まだ日も出て間もないこの時刻魏にある中庭の中心では、二人の男女が戦っていた。
楽進
「はっ!せっ!やぁ!」
一人は楽進。魏の武将であり北郷隊三羽烏の一人だ。
その魏の武将の中でも屈指の実力を持つ彼女。その鋭い突きや蹴りをくらえばまともの立ち上がることすら難しくなるだろう。
桂枝
「・・・甘い。」
しかし、そんな彼女の目の前の男・・・桂枝は、その連撃を完璧に見切っていた。
彼が華琳の補佐となり働くようになってからはや二ヶ月が経過した。
先の戦場で乱れに乱れた氣も安定しており、骨折した足を含む怪我はすべて完治している。
後は戦闘中の感覚だけ・・・ということで彼は彼女の模擬戦の誘いを受けた。
最初の頃こそ危なっかしく避けていた攻撃も今ではまるで風に薙ぐ布のようにすいすいとよけている。
楽進
「ならば・・・これで!」
あまりにも攻撃が通らないことに焦れた楽進が必殺の猛虎蹴撃を放とうと氣を足にまとう。
猛虎蹴撃・・・足にためた氣の塊を上段の蹴りとともに放つ楽進の必殺技で、その気弾にぶつかれば家ですら吹き飛ぶという強力な攻撃である。
桂枝
「やれやれ・・・これで詰みだな。」
しかしそんなものが隙を見せたわけでもない桂枝に当たるはずもなし。楽進が重心を軸足に移したその瞬間。彼は重心の乗り切ったその足でおもいっきり蹴り払った。
楽進
「えっ?・・・うわっ!」
重心の乗り切ったその足を崩されてしまった楽進はあおむけに転倒してしまう。背中を走る衝撃からものの一秒もないその瞬間。目の前には下段に突きを放とうとしている桂枝の姿があった。
楽進
「・・・参りました。」
その突きをかわせればまだ戦えるかもしれない。しかしそれも彼が相手では不可能だと楽進は判断する。
そしてこの状態からの逆転の目はないと理解した楽進は、潔く己の負けを認めた。
流れるような氣の動き。見切りを基軸としたその戦い方に無駄の少ない考えられた立ち回り。
荀攸公達は完全に復活していた。
桂枝
「ほら、立てるだろう?」
桂枝はいまだ倒れてる楽進の手を差し伸べる。もとより楽進は転ばされただけだ。楽進は出された手を取りゆっくりと起き上がった。
楽進
「お手合わせありがとうございました。完敗です。自分の未熟さを思い知りました。」
起き上がり頭を下げる楽進。その表情は心なしか暗い。
それもしかたないことだろう。なにせ自分の得意とする格闘戦で手も足も出ずに負けたのだから。
桂枝
「ああ。こちらこそ悪かったな。私のわがままに付きあわせてしまった。」
だからもっともっと強くなりたい楽進が身支度を整える桂枝に対して
楽進
「あの・・・もしよければ私のどこが悪かったのかを教えていただけないでしょうか?」
こう聞くのは必然の流れだろう。
だが相手はあの桂枝。身内には優しいが他人には冷たいと言われている男だ。
聞いては見たがおそらくダメと言われるだろう。そんな諦め9割の心持ちで言った楽進だったがしかし・・・
桂枝
「んー・・・それは構わないんだが今は時間がない。また今度な。」
楽進
「えっ!?」
帰ってきた答えは予想外のものだった。
さっさと踵を返して食堂へと向かっていく桂枝を眺めつつ楽進は放心している。
それほどまでに信じられないことだった。しかし状況を理解した後に楽進は小さくぐっと拳を握りこむ。
楽進
「やった・・・!」
なにせ相手はあの桂枝。多種多様な武器を使いこなし、聞いただけで天の国の技すら体現してのける曹魏中でも指折りの技術者だ。
教えてくれるといった以上、きっと自分に見合った必殺技を教えてくれるに違いない。
自分は一体どんな技を教えてもらえるのだろう・・・そんな期待に胸を膨らませつつ足取りも軽く楽進は自室へと戻り、仕事の準備に取りかかるのであった。
しかし・・・期待言うのは大きければ大きいほど裏切られた時の落胆も大きくなるもの。
