それから数日のうちに、袁紹の本隊が動いたという報が飛び込んでくる。
春より少し早いが誤差だろう、もうじき暖かくなる。
既に戦の準備は整えられており、いつでも動ける状態になっていた。
軍の一部は汜水関まで進めてある。
「……」
買ってきた新しい服に袖を通し、帯を締め、注文していた武器を身につける。
武器は柄に輪のついた短刀、それに髪の毛で作った紐を結んだもの。
その他にも、いつもの鉄扇を2本、羅漢銭、小刀をそれぞれ身に付ける。
衣服は真っ白な着物に白い帯。それを左前に着つける。
そう……、死装束。
この頃の中国に実際そういうものがあったかどうかはしらない。
ただ、俺がこちらにきてから見た葬儀ではそれを身につけていたので、『ここ』ではあるのだろう。
「行くの?」
部屋を出ると声をかけてきたのは椿花、ゆっくりと頷けば、その手に持った脇差しを放ってくるので、それを受け取る。
「椿を貸してあげる。私が本気で相手を仕留めたい時に使う剣だよ、一刀の手持ちじゃ、首を跳ねるにはちょっと力不足でしょ?」
「ありがとう。天華達の護衛、よろしくね?」
椿を身につけ、馬に乗って街を出る。
一人、袁紹の陣地を目指して。
「ご主人様!?」
……虎牢関を抜け、汜水関に差し掛かった時、声をかけられた。
その声は霞の物。
「どないしたん、そのかっこ!?」
「何って、戦装束だよ」
「嘘つきな、どっからどうみたって死装束やん。なんでそんなかっこしてんねん」
「覚悟だよ。この身を賭してでも、袁紹を仕留めるっていうね」
「……、一応今回の作戦の話しは聞いとるで?
せやけど……、そんなカッコして、これから不帰の途でもいこうかっちゅう顔したご主人様を行かせる気にはならんわ」
そういって、霞が飛竜偃月刀をかまえる。
「……」
無言で馬から降りて鉄扇を抜き、霞に相対する。
「本気でいくで、っちゅうても峰打ちやけどな。ハァ────ッ!!」
おそらく、本気なのだろう。一気に走りこみ、大上段に振り上げたエモノを振り下ろしてくる。
なぜだか、その太刀筋はハッキリと見えた。
白刃取りでもするように、両手の鉄扇で偃月刀の刃を挟み込み、裁断するように両側から一気に叩きつける
金属の砕ける甲高い音があたりに響き渡り、その刃が無残に折れ飛んだ。
「嘘やろ……?」
信じられない、とでもいうように無残に叩き折られたエモノに視線を落とし、しばし呆然とする。
「いかせてもらうよ」
その霞を尻目に、馬に乗り、汜水関を抜けた。
───────────────────────
「……それで方針は?」
天華と月を中心に軍議が行われる。
場所は汜水関の会議場。
一刀が街を出てから程なく、他のものも順次出陣し、汜水関へと集結していた。
「知っての通り現在、一刀と忍者隊の者数人で袁紹の暗殺を実行中よ。
報告では袁紹の隊の数は2万、大半は曹操領の国境あたりにいるので今は手薄。
しかし、こちらに暗殺を仕掛けてきたからには、何らかの罠が仕掛けられているとおもわれるわ」
「ここで肝になる袁紹の暗殺なんですが、成否は問題じゃないです。
国の主を狙ったとあれば成否は問題じゃありません、必ず報復に来ます。
つまりこちらの土俵に引きずり出して罠を張ります。ここまでで質問はあります?」
桂花と紫青の説明に、本当に報復があるか、という問いかけがあるが、それに朱里が口を開く。
「来ますよ、だからあえて城で仕掛けるのではなく、陣中の多数の兵が見ている中で堂々と襲いかかるんです。
正直非常に危険度が高いですが、袁紹としては報復をせざる得ないでしょう。絶対条件として仕掛けた者が逃げ切る必要はありますけれど」
「他に質問がないなら次に進めますの、罠は、一刀様の得意としている釣り野伏を原型とした策で行いますが、誰に囮になってもらうかが問題ですの。
現在の案としては、月さん、紫青さん、霞さん、華雄さんの4人に囮をお願いしたいと思ってますの」
「……私が囮になろう」
思わぬ人物が声を上げた。声の主は天華。静里が月の名を上げただけでも驚きの声が上がったのに、天華が名乗りを上げたのは桂花や紫青でさえ予想外だったようで……。
「劉協伯和はこれ以上ない囮だろう? それに、一刀が最も危険な役目を負っているのだ、私が後方でのんびりしているわけにもいくまい?」
一刀と天華が非常に親しい事は皆が知っていた、それに麗とも仲が良かった事も。
それぞれが驚きこそしたものの、異論は出なかった。
それから、背後と両翼の人員を決め、ひとまず軍議は終わりとなった。
───────────────────────
一刀は袁紹軍の陣地にたどり着けば、真正面から歩いて侵入していった。
時刻は夜の10時も過ぎた頃。
そんな時刻に、死装束を着た人物が歩いてきたのを見て見張りの兵はしばし呆然としてしまった。
