第十四話「観察者の推察」
天地開闢以来、魔術師というのは何かと「根源」という言葉が好きだ。
其処に到る為にどれだけの魔術師が堕ちたか知れたものではない。
世界はもう科学万世の時代。
遅れている事が否めない魔術は衰退の一途を辿っている。
それでも果たして魔術は滅びない。
それは何故か。
人の欲望に終わりが無いからという一般論ならば常の事。
その本質は科学を超えるアドバンテージを魔術が有するからに他ならない。
例えば、何もかもを全て叶える万能の願望器。
魔法と呼ばれる本当の奇跡。
あるいは死んだ者すら甦る外法。
何もかもが魔術の延長線上にある。
実際、それが存在するというだけでも大したものだろう。
未だ科学には到達しえない地平を往く者達。
それこそが魔術師という存在なのだ。
しかし、だが、それでも、私は・・・魔術師という言葉を越えている者と出会った。
魔法使いすら越えているかもしれない。
そんな彼と出会ってしまった。
その奇跡こそが私の聖杯戦争の全てと言えるのかもしれない。
【儀式召喚!!! カオスソルジャー!!!】
彼、ではない。
黄金の三角錐を持つ少年。
【融合召喚!!! レインボーネオス!!!】
彼、ではない。
彼と似た赤いジャケットに身を包んだ少年。
【シンクロ召喚!!! スターダストドラゴン!!!】
彼、ではない。
顔に一筋のタトゥーを持つ青年。
『馬鹿なッッッ!? 我(オレ)はこんな力など知らんぞッッッッ!?』
金色の鎧に身を包んだアーチャー。
『これだけの力を紙切れ一枚で生み出すってのかッッッ!?』
驚愕を隠し切れないランサー。
『そんなッッ、ライダーッッ!?』
『桜! 下がってくださいッッ!!』
黒く染まった呪詛に身を落とした桜とライダー。
「・・・・・・」
何がどうなっているのか。
そんなのは知らない。
知るわけが無い。
彼は、彼こそは【決闘者】。
ただ、それだけを名乗り続ける男。
カードゲームの英霊。
しかし、それだけなのか。
本当にただそれだけで、そんな奇跡を起こせるのか。
三人のサーヴァントの襲来に私はもう自分の命を半ば諦めていた。
衛宮君を連れ去ろうしたライダーと桜。
槍を取り返えそうと現れたランサー。
そして、突如現れた金色の鎧を着たアーチャー。
戦闘不能となった衛宮君とセイバー。
何もかもが混沌に飲まれていく。
その最中ですら彼は動じていなかった。
彼はたった一人で襲いくる三人のサーヴァントを相手にただ一言を叫んだ。
【Duel!!!】
その雄叫びに私は何度救われたのだろう。
全ての敵を前にして。
あらゆる力を前にして。
彼は不動。
絶望も希望も宿さない瞳にDuelの渇望だけを満たした彼は何を信じてるというのか。
彼は全てのサーヴァントとマスターの攻撃をたった二枚のカードで掻い潜り、三枚のカードを発動させた。
【リビングデッドの呼び声】
いつだったか。
彼に聞いた事がある。
その効果は墓地の『モンスター』を特殊召喚するという効果だったはずだ。
しかし、現実は違った。
呼び出されたのはデュエルディスクを持った三人の男。
彼らは同時に叫んだ。
【【【Duel!!!】】】
彼と同じように。
【【【オレのターン!! ドロー!!!】】】
決闘者(Duelist)の特殊召喚。
それはたぶん実質的な死者の蘇生。
「・・・・・・」
「えい・・ゆう・・・あの三人が英霊!?」
私の前で彼らはそれぞれ相対した敵へ果敢に立ち向かっていく。
その光景に彼は頷く。
「・・・・・・」
現代、世界を救った程度では英霊になど成れない。
しかし、英霊になる条件を満たす方法は何も戦いが全てではない。
彼の言葉を信じるなら、彼らは新しい時代の英雄と、そう呼ばれているのだと言う。
