No.598032

XrossBlood -EDGE of CRIMSON- (クロスブラッド-エッジオブクリムゾン-) 第一話[3]

u-urakataさん

作戦準備中。

アト、カタコトコトバ、ヨミニククテスミマセン。

2013-07-15 19:47:41 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:230   閲覧ユーザー数:230

   2-0/北の森で

 

 血に惑いし者の行方。

 辺りに佇む緑と生命の匂い。

 夜の闇に包まれた静寂は、嵐の前を予感させる。

 今宵は、いつもと違う。

 森の住人たちは不穏な熱気を感じ取っていた。

 何かが起こる。

 招かれざる者の気配が緑地に漂い始めた。

 炎劇の開幕まで後――――

 

 

 男は、替わっていた。

 外見の違いではなく、内包している何かが。

 一昨日までに纏っていた雰囲気とは別の何かを持って、男は森の中へ踏み入れようとしていた。

「さて」

 辺りを見渡しながら奥へ奥へと進んでいく男は、開けた野原に歩き着いた。

「俺は、この場所から始めるか」

 足場の感触、視野の良し悪し、風の出入りを入念に確認し、頷く。

「……お前はどうする、相棒」

 自分の居場所に満足した男は、空を見上げて呟いた。

 男が見つめる先の中空に『何か』が姿を成そうとしていた。

「……ベツノトコロ」

 『何か』は靄のような状態から、質量を持った身体を徐々に現した。その姿はまるで、巨大な炎の蝶の様であった。一昨日確認された火の玉、その正体が男に話しかける。

「ワタシハベツノトコロニイク」

「ここからでは気に入らないか?」

「ソウデハナイ。ワタシトオマエ。ベツベツノバショカラセメル」

「そうか。この森は案外広いから二手に分かれた方が効率はいいな。燃やす楽しみは減るがな」

「ソレニナニヤラ……ウゴイテイル」

「動いている?確かにここいらは動物がまだ健在だからな。それがどうかしたか?」

「チガウ。ウゴイテイルノハ……ニンゲンダ」

「人間?……なるほど。ようやく動き出したという訳か」

 炎の蝶が言っていることを理解した男は、分かっていながらも、周囲を見渡す。この辺りに人間の気配は感じ取れなかった。

「どのくらい近いか、判断できるか?」

「マダ、モリヘハ、ハイッテキテイナイ。ダガ、ナニカジュンビヲシテイル。……イヤ、フクスウノニンゲンガウゴイテイル。マチトモリノサカイメニアツマッテイル」

「ほう。そこまで分かるか。感心だな。どうやら奴らは俺達を森から逃がさないようにするつもりだろう。まあ、俺達というより炎が自分達の住む街へ燃え広がらないようにしている、というのが本心か」

「ドウスル。センテヲウツカ」

「いや、まだいい。まだ時間ではないからな。それまでは好きなようにさせてやれ」

「ワカッタ。デハ、ワタシハイドウスル。ジカントトモニ、ハジメル」

「ああ、そうしてくれ」

 一通り男と言葉を交わした炎は、四枚の羽(と思われる部分)を羽ばたかせ空に舞っていった。この場から西の方角へ飛んでいったかに見えたが、途中でまた靄のように消えてしまう。

 その様子を特に無関心といった表情で見ていた男は、視線を空から木々へ戻し、呟いた。

「そう、時間と共に始めよう。俺達の宴を」

 そういった男の瞳が赤く光ったように見えた。

 男――ガルダム・パラサンドラと、

 炎――フレイム・フェアリー達の、狂宴。

 主役の揃ってしまった舞台の開演まで後――――

 

 

 

   2-1/初陣準備

 

