No.679417

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三十五話

ムカミさん

第三十五話の投稿です。


少し時間が戻る、過去話が中心気味の回となってしまいました。

2014-04-17 01:05:13 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8366   閲覧ユーザー数:6038

 

朝食を終えた一刀は、今度は第2調練場を目指してひた進む。

 

やがて着いた調練場には既に霞の姿があった。

 

「お、来た来た。お~い、遅いで、一刀~恋~」

 

「ごめんごめん。ちょっと色々あったもんだから」

 

「……おはよう、霞」

 

手を振り振り一刀達に話しかける霞。

 

その周囲にはまだ誰もいないようである。

 

「なあなあ、まだ来とらんことやし、ウチと一戦交えへん?」

 

「いやいやいや。もう時間だって。遅れたことはないんだろ?」

 

「ちぇ~。んまあ、せやな。特に恋が絡んどる時は絶対やったわ」

 

軽いやり取りを交わしながら待つこと数分、調練場の入り口に1つの人影が見えた。

 

人影は一刀に気付くと少し慌てたように小走りで近寄ってくる。

 

間近まできたところで行き着く間もなくその人影、梅は謝罪を口にした。

 

「遅くなってしまい、申し訳ありません!」

 

「……梅、別に遅くない」

 

「うん、そうだな。こっちが勝手に早く来過ぎただけだし、何よりまだ時間前だ。だから、気にしないでいいよ」

 

「ぶーぶー!もうちっと位遅れて来てぇな」

 

「え、えぇ!?」

 

「霞、お前は……これも気にするな、梅。こいつのこれはただの我侭だから」

 

「は、はぁ…一刀殿がそう仰られるのでしたら…」

 

自由奔放な霞に若干ならず呆れつつ梅にフォローを入れる。

 

その梅はと言えば、話の流れは理解出来ていないながらも、極力気を向けないようにし、姿勢を整えていた。

 

「さて、梅。今日君をここに呼んだ理由は他でもない、君を鍛え直すためだ」

 

「鍛え直す、ですか?」

 

「ああ。主な理由は、梅の戦闘の型にある」

 

スッと目を細め梅を視線で射抜く。

 

その鋭さに梅は僅かに身を竦めるが、それでも視線だけは逸らさなかった。

 

「霞から話を聞く限りでは、梅は恋の型に多大な影響を受けているらしいな」

 

「はい。私は恋様を尊敬しておりますれば」

 

「その型は残念ながら梅には合っていない。今日はそれを修正するために来てもらった」

 

「そんな!何故ですか!?」

 

思わず聞き返してしまう。

 

長年心酔し、身に付けようとしてきた型、それが自分には合っていないと言われてしまったのだ、当然の反応だろう。

 

だが、一刀から返される答えに梅は何も言えなくなってしまう。

 

「恋の型は、恋自身の類稀なる武の才、そして相手の心理を読む能力に依るところが大きい。いずれが欠けても成り立たない。

 

 梅は自身のその能力がいずれ恋のそれに達するものと思うか?」

 

「そ、それは…」

 

「まあ、心読みに関しては努力次第では何とかなるかも知れない。だが、生まれ持つ才だけは覆しようが無い」

 

まさにその通りである。

 

恋の持つ武の才、それは元董卓軍及び現魏軍のどこを探しても匹敵する者がいないほどに優れたもの。

 

一刀でもこれまでに恋に匹敵する才を持つと思しき者は2人しか知らない。

 

1人は連合にも参加していた、孫堅。そしてもう1人は……

 

「それでは!私が今まで行ってきた鍛錬は無駄だったのですか?!」

 

梅の悲鳴に似た叫びに、回想に沈みかけていた一刀の思考が引き戻される。

 

頭を振って頭を切り替えると、当初の路線へと戻っていく。

 

「そうまでは言ってない。そもそもだ。梅は恋の型をどのようなものだと捉えていた?」

 