結局、楽進がいくらまてども桂枝から声がかかることはないのであった・・・
霞
「なるほど。それでウチから桂枝に話をして欲しいと。」
楽進
「はい・・・」
とある食事処で昼食を取りながら楽進と霞は話していた。
軽い自由気ままな印象がある霞と固く生真面目な楽進だが二人はかなり仲が良い。
こうやって相談事をもちかけたりということは別段珍しいことではなかった。
霞
「しっかしいつの間にそないな約束を取り付けるほど仲良くなったんや?凪も桂枝と基本かかわろうとせんかったやろ?」
注文を頼み終えた霞は当然の疑問を投げかける。
霞はいいやつだと思っているがなにせ相手はあの桂枝。
身内相手ならばともかく他人となればたとえ数刻一緒にいようと一言すら話さずじっとしている事ができるほどの無愛想な人間だ。
真名をあずけていないが人間が彼を気に入るには一目見た時の直感か、ある程度の期間を見ていない限り人としての良さなど伝わりようがない。
楽進もそういうところが苦手だと自分に行ってきたこともある。だからこその疑問だった。
その疑問の意図がわかる楽進は間を置くために水を一口。そして・・・
楽進
「はい。確かに自分は荀攸様のことを苦手に思っていました。ですが・・・今は違います。」
楽進はポツポツと自分が桂枝と早朝鍛錬をし始めたことから静かに語りはじめた。
流琉からのお願いが始まった早朝鍛錬の付き合い。最初は自分の鍛錬時間を伸ばすいい機会程度に思っていただけだった。
実をいうと楽進は桂枝のことが苦手だった。魏にいる他の仲間達とは違い桂枝は無口だからだ。
周りが騒がしい中で一人静かにしていることが多い彼女にとって、お互いに無言状態が続く相手は気まずくて一緒にいたいと思わないからだ。
これがぼーっとしている人・・・とかならまだ話しようがあったろう。しかし相手は雰囲気的にどこか近づきがたい桂枝だ。彼女から用事がなく話すことなどできるはずもない。
そんな二人なため、例えどこかで不意に一緒になってもお互い終始無言なんていうこともザラにある。故に彼がどんな人なのかを彼女は理解していなかった。
早朝の鍛錬中に雑談をしたことなどない。アイサツを交わしたらあとはそれぞれがそれぞれの鍛錬を行うだけだった。
しかしその最中で彼女はずっと桂枝の鍛錬を見ていた。筋力鍛錬を終えたその後に、延々と拳を、剣を、槍を振り続けるその姿を。
特別なこと、奇抜な型をやっているわけではないただの素振りだ。しかし楽進はそれをとても綺麗だと感じた。
本当に怪我をしているのか?と不思議に思う程丁寧な型。それを楽進は鍛錬の度に毎日見た。
そう、毎日だ。例え雨がふろうが風がふこうが桂枝はそれを休まずに繰り返し続けた。
とある大雨の日、いつも通りに外に出て鍛錬を行おうとする桂枝に彼女は聞いた。「こんな大雨でもやるのですか?」と。
そうしたら「大雨でも敵は来るだろう?」と当然の用に返された。
そんな桂枝を毎日みているうちに、楽進の苦手意識はいつしか尊敬の念へとすり変わっていった。
楽進
「・・・ですので今は苦手とかそういう意識は持っていません。一人の武人として、私は荀攸さまを尊敬しています。」
ひとしきり話し終わり、楽進は手元にあった麻婆豆腐と平らげる。
霞
「なるほどなー・・・凪にも桂枝のよさがわかってきたっちゅーことか。」
話を聞きながらラーメンを食べていた霞もうんうんと頷きながら納得した。自分が惚れた男が自分のお気に入りに認められて悪い気がする人もいないだろう。
しかし・・・だからこその疑問が残る。
霞
「じゃあなんで桂枝は凪をここまでまたせとるんやろうなぁ。」
仮にも毎日鍛錬にいた楽進だ。別に桂枝も悪意をもっていはいないだろう。
だからこそ楽進がここまで思い悩むほどに待たせる理由が霞には想像できなかった。
楽進
「・・・やはり私のような未熟者に教えることもないいうことでしょうか。その場しのぎの言葉だったのに変に期待してしまって・・・」
