照井と真倉の二人は織斑姉弟を風都から少し離れた別の都市にある自宅まで送り届けた。
「一夏・・・・本当に大丈夫なんだな?」
「うん。大丈夫だ。」
家に着くと、千冬は目尻に涙を溜めて一夏に金輪際離すものかとばかりに抱き寄せた。
「ちょ、千冬姉。痛い痛い痛い、骨軋んでる!軋んでるから!」
「うるさい。心配をかけた罰だ、暫くこのままでいろ。」
ナノマシンで体が強化されているとは言え万力宛らの強さで抱きしめられている。逃げられる筈もない。一夏も仕方なしに千冬を抱き返した。以前姉は自分の事等どうでも良いんだろうと言っていた頃の自分を殴り付けてしまいたい程に、姉の優しさと暖かさが愛おしく、心身に染み込んで行く。
「こうするのも、小学生以来かな?」
「そうだな・・・・・その時に比べると、随分お前も大きくなった。」
「・・・・・・・あ、お、俺飯の準備するからゆっくりしてて。」
羞恥心が今更芽生えたのか、何とか言い訳を作って千冬から離れた。いつも通りの日常に戻れた事に、二人は内心安堵の溜息を漏らしていた。いつも通り台所に向かい、冷蔵庫の中身を漁って使える物が無いか探し、その材料を使った献立を考え始めた。だが、同時に一夏は病院で聞いた束の言葉を反芻していた。
(いっくん、大丈夫?)
火傷で皮膚の神経細胞が死んでいる所為なのか、体が麻痺しているかの様に動かない。虚ろな目で手術室の天井を見上げてどこからか聞こえる束の声を聞く。
(今から助けてあげるね。このナノマシンなら、あっという間にいっくんの体を治してくれるから。でも、副作用もあるんだ。聞こえないかもしれないけど後でもう一回説明するから良く聞いてね。体を治す代わりに、いっくんの体はナノマシンに『改造』されちゃうんだ。力も五感も、人間以上の『化け物』になっちゃう。でも、ちーちゃんの事も、勿論いっくんの事も好きだから、助けてあげる。これしか今すぐいっくんを助ける方法は無い。それでもやる?)
一夏は痛みのショックもある為、朦朧とした意識の中を彷徨っているので何を言われたのか完璧には聞き取れなかった。だが、無意識的か否かは兎も角、一夏は天井に向かって手を伸ばした。束は、その伸ばされた手を肯定と見なし、空気中に細菌サイズのナノマシンを散布した。皮膚から、粘膜から、ナノマシンが体内に流れ込んで行く。見る見る内に皮膚、内蔵、毛髪、神経全てが瞬く間に回復して行った。朦朧とした意識が完全に覚醒した一夏は、苦痛に顔を歪ませた。
「生きてる・・・・俺、生きてる・・・!!」
「一夏、鍋が吹いてるぞ。」
「え?うわ、やべえ!」
一夏は束とのやり取りを振り返っているうちにすっかり自分が料理中だったと言う事を失念していた。コンロにかかった鍋から沸騰した水が溢れそうになっている。鍋をどけ、弱火に調整すると、再び調理を再開した。
「千冬姉。」
「どうした?」
「素朴な疑問なんだけど、束さんは、何でISを作ったの?高校からの知り合いなんでしょ?何か聞いてない?」
「・・・・・さあな。あの馬鹿とは長い付き合いだが、私でも時々あいつの考えている事が分からなくなる。今回もそうだ。だが、お前には随分と住み難い世界に作り替えてしまった。」
「元々世界ってのは住み難く出来てるもんだと俺は思うけど?やな事なんて増殖する黴菌並みに沢山あるしさ。それにISを作った束さん、最初に使った千冬姉が全部悪いって訳じゃないし。だから、あんまり気に病むなって。」
「そうか・・・・すまないな。お前には世話になりっぱなしで。」
「お互い様。ほら、出来たから座って。」
「うーむ・・・・・」
「どうだフィリップ?」
場所は変わって探偵事務所の方では、フィリップが未だに千冬と束、そしてISの事を『地球の本棚』で検索していた。
「絞れたは良いが・・・・情報量が膨大過ぎる。」
本棚に乗っていたのはフィリップが今まで検索したどの本よりも大きかった。両手で持ち上げるのがやっとのサイズなのだ。
「全部読み切るのにかなり時間が掛かると思うよ、翔太郎。」
「重要な部分だけで良い。女しかISを使えないって事も、その所為でこの世界が変わっちまった事も、基本的な事は分かってる。」
「分かった。まず、白騎士事件。これがISを世界進出させる事となったきっかけだ。世界中の政府のコンピューターをハックし、それによって日本に向かって放たれた数千発のミサイルを一機のISが撃破した。このマッチポンプ事件の首謀者と共犯は篠ノ之束、そして織斑千冬に他ならない。目的は只一つ、売名だ。」
「何?!いや・・・・あんなふざけた格好で何考えてるか分からない様な奴だ。そうだと言われたら驚こうにも驚けないな。」
フィリップはページを捲り、更に続ける。
「次に、第一回モンドグロッソで、織斑千冬は日本の国家代表となって総合優勝を飾る。まあ、当然と言えば当然だろうね、ISの生みの親が懇意な間柄だ。チートと言っても良い程のハンデだよ。」