「え?それは、恋様の比類なき武に依る怒涛の攻めの型なのでは?」

 

「うん、やっぱり勘違いしてたか。恋の型は言わば最善の突き詰めだ。怒涛の攻め、ってのはその一種の発現に過ぎない」

 

「さ、最善の、突き詰め?」

 

意味が理解出来ず、困惑する梅。

 

ちなみに霞は改めて納得したようで、隣でうんうんと頷いていた。

 

「恋の持つ天賦の才。これが一体何を指しているのか、ということだが…

 

 俺が考えるに、恋は対峙した相手の思考を読む能力に生まれつき長けているようだ。そして同時に相手に自身の思考を読まれない能力も。

 

 現に、俺は恋の行動が読めず、逆に俺の行動は読まれ、追い詰められた。あの時の立ち合いで見たように」

 

「……でも、一刀、分かりづらい」

 

「ほぉ~。恋にそう言わせるんか。さっすがやな~。

 

 なぁなぁ、一刀~。早よウチと仕合ってぇな~」

 

「あ~、はいはい。後で時間取るから、今は余計な茶々入れないでくれ、頼むから…」

 

今日呼んだ目的を忘れているのでは無いか、と思ってしまうほどに話の方向が異なる霞に多少ならず溜息を漏らしてしまう。

 

だが、完全に話が脱線してしまうような事態にはなっていない。

 

ややもすれば、これは霞なりの緊張緩和の術なのかも知れない。

 

現に、一刀は梅にとって中々に残酷な事実を突き付けているわけだが、想像したよりも空気が重くはなっていなかったのだから。

 

「まぁ、そういうわけで梅には恋の型は合わないということだ。だから、梅には梅に合った戦闘形態を取ってもらう」

 

「私に合った型、ですか?」

 

「そうだ。だが、俺はまだ梅の武の質をよく知らない。しかも…」

 

「ウチは人の武の質なんて気にせんし、恋は恋で分かっても伝えんしな」

 

「というわけだ。だから、今から梅には俺達3人と立ち合ってもらう」

 

「えぇ!?しょ、将軍3人に私がですか!?」

 

突然振られた重い内容に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

が、一刀はニッコリと笑って梅に答える。

 

「そ。でも、大丈夫だ。徹底的にやるわけじゃない。梅は自分の動きたいように動いてみてくれ」

 

「は、はい、分かりました!」

 

「ちなみに俺は霞や恋とは違う型を使っていく。それぞれに対する現状での対処も見てみたいからな。

 

 それじゃ、恋から始めてくれ」

 

「……ん」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

早速激しく互いの武器を削り合う2人を眺めながら霞が寄ってくる。

 

「ウチは構わんねんけど…一刀、なかなかに鬼やなぁ。ウチでも部下にここまでさせたことないで」

 

苦笑気味に話しかけてくる霞。

 

一刀は梅に気取られないように、とそっと耳打ちで答えた。

 

「人は苦しい時、最も自分にとって楽になる行動を取りたがる。俺が今日真に見たいのは、疲れきった梅がどういった武を見せるのか、だ。

 

 ついでに色んな型との対戦経験も積ませておきたいのもあるか」

 

「ほぉ~。大分入れ込んどるんやな、一刀」

 

「ああ。何せ梅にはいずれと言わずすぐにでも部隊を1つ率いてもらうつもりだしな」

 

薄く笑みを作って梅を見つめる。

 

ふと気づくと、隣では霞が驚いた顔を向けていた。

 

どうしたのか、と尋ねるより早く霞からの問いかけが飛ぶ。

 

「一刀、あんた、まだ梅の武をよく知らんてゆうてへんかったか?めっちゃ評価高いやん!」

 

「あぁ、これはまぁ…所謂”天の知識”だと思っといてくれ」

 

いつもの、しかしまず納得してもらえる魔法の言葉を使用し、一先ずこの話題を終わらせる。

 

次いで方向転換、というよりも話を締めに向かう。

 