 その日の深夜、日が変わるまで後数分。

 小隊駐屯地、通称“事務所”の前では軍用のバギーが二台停車している。どうやら備品の積み込みを行っているようだ。

「消火器に消火弾かぁ。できれば燃やされる前にどうにかならないもんかねぇ」

「備えあれば、ということですよ、加弥先輩」

「どこから出火するのか分からないんだろう?北の森はかなり広いぞ」

 誠十郎が普段より真面目な話し方をしている。どうやら彼の中ではすでに戦闘モードにはいっているようだ。

「それはそうですが……森の周囲にはすでに自治体の警備員や消防隊の人達が配置についています。何か異変があったらこちらへ報告をくれますから」

「どうも、後手にまわっている感じだなぁ。ちなみに変わった報告とやらは今のところ」

「ありません」

「ということはつまり……敵がまだ森に入っていないか、もしくは、すでに潜伏していていつでも仕掛けられるかのどちらか、ということだな」

「!!」

 誠十郎に言われた言葉に一瞬、絶句した綾斗。

「そ、それじゃあ、僕らがまだここにいるということは」

「出遅れる可能性は無い、とはいえない」

「そんな!加弥先輩!急いで準備を!あ、隊長達にも」

 慌てて積み込みの手を早める。が、小さな備品がいくつか地面に転がる。

 それを拾うため、綾斗は地面に屈みこんだ。そこへ。

「ふふふっ。綾斗君。何をそんなに慌てているの?」

 綾斗の後ろから声がかかる。振り向いて話し掛けようと立ち上がる。小さな備品がまた一つこぼれた。

「た、隊長!は、早く行きましょう!森が、森が!」

「……慌てるな。綾斗」

「ですが副長。こうしている間にも犯人が」

 なおも口調を荒げる綾斗の後ろに、笑いをこらえるように口に手を押さえている誠十郎を、有理は見た。

「……なるほどねぇ。綾斗君、落ち着いて。今のあなたの仕事は取り乱さないことよ」

「しかし!」

 いまだ、熱を帯びた綾斗の声。そこで、

「はっ、はは、あーはっはっはっはっは!」

 せき止めたダムが決壊したかのように誠十郎が大声で笑い出した。

「えっ!?」

 さすがに呆気にとられたのか、綾斗は誠十郎に視線を移しながら固まっていた。

「はははっ、いやー綾斗は面白いねぇ。くくくっ、ここまで乗せやすいとは」

「誠君。綾斗君で遊ばないの。全くもう、いつも言っているでしょう。作戦任務中はふざけないの」

「はーい。以後気をつけますよ。くくっ、それにしても……ふふっ」

「え、え?……もしかして冗談……ですか?」

「今更気がついたのかね、綾斗君?」

「そ、そんな。驚かさないで下さいよ~」

「いや~初めての戦闘作戦でカチコチに緊張している後輩君を、素晴らしい先輩がリラックスさせてあげようと仕組んだ話題ですよ~。おかげで肩の力、抜けただろう?」

「……あ、そういえば、確かに」

「そうだろう、そうだろう。さすがオイラ、気が利いてるぜ」

「でも何か……どっと疲れましたけど」

「……オホン。それはともかく」

「話、逸らすんですね」

「まあなんだ。ここからは真面目な話だぜ。さっき言っていた、出遅れる可能性とかは、実際に無いとは言い切れない」

「や、やっぱり!!」

「落ち着けよ。話はまだ終わっちゃいない。そんな可能性があると知ったうえでの警備体制だ。それに今回指揮を執っているのはあのカルマの兄さん……いや副長だぞ。『緑』を大切に想うあの人のことだ。もし、火の手があがったとしても、それを最小限に抑える作戦をすでに用意しているはずだ」

「た、確かに。副長なら森に火を放つような犯人を決して許さないでしょうね、森の動物達にも好かれている人ですから」

「そう。だから綾斗はまず、戦闘行為に移る前に、副長を、警備隊を、信用してもらわないとな」

「!?」

 誠十郎の言葉で、綾斗はようやく、自分の発言がいかに愚かしいかを実感した。

「……はい。僕は、信用していなかったんですね。副長を、警備の人々を。…………ありがとうございます、加弥先輩。気付かせてもらって。先輩がいなかったら僕は……」

「おーっとそこまでだ。分かったならそれでいい。反省は終わりだ。信じて進め。それだけのことだしな。それに男のしおらしくなった姿見てもオイラ萌えねぇし。というわけで以上、だ」

