一夏は屋上の壁に何度も何度も頭突きをした。その度に罅が入って行き、コンクリ—トの欠片がパラパラと落ち始める。最後にもう一度すると、額と髪の毛から壁の欠片や粉を払って海を睨んだ。そんな時、ワイバーフォンが着信音(Finger on the Trigger)を高らかに鳴らした。
「もしもし。」
『やっほ〜い、いっくん。皆大好きご存知の束さんだよ〜!零式の初戦勝利おめでとー!武装はびっくりしてた?してたよね?!』
「束さん・・・・びっくりしましたよ。フィリップさんのメモリとかが使えるとは流石に思いませんでした。よく翔太郎さん達が許しましたね、データ取るの。」
「大丈夫だよー、データを読み込ませた後私が持ってるのは削除して、いっくんの零式には超強力なフィー君と束さんお手製のプロテクトがかけてあるから!私達の科学、医学は世界一ぃぃぃいいい!出来ない事など無いのだー!ちーちゃんにもねー、この事は伝えてあるからね〜。」
「それは良いですけど。時に束さん。箒には、会ったんですか?」
だが、束は答えずに電話を切った。
(あの様子じゃ会ってないな。)
「それでは一年一組の代表は織斑一夏君と言う事で!あ、一繋がりで良いですね!」
「織斑君、凄かったね!あれ、専用機でしょ?!」
「どこで貰ったの?」
「出所については機密です。でも不思議となあ、頭の中で描いたらイメージ通りに動けたんだ。上手い具合に説明出来ないけど・・・・言うなれば、『キタキタキタキターー!』みたいな感じ。後で詳しく調べなきゃいけないみたいだから、今は出来る事を死ぬ気でやるだけだ。そんじゃそんな訳で、皆よろしく!あ、後パーティー開く時はか・な・ら・ず、俺を呼ぶ様に。料理作るから。」
きゃあきゃあと女子が騒いでいると、セシリアが俯いたままで一夏の席まで寄って来た。模擬戦前の覇気は見る影もなく霧散している。余程あの敗北が堪えたのだろう。
「あの・・・・先日は本当に申し訳ありませんでした。皆さんにも不愉快な思いをさせてしまった事を改めて深くお詫びいたしますわ。」
セシリアは深々と頭を下げてクラス全員に向けて謝罪した。
「そして、昨日はどうもご馳走様でした。あのカステラは、とても美味しかったですわ。庶民的な物もやりようによっては高級食材にも勝る。勉強になりました。」
「もう良いぞ。気にしてない。家族の事で色々と事情があったのに、ずっと強くあろうとして来たんだ。人生先が長いんだ、負けもまた勉強の一環と思えば良い。」
「え・・・・何故その事を・・・?」
「おっと、喋り過ぎたな。(実は千冬姉に頼み込んで特別に見せて貰ったんだよね。ああなるのも仕方無いか、両親が二人共小さい時に一遍にいなくなったんだから。これからそれを直して行けば良いだけの話しだし)まあ、兎に角、俺はそこまで事を引き摺る様な真似はしないから、元気出せ。な?」
「はい!一つ相談というか、お願いがあるんですが・・・・」
「お願い?」
「恥ずかしながら、私は代表候補であるにもかかわらず専用機のBT適正値はあまり高くありませんし、近接戦でも不得手ですの。ですから、その、近接戦でのレクチャーを一夏さんにして頂けないかと。」
「それ位なら別に構わないぞ。」
「一夏!私との剣道の約束があるのを忘れた訳ではあるまいな?!」
「授業を始める、とっとと口を閉じろ馬鹿者ども。グラウンドに十分以内に集まれ、遅れた奴はグラウンドを十周してもらう。」
千冬が出席簿と言う名の黒い凶器を投げつけると、それは立っている生徒『だけ』の頭に当たり、ブーメランの様に戻って来た。(ちなみに一夏はドアが開くゼロコンマ一秒以内に座っていたので被害を受けずに済んだ)
グラウンドで一組は編隊を組むかの様に千冬の前に直立不動の姿勢を保っていた。
「では今から基本的な飛行をして貰う。織斑、オルコット、試しに飛んでみろ。」
「はい。」
「よしと、やりますか。」
一夏は指を鳴らし、零式を起動した。たちまち黒い装甲が形成され、体を包む。
「カッコいい〜〜!」
「フルスキンタイプなんて珍しいよね。」
「設計者によると、不必要にデカくしたら攻撃が当たる面積が増える故にこう言うデザインらしい。」
「ふん、展開時間の差はオルコットと比べて0.1秒か。まあ良いだろう。では、飛べ!」
セシリアのブルーティアーズよりも少し速く地表を離れ、一夏は空に舞い上がった。空を飛ぶ快感に、唯一露出している口元が綻ぶ。
(変身した方が速いけど、飛行自体は馴れてるからこれは楽勝だな。風が気持ち良い〜)
「一夏さん、飛行が随分とお上手ですのね。模擬戦の時もそうでしたけど、とても初心者とは思えませんわ。どこかで、グライダーでもお乗りになった事がありまして?」
「飛行機からの自由落下とか、ビルから飛び降りる様な事があったからな。」
一瞬にしてセシリアの表情が固まった。普通の人間が進んでそんな事をする筈も無いから無理も無いだろう。
「て言うのは本当だが置いといて、俺が良く見る夢をイメージして飛んでるんだ。」
「夢?」
「ああ。誰もいない青空と雲だけが存在する、俺だけの空間。そこで俺は好きなスピードで、好きな軌道を描いてどんな風にも飛べる。錐揉み回転や、イチゼロ停止、自由落下も思いのまま。それをイメージしてやってるんだ。でも途中で何時も目が覚めてしまうんだよな。」
『織斑、オルコット、もう十分だ。下りて来い。急降下で目標は地表から十センチだ。」
