それは暁美ほむらが幾度と繰り返した時間の中で見た一幕。時の迷い子の見たそれは夢か現か……。ただ、一つ言えることは……
魔女と魔法少女の戦いに初めて遭遇した日の夜――
夕食のあと、まどかは宿題を片付けるために机に向かっていた。もっとも一応は教科書もノートも広げてこそいたし、最初の五分か十分はそうであったが、頭の中に浮かぶのは勉強ではなかった。
まどかの頭に浮かぶのは、その日、出会った魔法少女として戦う少女・マミの勇姿だ。まるで映画の中のヒロインのような華麗な活躍で次々と襲いかかる敵を倒してゆく姿は、自分に自信の持てなかったまどかにとっての憧れになるには充分すぎた。
もし、それが手の届かないものならば、遠くから見つめるだけで充分だったろう。胸の高鳴りもいずれは収まるはずだ。だけど、ドキドキとした気持ちはまるで収拾がつかないでいた。
「私もマミさんみたいに格好良くなりたいなぁ」
勉強のために広げていたノートに落書きをしながら、どこから上の空でそんなことを呟いてしまう。
「なれるさ。君も魔法少女としての素質はあるからね。いや、素質という面だけでいうなら君はマミ以上の魔法少女にだってなれるだろう」
まどかの呟きにベッドに置いてあったぬいぐるみの中に紛れ込んでいたQBが答える。それは何度も言われきてきたこと。だけど、何度聞いても信じられないことでもあった。今まで平凡な人生を歩んできたまどかに、そんな凄い可能性なんて受け入れられないのも仕方のないことだ。
とはいえ、自分にそんな凄い可能性があると言われて嬉しくないわけもない。まどかは椅子ごとベッドにいるQBへ向くと、頬を赤く染め恥ずかしそうに問い返す。
「で、でも私にそんな凄い可能性があるなんて信じられないよ? 私って、なんていうか…… 特に取り柄とかもないし。マミさんみたいになれるなんて、そんな……」
「僕がそんなことで嘘をついたって意味はないよ。そもそも、僕は君たちに契約して欲しいとお願いはするけど、それを受けるかどうかはあくまで君たちの意思に委ねられるからね」
「そ、そっかぁ、そうだよね、うん。私もマミさんみたいになれるんだ……」
彼女の胸のドキドキが収まらない理由、それは憧れていたものがただの憧れでなく自分の手の届くものだということだ。そう、まどかもまた、あのマミのように魔法少女に、マミのようなあの胸に……。
「残念だけど、それは無理かな。マミの胸のサイズは同年代と比べてもズバ抜けている。同年代の標準にも劣る君では無理だろうね」
「ちょっ、や! 変なところで心を読まないでよ! そ、それにあのね、QB。別にマミさんの胸のサイズとかの話じゃなくてね! ま、まあ、ちょっとあのサイズにも憧れるけど……。でもほら、私だって成長途中だし、そこらへんは、ねぇ?」
自らの期待を一身に受けながら、けれどまるでその成長を見せない胸をぺたぺたと触りながら、まどかは照れ笑いを浮かべる。そんなまどかをQBは相変わらずの無表情で小さく首を振ってみせる。
「残念だけど、まどか。……君の胸は成長途中と思わせておいて、実は最終形態という可能性が恐ろしく高い」
「……え? 私の胸って、そんなに凄い確率で最終形態なの?」
「凄いなんていうのは控えめな表現だ。君は途方も無い可能性を秘めている」
「や、やだよ、そんな可能性!」
「なら僕と契約すればいい。魔法少女になってマミのように戦っていれば、もしかしたら、その可能性を覆せるかも知れなくもないかも知れないといいよね?」
「そ、そうなの? それじゃあ、もしかしてもうすぐ来る身体測定の日までに間に合うかな?」
「可能性がないとは言い切れないね」
「じゃ、じゃあ私、魔法少女に……」
言葉巧みなQBに誘導され、まどかは魔法少女になろうとする。全てはQBの思惑通りに進むかと思われたときだ。
「騙されてはダメよ、鹿目まどか!」
マミと同じ魔法少女であるほむらが姿を現す。窓の外に。
「ほ、ほむらちゃん、なんでそんなところにいるの?!」
ほむらはまどかに問いには答えずに窓から部屋に入る。まどかは慌てふためくものの、さすがに押し返すこともできず、呆然と受け入れるのであった。
部屋に入ったほむらは、強い眼差しでまどかを見据え、ばんっと自分の胸を叩いてみせる。
「魔法少女になると胸が成長する? 私の胸を見てみなさい! そんなの…… 都市伝説だって…… ぐす…… いうことが…… わ、わか…… うぅっ! わかるでしょうが!」
「ほむらちゃん、泣くほど悲しいの?!」
「べ、別に悔しくなんか…… うぅっ…… 悔しくなんかないんだから!」
ほむらがどんなに強がったところで涙で潤んだ瞳ではまるで説得力がなかった。
