第17弾 それぞれの思惑
和人Side
GGOの大会イベント『バレット・オブ・バレッツ』こと『BoB』の本大会が行われる今日、日曜日。
朝は十分な睡眠を取り、昼までは道場で日課の鍛練と『神霆流』の型を取るなどして過ごし、現在は昼食を取っている最中だ。
そんな中、テーブルの向かい側に座るスグが満面の笑顔で喋り出した。
「おにいちゃん♪」
「……なんだ、妹よ…」
いつもとは微妙に違うイントネーションで「おにいちゃん」、怪しさ満点だ。
妹とはいえ訝しんで何が悪い。そしてスグは俺に1枚のA4版プリントアウトを見せてきた。
日本最大のVRMMOゲーム情報サイト『MMOトゥモロー』、略して『Mトモ』のニュースコーナーのコピーである。
そこにはBoBの本大会出場者が決定した見出しがあり、その下には出場者のリスト、彼女はそこの一覧を指差した。
[Eブロック1位:Kirito(初)]、[Eブロック2位:Asuna(初)]、[Fブロック1位:Hazime(初)]と書かれている。
勿論その下には[Fブロック2位:Sinon(2)]という表記もされている。
「なんだ、もう出場者の一覧が出されてるのか」
「誤魔化さないの?」
「誤魔化す必要もないだろ?…というか、俺がコンバートしたことに気付いているだろ?」
スグは小さく頷いた、問い詰めようとして軽く流された上にあっさり喋られたら拍子抜けもするだろうな。
俺は調査依頼を受けてその為に向かったこと、景一は銃に詳しいから協力してもらっていること、
明日奈はついてくると強請ったから来てもらったことを伝えた。
「そうなんだ…一応ね、ユイちゃんにも聞いたの。そしたら『3人ともお仕事です』って」
「悪かったな。黙っていなくなったのは不味かったか…」
「うん、みんなも心配してたよ。どこ行ったんだって…」
ユイにも、スグにも、みんなにも心配を掛けてしまったか。
確かにユイには『
本当に申し訳がないな。
「お兄ちゃん…」
「ん、どうした?」
「帰って、くるよね…? お兄ちゃんも、明日奈さんも、景一さんも…3人とも、帰ってくるよね?」
不安げな、そして心配そうな表情で聞いてくるスグ。
もしかしたら、彼女自身も何かを感じているのかもしれない、俺の雰囲気や表情から…。
俺は椅子から立ち上がり、彼女の頭を優しく撫でた。
「当たり前だろ。俺も、明日奈も、景一も、必ず帰ってくる。だから、信じて待ってろ、直葉」
「ぁ…うん」
どうやら安心した様子である…うん、ご機嫌取りというわけではないが、偶には何かしてあげようか。
「スグ、何か欲しい物とかあるか? 一応、バイト代が入るから、好きな物でも…」
「え、良いの? それじゃあね、前から欲しかったナノカーボン竹刀があるんだけど…」
ふむ、高校1年の女子高生には手が届かない値段のものだな。
ならそれを購入してあげよう……ただ、兄としては年頃の女子高生である妹の欲しい物が、
ナノカーボン竹刀というのは複雑だ…。
その後、ゆっくりと休憩した俺は午後3時頃にやってきた景一と共にバイクに乗って明日奈を迎えに行き、
俺達は昨日と同じ病院の同じ病室へと足を踏み入れた。
そこには既に安岐さんが居り、眼鏡を掛けてなにやら本を読んでいる。
そして俺達に気が付くと眼鏡を外して声を掛けてきた。
「お、今日は随分と早いね」
「今日もよろしくお願いします、安岐さん」
「「お願いします」」
安岐さんの言葉に明日奈が応答し、俺と景一も軽く返した。
昨日と同じように、景一は仕切りの向こうにあるベッドに座り、
俺と明日奈も変わらずに2つのベッドをくっつけた方を使うことになる。
明日奈は安岐さんの話しをしており、2人の会話から安岐さんが夜勤明けの非番であることを知った。
さすがの俺達も申し訳ない気になったが、彼女は明るく大丈夫だと言ったので、気にしないようにしよう。
