No.665520

機動戦士ガンダムSEEDDESTINY 運命を切り開く赤と菫の瞳

PHASE8 覚醒
シンが主人公してきた回です。

2014-02-23 16:30:40 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2834   閲覧ユーザー数:2758

「FCSコンタクト、パワーバスオンライン。ゲート開放━━」

 

やわらかな朝の日差しを浴びるミネルバのエンジンに火が入り、ドックにさざ波が立ち始めた。前方のゲートがゆっくりと開いていく。

 

「前進微速。ミネルバ、発進する」

 

タリアの号令に従い、グレーの巨艦はゆっくりと外海に漕ぎ出した。タリアは感慨深げに、モニターの中で遠ざかっていく島影を見やる。

 

「間もなくオーブ領海を抜けます」

 

アーサーが何となく明るい声で告げる。油断のならない状況下ではあるが、異国に長く留め置かれたあとで、再び航海に出るのは無条件の心が弾むものだ。ましてやここは美しい南海洋上だ。

 

「降下作戦はどうなってるのかしらね?カーペンタリアとの連絡はまだ取れない?」

 

タリアが確認すると、メイリンが首を振る。

 

「はい。呼び出しはずっと続けているんですが……」

 

その時、右方でバートが息をのみ、タリアは反射的にそちらに目をやった。

 

「本艦前方二〇に多数の熱源反応っ!これは……艦隊です!地球軍艦隊!」

 

バートが緊迫した声で叫び、タリアは耳を疑う。

 

「スペングラー級六、ダニロフ級十……他にも十五隻ほどの中、小艦艇を確認!本艦前方、左右に展開しています!」

 

「えええっ!?」

 

アーサーが血相を変え、タリアも愕然としながらその情報の意味を整理しようとする。地球人の艦隊が空母六隻を含む三十隻以上……しかも隊形はこちらを待ち受けている形だ。

 

「どういうことですか!?オーブの領海を出た途端に、こんな……!」

 

マリクが舵を握りながら呻き、チェンが毒づく。

 

「本艦を待ち受けてたという事か?地球軍はみんなカーペンタリアじゃなかったのかよ!?」

 

だが続くバートの報告に、今度こそクルーは驚愕のるつぼに叩き込まれる。

 

「後方っ……オーブ領海線にオーブ艦隊!……展開中です!」

 

バート自身、信じがたいと言った口調だ。そして重ねて告げる。

 

「砲塔旋回!本艦に向けられていますっ!」

 

「そんな!何故……!?」

 

アーサーの人の好い頭では、この事態は咄嗟に理解できまい。だがタリアは完全に諒解した。

 

「領海内に戻ることは許さないと━━━つまりはそういうことよ。どうやら土産か何かにされたようね……!」

 

タリアは怒りを覚えながら吐き捨てる。恭順のしるしに敵艦を一つ差し上げます……そんなやりとりがオーブと大西洋連邦との間で交わされたのだろう。想像するだけで虫酸が走る。

 

「正式な条約締結はまだでしょうに……やってくれるわね、オーブも!」

 

「艦長……」

 

アーサーは完全に途方に暮れた顔でタリアを見つめている。

 

「ああもう!あーだこーだ言ってもしょうがない!コンディション・レッド発令!ブリッジ遮蔽。対艦、対モビルスーツ戦闘用意!大気圏内戦よ、アーサー!わかってるわね!?」

 

「は、はいっ!」

 

彼女の剣幕に弾かれるように、アーサーは席に着き、戦闘準備を始める。クルーたちも同様だ。急に慌ただしくなるブリッジに座し、タリアは爪を噛んだ。彼らはまだ気付いていない。これほどの艦隊を前にして、何かの奇跡でも起こらない限り、結末は二つしか存在しないということに。

降伏か、撃沈か。そのどちらかだ。

だがタリアには、降伏する気など欠片も無かった。

シンは黙って格納庫を見下ろしていた。パイロットアラートには今、ミネルバのモビルスーツ隊パイロットたちで詰まっていた。レイは手元のコンピューターでデータチェックに余念がない。アリサは何度か会話を切り出したが、誰の返事も得られず、今は黙ってドリンクを飲んでいる。シンは誰かと話が出来る気分ではなかったし、レイは━━まぁ、何時も通りだ。

シンは裏切られた気分だった。やはり、オーブになど来るのではなかった。

この国はいつも、彼らを裏切り続けていた。一度は大義名分のために両親を奪い、今度は自分たちの敵に回る。それどころか、両親を犠牲にして押し通したその大義名分さえ、今度は捨て去ったのだ。これでは彼らは、何のために命を落としたのかわからないではないか……!

ふと、カガリの凛とした表情が、その真摯な言葉が、ちらりと脳裏をよぎる。両親の仇であるフリーダムに誘拐された彼女は、現在行方不明となっており、捜索が開始されると同時にテロリストと断定したフリーダムとアークエンジェルの捜索も開始されていた。

もしも、彼女が誘拐されていなかったら、オーブは彼らを裏切ることはなかったのだろうか?

そう思っていたその時、彼の物思いを打ち破って警報が鳴り響いた。

 

『コンディション・レッド発令!パイロットは乗機にて待機せよ!』

 

シンは驚いてアリサ、ルナマリアと目を合わせた。残りのみんなは既にドアへ向かっている。シンたちもそれに続きながら、思わず声を上擦らせる。

 

「レッドって、なんで!?」

 

当然、アリサもこう答えた。

 

「知らないよ!なんでボクに聞くのさ!?」

 

オーブ領海を出てカーペンタリアに向かうとなれば、必ず途中でそこを包囲している地球連合軍とは戦闘になる。それはわかっていたが。だがまさか、こんなに早く?