 話の区切りをつけた誠十郎は綾斗に背を向けてバギーの方へ歩き出した。

「……先輩。ご指導、ありがとうございます!」

 その背中に敬礼する。すると、誠十郎が振り返った。

「そうだ、綾斗。今後『先輩』と呼ぶのは無しな。隊長達みたく下の名前で呼んでくれ。戦友として」

「戦友として、ですか……では『誠さん』でいいですか」

「ああ、構わんよ。あと敬語も使わなくてもいいや。堅苦しいし」

「それはさすがに……」

「まあ、そう言うだろうな。お前は真面目だからなあ。敬語はどっちでもいいや、任せる」

「はい。加弥先……誠さん、ありがとうございます」

「おう、それでいい。書き手の奴もこれで少しは楽になるだろう」

「???」

「いやなんでもないさ。さーて、積み込みの最終チェックといきますか」

 バギーへ戻る誠十郎を見て、綾斗は改めて戦士の心得を反芻した。

「……よしっ!!」

 無意識の内に気合が言葉となって出ていた。

「綾斗君、先輩からのアドバイスはどうだったかしら?」

 そこへ、有理とカルマが話し掛けて来た。

「有理隊長。おかげさまで有意義な事を……それより、先程はすみませんでした。取り乱してしまって」

「ううん、気にしないで。初陣の時は誰でも気持ちが落ち着かないものよ」

「面目ありません。副長も、大変失礼しました」

「……問題ない。綾斗の初陣、仲間として全力で支援する」

「ありがとうございます。初陣……そうですね。隊長、若輩者ですが、どうぞ宜しくお願いします」

「ええ、こちらこそよろしくね」

 そうして有理の方から握手を求めてきた。綾斗もそれに応える。このときになってはじめて綾斗は隊長・副長の変化に気がついた。

「隊長、その服装は」

「綾斗君の初陣に合わせて新調したのよ。ニースもね」

 有理はその場でくるりと一回転してみせた。昼間見せた白のチャイナドレスとは別の艶っぽさを見せる赤のチャイナドレスを纏い、長髪を頭の後ろで結ってポニーテイルにしている。

「どう?似合っているかしら?」

「とても似合っています。思わず見とれてしまいました。でも、その……」

「ん?何かしら?」

「その左肩のものは……」

「ああ、これね」

 舞うように回った有理は確かに魅力的であった。ただ一部、その流麗さとは異なるものが彼女の左肩についていた。

 ――ショルダーアーマー。

 小振りでおそらく女性戦士用のものと見受けられるだろうが、その無骨な形状は綺麗な身体の線を持った有理に異物を付けているようにすら感じる。

「隠しているのよ」

「隠している?何をですか?」

「それは……乙女の秘密よ」

「は、はあ」

 本人はこの服装(装備)がお気に召しているのか、もう一度回転した。満面の笑みで。

 幸い戦闘には支障の無い服装なので、綾斗はそれ以上追究しなかった。

「副長も、装備、新調されたんですか?ってあれ?副長は?」

「…………こちらだ、綾斗」

 綾斗は声のした方――有理が踊っているさらに後ろに、黒い影が出来ているのを見た。夜のため、最初は輪郭程度しか分からなかったが、目が慣れてくると、その全貌が明らかになった。

「副長。その格好は?」

 有理の後ろにダークスーツを纏い、サングラスをかけた身長2メートル程の男が腕を後ろで組んで待機している。

 その姿は、要人警護のSPさながらの風貌で。

 思考が停止しかけた綾斗だが、恐る恐るカルマの近くに寄った。

「……新しい、装備だ」

「えっとー、着心地はどうですか?」

「悪くないな」

「でも……、副長の武器って確か」

魔沙狩(まさかり)がどうかしたか?」

 ――機巧装具(きこうそうぐ)・魔沙狩。

 カルマ専用の武器でカルマの身の丈以上……つまり全長2メートルを超える巨大な両刃の斧である。これを振り回して戦うのがカルマの戦闘スタイルである。その魔沙狩は只今誠十郎がバギーの後ろに四苦八苦しながら括り付けているところである。

ちなみに『機巧装具』とはクルセイダーの『鋼造班(こうぞうはん)』の職人が作り上げた個人用武具、簡単に言えば特注品ということである。

「失礼ですが、その服装では思うように振るえないのではないかと」

「それについては実証済みだ。慣れてしまえば以前と変わらずに振るえる。だが」

「何か支障が」

「ああ。このサングラスは見づらいな」

「…………えっ?」

 綾斗は、一瞬、固まった。

 もしかして、いや、もしかしないでも副長は、『天然』なのではないかと。

「誠に、これを付けるといいと勧められたのだがどうも見づらい。……血清開放すれば解消は出来るのだが」

「副長、夜の活動では、それは外したほうがよろしいかと」

「どうやらそのようだな。綾斗の言う通りにしよう」

「はい、えーっと、あ、足回りとかは大丈夫ですか?」

「足元か?それも、問題はない」

 見えづらいのでしゃがみこんで注視する。

「どうだ?何か気になることが?」

「い、いえ大丈夫です。問題ありません」

(まさか、スーツの下にコンバットブーツを履いているなんて……普通の革靴でない分、いいのだけど……)

