No.610071

『出会えたことはとっても嬉しいなって』

資源三世さん

魔法少女まどか☆マギカ 二次創作。作者HPより転載

2013-08-18 20:55:55 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:386   閲覧ユーザー数:386

 夕焼けの赤に染まる大通りの裏、改装もされていないボロボロの店が立ち並ぶ中にその店はあった。裏通りの退廃的な中にあって、その中でも特に異様な雰囲気を醸し出す、古い人形が所狭しと並べられた店。いや雑多に多種多様な人形が並ぶ様は、店というよりテレビで見た人形寺というのに近い雰囲気だ。

 

 まどかはその店の前で、入るべきか入らざるべきか迷っていた。

 

 別にこんな店に用などない。なら、なぜ入ろうとしているかと言えば、この店に転校生の暁美ほむらが入ってゆくのを見かけたからだ。それはちょっとした好奇心であり、暁美ほむら自身への興味でもあった。始めて出会ったときから、彼女には何か惹かれるものがあったのだ。

 

 それで後をつけて店内に入ろうとしたのだが、いかんせん店の様子があまりに薄気味悪かった。一人で入るには少し勇気が必要だった。思えば、ほむらも店の中に入るときは、金髪ロール髪の少女と合流して二人で店の中へと入っていた。

 

「やっぱり、やめようかな……」

 

 そもそも、ほむらが気になるといっても、それはまどかだけのことである。ほむらが自分をどう思っているかなんてわからないのだ。何か接点を持ちたいと着いてきたが、それが実を結ぶかどうかなんてわからない。

 

 でも、それでも…… そう勇気を振り絞り、まどかは思い切って店の中へ足を踏み入れる。

 

 店の中に入って最初に目に飛び込んできたのは、まるで店内に入った人間を鑑賞でもするかのように一斉に入り口へ目を向ける人形の山だった。

 

「うわっ……!」

 

 薄暗い店内と古びた人形の組み合わせは、この上なく不気味さを駆り立てた。それ以上に人形たちに眼を向けられる圧迫感には息がつまりそうになる。なんとも言いがたい居場所のなさに、こんな中ではほむらを探すどころか、これ以上踏み込むのも躊躇われる。

 

 堪らずまどかは入ってきた扉を開く…… と、扉の先に広がるのは入り口と同じ光景だった。

 

「え?」

 

 店内から外に出たはずなのに、まどかはまだ店内にいた。扉の先は外ではなく、店の中に繋がっていた。不快な店内の様子も相まって、まどかはとにかく目に付く扉を開け放っては、その中にとびこんでいった。だが、結果はどれも店内に戻るだけだ。

 

 何が起きているのか、まるで理解できなかった。不可思議な世界に閉じ込められたというのか? 迷子になって不安になった子供の頃と今の自分が重なりあうのを思いながら、まどかはその場に座り込む。

 

 目に付くのは人形ばかり。和洋どころか、大きさも種類も何も統一されていない。まさに人形寺といった感じか。唯一、共通することと言えば人形にはどれも鎖が付けられていることか。赤黒い錆に腐食され、もう使い物にならなそうな鎖だ。それがまた薄気味悪さを感じさせる。

 

???「その鎖にはあまり近づかないほうがいい」

 

「え?」

 

 声をかけられ驚いて振り向けば、そこには誰もいない。あるのはやはり人形と、最初は気付かなかったが一つだけ白い生き物のぬいぐるみもあった。

 

「え? あの、えと……」

 

 まどかは声の主を探して周囲を見渡すが、やはりそれらしき人影は見当たらない。

 

???「ごめん、ごめん。驚かせちゃったかな?」

 

 声の主はそう言って、まどかの足元へとやってくる。それはさきほどの白いぬいぐるみであった。

 

「え? ぬ、ぬいぐるみが喋った?!」

 

「ぬいぐるみじゃないよ、僕の名前はQB。まさか、君から魔女の結界に踏み込んでくるなんて思わなかったよ」

 

「QB? 魔女の結界……?」

 

「そう、ここは世界に呪いを撒く魔女の領域、結界の中だ。普通、この中に入り込んだ人間は二度と出ることはできない。けど、運が良かったね。今日は丁度、二人の魔法少女がここにいるんだから」

 

「魔法少女? な、何なの? さっきから何を言ってるかわからないよ?」

 

「それもそうだね、急に言われてもわからないよね。なら僕と契約してよ。そうしたら分かるように説明するから」

 

「え、ちょっ! な、なんか急に悪徳商法みたいになったよ?」

 

???「女の子にそんな態度とってると嫌われちゃうわよ?」

 

 QBとは別の声。振り向けば、そこには金髪にロール髪の少女がいた。入り口で見た、ほむらと一緒にいた少女だろう。あのときは制服だったが、今はもっと華やかな西洋風の狩り服のようなものに着替えていた。

 

「えっと…… あなたは?」

 

「私は巴マミ。魔女を狩る者、魔法少女よ」

 

「あなたが…… 魔法少女? えっと……」

 

「ふふっ、急に変なことに巻き込まれてしまって混乱してるみたいね。大丈夫よ、私と友達になってくれたら、ちゃんと助けてあげるから」

 

「あれ? なんか、この人も悪徳商法みたいだよ?」

 

「マミ、君って人は……」

 

 QBと同じようなことをしたのに、何故か一斉に非難の目が向けられる。まどかとQBだけのはずなのに、人形たちの視線までも自分を非難しているように感じた。

 

「え? や、やあねぇ、ほ、ほほんのじょじょじょ冗談じゃないの! も、もうノリが悪いんだから!」

 

「思い切り動揺してませんか?」

 

「えっとね、まずは何から話したらいいかしら」

 

「そして、何事もなかったみたいに解説始めた!」

 

「あまり気にしないでいいよ。まず、この空間は魔女の結界の中というのは分かって貰えたかな?」

 

「う、うん……。魔女っていうのが、呪いを振りまくものでしょ?」

 

「普通、この空間に閉じ込められたら、魔女に魂を奪われて二度と元の世界に戻ることはないんだ。だけど、今、この場所には魔女を狩る者達がいる」

 

「魔女を狩る…… それが魔法少女?」

 

「そうよ。私ともう一人…… 今はちょっと奥を調べているけどね。それにQBが見えるってことは、あなたも魔法少女になる資格があるみたいね」

 

「資格? わ、私に?!」

 

「そうとも、鹿目まどか。実はずっと前から君には目をつけていたんだ。君は物凄い力を秘めているからね」

 

「私が……? なんか、まだ魔法少女とかピンとこないけど、そう言ってもらえるとなんか嬉しいかな」

 

 なんであれ、まどかは自分に凄いところがあると言われたのは嬉しかったようだ。頬を染め、照れ笑いを浮かべる。

 

「でも、なんでこんなところに? 結界の入り口があったのは裏通りの男子トイレだったはずよ? ……ま、まさか、あなた!」

 

「え? ち、違います! わ、私が見たのはお人形屋さんだったし!」

 

「あら、そうだったかしら?」

 

「男子トイレだったのは昨日のことだよ。あのときは結界へ向かう為とはいえど、あんなところには入りたくないってことで清掃中の看板を置いて取りやめたじゃないか」

 

「そういえばそうだったわね」

 

 割と魔法少女というのもいい加減なようだ。呆れるまどかはそのままに、QBは淡々と話を続けた。

 

「一昨日はアダルトショップだったね。とてもじゃないが入れないと言って、『倒産しました』って張り紙をつけてとりやめたじゃないか」

 

「そんなこともあったわね」

 

「き、気持ちは分かりますが、勝手に潰すのはどうかと……」

 

「その前はヤクザの事務所。そのときは、こんなところは潰れたほうがいいって見捨てたじゃないか」

 