 

『艦長、タリア・グラディスよりミネルバ全クルーへ』

 

格納庫に飛び込むと、高い天井にタリアの声が響き渡った。

 

『現在本艦の全面には、空母六隻を含む地球軍艦隊が、そして後方には自国の領海警護と思われるオーブ軍艦隊が展開中である』

 

「空母六隻!?」

 

「後ろにオーブが……!?」

 

イチカとマユは状況が理解できずに繰り返す。

 

『地球軍は本艦の出航を知り、網を張っていたと思われ、またオーブは後方のドアを閉めている』

 

タリアの冷徹な言葉が彼らの理解を促す。

 

『我らには、前方の地球軍艦隊突破の他に活路はない。これより開始される戦闘は、かつてないほどに厳しい者になると思われるが、本艦は何としても、これを突破しなくてはならない!』

 

シンにも、ゆっくりと状況が飲み込めてくる。それと同時に怒りが体の奥底から湧き上がってきた。

 

━━オーブは、自分たちを地球軍に売り渡したのだ……!

 

『このミネルバクルーとしての誇りを持ち、最後まで諦めない各員の奮闘を期待する!』

 

クルーの顔に悲愴な表情が浮かんだ。空母六隻を前にして、たったの一隻の艦が敵うはずがない。諦めるなと言いつつ、タリアは言外にそれを匂わせていた。

自分たちは、ここで死ぬのだ。

オーブに裏切られて。

シンの中で、恐怖を圧して怒りが沸騰する。

かつて自らの理念を掲げ、最後まで折れずに戦ったオーブが、なんというざまだ!

 

「くっそぉぉぉ……!」

 

彼は赫怒の叫びを上げながらコアスプレンダーに飛び乗ると、通信が開く。

 

『ほんと、どうしろってのよ。空母六隻でしょ?無茶苦茶じゃない』

 

『それが戦争ってもんだって事は、ヤキンで身に染みた筈だろ?』 

 

ルナマリアが愚痴るように言い、イチカが暗に諦めろと言う。

 

『何にせよ、突破出来なければ俺たちは此処で沈むだけだ。全力を尽くさねばならない』

 

「ああ、あいつら全部ぶっ倒してやるよ。シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!」

 

シンは気迫を漲らせて叫び、発進した。憤りが、現在の彼の原動力だった。

 

 

 

「ああもう!数ばっかりは揃えちゃって、嫌になっちゃうよ!」

 

「ほんとにもうしつこいわね!」

 

ハッチから左右の甲板に跳び上がったアリサのブレイズザクファントム、レイのブレイズザクファントム、ルナマリアのガナーザクウォーリア、マユのガイア、ショーンとデイルのゲイツRは大気圏内飛行が不可能な為、迎撃用としてしか使えない。可動域の広い砲台ともいうべきか。少なくとも敵モビルスーツが船体に取り付くとは阻止する事が出来るが、使える機動兵器がインパルスだけという事実はいかんともしがたい。不測の事態によって地球に降下したミネルバだ。大気圏内戦闘に対応する装備が不全なのは、有る意味当然ともいえる。

 

『っていうかさ、空飛べるとか狡くね!?』

 

『ぼやくなんて情けないよショーン。あたしたちの手の届かないところはシンがやってくれるさ!』

 

デイルの上で大気圏内でも空戦を行える唯一の機体であるフォースシルエットのフォースインパルスが、ウィンダムを撃ち落とし、斬り倒していくのが見える。しかし、数の差は依然圧倒的であった。

 

「イチカの奴、まだ着かねえのか!?」

 

イチカの機体であるゲルググは、飛行手段を持たないが、何故か装備を喚装する事で水中に潜行する事は出来た。この時の機体の名を、ゲルググマリーンと呼ぶ。イチカは敵空母を落とすためにしっかりとこちらに目を付けていた。

 

「そこ!」

 

モビルアーマーに変形したガイアのビーム突撃砲から放たれたビームが敵のウィンダムを二機纏めて撃破する。

だが、次々と現れる敵のモビルスーツの様子を見て、まるで敵が減ったように感じられなかった。

 

「この、落ちろっ!!」

 

インパルスに襲い掛かるウィンダム部隊は最も多かった。空中で戦闘が可能な唯一の機体であり、一番の驚異でもあるからだ。

単機で斬り掛かればあっさりと落とされ、かと言って完全に蒸ししてミネルバに向かえば後ろから撃たれる。結局、ウィンダムの殆どがインパルスに注意しながら戦闘を行わざるを得ず、その上でミネルバや艦に乗っている機体を狙うのだがらミネルバや他のモビルスーツも手強く、ウィンダム部隊は苦戦を強いられていた。

 

『うおおおお!!』

 

一機のウィンダムがシールドを構えながら、ビームサーベルを振り上げ、インパルスに接近する。それを見て、他のウィンダムも各々にミサイルやビームを撃ち、中には同様にビームサーベルを持って接近してくる機体もいた。

 

「こんな事で、やられてたまるかァァァッ!」

 

憤怒の叫びがその口から迸る。インパルスの右手がビームサーベルを抜き放ち、一機のウィンダムを袈裟懸けに斬り下ろした。空中で左右に斬り離された機体が一瞬漂い、激しい炎に包まれる。正面に来たビームは対ビームコーティングシールドで防ぎ、それ以外の方向から来る攻撃は避け、ミサイルをバルカンで迎撃する。ミサイルが迎撃によって爆発し、視界を一瞬阻まれたウィンダムの一機が突っ込んできたインパルスにビームサーベルで斬り捨てられる。ジェットストライカーを装備しているダガーLもビームを連射し続けるが、インパルスに気を取られすぎたせいでアリサのブレイズザクファントムが放ったビーム突撃銃に撃ち抜かれる。しかしいくら叩き落としても、取り囲む機影の数にまるで変化はないように見えた。

