ルイズSide
早朝、日も上がらぬ頃にわたしたちは学院の門の前で馬に鞍をつけて出発の準備をしている。昨晩のわたしの部屋での一悶着。姫さまからの任務を頑として頷かなかったリオンをジンとギーシュがなんとか説得をして、苦虫を噛んだような表情だったが了承をさせた。
「別にあそこまで嫌な顔することないじゃない」
わたしは鞍をつけながら小さくつぶやきリオンを見る。リオンはもう既に鞍をつけ終えていて、腕を組んでたたずんでいた。ぱっと見た感じはいつものムッツリ顔だけど、不機嫌オーラが微妙に出てる。
「……」
「……ッ!」
ふと、リオンと目が合いわたしはすぐに目を逸らす。ってなんでわたしが目を逸らさないといけないのよ! かといってもう一度見るのもなんだかあれだし……
「なあルイズ、ちょっとお願いがあるんだが……」
「……なによ」
わたしが悶々としながら最後の留め具を付け終えたところにギーシュが困り顔でたずねてきた。
「その、ぼくの使い魔を連れて行きたいんだ」
「使い魔を? 別に構わないと思うけど何処にいるの?」
「ああ、ここに居るよ」
わたしが辺りを見回してたずねると、ギーシュは足で地面をトントンと叩いた。すると、地面の土が盛り上がり茶色い生き物が顔を出した。
「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」
「それってジャイアントモール? それがあんたの使い魔なの?」
「それって言うな。この可愛い可愛いぼくの使い魔ヴェルダンデだ!」
「ああ、うん。そうね」
わたしがギーシュの奇行に少々引きながら使い魔に聞くと、ギーシュはクワッっと目を見開き言い返してきた。わたしは適当に返事を返してヴェルダンデを見る。モグラよね。つまりは地面の中を進むってことじゃない? わたしたちの行き先はアルビオンな訳だしモグラなんて連れて行けるわけが無い。
「ねえギーシュ。その子は連れて行けないわよ」
「へ?」
ヴェルダンデとよく分らない語らいを始めて自分の世界へと入ってしまっていたギーシュにわたしは声をかけ直す。
「だって行き先はアルビオンなのよ? それにラ・ロシェールまで馬で行し無理よ」
「そ、そんなぁ。お別れなんて、つらい、つらすぎるよ……、ヴェルダンデ……」
ギーシュがヴェルダンデに再度抱擁をしようとしたときヴェルダンデの鼻がヒクヒクと動き、そしていきなりわたしの方を向き、突進してきた。
「え!?」
わたしはいきなりのことに反応できずにヴェルダンデによって押し倒されてしまった。
「ちょ、なっ! 止めなっさい! ギーシュ! このモグラどうにかしなさいよ! って指輪はダメ!」
わたしはモグラを何とかしようとするがわたしの力ではヴェルダンデの巨体を退かす事などできず、どんどんわたしの上に覆いかぶさってくる。正確にはわたしの指に嵌めてある姫さまから預かった指輪へと向かってきていた。ちょっ、待って! 重い、苦しい!
「何をやっている」
「大丈夫か?」
わたしが苦しんでいるとリオンの冷ややかな声とジンの笑いを堪えたような声が聞こえた。近くに来てるんだったら助けなさいよ! バカッ!
「どうやらヴェルダンデが指輪に興味を持ってしまったらしくて。ヴェルダンデは宝石や鉱石が好きで、特に希少なものや高価なものには目が無いのさ」
「そういえばジャイアントモールは鉱石集めが得意だったな。なるほどだからか」
ギーシュとジンがうんうんと頷きあって一向に助ける気配が無いし、リオンに関してはもう完全に呆れてしまっている。というより更に不機嫌度が増してるように見える。わたしは姫さまから預かった大切な指輪を守るためとにかくヴェルダンデから手を遠ざけように暴れていると、突風が吹きヴェルダンデをわたしの上から吹き飛ばした。
「誰だッ!」
ヴェルダンデを吹き飛ばされたことにギーシュが激昂して喚くと朝もやの中から、長身の帽子を被った貴族が現れた。わたしはその姿を見てすぐさま立ち上がり身嗜みを整える。だってそこに居たのは……
リオンSide
僕は突風が吹いてきた方に目をやると一人の人間が歩いてきていた。羽の飾りのついた帽子を深く被っており、その手にはレイピアを持っていた。いや、レイピア型の杖か? 確か昨日、鷲の頭と獅子の体の獣に乗っていた騎士のはずだ。何故こんな時間に此処へ? 僕は腰の剣に手を置きルイズの近くへと移動をして、いつでも行動できるようにしておく。
「貴様、ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」
ギーシュが胸ポケットから薔薇の形をした杖を引き抜き男に突きつける。が、男は杖を素早く振るい、ギーシュの杖を跳ね飛ばした。
「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。きみたちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ一部隊をつけるわけにはいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ。だから、そちらのきみもそう警戒しなでくれ」
男はレイピアを仕舞いながら、僕の方を見て言ってきた。男は帽子を取り一礼をしながら
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
自己紹介を行なった。しかし、と僕はタメ息と共に頭を押さえる。
昨夜の王女の話では自分に味方はいないと言っていたはずなのに頼りないからと、こうも間単に極秘の任務を直属の衛士だからと言ってバラし、あまつさえ同行させるなど何を考えているんだあの女は。ならば始めからこの男に頼めば良かったものの。