幽霊や妖怪が信じられているこの時代。そんなものが通りがかれば、当然、この世のものではないと思ってしまうのが普通。
月明かりに照らされたその顔は青白く、本物の死人のように見えた。
「……」
一刀はゆっくりと周囲を見回し、以前の反董卓連合でも見た事のある袁紹の天幕を見つければ一直線にそこに歩いていく。
「お、おい、とまれ!」
「死ね」
立ちはだかった男に、ただそれだけいうと片手を振るい、羅漢銭を投擲する。
それは男に首へと吸い込まれるように飛来し、深々と突き刺さり、男は首から血を吹き出しながら崩れ落ちる。
回りから見ればその羅漢銭は見えず、男の首にも何も刺さっていないために、不可視の力で打ち倒したかのように見えた。
それは夜という時間と、死装束を身にまとった一刀の姿もあり、見るものを恐怖させた。
その非常識に、兵は恐怖し、士気は著しく低下する。
「我が名は禁軍が将、島津北郷。袁紹の首を頂戴しにきた、邪魔だてするなら、只の一人の例外もなく、冥府へ連れて行く。
行き先は天ではない、地獄としれ!」
続いて近寄ってきた者の首を、椿花から借りた椿で一刀のもとに切り捨てる。
ついで複数が接近してくるので髪の毛の紐を握り、短刀を振り回して、槍を振り回すように複数を斬りつける。
夜、という時間も一刀を有利にしていた。
いくら篝火を炊いてあるとはいえ現代のように明るいわけではなく、視界は非常に悪い。
弓でも射掛けようものなら同士討ちは必至、よって弓が使えない。
なおかつ一刀は一人なのだ、軍を相手に射撃するのとはわけが違った。
「ご主人様……?」
一刀の前についで立ちふさがったのは黄忠……紫苑だった。
「……」
一刀は黄忠に無言で小刀を向け……一気に距離を詰めようとする。
「ふっ!」
紫苑の得意とする3連射をかいくぐり、小刀を投げる。
狙いは弓の弦。
それに気づいてか紫苑は横に跳んで身を躱し、続け様に矢を放ってくる。
「ごめんなさい……、ご主人様……」
「璃々ちゃんならこっちで確保してる、今は、負けておいてくれると助かる」
地を蹴り、その矢を首を捻ってよけながら、肉薄し、それだけを言うと小刀を振り上げる。
狙いはやはり、弓の弦。
この作戦を天華と桂花に相談し、月にも話しを通して形にした段階で、
忍者隊を派遣して璃々ちゃんの囚われている場所を探り当て、袁紹の本隊が出撃するのに合わせて救出させたのだ。
「っ!?」
それをどうにか回避し、紫苑はもう一度口を開く。
「あなたは……、北郷一刀様で間違い無いですか?」
「夢で見た、甘っちょろくて女にだらしがなく、気配を消すぐらいしか能の無い北郷一刀のことをいってるならその通りだよ。紫苑」
それを聞くと、紫苑は弓を番え、何の躊躇もなく、袁紹の兵へ向けてそれを射掛ける。
続け様に3本打ち込んだ弓は寸分の狂いもなく3人の兵の顔へ直撃し、その生命を刈り取る。
「なら、負けるわけには参りませんわ、幸い……楽成城からついてきている兵がこの隊に居ます。
私も、ご主人様と共に参ります。」
紫苑が璃々を人質に取られている事を知る兵達は、紫苑の行動でもって袁紹に反旗を翻した事を知り、その兵たちは一斉に袁紹を裏切り、戦い始める。
「……、ありがとう、助かる」
それだけ言えば、背後を紫苑にまかせて一刀はさらに脚を進める。襲い掛かってくる兵を次々に打ち倒し、血の海に沈め、
今までとは違い、無力化ではなく、確実に殺していく。
首を刎ね、心臓を貫き、何の躊躇もなく殺していく。
修羅とおそれ、逃げ惑う者、
勇敢に立ち向かい、無残に切り殺される者。
信じられない者を見るように立ち尽くす者。
あんな物が天の御遣いであってたまるか、あれは冥府の使いだ。
それが袁紹の兵の一致した意見だった。
一刀が本陣近くまでたどり着けば、いまさら逃げようとしている袁紹を発見する。顔良と文醜は曹操の領へ先に行っているのだろうか、ここには居ない。
一刀は魔法の言葉を知っていた。ほぼ確実に血の雨を降らし、曹操から漢へと矛先を無理矢理変えさせ、血で血を洗う戦を発生させる言葉を。
「逃げるのか、『麗羽』。ただ一人の将を相手に逃げては袁家の名折れだぞ?」
そう、おそらくこの世界で最大の禁忌だろう『真名』を、侮蔑を込めて呼び捨てる。多数の兵が見ている前でだ。
袁紹の真名は桂花から聞いていたため、一刀も知っていた。
袁紹は憎悪を込めて一刀を睨みつけるものの、そんなもので一刀は怯みはしない、立ちはだかる兵を切り捨てながら一気に接近し、
その右腕を飛ばした。
ついで椿を大上段に振り上げてその首を刈り取るために振り下ろせば、何かに椿を受け止められる。
受け止められた方向へ視線を向ければそこにいるのは自身と同じ顔。
「今は逃げておけ」
