(落ち着け北郷一刀!クールになるんだ!必ず、必ずどこかにこの絶体絶命のピンチを脱する糸口があるはず・・・!)
やや薄暗い森の中にいる北郷は、草むらの中に身を隠しながら、恐る恐る左右の様子を伺った。
右方には、胴の鎧を粉々に砕かれた兵士が何人も倒れており、辺り一面に巨大な丸太がいくつも転がっている。
一方左方には、片足を縄のようなもので縛られ、木にあたかも猟銃で仕留められた鳥獣が吊るされているかのように、
高々と吊るされている兵士の姿が何人も確認でき、その奥には地面に大きな穴がいくつも開いている。
ちなみに前方には、いったいどうやったらそうなるのか、兵士(恐らく)が逆さまの状態で、
上半身から太ももの辺りまでが完全に地面に埋まり、両足だけがだらりと力なく垂れており、
まるで某一族を髣髴させるような状態のオブジェが複数人視認できた。
それらの周囲の惨状を改めて確認した北郷は、ギチギチと首を元の位置に戻し、再び頭の中で思考を高速回転させた。
(おおおお落ち着け落ち着け落ち着けいやいやいやいやこれはあまりにも絶体絶命すぎなんじゃないだろうかそもそもみんなあっさりと
やられすぎでしょ日頃の鍛錬が足りないんじゃないのかこうなりゃもういっそのこと恥を忍んで降伏をいやいやそんなことしたって結局
は非業の最期を遂げることは考えるまでもなく明らか―――!)
その刹那、ザザザっという不自然な音が森中に木霊した。
北郷は思考を止め、息をのんで辺りをキョロキョロと確認した。
現在無風、もしかしたら鳥や小動物的な何かが葉っぱを揺らしただけかも、と無理やり楽観的に考えようとするが、
どう考えても周囲の兵士たちをやった人物と同一人物であることは間違いなかった。
(クソッ、こっちの居場所はお見通しってわけか。このままじっとしていてもジリ貧・・・覚悟を決めるか・・・!)
そして再びザザザっという音がしたその瞬間、ついに北郷が動き出した。
「うおぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
北郷は模擬刀を下段に構えたまま真っ直ぐ先ほど音のした、左方にある木目掛けて突撃を開始した。
「(退路が絶たれたからと言って冷静さを失い自棄になるなど、まだまだ鍛錬が足りません!)」
そして、北郷が動き出すと同時に、襲撃者も動き出した。
ヒュンヒュンッっという風を切る乾いた音が2回、そしてそれとほぼ同時にブチッブチッという何かが切れる音が2回、
それぞれしたかと思うと、突然目の前から巨大な丸太が北郷目掛けて振り子のように襲いかかってきた。
「ぬぉおおおおりゃぁあああああっっ!!!」
しかし、北郷はその攻撃をあらかじめ予測していたのか、兵士たちが吊るされている地帯を横切ると同時に、滑り込むことで丸太を回避。
そのまま目的の木までたどり着くと、突然北郷は木のてっぺん目掛けて懐から取り出したとあるものを思い切り放り上げた。
しかし、北郷が放り上げたとあるものは、襲撃者に当たることなく、そのまま地面へと自然落下していく。
「冷静さを失い、そのような攻撃ともいえない、苦し紛れの悪あがきをするなど見苦しいだけで―――ッ!?」
しかしその刹那、襲撃者の言葉が途絶えた。
襲撃者の息をのむ様子から、その北郷の投げたとあるものが、この襲撃者の心を揺さぶるだけの何かであったらしい。
北郷が不意に不敵にニヤリと嗤った。
「苦し紛れの悪あがき・・・確かにそうかもしれないけど、時と場合、そして何より相手によっては、それが起死回生の一手になること
もあるのさ!」
「お猫様!?」
そう叫ぶと同時に、襲撃者は北郷の放り上げた猫をキャッチすべく、北郷の目指していた木とは別の木から、
具体的には兵士が大量に地面に突き刺さっている地帯近くの木から次々に木々を飛び移り、その猫目掛けてダイブした。
そして、空中で見事にその猫をキャッチした襲撃者は、そのまま回転しながら、北郷から距離を置いた位置に器用に着地した。
姿を現した襲撃者は、足首ほどまで伸びる非常に長く真っ直ぐな黒髪を靡かせ、額当てを結んだ白いリボンが黒髪に同調するように靡き、