ようやく辿り着いた。

イチカはコクピットの中で呟いた。ゲルググマリーンに喚装して海中を潜行していたイチカは敵艦隊を射程距離に収めようとしていた。

勿論、連合艦隊も気付いてはいるし、魚雷やミサイル、レールガンの類で攻撃を仕掛けているものの、イチカの操るゲルググは高機動性能を高めているイチカ機に水中での機動力を損なわなないよう喚装されたゲルググは見当たらない。さらに特殊作戦用ということになってかレーダーにも移りづらく、艦隊から連絡を受け、空中から狙おうとしているウィンダムは中々狙いを定める事が出来ない。

とはいえ、逆に言えばこの機体は機動性の代わりにダメージには非常に弱く、直撃を受ければ一瞬で水圧に飲まれる事になるだろう。

 

「悪いけど、俺たちも必死なんだ。だから……沈めさせて貰う!」

 

水中でも使用可能な兵器、レーザーライフルを放つ。レーザーライフルの原理はザフト、地球軍の両軍が使っている水中兵器フォノンメーザー砲とあまり違いはない。特殊な音波や衝撃波を発生させ、その射角を認識するためにレーザーを放つ。

水中でも使える強力な兵器であり、PS装甲関連の防御も意味を成さない攻撃が、巡洋艦の一隻に命中し、破壊される。

イチカはそのまま移動を続け、巡洋艦の爆発に紛れ込むように身を隠す。これでこちらから一方的に狙い撃つ事が出来る。

このレーザーライフルの欠点は弾数が少ない事と、チャージに時間が掛かる事だ。威力こそ数ある兵器の中でも高い方に位置するが、連射が効かず、弾の補充も効き辛い事から、こういった水中戦でもない限り、あまり積極的に使用しようとは思わないだろう。

そうして、イチカは敵空母に接近するために敵艦を掻い潜り、時には撃沈させていった。

「デイモン級、スヴァトスラフ級撃沈!敵の水中用モビルスーツによるものと思われます!」

 

「なるほど。確かに中々やる艦だな……」

 

旗艦に悠然と座した艦隊指令が、モニターを眺めながら呟いた。そこには次々と寄せ来るモビルスーツと降り注ぐミサイルの最中にあるら淡灰色の艦と次々と此方の艦を沈めていくモビルスーツが映し出されていた。

 

「ロアノークの報告通り、というわけか」

 

ファントムペイン隊長の名を、面白くもなさそうに口にした後、指令は副官に向き直る。

 

「ザムザザーとディープフォビドゥンはどうした?あまり獲物が弱ってからでは、効果的なデモは撮れんぞ」

 

副官が畏まって応じる。

 

「は、準備出来次第各機発進させます」

 

元々使う予定の無かった旧式のディープフォビドゥンまで出す羽目になったのは遺憾だが、敵が水中用の機体用意していた以上、止むを得ない事だろう。数も少なく、迎撃される可能性もあるが構いはしない。

先に艦を落とせば残った敵を蹴散らすことなど容易い。本命の準備は整いつつあるのだから……

 

格納庫に命令が伝えられ、発進シークエンスが始められる。指令は再び戦闘に目を戻した。その顔には孤軍奮闘する敵艦に対してはもちろんだが、次々と墜とされていく自軍モビルスーツに対する哀れみの念さえない。

 

「……身内贔屓かもしれんがね。私はこれからの主力は、ああいった新型のモビルアーマーだと思っている。ザフトの真似をして造った、蚊トンボのようなモビルスーツよりもな」

 

『ズールゼロワン、リフトアップ、B━八〇要員は誘導確認後、バンカーに待避……』

 

やがて旗艦の後部ヘリポートが左右に開き、異様な機体がせり上がった。YMFーX6BDザムザザー、ほぼ半球形を描くボディの四方から、太く短い脚のような突起が突き出した、ヤシガニを思わせる得意な形状。全長四十七メートルに及ぶ地球連合軍の新型モビルアーマーだ。脚部に複列位相エネルギー砲M534ガムザートフ、胴部にはMK79低圧砲を四門、その他にも特殊な武装を備えた恐るべき機体だった。

艦隊指令は巨大な暗緑色の機体を惚れ惚れと見つめた。やがて凄まじい振動と轟音を撒き散らしながらザムザザーの巨体は艦を離れる。

オーブにとっては恭順の証明、大西洋連邦にとっては殆ど無意味、そして指令にとってこの戦闘は、新たに開発された兵器のデモンストレーションの格好の場でしかなかった。

「不明機接近!これは……!?」

 

絶望的な戦いを続けるミネルバブリッジに、バートの不吉な声が響いた。

 

「光学映像、出ます!」

 

メイリンがモニターを切り替えると、波を蹴り立てて低空で進んでくる、ずんぐりした機体が映し出された。アーサーが素っ頓狂な声を上げる。

 

「なんだ!?あれは!」

 

「モビルアーマー!?」

 

「あんかにデカイぃ?」

 

タリアは舌打ちした。

あんなのに取り付かれたら終わりだわ!