「そうだったかしら?」

 

「さりげなく怖いことしてませんか?!」

 

 相手はヤクザとはいえ、さすがに実害を出しては問題あるのではないか? それで思わず声を荒げるまどかだったが、すかさず「問題ないわ」とクールな声が割って入る。声の主は部屋の奥からやってきたほむらだ。

 

「え? ……ほ、ほむらちゃん?」

 

「空っぽになった事務所から、ちゃんと武器は持ち出しておいたから。思ったより品揃えがよくて助かったわ」

 

「だから、なんで怖いことをさらりと言ってるの?!」

 

「そんなことより、鹿目まどか。なんであなたがこんなところにいるの?」

 

「えー…… 今のさらりと流しちゃうの?」

 

「まどかは魔法少女になりたくて、自らこんなところに飛び込んできたんだ」

 

「ち、違うよ! 自分に都合のいいように解釈しないでよ!」

 

「そうよ、QB。鹿目さんは私と友達になるイベントを発生させにきたのよ。そうよね、鹿目さん」

 

「マミさんもQBと同じじゃないですか! そもそもイベントってなんですか? わ、私はただ…… ほむらちゃんを見かけて、つい後を着いてきたら、この魔女の結界? に閉じ込められちゃって……」

 

 まどかは自分のしたことをなんとなく自信なさ気に話す。勝手についてきたことをほむらが怒るのではないか、そう思ったからだ。

 

「そういうのを運命というんだよ。さあ、運命に従って僕と契約だ」

 

「暁美さんだけでなく、鹿目さんも魔法少女の仲間になるのね? 嬉しいわ! 私、もう何も怖くない!」

 

「ま、待ってくださいよ! わ、私、まだ魔法少女とかよくわからないし…… でも、やっぱりこんな偶然…… 運命なのかな?」

 

「運命なんてないわ」

 

「え?」

 

 なんだかよくわからないまま、QBとマミの勢いに乗せられて、まどかはぽつりと呟いた言葉を、ほむらは苛立たしく否定してしまう。

 

「この世界に運命も偶然もない。あるのは幾重にも折り重なった原因と結果だけ。私達は運命なんてものに縛られてなんかいない」

 

「ほむらちゃん?」

 

「何を言ってるんだい、暁美ほむら。そんな当たり前のこと分かってるよ。でも、運命とかそういう解釈にしておけば、意外とすんなり契約してもらえるんだ」

 

「QB、本音が怖いよ?!」

 

「なるほど、運命とかいう言葉を使えば、友達も作り易いのね」

 

「マミさんも何を信じちゃってるんですか?!」

 

「……まどか、あなたは魔法少女になんてなるべきじゃない。魔法少女になった者の結末なんてロクなものじゃないわ」

 

「ほ、ほむらちゃん……」

 

 まどかをひどく突き放すような言動を繰り返すほむら。それが自分を思っての言葉だというのは、まどかもなんとなく感じ取れはした。けれど、その冷たい物言いは、やはり自分が嫌われているんじゃないかという不安も強く感じるのだった。

 

 不穏な空気を察したマミは、とにかく何かフォローしようと慌てて話題を持ちかける。

 

「え、えーと…… そうだ、鹿目さんは暁美さんを追ってきたのよね? 何か、暁美さんに用事があったのかしら?」

 

「え、えっと、その…… なんていうのかな、ほむらちゃんのこと、ずっと気になってて……。と、友達になりたいって、そう思ってたの。それで……」

 

「……え? と、友達ってそうやってなれるものなの? ランダムでイベントが発生して、それをクリアしないとなれないんじゃないの? 私の場合、そのイベント自体が発生したことないけど……」

 

「マミ、君は友達を何だと思ってるんだい……?」

 

 違う意味で驚くマミはともかくとして、まどかに友達になってほしいと言われたほむらは、頬を染めて横を向いてしまう。

 

「だ、だからって、こんな危ない場所に来ちゃ…… ダ、ダメじゃない……。ま、まどかは魔法少女じゃないんだから……。こ、今回は私が守ってあげられるからいいけど…… あまり心配させないで……」

 

 言葉の始めこそ強く言おうとするが、結局、最後は尻つぼみになってしまう。顔も紅潮しているのが見え隠れする。クールにあしらわれるかと思っていたまどかだったが、予想外に好意的に印象が返ってきて、思わず顔が綻んでしまう。

 

「う、うん! 心配してくれてありがとう、ほむらちゃん!」

 

「暁美さん、私の前ではそんな可愛いところなんて見せたことないのに……! ま、まさか、QB、私と暁美さんって、まだ友達になってなかったのかしら?」

 

「魔法少女の仲間だけど、友達と見てないと思うよ。ちなみに僕もマミと友達ってわけじゃないからね。営業と契約者みたいなものだから、勘違いしないでね」

 

「も、もう、QBってば、そんなツンデレな発言して……」

 

「マミはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする。わけがわからないよ」

 

「と、とにかく!」

 

 ほむらは照れ隠しか、わざと大きな声をだして扉に手をかける。

 

「こんな危ない場所にまどかを置いておくわけにはいかないわ。魔女を倒して、帰りましょう」

 

「ほむらちゃん、頑張って!」

 

「そうね。鹿目さんはもちろん、私も友達の作り方を早く実践したいものね」

 

「マミ、それは諦め…… いや、何でもないよ」

 

 ほむらはまどかに頷いてみせると、扉を開こうとする…… と、扉は勝手に勢い良く開いてしまう。それを見たほむらとマミの緊張感が跳ね上がる。

 

「魔女に気付かれたみたいね」

 

 扉は勝手に開くと、ほむら達へ向かって高速に流れる。景色そのものが流れるように移り変わってゆき、最後に薄暗いホールへとたどり着く。

 

「本体のお出ましよ」

 

 二十畳はあるかというホールには陽の光などはまるでなく、薄暗い白熱灯が部屋の壁に等間隔に並べられているだけでとても薄暗い。特に中心部は目が慣れるまでは、ほとんど暗闇にしか見えなかった。

 

 部屋の壁には、やはり鎖に繋がれた人形がぎっしりと並べられている。西洋人形、日本人形、マネキン人形、玩具の人形から人体模型までもある。その視線はやはり侵入者であるマミ達に集まっているような圧迫感があった。

 

 嫌な人形たちから視線を外し、目を凝らして部屋の中心を見れば、入り口に背を向けるように椅子が置いてあるのが分かる。その椅子に人形たちを捕えていた腐食した鎖が集まっているようだ。

 

「暁美さん、鹿目さんとQBをお願いね」

 

 ほむらは一歩下がって、まどかの前で結界を張る。マミをそれを確認してから、自分は前へ進んで、椅子へ向けてマスケット銃を構える。

 

「お客が来てるのに顔も向けるつもりがないなんて、少し失礼じゃないかしら?」

 

 挑発ついでに幾つものマスケット銃を召喚する。これでいつでも撃ち抜けるという脅しになったろう。けれど、魔女は沈黙を続けるだけだ。

 

「何の反応もないけど…… あれが魔女……なの?」

 

「間違いないわ。魔力の中心は確かにあの椅子に座っているもの」

 

「反応する気がないなら、そのまま終わらせてあげる!」

 

 マミはマスケット銃を構えると、単発式の銃を次々と持ち替えて左右交互に間髪入れずに撃ち続ける。撃たれる度に椅子は弾け、少しずつ前へ前へと追いやられてゆく。

 

 九発、十発といったところで椅子が吹き飛び、ついに魔女が姿を現す。

 

「やっとその気になった?」

 

 四方八方に伸びる鎖が勢い良く伸びて、蜘蛛の巣のように部屋中を巡る。その中心にだらりと逆さまに吊るされた子供ほどの大きさのあるのっぺらぼうの木偶人形、それが魔女の本体だ。

