No.649477

真・恋姫†無双 異伝「空と命と夢の狭間に」第十八話


 お待たせしました!

 張譲によって囚われの身となった盧植を助ける為

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2013-12-29 07:52:04 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:9154   閲覧ユーザー数:6314

 

「ふっふっふっふっふ…は~っはっはっはっは!左豊、良くやった!これ程まで

 

 うまくいくとはな!」

 

「いえいえ、張譲様がお見通しなされた通りの事でございます」

 

 此処は洛陽にある張譲の屋敷である。張譲に命じられて各地で戦っている軍の

 

 視察に赴いた左豊であったのだが…。

 

「しかし張譲様も随分と盧植にご執心のご様子で」

 

「ふふ、確かに儂の身体はそういう事はもう出来ぬがな…だからといって女に対

 

 する欲望を失ったわけでは無いのだよ。それに…女をよがらせる方法など幾ら

 

 でもあるでな」

 

 張譲がそう言って取り出したのは男の一物の形を模した張形と小さな瓶に入っ

 

 た媚薬であった。

 

「おやおや、張譲様もご用意の良い事で…しかし張譲様程のお方なら他にも見目

 

 麗しく若い女子を幾らでも呼べましょうに」

 

「そのような端から喜んで腰を振るようなのには興味は無い。あの女はずっと儂

 

 に肘鉄を喰らわせ続けてきたのだ。そのような女を屈服させる事以上に楽しい

 

 事があろうか…くっくっくっ」

 

 張譲はそう言って下卑た笑みを浮かべ、左豊もまたつられて笑い声をあげてい

 

 たのである。

 

 実は左豊に視察の名目で賄賂を要求するように命じたのは張譲である。そして

 

 それを盧植が拒む事を最初から分かった上で、左豊に盧植が賄賂を拒んだら罪

 

 を被せるように仕立てていたのであった。

 

 此処まで手筈通りうまくいった事で張譲の笑いは止まらなかったのだが、その

 

 直後に駆け込んできた伝令からの報告によって空気は一変する。

 

 

 

「申し上げます!洛陽の南十里に賊徒の軍勢が出現しました!」

 

「なっ、何故そこまで近くに来るまで分からなかったんじゃ!?」

 

 張譲の詰問に兵士は何かしら言いにくそうに答える。

 

「あ、あの…洛陽の南方は朱儁将軍の担当だったのですが、盧植将軍の代わりに

 

 北方に派遣された後は誰も赴任されておりませず…」

 

 その報告に張譲は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 張譲は盧植を捕縛して手籠めにする事で頭が一杯になり、盧植が担当していた

 

 北方に朱儁を回す指示はしたのだが、朱儁の後任を派遣する事を完全に忘れて

 

 いたのであった。しかしもし忘れていなくとも三将軍以外の者はもはや小隊長

 

 程度が務まる程度の小物揃いだったので結果はあまり変わらなかったかもしれ

 

 なかったのだが。

 

「ちょ、張譲様…どうなされるので?」

 

「…左豊、お前が行って来い」

 

「はっ!?何を仰られるのですか、私は文官ですぞ!戦の指揮など出来ようはず

 

 も…」

 

「ほう…儂の命に逆らうというのか?」

 

「い、いえ、滅相もございません!」

 

「ならばさっさと行かぬか!」

 

 張譲の怒号に左豊は腰砕けのままその場を辞去していった。

 

「くそっ…黄巾の連中め、賊の分際で儂の邪魔をしおって…」

 

 そう呟いた張譲はそれまでの上機嫌は何処へやら、不機嫌な顔のまま寝室へと

 

 入っていったのであった。

 

 

 

 その頃、洛陽の某所にて。

 

 左豊(正確には張譲だが)によって囚われの身となった盧植は張譲の屋敷でも

 

 地下牢でもなく、とある空き家の離れの一部屋に閉じ込められていた。

 

 しかも後ろ手に縛られ、口には猿轡が噛まされたままの状態であった。それは

 

 盧植に逃亡や自害をさせない為に張譲が命じた事であったのだが。

 

(くっ…まさかこんな目に合うなんて。あの左豊とかいう使者に賄賂を渡さなか

 