「すみません。いろいろ見せてもらって」

「構わない。……有理。そろそろ綾斗にあれを」

「ええ、わかっているわ。これを渡さないと始まらないのよね」

 綾斗がカルマと話しているところに、有理はその手に何やら棒状のようなものを持って近づいてきた。

「それは、もしかして」

「遅れてごめんなさいね。こういうのはもっと早くに渡しておくべきだったのだけれど」

 袋に包まれたそれを綾斗が両手で受け取る

「……開けてもいいですか?」

「もちろん。それはあなたの物だから」

 慎重な手つきで袋から中身を取り出す。出てきたのは、一振りの剣。

 両刃の西洋剣タイプの武器である。特に装飾といったものは付いていないが、刀身は綺麗に整っている。RPGに出てくるブロードソード、といったところか。

「本当ならあなたの能力をより理解したうえで、それに見合ったものを渡したかったのだけれど、急な事態になっちゃったからね」

「お前の能力は、何の変哲もない支給品の剣の方が、余分な付加は掛からないと思った。それに扱いにクセがないから初心者でも使いこなしやすい」

「ありがとうございます。もしかして剣は副長が?」

「そう。私は結構悩んじゃったのだけれど、ニースはあなたの能力を考慮して最もバランスよく力を発揮できるものを選んだのよ」

 綾斗は早速、剣を握って数回素振りをしてみた。まっすぐな斬撃の風切音が耳に届いた。

「確かにこれなら力をコントロールしやすそうです。そこまで考えていただけたなんて感激です」

「……お前も大事な戦力だ。敵を倒すのも重要だが、それよりも生き抜くために剣を振れ」

「副長。はい、必ず!」

 剣を鞘に収めた綾斗は、自分を激励してくれた副長に敬礼をした。

 

 

 

   2-2/出発

 

「ふふふっ。さて、そろそろかしら。誠君、出撃準備は?」

「大丈夫っす。点検最終チェック終了。いつでもいけますよ。姐さん」

「わかったわ。ニース、綾斗君。バギーに乗って」

「了解しました」

「……了解」

 それぞれ配備された二台のバギーに分かれて乗車する。一台目に今回作戦の総指揮をとることになったカルマと、後方支援の誠十郎。二台目に今回のアタッカー役となる有理と綾斗が乗車した。それぞれ運転席にカルマ、綾斗。助手席に誠十郎、有理といった構図である。

「綾斗!危なくなったらすぐに駆けつけてやるからな。まあそういった思念を感じたら、の話だが」

「なんですか、それ。僕と誠さんじゃ作戦位置違うじゃないですか。後方支援ポイントから最前線までかなりの距離ですよ」

「ったく、冗談だよ。そんなに真に受んな。とはいえ危ないと感じたらまず、自分の身を最優先に守ることだ。いいな」

「わかっています。先程副長に教えていただきましたから」

「なんだよ。兄さんに先越されてたのかよ」

「ええ、武器を受け取った際に」

「あ、そうか。お前まだ武器もらってなかったな」

「……そろそろ行くぞ。綾斗、準備はいいか?」

「はい、いつでも行けます」

 二台のバギーがエンジン音を上げる。

「ちょ、兄さん?オイラスルー?まだシートベルト」

「……しゃべると舌を噛むぞ」

 カルマが勢い良くアクセルを踏む。

「い、ぬおおおおお!?」

 急発進により助手席の誠十郎が前後に激しく揺れ至る所に体をぶつけているのを、綾斗は後ろから見ていた。

「誠君ったら何やってるのかしらねぇ。それじゃあ私達も行きましょう。遅れを取らないように。まあ途中までは同じ道だからついていくだけだけど」

「そうですね。では、出発しますよ」

 綾斗達もカルマ達に続くべく、走り出した。

 

 