僕は再度嘆息した後、ワルドと名乗った男を見る。動きを見る限りそれ相応の実力者と言う事が分る。ワルドは僕の視線にフっと笑みを浮かべる。
「ああ、さっきのモグラの事はすまない。なにせ婚約者が襲われているのを見てみぬ振りはできなくてね」
「ワルドさま……」
ワルドがそう言うと、ルイズは頬を赤く染めて名を呼ぶ。なるほど、まあ珍しい事でもないか。
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
「お久しぶりでございます」
ワルドがルイズに笑顔で言うとルイズもワルドに近づき返事をする。
「相変わらず軽いなきみは! まるで羽のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」
「彼らを、紹介してくれたまえ」
ルイズを抱きかかえたワルドはルイズと一通りじゃれあった後、ルイズを下ろし僕らの紹介を頼んだ。
「あ、はい……、ギーシュ・ド・グラモンと使い魔のリオンです。それとジンです」
ルイズが僕らを紹介するとワルドがジンの名に反応した。
「何、ミスタ・アルベルト?」
「お久しぶりです、ワルド子爵」
「おお、アルベルトくん! 久しぶりだね! ルイズに気を取られて全然気づかなかったよ」
と、ルイズに向けていた人懐っこい笑みを浮かべてジンへと話しかけた。どうやら二人は知り合いらしく、軽く昔話をした後、次に僕のところへとやってきた。
「やあ、きみがルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな。僕の婚約者がお世話になっているよ」
「…………」
ワルドが気さくに話しかけて来たが僕は一瞥して喋ることは無いと態度で示した。
「ちょっ、リオン! 失礼じゃないの」
「まあまあ、きっとアルビオンに行くことに緊張しているのだろう。なあに! 何も心配なんてないさ。君はあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだろ? その実力があれば、なんだってできるさ!」
僕の態度をそのように解釈したワルドはわっはっはと大口を開けて笑い僕の背を軽く叩いてくる。まったくもって鬱陶しい。
ワルドは一通り話し終わると、少し離れた所へ移動し口笛を吹いた。すると、空から一匹の獣、グリフォンが現れた。ワルドは身軽に飛び乗ると手の差し伸べて
「おいで、ルイズ」
と、ルイズを誘った。ルイズはそれにちょっと躊躇した様子で俯き、少しモジモジとした後にワルドに抱え上げられてグリフォンへと跨った。
「では諸君! 出撃だ!」
ワルドは手綱を握り杖を掲げながら叫び、グリフォンを走らせ始めた。僕たちもグリフォンを追うように馬に跨り走らせる。
まず、アルビオンに行くためには一旦ラ・ロシェールという港町を経由しなければならないらしい。そして港町までは本来馬で2日程かかるそうだ。が、しかし、ワルドはそんなことをお構い無しにグリフォンの能力に任せての速い速度でどんどん先へと進んでいき、昼を過ぎた頃にはもう見えなくなってしまった。
「って、リオン! 君がゆっくり走っているからぼくたち置いていかれちゃったじゃないか!」
「……はぁ、別にかまわないだろ。実際、ラ・ロシェールまでは2日かけていく予定なんだ。無駄に体力を使うことも、馬を潰す意味も無い」
「まあ、確かにな。それに早くついたところで多分船は出てないだろし」
ギーシュの悲鳴にも似た抗議の叫びに僕とジンは言い返す。
「む、それはそうなんだが。ところでジン。船が出ないってどう言う事なんだ?」
と、ギーシュも納得すると同時に船のことを質問する。それは僕も気になったところだ。
「ああ、それはな。ちょうど明後日が月が重なる『スヴェル』の夜なんだ。そしてその次の日、つまり4日後にアルビオンがラ・ロシェールに一番近づく日になる。だから風石を節約するために船は4日後まで出ないんだ」
なるほど。文字の勉強のついでにこの世界の事を知るために色々と調べていた時に呼んだ事がある。浮遊大陸アルビオン。名の通り遥上空に浮かび移動している大陸である。
そして、その空高く浮いている大陸にいくために風石と言う風の力が固まった鉱石を使い船を飛ばすことで行き来をしているのだそうだ。
「ならば、尚更急ぐ必要もないな。先に行った二人には待ってもらえばいいだけだ」
「ん~、しかし君はそれで良いのかい?」
僕がそう結論を言うと、何故かギーシュが妙な事を言ってきた。
「何を言っている? 良いも悪いもないだろう。急いだ所で意味など無いと……」
「ああ、いや、そういう事ではなくでだね。君のご主人様、つまりルイズのことだよ」
「?」
僕はギーシュの言っている意味が理解できず首を傾げる。ルイズがなんだというのだ?
「あー、えっとだね。だってルイズは今、あの魔法衛士隊の隊長であるワルド子爵と一緒なのだよ。しかも婚約者らしいじゃないか。心配ではないのかいってことなんだが」
「別に何の心配もないだろう。例え賊に襲われたとしても奴の実力なら簡単に蹴散らすだろうし、男女としての仲なら当人達の問題だ。まあ、任務中に浮かれるような事は流石にしないだろう」
「そ、そうだね。あははは。………………本当に気にしてないんだね」
僕の言葉にギーシュはゴニョゴニョと言いながら微妙な表情で笑い返してくる。まあいい。さて、日も傾いてきたことだし、そろそろ野営の場所を探したほうがいいだろう。僕がそう提案しようと二人に声を掛けようとした時、ゴウッと何かしらの巨大なものが風を切る音がした。僕は咄嗟に振り仰ぐとそこには青い竜が僕たちを見下ろしていた。
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アルビオン編その3