 った位で前線にいる将を捕縛するなんて前代未聞の事、しかもちゃんとした牢

 

 ですらなくこのような場所で…間違いなく裏で命じたのは張譲ね。ぐっ、この

 

 ままじゃ…いっそ死罪にでもしてくれるのなら喜んで受けるけど、張譲の魂胆

 

 が見え透いてるわ…嫌よ、そんなの!私だって相手を選ぶ権利位…)

 

 その時、盧植の頭の中に浮かんだのは他でもない一刀の顔だった。

 

(一刀…こんな事になるんだったら無理やりにでも一刀と…でもそれはもう叶わ

 

 ない事。一刀、せめてもう一度あなたに会いたかった…)

 

 そう心の中で呟く盧植の眼には涙が浮かんでいたのであった。

 

 

 

 それから半刻後、洛陽から南へ五里程行った地点にて。

 

 張譲に命じられた左豊はとりあえず守備兵の残りの内、一万を率いて黄巾を待

 

 ち構えていた…といえば聞こえは良いが、その軍は統率が全く取れてなくただ

 

 そこにいるだけと言っても過言では無い状態であった。

 

「左豊様、敵影が見えます!」

 

 その報告に左豊は息を飲む。

 

「左豊様、如何なさいます?このまま防衛に徹すれば良いのですか?」

 

「な、何を言っとるか、敵は目の前ぞ!攻撃じゃ、突っ込め、敵を殲滅しろ!」

 

「なっ!?そんな…兵の数は向こうの方が上なんですよ!?」

 

「数がどうした!向こうはたかが寄せ集めの賊兵ではないか!!ちょっと攻撃を

 

 仕掛けたらすぐにでも散り散りになるに決まっておるではないか!いいから突

 

 撃だ!私は張譲様より命を受けて指揮を執っておるのだぞ、私に逆らうという

 

 事は陛下に逆らうも同然の事じゃぞ!!従わないのなら即刻陛下に申し上げて

 

 斬首にするぞ!」

 

 左豊の補佐役の将は左豊からの指示に反論を試みるが、左豊よりそう言われて

 

 唇を噛む。

 

(くっ、幾ら将がいないからといってこのようなアホに指揮させんでも…ええい、

 

 ままよ!)

 

「分かりました…全軍突撃!」

 

 もはややけっぱちになった補佐役のその一言で、官軍は無謀極まりない戦いを

 

 強いられる事になったのであった。

 

 

 

 一方、黄巾側。

 

「張角様、官軍がこちらに攻撃を仕掛けてきます!」

 

 その報告を受けた三人の少女は驚く。

 

「ええ~っ、だってあっちの方が少ないんでしょ?」

 

「まさか先制攻撃?」

 

「いや、それにしては戦列が整っていないわ。おそらく向こうの指揮官が無謀な

 

 突撃指示を出したという所ね」

 

 その三人こそ黄巾党の首領である張角とその妹である張宝と張梁であった。

 

 とはいっても、張角は普段からあまり難しい事は考えない性質であり、張宝も

 

 その場の勢いに流される所があるので、結局の所は張梁が実際の作戦の指揮を

 

 執っている状態ではあるのだが。

 

「皆さん、私の指示に従って行動してください!冷静になって戦えば十分に撃破

 

 可能な相手です!…ほらっ、姉さん達も何か言って!」

 

「ええっと…あんな奴ら倒しちゃって~!」

 

「みんなぁ~、頑張って~!」

 

 張梁に促されて姉二人は何だかその場に似つかわしくないようなテンションで

 

 言葉を発するが、

 

『ほわっ、ほわぁっ、ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっーーーーー!!!』

 

 兵達のテンションは一気にマックス状態になって我先にと官軍へ攻撃を仕掛け

 

 ていったのであった。

 

 

 

 それから半刻後。

 

 数が少ない上に士気が低い官軍側が完全に押されていた。

 

 左豊の周りこそまだ数百の兵が固めていたが、それ以外は散発的に戦っている

 

 だけに過ぎない状態であった。

 

「左豊様、左翼の部隊全滅!!」

 