 しばらくして。

 綾斗達第六小隊は作戦の中心地点となる森の入り口のひとつ、小隊駐屯地から北西の位置にある場所に向かっていた。

 夜間走行用のライトを灯しながら車両一台がかろうじて走れる場所を進む。あまり舗装されていないのか所々で木の根が車道にはみ出し、その上を通るたびに車内で体が上下左右に揺れる。シートベルトで押さえられている分、車内で体を強打することは今のところ無い。

「しっかし、すごい道だねぇ~。他に進める場所は無いんすか?」

「他では駄目だ。建築物で森が見えない。この道ならば通る際、異変があった場合に対処が早い」

「でもすでに警備の部隊が配置についてるんでしょ?警戒はされているんだし、舗装された道を通った方が目的地には早く着けるのでは?」

「その通りだが……少し気になることがある」

「気になること……ですか。……なるほど、それじゃあ仕方ないか」

 先行しているカルマと誠十郎はバギーの中でそんなやりとりをしていた。かなりスピードを出してここまで来ていたが、その間に誠十郎は何とかシートベルトを着けて激しい揺れを押さえていた。

 と、そこへ。

 彼等の前を一瞬、黒い影のような物体が横切った。それも複数。

「!!!」

 カルマは瞬時にブレーキを踏みこんだ。

 バギーが砂等の噴煙を上げながら停止する。

「……やはり、動いたか」

 そう呟いたカルマは即座にシートベルトを外し、バギーから降りた。そのままドアも閉めずに影が通過した方角へ走り出した。

「痛っ。……え、ちょ、に、兄さん!?一体何処へ?」

 急ブレーキのせいで、所々体をぶつけた誠十郎が声を掛けるが、既にカルマは隣接する森の中へ入り込もうとしていた。

「誠は、そこにいろ。すぐに戻る」

 そのまま暗闇の木々の間へ姿を消した。

「一体、どうしたってんだ、全く」

 困惑した誠十郎も外に出てきた。と、程なくして後ろから光が迫ってきた。誠十郎の乗るバギーと同型。つまり、綾斗と有理の乗っている車だ。こちらも停車すると、状況確認のため降りてきた。

「誠さん!何かあったんですか?」

「それはオイラも聞きたいね。走行中前方に黒い影が横切ったのを見たんだが、それを見た兄さんが停車してそのまま森の中へ入っちまったんだ」

「森の中へ?まさか敵が!?」

「うーん、そうじゃないと思うが……オイラにはここで待ってろと言い残して入っちまったから」

「……どういうことです?」

「それが分からんから、ここで待ってるしかないのよ」

「……そう。ある程度理解したわ」

 そこへ有理がやってきた。

「とりあえず、ニースが帰ってくるまでここで待機しましょう」

「え?しかし」

「大丈夫よ。それに戻ってきたら作戦変更になるだろうし」

「それは、どういう?」

 状況の理解がいまいち出来ないまま綾斗はカルマが入っていった森を見つめていた。

 

 

 

   ***

 

 深い緑と夜の闇が覆う森。

 カルマは先程車の前を横切った黒い影を追っていた。

 影の速さからして、遅れて森へ入ったが、影はまだ捕捉できていた。

 いや、正確には影がカルマを森の中へ誘っているのだ。影はある程度進むとそのスピードを緩め、やがて止まった。暗闇で見にくいが、その際体を反転させ、こちらに向くような仕草を取ったように見えた。

「……そろそろか」

 影の停止を確認したカルマも続いて止まった。

 目の前の木々に紛れて、大小様々な黒い影が確認できた。

「……けっこういるな」

 しかし、カルマは冷静だった。なぜならば、彼にはこの影達の正体が何か既に分かっていたのだから。

「無事でなによりだ、お前達」

「グルルルゥ」

「キューン、キューン」

「ヒャッハー」

 森の奥から聞こえてくる混ざり合った様々な音、いや声が影の正体を教えていた。これらは全てこの森で生活をしている動物達であることを。

 そして、それらの声の最前列にいた影はカルマが追っていった影であり、つい最近出会った者であった。

「皆をまとめて逃がしてくれたのか。礼を言おう。チーフ」

「グウウー(あたりまえのことをしただけだ。それよりも)」

 カルマに『チーフ』と呼ばれたのは、先日、小隊駐屯地に現れたリスであった。

 どうやら、このリスが率先して森の住人の避難誘導を進めてくれていたらしい。いや、正確には今現在もチーフの指示で避難が進んでいる最中なのだろう。耳を澄ますと何かが動く音が森の奥から聞こえている。

