(ここは……どこだ?)
なにも聞こえない、なにも見えない、なにも感じない。
自分が落ちているのか、浮いているのかさえ分からない。
手足を動かそうにも感触が掴めない、そもそも今の自分に肉体があるかどうかすら分からない。
ただ暗い世界に意識だけが漂っているような感触。
(………)
自分は死んでしまったのだろうか…。
そう考えてしまうと意識が次第に暗い世界に溶けてくる。
そして、これが走馬灯というものなのかもしれない、今までのことが堰を切ったように思いだしてくる。
フランチェスカ学園の学生として友達と一緒に過ごした日々。
何が原因か三国志の世界に飛ばされ、天の遣いとして魏の仲間と共に大陸を駆けめぐった日々。
(何も言わなかったからな。春蘭とか怒ってそうだな、秋蘭にも迷惑かけちゃったな)
(季衣と流琉、泣いてなきゃいいけど)
(桂花は…憎まれ口言ってるな確実に)
(凪に沙和、真桜たちには一緒にいるって約束やぶっちゃったな)
(霞は怒ってるかな、全部終わったら羅馬に行こうって約束したのにな)
張三姉妹の仲介役として駆け回った日々
初めて戦場に立った盗賊の討伐のときの記憶。
黄巾の乱、反董卓連合への参加、定軍山の戦い、赤壁の戦い、そして三国同盟。
それらが、まるで古いフィルムの映画のように流れていく。
こうして、思い出すと改めて自分が、あの世界に表れた理由がわかる気がした。
定軍山で蜀の罠に嵌まり黄忠と馬超に討たれるはずだった秋蘭の運命を変え。
周公瑾、諸葛亮の火計によって曹魏の敗北となるはずだった赤壁の戦いを曹魏の勝利へと変えた。
別に歴史を変えたいとか、運命に逆らいたいとかいう訳じゃなかった。
ただ単純に嫌だった。
どんな理由か、別の世界から来てしまった自分を受け入れ、親しくなった仲間が傷つくことが、死んでしまうかもしれないことに我慢ができなかった。
好きな子が悲しむことが嫌だった。
ただ単純に、それが嫌だったから行動した。
だから、それを果たせたのだから後悔は…。
『…かないで…』
後悔は…。
『逝かないで…』
……。
『逝かないで、一刀!』
「―――――――――――っ華琳!!」
一刀は勢いよく跳ね起きた。
先ほどまでの暗い世界は夢だったのか、今は自分の手足が確認できる。
「ここは…」
見慣れない部屋、洛陽の自室でも男子寮の部屋でもない。
強いて言うなら、知らない天井の部屋。
「ふむ、起きたか」
扉が開いた音の後に、聞き覚えのない声がした。
声がした方向を見ると、扉を閉めて一人の紙袋を片手に持った女性が入ってきた。
女性は陶器のような白い肌、髪は白いが白髪ではなく純白をしている。
歳は自分よりも一つ二つ上といったように見えるが歩き方や雰囲気でもっと上のように感じる。
女性は何も言わずに部屋の中の椅子に座ると、持っていた紙袋から肉まんを取り出し、齧り付いた。
「あの、ここは…」
「ん」
とりあえず、ここが何処なのかを聞こうとすると、女性は肉まんを咥えたまま、一刀に紙袋を差し出した。
おそらく、くれるということなのだろう。
一刀は紙袋から一つ取り出すと、買ってきたばかりなのかアツアツの肉まんに噛みつくと中から甘い餡子が出てきた。
「これって…あんまん…」
「泣いていた奴には甘いものがよかろう。それとも男には酒の方がよかったかの?」
咥えていたあんまんを飲み込むと少女は老人のような口調で話す。
言われて頬を触ると微かに濡れていた。
華琳との別れのときには強がってみせていたが、一刀自身あの世界から消えるのが怖かった、愛した少女たちと別れるが悲しかった。
その感情が涙という形で表れていた。
「ここが、どこか聞きたいのか?」
「え…あ、ああ、ここは何処なんだ?」
「ふむ…」
少女は、袋からもう一つあんまんを取り出して齧り付く。
「東京都台東区浅草にある、とある中華料理屋」
少女の口から住所が言われ、一刀の目から涙が再び溢れてきた。
他人から言わせれば元の世界に帰って来ることができてよかったのかもしれない。
しかし、帰ってきたくなかった。
涙を流す一刀を余所に少女は、あんまんの最後の一口を口に入れた。
「それとも…曹操が治める魏の許昌と言ったほうがよかったかの?」
「…は?」
少女の口から聞こえた言葉に泣きそうになっていた一刀から言葉が漏れる。
「今、なんて…」
「曹操が治める魏の許昌」
「ちょっ…まってくれ、どういうことだ」
冗談にしては訳が分からなすぎる。
元の世界に戻ってきて聞いた冗談にしては少女の口にした国はピンポイントすぎる。
あの世界で聞ける冗談ではない。
「君は、いったい?」
「余は呂尚、人によっては姜子牙と言う者もいるな」
少女の名を聞いて、一刀は2、3度瞬きをする。
「姜子牙って、まさか太公望」
「ふむ、そう名乗るときもあるの」
「あるって…えぇ?」
まさか、三国志よりもさらに過去の世界に来てしまったのではないかと思わず考えてしまった。
というか、一生の内にあと何度こんなことに驚かされなければならないのだろうか。
気がついたら三国志の世界で、曹操たちが女の子で、世界から消えたとおもったら目の前の少女は自分のことを太公望だと名乗る。
もう驚きすぎて、お腹いっぱいで胃もたれしてくる。
「じゃあ、ここは…」
「おい」
「え?」
「人に名乗らせておいて、お主は名乗らぬのか」
「あ、えっと、北郷一刀です」
雰囲気に押されて、一刀は敬語で名乗ってしまう。
「知っておる」
「は?」
「だから知っていると言ったのだ。ふむ、見た目より年をとっているのか?」
太公望は首を竦めて、やれやれと首を振ると最近の若い奴らはと言いだす。
そっちの方がよっぽど年寄りくさいと思いつつ一刀は、それをあえて口にしなかった。
「ならなんで聞くかな」
「気分だ。余だけ名乗るのでは、気分が悪い」
「…さいですか」
とりあえず、何も分からない状況の中で進展してはいる。
嘘か誠か、目の前の少女が太公望であるということ、その少女は性格が悪いということ、そして、何故か自分のことを知っているということ。
「……」
全然いい方向に進展してない。
いや、それどころか分からないことが増えて、さらに混乱した。
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魏エンドアフターの話です。
オリキャラを出していますが、もう少し考えてキャラ作れよと思われる方がいるかもしれませんがご了承ください。