 

 一見すると、鎖にがんじがらめに囚われているようにも見えるが、鎖はどれも魔女の体から伸びている。そして、マミに撃ちぬかれた部分から垣間見える体の中もまた、まるで生き物のように鎖が蠢いていた。

 

「鎖の魔女……。鎖は自らを囚えながら、しかし魔女は鎖がなくては動くこともできない。今は鎖の意味も忘れて、ただ繋がるものを探し続けている。これはまた一筋縄ではいかないのが来たね。気をつけて、あの魔女の鎖はかなり純粋な魔力の結晶だ。肉体にダメージは与えられないが、触れるだけでも君たちの魔力を奪ってしまうからね」

 

「鎖がなんであれ、あの人形が本体なんでしょう? まともに身動きも取れないのが相手なら、私とは相性がいいわ!」

 

 魔女を前にして、マミは更にマスケット銃をだす。連続発射で一気に決着をつけるつもりだ。動けない相手にマミの火力なら、すぐに決着がつくだろう。だが、魔女もそのまま手をこまねいているわけもない。

 

 カタッ、カタタッ…… 小さな音を幾つもたてながら、それらは動き出す。その数は二十、三十…… いや、それ以上だ。それらが一斉にマミへと襲いかかる。

 

「ほ、ほむらちゃん! に、人形が!」

 

「結界の中から出ないで。あいつらは私がやるわ」

 

 ほむらはアサルトライフルを取り出し、マミの横に立って人形たちを掃射する。大抵の使い魔なら、これで片付けられる。実際、ほむらの掃射で人形たちはことごとく吹き飛んでいった。だが……

 

 カタッ…… カタカタッ…… 人形たちは崩れた体を震わせながら、マミとほむらへと向かってくる。その襲撃に紛れて魔女も自らの身体から鎖をうちだし、容赦ない攻撃を続ける。

 

「嘘でしょ?! 使い魔がこんなに丈夫なわけない!」

 

「くっ! 粉々にするか、せめて手と足を壊さない限り、しつこく向かってくる」

 

 マミとほむら、二人の銃撃で使い魔達を牽制し、魔女の鎖を打ち払う。だが、じわじわと魔女に追い込まれているのは後ろから見ているまどかにもわかった。緊張が目に見えて強くなる。

 

「きゃっ!」

 

「しまっ!」

 

 不意に二人がバランスを崩してしまう。足元を見れば、半身を砕かれたマネキンや、頭のない小さな人形たちが二人の足を掴んでいた。そうして攻撃の手が緩んだところへ、残った人形が一斉にマミへと襲いかかる。

 

「あつっ…… ちょ、ちょっと!」

 

「くっ!」

 

 ほむらはアサルトライフルを向けるも、マミを巻き込んでしまう危険性が高く、撃つことができない。あとは次々と襲いかかる小さな人形達はマミが自力でなんとかするしかない。

 

 その隙を見逃すほど、魔女は甘くなかった。魔女は体を震わせると、今までより大きな腐食した鎖を体から吐き出す。狙いは身動きの取れないマミ。

 

「マミさん、危ない!」

 

「この!」

 

 ほむらはそれを阻止しようと魔女本体へ銃を撃ち、牽制する。だが魔女はその攻撃で傷を負うのも気にせず、ひたすらにマミへ向けて鎖を打ち出し続ける。

 

「しまっ!!」

 

「マミさん!」

 

「巴マミ!」

 

 腐敗した鎖は身動きの取れないマミの胸を容赦なく貫く。まどかはその光景を前に思わず両手で自分の目を塞ぐ。

 

「あ…… うぁっ!」

 

 マミの体は一度、大きく痙攣すると、そのまま力なく手足を垂らしてしまう。二人の背筋に冷水をかけられたような冷たさが突き抜ける。

 

「巴マミ!」

 

「マミさん!」

 

「……大丈夫、あれに物理的なダメージはない。魔女が力の全てを吸い尽くすまでマミは生きているよ」

 

 特に取り乱すまどかにQBは、とても冷静にマミの無事を告げる。それで一先ずパニックは収まったものの、まどかは信じがたいという様子で「ほ、本当に?」と繰り返す。

 

「本当だとも。よく見てご覧よ、鎖に貫かれたのに血も出ていないだろう? 服も破けていないし、呼吸も乱れてない。物理的なダメージを与えていない証拠だ」

 

「よ、よかったぁ……」

 

「とはいえ、厄介なことになったのは間違いないよ。吸収した魔力はそのまま魔女の力に変えられてしまうからね」

 

「そう…… みたいね」

 

 QBのいう厄介なことはすぐに表れた。ほむらが先ほど魔女を撃ちぬいたときに出来た銃創が瞬く間に修復されてゆくのだ。

 

「さっき、捨て身で巴マミを襲ったのは、それでも得るに値する力があったから…… そういうことね」

 

「気をつけて。マミと繋がって力を得た今の魔女を相手に小さなダメージを与えてもすぐに回復されてしまうよ。それどころか、回復に力を使うほどマミの魔力も消耗されてしまうだろう」

 

「巴マミと魔女が繋がる鎖を断ち切ることは出来ないの?」

 

「言ったろう、この鎖は物理的なものじゃないって。より純粋な魔力の弾丸を撃てるマミならまだしも、銃器に魔力を乗せるタイプの君では鎖を破壊するより魔女が回復するほうが早い。やるなら、本体を瞬間的に破壊するしかないよ」

 

「本体を直接ね……」

 

 方向性は見えたとしても、問題はどうやって魔女を破壊するかだ。足元には使い魔の人形たちがまとわりついている。これでは時間停止を行って魔女の動きを止めても、ほむらに触れている使い魔の時間までは止められない。

 

 考えている暇もあまりなさそうだ。魔女は大きく身震いしたかと思えば、腐敗した鎖を四方八方に撃ち出す。

 

「きゃあっ!」

 

「動かないで! どれも私たちを捉えてないわ」

 

「う、うん……!」

 

 まどかは頭を手で覆い隠し、その場にしゃがみ込む。その脇を腐敗した鎖が高速で通りすぎてゆく。言ったことを信じてくれたおかげで、まどかは鎖に捕らえられずに済んだ。ほむらはひとまず胸をなで下ろす。

 

 マミの魔力を制御しきれていないのか、鎖は数こそ多いがどれも見当違いの方向を貫いていった。だが、それもいつまでも続くわけがない。魔力を制御される前に決着をつけなければならない。

 

「……QB!」

 

 ほむらは苦々しく思いながらも、QBに爆弾を投げ渡す。QBはとりあえず、それを受け取る。

 

「これは?」

 

「それを魔女の元まで運んで。サポートは私がする!」

 

 QBの返答を聞くこともなく、ほむらは機関銃で魔女の周囲にいる使い魔の人形たちを撃ち落としてゆく。

 

「仕方ないなあ。間違っても僕ごと爆破しないでよ?」

 

「私は嘘をつきたくないし、出来もしない約束もしたくない。だから諦めて」

 

「なんで諦めるの前提なのさ? わけがわからないよ」

 

 そういいつつも選択肢がないのは分かっているらしい。ほむらに銃口を向けられたQBは爆弾を咥え、ほむらの作った道を疾走する。

 

「頑張って、QB!」

 

 使い魔達は奇怪な動きでQBへと迫る。だが、QBの元へとたどり着くより早く、ほむらの銃撃が使い魔達を吹き飛ばしていった。QBもまた張り巡らされた鎖の死角へ入らないように駆け巡り、ついにあと少しで魔女の足元へ届く…… そう思われたとき――

 

 固い金属音を響かせて、爆弾は床へ落ちた。そこにQBの姿はなく……

 

「そ、そんな…… QB……」

 

