀は、以上となります、とだけ答えた。

 

一連の報告に何らかの価値を見出したのか、満足した様子を見せた華琳は次なる指令を下す。

 

「それでは、一刀。先日貴方が献策した案件の詰め、ここにいる3人と共に行いなさい。貴女達も、いいわね?」

 

『はっ』

 

「ふふ。今回も素晴らしい策となることを期待しているわ」

 

機嫌の良さが滲みでた笑顔を背に、4人は文官執務室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。まずは久しぶり、稟、風」

 

「ええ、お久ぶりです、一刀殿」

 

「お久ぶりです~。お兄さんも忙しいようで~」

 

一刀にとって当たり前のことと言えば当たり前ではあるが、稟と風は華琳の課した試験を見事好成績で乗り越え、晴れて魏軍軍師として召抱えられることとなっていた。

 

試験監督を受け持った桂花から伝え聞いたところに依れば、稟は高い完成度を誇る理詰めの軍師。

 

対して風は心理戦を得意とするトリッキーな軍師である、ということだ。

 

一見相反する性質の2人ではあるが、互いに穴をカバーし合えるという、中々理に適ったペアである。

 

桂花の出した試験は2つ。

 

一つ目は政治方面の能力試験で、国営土木事業の報告書を見せた上でそれに対する意見の聴取を行った。

 

これには稟が主立って、論理的な面からの意見を答えたそうだ。その間、風は合いの手を入れるように所々で発言を入れていたが、最終的に稟があまり触れなかった街内外の人々の感情面について付け加えたらしい。

 

その辺りの回答は桂花や零が華琳を加えて議論した結果と大差無いものとなっていた。

 

そして二つ目は軍事方面の能力試験。

 

こちらは仮想の敵集団として山賊を桂花が想定し、現状の大まかな魏軍状況を伝えて対処法を答えさせた。

 

稟はその与えられた情報から愚直に、しかし最小の労力で最大の効果を得られる策を出さんとしたのだが、そこに風が待ったをかけた。

 

風はとある噂、役満姉妹のことについて桂花に質問した後、鎮圧に必要な兵力は姉妹3人に加えて護衛のみの極々少数で十分だ、と回答したのである。

 

この回答にはさしもの桂花も驚きを禁じ得なかった。

 

桂花の用意した答えとしては稟が導き出さんとした回答がズバリであったろう。

 

しかし、蓋を開けてみればその解答よりも風の回答の方がよほど”軍師らしい”解答とも言える。

 

あらゆる状況を想定し、最小労力で最大効果を得る最善の一手を導き出す。そんな軍師の真髄の一端を見た気がしたのであった。

 

結果として2人は余裕の合格、すぐさま文官としての仕事も振られ、そこから数日、現在の状況に至っている。

 

「じゃあ、早速だが、策の検討に入ろうか」

 

「そですね~」

 

「はい、分かりました」

 

「零さんも、それでいいかな?」

 

「ええ、問題無いわ」

 

皆の同意を得て今回の献策内容、公園制度についての検討が始まる。

 

手始めに一通り策の内容を解しているかを問うと3人ともが頷いた。

 

別の仕事も多数振られていたであろうが、その合間にこの日の検討内容もまた頭に入れていたということだ。

 

この辺りはやはりさすがといったところか。

 

おかげで内容説明を省き、いきなり本題に移ることが出来る。

 

「まずは意見を聞こう。この制度、妥当だと思うか、それとも否か」

 

「風はいいと思いますよ~。中々考えられた策ですね~」

 

「私も妥当だと思うわ。それにこれ、やりようによっては他にも色々と利用出来る点もいいわね」

 

風と零が是を唱えてくれる。が、一方で、

 

「私はどちらとも言えませんね。この制度を実施するとすれば、相応に広い土地が必要となってきます。必然、それだけの規模の区画整理も。

 

 はたしてそれだけの費用対効果が望めるものなのでしょうか?」

 

このように稟が否を唱えた。

 

一刀にとっても区画整理が必要となることは織り込み済み。

 

風と零という、人の心理を読むことに長ける2人にかかれば、住民の心のケアの面からの利は答えてくれるだろう。

 

となれば、あとはどのような付加価値を設けるか。そしてそれを稟が認めるかどうか。

 

成立の可否はそこに賭かっている。

 

どうやって説明していこうか、一刀が考えている間に、機先を制したのは風だった。

 