「左豊様、右翼の部隊ももうもちません!」

 

「左豊様、賊徒の兵がこっちにも…」

 

 次々ともたらされる敗戦の報に左豊の頭の中は完全に混乱していた。

 

「あああっ、やっぱりダメだったんだ…張譲様は私の事なんか最初から盧植を捕

 

 まえる為だけの捨て駒にするつもりだったんだ!」

 

 その為、自分の発したその声が意外に大きく、周りの兵達に聞こえてしまって

 

 いた事にしばらく気付かなかったのであった。

 

「左豊様…今、何と仰られたのです?」

 

「えっ!?…いや、何をって…あっ!」

 

 左豊が自分の過ちに気付いたその時には周りの兵達から完全に敵意の眼を向け

 

 られていたのであった。

 

「な、何をしておる、敵は、あ、あっちじゃぞ!」

 

 左豊が恐怖に震えながらそう言ったその時、戦場に銅鑼の音が響き渡る。

 

「な、何事だ!今度は何が…」

 

 狼狽する左豊の眼に映ったのは『呂』と『十』の旗印であった。

 

 

 

「どうやら間に合ったようだな…官軍を助けなきゃならん義理も無いけどね」

 

 戦場を見下ろす位置に来た俺はそう呟く。

 

「一刀…あの旗」

 

 横にいた恋(真名は既に預かり済である)がそう言って指差した方向に見えた

 

 のは『左』の旗であった。

 

「あの旗…それじゃあそこにいるのが」

 

 俺はその方向を睨み付ける。

 

「一刀…いきなり殺すのはダメ」

 

「分かっている。盧植様の居場所を聞き出すのが先だ。俺達は左豊の所に行く。

 

 恋達は黄巾どもの対処を頼む。『李儒』もそれで良いですね?」

 

「うむ、任せる」

 

 ・・・・・・・

 

「おおっ、援軍か!助かったぞ!!」

 

 一時は全滅も覚悟していた左豊であったが、側面より現れた軍勢が黄巾の軍勢

 

 に攻撃を仕掛けるのを見た途端に相好を崩す。そして自分の方へ向かってくる

 

 一団を手を振って迎え入れる。

 

「左豊様ですね?」

 

「おおっ、私こそが左豊じゃ。良く助けに来てくれた、このまま私を守り続けれ

 

 ば張譲様に良く伝えてやろ『ドゴッ!』…ゴハッ!?」

 

 突然殴られた左豊は成す術も無く地面を転がる。

 

 

 

「なっ、何をする…私にこのような事をしてただで済むと…」

 

「ほう…もしかして盧植様のように冤罪を被せられるのか?」

 

「なっ!?…何をバカな事を。盧植の罪は明白に…」

 

「お前に賄賂を渡さなかった事か?それを張譲に伝えたら盧植様にある事無い事

 

 被せて捕縛する手筈が整っていたのだろう?」

 

 俺がそう言うと、それを聞いた左豊の顔色がみるみる内に青くなる。

 

「な、何をおかしな事を…そもそも何を根拠にそのような…」

 

「こいつの顔を知らんとは言わせないぞ?」

 

 左豊の目の前に一人の男が引っ立てられてくる。その男は…。

 

「なっ!?何故…お前はあの時始末するように指示したはず…」

 

 実はこの男、左豊に金で雇われた者である。その目的は盧植を罪人に仕立てる

 

 為に嘘の証言をする事であった。この男が『盧植は賊の討伐を怠っているどこ

 

 ろか裏で援助までしている。私はその現場を目撃した所、危うく殺される所だ

 

 った』との証言により盧植は罪人として捕縛されたのであった。その後、お役

 

 御免となったこの男を左豊は始末するように指示したのだが…。

 

「妾の手の者がその現場を抑えてな、この男もそのまま捕縛しておったのじゃ」

 

 そこに出てきた命がそう言うと、左豊はがっくりとうなだれる。

 

「さて、左豊。お主の罪こそ明白じゃ。おとなしく縛につけぃ!」

 

「…ふ、ふふふふふ!何を言うか!?お主のような何処の誰とも分からんような

 