エンジ色の装束に身を包み、背中にその身の丈ほどの長刀を差している、小柄な少女であった。
「ついに姿を現したな、明命!」
北郷は間を置かずそのまま襲撃者、周泰目掛けて突撃を開始した。
ここで改めて今の状況を簡単に説明しよう。
現在北郷は、仲間の兵士と周泰で、共に今年最後の演習として、より実践的な模擬演習を行っていた。
訓練内容は、小隊が敵地の中孤立してしまった、という状況を想定し、敵の攻撃(つまり今回は周泰になるのだが)を回避しながら、
敵に一撃を与えれば訓練完了となる、というもので、逆に小隊が全滅になれば訓練失敗である。
そして現在、北郷以外の小隊メンバーは、皆周泰の罠にはまってしまい、
残る小隊メンバーは北郷のみという状態で、今ようやく北郷が周泰をおびき出した、という状況である。
「くっ・・・、追い詰められたものは藁をも掴もうとするものとは言いますが、まさかお猫様のお力をお頼りになるなんて・・・!いえ、
そもそもお猫様を放り投げるなんて、見損ないましたよ、一刀様!」
「くっくっくっ、戦いとは非情なものなのだよ明命君。それに、猫は多少高い所から落ちても怪我なんてしないんだぞ?お猫様信者の
第一人者たる明命ともあろう者がそんなことも忘れてしまうなんて、冷静でないのは果してどっちなんだ!?」
そして、そのまま北郷は手にした模擬刀で周泰の左腰から右肩目掛けて下段から斬り上げた。
周泰は高所から着地した瞬間であり、しかも両手で猫を抱えている状態。
北郷にとっては周泰に攻撃できる絶好の機会であった。
まさに起死回生の一撃。
「これで、フィニッシュだ!」
―――しかし・・・
「そうは・・・・・・させませんっ!」
周泰はとっさに猫を頭に乗せたかと思うと、無理な体勢から後ろに大きく跳び北郷の攻撃をかろうじて回避。
すかさず両太ももに備え付けてあったクナイを滑らかな手つきで数本掴むと、後ろに跳びながら北郷目掛けて投げつけてきた。
「何ッ!?」
北郷はまさか周泰があの体勢から自身の攻撃を回避し、さらに反撃してくるとは思わず、飛んできた複数本のクナイのうち、
一本はかろうじて模擬刀で弾いたが、残りは受けきれず、左右、或いは後ろに跳んで何とか攻撃を回避した。
しかし、そのせいで北郷と周泰の距離は、遠距離の相手に対する攻撃手段のない北郷にとっては致命的なほど離れてしまった。
一度距離をとられてしまえば、孫呉の親衛隊副長たる周泰に再び接近するのは至難の業である。
しかし、それでも北郷の表情にはあきらめの色は一切見えない。
むしろ、不敵な笑みを崩していない。
「どうしたんだ、明命?息が上がってるみたいだぞ?」
「・・・確かに一刀様の攻撃は完全に私の不意を衝いていました。一刀様のご成長は驚くほど著しいです。それは認めます。ですが、
この程度で私を討ち取れるなどと思われては心外なのです!」
周泰の瞳に強い光がともった。
北郷と周泰の距離はそれなりに離れているが、それでも周泰の放つ威圧感に、北郷はこめかみの辺りから嫌な汗を感じていた。
しかし、依然北郷から妙な自信は消えない。
「・・・やっぱり明命は冷静じゃないみたいだな」
「何を言っているのですか?もはや無駄な問答は無しにしましょう」
そう告げると、周泰は攻撃態勢に入ろうと片手にクナイを握り、やや体勢を低くした。
「ちょっと待ってくれよ。確かに俺のことを成長したって褒めてくれるのは嬉しいけどさ。そうじゃないんだよ。最初から俺の力では
明命を討ち取れるなんて思っていないさ」
「??」
攻撃態勢に入っていた周泰であったが、北郷の不可解な発言に、つい耳を傾けていた。
「よく考えてみてくれよ。俺は今までこの世界で自分の剣術が通用したことなんてほとんどないんだぞ?そんな俺がだ。たとえ模擬演習
だとしてもそんなあやふやな力に頼ると思うか?俺がいつも頼ってきたものは何だ?」
「――――――ま、まさか・・・!!」
周泰が何かに気が付いたのとほぼ同時に、周泰の背後に何者かの影が躍り出てきた。
「そう、それは仲間の力さ!俺はいつも、信頼できる仲間に助けられてきた。当然今回もそうさ!」
周泰の背後に迫ったのは、蜀の兵士であった。
