「やられたわね……」
三国の中心、都の玉座の間で華琳は頭を抱えていた。
……
…………
………………
――――時間は約一ヶ月前の三国会議に遡る。
………………
…………
……
「また地形の異変、か…」
三国同盟の象徴、北郷一刀は提出された報告書を一読し、溜め息をついた。
ここ一ヶ月ほどの間に、三国各地で地形の異変が散見されていた。
「此度は建業の南方、十数里の辺りに異変が発生。荒野に突如、森林が出来、
しかもその中は肌寒く、とても呉の風土とは思えないとの報告です」
呉の軍師、亞莎が竹簡の内容を要約して読み上げる。
「風は都近郊の『異変』を直接見ましたが、異変は空から降ってきたか、地から沸いて出てきた、といった風な印象を覚えましたねー」
風が所見を述べる。
風に拠れば、異変はまばらにではなく、何か特定の線に沿うかのように発生しているらしい。
しかもそれが脈絡も無く突然に、だそうだ。
「そしてこの絵。ご主人様の国に似てらっしゃるんですよね?」
朱里が取り出したのは、異変内部に潜入した細作が見て来たものを絵に起こしたものだ。
そこには、異変内部に住んでいた人の服装や建物などが、事細かに描かれていた。
「あぁ、俺が元いた世界の風俗に良く似ていると思う。と言っても、俺のいた時代とは違うみたいだけどね」
絵上手の細作だったのか、詳細に描かれている絵を、今一度眺める。
着物、そして腰に日本刀を佩いていると思しき人。
時代劇なんかで見る長屋のような和風建築に、そして…
(どう見ても、お城、だよなぁ…)
詳しくは分からないが、遠方から描かれた『それ』は、立派な山城だった。
何が起きてるのかは分からないけど、異変内部は間違いなく日本。
しかも、少なくとも江戸時代以前の日本のようだ。
「全く、訳が分からないわよっ!訳が分からないのはこの男だけで充分だってのに、なんだってこんな妙なことが起こるのよ!?」
桂花は少々お冠だ。
多分、産後で鉄分が足りてないんだな。鉄分が。
「北郷が天からやってきたのだ。今更何が天から落ちてこようが、地から沸いてこようが不思議はあるまいに」
やれやれと肩をすくめる冥琳。
「幸いにも、大きな街の中あるいは極近くには異変は起きてはいませんが、少しずつ物流などに影響が出始めています」
雛里がいくつかの報告書を見ながら発言する。
恐らく経済関係の資料なのだろう。
確かに、街を上書き(?)するような異変は起きてないし、街のすぐ側にも起きてはいない。
風が見てきた異変も、魏と都の道中のものらしいし。
でも、その事からも分かるように、大きな街道の近くにはいくつかの異変が見られる。
今のところ異変内部の人間に襲われた、というような被害報告はないが、気味悪がって人の往来が減っているらしい。
「ど~しましょ~かねぇ~?」
のんびりな口調とは裏腹に、穏も少々深刻そうな顔をしている。
細かく見ていけば人的・物的な影響はかなりのものになるはずだ。
「今後、さらなる異変の拡大も懸念されますし、何より異変内の人間も気になります。武装をしているようですし……
そもそも、この変事は彼らが起こしたのか?彼らは我々に友好的態度を取るのか?あるいは敵対・侵攻の意思を持っているのか?早急に見極めるべきでしょう」
様々な事態をシミュレーションしているのか、稟は眼鏡を押さえながら伏目がちに、一点を見つめている。
「そちらも重要ですが、まずは被害全容の把握と、最新の地図の作成が急務かと」
朱里も顎に手を当て、頭をフル回転させているようだ。
確かに地図は重要だろう。
異変の場所が分かれば、その傍を通らない迂回路などを、行商人などに教えてあげることも出来る。
「蜀のみんなも、すっごく不安がってるらしいんだよねぇ。一度本国に帰った方がいいのかも…」
蜀の国主、桃香は机にひじをつき、深刻そうに両頬を押さえて溜め息を漏らす。
「そうだな。一度国許に戻り、民の慰撫と調査の指揮を本格的に行うべきかもしれないわね」
呉の現当主、蓮華も桃香と同意見のようだ。
「細作の報告によれば、ある異変内の拠点には兵一万以上がいる、というのもあるわ。この際だから、大事にならないうちに総点検しておいた方が良いでしょうね」
魏の主である華琳にも異はないらしい。
「じゃあその方向で話を進めようか。えぇと…大方針は、混乱している人たちへの慰撫と安全の確保。あと各地の詳細な被害状況の調査と、異変が起きた場所を含めた現在の正確な地図の作成。もし可能なら異変内部の人たちへの接触を試みる。ってところでどうかな?」
一刀は歴々にお伺いを立てる。
「大まかには、それでいいと思います。けれど…」
「問題は、各地の慰撫や安全確保が目的である以上、少なくとも将軍級に動いてもらわねばならないこと」
「そして大規模調査ゆえに、現地指揮官が必要な点、か」
朱里、稟、冥琳が、それぞれ一刀の案を補足する。
「蜀のほうは私が直接回りたいなぁ。指揮を執ったりはムリだけど、みんなに声をかけて元気になってもらいたい、ってことは出来ると思うんだ」
「そうですね…桃香さまに各地を回って頂ければ、住民の方々の不安も払拭できるでしょう」
「孫呉は……う~ん…」
首をひねる蓮華。