「とにかくだ。梅を成長させること、これは新部隊を確かなものにするためには必要だってことさ」

 

「ま、せやな…っと、恋の番、そろそろ終わりそうやな。ほな、久々にウチが直接揉んだろか!」

 

納得を示した霞は仕合が楽しみなのか、意気揚々としていた。

 

 

 

梅の鍛錬はそれからおよそ1刻半もの間、続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃ~ん!来ったよ~!」

 

「すいません!遅くなりました、兄様!」

 

2人のチビっ子、季衣と流琉が鍛練場に駆け入ってくる。

 

そのまま一刀の下まで走り寄ると、地面に大の字に横たわる梅を見て目を丸くした。

 

「え、え!?梅さん!?ど、どうされたんですか?!」

 

「る……流琉、さん…?ハァ…ハァ……だ、大丈、夫…です」

 

「うわぁ…梅ちゃんも兄ちゃんの地獄の鍛錬を受けたんだね…」

 

「地獄って…まあいいか。それにしても、驚いたな。まさか、梅がそっちの型だとはさすがに思って無かった」

 

ふと漏れた一刀の言葉に首を季衣と流琉は傾げる。

 

その答えは一刀の隣、霞から齎された。

 

「ウチら3人とも、梅がどんな攻めの型を持ってるんか、って考えてたんやけどな?梅のいっちゃん得意な型ってのが、どうも防御の型らしいんやわ」

 

「防御、ですか?」

 

「そ。梅が防御に専念したら俺でもなかなか崩せなかったよ。多分2人よりも長く持つぞ」

 

「え、ホント!?すごい!梅ちゃん!」

 

「あ、あはは…」

 

季衣の称賛に思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。

 

それもそうだろう、防御が上手いと褒められてはいるが、その実、防御に徹したとてこのように打ちのめされてしまっているのだ。

 

そもそもの実力に開きがあるとは言え、これでは素直に受け取れなくとも仕方がない。

 

「兄ちゃん!ボクにも稽古付けて!」

 

「わ、私にもお願いします!」

 

そんな梅の心情など露知らず、季衣と流琉は勢い込んで稽古を申し出る。

 

恐らく一刀の言に触発されたのだろう。

 

その瞳はやる気に燃えていた。

 

「よし、それじゃあ同じようにいくか?」

 

『はい!』

 

「お~、元気なもんやなぁ。よっしゃ!ウチももうひと頑張りしよか!」

 

「……元気なのはいいこと。恋も頑張る」

 

カンラカンラと笑う霞、自分なりに気合いを入れる恋、見返そうと燃える季衣に流琉。

 

かなり苦しい鍛錬であるにも関わらず、皆が一刀を中心に楽しそうにしている。

 

未だ倒れた状態から直れない梅の顔にもまた自然と笑みが浮かぶ。

 

今までに無かった光景。しかし、嫌悪感を覚える者などいない光景。

 

(一刀殿の真に恐るべきところ…それはもしかしたら、恋様に匹敵するほどの武でも、詠様を驚愕させる知でもないのかも知れないですね…)

 

明確な理由など無いが、何故か梅の心にはそのような推論が展開されているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日の鍛錬はここまでとしよう。各々、日頃の鍛錬も手を抜かないように」

 

『はいっ!』

 

季衣、流琉、梅が声を揃えて答える。

 

体中に細かい傷を作り、体力も尽きかけて肩が上下しているが、その顔は非常に満足気であった。

 

一言二言呼びかけられた注意を聞き、3人は解散していく。

 

調練場には一刀と霞、恋の3人だけが残った。

 

「一刀はこの後どないするん?」

 

隣から霞が問い掛けてくる。

 

「もう少ししたら華琳様への報告があって、そのまま献策内容の詰めの作業、だな」

 

「ウチはもうちょいしたらウチの部隊の調練や。それまで暇や~」

 

もっと仕合がしたい、と嘆く真似をする霞にふと疑問が口を突く。

 