「(しかし、問題なのはやはり…)」
口に出そうか悩んだ言葉、それはアミュスフィアの安全性。
『絶対安全』、それがこの二重円冠型ヘッドギア『アミュスフィア』の謳い文句である。
その言葉通り、これの安全性は確かなものだと思うし、実際にナーヴギアと違ってこれでの殺人など不可能だ。
だが、それは本当なのか? 『絶対』など『有り得ない』、そして『有り得ない』ということも『有り得ない』のだ。
ならば、アミュスフィアでの殺害も或いは可能なのでは……でもやはり、情報が少なすぎる。
「どうしたの、少年達。2人とも怖い顔してるよ?」
その言葉にハッとして、仕切りの向こうで景一も同じ表情をしているのかと知った。
さすがに看護師、しかもリハビリ科に勤めているから、人の変化にもよく気が付く。
見てみれば明日奈も俺のことを不安げに見ている。
俺は彼女を手招きして傍にこさせると、頭を優しく撫でてあげる。
やはりこれは落ち着くな…。
「この仕事も結構大変だなと、そう思ったんですよ…。
安岐さん、かなり無神経なことなんですが、1つだけ聞いてもいいですか?」
「ん、なにかな…って言っても、その顔でなんとなく分かるよ」
話しを逸らす意味で訊ねる俺の言葉の意味を表情で読み取った彼女は続きを促した。
「リハビリ科の前は外科に所属していたって言いましたよね? 亡くなった患者さんのこと、どのくらい憶えていますか?」
「か、和人くん…!」
「いいのよ、明日奈ちゃん。そうね、正直に言えば、全員の顔と名前を憶えているって言っても間違いじゃないわね。
思い出そうとすれば、みんなの顔と名前が出てくるわ」
俺の質問に明日奈は良くないと思い遮ろうとしたが、
安岐さんは気にすることもなく、穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。
「普通は忘れたいと思うかもしれないけど、心のどこかで忘れちゃいけないと思って、
だからこそ思い出そうとすれば、思い出せるんだと思うよ」
強い、彼女の心は本当に強い…。
「俺は、SAOの中で人を殺しました。正確な人数は言えませんが、それなりの人数を…」
「……私も、和人ほどではないけれど、それなりに…」
「あ、安岐さん! 2人がその、そうしてしまった相手は、みんな殺人者で、その…」
俺と景一の告白に明日奈は俺達を庇おうと口にした。
現に安岐さんの表情は一瞬強張り、しかし明日奈の様子を見て大丈夫だと察したようだ。
「だけど、俺は…俺達も、しっかりと手に掛けてしまった奴らの顔を覚えています。
名前知っている奴は、名前も…。忘れない為に、明日に繋げる為に…」
俺の言葉に、安岐さんはキョトンとした表情になってから、再び笑みを浮かべた。
「…そっか。キミ達は強いんだね~、お姉さんビックリしちゃった。最近の子には驚きばっかり」
「ふふ、和人くん達くらいですよ…こんなに、心も体も強いのは…」
安岐さんに次いで明日奈がそう言う。そうは言うが、俺も景一達も精神(心)はまだまだ子供で未熟だ。
そんな易々と大人になることも、割り切ることも出来はしない。
「だけど、キミ達はまだ子供なんだから…甘えられるときには甘えとかないといけないよ」
「それくらいは分かっていますよ。気を抜く時は抜かないと、精神的にぶっ壊れますから」
「……まぁ、そのためにゲームをしているようなものなので…」
「いまは、たくさんの人に甘えることが出来てます」
彼女の軽い言葉に俺達はしっかりと応える。
話せただけでも、すっきりしたのは間違いない。
そしてそれから少ししてから、俺達はアミュスフィアを被り、
安岐さんに電極を貼ってもらい、準備を整えた。
「8時を過ぎた頃から大会が始まりますから、そこからを注意してください」
「……10時くらいには、戻ると思います」