「べ、別に巴マミのように胸が大きくたって戦闘じゃ邪魔になるもの。魔女の攻撃を目の前でかわしても胸が大きかったら当たってしまうもの。大きくしようと毎日、牛乳飲んでるから骨も頑丈になるの! いつか成長の時がくるのよ!」
「なんか途中から方向性が変わってるよ!」
もはや何をしにきたのかわからないほむらであった。さすがにまどかにツッコミを入れられることで我に返ったらしく、恥ずかしさに頬を赤く染めつつもクールさを装い直す。
「とにかく…… 鹿目まどか、あなたが思っているような胸が大きくなることは魔法少女になったところで叶ったりはしないわ。諦めることね」
「べ、別に胸を大きくするの目的じゃないよ?! 私はただマミさんみたいに格好良く、まるで踊るみたいに戦ってみたり……」
「激しく動く度に胸を揺らしたり、高く飛んだときにスカートの中よりも胸の揺れに注目を集めたり、敵の攻撃をふくよかな胸で受け止めて心臓への直撃を防いだりしたいんだね? その願い、サービスで叶えてあげるから僕と契約してよ」
「そうそう…… って違うよ?! なんか、どんどんと不吉な方向に向かってるし! 最後のなんか胸が無かったら死んでるっぽい状況だよ?」
「……それが胸のない魔法少女の末路よ。そうなりたくなかったら、魔法少女になんてなろうと思わないことね」
なぜか悲壮感いっぱいに胸のないほむらは吐き捨てるのだった。彼女の過去に何かあったのだろうか? 主に胸に関することで。
「ほむらちゃん…… えと、その、むね……」
だがそんなことをまどかが聞けるわけもなかった。同じ胸のないもの同士、触れてはならないことを理解しているからだ。
「暁美ほむら、君は胸がないことで嫌なことがあったのかい?」
「って、QB?!」
「はうっ!」
もちろん感情のないQBが、まどかのようにほむらのことを気遣うはずもなかった。ほむらは思い出したくない過去でもあったか、胸を抑えながら窓枠にもたれかかる。その深い悲しみを纏った姿は、夜の闇と相まって霊的な何かを思わせた。
「ダメだよ、QB! ほむらちゃん、胸がないことを気にしてるんだよ?」
「うぁっ!」
「胸がない人に胸がないなんて本当のこと言っちゃダメだよ!」
「うぐっ!」
「あのぺったんこな胸には未来への希望が一杯、詰まっているんだよ? ……あれ、なんでだろう? 涙がとまらないや……」
「まどか、君が暁美ほむらに言ったことは全部、君に返ってきてるよ。あと暁美ほむらをこれ以上攻めるのはどうかと思うよ?」
「だ、大丈夫……。魔法少女に胸なんかいらないわ。わ、私はまどかさえ無事なら…… ぐす…… 気にしないもん!」
「ほ、ほむらちゃん?! なんかクールさの欠片もなくなっちゃったよ」
「君たちはいつもそうだ。胸がないという事実をありのままに言われるとすぐに取り乱す。胸のサイズなんて余程の大きさでない限り、誤差にすぎないというのに。まったくわけがわからないよ」
ぐすぐすと涙をこぼしながら、うずくまるほむらを見て、QBは呆れを込めた呟きをこぼす。その一言に怒りを覚えたのは言われたほむら……ではなく、まどかであった。
いつにない真剣な眼差しでQBをとらえるまどか。そこには静かだが、とても強い怒りを感じ取ることができる。だが、それに気づけたのはほむらだけ。怒りを向けられているQBは理解できないのか、ただそのまま受け流す。
「……QBに私たちの気持ち分かるの?」
「残念だけど、それは無理というものだよ。僕らは感情なんてものはないからね、気持ちを分かるということ自体が無理なんだ。胸のサイズは興味深いけどね」
「……そっか、そうだよね。分かる訳ないよね。身体測定の日、朝御飯を抜いて体重の増加と闘いつつ、身長と胸囲の成長に希望を抱き保健室に向かうこの気持ち……。ほのかな希望から一気に絶望に追い込まれるこの気持ちを!」
「まさか、そんな簡単に第二次性徴期の少女の希望から絶望への相転移が可能だっていうのかい? よし、すぐに身体測定の少女たちと契約だ!」
「いいわけないでしょ!」
「なら、まどかが僕と契約するかい? 他の何百、何千もの少女と契約するよりも君と契約したほうが僕としても都合がいいからね。今なら、胸だけでなく身長アップもしてあげるよ」
「え、身長も?」
このとき、まどかの中で何かがぐらついた。それを察したほむらは、うずくまるのをやめ、まどかを止めに入る。
「やめなさい、鹿目まどか! 魔法少女になっても胸は成長しないのよ!」
「え? や、その! べ、別に胸のために魔法少女になるわけじゃないよ?! 胸と身長と、あとウエストと体重とかもごにょごにょ……」