 

「アーサー、タンホイザー起動!あれとともに左前方の艦隊をなぎ払う!」

 

「ええっ!?しかし大気圏内で……」

 

アーサーが反論し掛けるが、タリアは睨み付けて黙らせる。

 

「沈みたいの!?」

 

するとアーサーはかくかくと首を振る。

 

「い……いえ!はいっ!!タンホイザー起動!斜線軸コントロール移行」

 

ポリシーの無い男だ。確かに陽電子砲の使用は地上では望ましくないとされる。陽電子が電子と対消滅を起こす際、γ線が生じ、放射能汚染の恐れがあるためだ。、だが今は、そんな事を言っている場合ではあるまい。

 

「照準、敵モビルアーマー」

 

艦首から砲身がせり出し、艦は斜線に向かってロールする。アーサーの号令が響く。

 

「てーっ!」

 

白い閃光かみ視界に弾ける。陽電子砲が光の渦を吐き出し、掠めた水面が水蒸気爆発を起こす。接近するモビルアーマーは制動をかけるかのように、極端な前傾姿勢をとる。光の渦がその巨体を呑み込む。すぐ後方にあった小艦艇が一瞬にして爆発し、あかあかと照らし出すりその光輝が消えたとき、タリアは我が目を疑った。

モビルアーマーは何事も無かったかのように、尚も洋上を飛行し続けていた。ずんぐりした暗緑色のボディには疵一つ無い。

一瞬、ブリッジが驚愕に静まり返る。

 

「タンホイザーを……跳ね返した……?」

 

アーサーの唖然とした声が弱々しく響く。その間にもモビルアーマーはミネルバに迫る。タリアは自失から覚め、声を励まして命令を下す。

 

「取り舵二〇!機関最大!トリスタン照準、左舷敵戦艦!」

 

するとアーサーが抗議する。

 

「でも艦長!どうするんです、あれ!?」

 

「あなたも考えなさい!」

 

タリアはぴしゃりと命じ、マリクに顔を向ける。

 

「マリク、回避任せる!」

 

「はい!」

 

「メイリン、シンは!?戻れる!?」

 

「は、はいっ!」

 

クルーの顔にさらに悲壮感が滲み始めていた。

 

 

 

「ミネルバが危ない!?」

 

水中にいたイチカも、大型モビルアーマーが出撃するのを目撃していた。急いで敵の空母を落とさなければ帰る場所が無くなる。そう思い、ゲルググを再度戦艦へ向けて移動させようとした。しかし、突如海中から魚雷が接近し、こちらに向かってきた。

 

「何だと!?」

 

連射砲で魚雷を迎撃するが、続いて接近してきたものを発見し、イチカは気を引き締めざるを得なくなる。

 

GAT-706Sディープフォビドゥン。

 

今となっては直系機であるGAT-707Eフォビドゥンヴォーテクスが後継機として存在するが、水中用モビルスーツとして優秀な性能を持つ機体である。とはいえ数も多く生産されていないはずの機体が三機も此方に対して向かって来ていた。

 

「厄介な相手が来たな!」

 

レーザーライフルを仕舞い、MMP80マシンガンを構える。モビルスーツを相手にするなら撃つのに時間の掛かるレーザーライフルは不利だからだ。

一気に接近し、マシンガンを放つ。ディープフォビドゥンは他のフォビドゥンシリーズとは違って、量産化の為にTP装甲を装備していない。その為、実弾のマシンガンでも有効打を与えることは可能だった。

 

『地上用の兵器がこのディープフォビドゥンに勝てると思うなよ!』

 

見た目だけでハンダンした一機のパイロットがゲルググマリーンを地上用だと思い込み、高機動戦で翻弄しようとする。しかし、

 

「ゲルググを甘く見て貰っちゃ困るな!」

 

マリーンは水中戦を想定した兵器であり、武装面でも水中戦でも使うことの出来るものが殆どだ。マシンガンも当然その一つであり、水中での抵抗を威力を損なわない限界まで下げている。

結果、マシンガンは弾速を落とすことなく(勿論、あくまでも水中を基準とした速度であり、地上での速さと比べれば遅々たるものだが)、あっさりとディープフォビドゥンを捉える。

 

『な、馬鹿な!?』

 

『こいつ、水中用モビルスーツなのか!?』

 

TP装甲を持たないディープフォビドゥンはあっさりと撃たれたところが拉げ、動きを止める。もうこの一機は迂闊に動くことは出来ない。何故ならば、水中という洗浄では破損した段階で水圧という敵が襲い掛かってくるからだ。最も、実際にはそんな事は無く、ディープフォビドゥンはゲシュマイディッヒ・パンツァーによって理論上は耐圧を防いでいる。しかし、そうであったとしても人間としては当たり前に存在する恐怖の感情で止まってしまうものだ。そしてその結果、止まってしまったが故に彼の運命は決まった。

 

「止め!」

 

スパイクシールドを構え、一気に接近し、殴り飛ばす。その機動性はディープフォビドゥンと比べて遜色ないものと言えた。そして、殴られたディープフォビドゥンはそのままゲルググの連射砲によってコクピットを撃ち込まれ、海の藻屑となっていった。

 

『くっ、この野郎ォ!!』

 

仲間をやられな事に怒り、一機のディープフォビドゥンがフォノンメーザー砲を放ち、一気に近付いて銛━━トライデントでゲルググを突き刺そうとする。避ける事は可能だろうが、迂闊に下がるわけにはいかない。もう一機が冷静に状況を判断し、接近戦を仕掛けてきている一機の後ろから狙い定めているからだ。

 

「チィッ!?」

 

スパイクシールドで受け止めるものの、シールドは貫かれ、左手ごと持って行かれそうになり、ギリギリのところで後ろに下がった。

 

『貰ったァ!!』

 