「くっ!」

 

 ほむらの左足を一陣の風が貫く。赤黒く腐食した冷たいそれは、魔女から撃ち出された鎖である。何が起きたかと思えば、魔女の打ち出した鎖に左足貫かれたのだ。

 

 貫かれたのはほむらの左足だけでない、QBもまた同じ鎖に貫かれていた。QBについては既に意識がないのか、マミのようにぐったりとしていて動かなかった。

 

「まさか…… ここに来て……!」

 

「ほむらちゃん!」

 

 鎖で貫かれても痛みはないが、力を奪われるのははっきりとわかる。体の中心から外れたおかげなのか、意識を失うことも急速に力を奪われることもないが、これが絶望的な状況というのは明白だ。

 

「ま、待ってて! 今、助けるから!」

 

「まどか?」

 

 まどかは自分のカバンの中から一番固そうなだった携帯電話を取り出すと、それでほむらを捕らえる鎖を力いっぱい叩いた。何度も何度も繰り返し、繰り返したたき続ける。だが、ほむらを貫く鎖は壊れるどころか、強力な圧力に弾き返されるだけだ。

 

「何をやってるの! あなただけでも逃げて!」

 

「嫌だよ! ほむらちゃんを見捨てるなんて出来ない!」

 

 ただひたすらに鎖を叩くが、その鎖はそもそも物質ではないものだ。とてつもない素質があるといえど、魔法少女になっていないまどかに壊せるものではなかった。

 

「お願い逃げて! あなただけでも無事なら私は……!」

 

 そのとき、ほむらの目の前に無慈悲な現実が鎌首をもたげる。

 

「……え?」

 

 魔女の放った鎖が、まどかの胸を貫いた――

 そのとき、ほむらの目の前に無慈悲な現実が鎌首をもたげる。

 

「……え?」

 

 魔女の放った鎖が、まどかの胸を貫いた――

 

「ぁぅっ……!」

 

「ま…… まどか……」

 

 まどかの体は鎖の勢いに押されて一メートル程、後ろへ飛ばされた。その様子は一瞬であったのに、ほむらにはとてつもなく長い時間に思えた。残酷なほどに長い時間に……。

 

「まどかー!」

 

「ほむ…… らちゃん……」

 

 遅れて手を伸ばすほむらだったが、後ろへ飛ばされたまどかには届くわけもない。まどかはまだ意識を保っているようだが、すでに弱々しく体を震わすだけだった。

 

 ほむらは自らの足にまとわりつく使い魔達も、魔女の鎖も忘れて、まどかの元へと向かおうとする。だが、その足は一歩も歩けない、進めない。それでも、ひどく取り乱しながら、まどかの元へと向かおうとし続けた。

 

「ごめ……んね……。役に立てな…… うあぁっ!」

 

「まどか!!」

 

 まどかの体がびくんっと大きく痙攣をする。魔女がまどかの魔力を奪い始めたのだ。まどかの内に眠る膨大な魔力は強烈な光の帯となり、魔女とまどかを繋ぐ鎖から溢れ出す。光は荒ぶる激流となり、どんどんと魔女へと流れこんでゆく。

 

 その予期せぬ力には魔女も歓喜したことだろう。マミやほむらから魔力を奪うことだけでも強大な力を得られた。それが今度は、その数十、数百、それ以上かも知れない力だ。絶大な力を得られたことを喜ばずにはいられまい。

 

 魔女の力は一気に増大し、結界までも大きく震え、歪む。それはまるで絶大な力を手に入れた魔女の哄笑や、賛美のようである。

 

「させない! まどかは、私が守る!」

 

 ほむらは激情のまま、アサルトライフルで足に絡みつく使い魔達へ撃ち放つ。自らのダメージなどお構いなしに次々と打ち倒し、鎖に貫かれたままの足で、まどかへの一メートルを無理矢理歩きぬく。

 

「ほ……むらちゃ……」

 

「まどか!」

 

 弱々しく名を呼ぶまどかを、ほむらは思い切り抱きしめる。まだ温もりは残っている。心臓もまだ止まってはいない。まだ無事だというのは分かっていたが、それでも無事を確認できて、ほむらは感情を抑えきれずに大粒の涙をこぼしてしまう。まだ、戦わなければならないのに、冷徹でいなければならないというのに、それでも涙は止まらない。

 

「あなたは…… 私が守るから!」

 

 唇を噛み締め、ほむらは再び魔女へと対峙する。とはいえ、今のほむらにあれを倒す術はない。こんなことなら対戦車火器でも用意しておけばよかったなどと思いながらため息をつく。

 

 魔女は強大な魔力を集め、禍々しい気配を漂わせる。体中からは赤黒い錆のような血を溢れだたせ、魔女の体から伸びる赤黒く腐食した鎖はまるで生物のように脈打つ。

 

 ほむらはQBに持たせた爆弾よりも、より威力の高いものを取り出す。いくら広いとはいえ、この密室の中で爆発させれば、至近距離でなくとも魔女に致命傷を与えられるだろう。だが、それは自分たちもただでは済まないということだ。

 

 ほむらはまどかを包みこむように抱きしめて、魔女へ爆弾を投げる…… その寸前で金属にしてはあまりに鈍い音が響き渡る。

 

「……え?」

 

 魔女の鎖の一本が砕け散ったのだ。

 

「……何が…… 起きたの?」

 

 最初の一本の破裂を皮切りに、他の鎖も次々に破裂してゆく。まどかを捕らえる鎖にもヒビが入った。それを見て、ほむらは理解に至る。まどかの内に眠る魔力はあまりに大きすぎたのだと。まどかから溢れる計り知れない魔力を受け入れるには、この魔女では無理だったのだ。

 

 まどかを囚える鎖にヒビが入った時点で、まどかを放していれば、これ以上の暴走はなかっただろう。だが、魔女はその力を求め続けてしまった。貪欲に膨大な魔力を魔女は得続けたのだ。当然、それはすぐに限界に達することになる。

 

 結界内に張り巡らされた鎖が、耳をつんざくような音を立てながら、次々に破裂していったのだ。マミを捕らえる鎖も、ほむらの足とQBを貫く鎖も、まどかを貫く鎖も、そして使い魔達を囚える鎖もまた全て砕け散った。

 

「鎖が……!」

 

「……わ、私…… 助かっ……たの?」

 

 魔女の呪縛から解放され、まどかは無事を感じ取ったようだ。その姿を見て、ほむらは何も語れないまま、頷いてみせる。まどかはそれだけで満足そうに微笑を返す。

 

 供給源と放出先である鎖を全て失った魔女は、魔力が限界まで詰まった風船も同然だ。魔女はそれでも奪った魔力を自分の内に止めようとするが、抑えきれるわけもない。

 

 魔女の体を突き破り、膨れ上がった魔力が一気に四散する。爆発というよりも嵐に近いエネルギーの暴走が結界内を駆け巡る。息もできないほど空気が震え、荒れ狂う。

 

「くぅっ!」

 

「まどか!」

 

 ほむらはまどかを抱きしめながら、残る魔力で弱々しいながらも結界を作る。荒れ狂う力を完全に遮断できないまでも、息をつく程度の余裕を与えるには充分なものだ。

 

「もう少しの……辛抱よ」

 

「あ、ありがとう、ほむらちゃん」

 

 結界のおかげで息もできないような状況から脱したことと、ほむらが守ってくれるという安心感が、まどかの心に余裕を与えた。

 

 その余裕が魔力嵐の中に見え隠れする映像に気づかせてしまう。

 

 それは自らの願いのために戦う少女の思い。とても強く、真っ直ぐで…… でも、それゆえに壊れやすかった、ある魔法少女の希望。

 

「な、なに? 何かが頭の中に…… 直接、響いて……」

 