疑問自体は先日、一刀が霞の部隊の面々を見た際に湧き出でたものだ。

 

折角出来た時間だ、ここで聞いてしまうか、と考えた一刀はそのまま疑問を口にした。

 

「なあ、霞。虎牢関で何があったんだ?」

 

「ん?何や、突然?」

 

「虎牢関でのことは断片的にだが梅から聞いている。だからこそ、霞を含めて、霞の部隊がほぼ全員残っている状況というのが信じられないんだよ」

 

「ああ、そうゆうことか。別に隠すことでもあらへんし、ええよ、教えたるわ」

 

気負った風も無くごく自然体で、霞は梅が去った後の虎牢関での出来事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『突撃ーーーーーー!!!!』

 

霞と華雄、2人の将軍の掛け声が重なり、呼応した兵の怒号が虎牢関を揺らす。

 

直後、開いた城門から疾風の如く霞の部隊が吶喊していく。

 

その動きに迷いなど欠片も見当たらない。

 

戦場に飛び出した霞は素早く視線を左右に巡らせる。

 

と、向かって左側、曹の旗を掲げる一団に付け入ることが出来そうな穴を見つけた。

 

「ウチらは左の曹軍に当たる!」

 

響き渡る馬蹄の音にかき消されぬよう、大きく張り上げた霞の声が華雄に届く。

 

「ならば我等が右の孫軍、劉軍に当たろう!」

 

霞の部隊に続いて城門から飛び出した華雄隊もまた、ぶれる事なく孫、劉の旗を目指す。

 

「死になや!華雄!!」

 

「お前もな!張遼!!」

 

互いの武運を祈りつつ、それぞれの正面に取った敵に相対する。

 

背後では大きな音を立てて城門が閉まった。

 

今頃は僅かに残した内部部隊が城門に工作を施しているだろう。

 

勿論、ねねの指示では無い。全て霞の独断。ねねを、梅を、そして月、詠を、守らんとすればこその考えだった。

 

(悪いな、ねね。騙す形になってもうたわ。ウチの天命も、ここまでっちゅうことなんやろ。

 

 せめて、最後は武人らしく、華々しく散りたいもんやな)

 

敵部隊へと駆ける間の僅かな懺悔。

 

誰かが聞き入れてくれる訳も無いと知りつつも、何故か考えてしまう。

 

そんな矛盾にも似た内心に苦笑を漏らす間もなく、敵軍の先鋒、夏侯惇隊が眼前に迫る。

 

「ええか、お前ら!足止めんなや!誰かが倒れても踏み越えろ!足止めた奴から死んで行くで!

 

 せやけど、あんたらはウチが育てた大陸一の騎馬部隊や!気張れ!気張って、生き残って見せぇ!!!」

 

『おおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

ビリビリと大気が震える。

 

対するのが袁家の兵程度であれば、或いはその鬨の声だけで気圧され、瓦解に糸口となったかも知れない。

 

だが、今霞と相対しているのは曹操の腹心として誉れ高い夏侯姉妹の姉、魏武の大剣・夏侯惇その人。

 

当然、霞の部隊に気圧されるどころか、むしろその気合を受けて士気をます始末であった。

 

「左右に分かれぇ!速度は維持!敵部隊外縁に沿って攻撃!存分に翻弄したれ!」

 

『応っ!!』

 

戦端が開かれるや否や、霞の部隊は号令に従い左右に割れる。

 

夏候惇の部隊も精兵ではあるが、”神速”の名を欲しいままにしている霞とその部隊を相手にこの状況ではさすがに分が悪いと考えたのか、兵を固めて防御に徹していた。

 

霞はそこに違和感を覚える。

 

音に聞く曹操の一番槍が防御に徹するしか無い、と、その程度だというのか。

 

しかし、その思考は最後まで形を成さない。

 

まるで霞が側面を沿うように出ることが分かっていたかの如く配置された部隊が視界に突然現れる。

 

