No.58933

機械警察

長月 秋さん

文明の進んだ、多分日本の警察機関の話。
この一話限りのつもりで書いた作品の割に専用造語が結構多いです。

2009-02-18 23:37:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:642   閲覧ユーザー数:603

携帯電話

 

    

 

「目標を確認。20秒後に捕縛開始」

ウィン・・・とか細く耳元に機械音が響く。頑張れ、と異口同音に気の抜けた返事が返るのを聞きつつ手を耳に当てる。

外見上には全く気付けない突起に軽く触れると今まで脳を通じ網膜に表示されていたデータ画像が消えた。

「・・・3・2・・・開始!」

闇夜の空気を乱さずに高層ビルから飛び降りる。

暗闇にまぎれさせるために身を包ませた黒のタイトスーツはその役割を見事に果たしていた。

ただ1つ、頭の上で1つにくくられた夜色を映す亜麻色の長髪が風に乗りゆるく舞う。

タイトスーツがぴたりとフィットされたその体は発展途上の少女のものだった。

地上へ叩きつけられる数十メートル上の空中で、少女はくるりと回転し、勢いを消す。

無論それで全ての勢いは相殺できず、あわや地面と激突、という瞬間、少女は重力も慣性の法則も全てを無視し、空中に止まった。

少女の足元に細く、細く張り詰められたワイヤーがいつの間にか用意されていたのだ。

そこから一切の音も生まずに数メートル下の地上に着地する。

分厚く重いブーツが少女の足音を吸い込むように消していた。

走る足の動きをおろそかにせず、少女は胸元から先ほどと同じワイヤーを取り出す。

手を覆うグローブからは日焼けのしていない指先だけが覗いていた。その手で、ワイヤーをキリ、と張り詰める。

それまでのん気に乗用車の外でタバコをふかしていた男がようやく接近者に気付き、うわ、と声をもらす。

慌ててその男が胸ポケットから違法物を取り出すのを確認しても少女はその足を止めなかった。

 

―――パパンッ!

 

静けさをその音が微かにかき乱す。それは、少女に向けて銃弾が放たれた音で、少しだけ余韻を引いて消えた。

弾が男の持った銃の黒い穴から飛び出し、そのうちの1つが偶然にも少女の頬を掠める。

しかし少女は気に止めず、トン、と地を蹴った。

ひらりと進行方向を変えずに宙を1回転しながら男の背後に着地する。

ほんの刹那の時間であったにも拘らず、少女は男の頭上に自分の体が差し掛かったとき、手にしていたワイヤーを男の首に巻きつけていた。

「――阿賀箕(あがみ) 修造と脳波パターン、一致。声紋は先に確認済み。阿賀箕本人であることを確認。逮捕します」

冷静に誰かに向けて告げるその声に、男は相手が少女であるということを今更ながらに知った。

「ま、まま待て!一体お前に何の権限があってそんなことができ・・・!」

ギリ、と少女の手に力がこもり男はうめき声を上げた。

思いのほか切れ味のよいワイヤーによって男の首に何本かのが線がはしり、そこから血が伝う。

男の命を完全に少女が握っていることは明らかだった。

「先日、ある議員の手が『根こそぎ』奪われました。狙いは議員の指紋データだと判明。

 あなたは今夜、国会の真下にある世界全ての情報が入ったデータベースにその議員の指紋を使い侵入しましたね?よって、逮捕します」

「わ、私であるという証拠が何処にある!」

狼狽をあらわに叫ぶ阿賀箕に、少女は小さなため息をつく。

「あそこに指紋だけでの侵入は不可能です。指紋照合機器以外の防犯システムがあなたが犯人だと断定されました。

 他にも、違法な銃器の所持、議員の個人情報の侵害、深夜における住宅街での騒音・発砲、禁止区域での路上駐車・喫煙。

 今現在の状況証拠だけでも逮捕は可能ですが、それでもまだあなたはご自身が潔白だと言い逃れを?」

男から力が抜けていくのを確認して、張りつめられていたワイヤーが緩まった。男の脳波が安定しているのを少女は確認し、

「捕縛終了。これよりそちらに連行します」

静かに、少女は誰もいない場所へ告げた。

 

少女の目を通じて逮捕に至るまでの一部始終全てを見ていた青年が満足気に頷いている。

「うん、今回も手並み鮮やか。痺れるね」

それをとがめるように、

「また覗いてたのか?悪趣味な。大体この程度の犯人、彼女に任せずともよかっただろう」

「この程度、と言える辺りで君も覗いていたということが暴露されているね、夜須(やす)さん。

 まぁ、徠(らい)ちゃんも気付いてたんだし、いいということにしておこうよ」

「そんなこと言ってる間に2人とも、徠さん帰ってきちゃいましたよ」

最初に話した青年よりも若い男がそう言ったのを聞き他の2人ひょいっとは顔をドアに向けた。

ひょこりと長いポニーテールが開いたドアの枠からほんの少し、見えている。紛れもない彼女のトレードマークだ。

「入っておいで、徠ちゃん」

眼鏡を外しながら青年がいう。ちなみに伊達眼鏡だ。

その言葉を受けて、先ほどまで外で活動していた少女がぴょこぴょこと効果音をつけるように髪を揺らし、可愛らしく入ってくる。

「お話中だった?」

首を少しだけ傾げると、それに伴って長い髪が首でなく耳元に触れる。

いいや、と青年は笑顔で答えた。

 