「……ああ、分かっている。今から向かおうとしていたところだ」

「グウグウグウ(その敵とやらだが、どうも気配が妙だ。その先の気配は人とは違うようだ。)」

「何!?あちらではない、というのか。……ということは」

「グウウ(とはいえ完全に人ではない、とも言い切れない。何とも不気味な感覚だ。)」

「……そうか。それで、本体がどちらなのか分かるか」

「グウウー(遠目からの影を確認した。しかし、昨日今日知りえた情報だけでは物証に欠けるな。)」

「見た目だけでは何ともいえない……か。」

「グウグウ(だが双方とも真人間とは思えない。これだけはわかる。此処に住む仲間たちからも勿論だが、森の空気や木々が恐れを感じ縮こまってしまっている。俺には自分の庭の様子を感じ取れる力もあるみたいだからな)」

「それだけ分かっただけでも十分だ。お前達は避難を続けてくれ。後は我々が引き受ける」

「グウウー(わかった。くれぐれも気をつけろよ)」

「ああ、重ねて礼を言おう」

 そこでチーフとの会話を終わらせたカルマは、彼らに一礼をした後、きびすを返し元来た道を走り出した。

 

(思っていた通り…か。しかし、まだ本体がどちらかまでは分からないか……)

 走りながら、先程の会話から得た情報を整理する。

(やむを得ない…か)

 そして一つの作戦を思いつく。と同時に彼は、森を抜けた。

 

 

 

   ***

 

「ん!?何か聞こえる」

 カルマは十分もかからない内に綾斗達のいる道へと戻ろうとしていた。かなりスピードを出しており、森を抜けても勢いが殺しきれなかったため、丁度真正面にあったバギーの扉部分に右手を突き出し強引に止めた。