大部隊の進軍による土煙に紛れて隊を伏せていたのか。

 

その部隊の手には弓、弓、弓。

 

一定以上の距離に広く展開し、部隊のほぼ全てが矢を構えていた。

 

準備万端、例え今すぐに霞達が進行方向を変えたとて、少なくとも第2射までは許してしまうだろう。

 

しかも、距離故の命中率の低下はあまり見込めないと見える。

 

それもそうだろう、霞の視線の先にはもう一人の腹心、魏武の大剣が妹・夏侯淵の姿があった。

 

「くっ…!読み通り、ってんか?!お前ら!矢ぁ来んで!気合いで弾きぃ!!」

 

『応っ!!』

 

何とか凌ぐしかない。瞬時にそう結論付けし、部下に発破をかける。

 

直後、風を切る音と共に無数の矢が霞の視界を埋める。

 

逆側にチラと目をやれば、いつの間に取り出したのか、最前面となる兵が頑丈そうな大盾を掲げていた。

 

自分達の取れる最善の一手が敵によって最悪の一手へと姿を変える。

 

実にいやらしい、しかし非常に効果的な策だ。

 

しかも、だ。夏侯淵の部隊は執拗に霞隊の足元に狙いを付けている。

 

馬の足など脆弱なもの。矢を受けた馬は言うまでもなく、中には掠めて怪我を負っただけでも転倒や制御不能に陥ってしまう馬まで出る有様だった。

 

一方の夏候惇隊は同じ射線上にあれども、大盾によって矢は防がれて負傷することは無い。

 

結局霞の部隊が夏侯惇隊をすり抜ける頃には、霞の部隊はおよそ2割、対して夏侯惇隊は両手にも満たない程度の損失となる。

 

そして、このタイミングで部隊を抜け出る影が一つ。

 

「我が名は夏侯元譲!曹操様一の家臣なり!貴様達はかの”神速”と見受ける!武人としての気概あらば、私と戦え!張遼!!」

 

朗々とおがる夏侯惇。

 

先日の決戦の折、恋とぶつかり、傷も負っているだろうにそれを微塵も感じさせない力強さがそこにはあった。

 

勿論、霞にはこれを無視することも出来る。

 

だが、そこは霞のこと、このような演出にあっては武人の魂が疼いてしまって仕様がない。

 

「お前ら!ウチは今からあいつとやる!お前らはウチの教えを忘れんと、常に動き回れ!

 

 ええな?!この張文遠の名に恥じん様を見せつけたれ!」

 

『応っ!!』

 

統率の取れた返答を背に、霞は単身馬首を敵隊中央へと巡らせる。

 

忽ち夏侯惇の前に躍り出ると、霞もまた名乗りを挙げる。

 

「ウチが張文遠や!直接指名するとはええ度胸!人呼んで”神速”の張遼!その技量、しかとその目に焼き付けてくたばれや、夏侯惇!!」

 

叫び終えると同時に自身の武器、飛龍偃月刀を一閃。

 

夏侯惇もまた彼女の愛刀、七星餓狼で難なく受けた。

 

当然の如く、一撃で攻撃が終わることなど無い。

 

二度、三度と目まぐるしく攻防を入れ替えながら得物を打ち合わせていく。

 

戦場には小気味の良い金属音が響き渡り、2人を中心にポッカリと丸く穴が空く。

 

「はっ!やるやないか!もっとウチを楽しませてくれや!おらぁぁぁっ!!」

 

「そちらこそ、私に失望させないでくれよ!はぁぁぁっ!!」

 

気合を迸らせ、更に打ち合う。

 

力、戦闘本能は夏侯惇が上なれど、速度、技術は霞が上。

 

総合力は互いに譲らず、結果2人の一騎打ちは長期戦の様相を呈し始める。

 

十合、二十合……まだまだ決着は付かない。

 

三十合、四十合……退くことなど考えない。只々貪欲に相手を喰らいに行く。

 

