No.632246

機動戦士インフィニットOODESTINY プロローグ

OOやめてこっちにします

2013-10-29 13:17:23 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3050   閲覧ユーザー数:2907

漆黒の宙に雲母の欠片を落としたように、光るものが一片、きらりと太陽光を反射した。宇宙空間を舞うそれは、青と白を貴重とした人の姿をした機体だ。頭部のV字アンテナや右腕に装備されている折り畳み式のブレードから見て機体はモビルスーツだろう。

そのコクピットの中で、パイロットの少年はシートに体を預け、軽く操縦桿を握っている。彼の目が静かにモニターの計器を追っていった。GNドライヴ異常なし。GN粒子の散布状態良好。他の装備・機関・駆動系に関しても問題を示す表示はない。

瞳の先には白銀に輝く砂時計の形をした巨大な構造物が近づく。世界初の宇宙コロニー《エデン》だ。初めて宇宙に出たときは、対象物との距離感が掴めなくて戸惑ったものだった。大気のない宇宙空間では離れたものもあまりにはっきり見え、巨大なコロニーもまるで目の前に置かれた模型であるかのように映る。彼らゆったりと回転する人工の大地を回り込んだ。

途端に、えもいわれぬ青色が視界に入る。地球━━━母なる青い惑星。その美しい姿を見る度、息苦しいような苦痛と郷愁が少年の胸を締め付ける。その目が無意識に一つの大陸を求めた。

日本。それが彼、織斑一夏がコーディネイターとして生まれ、育った国の名だ。海に囲まれたその国は、かつての大事件のおり、コーディネイターたちにとって地上に残された最後の楽園だった。

そうなったのも、六年前に起きたあの大事件のせいだった。一夏の耳には今でも染みついている。飛来するミサイルが宙を引き裂くかん高い音、遠くから腹の底に響くような爆音、鳴り止まないサイレン━━

「急げ、一夏!」

 

「十秋、がんばってぇっ!」

 

「楓ちゃんも早くっ!」

 

やや息を切らせた父の声と、うわずった母の声。

それらをかき消す轟音と共に、人型の兵器が飛来する。上空に舞い降りたのは死の騎士を思わせる、白く輝く甲冑を身に纏った騎士だった。それはすさまじいスピードで飛び回り、浴びせられるミサイルを次々と切り落としていく。一夏は一瞬、その時に起きた爆発と共に現れた光に目を灼かれる。

彼らは避難のために港を目指していた。一夏たち一家と近所に住む楓が住んでいる海鳴市は、日本の軍需企業《モルゲンレーテ》や地球連邦軍軍施設などが集中している。そこに日本へ攻撃可能な各国のミサイル二三四一発。それが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り━━発射された。

無数のミサイルと人型の兵器が飛び交う空には、すでに幾筋もの黒煙が立ち上っている。林を抜ける道を走り続ける一夏の目に、木々を透かして港が見えた。港には脱出用の艦艇が横付けされ、軍の人間が避難民を誘導している。あと少しだ━━一夏は安堵しかける。

今にも泣き出しそうな顔で、母に手を引かれ、走っていた幼馴染みの楓が、その時不意に声を上げて立ち止まり掛けた。

 

「あっ!私の携帯電話っ!」

 

バッグからピンク色の携帯電話が飛び出し、道をそれて斜面を転がり落ちていく。

 

「そんなのはいいからっ!」

 

拾いに行こうとする楓を、母が引き戻した。だが楓はなおも思い切れずに、斜面の下方を目で追う。ねだってやっと買って貰った携帯電話を、幼馴染みの彼女はとても気に入っていた。ミサイルが降り出してその使用が殆ど不可能になってからも、片時だって手放そうとしないほどに。それを知っていた一夏は、転がり落ちる携帯電話を追って斜面を駆け降りた。自分なら身軽だし、拾ってすぐに追い付けると思ったからだ。