 辺りに砂埃が舞い、一時視界が悪くなる。

それが晴れると、動きを止める際に突き出した右手の一撃を受け止めた扉が凹んでいるのが見えたが気にせずに綾斗達に向きなおした。

「…………遅くなった」

「ケホッ、ケホッ。……カ、カルマ副長。お、お帰りなさい……ケホッ」

「ゴホッ、ゴホッ。……に、兄さん、ダイナミック帰還するなら教えてくれよ、まったく~。ゴホッゴホ」

 カルマの急な登場に対処しきれなかった二人が咳き込み、涙目になりながら訴える。

「……すまない、以後気をつけよう」

「お疲れ様、ニース。それで、どうだった?」

 唯一、男二人の後ろにいたことで砂埃の被害を受けなかった有理が涼しげに話しかけてきた。

 有理の顔を見て、彼女はこの事態を予期していたと確信したカルマは、改めて向い合う。

「……有理の思っていた通りだ」

「……そう。ならこの先、どう行動しましょうか、司令官?」

「おっ、思っていた通り?」

 砂埃から開放された二人がカルマと有理の会話に加わる。

「さっき言っていた、作戦変更がどうの、とかいう話ですかい、姐さん?」

「そういうことね。でも、詳細は今からこの司令官さんが教えてくれるわ」

「……ああ、わかっている。誠、綾斗。これから作戦変更の旨を伝える」

「はっ、はい!」

「よっしゃ、ばちこい!」

「……では伝える。犯人は有理の思っている通り、本体と囮の二手に別れて仕掛けてくる」

「二手……ですって!?犯人はガルダムという男一人なのでは?」

「そのとおり、一人だ。だがいまや、一人と一体、いや、最悪複数の固体だ」

「どういうことです?」

「お前達も見ただろう、前の放火を映した映像を。そのとき犯人とその周りに浮いている炎のような物体を」

「確かに。炎のような物が浮遊していて……でもあれは犯人のブラッド・フォームで作られたものですよね」

「只の炎ではない。あの物体は浮遊していたのではなく……行動していたのだ」

「行動……自らの意志で動いていた。……成程そういうことか兄さん」

「誠は理解したみたいだな」

「また僕だけ分からないんですけど……」

「綾斗、炎は元々道具ではなく、ある程度自律稼動が可能な固体だったんだ」

「自律稼動……ということは、犯人の意志とは別に動くことができる…………そうか!」

「自らの意志を持っている、ということだ」

「それが血の本能で」

「炎の完全自律稼動が可能……これでもう一人の放火魔が誕生したと。こんな感じでいいかい、兄さん」

「大方、間違いないだろう」

「二人になった犯人が二段構え、或いはそれ以上の手札を使ってくると」

「チーフの情報によると、炎を囮、人間を本命として攻撃してくるだろうと。場所は絞られているのだが、どちらが現れるかまでは行って見なければ分からないらしい」

「そこまで分かったなんてさすが兄さん……うん?チーフって誰?」

「チーフは昨日事務所に来たリスだ」

「??リスが情報提供??」

 チーフの訪問後に駐屯地に戻った誠十郎はよく分からないといった表情をしている。

「ともかくこれで奴の動きは絞られた。我々も二手に分かれる」

「本体と囮を攻める為ですね」

「このままでもいいんじゃね?丁度二人ずつになってるし」

「いや、誠には有理達と行動を共にしてもらおう。三人で本体を叩いてくれ」

「兄さん!?でも本体と囮、どっちに出くわすかわからないんだろう?それなら」

「……我の勘が確かならば、西に囮、東に本体だ。当然囮である西側が先に動く」

「副長」

「兄さん」

 二人ともカルマから感じるただならぬモノを感じ取り、一瞬の間ができる。無音を解除しようとどちらともなく話しかけようとしたが、無言を破ったのはどちらでもなかった。

 轟音とともに西の方角から爆炎が上がる。衝撃が木々を震わせながら綾斗達のいる路地まで伝わる。

「!!」

「先手をとられたか。すぐに動く。分からない事は有理に聞け。以上だ」

「兄さん!!」

 爆音が響いた際、カルマは既にバギーに乗っていた。エンジン音が激しく伝わってくる。

「……本体を、頼む」

「……もちろんよ。わかっているわ」

 急発進をする直前、バギーに近づいた有理とカルマの短いやりとりは隊員達には聞こえなかった。

「さあ、私達も出発よ。当初の目的とは正反対だけど、すぐそこを曲がって舗装された道に出れば森の東側に直行できるわ」

「兄さん……」

 珍しく低いか細い声で誠十郎が呟いた。

「誠君、司令官の命令は絶対よ。思っていることは分かるけれど、私達にはその使命を達成する義務があるわ、だから早く……」

「姐さん、オイラ」

「大丈夫よ、ニースは……」

「オイラの銃、兄さんのバギーに積んだままなんだけど。素手で戦えと?」

「…………」

「血清開放してまでサポートしろと?嫌だよ、そんなの。只でさえ昨日のヘルプで能力使い過ぎてる感があったのに」

「…………」

「そもそも今日はヘルプ明けの休日のはずだったのに……」

「…………はあ」

 有理は自分の勘違いと誠十郎の呑気な考えに呆れて頭を左右に振った。

「あれ?姐さんどうしたんですか?具合でも悪い?」

「そうね。あなたの感情を読み取れなかったからどこか悪いのかもね」

「そりゃあ、大変だ!!作戦は綾斗に任せてここはオイラの愛の詰まった看病を」

 そこまで口に出した所で聞きなれた風の音がした。

「うん?」

 

 ハラリ。

 

 斬った。今回は誠十郎のTシャツを真二つに。詳細は前文参照。

「あ、あ……」

「治ったわ。行きましょうか。こちらも先手を打たれる前に」

「姐さん、酷いっすよ。せっかく看病してあげようと思ったのに」

「誠君、次はズボンね」

「行くぞ、綾斗!!ぐずぐずするなよ!!」

「あ、はい只今」

 逃げるようにバギーに乗り込む誠十郎。その後を綾斗が追う。一連の話を聞いていて若干苦笑いを浮かべているようにも見える。

「ふう、やれやれ……ね」

 呆れながらも、彼女の瞳には揺ぎ無いものが写っていた。

 

 一方。

「たとえ囮でも、これ以上燃やさせはしない!!」

 カルマは厳しい表情をして、放火魔の片割れの元へ向かっていた……。

 

 ―――炎劇はついに、幕を開けた。

 

 

 


 
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