 希望はいつしか少女を蝕み、そこから絶望が生まれる。絶望が呪いへと姿を変えるのにさほど時間はかからなかった。

 

「こ、これはまさか!」

 

 QBの力を奪ったためか、逆流した魔力に魔女の思念が紛れ、テレパシーとなって伝わってきたのだ。気づいたのはまどかだけではない、ほむらもまた、それを感じ取る。

 

「まさか魔女の感情? 違う、これは残留思念。強すぎる思いが…… 過去の思いが残っている?」

 

 それが記憶でも残留思念でも大した問題ではない。まどかにとって気になることはこれが魔法少女のものだということだった。

 

「これは魔女の残留思念なの? ね、ねぇ…… それじゃあ、まるで…… まるで魔女が元々は魔法少女だった…… そう言ってるみたいだよ……?」

 

 まどかは震える声でほむらに尋ねる。否定してもらいたかった。違うと言って欲しかった。理解できるわけがなかった。そうでなければ、あまりにも残酷すぎた。

 

 だけど、ほむらはただ一言、「そうよ」とだけ返しただけだった。冗談にしては笑えない。でも冗談じゃないと分かっている。信じたくない思いでひどく息が詰まる。

 

「な、なんで……」

 

「希望で始まり、絶望で終わる。それが魔法少女よ」

 

 そう無感情に告げると、ほむらはQBが運んだ爆弾へ銃口を向ける。爆弾は至近距離まで運ばれなかったけれど、全ての繋がりが断たれ、超回復も持たない今の魔女を仕留めるには充分な場所にあった。

 

「ま、待って……」

 

 止めに入ろうとするが、そこに先程までの自分を守ってくれた優しい少女の面影は残っていなかった。そこにいるのは凍りつくように冷たい、感情の感じられない眼差しで魔女を見据える魔法少女だ。

 

「……これが魔女の、そして魔法少女の本当の最期よ」

 

 胸にこみ上げる感情も、瞳に溢れる涙も、それら全てを冷徹な仮面の奥に沈めて、ほむらは機械的に引き金を、引いた……。

 

「やめてーーー!!」

 

 まどかがどんなに哀切の悲鳴を響かせても、冷めた銃声も終わりを告げる爆発音もかき消すには至らなかった。

 

 鎖の魔女は、その姿を炎へと消してゆく。

 

 かつて魔法少女と呼ばれた存在は異形の魔女へと成り果てた。かつて魔女だった存在もまた、今は業火に崩れ落ちて元の形も思いも失っていった。

 

 まどかはこぼれ落ちる涙を拭うこともせず、ただただやりきれない思いのまま、その姿をみつめ続けるのだった。

 

「ひどいよ……」

 

 ぽつりと、まどかの口から呪いにも似た悲しみがこぼれ落ちる。

 

 崩れ落ちる魔女の姿を見て、それは仕方のない結末だということを分からないまどかではない。けれど、その存在の本当の意味を知った以上、勧善懲悪で割り切ることなど出来なかい。

 

「なんで…… なんで、そんなにあっさりと殺せるの? こんな姿になる前はほむらちゃん達と同じ希望を持っていた魔法少女だったんだよ?」

 

 まどかは溢れるほどの悲しみを持って、ほむらに思いのたけをぶつける。それはほむらにとっては想像しうる苦痛のどれよりも耐え難い痛みであったというのに、静かにそれを受け止めた。

 

「……分かってるわ」

 

「分かってるなら、なんでそんな簡単に……! そんな冷静でいられるの……?」

 

「魔法少女が魔女になるのは、ずっと前から知っていたもの。……私のたった一人の…… ただ一人の親友がそうだったから」

 

「ほむらちゃんの…… 友達も……?」

 

「眩しくて、憧れて…… そんな彼女を守れる存在になりたいって思ってた。だけど…… それは叶わなかった……!」

 

 心の奥底から搾り出した言葉は、まさに血にまみれたかのような痛々しい思いの塊である。それがどれだけ、ほむらの胸にきつく突き刺さっているかを感じ取ったまどかはすぐに攻め立てた己の愚かさを後悔する。

 

「ご、ごめん…… ほむらちゃんだって、色々あったんだよね。なのに、何もわかってないのに私……」

 

 ほむらはまどかへ振り向くことなく首を振る。

 

「いいの……。あなたには聞く権利があるもの」

 

「え?」

 

「……私はそれでも魔女を倒すわ。それが魔女となってしまった魔法少女への救いだなんて思ってないし、悲しみが終わるわけでもないのにね……」

 

「そんなことない! そんなことないよ……」

 

 自嘲気味にこぼすほむらの姿はあまりに切ななくて……。まどかはこらえきれない思いのまま、ほむらの背に抱きつき泣きじゃくっていた。

 

「まどか……?」

 

「きっと、救われてるよ……。魔法少女だった記憶を失っても、魔女として世界を呪わずにいられなくなったとしても…… それでも、きっと…… こんな自分を誰かに止めてもらいたいって思ってるはずだから!」

 

 人の身に過ぎた奇跡は、やがて呪いへと変わる。奇跡を叶えた少女は、相応の呪いへと身を堕とす。それでも、少女は呪うことを望んでなんかいないといえるのだろうか?

 

「……でも」

 

「お願い…… 奇跡を叶えたことを後悔に変えないで」

 

「……」

 

 それはほむらへと向けた言葉か、それとも魔女となってしまった全ての魔法少女へと向けた言葉なのか……。

 

 ただ、魔女となってしまう前に、まどかのソウルジェムを打ち砕いたほむらの胸の奥に眠る痛みを、その言葉は少し和らげてくれるようだった。

 

「あのとき…… それでも救いになったの……?」

 

 思わず零れおちたほむらの言葉に、まどかは知るはずのないことを全てを受け入れたかのように、静かに頷いた。

 

 

 その日を堺にまどかは危険を承知で、それでもほむらを心配して魔女退治に付き添うこととなる。ほむらも最初は渋っていたが、まどかが魔法少女にならないことを条件にやむなく許可をするのだった。

 

「私がいつも近くにいれば、ほむらちゃんだって無理しないもんね」

 

「……私ってそんなに信用ない?」

 

「それもあるけど……。やっぱり一番最初に無事に戻ってきてくれるところをみたいから」

 

「あらあら、私はお邪魔かしら?」

 

「え? あ! そ、そそそんな意味じゃなくてですね!」

 

「もう、マミさん、からかわないで下さいよ。まどかもそんなに動揺しない」

 

「そうだよ、マミ。君はいてもいなくても、大差ないんだから」

 

「……QB、あなたは邪魔だから」

 

 失った時間軸は戻ってこない。その痛みを忘れることなく、それでもほむらは微笑みを取り戻していった。そう、このままならただ一つだけの他の時間軸と重なる約束も果たせると信じて……

 

 

 

 そして、ワルプルギスの夜が訪れ――

 

「ごめんね、ほむらちゃん……」

 

 剥き出しのコンクリートの瓦礫の山と、その中にしてはとても澄んだ水が溢れる中で、魔法少女の姿となったまどかは、弱々しくほむらに抱きかかえられていた。

 

 ワルプルギスの夜を相手に命懸けの戦いを挑むほむらとマミだったが、しかし、その強大な力の前に太刀打ちできなかった。街はその圧倒的な力に蹂躙され、そこに住まう人間たちも皆、滅びを待つしかない状態まで追い込まれた。残るは絶望だけだった未来、だがそれを覆すためにまどかは魔法少女へとなった。

 

 結果、街も人も、マミとほむらも守られたが、その代償として、浄化しきることのできない穢れがまどかのソウルジェムを覆ってしまった。それが何を意味するか、わからないほむらではない。

 

「なんで…… 魔法少女になんか…… なったの?! こうなることは分かっていたじゃない!」

 