やがて五十合を迎えようとしたその時。

 

霞が突如、バックステップを踏む。

 

訝しがる夏侯惇も、直後にその理由が判明した。

 

霞が先程までいた空間、その足辺りに一本の矢が突き刺さっている。

 

「姉者、そこまでだ」

 

周囲の人垣を割って夏侯淵が乱入してきた。

 

手に持つ弓は明らかにワンオフ。夏侯淵の為に作られたそれを持つ彼女の実力は計り知れない。

 

「なんや?こっからは2人が相手か?」

 

茶化すようにそういう霞だが、額には緊張の汗が光る。

 

この2人を同時に相手など、さすがの霞でも無理だと理解しているのだ。

 

ところが、夏侯淵は霞を見据えるとただ一言発する。

 

「投降しろ、張遼」

 

「そう言われて、はいそうですか、ってなるとでも思ってんの?」

 

若干の呆れを滲ませつつ、霞は拒否を唱えようとする。

 

が、夏侯淵が機先を制する。

 

夏侯淵が片手を挙げると、背後の人垣より一人の魏兵が現れる。

 

その兵が引っ張ってきたのは…

 

「う…す、すいません、張遼、様…」

 

霞の部隊の副官を務める兵だった。

 

見たところ怪我を負ってはいるが、現状では致命傷には至っていない。

 

だが、今真に注目すべきはそこでは無かった。

 

この者がここにいるということは…

 

「気付いたか?もう一度だけ言おう。大人しく投降しろ。判断を誤るな」

 

「そういう、ことかいな…っ」

 

ギリッと歯を食いしばる。

 

霞こと張文遠は自他共に認める知勇兼ね備えた名将である。

 

霞自身も戦場における自身の判断には自信を持っていた。

 

そこを完全に逆手に取られた。

 

敢えて僅かな隙を作って霞の部隊を誘い、夏侯惇の部隊に徒らに騎兵を増やさず専守防衛。夏侯淵の部隊との連携で分断撃破が狙いと認識させておいて、さらにその先に本命の策を持ってきていた。

 

周囲の敵兵の更に先にまで目をやれば、なるほど確かに一分の隙もない包囲網が既に敷かれている。

 

その網を徐々に狭められては、走るスペースを失った霞の部隊が次々と捕縛されても何らおかしくは無いのだ。

 

恐らく既にその大半は捕縛され、霞の判断次第でその運命は右にも左にも傾く状態なのだろう。

 

「……これがもし、普通の戦なんやったら、あんたらの策は確かに決定打になったかも知れん。

 

 けどな…今、ウチが下ったら、待ち受けとるんは月達の死や!やったら、んな条件、誰が飲めるかいな!!」

 

激昂する霞に夏侯惇が七星餓狼を握り直す。

 

しかし、夏侯淵が再び姉を制し、これが最後だと言わんばかりの調子で”それ”を伝えた。

 

「張遼よ。お前の言う者は恐らく董卓と賈駆のことなのだろう?

 

 我々は一刀の遺志を理解している。この意味、お前ならば理解出来るのではないか?」

 

「……わざわざこんなとこで一刀の名前出すか。しかも一刀の意志を理解しとる、やと?

 

 せやけど、んなことを大々的にしたらあんたらも連合に敵対することになんで?」

 

「そこは我等が軍師様の策がある。我々は実さえ得られれば董卓の首にそこまで興味が無いのでな」

 

暫しの逡巡。

 

仮に今ここで下ったとすれば、霞の命は勿論、部下もほとんどが助かることになるだろう。

 

一方で、投降に従わなかった場合、まず誰も生きては帰れまい。

 

更に言えば、そこまでして僅かな時間稼ぎをしたとて、月達が確実に助かる保証など無い。

 

ならば…

 

「……分かった。ウチは下る。但し、さっきの言葉、少しでも違えたとウチが感じたら…」

 

「ああ、分かっている。英断、感謝する。色々と余計な手間が省けたよ」

 