「稟ちゃん。この制度は献策書にも書いてある通り、住民の心の憩いの場となるものですよ?そうなれば必然…」

 

「上層への反感も薄まるってもんだ。そんなことも分かんねぇのかよ、姉ちゃん?」

 

「これこれ、宝譿。そんな口を聞いてはいけませんよ~?」

 

風の内容解釈が始まったかと思ったら、突然の腹話術。これにはさしもの一刀も驚いてしまう。

 

一応知識としては紀元前から使える者がいたことは知っている。

 

だが、まさか実際に目にすることになろうとは欠片も考えていなかったのだった。

 

「ですがですね、風。その点に関してであれば、この策を実施する為の資金を別の策に投資した方がより効果が高いのではないですか?」

 

「稟、あなた少し頭が固すぎはしない?」

 

「なっ!?」

 

「まぁまぁ、零さん。稟ちゃんはいわゆる理論派ってやつですから~」

 

「心を捨て去った女、ってことか。悲しい奴だな…」

 

「そういうことは思っても口にするものでは無いのですよ、宝譿?」

 

「ふ、風!!」

 

ああ、なるほど、と一刀は感じた。

 

風の腹話術、それは風なりの場の空気を操作する技術なのだろう。

 

例えば今の一幕にしても、風が宝譿を用いて割り込まなければ稟と零の間に争いが生じていたはず。

 

ところが実際はまるで稟と風による漫才のような雰囲気となり、2者間対立によって会議が停滞することはなくなった。

 

ただ腹話術が出来るというだけでなく、読心に相応の自信を持っている風だからこその技術と言える。

 

とにかく、風のさりげないファインプレーのおかげで続く零の言葉もすんなりと通っていった。

 

「いいかしら?この策の利点は、今風が言ったことだけじゃないわ。それこそ、複数の効果を期待出来るものよ。

 

 例えば、非常時の物資置き場や待機場所としての利用みたいに軍事面での応用も可能なのよ」

 

「それに市井の民の間で交わされる会話には、他愛ない会話であっても意外と重要な情報が紛れていたりするものなんだ。

 

 それを収集しやすくなる点もこの制度の利点として考えていいだろう」

 

零と一刀から立て続けに制度の利点を挙げられる。

 

稟もまた、即座に情報を整理して有用性を検討しているようで、顎に指をあてて思考に没頭し始めていた。

 

ここがタイミングだろう。そう考えた一刀は心中に用意していた付加価値、その案を口にする。

 

「俺からもう一つ情報を追加しよう。実はこの制度を実施するに当たり、公園の一角に『目安箱』を設置しようと思っている」

 

「目安箱、ですか?」

 

聞いたことの無い単語に、思考に沈みかけていた稟の意識も引き戻される。

 

気づけば風と零の2人もまた興味を惹かれたようで、真剣な眼差しで一刀に注目していた。

 

「ああ。簡単に言えば、誰でも気軽に意見を出せるよう、一切の制約を設けない意見書提出用の箱を設置するんだ。

 

 現在の制度では、城に仕える文官武官にしか意見書を提出することは出来ないからね」

 

「へぇ、なるほどね。言い方は悪いけれど、被支配層の意見を聞く、ってことは確かに新しいし、見方によっては有用ね」

 

「城内でも上と下では考えが違っていたりしますからね~。場内外ともなると、どのくらい違うか、確かに気になるところではありますね~」

 

「成る程…面白い策ではあるのですが、問題は…」

 

「ああ、識字率…文字の読み書きの問題があるな。これに関しては詳しく検討してみないと分からないのだが、今考えているのは読み書きの出来る庶民乃至は庶民に近しい文官から、意見書作成の職に雇い入れようと考えている」

 

「ふむ……そこが上手くいけば、確かに実現は可能ではありますね」

 

流れはこちらにある。ならばここは一気呵成にいこう、と決める。

 

「統治の面、軍事・戦略の面、そして今後の政策における面。零さんも言った通り、この策は色々と利を含むものとなるだろう。

 

 それを踏まえた上で、稟、どうだろうか?」

 

「…………確かに、実施してみるだけの価値はある、と判断出来ます。しかし、それは今挙がった案を実行出来てこそ、ですね」

 

「そこは私達の出番よ。一定数の文官を一時この策に集中させて、一息に事を進めた方がいいわね」

 

「そですね~。なんでしたら、文官の方々の指揮は風が執ってもいいですよ~?」

 