ピンクの携帯電話は木の根に当たって止まった。一夏が腰を屈め、それを拾い上げた瞬間、耳を聾する轟音が全身を殴りつけた。世界が回った。

気付いたとき、一夏は斜面の一番下まで転がり落ち、港そばのアスファルトに叩きつけられていた。その隣にはついて来ていたのか、十秋の姿もあった。

一夏は唖然として周囲を見回した。まるで背景がすり替えられた舞台のように、辺りは一瞬にして様相が変わっていた。斜面は大きく抉られて赤茶けた土が露出し、木々は倒れ、あるものは炭化してぶすぶすと煙を上げている。それがミサイルの直撃によるものだと、その時の一夏には理解できなかった。当惑しながら起きあがった彼らに、避難民の誘導に当たっていた軍人が駆け寄り、気遣わしげに声をかけてくる。だが爆発の衝撃をまともに食らった耳には、その声も真綿を噛ませたようにぼんやりとしか届かない。呆然としていた一夏は、軍人に肩を抱えられ、その場から引き離れそうになって初めて我に返った。

 

楓は……両親は!?

 

一夏はその時になって、自分が目にしているものの意味に気付いた。さっきまで彼と家族に幼馴染みが懸命に辿っていた道路は、ミサイルにより大きく切り取られ、庇のように突き出したアスファルトの舌から今もパラパラと土砂が崩れ落ちている。木々がなぎ倒され、大木か抉られた穴の中心━━そこがついさっきまで一夏自身のいた場所だった。爆発の衝撃で、道から離れていた一夏と十秋だけが、斜面の下まで吹き飛ばされたのだ。

全身の血が一気に冷たくなったように感じた。一夏は軍人の手を払い、よろよろと駆け出す。

 

「父さん!?……母さん!?……楓は!?」

 

穴の周囲に動くものの影はない。一夏は積み重なった土砂の向こうに、力無く投げ出された手を見つけて声を上げる。

 

「楓っ!」

 

密かに想いを寄せている幼馴染みの姿を求めて駆け寄った一夏は、しかしそこで凝然と立ち尽くす。見覚えのある服の袖口から、小さな手が覗いている。だが、それだけ(・・・・)だ。

幼馴染みの体に続くはずの腕は中途で断ち切られ、その先にはなにもない。

一夏はぎくしゃくと視線を前に向ける。すると、抉られた大地のあちこちに、掘り返された土塊の一部のように転がるものが目に入った。無造作に地に投げ出された塊━━焼け焦げた衣服の残骸をまとわりつかせ、ねじくれた形で横たわるそれらが、両親や幼馴染みの変わり果てた姿だった。ついさっきまで自分に触れ、話し、動いていた者たちが、一瞬にして物言わぬ塊と化していた。一夏は痺れたように小さな手のかたわらに座り込む。

まるで自分に向けてさしのべられたような手に、彼は震えながら手を伸ばしかける。そこで、自分がまだ、ピンクの携帯電話を固く握り締めていた事に気付いた。喉元に何かが込み上げる。悲しみ、恨み、憤り━━そんな言葉では言い尽くせないほどの激情。それは彼のちっぽけな体を内側から食い破りそうに大きかった。彼は天を仰いで獣のように吠えた。

上空を飛び交う死の騎士が、その赤い瞳に焼き付けられる。圧倒的な力を前に、僅か十歳の一夏はあまりに無力だった━━。

青く輝く惑星を見つめ、苦い思いに身を浸していた一夏は、スピーカーから入ってきた声で我に返った。

 

『━━お兄ちゃん。そろそろ時間だよ。帰投して』

 

「わかった」

 

一夏はすばやく気持ちを切り替え、機首を巡らして《エデン》へ向けた。まるで体の一部であるかのように、思いのまま動く機体に、彼は密かな満足をおぼえる。

 

━━俺は力を手に入れた。

 

目の前で家族と想い人を殺されるまま、何も出来ずにただ座り込んでいた十歳の子供。

あれから六年━━今の自分はあの無力な少年ではない。

次回はIS学園入学前日。

まあ次に書くのはSEEDですがね


 
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