悩む霞をみてますます楽進は落ち込んでいく。それを聞いた霞は憤慨した。
霞
「あほぅ!桂枝はそないな男やあらへん!もし教える気がないんやったらあいつははっきりとそう言うわ!」
そう、姉はともかく彼はそういった嫌がらせや陰湿なことは全くやらない男だ。たとえ誰が相手であろうとやらないならやらないときっぱり断る。
そういうはっきりしたところが気に入っている霞としては断じて見過ごせることではなかった。
霞
「よし!わかった!そないにいうなら今からちょうど部隊の調練がある!そのときに桂枝を特別に凪に貸したるわ!」
ここは一気に不満を解消してやるべきだろうと判断した霞は強権の発動を決める。
楽進
「ええっ!?い・・・いいんですか!?」
不意の宣言に楽進は驚く。話はしたが彼女とてまさか今すぐに話をとおしてしかも実行してもらえるとは思っていなかった。
霞
「おぅ!凪のためになるならこのくらいお茶の子さいさいや!桂枝にはガツンといったるさかい安心して任せときぃ!」
しかし、霞の意見は変わらない。おそらく時間が取れずいるだけであろう桂枝にとってもこの提案は効果的だと判断したからだ。
それに桂枝が教える内容というのも少し気になっている。いったい楽進に何を教える気で、それを知った楽進どこまで強くなるのだろうと。
引いては次戦う時は非常に面白くなるだろうと、内心武人としての期待も大きかった。
楽進
「は・・・はいっ!ありがとうございます。」
そんなこころを知ってか知らずか、楽進はその場で深々と頭を下げた。
楽進にとっては強くなれる絶好の機会を得て、霞にとっては強くなった楽進を楽しめると双方に得しかないこの提案。
この提案は当人である桂枝いない所で勝手にきまっていくのであった・・・
昼食時が終わり部隊調練が始まる少し前。
霞
「・・・というわけや。今日は調練やないくて凪を鍛えてやってくれ。」
先の宣言通りに霞は楽進とともに桂枝に話をしていた。
桂枝
「はぁ。確か約束はしていましたしそれはいいのですが・・・」
桂枝は後ろにいる楽進を見ながらも何故こんなことになっているのだろうか・・・と頭の中では思っていた。
霞
「なんや。気がのらないとでも言うつもりなんか?桂枝が自分でいいって言ったんやろう?」
霞の眼光が少し強くなる。
桂枝
「いえ、自分でやるといったことを曲げるような気はありませんが・・・」
霞
「ないけど・・・なんや?」
それを浴びた桂枝は困ったような顔をしながら言葉を紡ぐ。
確かに桂枝は約束はしたし別段破るつもりもなかった。しかし大きな誤算があった。
桂枝
「いえ、それを言ったのって今日の朝なんですよ。ですのでこんなに強く言われるほどまたせたという認識がなかったのでちょっと。」
そう、あれからわずか数刻しかたっていないのだ。
まさかわずか数刻ほど時間を開けただけで霞に相談に行くほどに悩みになる程の問題に発展し、ついには予定を無理やり開ける事態となるとはさすがの彼も全く想像だにしなかった。
霞
「・・・えっ?今日の話なん?」
霞も楽進の話し方からしててっきり10日以上はまっているものだとばかり思っていた。流石に朝の話で昼にあそこまで悩んでいるとは普通考えもしないだろう。
楽進
「はい。もう朝にそれを聞いた時からずっとお待ちしていたんです!」
霞
「いや、それは待つとはいわんのとちゃうかな・・・?」
しかし楽進にとってはまさに一日千秋の思い。彼女にとっては目の前に強くなる方法が落ちているのに待っていることなどわずか数刻でも耐えられるものではなかったということだ。
思わず霞は桂枝の方を見ると、桂枝は困り顔のまま霞の方を見ていた。
数秒の沈黙。
霞
「あ・・・あはははは。とりあえず凪のことは桂枝に任せるさかい。凪もみっちり鍛えてもらいや。」
楽進
「はい、ありがとうございます!」