「なっ・・・!?ありえません!一刀様の隊の兵士たちは全員仕留めたはずです・・・!」
「一人だけ、明命の罠にかかったフリをずっとしてもらっていたのさ!」
確かに、蜀の兵士を良く見てみると、足以外全身土まみれである。
どうやら、某一族状態になっていた兵士の内、一人は自ら罠にかかったフリをして、今回の瞬間をずっと待っていたらしい。
「くっ・・・自身の仕留めた敵の人数を把握し損ねていたなんて・・・失態です・・・!」
「周泰将軍討ち取ったりぃいいい!!」
周泰は完全に虚を突かれており瞬時に動けなかった。
そこへ二刀流を操る蜀の兵士が、叫びながら右手の模擬刀を周泰に向けて袈裟懸けに切り付けた。
「いっけぇー蜀のぉッ!!!」
北郷の鼓舞の叫びがこだました。
ここにきて、ついに北郷小隊が周泰を討ち取る日が訪れたのだ。
少なくとも北郷と蜀の兵士はそう思った。
しかしその刹那、北郷はすさまじい悪寒を感じた。
その悪寒の正体は、間違いなく正面にいる周泰の放つ鋭いオーラのせいであった。
そして次の瞬間、周泰は頭に猫を乗せたまま、まず手にしたクナイを北郷のやや上方に投げ込み、
そのまま流れるように蜀兵の方を振り向き、次いで左に大きく体をそらし、蜀兵の攻撃を紙一重でかわし、
すかさず周泰の右わき腹を狙った蜀兵の攻撃を右手の小手で防ぐと、風を切る音が北郷まで聞こえてくるのでは?
と思えるほどの恐ろしく速いスピードで、渾身の左アッパーカットを蜀兵の顎に叩き込んだ。
「ぐハッ・・・ックぅぅェ・・・」
周泰の一撃をもろに食らった蜀兵は、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。
しかし、その瞬間、北郷はなぜか勝ち誇った表情をしていた。
そして、周泰は悔しそうに歯を食いしばっている。
「明命、この模擬演習の勝敗条件って、何だったっけ?」
「・・・・・・私が一刀様の小隊全員を戦闘不能に追い込むか、一刀様の小隊が私に一撃入れるか、です・・・」
そう告げた瞬間、周泰の額当てがはらりと地面に落ちた。
「つまり、今の明命は討ち取られた状態ってことだ。そして、俺はまだ戦闘不能に追い込まれていない。これが意味することはただ一つ!
俺達北郷小隊の完全勝―――!」
しかし、北郷の勝利宣言を、周泰が遮った。
「―――ですが、まだ気を緩めるには少しばかり早いのではありませんか?」
「・・・?いったい何を―――――ッ!!」
その刹那、ヒュンヒュンヒュンと風を切る音がいくつも聞こえてきた。
その時になってようやく北郷は事態を理解するに至った。
「そうか・・・さっき投げたクナイか・・・!!」
そうつぶやくと同時に北郷は回れ右をして全速力で駆けだした。
風を切る音の正体は、数十本に及ぶ矢(当然訓練用)であった。
「確かに私は負けました。お見事ですとしか言いようがありません。ですが、ここで一刀様がこの連弩の仕掛けにやられれば、この演習
の勝敗は引き分けになるのです。勝ちと引き分けでは全然意味合いが違うのです!」
つまり、周泰は万一自身が蜀兵の攻撃を受けてしまうことを想定して、
あらかじめ北郷に向けての罠を発動させるためにクナイを投げていたのだった。
常に最悪の事態を想定する、まさにプロの仕事である。
「けど、この攻撃さえ、避けきれば、今度こそ、俺達の、勝ちだ!」
北郷は息絶え絶えとそう言いながら右へ左へよけながら走っていく。
連弩の矢は、そのうちの一本が新たな連弩の仕掛けを発動させているようで、止むことはなかった。
このままいくと、それこそ仕掛けを全て発動させるまで逃げ続けなければならない、
そんな考えが北郷の頭をよぎったが、それでも、避けきれない程でもなく、体力さえもてば、やり過ごせる程度の物であった。
そのため、走りながらも北郷は若干の違和感を感じていた。
(変だな・・・明命のとっておきがこんなにも雑なものなのか・・・?)
そして、北郷がふと目の前の光景を目にしたとき、その違和感は確信へと変わった。
目の前に広がるのは、大量の穴。
北郷曰く、落とし穴地獄。
北郷は知らぬうちに落とし穴地獄へと誘導されていたのである。
(そうか、この矢はあくまで本命じゃなかったのか!)