「我らが孫呉は、領地の広さに比べて将軍や軍師の数が少ないですからね~。あくまで、げーむ上の話ですけど」
言っちゃならんことを口走りやがる穏。
「まぁ、各地の慰問は雪蓮や小蓮さまにも協力してもらえば良い。なぁに、二人とも無職のようなものだ。
こんな時くらい孫家の人間として働いてもらったとて、バチは当たるまいよ」
ニヤリと、冥琳は悪い笑みを浮かべる。
「蓮華さんも国許にお帰りになるとしてー、華琳さままで国許に帰っちゃうと、都はお兄さんだけになっちゃいますねぇ~」
「この国も終わっちまうなー」
宝譿の(風の?)毒舌炸裂。
余計なお世話だ!と言いたい所だが、事実なのが苦しい。
「そうね。なら私は残りましょう」
「華琳さまっ!?」
「地理的に、魏は蜀や呉と比べて都に近い。何かあればすぐに行けるでしょう。それに曹魏には、私がいなくとも目的を達せるだけの優秀な将が揃っているしね。ねぇ、桂花?」
「それは、そうですが…」
「それに一刀一人残したところで、補佐に残す人員を考えたら間違いなく、この配置が最も効率的よ」
「あぁ、それはそうですね」
桂花がこちらを、汚い物を見る目で一瞥し、首肯した。
否定できないので奥歯をギューっと噛み締め、目の端の光るものを抑える。
「一刀は私の名代として魏に行ってもらいましょう。それと各国、文官と武官を一人ずつ都に残しましょう。本国との情報交換を密にし、こちらでも情報の収集・分析を同時に行った方が時が無駄にならないわ。それと武官には有事の際、各国の指揮系統を一手に任せます。その方が混乱も少ないでしょう」
「良き案かと。それではご主人様。華琳さんの案で進めますがよろしいですか?」
「うん、それでいこう。それじゃあ、人員の選定は各国に任せるとして、調整とかも含めて三日。出立は距離ごとに違うだろうけど、七日後くらいまでを目安に、でどうかな?」
「まぁ、そんなところでしょう」
少々余裕が過ぎる嫌いがありますが、と小言を加える稟。
一刀は苦笑いをしながら、
「じゃあみんな、よろしく頼むよ」
………………
…………
……
そして今、都にいるのは――
華琳を筆頭に、その護衛役の季衣・流琉。
武官は凪・焔耶・明命、文官は桂花・朱里・亞莎。
将と呼べるのはこれだけ。他には兵が数万ほど駐在している。
玉座の間には将が全て招集されていた。
「桂花!」
玉座に腰をかける華琳。側に控える桂花の名を呼ぶ。
「はっ!この都は謎の軍団によって包囲されつつあります。物見の報告によればその数、推定二十万以上」
想像以上の数にどよめきが起こる。
こほん、と華琳が一つ咳払いをすると、再び場に静寂が戻る。
「容易に都が落ちる数ではないけれど、撃退するのは困難な状況よ。そこで…
凪!焔耶!明命!」
「はっ!」「おうっ!」「はいっ!」
「三人は完全に包囲が成る前に都を抜け、それぞれの本国にこの事態を伝達なさい。
そして可能であれば、すぐにでも援軍を向けるよう伝えなさい」
申し訳ないけど少数、あるいは単独での任務となるわ。と加える。
「ただし、この時機に都だけが狙われた、とは正直考え難いわ。最悪、全ての国の本城、ないし大都市が都と同じ状況にあるかもしれない。
道中もあらゆる事態が想定される。非常に危険な任務になるわ。それでも、行ってくれるかしら?」
「勿論です!」
「桃香さまの御為ならば!」
「頑張りますっ!」
三人の意気高い返事に、華琳は満足そうに一瞬笑顔を向ける。
「ありがとう。ならば各々、準備が出来次第、未だ包囲が整っていない南門をより脱出!己が役目を果たしなさい!!」
「「「はっ!!」」」
三人が玉座の間を後にする。
「さて、それでは防備の方策を立てましょう。季衣、流琉、亞莎、そして私が隊を率い、それぞれ東西南北の門の防衛に当たりましょう」
「華琳さまっ!?何も御自ら前線に立たずとも…」
「いま前線指揮が取れるのは、軍師を除けばこの四人よ。異論は認めないわ」
「は、はぁ…」
「そしてこの玉座の間を本陣とし、桂花、そして朱里の二人が主導し、都の全てを差配なさい。あなたたちに全権限を預けます」
「お任せください!」「了解しました!」
「では動きなさいっ!この都は、私たちの都は私たちの手で護るのよ!!」
「「「はいっ!!!」」」
………………
…………
……
慌しく動き出す将兵。
久方ぶりの本格的な防衛戦。
心構えが出来てなかったわけではない、が…
「……一刀」
北の空を眺め、一人ごちる。
再び、大陸に戦乱の風が吹き荒れるのかもしれない。
如何な劣勢でも自分たちが負ける訳がない。そう信じてはいるが…
「…一刀?私たちは再びここで、笑いあうことは出来るのかしら…?」
華琳は、胸によぎる一抹の不安を、どうしても拭い去ることは出来なかった。
Tweet |
|
|
19
|
10
|
追加するフォルダを選択
こんにちは。お久しぶり。初めまして。DTKです。
昨年末、待望の恋姫シリーズの新作、戦国†恋姫が発売されました。
プレイしている最中から、恋姫†無双と戦国†恋姫の世界を合わせたら…?
という、無双OROCHIのようなことをやってみたいと思い、構想を練ってました。
続きを表示