「ラジャー。レディーファーストだ、どうぞ。」
「それではお言葉に甘えてお先に失礼いたしますわ!」
一夏はハイパーセンサーを通して下にいる生徒達を見渡した。一夏の強化された視力も相俟って、産毛の有無も確認出来る。顔を撫でる風の感触に暫く浸った。大きく息を吸って後ろに倒れ込むと、そのまま地表に向かって落ちて行った。そう、急降下ではなく、落下である。適当な所で急ブレーキを掛けた。
「8.9センチか。まあ、荒削りだが及第点をくれてやらんでもない。では次に武装を展開しろ。まずは織斑、お前からだ。それ位はあの模擬戦で出来る様になっただろう。」
一夏はだらりと両手を下げると、粒子の光が溢れ初める。左手には逆手持ちで雪片・無限を、右手には天幻が現れた。雪片を手首の返しでヒュヒュンと軽く振り回し、天幻を突き出して構える。
「ふむ、良いだろう。オルコット、次はお前だ。」
セシリアは左手を肩の高さまで上げると、マガジンが設置され、セーフティーまで外れたスターライトmkIIIを構えていた。
「おい、セシリア、銃口が俺に向いてるからどけろ。殺す気か。」
「え?あ!申し訳ありません!」
慌てて銃口を逸らすセシリア。
「展開時間は申し分無いが、そのポーズは直せ、良いな?」
「はい・・・・」
昼休みになり、相変わらず大量の食料でテーブルを占領した一夏の隣には箒が、反対側にはセシリアが座っていた。
「い、一夏さん、物凄い健啖振りですわね。篠ノ之さん、一夏さんは何時もこれ程の量を食べてらっしゃるのですか?」
「小学六年の末期以来会っていなかった。その間これ程の量を食べていたかどうかは知らないが、少なくとも今はそうだぞ?それと、私の事は箒と名前で呼んでも構わない。」
だが箒の言葉に引っ掛かりを感じたのか、セシリアは眉根を寄せた。
「小学六年の末期・・・?箒さん、もしや一夏さんとは昔から面識があったのですか?」
「ああ、私は一夏の幼馴染みだ。」
幼馴染みと言う言葉をかなり強調する箒。
「あら、そうですの。」
だが、セシリアの反応を見てどこか安堵の表情を見せる。
「はいはーい、食事中にごめんねー。突然だけど、一組代表に着任した織斑一夏君に突撃インタビューに来ました〜〜!あ、私新聞部所属で二年の黛薫子です。これ名刺ね。」
黄色い紐ネクタイを締めた二年生がカメラやらボイスレコーダー、手帳などとマスコミ関係者が使う道具を持っている取り巻きを連れて声を上げた。
「ご丁寧にどうも。これ俺のです。」
一夏も馴れた手つきで内ポケットから自分の名刺を取り出した。
「わー、やったー!ん・・・・風都の、鳴海探偵事務所?」
「はい。一応探偵の助手やってます。暇な時に手伝ってるんで。じゃ、時間も押してるんでちゃちゃっとやっちゃいましょう。」
食器をある程度どけると、背筋を伸ばして居住まいを正し、伊達眼鏡を外した。
「で?何から聞きたいですか?多少盛りつけるのは良いですけど、捏造なんてしないで下さいね。」
「分かってるってば〜。じゃあまず、代表になった感想は?」
「最初は皆に押されて大丈夫かな〜と思ってたけど、結果オーライでしたからちょっと安心ですね。まあ、今自分に出来る事をやるだけですから。自分の
「いいねーー。修正する必要無しだよ。」
「まあ、文屋さんと話すのは馴れてるんで。(何度か事務所に来た糞ハイエナを追い払ったりする必要もあったんだがな。)」
「じゃあ次、専用機はどこで手に入れたの?基本政府の支援で貰える物なんだけど。」
「それに関しては明かすなと言われてるんで、ノーコメントでお願いします。」
「う〜ん、残念。んーとねえ・・・・じゃあ、料理は他の後輩からおいしいって聞いたんだけど、秘訣は?」
「練習と実験あるのみ、以上!」
ふむふむと薫子はメモ帳にペンを凄い勢いで走らせ、今度はセシリアに目を向けた。
「じゃあ、今度はセシリアちゃん。代表決定戦、結構凄い戦いだったみたいだけど。実際の試合の感想を一言お願い。」
「んんっ・・・そうですわね、一夏さんの動きは、とても素人とは思えない程でしたわ。飛行も多少荒いのは仕方ありませんが、とても綺麗な軌道を描いていました。相手が男であるから自分が負ける筈が無いと、つけあがって敗因を作ってしまったのは私です。文句無しの完敗ですわ。以後この様な事が起きない様に頑張りたいと思っています。」
「おお〜、いいねいいね〜。倒れても尚立ち上がるって言う気概、良い記事になりそうだよ。じゃあ、織斑君、最後にメッセージをどうぞ。」
一夏は暫く考え込み、ボイスレコーダーに向かってゆっくり、そしてハッキリとこう言った。
「俺を邪魔だと思ってる奴ら、いるのは分かってる。文句がああるならば堂々と名乗り出て掛かって来い。たとえ誰だろうと俺は絶対に負けない。それと、誰でも良いが、悩み事や、話し相手が必要なら気兼ねなく話しかけてくれれば嬉しい。プライバシーは絶対に守る。確かに俺は希少種だけども、勝手に壁を作られたら面白くない。茶菓子もまあ、出せたら出そう。」
「ワ〜オ、強気な侠気〜。そこに痺れる憧れる〜。はい、オッケーです!ありがと!名刺の事、あとで聞きに行くからね〜。」
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新たな事件が始まります。三部で完結になると思います。