そうと分かってしまえばこっちのもの、と北郷は多少強引になろうとも、無理して大きく左に進路を変更。
落とし穴地獄ルートから逸れることに成功した。
「よし!これであとは矢を避けきれさえすれば今度こそ―――!」
しかしその時、北郷は前方進行方向に、奇妙な胸騒ぎを感じた。
一見何もない場所だが、北郷は地面をじっと見つめると、再び不敵な笑みを浮かべた。
「危ない危ない、さすが明命。油断大敵だよ。だけど残念だったな。落とし穴に関しては、俺は桂花から嫌というほど仕掛けられている
からな。この程度の落とし穴は看破できるぞ!」
そう叫ぶと同時に、ヒュッという矢が風を切る音がして止んだ。
つまり、次が最後の矢という訳である。
「この矢を避けて落とし穴を飛び越えれば、今度こそ俺たちの勝ちだ!!」
そして北郷は最後の矢を避けるように、前方の何もない所を走り幅跳びするように大きく勢いをつけて跳んだ。
そして、北郷のこの読みは正しく、この場所には落とし穴があった。
ある意味、北郷は周泰よりも落とし穴に関しては第六感的な嗅覚が勝っていたと言えよう。
「見たか明命!!今度こそフィニッジュビャァッ――――――!?」
その瞬間、北郷の言葉は突然強引に途切れた。
「な・・・ん・・・だ・・・と・・・?」
北郷は跳んだままの態勢で静止していた。
具体的には、落とし穴を跳び越えるはずが、突然目の前を横切った丸太の側面に空中で見事に激突していた。
「こ・・・これが・・・かの有名な・・・孔明の・・・罠か・・・・・・」
当然空中で制止し続けられるわけもなく、北郷はそのまま地面へと自然落下していった。
そして、尻餅をついたその瞬間、落とし穴の入り口が露わになり、北郷は何の抵抗もなく穴の中へと消えた。
「一刀様が落とし穴地帯から逸れることは想定済みでした。もちろん、その後本命の落とし穴の存在に気づくことも。連弩の矢は誘導が
主要な役割でしたが、一番重要な役割は、この丸太の罠を発動させることだったのです」
北郷はくらくらする頭で、何とか重たい瞼を持ち上げ、周泰の声がする方を見上げた。
落とし穴の入り口には、逆光によって表情は良く見えないが、
ぼんやりと不気味に光る周泰の瞳と、その頭に乗っている猫の鋭い眼光が確認できた。
「お・・・おい・・・勝敗は引き分け、だろ・・・?罰ゲームは・・・なしだろ・・・?」
北郷の声は震えていた。
なぜなら、周泰を良く見てみると、筆のようなもの持ち、蜀兵を抱えていたのだが、
その蜀兵の顔には、『名無し顔無しの分際で調子に乗るな』と墨で大きく書かれていたからであった。
(メ、メタい・・・っつーかひでぇ・・・)
「確かに勝負は引き分けなのです。ですが、お猫様に対する一刀様の扱い、当然報いを受けるべきなのです・・・」
蜀兵とんだとばっちりじゃないか!というツッコミの声を発することなく、その数秒後、北郷の力ない悲鳴が森中に響いた。
一方、北郷の情けない悲鳴が森中に響いていたその時、やや離れた草むらの中から、とある人物がひょっこりと頭を出した。
その栗色の髪は、頭にかぶったレモン色の猫耳フードに覆われ、綺麗な緑色の瞳は爛々としており、
口元はこれでもかというほど三日月形の弧を描き、不敵な笑みを形作っていた。
彼女の名前は荀彧。
言わずと知れた王佐の名を冠する曹操軍の軍師である。
「ふふふ、ついに見つけたわ、我が落とし穴の師を・・・!」
と、不敵な笑みを崩さないまま、曹操軍の頭脳、荀彧は非常に満足げな声を洩らした。
【あはっぴーにゅーいやーいんなぴっと(前編) 終】
あとがき
改めまして、新年明けましておめでとうございます!
と言いましても、これを書いているのは年末なんですけどね 笑
さて、三夜連続投稿のお正月特別編の一発目、いかがだったでしょうか?
といっても、桂花たんは最後にちょろっとしか出てきませんし、完全に明命ちゃんメインのお話になってしまいましたね 汗
ですが次回は間違いなく桂花たんがメインで活躍しますので、少々お待ちくださいませ!
それではまた明日お会いしましょう!
それにしてもこの一刀君、ノリノリである
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どうも皆さん、新年明けましておめでとうございます!
今回は新年特別企画ということで、御遣い伝説ではなく、萌将伝のssとなっております。
つまり、設定としましては、三国同盟が成立した後、ということになります。
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