なんとなくその場に居づらくなった霞はそのまま調練場の方へと向かっていく。それをみて桂枝はため息を一つ。
桂枝
「さて・・・せっかく時間をもらったことだし。中庭ででもやるか。」
楽進
「はい!よろしくお願いします!」
そのまま特訓を始めるために、中庭へと移動を開始するのであった・・・
昼下がりの中庭。この時間帯は非番の将がゆっくりしている以外では、何故か仕事中でも通りがかることがある北郷くらいしか寄り付かない。
今日は誰もいないので、訓練を行うには絶好の場所になっていた。
桂枝
「そうだな・・・まず細かい基礎はおいておいて考え方から教える。言っておくが私が今から教えることはあくまでもひとつの意見だ。自分の肌に合わないと思ったら全部忘れるように。」
そういって桂枝は楽進から三歩ほど距離をとる。
桂枝
「まずはお前が最強だと思う技を見せてみろ。」
そして何もない方向へ指をさして楽進にこういった。
楽進
「・・・はいっ!」
いわれた側の楽進の頭のなかにはすぐさまその技が思い浮かぶ。
全身の氣を練りあげていく。その氣は全身を真っ赤に覆いまるで炎のさなかにいるようだ。
そしてその氣はすこしずつ右足に寄っていく。そのあつまった氣はやがて大きな一つの塊となって・・・
楽進
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
気合とともに繰り出された蹴りから気弾となって飛んでいった。
爆音とともに軌道上にあった木がなぎ倒される。・・・一本で済んだのはある程度は手加減をしたからだろう。
ーーーー猛虎蹴撃。楽進の象徴とも言える大技である。
桂枝
「・・・何度見てもすごいな。あんな氣の放出私には絶対にできん。」
桂枝はその技を眺めて思わずため息。氣の絶対量が足りない彼には真似ができても使ったら負けが確定するため使えない技だ。
しかしこの技には大きな穴がひとつある。
桂枝
「さて・・・今の技についての質問がひとつある。」
楽進
「はいっ!」
桂枝
「お前・・・あれをウチの将の誰かに当てられたことあるか?」
楽進はその言葉に思わず目をそらした。
そう、当たらないのだ。直撃前の溜めが長すぎてそもそも発動ができないことが多い。仮に出されたとしても相手からみればうってくるのがバレバレなためあっさり避けられてしまう。
それでも相手が必ず避けるしかないため体勢を立て直すのには使えるため無駄とは言わないが明らかに燃費が悪い。
・・・だからこそもったいない、と彼は感じていた。
桂枝
「まぁいつかはあの技の改善案も教えてやるとして・・・次は私が最強技を見せてやる番かな」
といい桂枝は腰だめに拳を構えた。
ついに教えてもらえるのか・・・!と期待に胸を膨らませる。まさかいきなり奥義から教えてもらえるとは思っていなかった楽進の興奮は凄まじい。
桂枝
「格闘戦においてのみだが・・・私の最強の技はこれだ。」
といいそのまままっすぐと体重をのせまっすぐと拳をつきだした。
その動きに楽進は見覚えがあった。毎日毎日見ていた動きだからだ。
楽進
「・・・ただの正面突きにしかみえませんでした。」
桂枝
「ああ、ただの正面突きだからな。」
極めて真面目な口調で言い放つ桂枝に対して思わず楽進は声を荒げた。
楽進
「ふざけないでください!荀攸さまならもっと素晴らしい技をいくつも知っているはずです!それなのにただの突きが最強の技なんて・・・私をからかっているのですか!?」
楽進の怒りもよく分かる。色々と派手でかっこいい大技や一撃必殺の強力な技を教えてもらえると思ったのにただの正面突きだ。
そんなものをそう感じているのだろう。
だからこそ桂枝は彼女伝えないくてはいけないと思い桂枝は教えてやると言い出したのだ。
桂枝
「なぁ楽進。私はな・・・どんな武術であろうとその基礎技に勝てる技はないと思っているんだ。」