 仮面女に誰が従うか!皆の者、こいつらこそ、この張譲様の覚えめでたき私に

 

 対しての不埒な振る舞い許すまじ!捕縛せよ!!」

 

 

 

 いきなり居直ったような左豊の言葉に兵達は完全に戸惑いを隠せない。

 

「何をやっておるか!私は左豊じゃぞ!!」

 

「そうか…お主がそう言うのなら妾もこうする事としよう」

 

 命はそう言うと仮面を取り、素顔を見せる。それを見た左豊の顔が、それまで

 

 以上に青くなっていく。

 

「ま、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか…りゅ、劉弁殿下!?」

 

 それを聞いた周りの兵達の顔色も一斉に変わる。

 

「そう、妾は劉弁じゃ!嘘とは言わせんぞ、この剣『定王伝家』が何よりの証拠

 

 じゃ!!」

 

 命がそう言って見せたその剣こそ、世祖光武帝が使っていた劉氏家宝の剣であ

 

 る『定王伝家』である。その剣を持つという事は正統たる皇位継承権を持つ者

 

 の証でもあった。

 

「皆の者、劉弁様の命である!そこにいる左豊を捕らえよ!!」

 

 俺がそう命じると、左豊の周りにいた兵達(そもそもは左豊に従っていた者達

 

 であるが)は左豊を抑えつけて縛り上げる。

 

「さて、左豊…盧植は何処じゃ?答えよ、さもなくばこの場で斬首じゃ!」

 

 命がそう言って剣を首筋に当てると、左豊は悲鳴を上げそうな声で答える。

 

「ひっ!?ろ、盧植殿は洛陽の西の外れにある古い倉庫の地下に…間違いありま

 

 せん!私が張譲よりそこに連れて行くよう命じられたのですから!!」

 

「聞いたか?」

 

「はい、間違いなく」

 

「ならばこやつを始末したらお主は行け!妾はあの黄巾どもを始末してから後を

 

 追う!」

 

 

 

「なっ、何故です!?私はちゃんと言ったじゃないですか!」

 

「この場で斬首はせん、ただ…」

 

 命がそう言ったと同時に俺は刀を抜いて左豊の腹に突き刺して横に薙ぐ。

 

「殺さないとは一言も言っておらんかったぞ」

 

 命のその言葉を聞いたか聞かないかは分からないが、左豊は既に息絶えていた。

 

「一刀、嫌じゃろうが洛陽に入るまでは左豊のふりをして行け」

 

 命はそう言って左豊の鎧兜を差し出す。

 

 俺はそれを身に着けたが…正直サイズ、特に腹回りがまったく合わない。よく

 

 もまあこんなに太れたものだ。

 

「それと…左豊に従っていたお主らはどうする?張譲の所に走るか?」

 

 命がそう問うと、兵達は躊躇する事もなくその場に平伏する。

 

『我らは皇帝陛下に忠誠を捧げた禁軍の兵にございます。劉弁様に従わない理由

 

 など何処にもありません!』

 

「ふふ…ありがとう、礼を言うぞ。ならばお主達は妾についてこい!このまま黄

 

 巾と戦っている呂布と合流する。じゃが何人かはこの北郷の道案内に行っても

 

 らうぞ」

 

「ならば私が北郷殿の道案内に。不本意ながらも左豊に従ってそこまで参りまし

 

 た故」

 

 命の言葉に一人の兵士が進み出る。

 

「ならば決まりじゃ!これより作戦開始!!」

 

 

 

 そして洛陽の門前にて。

 

「どうされました?確か左豊様は先程出撃されたばかりのはずでは?」

 

 門番の兵は戻ってきた左豊の軍を訝しげに見る。

 

「左豊様は賊との戦いで負傷され、傷が思ったより深い故に医者に診せる為に戻

 

 ってきた次第。門を開けよ!」

 

 道案内の兵士がそう言うと、門番は特に確認するでもなく門を開ける。

 

「ご苦労!!」

 

 ・・・・・・・

 

「あそこです、北郷殿」

 

「良し、このまま一気に…うん?あそこにいるのは…もしや!」

 