後ろに構えていた一気がフォノンメーザー砲を放つ。右手に持っていたマシンガンが打ち抜かれ、大きく体勢を崩されて隙を見せてしまう。

 

『死ねえェェェッ!』

 

再びトライデントを構え、今度こそとばかりに貫こうと構えるが、

 

「まだだ、まだ終わるわけにはいかない!!」

 

ゲルググの左手を前へと向け、連射砲を撃つ。僅かによろめいた瞬間、崩していた体勢を戻し、右手の連射砲も放ち、両手で一気に撃ち続ける。

 

『じょ、冗談じゃ……』

 

全弾を撃ち尽くす勢いで撃ち、実際に全弾撃ち尽くしきった。コクピットだけでなく、頭部や腕部、脚部と至る所に坑が空いている。おそらく外れた弾丸も多かっただろうが、ディープフォビドゥンは完全に沈黙していた。

 

『まさか二機ともやられることになるとはな』

 

「━━っ!?」

 

不意を突いたかのように、上部より狙いを定める最後の一機。魚雷が発射され、爆発を引き起こす。

 

「ぐぅっ!?」

 

爆発の衝撃に思わず機体の損耗が無いかを確認する。マリーンがいくら水中で使用可能といっても攻撃に対してはとても弱い。耐圧殻こそ存在するが、TP装甲をしていない上にマリーンはゲシュマイディッヒ・パンツァー等も無く、下手しなくとも水中では棺桶も同然の紙装甲と言っても過言ではない。

損傷が無く、破壊されてるところが無いことを確認したイチカは最後の銃火器であるレーザーライフルを取り出す。そして、そのまま狙いを定めてレーザーを放つが……

 

『甘い!俺を他の奴らと同じだと思うなよ!』

 

放たれたレーザーを避け、そのままディープフォビドゥンは次弾発射に時間が掛かるであろうと予測し、接近を仕掛けた。だが……

 

『ッ!?』

 

「騙して悪いけど、あれはブラフだ」

 

早々にレーザーライフルから放たれた次弾が最後の一機を呆気なく落とした。

レーザーライフル……というよりもフォノンメーザー砲は音波兵器であり、それ自体は目で見ることは出来ない。だからこそ射角を確認するためにレーザーが同時発射されるのだ。 イチカはその特性を利用してあえてダメージを与えることのないレーザー飲みを一発目に放ち、二発目にレーザーと共にフォノンメーザー砲を放ったのだ。

 

「くそ、だいぶ手間を掛けさせられた!」

 

焦りを見せるイチカ。元々艦隊を撃沈させるために潜行していたにも関わらず、思わぬ伏兵に大分時間掛けさせられてしまった。急がなければミネルバが落とされてしまう。

イチカは再び敵艦隊への接近を試みた。

「以前国を焼いた軍に味方し、懸命に地球を救おうとしてくれた艦を撃て、か……」

 

軍本部からの指示が伝えられた時、オーブ護衛艦隊の指揮を執るトダカ一佐が漏らしたのはそういう言葉だった。昔気質の軍人で、少々癖のある人物だが、部下の人望は厚い。

それを聞いて副官も、同情の視線を窓外の戦艦に投げた。ミネルバは寡兵にも関わらず健闘していた。が、既にあちこちに被弾し、滑らかな装甲は穿たれて黒煙を上げている。あれを修理したのはモルゲンレーテだと聞いた。自分たちが直したものを、自分たちが破壊するとは、あまりに皮肉だ。

 

「こういうの、恩知らずって言うんじゃないかと思うんだがねぇ、俺は」

 

トダカは気難しげな顔に、静かな憤慨の表情を浮かべ、嘆かわしいというように首を振る。

 

「政治の世界には無い言葉かもしれんが」

 

彼はまさに皮肉を口にした後、兵士に命じた。

 

「警告開始、砲はミネルバの艦首前方に向けろ。いいか?絶対に当てるなよ(・・・・・・・・)

 

「は?…………はい」

 

命令を受けた武器管制が戸惑いの声を上げ、副官は驚いて反論する。

 

「指令!それでは命令に……」

 

命令では警告が受け入れられなければ攻撃、と、はっきり言われている。

 

「知るか。俺は政治家じゃないんだ」

 

が、トダカは胸ポケットから一枚の写真を取り出し、暫しの間それを見つめてから胸ポケットに仕舞うと、偏屈そうに鼻を鳴らした。写真には、三人の子どもたちが作り笑いを浮かべていた。

シンはミネルバを狙って前方脚部の砲塔をを展開させたモビルアーマーに、声を上げて斬り掛かった。が、モビルアーマーは鈍重そうな巨体からは予想も出来なかった機動力を見せ、ビームサーベルの一閃を回避する。

 

「くそっ!何なんだよ、こいつは!?」

 

毒づきながらシンは機体を返し、やはり旋回さて此方に向かってくるモビルアーマーに相対する。速い!━━急速に眼前に迫る巨体に、シンは圧倒され掛ける。その時モビルアーマーの脚部に折り畳まれていた巨大な鈎爪が展開し、インパルスをその顎にくわえ込もうとした。シンは危ういところでその鈎爪をすり抜ける。

 

「くぅっ……!」

 

高速で擦れ違ったモビルアーマーは、そのまま後方脚部の砲口から強烈なビームを放った。

シンは機体を急上昇させてそれをかわす。そのまま宙でくるりと回転しながら、腰の後ろからビームライフルを抜きはなって応射する。が、そのビームは敵機の直前で見えない壁に当たったかのように弾き返された。

 

「これはっ……!」

 

機体上部に並ぶ四つの目のような出力装置から、何らかの力場を出力してビームを反射させているのだろう。さっきタンホイザーを跳ね返したのもこの反射装置(リフレクター)か。これではいくら撃っても相手に何のダメージも与える事は出来ない。唖然としたシンを、敵機両脚のビーム砲が襲う。

 

「なんて火力とパワーだよっ!?こいつはっ!」

 

シンは呻く。コクピットにアラートが響き始める。エネルギー切れ間近なのだ。

 

(こんな時に……!)