「うん……。でも、ね」

 

 ソウルジェムの穢れによる魔女化が始まり、痛み、苦しみが体中を襲っているはずなのに、まどかはとても満足そうな笑みを浮かべ、ほむらをしっかりとみやる。

 

「後悔は……ないよ。魔法少女として…… ほむらちゃんやマミさんと一緒だったから…… 大切な人を守れたから……」

 

「ばかぁ……! それでも、私は…… 魔法少女になって欲しくなかった……!」

 

 ほむらは普段のクールさと打って変わって、まるで子供のように泣きじゃくる。多分、今はクールな仮面を脱ぎ捨てた本当のほむらなのだろう。そんな親友の頬へ、まどかは愛おしそうに手を触れる。

 

「でも、悔しいなぁ……。せっかく仲良くなれたのに、もうほむらちゃんとお別れになるなんて……」

 

「まどかぁ……!」

 

「ほむらちゃんは…… 時間を…… 戻るんだよね? なら、きっと次の時間の私とも仲良く…… してね……。それでね、ほむらちゃんと私は…… 普通の女の子として…… 楽しいのが当たり前になるような毎日を過ごして欲しいな…… そして……ね……」

 

「あなたに……! まどかに代わりなんかいないよ……。別の時間軸であっても、今のあなたじゃない! この時間を一緒に過ごしたのはあなただけだもの! だから…… いなくなっちゃ…… 嫌だよぉ……!」

 

 気づけば、お互いに止めどなく涙は溢れ、嗚咽で言葉が出せなくなる。それでも、まどかは幸せそうに微笑み続ける。ほむらを安心させるためだけじゃない。きっと心の底から幸せだと思っているのだろう。

 

「それでも、必ず…… 必ず幸せになってね、ほ…… むら…… ちゃ……! ……ぐぅっ!」 

 

 魔女化の苦痛もついに限界に達してしまった。まどかは大きく仰け反り、苦悶の表情を抑えられず悲鳴をもらす。

 

 ほむらは泣きはらしたまま、声にならない声の代わりに大きく頷いてみせる。ぽたぽたと大粒の涙がまどかの差し出した黒く濁りきってしまったソウルジェムにこぼれ落ちる。

「辛い思いさせて…… ごめ……ね。でも…… おね……が……い……」

 

 ほむらは禍々しい黒へと姿を変えるそれに銃口を向ける……

 

「あなたに会えて…… とても、とっても幸せだった……」

 

 瓦礫と化した街の中に、愛おしい二つの想いが重なりあう。そして、切なげな銃声がそれを引き裂く――

 

 そうして一人の魔法少女が終わりを告げ、もう一人の魔法少女の新たな始まりも告げるのだった。

 

「必ず、あなたを救ってみせる……!」

 

 運命などありはしない。全ては幾重にも重なりあった因果の一部にすぎないのだ。だから、鹿目まどかが魔法少女にならない未来もまたあると信じて。

 

 

 

 そして――

 

「ほむらちゃん、一緒に帰ろう!」

 

 澄みきった満面の笑みで、一人の少女が手を振りながらほむらの元へと訪れる。守りたい時間、大切な友達、そしてただ一つ繋がる約束。それを全て受け止めて、ほむらは少女へと微笑みを返す。

 

「えぇ、まどか」

 

 ただ一つの約束を守るため、彼女は再び戦い続ける。

番外編『最後に残ったクロロフォルム』

 

「えっと…… 次はこれを泡立ててっと」

 

「こらこら、もっと力を抜かないと全部、飛び散っちゃうわよ」

 

 ぎこちない持ち方でボウルを抱え込み、中のクリームを飛び散らしながら泡立てるほむらの姿は、今までのなんでもそつなくこなすイメージからはかけ離れたものだった。誰でも得手不得手はあるとはいえ、こうして間近に目にすると普段のギャップも相まって微笑ましいと感じるのも仕方ないだろう。

 

 マミは柔らかな笑みでほむらを見守りながら、自分はチョコレートを溶かしてソースを作る。本当はもっと手を貸したいところであったが、そういう訳にもいかない理由があるのだ。

 

「もうすぐ鹿目さんも来る頃かしら? それまでに暁美さん特性のサプライズ・ケーキは間に合うかしら?」

 

「な、なにを! べ、別にその…… そんな大層なものじゃないですし! そ、そもそも巴マミ、あなたがケーキを作ってまどかをビックリさせようとか言ったんじゃない……ですか」

 

 マミがいたずらっぽい笑みを隠し、わざと困ったような口ぶりで攻めれば、ほむらは思いきり動揺して泡立て器をガチャガチャと回す。その顔は真っ赤に染まり、恥ずかしそうに俯いてしまう。

 

「いざとなったら僕がまどかにクロロフォルムでもかがせて時間をかせぐよ」

 

「巴マミ、こっちの失敗したクリームは生ゴミ扱いでいいかしら?」

 

「気持ちは分かるけど、QBをゴミ箱に捨てないでね」

 

 魔女との一戦以来、ほむらの態度には明らかな変化があった。今までほむらはマミの前では僅かな隙もなく、常に張り詰めた糸のような危うさしかなかった。むしろ、笑うことさえも自分に許していないのではないかと思うほどだった。

 

 そんな彼女を心配はしても、マミ自身には何もできなかった。ほむらは差し伸べられた手さえも、まるで敵であるかのように振り払うからだ。

 

 それが鹿目まどかと出会った日から、以前の冷たさも鋭さも驚くほど静まっていった。マミに対する口調もぶっきらぼうなものから、ぎこちないながらも敬語に変わり、からかえば顔を真っ赤にしてしまうような可愛らしさを見せるまでになった。

 

 魔女との戦いの間に何があったのか、それは知らないけれど、ほむらにとって何か救いになることがあったのだろう。ほむらを救うことの出来たまどかも、まどかという救いが現れたほむらも、どちらも独りぼっちのマミには眩しい存在だった。気づけばぽつりと思いが溢れる。

 

「羨ましいなぁ」

 

「え?」

 

 驚くほむらに、マミはいたずらっ子のような笑みを浮かべてみせる。

 

「暁美さんをこんなに可愛らしくしちゃった鹿目さんが羨ましいなって思ってね」

 

「まあ、マミには奇跡でも起こらない限り、無理だったからね」

 

「な、なにを言って……! そ、その、私とまどかは…… そんな!」

 

「でも、鹿目さんは暁美さんこと、可愛らしく思ってるんじゃない? 傍からみるとそんな感じなんだけど」

 

「マミは二人を友達にしたいと思ってるんだろう? 傍から見なくてもそんな感じなんだけど」

 

「だ、だから……! そんな、からかわないで…… えっと、その……」

 

 その声はどんどんと聞き取れないほどに小さくなり、逆にクリームをかき回す音はどんどんと大きなっていった。

 

「わ、私はまどかのこと、す、好きだけど…… い、いや、好きといっても親友っていう意味で! あー、もう……!」

 

 語れば語るほどに照れて行き場のなくなってゆくほむら。そんな彼女を救ったのは、軽やかに鳴り響く玄関のチャイムだった。

 

「あら、鹿目さんかしら?」

 

 マミの予想した通り、外からはまどかが「マミさーん」と元気に呼ぶ声も聞こえる。どうやら到着したようだ。マミは「あら残念」と、ほむらに意地悪そうに呟いてから、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関へ向かっていった。

 

 マミからとりあえず逃れたことに、ほっと胸をなで下ろすほむらであった。

 

「いらっしゃい、鹿目さん」

 

「おじゃましまーす!」

 

 玄関では、左手にバッグ、右手にも大きな包みを持った私服のまどかが、マミに案内されて家に入る。遅れてQBもマミ達のいる玄関へと向かう。

 