 盧植様が閉じ込められているという建物に近付いた俺の眼に見えたのは…間違

 

 いなく張譲の姿であった。

 

 何故か人目を憚るかのようにこそこそと俺達が目指している建物へと向かって

 

 いる。

 

「沙矢、蒲公英、あいつが張譲だ。構う事は無い、一気に取り囲め。もし抵抗す

 

 るのなら…任せる」

 

「「了解!」」

 

 ・・・・・・・

 

「な、何じゃ!一体何者じゃ!!儂を一体誰じゃと…」

 

 突然現れた軍勢に包囲された張譲は狼狽していた。本来なら城外では黄巾との

 

 戦闘が続いている以上、宮中から離れるわけにもいかなかったのだが、盧植の

 

 事で頭が一杯だった彼は少し位ならと密かに一人で向かっていたのだった。

 

「張譲でしょ?大人しく投降してよね。抵抗するならするで別に構わないけど」

 

「抵抗するだけ無駄です!」

 

 言われるまでもなく、武芸の心得などまったく無い張譲に抵抗する術などある

 

 はずも無かった。

 

 

 

「一刀様、捕縛しました!」

 

「ご苦労様…さて、ご無沙汰しております張譲殿」

 

 俺がそう挨拶すると張譲はふんと鼻を鳴らして、

 

「儂はお主の如き下郎と会った事など一度も無いわ」

 

 そう悪態をついていた。

 

「それは単にあんたの眼に俺が入ってなかっただけだけどね…盧植様に二度ばか

 

 り誘いをかけていた時に近くにいただけでもあるし」

 

 俺がそう言うと、張譲の顔色が変わる。

 

「なっ、そういえば盧植の近くにいたあの家来…」

 

「そう、あれが俺。だから何故此処にいるかは分かっているよな?」

 

 俺の質問に張譲は眼をそらす。その時、

 

「一刀さん、この者が持っていた物です」

 

 輝里が張譲の持っていた袋を渡す。その中を見た俺の眼に映ったのは…。

 

「張譲…あんた一体何をするつもりだったんだ?」

 

 俺はその中に入っていた物を掴みだして張譲の顔に投げつける。

 

 張譲の顔に当たって地面に落ちたのは…張形であった。男の一物を模したそれ

 

 は外で見るにはあまりにも禍々しさと醜さを醸し出していた。

 

 それを見た周りの者達、特に女性から悲鳴のような声があがる。

 

 対して張譲の顔は羞恥と恥辱で完全に赤黒くなっていた。

 

「まあ、いい…こいつは縛り上げておけ」

 

 俺はそう命じると、縛り上げられる張譲を一瞥してから建物の中へと入ってい

 

 った。

 

 

 

 俺が中に入って奥の方に眼をやると、縛られたままの人の姿が見える。遠目か

 

 もかなりぐったりしている様子に見えたので、俺は急いで駆けつけてその人を

 

 抱き起こす。やはりそれは盧植様であった。俺はすぐに縄と猿轡を外すと盧植

 

 様に呼びかける。

 

「盧植様、盧植様!俺です、一刀です!」

 

 俺のその声に反応したのか盧植様はぼんやりと眼を開ける。

 

「えっ…か、一刀…?………一刀!!」

 

 そして意識が覚醒すると同時に俺にしがみつくように抱きついてくる。

 

「本当に…本当に一刀だ…会いたかった、会いたかったの……ううっ、えぐっ、

 

 ひぐっ」

 

 そのまましばらく俺の胸の中で嗚咽を洩らし続けていたのであった。

 

 ・・・・・・・

 

「あの、本当にありがとう…」

 

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した盧植様は、さすがに恥ずかしかっ

 

 たのか少し頬を赤らめたままそれだけを言う。

 

「いえ、ご無事なようで何よりでした」

 

「ところで…一刀は何故洛陽に?そもそも一体今まで何処で何を…?」

 

「その話はまた後で…とりあえずは此処から出ましょう」

 

 盧植様が質問攻めをしてこようとするのを俺は何とかかわして外に出る。

 

「一刀さんの目的は果たせたようですね。こちらは準備万端です」

 