ーーーー基礎の、その本当の意味と強さを。
楽進
「基礎技に勝てる技が・・・ない?」
楽進は首を傾げる。彼の言っている意味が全く理解できなかったからだ。
それを察した桂枝は話を続けた。
桂枝
「例えば剣。魏では春蘭さんだな。重さも鋭さももはや常人の領域からはあきらかに突き抜けているがあの人がなにか特別なことをしていたという記憶があるか?」
楽進はコレまでの戦いを思い返す。今まで見てきた敵将を含めた様々な将、その動きを。しかし・・・
楽進
「・・・ありません。」
印象に残った技は確かになかった。ただたんに力強く、素早い振りや動きで相手を圧倒している姿を思いうかべることしか出来なかったのだ。
桂枝
「だろう?強い人ほど奇をてらった行動はしないし、必要ないんだよ。どんな複雑な技を使うよりも基礎である「まっすぐ斬る」ことが一番速いんだからな。」
しかしそれは当然のこと。常人を超えた将の一撃というのは一発一発が致命傷を与えるほどの威力を秘めている。ならば威力や速さを誤魔化す為につかう技など使う必要がない。
たとえどんなに強い人間であろうと一直線に急所を狙う行動よりも速く、強い一撃などできるはずがないのだから。
桂枝
「私もそこだけはきっちり覚えた。剣は縦斬りではなく横薙ぎだったが槍は突き。弓ならば「まっす矢を飛ばす」ことだけを徹底的にな。幸い学習能力だけは高かったので、人よりは早く「当てれば人を殺せる程度の力」をつけることはできた。
・・・あとはそれをどう当てるかという小細工が多少あるだけだ。」
実際に桂枝の戦い方もその時に持っている武器を訓練したとおりに振り回しているだけで大技じみたものはあまりない。
反動と加速距離で速さを擬似的に生み出す燕返しや相手の勢いをそのまま流して投げる巴投げといった一風変わった技もあるがそれはあくまで奇策用。強いて言うなら無形を組み合わせる際の動きがなれない人間には技に見えるかもしれないが実際は技ですら無い型無形にとっての基礎。
一つを極めるだけでは絶対に押し負けるとわかっている多芸をを修めているだけで、基礎技の組み合わせで戦うのが桂枝だった。
楽進
「基礎技の大切さはわかりました。でも・・・私にはそれだけで戦えるような才能はありません。だからこそ!荀攸さまに技を!その桂枝さまのいう小細工の部分を教えて欲しいのです!」
しかし楽進が欲しいのはあくまでも技。己の才能が春蘭や霞にとどかないと悩んでいる楽進にとって欲しいのは実力差を埋めるほどの技術。
才能が足りないままでも戦える。そして大切な人を守る能力を彼女は欲していた。
なおもまっすぐ、どこまでも純粋に「強くなりたい」という意思を込めた目で楽進は桂枝を見つめている。
そんな楽進を見つつ桂枝はため息を一つ。桂枝から見れば今の彼女の悩みなど悩みにすらなっていない。
桂枝
「まぁ確かに。楽進にその力がないというのならば私のように技術を学ぶというもの悪く無いだろう。
ーーーーないというのならば・・・な。」
その手に持っているものを持っていないと言われることと同じ、才能がないと嘆く天才を理解できるはずがないのだから。
楽進
「・・・え?」
桂枝
「あのなぁ楽進・・・お前のように放出して、爆発させて、なおかつ平然と連射ができるようなやつは私から言わせれば一線級の天才以外の何物でもないんだよ。」
氣の量で言えば桂枝の5倍以上。氣の操作をすることもでき誰に習ったわけでもないの格闘術十分使える。。
楽進
「そう言っていただけるのは嬉しいです。でも・・・それでもやはり一流といわれる方々と比べればまだまだ見劣りするのが事実です。」
確かに彼女の言うとおり霞や春蘭相手では彼女は「稽古をつけてもらう」側にしかなれないほどに実力が離れている。
これだけの才能を持ちつば何故楽進はあの二人に見劣りするのだろうか。
経験ももちろんあるだろう。しかしもっとこれは単純な問題。