「思い切り心動かされないで! 鹿目まどか、あなたはあなたのままでいい。魔法少女になんてならないで……」
「ほ、ほむらちゃん、そんなに私のこと」
「まどかはまどかのままでいいの! 大きさの割に夢と希望がいっぱい詰まっているようで、でも夢と希望じゃ膨らまないその胸とか…… むしろ、そこがまどからしいっていうかとっても可愛いの!」
「なんか歪んだ愛情っぽいよ?!」
「暁美ほむらに惑わされてはいけないよ、まどか。いいかい、君はこのチャンスを失ったら一生、貧乳のままなんだよ?」
「……え? やっぱり、私の胸ってそんなに成長の見込みないの?」
「まどか、そいつの言葉に耳を貸しちゃダメ! 胸に身長にウエストに体重まで変えるなんて、それがどういうことか分かってるの? そんなのもうあなたは原型すら残さないじゃない!」
「げ、原型って……。いくらなんでも、そこまでひどくないよ! いや、そうじゃなくて、そうじゃなくて……。QB、あなたは今まで出会った少女たちに何も思わなかったの?」
「ムラムラしたよ」
「なに、あっさりとんでもないことをカミングアウトしてるの! そういう意味じゃなくて、胸のサイズに苦しんだり、身体測定に悩んだりしてる子を見て、何も感じなかったの?」
「少女特有の悩み苦しむ姿には思わずムラムラしたよ」
「なんでそればっかりなの! それ以外に何も感じないの?」
「ハァハァしたよ」
「だから、なんでそっち方面ばっかりなの!」
「そいつに何をいっても無駄よ。そもそも価値観が違うもの」
まどかに怒りをぶつけられても、まるで暖簾に腕押しだ。QBは気にする様子すらみせない。そんな状況に歯がゆさを感じるまどかを、ほむらは手で制する。
「あなたは手出ししないで。こいつは私が仕留める!」
そう言って、ほむらはマジカル マシンガンを取り出す。QBどころか家までも大破させかねない大物だ。
「って、私の部屋を惨殺事件の現場にしちゃ嫌だよ!」
「……そうね。ごめんなさい、つい熱くなってしまったわ。じゃあ、外で片付けるわね」
「中でも外でもやらないでよ。僕の体が勿体無いじゃないか。まどかも何か言ってあげてよ」
「うん、そうだね。夜にマシンガンはご近所に迷惑だから、人気のないところがいいと思うよ」
「なんで、そっち方面で話が進むんだい? わけがわからないよ」
決定に異を唱えるQBであったが、そんなことを聞く気もないほむらはQBの首根っこを持って、再び窓から外へ出る。
「それじゃあ、行くね」
「うん、気をつけてね。あと次からは玄関から来てね」
「二人で見つめ合うのはいいけど、僕の扱いがひどすぎないかい?」
「あ、ほむらちゃん、身体測定は二週間後だから、それまでには帰ってきてね」
「……考えておくわ」
ほむらは夜の闇の中へと消えてゆくのだった。
――それから二週間後
「本当にものすごかったね、測定を終えたまどかは」
身体測定が行われる中、学校の屋上でQBは体育館を見下ろしながら呟いた。QBに背を向けて座るほむらは、ただ無表情でそれに答えることない。返事はないものの、QBは気にせず話を続ける。
「彼女なら、色々と平均以下の少女になるだろうと予想していたけれど。まさか、身長も胸も下から一位になるとはなね」
「その結果どうなるかも、見越した上だったの?」
視線だけをQBへ向け、ぽつりとほむらは尋ねる。抑揚のないほむらに対して、QBは満足そうに声をあげる。
「遅かれ早かれ、結末は一緒だよ。彼女の成長はほぼ横ばいで、全てが最小であることを証明してしまったんだ。もちろん、後は全国の強敵と競うしかない……。今のまどかなら、おそらく十位内かそこらで、おさまるんじゃないかな? ま、後は君たち人類の問題だ。僕のムラムラは、おおむね解消できたしね」
それだけ聞くとほむらは黙って立ち上がる。その場に測定結果を書くための用紙を置いて……。
「君は測らないのかい?」
「いいえ、私の戦場はここじゃない」
「暁美ほむら、君は…… まさか、まどかよりも胸がはぁっ!」
言い終えるよりも先に鉛の弾がQBを撃ち抜く。
「む、胸はまだ測ってないわよ! そもそもまどかよりも小さく…… 小さくないんだから! 少なくとも前の時間軸までは!」
悲痛な叫びを残し、一人、ほむらは過去へと駆けてゆくのだった。
彼女は繰り返す。まどかを絶望の淵から救い出すまで。
自分の胸がまどかに負けない、そのときまで……
――Fin――
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魔法少女まどか☆マギカ 二次創作。作者HPより転載