 そこに輝里が声をかけてくる。

 

「そうか、ならば行くぞ!」

 

「行くって何処へ…?」

 

「宮中の大掃除です。もうすぐやってくる人達が住みやすくする為の」

 

 

 

 一方その頃、恋と黄巾の戦いは膠着状態となっていた。しかし膠着状態となっ

 

 ていたのには理由があって…。

 

「恋殿~、あんな奴らに何時までこんな状況を続けているのです?恋殿が本気で

 

 かかれば半刻位で追い払えるではないですか!」

 

「ねね…恋達の役目は何?」

 

「えっ…それは、奴らの足止め…」

 

「ならもう少しこのまま…とりあえずもう一回行ってくる」

 

 恋はそう言うと近所に買い物にでも行くかのように黄巾党のいる方へ向かって

 

 いった。

 

 ・・・・・・・

 

「張梁様!またあの赤い髪の奴が来ます!」

 

「今度は何人で『また一人です!』…そんな、何で一人でこんなに戦えるの!?」

 

 張梁が驚くのも無理はなかった。恋は一人で正面からやってきて四半刻位兵達

 

 を薙ぎ倒すと陣に戻って半刻位籠ってまた出てきては…というのを既に三回は

 

 繰り返していたのである。

 

 既に黄巾党の兵達の中には恐怖で動けなくなっている者までいるのだが、軍が

 

 壊滅しない程度の損害なので退くべきかどうか判断がつきかねている状況とな

 

 っていたのである。しかし、相手は無傷のまま既に百人以上が討ち取られてい

 

 る現状に限界が近い事は張梁は感じていたのであった。

 

「人和、どうするのよ!?一人相手にこれじゃどうしようもないじゃない!」

 

「逃げよう、ね?逃げようよ~。無理だよ~、お姉ちゃんあの人怖いよ~」

 

 そしてそれ以上に姉二人が既に限界を迎えているのも感じていたのであった。

 

 その時、新たな旗が翻る。それを見た三人の顔はさらなる恐怖に彩られる。

 

「あれって…」

 

「まさか…」

 

「間違いない…あの旗は皇族の…まさか!」

 

 

 

「恋殿~、劉弁様が来られましたぞ!」

 

「うん、なら今度は本気で薙ぎ倒す」

 

 恋はそう言うと戟を構えて一気に突っ込む。

 

 そこから始まったのは一方的な虐殺ともいうべきものであった。

 

 ただでさえ恋に歯が立たずに戦意が下がっていた所に劉弁の旗が翻り(何だかん

 

 だ言いながらまだ皇族への畏怖は民の心の中には残っている)、そして本気にな

 

 った恋が突っ込んできたのがトドメとなり、もはや黄巾党に戦う気力は残ってい

 

 なかったのであった。

 

 そして命もそこに加わり、それから一刻ばかりの間追撃戦が行われた結果、攻め

 

 てきた黄巾党は壊滅状態となったのである。

 

 ちなみに張三姉妹は多大なる兵の犠牲の結果、何とか逃げおおせる事には成功し

 

 たのであった。

 

 ・・・・・・・

 

「恋、ねね、ご苦労じゃったの」

 

「……(コクッ)」

 

「ははっ、劉弁様の御威光のおかげでもありますと恋殿も申しております!」

 

「世辞は良い。さて…それでは洛陽に行くぞ。一刀にばかり押し付けるわけにもい

 

 かないしの」

 

 命はそう言って洛陽の方向を見つめていたのであった。

 

 

                                           続く。

 

 

 

 

 

 あとがき的なもの

 

 mokiti1976-2010です。

 

 本当はもう少し後の所まで書くつもりだったのですが、

 

 思ったより内容が増えてしまったので此処で一旦切ら

 

 せていただきました。

 

 次回は一刀達による洛陽の大掃除のお話です。掃除で

 

 はありますが、もっと宮中が汚れるのは間違いない事

 

 ですので。

 

 

 それでは次回、第十九話にてお会いいたしましょう。

 

 

 

 追伸 次回はもしかしたら年を越すかもしれません…。

 

 

 

 

 

 

 


 
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