「私も付きましょう。風一人に任せきるのは些か不安もありますし…」

 

「うん、それじゃあ2人にお願いしようかな」

 

「はい、お任せください」

 

「風達が完璧にこなしてみせるのですよ~」

 

かくして今回の議題、”公園”制度は新たな案も盛り込んで施行が決定されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そう、そうだよ。ここまでは良かったんだ……その後、だよなぁ……)

 

その先、あの惨劇に続く一連の出来事は非常に些細な出来事であった。

 

再び一刀は過去思いに耽る。とは言っても、ここからはほんの十分もしない過去であるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この策が成功すれば、華琳様も喜ぶでしょうね~」

 

風がふと思いついたようにそう言った。その瞬間。

 

「!!た、確かに…!そ、それでは、まさか…!!」

 

稟が過剰とも言える反応を示す。

 

この時、一刀は本能が鳴らし始めた警鐘に従って早々に退室するべきだった。

 

しかし悲しいかな、一刀にとっては未だ小さい警鐘より、稟の不思議な反応への興味の方が勝っていた。そのため、一刀は室内に残ることを選択する。

 

「華琳様の認める功績を挙げた時の褒美は物凄いものだったぞ。私も最近になってようやく武功を挙げられるようになったからな。

 

 溢れる我が才がようやく日の出を見るのだ!ふはははははは!」

 

……後から考えれば、この零の言葉足らずの説明も惨劇の一端を担っていた。

 

「物凄い……華琳様からの……ご褒美……」

 

「稟?おい、どうし…」

 

突如俯き、何やらブツブツと呟き始めた稟。

 

その様子にただならぬものを感じた一刀は咄嗟に声を掛けようとする。が……

 

「ぶふぅーーーーーっ!」

 

「のわあっ!?」

 

一刀の手が稟の肩に触れる直前、真っ赤な噴水を撒き散らしながら稟の体が後ろに傾いだ。

 

その余りの様に、一刀も稟を支えることを忘れて飛び退いてしまう。

 

そして……ドサッと音を鳴らして稟が仰向けに倒れ込んだ。

 

その鼻からは未だに血が流れ続けている。

 

「……なぁ、風。これは一体…?」

 

「……ぐぅ…」

 

「……は?」

 

理解不能。そのたった4文字が一刀の心を埋め尽くす。

 

「そ、そうだ!零さん!」

 

「ふはははは!ふはははははは!!」

 

零も零で先程からずっと高笑いを続けている。

 

「……」

 

目の前では稟が自らの鼻血溜まりに沈み、

 

「……ぐぅ…」

 

その横では風が寝入って…いや、徐々に冷静さを取り戻してきた一刀はようやく気づく。風のこれは狸寝入りだ。

 

「ふはははは!!」

 

そして背後では相も変わらず零が高笑い。

 

「…………」

 

思わず頭を抱え込んでしまいたい衝動に襲われた一刀だったが、しかしなんとか片手で顔を覆い、頭を振るだけに止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うん……よし!これ以上現実逃避したところでどうしようも無い。とにかくまずは…)

 

この問題児達を正気に戻すべく、一人ずつ取り掛かる。

 

「おい、風。起きろ。これは一体どういうことだ?」

 

「んん?おぉ、おはようございます、お兄さん。ちなみに、稟ちゃんは心配いりませんよ~。

 

 稟ちゃんの鼻血は一種の芸ですからね~」

 

「それにしても何で突然……何か病を患っているのか?」

 

「いえいえ~。きっと零さんが仰った華琳様のお話を聞いて、いつも通り妄想が爆発しただけですよ~」

 

「ん?んん?すまん、風。ちょっとよく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

 

「ですから、稟ちゃんのこれはただ妄想が暴走した結果なのですよ~」

 

「…………」

 

開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

あの神算鬼謀と謳われた郭嘉が、まさかこのような妄想甚だしい、いや、それだけならまだしも、その妄想によって血を噴き倒れるような人物だったとは。

 

(いや……考えようによってはその飛びぬけた想像力故に、ということも……ダメだ、納得しにくい…)

 

無理矢理理論を押っ立てて納得しようとしても、それも難しい。

 

結局僅かな煩悶の後、一刀はこの件に関しては気にしないことを貫くことに決めたのだった。

 

「はぁ……とりあえず、風。稟を起こしてくれ。俺は零を正気に戻す。さっさと片付けて、他の仕事に移ろう」

 