「なるほどな。家出の理由も納得がいく。第二回もそろそろだっけか。」
「だね。」
翔太郎はコーヒーの残りを飲み干した。フィリップはその間ページを捲りながら情報を更に収集、吸収して行く。
「さて、次はISの事だが・・・・どうやらISをISたらしめているのは、コアと言う物の存在のお陰らしい。」
「コア?」
「篠ノ之束が作ったISの心臓さ。今世界中にあるのは合計467個。そしてその情報は世界各国には一片たりとも開示されていないし、誰も出来ていない。完全なブラックボックスだ。それ故彼女しか作る事が出来ない。」
「なるほど。世界がIS性能の競い合いをしてるのか・・・・ブラックボックスの解除に成功したと仮定すると、とんでもない事になるぜ。」
「確かに。コアの譲渡、兵器転用、そして軍事利用を禁じるアラスカ条約と言う物があるが、急造された条約なんて物が遵守されるとは思えない。特に、軍を持っている国に関してはね。核や戦闘機、その他の物は未だに残っている。」
「ああ。にしても、嫌な世の中になったな、フィリップよお。お陰で胸糞悪い依頼が殆どだぜ。最近の奴らも女に恨みがあるか、男に恨みがあるか、怨恨や私怨ばっかだ。」
翔太郎はソファーに深く座り込んで溜め息を付くと、受け皿からコーヒーカップを取って一口啜った。
「だが、ISの目的は別にある。政府連中が勝手に兵器転用して本来の目的から逸れてしまっただけだ。偏に篠ノ之束と織斑千冬両名に全ての非があるとは言えない。」
翔太郎はそれを聞いて目を細めた。初対面とは言え、あそこまで異色な性格を持つ人物に会ってしまっては彼女の真意の信憑性は確かに疑ってしまうだろう。
「別の目的?」
「ああ。宇宙進出だ。ISに搭載されているハイパーセンサーは何光年先も離れている物を目視する為に出来た。ハイパーセンサーで全方位が見えるのも、宇宙空間で迷わない様にする為だろうね。絶対防御も、操縦者を守る為の設計だろう。」
「成る程・・・・その説もあり、か。けど、天才の考えなんて俺にゃ分からねえな。何だって世界を巻き込む必要があるんだか・・・」
今度は寝転ぶと、帽子を顔の上に乗っけた。『本棚』から出たフィリップはその帽子を取って壁のフックにかける。
「天才と言う生き物は、善くも悪くも色んな意味で常軌を逸している。天才に取っては常識でも凡才に取っては非常識、もしくはその逆もあり得る。同じ人間でも、理解し合うと言うのは想像以上にに難しい事だ。当然、天才に限らず、凡才同士もね。さてと、検索は一時終了だ。僕は、まだやる事がある。」
「やる事?」
「うん。断片的な物だが、父さんや母さん、それに姉さん達がミュージアムにいた頃の純正メモリのデータとロストドライバーの設計図が残っていた。実物も、翔太郎が持ってるしね。」
「ロストドライバー・・・・?お前まさか」
「その、まさかだよ。君としてはまだ早いと言うかもしれないが、あの純粋な心を持っているからこそ、彼は色んな物に触れて、学ばなければならない。人間とは清濁両方を知って、初めて成長する。」
だが、やはり翔太郎は不安の色を表情から払拭出来ない。いつまで経っても肯定所か、否定の言葉すら上げない相棒に業を煮やしたのか、フィリップは翔太郎の両肩を掴み、最終兵器を出した。
「彼は君と僕の、そして照井竜の・・・・・仮面ライダーの弟子だよ、翔太郎?君の師匠にして僕の恩人である鳴海荘吉の様に、弟子の力を信じるのもまた師匠の勤めじゃないのかい?」
フィリップの言葉に翔太郎の目に決意の光が宿った。
「よし、分かった。お前がそこまであいつの事を買ってるんだ。俺が信じてやらなきゃ、お前を命張って連れ出したおやっさんに殴られちまう。相棒のお前が一夏を信じるなら、あいつを信じるお前を信じてやる。何をする気かはおおよそ見当がつくけどな。」
「翔太郎のロストドライバーがあるからそっちに問題は無いが、問題はメモリだ。僕にはサイクロンメモリ、翔太郎にはジョーカーメモリと言う風に、織斑一夏にも突出して高い適合率を持つメモリが存在する筈だ。T2メモリは大道克己率いるNEVERと共に全て消滅したけど、僕達のメモリをベースにすれば・・・・・母さんみたいにとは行かないだろうけど、やる価値は有る。」
「そうか・・・・んじゃ、俺は照井の所に行って来る。流石に一夏も丸腰じゃ心苦しいだろうしな、俺達みたく馴れてる訳じゃないし。」
そう言って翔太郎はドアに掛かった帽子のうちの一つを取ると事務所から出て行った。フィリップは自分達がWに変身した時に使うマシン、ハードボイルダーの遠ざかって行くエンジン音を背に、リボルギャリーが格納されている部屋に降りて行った。
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ナノマシンを注入された一夏は・・・