桂枝
「それはそうだろう。そもそもお前の場合はまず基礎の時点でできてないんだからな。お前の武術・・・我流だろう?」
そう、彼女には今まで誰も格闘術を教えてくれる人がいなかったからである。
楽進
「それは・・・はい、そうです。」
桂枝
「だからだろうな。行動のところどころに無駄がある。」
生まれた時より曹操を守り支えることを約束されていた夏侯の一族や元や涼州ではそれなりに名家であった張一族には当然武術を教える人間が存在する。
後に彼女達に抜かれる結果になろうともそれでも師事した人物は基礎的なこと、それを行う際についてはいけないくせには十分に気を配ったはずだ。
対して楽進はもともと村で生まれ育った生え抜きの人物。
その才能に明かして村を守りながら覚えていった我流である。
故にその動作にどこか自分が楽をするための非効率な部分が出てきてしまっている。
そしてその部分は桂枝を相手取るには致命的な部分だったというわけだ。
楽進
「その無駄を消すことが出来れば・・・私はもっと強くなれるんですか?」
桂枝
「ああ、とりあえず私相手に格闘で負けることはなくなるだろうよ。」
実際にスキがなくなった後は二度と格闘戦は挑まなくなるだろう・・・と桂枝は確信を込めた眼でそういった。
楽進
「っ!よろしくお願いしますっ!」
そこまで断言されては彼女にはやらない理由など一つもない。
楽進は深々と桂枝に頭を下げるのであった。
こうして、楽進の特訓は始まった。
特訓といえど別段大仰なことをするわけではない。基本的な突きや蹴りを桂枝が見てやり改善点を提示する。後はそれの反復練習である。
長年にわたって身につけてしまったクセを取り除くには並大抵のことではない。とにかく延々と数をこなし、それを指導者が見てやる必要があるからだ。
最終的には完璧な基本技が無意識に出るようにならなければならない。そのためにはそれなりの時間が必要になるだろう。
桂枝は楽進のクセが治るまでおそらく二ヶ月・・・いや、三ヶ月はかかるだろう。そう思っていた。
しかし・・・その計算は良い意味で砕かれることになる。
一週間後。
楽進
「はっ!せいっ!やっ!」
正面突き、側面蹴り、上段蹴りと一連の流れの中で基礎技を丁寧に決めていく楽進とそれを見ている桂枝がいる。
端から見ていてもわかるくらいに楽進の技、その一連の流れは流水のように無駄のなく、綺麗な動きだった。
そう、楽進はものの一週間たらずで自分のクセを直しきったのである。
桂枝
「全く・・・これだから天才というやつは。」
桂枝も思わず半笑い状態だ。自分の予定の十倍以上の成長速度をみせられてはもはや笑うしか無いといえるだろう。
すでに楽進は格闘術において桂枝を凌駕していた。
この少し前に手合わせをしていたのだが桂枝は楽進に敗北している。
一週間前に完敗した相手に勝てるまでに成長する・・・まさに天才だったから故の凄まじい成長速度である。
しかしこの凄まじい成長速度の理由は何も楽進が天才だったからというだけではない。
むしろ楽進の才能よりももっと大きな理由がある。それは・・・
楽進
「天才だなんてそんな・・・荀攸さまの素晴らしいご指導があったからこそです!」
桂枝の指導力である。
荀攸
「いや、私は気づいたところを少し指導してやっただけだ。大したことはしていないよ。」
楽進
「そんなご謙遜を・・・あれほどわかりやすい指導をしていただいたのは生まれて初めてです。」
この国有数の実力者である霞や春蘭はいわゆる感覚で戦う武人だ。
指導ができないわけではないがその際は必ず「習うより慣れろ」感覚で模擬戦を仕掛けてくる。
戦いながら「隙がある」とか「踏み込みが足りない」などのその場での指導はできるし技を見れば足りないところを見きってそこを叩くことで指導する。