 

シンは焦りを覚えながら、敵モビルアーマーの砲撃をかわした。海面を捉えたビームが大量の水を蒸発させ、高々と白い爆炎を上げる。

ミネルバは押されていた。それでもしの砲撃は確実に敵艦を捉え、一隻の地球軍艦が横腹に穴を空けて撃沈する。が、焼け石に水程度の効果しかない。隊列に空いた穴はすぐに別の艦が前進して埋める。イチカも敵艦を沈めてくれているが、それでも地球軍艦の数は減っているように見えない。絶え間なく降り注ぐミサイルの雨の中、ミネルバはじりじりと後退を続けていた。その時、オーブ領海に並んでいた艦隊から、警告が発せられた。

 

『ザフト軍艦ミネルバに告ぐ。貴艦はオーブ連合首長国の領域に接近中である。我が国は貴艦の領域への侵犯を一切認めない。速やかに転針されたし……』

 

退去勧告だ。

 

「なに……っ!」

 

この状況を見ながら、あまりに無情な警告に、シンは憤りの声を上げる。つい先日までは友と呼び、厚遇を約束しながらこれか!?誰のために自分たちが地球になど降りたと思うのだ?

彼はオーブ艦隊を見ながら歯軋りした。

だが警告されても転針など出来る状況ではない。今進んだら確実に沈む。ミネルバは戦闘を続けながらなおも領海へ追い込まれていた。

 

「ミネルバっ!」

 

援護したいが、シンの方もモビルアーマーの攻撃をかわすので手一杯だ。そのコクピットにはなおもアラートが鳴り続けていた。バッテリー値はレッドに近づきつつある。補給しなければ武器も、VPS装甲も無効になる。

焦り続けるシンの目の前でオーブ艦隊の砲口が火を噴いた。シンは衝撃を受け、凍り付く。砲撃はミネルバの周囲に高く水柱を上げて突き刺さった。

 

「オーブが……本気で……!?」

 

シンは弱々しく呟く。この時になって初めて彼は気付いた。自分がオーブを信じていた事に。信じない、許さないと言いつつ、それでもなお彼は、かの国を母国として慕い続けていた。カガリの語る理想論を奇麗事と決め付けていながらも、心の奥底ではそんな彼女に期待していた。ユニウスセブン落下の前に彼女に向けた糾弾の言葉は、ただ自分の痛みをぶつけ、それを解れと強要する。子供の反抗のようなものでしかなかった。

こうして祖国に砲口を向けられて、初めてシンは、自分の甘えを自覚する。

これが、現実りこれこそが裏切りだった。

 

オーブは……シンを捨てたのだ。

 

失意に打ちのめされ、シンは一瞬、状況を忘れた。気付いた時には敵モビルアーマーが眼前に迫っていた。回避する間もなく、巨大な鈎爪に掴まれ、振り回される。

 

「しまったっ!」

 

その瞬間、バッテリーがゼロを差し、VPSが落ちる。最悪のタイミングだった。脆くなった機体は衝撃に耐えられず、掴まれた脚部は、易々ともぎ取られる。振り飛ばされた機体にかかる強烈なGに、視界がグレイアウトする。落ちていきながら、シンの脳裏に、【死】という文字がちらついた。

 

(俺は死ぬのか?こんなところで、こんな風に……)

 

祖国に裏切られ、両親を殺され、そして自分も今、殺されるのか?妹と親友を残して……

ずらりと並んだオーブ艦……目の前に同胞を見ながら、その誰からも手を差し伸べられずに、たった一人で……?

いきなりシンの中に、怒りが溢れた。

 

(いやだ!)

 

それは、生への強い欲求。多くのものを失った者のがむしゃらな渇望だった。

 

「こんな事で……こんな事で、俺はァァァッ!」

 

死んでたまるものか!裏切られ、見捨てられた、哀れな少年として死ぬなんてごめんだ!生きてやる!祖国が自分の死を望むのなら、意地でも生きてやる!そうでなければ惨めすぎる!

頭の奥で、何かが弾ける音が聞こえたような気がした。同時に全方向に視界が広がり、周囲の全ての動きが指先で振れられそうなまでに精密に感じ取れる。まるでどこかでスイッチが切り替わり、時間が止まったかのようだ。心は素早く機体を操作し、海面ギリギリで姿勢を立て直しながら通信機に向かって怒鳴る。

 

「ミネルバ。メイリン!デュートリオンビームを!それからレッグフライヤー、ソードシルエットを射出準備!」

 

指示を送りながらも、彼は止めを刺そうとモビルアーマーが放ったビームの斉射を易々とかわし、ミネルバに向かう。パワーが落ち、片足を失ったというのに、これほど機体を自由に操れると感じたことはない。

 

『シン!?』

 

メイリンの戸惑う声が返ってくる。今、この状況でパーツと武装の交換など不可能だからだ。だが、今のシンには相手の躊躇いさえ、苛々する程鈍く感じられる。

 

「速く!やれるな!?」

 

「は、はい!」

 

弾かれたようにメイリンは答えた。

インパルスは攻撃を避けて海面を舐めるように飛び、母艦を目指す。その間にもシンの指は踊るように動き回り、受光に向けての操作をこなす。

 