多くの人間が憧れ、伝説を生んだ者達。
それはどういう事なのか。
そんなのは聞いた事が無い。
西欧の英霊しか呼び出せないはずの聖杯戦争に現代風の姿をした英霊が呼び出せるものなのか。
【決闘者】
果たしてそれはどんな存在だと言うのか。
「・・・・・・」
「未来の・・・英霊・・・」
遥か古の世界を動かした英霊達と戦う彼らを彼はそう形容した。
「そんなの在り得ないわ!?」
「・・・・・・・」
「何故って!? 西欧において英霊と奉られてないといけない時点で―――」
私は気付く。
私の視線に彼は何も言わなかった。
それが答え。
「アンタも・・・未来の英霊だって言うの・・・?」
「・・・・・・」
「人が英霊になる条件を知っているかですって? 人々が語り継がれるような業績を残す事でしょ」
「・・・・・・」
「未来で力を持つ者は英霊になれないって言うの?」
彼は語る。
未来で「人々から畏敬を得る」為の手段として「力」は旧いのだと。
「なら、どうやって英雄になるって言うのよ!?」
彼がどこからともなく一枚のカードを取り出して指差す。
それが答え。
「まさか・・・カードゲームなんてもので英雄になれるわけが・・・」
「・・・・・・」
彼は言った。
あの三人の誰もが世界を変えたのだと。
誰もが語り継ぐ物語の主人公なのだと。
Duelという方法を使って世界を「変え」「伝説」となり「救った」のだと。
故に彼らは英霊の座に招かれ、世界を見守る者となった。
過去、現在、未来。
人々の歴史の中でDuelが連綿と受け継がれていく基礎を築いた最高のデュエリスト達。
即ち。
武藤遊戯。
遊戯十代。
不動遊星。
「なら、アンタは・・・アンタは未来で何をしたって言うの!?」
「・・・・・・」
語られたのは二言のみ。
破滅と救世。
「―――――」
私の背筋に悪寒が走る。
酷い風邪に掛かったような震え。
世界を破滅させ、世界を救った。
ならば、目の前にいるのは一体「どちらの彼」なのか。
【オベリスクの巨神兵!!!】
私の目の前で圧倒的な力を見せ付けた金色のサーヴァントが膨大な量の鎖で縛られながらも動く巨大な神の如きモンスターに殴り飛ばされていく。
【平行世界融合(パラレルワールド・フュージョン)!!!】
印(ルーン)を刻んだ石で応戦していたランサーがそれぞれの元素を冠しているらしき五体のモンスター、Hero達に囲まれていた。
【バスターモード!!!】
闇に飲まれた桜とライダーを前にして輝きを失わないドラゴンが膨大な力を迸らせ、闇を払わんと壮絶に嘶き始める。
『ぐッッッ、がぁあああああああああッッッッ!!! おのれえええええええええええッッッ!!!!!!!』
『クソがッッッ?!! 分が悪過ぎるッッッッ!!!!』
『ベルレ―――――ッッッ!!!?』
『そんな!? ライダーッッッ!!!!』
三者が撤退したのはそれからもう間もなくの事だった。
サーヴァントを退けた三人の姿はもう消えていた。
「・・・アンタは・・・一体・・・誰なの?」
再び跡形も無くなった衛宮邸跡で私は彼に問う。
瀕死のセイバーを魔術で繋ぎ止める作業と同時に衛宮君の手当てをしながら。
遠くから駆け寄ってくる足音はきっと藤村先生のところへ彼のカードで飛ばしていたイリヤのもの。
「・・・・・・」
彼は三枚のカードをデッキに補充しながら、こう言った。
ただのDuelistだと。
その意味を私は考える。
名前の無い彼。
それなのに【決闘者】と名乗り続ける彼。
カードゲームをこよなく愛する彼。
未来の英霊として召喚された彼。
されど、彼は世界を滅ぼし、世界を救ったと言った。
ならば、彼はどんな伝説のDuelistだったのか。