季衣達のような感覚で覚える人やある程度実力のついた武人ならばこの方法でも問題はなし、実際強くなっている武人も多くいるだろう。
しかしこの方法は「初歩が完全にできている」事が前提。今回のようにそもそも初歩から間違えている人にはあまり効果がないのが現実である。
だからといってあの二人・・・とくに春蘭が基礎を鍛え直そうにも「こう・・・びしゅっとした感じでやれ!」などの感覚的な教え方しかできないであろう。
桂枝はその正反対に位置する武人である。
彼は燕返しのような特殊な技から正面突きのような初歩技までほぼすべての技に対して言葉で説明できるほどに頭で考えながら戦っている。
戦いの最中で出す技ですら日頃の訓練で「無意識に何をだすか」を調節しているほどだ。一つ一つの自分の動きに対しての理解度は大陸でも有数の存在だろう。
戦いさなかではそれほどの大きな有利にはならない。頭で考えている暇があれば剣を一回でも振ったほうがずっと役に立つ。
「考えるより先に手が出る」といった直感のない桂枝だから考えて入るが正直損をしているとなと本人も考えていた。
しかし・・・指導ともなれば話は別。一手一手を自分で理解している桂枝だからこそ、感覚的なことを排除した非常に細かく理にかなった説明ができる。
桂枝は予備動作にかかる時間、一連の動作における氣の流れから接触の瞬間までの持って行き方、重心の移動と様々なものを楽進に理解できるように丁寧に教えた。
季衣などの直感で動く組が聞いていたらおそらく途中で理解を諦めるような細かい指導。しかしここで受けていたのは超がつくほどの生真面目な楽進。
結果として最高の指導を行なっていたのである。
桂枝
「まぁ・・・これだけできればもう大丈夫だろう。今日で指導は終わりにするからあとは自分で頑張れ。」
今の楽進には素手では絶対に勝てないと判断した桂枝はここで指導を終わろうとする。
自分よりも強くなった人間に物を教える理由もなければ、楽進にも教えて貰いたいことなどないだろう。そう桂枝は考えた。
楽進
「いえ・・・まだまだ足りません」
桂枝
「む?」
しかし・・・楽進は全く逆のことを考える。
教えてもらったのは基礎の修正だけ。これを少しやっただけで強くなったと思えるだけの実力をつけることができた。
これ以上教わることは本当にないのか?その答えは否となる。
まだ彼女は桂枝の技も、戦い方も教わっていない。まだまだこの人からは強くなれる要素をたくさんもらえるはずだと考える。
ならば・・・彼女のとる選択肢はただひとつだった。
楽進
「自分はまだまだ強くなりたいのです!ですから・・・今後は荀攸さまのことを師匠と呼ばせて頂きます!」
桂枝
「・・・はっ?」
こうして、楽進は桂枝に(勝手に)弟子入りした。
いくら桂枝が師匠と呼ぶなといっても楽進は無視して堂々と師匠と呼びつづけた。
それが周りに伝わって・・・いつの間にか「楽進は桂枝に弟子入りした」というのが公認の事実となっていった。
もう二度とこういったことがないように気まぐれに他人を教えるのは辞めにしよう。と桂枝が固く誓ったというのは、別の話である。
今後も凄まじく遅い更新となると思うので、あまり期待をしないで待っていてくださればいいと思います。
お知らせ
読み返してみてちょっと設定的に自分が納得ができない部分があったので修正を入れます。
話の内容自体は変えるつもりはないのですがいろいろとおかしいと感じた部分に手を加えていくつもりです。
とりあえず大きな変化として
「俺」人称をすべて「私」に、「姉貴」の呼称をすべて「姉上」に変更する予定。どうかんがえても桂花が教育してその口調はないだろうという理由です。
修正自体もちまちま進めて入るのですが、今後はこの設定が前提で進めていくのでご理解のほどよろしくお願いいたします。
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