「はい~。そですね~」

 

激しい脱力感から思わずいつもならば付けている敬称をすら忘れる一刀。

 

しかし、一刀がそのことに気付いた様子は無い。それだけ疲れたのだろう。

 

全くもって気の毒なものであった。

 

 

 

その後は特にトラブルも無く、使用した書簡、竹簡を片付け、出来た血溜まりを拭き取り4人は部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が西の山際に沈もうとしている。

 

庭に生えた一本の木、その根元にもたれ掛かるようにして休んでいる一刀の視界には、美しい赤に染まった空が広がっていた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

その一刀の膝に頭を乗せ、数多の動物達に囲まれて眠っている人物が一人。

 

それは昼前に調練場で別れた恋だった。

 

この日の激務を終えた一刀が木陰で休んでいると、そこにやってきた恋。

 

その恋は重そうな瞼でただ一言、眠い、とだけ。

 

直後、座っていた一刀の膝に荷重がかかった。

 

せめて部屋で眠るべきだ、と言う間もなく、恋は寝息を立て始める。

 

そんな恋に始めは苦笑気味だった一刀も、今では柔らかい、本物の笑みを浮かべていた。

 

一塵の風が吹き、恋の髪を揺らす。

 

頬に掛かった髪を除けてやり、無造作な、しかし艷やかなその髪を優しく撫でると擽ったそうに少し身動ぎ。

 

それでも変わらずあどけない寝顔を見せる恋に、一刀の心はより一層癒される。

 

久しぶりに過ごす穏やかな時間を一刀も楽しんでいた。

 

ゆったりと流れる時間。

 

少し目を瞑ろうか。そう考え始めた一刀だったが、歩み寄って来る3人の気配を感じ、その方向へと目をやる。

 

「やっと見つけたわ、一刀。今少しいいかしら?」

 

竹簡を抱えた桂花がいの一番に歩み寄ってきてそう声を掛ける。

 

その背後からひょこっと首を覗かせて、一刀が桂花に答えるより早く霞が感心した声を上げた。

 

「ほぉ~、珍しいなぁ、恋が膝枕で眠っとるなんて。月っち相手にしか見たことない光景やで?」

 

「ふむ、既にそれだけ信頼されているということなのではないか?全く、女たらしなことだな、一刀」

 

面白がるように口を出してくる3人目、秋蘭にわざとらしく非難めいた視線を投げながら一刀が答える。

 

「酷い言われようだな。人徳だとは言ってくれないのか?」

 

「ふふ、すまない、冗談だ」

 

「ま、そうだろうとは思ったけどさ。あぁ、そうだ、時間ならあるぞ、桂花」

 

「そう?なら良かったわ。ちょっと例の報告の件…」

 

そこまで言ったその時、一際強い風が吹き抜ける。

 

「にゃんっ!?」

 

その風は桂花のフードをはためかせ、まるで目隠しのように被さる。

 

突然のことに驚いた桂花が驚きに言葉を噛み、

 

『ぅにゃ~』

 

何を勘違いしたか、周囲で眠っていた猫達が一斉に桂花に鳴きかけた。

 

後方で梢がカサカサと鳴る音が、この空間の静まり返った様を如実に浮かび上がらせている。

 

恋もまた目を覚まし、周囲を確認しながら起き上がろうとする。

 

しかし、一刀が僅かに首を横に振ったことを見ると、立ち上がることを止めて一刀の隣に座した。

 

「……ぶふっ…にゃんっ!?って……」

 

耐え切れず、失笑してしまう霞。

 

それを皮切りにその場に笑い声が満ちるのを止めることなど出来なかった。

 

「ちょ、ちょっと!笑うな!!」

 

「いやいや、桂花よ。いくらなんでも、くふっ、お前のその姿からその言葉が出ては……」

 

「ドンマイ、桂花。むしろウケて良かったじゃないか」

 

「う、うるさいわねっ!?意味わかんない言葉まで使って!あんたまでバカにするの!?一刀!」

 

「まぁまぁ。ほら、落ち着けって。動物たちもびっくりしてるし」

 

気を取られていたからか、思わず英語由来の言葉が出てしまう。

 

だが、一刀は気にすることなく、桂花を宥めにかかる。

 

刀を腰に佩き直して立ち上がると、両の掌を下に向けて落ち着くようにジェスチャーも追加する。

 