『デュートリオンチェンバー、スタンバイ。測的追尾システム、インパルスを補足しました!』

 

メイリンの声が、母艦側の準備も整った事を告げる。

 

『デュートリオンビーム、発射!』

 

その声と同時に、インパルスは仰け反るように急上昇する。ミネルバのブリッジ左方の射出口から、一条のビームが放たれ、インパルスの頭頂部に位置する受光部がそれを受けた。

照射と共に、シンの手元でパワーゲージがみるみる上がっていく。

ミネルバの動力炉から得たパワーはデュートリオン加速器(アクセルレイター)を通じて指向性の高いビームに変えられ、照射される。そのビームはインパルスに内蔵したパワーレシーバーで受信され、機体内部のM2型コンバーターで電力に変換されて、パワーアキュムレイターに蓄えられる。このデュートリオンビーム送電技術により、モビルスーツは着艦する事無くエネルギー補給を行うことが可能なのだ。もっとも現状ではコンバーターを内蔵するインパルスなどのセカンドステージシリーズと、デュートリオン加速器(アクセルレイター)を持つミネルバの間にのみ限られる補給システムだ。

パワーが戻り、インパルスの機体が瞬いて色付く。シンは敵モビルアーマーに向かって、サーベルを抜き放ちながら突っ込んだ。その機体に向けて、敵機が両脚部の砲門を開く。強烈なビームを正面からシールドで受けた。インパルスは次の瞬間、シールドを手放して上空へ躍り出る。その光刃が真っ直ぐに、敵機の上に突き立てられた。リフレクターを出力する間もない、ほんの刹那や事だ。ビームの刃が敵モビルアーマー頭頂を斬り裂き、前方へ抜ける。ぱっくり開いた傷口から血が噴き出すように火花が散り、シンが飛び離れた直後、その巨体は炎に呑まれた。

 

(今だ!)

 

すかさずシンは叫んだ。

 

「ミネルバ!シルエット射出!」

 

その声に応えてミネルバのカタパルトからレッグフライヤーとソードシルエットが打ち出された。シンは素早くシンクロし、破損したパーツを切り離(パージ)して新たなレッグフライヤーとドッキングする。その背に長刀を帯びたモジュールが装着される。そして機体の胸部が赤に変わる。

 

瞬くほどの間に新たなシルエットへと喚装したインパルスは、休む間もなくエクスカリバーを抜き放って、左方に展開する地球軍艦に突っ込んだ。

 

「うわあぁぁぁぁっ!」

 

雄叫びを上げながら、シンは巡洋艦のブリッジをレーザー刃で薙ぎ払った。血が沸騰するような高揚が彼を支配している。インパルスはすぐ目の前にあった次の巡洋艦に飛び移り、長刀を振るう。踏みにじり、斬り裂き、吹き飛ばす。それはいかれる巨神が繰り広げる蛮行のようであった。

何隻の艦をそうして葬ったかわからない。シンは帰還を呼び掛けるメイリンの声で我に返った。

 

『インパルス!シン!帰還して下さい!』

 

驚いて周囲を見回すシンの目にら蜘蛛の子を散らすように潰走を始めている敵艦隊が映る。

 

『地球軍艦隊、撤退します!』

 

そう告げられて初めて、彼は、自分が勝った事に気付いた。

(勝った……?)

 

タリアはなおも信じがたい思いで、窓外を遠ざかっていく艦隊を見送った。万に一つの奇跡が起こったのだ。

 

「レイ機、ルナマリア機、アリサ機、ショーン機、デイル機、マユ機、収容完了。インパルス、ゲルググ帰投しました」

 

甲板で戦い続けていたザク三機、ゲイツR二機、ガイアは被弾し、酷い有様だ。それを言うなら艦もボロボロ、自分たちもボロボロという感じだが。クルーは、自分たちがまだ生きているのを不思議がっているような表情で、ぐったりとシートにもたれ掛かっていた。だが何時までも虚脱してはいはれない。タリアは艦長席にしゃんと身を起こし、口を開いた。

 

「もうこれ以上の追撃は無いと考えたいところだけど、わからないわね。パイロットはとにかく休ませて。アーサー、艦の被害状況の把握、急いでね」

 

「はい」

 

アーサーはほっとした顔で、各部と連絡を取り始める。その他のクルーたちも気を取り直し、各員の作業に戻った。頼りないかと思っていたが、中々どうして、皆よくやった。今回の戦闘でクルーたちは大きく能力を伸ばしただろう。そして、その最たる者が誰かは明らかだ。

 

「でも、こうして切り抜けられたのは、間違い無くシンのお陰ね……」

 

タリアがしみじみと感想を漏らすと、アーサーが大きく頷く。

 

「ええもう!信じられませんよ!空母三隻を含む、敵艦十隻ですからね!」

 

彼は興奮した口調で繰り返す。

 

「十隻!そんな数、僕は聞いたこともありません!もう間違いなく勲章ものですよ!」

 

シンを褒めちぎる副長を微笑みながら見やった後、タリアはふと感慨深げに言った。

 

「でも、あれがインパルス……というか、あの子の力なのね……。何故イチカやレイではなくて、シンにあの機体が預けられたのか、ずっと不思議だったけど……」

 

パイロットとしての技量は、正直シンよりイチカやレイの方が上だ。判断力、落ち着きなどをとってみても。タリアから見るとシンはまだまだ子供で、操縦にも気分次第でムラが出る。それなのに、デュランダルはロールアウトしたインパルスのパイロットにシンを指名した。

