「申し訳ございません」
ギョウの城門が随分と遠ざかったところで、突然荀彧が口を開いた。
普段謝罪などほとんど口にすることのない荀彧の言葉に、曹操が驚いたように振り返る。
だが荀彧の顔の半分はフードに隠れ、口元だけしか曹操の目には入らない。
「ん? 何がだ?」
謝罪されるようなことは何もないはず。
むしろ宿に戻ったときに、自分が叱られるだろうと覚悟していただけに、余計に曹操を驚かせた。
荀彧は曹操からわざと表情を隠すように俯いたまま、小さい声でつぶやいた。
「わたくしの油断で、術が破られたことです」
「なんだ、そんなことか。当初の目的は果たせたし、それ以上の収穫もあった。十分ではないか」
そこで曹操は手綱を引き、馬の脚を止める。
少し後ろで馬を操っていた荀彧が、曹操の動きについてけずに、少し先行したところで馬を止めた。
荀彧も有力豪族の生まれだけに馬術に心得はある。
だが戦場を駆け回る曹操には遥か及ばない。
曹操が荀彧の隣に馬を少しだけ進めれば、そこでようやく荀彧が顔を上げた。
「ですが、袁公と話したいことがおありだったのでは?」
その言葉に曹操は思わず苦笑いを浮かべた。
軍師相手では隠し事一つできないらしい。
(それとも荀彧だからか?)
「なに、どのみちあの男が簡単に口を開くとも思えん。それに、もともと予定にはなかったことだ。あまりに上手くいきすぎて欲をかいただけだしな」
「……」
「それに、術が破られたからこそ思わぬものが得られた。違うか?」
「郭嘉、ですか」
あのとき、荀彧の術を一人で破り、同時にあの場の空気を一瞬にして変えしめた能力。
おそらく彼は気付いてはいまい。
ほんの一瞬でのあの場を支配したことの意味と、己が発した言葉の影響力に。
思わず曹操の目が輝き、さも楽しそうに口元に笑みが浮かぶ。
「天子を弑逆すことを厭わぬ、か」
「……」
荀彧がチラリと視線を曹操に向けてくる。
その視線の意味に曹操は一つ頷くと、
「そう、違う」
そこで一旦言葉を区切り、確かめるように頷きながら、
「あれは、天子を殺すことをためらわないのではない。人を殺すことに躊躇いがない」
「ある意味、軍師として恐ろしい才覚と言えます」
「勝てるか?」
意地悪そうな笑みを浮かべて己の軍師に尋ねれば、だが王佐の才はフイと顔を正面に向けて、表情をフードに隠してしまうと、
「さあ」
とつれない一言。
これには曹操も困った様な、むっとしたような表情で、上半身をかがめて己の軍師の顔を覗き込むと、
「おい、勝ってもらわねば困るんだがな」
「ならば聞き方を変えるべきです」
そんな子供っぽい一面をのぞかせた曹操に、荀彧はサラリと返した。
曹操は「ふむ」と一つ頷くと、上半身を起こし背筋をただした。
一度深呼吸をしてから、腹の底から力強く発する。
「勝つぞ」
「はい」
鐙でポンと馬の腹を蹴り、駒を進める。
ほぼ同時に荀彧も馬の脚を進めた。
@バンチ8月号に萌えたので、そっこう吐き出してみました。
いろいろ思うところはあるので、たぶんまだまだ吐き出すつもりです。
モヤッとしたものは山ほどあるのですが、今後の漫画の展開で解消してくといいな。
ところで、あれマントが黄泉の道開いてたように見受けられたのですが、マントどうしちゃったんでしょ? あと、鐘おっこっちゃったけど、今後もちゃんと使えるのかな?
ちなみに曹操は気性の荒い大柄な馬に乗ってますが、荀彧はおとなしくて小柄な馬に乗ってることになってますwww えへ。
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@バンチ8月号ネタです。ギョウを去る曹操と荀彧の話です。