「ごめん、マミ。まだクロロフォルムを用意できてないんだ。代わりに急所に一撃でいいかい?」

 

「え? クロロフォルム? 急所に一撃? な、何でそんな物騒な話題が?」

 

「QB、それはもういいから。鹿目さん、荷物は居間に置いてね」

 

「は、はい」

 

 まどかはQBに注意を払い、壁を背にして遠巻きになりつつ通り過ぎる。その途中、まどかは台所でクリームの泡立てに悪戦苦闘するほむらの姿を目にする。

 

 意外さと興味が入じ混じったまどかは荷物を持ったまま、ほむらの元へと駆け寄る。

 

「ほむらちゃん、お料理してたんだ」

 

「う、うん……」

 

 まどかに声をかけられ、ほむらはまともに返事もせずに恥ずかしそうに俯いてしまう。あとはもうひたすらにクリームをかき混ぜるだけだ。そこに再び意地悪そうに微笑むマミが戻ってくる。

 

「ふふっ、鹿目さんにあげるケーキを作ってるのよ。本当はここに着いた時に渡したかったんだけど……。まだ、ちょっと手こずっててね」

 

「と、巴マミ! いらないことは…… その、別に言わないでいいから……!」

 

「そ、そうだったの? ありがと、ほむらちゃん! ケーキ、すっごい楽しみにしてるね!」

 

 ほむらの気持ちがよほど嬉しかったのだろう。まどかは頬を赤らめながら、それを照れて隠すつもりもないほどの満面の笑みを浮かべてみせる。それを見て、ほむらも照れて頬を赤く染めてしまう。それでも、どこか嬉しそうに微笑むのだった。マミのときとは大きな違いであり、これもまた二人の繋がりの強さがもたらすものなのだろう。

 

「あっ!」

 

 まどかは何かに気づいたのか、じっとほむらの顔を見つめる。

 

「な、なに?」

 

「ちょっと、動かないでね」

 

 まどかは言うが早いか、荷物を置くと空いたでほむらの頬を指でそっと拭う。

 

「ふぇ?!」

 

「ふふっ、顔にクリームついてたよ」

 

「あ、あれが女の子同士のスキンシップ?! なんで、なんで私は暁美さんのクリームに気づけなかったのよ!」

 

「マミ、君の親密度だと逆効果だよ。やらなくて正解だよ」

 

 自らの失敗を悔やむマミに苦笑いをみせつつ、まどかは指についたクリームをペロっと舐めるのだった。

 

「甘~い」

 

「あう…… そ、その…… えーと……」

 

「まったく…… 甘いのは君だよ、まどか」

 

「え?」

 

 固まったほむらを傍目に、QBはなぜかひどく残念そうに呟いた。

 

「なんで指で舐めるんだい? むしろ君なら無邪気なフリを装って、暁美ほむらの頬をペロっと舐めてもいいくらいだ。そのほうが僕としては有り難い」

 

「ちょっ、な、なにを言ってるの! そもそも、なんであなたの利点が最優先になってるのよ!」

 

「んー…… でも手も塞がってたし、それくらいやったほうが良かったのかな?」

 

「まどか、あいつの言う事を信じちゃダメ!」

 

「じゃあ、やり直しで……」

 

「え?」

 

 言うが早いかまどかは背伸びしてほむらの頬に唇を近づけると、ぱくりとクリームのついていた跡を可愛らしくついばむ。

 

「ふぇ~……」

 

「ふふっ、顔にクリームついてたよ」

 

 さすがのほむらもこれには耐え切れなかったのか、茹で上がったかのような真っ赤な顔でへなへなとへたりこんでしまうのだった。

 

「やり直しができるなら…… なら、私も!」

 

「だからマミ、君の親密度だと逆効果だって」

 

 突然の行為に面食らったほむらに対して、まどかはあどけなく微笑んでみせる。頬を赤く染めてるところからして、大胆な行動にでたことくらいは理解しているようだ。

 

「ほむらちゃんのこんなに可愛らしいところが見られるなんて、QBに感謝だね」

 

「お手柄だよ、まどか。おかげで僕も良いものが見られたよ」

 

「ま、まどかの唇が、ほっぺたに…… あふぅ……」

 

「こんなチャンス、滅多にないもんね」

 

「も、もう、まどかったら……」

 

「あらあら、二人とも仲良しなんだから」

 

「……ところでマミ。君は顔中にクリームをつけて、何がしたいんだい?」

 

 何を期待したのか、マミはケーキに顔を突っ込んで、顔中にクリームをつけていた。押すのがダメなら、引いてみろということか。しかし、マミの期待通りになるわけもなく……。

 

「……顔を洗ったほうがいいわよ、巴マミ」

 

「ケーキの後片付けは私がしておきますから!」

 

「……あれ? ペロっていうのは? 女の子同士のコミュニケーションは? ……まさか、前提条件になってるイベントがあるというの?!」

 

「君は何がしたいんだい? 相変わらず、わけがわからないよ。でも、それを愚かとは言わないよ。マミにとってはいつものことだからね」

 

 マミはため息一つついて、タオルを取りに部屋へ行く。まどかも荷物を持ち直して、その後を追う。

 

「それじゃあ、荷物置いてきちゃうね」

 

「うん」

 

「そうそう、ほむらちゃん」

 

「なに?」

 

「ほむらちゃんも顔中にクリーム付けちゃダメだよ?」

 

「……ば、ばか!」

 

 まどかがくすくすと微笑みながらからかえば、ほむらは何を想像したのか真っ赤になってしまう。それを見たまどかは満足そうに笑って、くるりと居間へ向かおうとする。が、そこでまどかの荷物がテーブルにぶつかってしまった。

 

「あっ!」

 

 突然のことにバランスを保つことも出来ず、まどかはそのまま転んでしまう。それどころか、弾みでテーブルの上に置いてあった小麦粉も一気に床に落ち、辺りは瞬く間に白煙に包まれてしまうのだった。

 

「けほっ! いたた…… こほっ!」

 

「こほっ! ま、まどか、大丈夫?」

 

「うん、こほっ、こほっ!」

 

「あら、なにか大変な騒ぎになってるみたいね」

 

 部屋から戻ってきたマミは台所の惨状を目の当たりにして、やれやれといった様子で粉まみれになってしまった二人にタオルを差し出す。

 

「ごめんなさい、マミさん…… けほっ!」

 

「もう粉まみれになっちゃって。今日はもうケーキは無理そうだし、二人ともお風呂入りなさい。こっちは私が片付けておくから」

 

「え? で、でも、こんなにしちゃったのは私のせいだし……」

 

「私も、もっと注意してれば……」

 

 落ち込む二人に対し、マミは眉間に皺を寄せ、ついっと覗き込む。これは怒られると思ったか、まどかは目を瞑り肩を竦める。そこにマミの「こら!」と大きな声が響く。

 

 そして、今度はパタパタと髪を払う感触。予想してたのとは違う優しげな感触に、まどかが目を開ければ、マミはにっこりとウインクを見せる。

 

「遠慮なんかしないで年上の言うことは聞くものだぞ?」

 

「顔がケーキまみれでなければ、もう少し説得力もあったのにね」

 

「あ、ありがとう、マミさん。えと、それじゃあ、ほむらちゃん…… 一緒に入ろうか?」

 

「……え? いぃぃぃえぇぇぇぃぃ?!」

 

「イエーイ?」

 

「嫌でも胸の差を比べてしまうマミと一緒に入りたくない君の気持ちは分かるが、いくらなんでも大げさだよ」

 

「ち、違う! 巴マミが基準値を大きく上回っているだけで、私もまどかも、べ、別に…… 標準より、その…… なだけで」

 