機械化の進められていく世の中、より上手に機械を駆使するものが今の世を支配している。

表向きはそうでなくとも、裏では確実にそうで、そこには悪質な違法もそこらじゅう飛び交っていた。

それらの犯罪を減少し、抹消するために作られた機関が徠の所属するエンリス――機械警察――だった。

徠はエンリスの中でも一番事件の多いワリツ――中枢区――に配属されている。

エンリスは世の中にごく普通に存在しているアンデロイドではない。機械仕掛けの身体ではなく、生身の身体を持った人間だ。

その人間が何故先ほどの徠のような行動を取れるのか。

それはエンリスの脳と首元に仕込まれたある装置の存在が影響していた。

エンリスとなるにはまずその装置を埋め込み、拒絶反応で死なないことと、きちんとその効果を使いこなせるかと言うことが重視される。

エンリスの存在は公には知られていない。装置の埋め込み時に生き延びる確立が5人に3人という道徳に反する危険性を伴うが故のことである。

多く思えるかもしれないが、全体を通してみるとその数は少ない。

原因は就任時の生命の危険と、職務中における危険が他の仕事と比べ高いことにあると言えよう。

装置の名前はシルネ。製作の第一人者の名前で、この名前からエンリスの名も作られた。

「3人とも『見て』たんでしょ?どうだったー?」

この場所で、徠の存在は明らかに浮いている。

「うん、相変わらず見事な手際だったよ」

伊達眼鏡をかけていた青年、刈椰犀(かりや さい)。見た目は優男で、頭の切れる20代のエンリス。

「頬に怪我をしていたな。見せろ」

夜須緑(やす みどり)、巨漢と言う言葉が似合い、頬に一本の傷がどこか凶悪犯と思わせる顔立ちの30代後半のエンリス。

「テープ用意しますか?」

腰の低い、朝比奈一馬。こちらは刈椰とは違い本物の眼鏡をかけている。エンリス歴5年の、童顔20代だ。

「いらない。掠めただけだよ。こんなの、舐めとけば治る」

そして最後に、20に満たない早岬徠(はやさき らい)。一見戦闘には不向きと見られる腰元まで届くポニーテールがやはり際立っている。

女性のエンリスは、極めて少ない。

更に言うならエンリスとなる人間の選出方法は公的機関などに勤め優秀な成績を残したもので、徠のような10代の人間は他にあまりいない。

掠めただけだと言う頬の傷に念の為、と消毒液に浸したコットンで乾いた傷を拭きながら夜須が半ば業務的に、もう半分は好奇心で訊ねる。

「で、阿賀箕の目的のデータってのは?」

徠との身長さは適当に見積もっても50cmはあるように見える。治療される徠のほうが立っていた。

「自分の社の借金を、データベースに侵入し、帳消しにしようとしたと阿賀箕は先ほど供述・・・まぁ、結果的には侵入は失敗したんだけど。

 侵入者向け作られた偽データをいじくって、成功したとかぬか喜びしていたよ。結局それは犯行証拠を残したし、本物のデータは至って正常。

 無駄だったわけだ、阿賀箕の行動は」

「結果見事監獄入り、と言うわけだ。・・・夜須さん、消毒液が垂れているよ。ところで阿賀箕はどうやって指紋を議員から盗んだのかな?」

多すぎて垂れた消毒液をティッシュでふき取りつつ、徠は答える。

「ある議員の携帯が一週間前に無くなったと言う話を覚えてる?阿賀箕は議員の携帯を盗んだ後、そこから指紋を摂取したんだよ。

 そしてデータベースに侵入する際、二重ログインのエラーが出るのを防ぐために議員自体の指紋を『盗った』。・・・おかげでその議員は今も入院中」

カタン、と刈椰が席を立った。かけてあったロングコートを羽織りつつ、空を見る。空はまだ、暗かった。

刈椰の行動を見ながら朝比奈はデスクの上に散らばっていた書類をまとめ、茶封筒に入れる。それから同じように席を立ち、コートを羽織った。

救急箱を片付けながら夜須が問う。

「携帯・・・な。お前が阿賀箕の居場所を突き止めたのも奴の携帯から発せられる電波を逆探知して、だったか?」

ありがとう、と言って徠はタイトスーツから既に着替えていた私服の上にグレーのコートを羽織りながら頷いた。

「そう。辛くも阿賀箕が携帯のコードでデータベースに繋いだように、私も奴の携帯から居場所を特定・・・。今回の件では携帯が活躍ね」

時に犯罪を生み、時に犯罪を防ぐ。

阿賀箕が携帯から犯行を始め、徠が携帯を使い阿賀箕の犯罪を防いだように。

携帯のマナーモードを解除しながら部屋の外へ出て行く3人を徠は追った。

部屋の電気のスイッチをパチパチッと軽く叩いて消しながら、言う。

「これだから携帯って言うのは怖いのよ」

 


 
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