「今度もお願いしますね」
「りょ~かい、この安岐さんにお任せよ」
俺達は安岐さんに声を掛け、いよいよGGOへと向かう。
「「「リンク、スタート」」」
「はいな、行ってらっしゃい。『英雄キリト』くん、『剣帝ハジメ』くん、『閃光アスナ』ちゃん」
むっ、最後に聞こえた彼女の言葉に俺はやはりか…と、ある考えを思い浮かべたが、いまは後回しにしておこう。
再び、砂塵と硝煙がたなびく荒野の世界へ…。
和人Side Out
詩乃Side
「あと3時間半で、本大会の始まりね…」
「頑張ってね、朝田さん。何回も言うようだけど、応援してるから」
「ありがと、新川君」
現在、私は自宅アパートからほど近い小さな児童公園にて新川君と会っている。
「それにしても、なんか珍しいよね? 朝田さんが、他の人に興味を示すなんて…」
「それは、多分……周りに碌な人が居なかったからだと思う。あ、新川君は別よ…」
苦笑して分かっていると頷く彼。
実際に私の周りには碌な人間が居なかった、景一達や明日奈達以外には…。
だからこそ、興味がいったのかもしれないし、その強さにも関心が湧いたのは間違いない。
「それに、なんかやけに熱くなってたし…」
「彼らの強さに、負けたくないと思っただけ……今度こそ、私が勝つ…」
自然と、私は自分の指で銃の形を作っていた。
それを指摘されて驚くも、動悸が起こったりはしなかった…以外だと思った。
そこで新川君がこちらを見ていたので、聞いてみると…。
「なんか、いつもの朝田さんらしくないなって…。
いつもの、クールで超然としていて、何にも動じないで、学校からも逃げない、そんな朝田さん。
僕は、そういうキミに憧れて、理想で…応援以外にも、なんでもしてあげられたらって…」
いつもと違う彼、どこか強い思いと熱気をもって話す新川君。
だけど、彼が言うほど、私は強くなんかない。
そう答えると、彼は座っていたブランコから立ち上がり、シノンは強いと言った。
そう、確かにそうかもしれない……だけどそれは、シノンの方だから…。
そこまで考えて不意に気が付いた、彼がいつの間にかすぐ側まで来ていて、
それはまさに恋人の距離といえるほどのものだった。
驚いた私は新川君を押し返して、言葉を返した。
「ごめん、なさい…私の問題は、私自身で解決しなくちゃいけないの…。だから、それまで待っててくれる?」
「……うん…」
新川君は、私の過去の事件を知っている。
彼が不登校になる前に遠藤達が全校生徒に暴露したのだから、それでも変わらずに接してくれるのは嬉しい。
彼の私への気持ちは分かる、多分と言わずともそういう感情だと思う。
けど、私には好きな人がいて、でもいまは好きな彼に伝えることも、新川君に応えることも満足に出来ない心の弱い私。
だから、解決した時にこそ、私は2人に応えないといけない…。
新川君と別れた私は自宅のアパートへと戻り、鍵とロックを掛けて、
購入しておいたミネラルウォーターとヨーグルトを飲食し、楽な服装に着替えてアミュスフィアを被った。
本大会の対戦相手達は全員が強敵だ、その中でも特に…キリト、ハジメ、アスナには警戒しないといけない。
今回こそ、私が、全員……倒して見せる!
「リンク、スタート」
詩乃Side Out
To be continued……
後書きです。
今回のタイトルは敢えて『思い』ではなく、『思惑』にしました。
みなさん色々と企んで?いますからね~w
この話しは完全な休憩回ということで、次回は本選の説明回になります。
原作未読の方の為の簡単な説明と原作との違いも出てきます。
それでは・・・。
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第17弾です。
今回はGGOにダイブする直前までの話しになります。
どうぞ・・・。