「暁美さん、入らないの? お風呂できゃっきゃっとはしゃぐのは女の子友達同士なら当たり前のイベントじゃない。そりゃあ、あんまりやり過ぎると違う方面へ走ってしまう危険性はあると思うけど……。ま、まさか二人は既にレッドゾーンに?!」

 

「違う方面って?」

 

「聞かれなかったら教えるつもりはなかったけど、聞かれたら教えるしかないね。いわゆる百合……」

 

「そ、そうじゃなくて! え、えと…… その…… は、恥ずかしいっていうか」

 

「ほむらちゃん、胸が小さいのなんて気にしちゃダメだよ。小さいのは小さいので需要があるって聞いたことあるもん!」

 

「鹿目さんの言うとおりよ。むしろ胸が大きいとね、友達でも一緒にお風呂に入ってくれないのよ! この辛さがあなたに分かるの?」

 

「マミ、それは誤解だよ。君はそもそも友達がいないじゃないか。それはともかく、まどかの言うとおりだよ。控えめな方が僕としてはそそられるよ」

 

「なんで揃いも揃って胸の話題になるんですか! わ、私はただ…… その、人前で裸になるのが恥ずかしい…… って、いうか…… まどかの前で裸になるなんて……」

 

「暁美ほむら、その恥じらいはむしろムラムラと……」

 

「……撃つわよ?」

 

「オーケー、分かった。もう何も言わないから、銃を降ろしてくれないか?」

 

 しどろもどろな態度の割に、QBへ銃を突きつける速度は目にも止まらない速さだ。さすがのQBも両手を挙げて、黙りこむしかなかった。

 

 ほむらの頑なな態度を前に、まどかは寂しそうにほむらの顔を覗き込む。

 

「ねぇ、ほむらちゃんは私と一緒にお風呂入るの嫌かな?」

 

「嫌とか、そういうんじゃ…… なくて。えと……」

 

「じゃあ一緒に入ろうよ」

 

「え? あ……」

 

 まどかに迫られ、ほむらはもうたじたじだ。これはもう押せば折れるというのが丸分かりである。まどかはからかい気味に上目つかいでほむらに迫る。

 

「ん~?」

 

「その…… あの……」

 

「どうしたのかな?」

 

「……なんでも……ないです」

 

「暁美さんが入らないなら、私が代わりに」

 

「まどか、一緒に入りましょう」

 

「うん!」

 

 まどかの勢いに押されて……、それもあった。だが、決め手になったのはマミの一言だったのは言うまでもあるまい。呆然としたマミに見送られ、ほむらは恥じらいながらもまどかの後をついてゆくのだった。

 

「……なんでこうなるのかしら」

 

「マミはタイミングを考えたほうがいいよ」

 

 そう言い残し、QBもまた浴室へ向かう。

 

「こらこら、どこにいくつもり?」

 

 が、マミによって猫のように首の後ろをつかまれてしまう。

 

「何をするんだい? 僕も小麦粉やクリームで汚れた体を洗いたいんだけど」

 

「もう、QBはこっちでしょ」

 

 そう言って、マミは朗らかな笑みを浮かべたまま、容赦なくQBを洗濯機へと放り込むのだった。

 

「せめて、まどか達の下着と一緒に洗って……」

 

「スイッチ・オ~ン!」

 

「くれないよねごぼごぼごぼ……!」

 

 最後の願いも虚しく、洗濯機の中でぐるぐると回るQBであった。

 

「まどか、あまり変なことは言わないで。私のほうが、その…… は、恥ずかしいから……」

 

「大丈夫だよ。ほむらちゃんだけだもん、こんなこと言えるの……」

 

「だ、だから!」

 

「魔法少女のマスコットといえば、一緒にお風呂が定番なのに。まったく、わけがわからないよぶくぶくぶく……」

 

 お風呂から聞こえる二人の楽しげな声に無念さを噛みしめながら、QBは回り続ける……。

 

 

――十分後

 

「マミ、いい加減、あの洗剤を使うのはやめないか? 汚れ落としは充分だけど、洗濯の度に僕のフワフワ感がゴワゴワ感に変わってしまうんだ」

 

「じゃあ、今度は柔軟剤も使う?」

 

「そうだね、そのほうが僕としても助か……。あれ、なんだろう? なんで目から水分がこぼれるんだろう? 脱水に失敗したのかな」

 

「乾燥機も使ったほうがいいのかしら?」

 

 マミは片付けたばかりの台所に戻ると、新しいエプロンを付け直す。

 

「今更エプロンなんかして、何を作るんだい?」

 

「ちゃんとしたケーキは流石に無理だけど、市販のケーキにデコレーションするくらいと、おいしい紅茶は出来るからね」

 

「変わったね、マミ……」

 

「そうかしら?」

 

「ああ、君はずいぶんと楽しそうに笑うようになった」

 

「そう……かな?」

 

 意識したことはなかったけれど、それが間違いではないことは気づいているのだろう。マミは照れて頬を染めてしまう。それに気付かれたくないのか、わざと忙しそうに動いて誤魔化してみせる。

 

「わかるさ。見かけだけをどんなに明るく振舞おうと君の孤独なオーラは陰惨極まりなく、近づきがたいことこの上なかったからね。僕としてはもう、いつ絶望に堕ちてもおかしくないってドキドキしてたよ」

 

「そ、そうだったの?」

 

「まあ、今はそれもなくなったけどね。鹿目まどか、不思議な子だね」

 

「鹿目さんだけじゃないわよ」

 

「暁美ほむらもかい? そうは見えないけど」

 

「多分、どちらか一人と出会っただけじゃダメだったんじゃないかな。あの二人と出会えたから、私は……」

 

 去来する思いに耽っていると、浴室から声が届く。

 

「マミさ~ん! 着替えお借りしますね!」

 

「む、胸が……! こんなに巴マミと私の間には差があるというの……?」

 

「もう上がってきちゃったの? もう、おいしいお茶を準備してビックリさせようと思ってたのになぁ。QB、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」

 

「もちろんだよ。今度こそクロロフォルムは用意できてるから安心してよ」

 

「それはいいから、ちょっとオーブンの温度調べてもらえないかな? 中に入って」

 

「マミ、紅茶の葉はいつものところかい?」

 

「よろしい。それじゃあ、急いで準備しましょうか」

 

 市販のケーキに特性のチョコレートソースをかけて味付けたり、ティーカップを用意するマミの姿はとても活き活きとしたものだ。その姿を見る限り、孤独に泣く少女の面影はもう微塵もなかった。

 

「マミさん、お茶の用意してたんですか? 手伝いますよ」

 

「私もやるわ。とも…… じゃなくて、マ、マミ……さん」

 

「あ、暁美さん……?」

 

 ほむらはそっぽ向きながら上気した顔で呟く。今までのような『巴マミ』という呼び方でなく、聞きとりにくいほど小さい声だけど『マミさん』と……。

 

 隣でまどかがにこにこと微笑んでいるのを見る限り、お風呂で何か諭されたのだろう。それでも、その呼び声は強制されているようなものではない。

 

 それを感じたからマミは潤む瞳から涙が溢れないように上を向く。それでも堪らず、心の底からの笑みをこぼしてしまう。

 

「あー、もう。本当は二人が戻ってくるまでに準備したかったのになぁ。でも、まあ仕方ないか……。手伝ってね、まどかさん、ほむらさん」

 

「はい!」

 

「ええ」

 

 まどかとほむらは顔を見合わせ頷きあい、マミと共に準備を手伝い始めるのだった。

 

 そこに割って入る隙がないと判断したか、QBはテーブルから飛び降りて賑やかな台所を後にする。

 

「……マミ、君もまた鹿目まどかと暁美ほむらの心の支え…… というものになっているのかもね。まあ僕にはわからないけど」

 

――Fin――


 
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