ヒートアップしていた桂花だが、一刀の言動を期に辺りに目を向けると、確かに猫だけでなく犬もその他も皆起き上がり、桂花を見つめていた。

 

状況を認識し、ようやく落ち着いては来たが、怒りの矛先も同時に見失う。

 

言うなれば自分の撒いた種であるため、仕方がないと言えば仕方のないことではあるのだが。

 

「天然であろうと、場を盛り上げる能力は持ってて損は無いんだから、いいんじゃないか?」

 

手持無沙汰からか、佩いた刀の鯉口を切っては戻し、切っては戻ししつつそう桂花に語りかける。

 

キン…、キン…と金属音が間隔を開けて3度程小さく鳴る間に黙考し、どうにか納得出来たのか、桂花は大きく一つ深呼吸するとようやく完全に落ち着いたようだった。

 

「ふぅ~…。で、何だったかしら……ああ、そうそう、あんたの報告に真桜が新作作り上げたってあったのだけど」

 

桂花のこの質問に、これ幸いとばかりに秋蘭に話題を向ける。

 

「ああ、色々と改良を加えたりはしているが、簡単に説明すれば小型連弩とでもいうべきかな?

 

 秋蘭、ちょっとそれ、貸してもらってもいいか?」

 

「ああ、構わんよ」

 

即答で承諾し、背負う餓狼爪を一刀に手渡す。

 

弓を受け取った一刀は実演込みで簡単な解説を始めた。

 

「例えばさ、今俺が弓兵だとしよう。すると…普通は弓をこう構えてるだろ?もしこの状態で、後ろから、狙われたらどうする?」

 

秋蘭に目配せして一拍置く。肯定の意か、秋蘭も一つ頷きを返す。

 

「は?そんなの振り向いて撃てばいいじゃないの」

 

「まあそうだな。だが、言うは易し行うは難し、ここから振り返って撃つとなると……

 

 弓ごと振り返り、構え、距離を測って狙いを付け、更にそこから矢を番えて弦を引き絞り、そこまでやってようやく反撃だ。

 

 これには相当時間を喰う。それこそ、秋蘭の援護、が無ければ大概の兵はやられてしまうだろう」

 

桂花の言に呼応して説明を重ねる一刀が、ここで再び説明を区切る。

 

再度の目配せを受けてまたも頷きを返しつつ、続きを秋蘭が担う。

 

「なるほど、確かにそうだ。全てを単独でこなそうとすれば、私や孫堅殿配下の黄蓋殿、或いは益州牧の劉璋殿配下の黄忠殿、その辺りでなければ厳しいだろうな」

 

「ウチは弓なんてつこたことも無いけど、ちっと鍛錬すれば出来そうやけどな~?」

 

「いやいや、霞は特別な部類だろ……将軍級ならばともかく、一般兵にこれを行えと言っても厳しいんだ。あ、秋蘭、弓ありがとう」

 

「なに、気にするな」

 

借りていた弓を返し、更に続ける。

 

「これは射撃方向の左右転換でも同じことが言える。尤もこっちならば熟練した一般兵ならば出来ないこともなかったりするが。

 

 まあ、とにかくだ。新兵器ならばこういった隙を極力無くすことが出来るはずだ。他にも色々とあるが…そこは実物を見てもらいながらの方が捗るだろう」

 

「ん……その通りね。明日に回す時間も惜しいし、今から…」

 

「ちょっと待ってくれ、桂花。その前に一つ、問いかけだ」

 

桂花の前で片手を広げ、待ったを掛ける。

 

「今、早急に為すべきこと、それは何だと思う?」

 

「はい?だから新兵器の確認が…」

 

「3つだ、秋蘭」

 

桂花の返答には聞く耳持たず、一刀は傍から聞けば支離滅裂なことを言い始める。

 

だが、その僅か後。

 

 

 

体感で3拍、余りにも突然のことだった。

 

 

 

猛烈な勢いで後ろを振り返った一刀。

 

その手からはいつの間に握りこんだのか、苦無が放たれる。

 

放たれた苦無は相当なスピードを持って一刀の背後にあった木、その梢に消える。

 

 

 

その直前。

 

ガサッ、と大きな音を立て、梢から一つの影が飛び出した。

 

桂花が、そして霞が、理解が及ばず呆然とする。

 

2人の視界では影が放物線を描いて着地を試みようとしている。が……

 

既に放たれていた秋蘭の矢が3本、吸い込まれるように影へと向かって飛んでいくのだった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
37
4

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択