 

「まさか、ここまで解ってたって事なのかしら、デュランダル議長には……?」

 

「かもしれませんねぇ。議長はDNA解析の専門家でもいらっしゃいますから」

 

アーサーが感心したように同意し、なおも繰り返した。

 

「いやあ、それにしても凄かったです。あの状況を突破できるとは、正直自分も……。フリーダムだって、ここまでじゃあないでしょう、うん」

 

オーブに突如現れ、カガリを誘拐したヤキン・ドゥーエにて伝説と化していたモビルスーツの名を出し、アーサーはもっともらしく頷いた。タリアは噴き出しそうになりながら、からかうように言った。

 

「カーペンタリアに入ったら、報告と共に叙勲の申請をしなくちゃならないわね。軍本部もさぞ驚くことでしょうけど」

コクピットから降りたシンは、ルナマリアやアリサたちのみならず、その場にいたスタッフ全員が駆け寄ってくるのを見て、思わず後ずさった。

 

「シンッ!聞いたぜこのぉっ!」

 

ヴィーノが飛び付いてきて、バシバシと背中を叩く。

 

「いやあ、ホントよくやってくれた!」

 

「助かりました!」

 

周囲から揉みくちゃにされ、シンは目を白黒させた。大分経ってから、皆が自分の戦功を褒め称えているのだと気付く。自分を迎える者たちの暖かい笑みと興奮を見いだし、その気分が乗り移ったように、徐々にシンの中にも喜びが満ちてくる。だがその視線が、取り巻く人垣の後ろに立ったレイとイチカの姿に止まると、シンの心に微かな不安が兆す。

レイたちだって頑張ったのに、いい気になって自分だけ賞賛を受けていていいんだろうか?艦でトップのパイロットと見なされている二人が、出し抜かれて気分を悪くはしないだろうか?一瞬過ぎった不安は、イチカのサムズアップと、レイが滅多に見せない笑みを硬質な顔に浮かべた瞬間に吹き飛ばされる。

二人はやっぱりいい奴だ。

 

「さーあ!ほらもう、お前ら、いい加減仕事に戻れ!カーペンタリアまではまだあるんだぞ!」

 

エイブス主任の渇をきっかけに、スタッフたちはようやくシンの周囲を離れて仕事に戻っていく。まだ余興に頬を赤くしているシンに、パイロットたちが合流してパイロットロッカーに向かった。

 

「けどホント、どうしちゃったのさ?」

 

アリサが弾んだ尋ねた。

 

「なんか急にスーパーエース級じゃない。火事場の馬鹿力って奴?」

 

ルナマリアにそう言われてシンは、さっき戦闘中に自分を襲った、不思議な感覚を思い起こした。

 

「さあ……よくわからないの、自分でも。オーブ艦が発砲したのを見て、頭来て、こんなんでやられてたまるか、って思ってたら、急に頭ん中クリアになって……」

 

考えながら言葉を紡ぐと、マユが首を傾げた。

 

「ぶち切れた!ってこと?」

 

「いや、そういうことじゃ……無いと思うけど……」

 

シンも上手く表現できずに、顔をしかめる。すると横から、レイがさり気なく口を挟む。

 

「何にせよ、お前が艦を守った」

 

シンは驚いて彼を見つめた。レイは何時もよりやや穏やかな顔でその目を見返すと、淡々とした口調で言った。

 

「生きているということは、それだけで価値がある。明日があるということだからな」

 

呆然としているシンの方を優しく叩き、彼は裂きに行く。その後をマユ、ショーン、デイルが追っていく。

レイがこんな事を言うなんて!いつも必要最低限の事しか言わないレイが!「ああ」とか「いや」以外の個人的な会話を!

シンは思わずあたふたとルナマリア、アリサを見やり、彼女たちも同じように愕然とした顔をしているのに気付いた。三人は目を合わせると、小さく吹き出す。

 

「びっくりしたぁ」

 

シンが笑いを堪えて囁くと、ルナマリアも囁き返す。

 

「……っていうかレイ、なんかセリフが爺むさいかも」

 

「ホントホント、まるでイチカみたいだったよね」

 

「なあ、それどういう意味だ?俺、そんなに爺臭いのか……?」

 

アリサがルナマリアに同意して、少し先にいたイチカがショックを受けた顔で二人を見つめていた。

 

「まあ、確かに昔からイチカは健康のこととか洋より和が好きなところとか爺っぽいかもな」

 

「…………ウソダウソダドントコドーン」

 

イチカの意味不明な言葉に、三人はまた密かに笑い転げた。暖かいものがシンの体を満たし、胸に凝っていた何かを洗い流していく。生きているのだ。自分も、仲間たちも。

自分は一人ではない。ここに、共に笑い会える仲間がいる。

 

 

 

着替えたシンは、一人で甲板に上がった。上部甲板はあちこち色が変わり、傷だらけで、激戦の後を窺わせる。彼は後方に目を転じる。重く垂れ込めた空の下は、どこまでも海原が広がっていた。もう、彼が後にしてきた島々は見えない。彼は広がる海の向こうを見通すように、じっと睨み据える。

今度こそ、自分はあの国を捨てた。

捨てられたのではない。((捨てた・・・|))のだ。あそこにはもう何も無い。両親も、その代償となった理念も。

もはや荒れ狂う怒りは無かった。それはあの破壊の中に置き去りにしてきてしまったのだろう。彼は淡々と踵を返し、ドアを目指して歩き出した。妹と仲間に、暖かく自分を迎え入れてくれる人たちに向かって。

この場所こそが、今のシンにとっては故郷だった。


 
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