リスク対効果を考えるならば、当然の結論。

 

ではあるが、霞が考える頭を持ち合わせていなければ夏侯淵の言う”余計な手間”がかかった可能性の高いだろう。

 

何はともあれ、これが双方にとってよい落としどころとなった。

 

 

 

こうして霞は華琳に下ることとなった。

 

即日、華琳に面会し、正式に華琳の軍門に下ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんなわけでウチは孟ちゃんに忠誠を誓っとる訳なんやな」

 

「なるほど。策は桂花…いや、相手の心理に罠を張るその嫌らしさは零さんも噛んでるな」

 

「一刀~、確かにそやけど、そういうんはあんま口に出さん方がええで?」

 

「ん?一応褒め言葉のつもりなんだけどな…ま、以後気をつけるよ」

 

他人が嫌らしいと感じるということは、つまり心理戦に長け、良く裏を取れているということ。

 

ではあるのだが、確かに霞の言うことも一理ある。

 

取り分け、この世界では主要人物が皆女の子なのだ。そのような言葉は好ましくないだろう。

 

だが、今はそんなことよりも知りたいことがあった。

 

「霞…華雄は、どうなった?」

 

「……」

 

その沈黙が何を意味するのか。

 

一刀にとっての華雄は、僅か一日にも満たない時間を共にした人物程度でしかない。

 

だが、それでも月に対する深い忠誠を感じ取ることはできた。

 

その忠誠が何かしらの恩義から来ているであろうことも。

 

これは一刀が夏侯家に対して抱く忠誠心に似通ったところがあるからこそ察することが出来たのかもしれないが。

 

忠義に生きる者は戦場にて命を落とす羽目になることがよくある。

 

そこは仕様がないことだと理解はしていても、自らに似ている華雄には生きていて貰いたいと思ったために、どうしても質問せずにはいられなかった。

 

「春蘭と一騎打ちに入る前に、孫の旗に突っ込んでいっとんのを見たんが最後や…」

 

「……そう、か」

 

孫の旗に向かった。つまり、高い確率で”孫堅”と相対した。後の世に言う”陽人の戦い”において。

 

一応、これまでにも歴史に反して生き残った人物がいることはいる。

 

だが、それらはいずれも一刀が関わっていた。

 

歴史にとってイレギュラーな存在たる一刀が関わることによって、因果律が捻じ曲がった結果の生存である可能性が非常に高い。

 

時に、今回の件、一刀は華雄にはほとんど関わっていない。

 

つまり、これらが意味するところは、恐らく”そういうこと”なのだろう。

 

「んでも……あいつのことや、きっとしぶとく生き延びてるやろ」

 

霞のそれは希望的観測なのか、はたまた信頼故か。

 

深いところまでは今の一刀には分からない。

 

「……霞が信じてやってれば、きっとそうなるだろうな」

 

「おう!」

 

ニカッと笑みを見せる霞。

 

きっと、霞も華雄も己の信念に殉ずることを厭わない。

 

霞にとって華雄の安否は確かに気にはなる。が、それ以上に、華雄が信念を貫き通せたであろうことの方が、霞の気を少しでも軽くしているように、一刀には見えたのだった。

 

 

 

 

 

「……あ、みんなの、ご飯時間。行ってくる」

 

ポツリと恋が呟き、手を振り振り調練場から去る。

 

それが機となった。

 

「それじゃ、俺もそろそろ華琳様のところに向かうとするよ」

 

「あいよ。ほんじゃあ、ま。ウチも久しぶりにビッシビシいったりますか~!」

 

「ははっ。少しは加減してやれよ?」

 

「気ぃ向いたらな~」

 

軽く挨拶を交わし、一刀もまた調練場を後にする。

 

 

太陽が直に天頂へと至る刻。

 

聞いたばかりの話に、遠い虎牢関の地を思いつつ、一刀は城へと進んでいくのだった。

 


 
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