それだけ言えば一刀を押し返し、一刀は跳んで距離を取る。その間に袁紹は腕を抑えながら逃走していく。
「劉備玄徳……!」
「今袁紹を殺されては困るのからね、念の為に同行していたが正解だったらしい」
一刀と同じ、鉄扇を手の中で弄び、劉備がにやりと笑う。
背筋が寒くなるのと同時に、どうしようもない嫌悪感が一刀を襲う。
絶対にこいつとは相容れない、殺さなければいけない、そういう思いが腹の底から湧いてくる。
「さぁ、2つにわかれた間違いをただそうじゃないか。『俺』は一人で十分だよ」
「ハァ───ッ!!」
2人が叫び、一気に距離を詰めて両手の鉄扇で打ち合う、構えも、攻撃の軌跡も同じ、
打ち付け合うたびにそれは火花を散らして激しい金属音を響き渡らせる。
強さはほぼ互角、数十を打ち合い、勝敗の決めてとなったのは疲労。
群がる兵士を片っ端から殺して行った一刀が疲労の分だけ遅れを取り、次第に手傷を増やされる。
「……時間稼ぎはこの程度で十分だな」
劉備の鉄扇が隙を突いて一刀の首を打ち据え、その意識を刈り取る。
「まだお前にも死んでもらっては困るけどね。どこかのマンガのキャラクターじゃないけど、
次の戦争のために、次の次の戦争のために。兵の撤収作業もあらかた終わったようだし、今日はお暇させてもらうよ」
劉備の言葉は誰に聞かれる事もなく、気を失った一刀は追いついてきた紫苑に救出され、意識のないまま帰路についた。
───────────────────────
一刀が袁紹軍の本陣へたどり着いた丁度その頃、
霞は汜水関で空を眺めていた。
手には一刀に砕かれた飛竜偃月刀。
「……あんとき、確かにウチは本気で打ちかかったハズなんやけどな……」
どうにも納得ができなかった。自分の知る一刀に自分の偃月刀を砕くような、そんな芸当ができようはずも無い。
「霞ちゃん、お悩みみたいねん?」
「うわ!? あぁびっくりした、貂蝉かいな、あんたなんでこんなとこにおるねん」
「霞ちゃんは他愛のない噂を覚えているかしらん?」
「噂ぁ?」
「そ、前の世界で魏の兵士を中心として広まっていた噂よ」
しばらく考えてみて、どうにも思い出せない、
というより噂というのも色々あるため絞り込めなかった。
「あんたがどの噂のこと言うてんのかしらんけど、それがどないしたんよ。
ちゅうか、しれっと前の世界の事言うあたりどないなん? あんたなにもんや?」
「私は外史の管理者だったわん。于吉や左慈と似たような存在よ、位置づけ的には相反する者だけど」
「そういや、こっちに来てから白装束の噂やら全然聞かへんなぁ」
「そうでしょうね、彼らは居ないから。
明確に敵として大多数から認識されて、皆からいなくなればいい、と思われていたからこの世界に干渉出来なくなった。
それだけよん」
「で、あんたは管理者だった、っちゅうことは今は違うん?」
「今の私は『解説者』ただの物知りよん。まぁ、管理者不在のこの世界は不安定だけど、その分自由度も高いわん」
「ふーん……、まぁええわ、そんで、どの噂のこといいよるん?」
「曰く、ご主人様は愛紗ちゃんを一撃で倒す実力を隠し持っているらしい
曰く、鉄扇をもたせれば天下無双、息の一つも切らさぬままに愛紗ちゃんを倒したらしい
曰く、その実力は呂布奉先をも凌ぐらしい」
「……、つまり?」
「そのままよ? この世界では、前の世界がなくなる時の皆の思いが形になった物。
魏の兵士達に取って、ご主人様がそうであったという噂は事実にも等しかったし、そうであって欲しいという気持ちもあった。
だから本人も気づかぬままに、恋ちゃんをも超える実力を隠し持ってたってわけ」
「そんでプチっとキレてそれが表に出てきたと、絵巻かなんかやあるまいし」
「でもそれが今の現実よ、それじゃ、今回の解説はここまでよん」
「あ、ちょい待ちいや!?」
霞がそういうのも構わず、貂蝉は汜水関から飛び降りて何処かへ行ってしまった。
「呂布っちを超える実力なぁ……」
呟きながら、霞は夜空へと視線を戻す。視線の先はおそらく一刀が戦っているだろう場所へ。
「まぁ、そやったら……、きっと無事に帰ってくるやろ」
一つ心配事がなくなった、そう思う事にして、冷えきった体を温めるために、汜水関の中へと戻っていった。
あとがき
どうも黒天です。
前回からの連投になります。
前作からはっていた伏線をようやく回収できました。
というわけで今回は一刀無双です。
劉備はチラっと出てきましたが、実力的には覚醒一刀とほぼ同じです。
あと紫苑が仲間になりました。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
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