先程までDuelしていた一人は神という言葉に相応しいモンスターを従えていた。
神すら従える【決闘者】の本質。
カード一枚によって現れた彼の本質。
(そう・・・【何の変哲もないカード一枚で】・・・ッッ)
私は気付く。
「アンタ・・・まさか・・・」
稀に「そういう事」がある。
日本ではそれがとても顕著だ。
「・・・存在を・・・」
何にでも魂が宿るとされる。
何にでも神が宿るとされる。
「・・・普遍化した・・・」
それは【真祖】というものにすら通じる考えかもしれない。
魔術師が己を極め果てた先に到達する一つの形態は真理的に似通っている。
それは人間を逸脱して【現象】として【在る】者がいる事からも明らかだ。
この世界の祖たる【根源(アーキタイプ)】という存在があるとすれば、人の世が生み出した新たな価値観(カードゲーム)を模(かたど)り司(つかさど)る【起源(ザ・オリジン)】がいたとしても不思議ではない。
つまり、それは・・・この星に生まれた新たなる―――。
「――――――」
彼は私の唇をそっと人差し指で止めた。
そのまま困ったような顔で私の前にどっかりと腰を下ろす。
「・・・・・・」
「何よ。お腹空いたって・・・夕食はアンタのお友達が吹き飛ばしたわよ」
私は出かけた言葉がシオシオと萎えていくのを感じた。
「・・・・・・」
「え? あ、イリヤ・・・」
彼に促されて見れば、ようやくこちらを探し当てたらしいイリヤが走ってくる。
「大丈夫!!! 主におにいちゃんが!!!!」
私は呆れながらも頷いた。
「今、治療中よ。カードと衛宮君自身の治癒力が高いおかげで何とかなりそう」
「よ、良かったぁ・・・」
ペタンとイリヤがその場で安堵のあまり座り込んだ。
「・・・・・・」
「私と違って健気? いや、それ以前の問題として私にそういうのを求めないでよ!? それに十分健気でしょ!! こんな他人のサーヴァントとマスターを同時に面倒見てるんだから!!」
「わ、わたしも何かしたいけど・・・魔術もう使えないから・・・」
「イリヤ。あなたはとりあえずコイツと一緒に衛宮邸を再建しててくれない? さすがにまた屋敷が吹っ飛んだ光景見たら衛宮君が精神的にご臨終しそうだから」
「う、うん」
「・・・・・・」
彼が私の言葉に立ち上がった。
その腕にデュエルディスクは無い。
しかし、ポケットから分厚いカードの束が出てくる。
「・・・・・・」
「え? わたしのデッキ? うん・・・はい」
イリヤが足に括りつけてあったデッキケース(いつの間に)から自分のデッキを取り出した。
彼がデッキを受け取るとそのカードを虚空に投げ放つ。
「う、嘘・・・凄い!!?」
イリヤが目を輝かせた。
虚空に投げられた妖精デッキのカードから無数の妖精が顕現し始める。
自分のカードから湧き出す妖精達にイリヤが大喜びしている間にも彼は何十体とモンスターを召喚していく。
その光景に私は何もかもを悟ったような気がした。
聖杯戦争。
それはあくまで【英霊】と【魔術師】達が戦う場だ。
では、もしも最初から【英霊】以外の【何か】が紛れ込んでいたとしたら。
そんな【ルール違反】は【違和感】となって当たり前だった。
次の日の朝。
セイバーと衛宮君は無事目を覚ました。
一晩で再建された衛宮邸が何故か二階建てになっていた事以外、殆ど全てが元通りだった。
彼が忽然と私達の前から姿を消してしまった事を除けば・・・。
私の部屋にたった一つのデッキとデュエルディスクを残して、彼は失踪した。
To be continued
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今、伝説が蘇る。