No.577265

IS インフィニット・ストラトス ~転入生は女嫌い!?~ 第六十一話 ~クロウ、語らう~

Granteedさん

Q、今あなたが一番欲しいものは何ですか?

A、自由

2013-05-17 21:10:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7744   閲覧ユーザー数:7199

 

どこをどう走ったのか、二人は綺麗な庭園にたどり着いていた。町外れなのか、中央には綺麗な噴水があり、周囲には花が咲き乱れていると言うのに人があまりいない。全体的にすり鉢状をしている庭園に入った二人は階段を降りて噴水の前にあったベンチへと腰掛ける。

 

「さて、ここまで来れば大丈夫だろう」

 

「こ、ここまで走る、必要が、あったのですか……?」

 

セシリアは相当疲れているようで、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。クロウはセシリアの隣に座って先程貰ったアイスクリームを舐める。

 

「……視線を感じたんだよ」

 

「視線?」

 

「ああ。俺たちが街を歩いている時から、ずっとだ。商店街の所で撒きかけたが、抜けた所でもう一度捕捉されたみたいでな。あいつらを利用させて貰った」

 

買い物の当初からクロウは自分達に向けられる複数の視線を感じ取っていた。害意は無いようだったが、最悪の事態を考えるとどうしても軽視できなかった。その為、似合わない寸劇まで繰り広げたのである。

 

「……」

 

「悪いな、何も言わずに連れ回しちまって」

 

「い、いいえ……」

 

表面上は平静を装っているが、セシリアの心中は凄まじい物だった。

 

(き、気づかれていたのですか……)

 

実は余計な邪魔が入らないよう、オルコット家のメイド達が自分達を監視していたのだ。セシリアとしては今回を機にクロウとの距離を縮めるために、万全の準備をしたつもりだったのだが、後から考えるととても失礼に思える。数時間前の自分を張り倒したかったが、今更後悔してももう遅い。クロウから手渡されたアイスクリームをちびちびと舐めながら、心の中で謝罪をした。

 

(クロウさん、すみません……)

 

「まあ、道中大した事もなかったしもしかしたら俺の勘違いの可能性もあったんだがな。万が一を考えてこうさせてもらった。すまんかった」

 

「万が一、と言うのは……もしかして身の危険を?」

 

「ああ……」

 

クロウは短く言葉を漏らした後、大きく体を逸らして空を見上げる。セシリアは手の中のアイスを舐めることも忘れて、クロウの言葉を待っていた。

 

「学園ではあんまり感じないがな、俺の立場は相当危険なんだよ。一般にはそこまで知られていないにせよ、一夏と同じ男のIS操縦者。それだけでも貴重らしいが、それに加えて身元不明と来たもんだ。各国が喉から手が出るほど欲しい実験材料だろうよ」

 

「そんな事──」

 

「あると思うか?」

 

「……」

 

セシリアはクロウの言葉を否定出来なかった。これでも自分は国家代表候補のIS操縦者である。軍にも籍を置いているし、何より家の事情で大人達の汚い世界を沢山見てきた。その中には我欲を通すためなら何でもする、という人間もいた。俯いて言葉を失ったセシリアを見て悪い事を言ったと思っているのか、クロウはおどけた口調で言葉を続ける。

 

「ま、お前らが気にする事じゃねえさ。降りかかる火の粉は自分で払えるし、リ・ブラスタもいる。そうそう簡単に起きる様なことでも無い。だから心配無用だ」

 

「……私では頼りないですか?」

 

「セシリア?」

 

分かっている、目の前の男性が自分では適わない程の修羅場を経験している事は。理解している、この男性は簡単にやられる様な人物ではない事は。知っている、彼は私達の事を守ろうとしている事を。だがそれでも言いたかった。

 

「私ではクロウさんを守れないのですか?それほど、私は弱いですの?」

 

「セシリア……」

 

クロウの顔を真っ直ぐに見る。久しぶりに二人きりの場で見る彼の瞳はとても美しく、吸い込まれてしまいそうだった。

 

「勿論、クロウさんの事は理解していますわ。私が口を出すような事ではないかもしれません。ですが言わせてくださいまし。私達は、いえ、少なくとも私はいつ、どんな時でもクロウさんの力になります。微々たる力かもしれませんが、無いよりは良いはずですわ」

 

「……」

 

「だから一人で背負わないでください。お願いですから辛い時は、私達を頼ってください」

 

「……ああ、分かってる。というより、俺はお前達を“弱い”なんて思ってないぞ?」

 

「え?」

 

予想外の答えが帰ってきて、セシリアは呆気に取られた。クロウは片手に握り締めたアイスクリームを豪快に口に含みながら、力説する。

 

「力云々だけじゃなく、精神面の方でもそうだ。お前らは驚く程成熟している……まあ、年相応な部分はあるがな。それを含めたってお前らの成長ぶりは凄まじい、異常だと言ってもいいぐらいだ。勿論、いい意味でな」

 

「そ、そうですの?」

 

「ああ、特に一夏。ついこの間まで一般人だったとは考えられない程、成長が早い。まあ、俺はお前らを子供扱いしてる訳じゃないって事だけは覚えといてくれ。」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

先程までの勢いがとても恥ずかしい。顔が赤くなっているのが自分で分かる。それを見られたくなくて、思わず顔を背けた。

 

「まあなんにせよ、そんな事態にならない様に動くのが一番だがな」

 

「そ、そうですわね。その通りですわ」

 

「……なあセシリア、一つ聞いていいか?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「最初に言っとく。言いたくない事だったら言わなくていい。正直言って気になったから聞くだけだ。他意は無い」

 

「は、はあ……」

 

話の流れが読めずに適当な相槌を打つ。そしてクロウの口から出た疑問はセシリアにとって、ある意味予想出来た事だった。

 

「……お前、家族はいるのか?」

 

「あ……」

 

「いや、すまん。忘れてくれ。こんな所で聞くような事じゃなかったな」

 

「クロウさんのご想像通りですわ。私の父と母は数年前に……」

 

先ほどまで二人を包んでいた安穏な空気は、今や乾いた物へと変化していた。自分がいなくても目の前の男性は全てを見抜いているだろう。その時、セシリアの胸に一つの疑問が浮かび上がった。それは数年前から自分の中で渦巻いていた謎。それに答えられる人間はもうこの世にはいない。だが、ヒントだけでも欲しかった。その答えに到達する為の道標が。

 

「……ある所に、一組の夫婦がいました」

 

「セシリア?」

 

「当たり前の事ですが、その夫婦は一人の子供を授かりました。その女の子は両親の愛を受けてすくすくと育ちました」

 

最初こそセシリアの物言いを訝しんでいたクロウだったが、いつの間にか聞き入っていた。促される訳でもなく、自分から話す訳でもなく、まるで勝手に動いているかの様な口調で言葉は続く。

 

「母は仕事に尽力していました。父親も婿養子と言う立場にありながらも、懸命に母を支えていました。ですが、そんな両親の背中を見て育った娘は、いつの間にか無意識のうちに両親を求めていました」

 

「……」

 

「その少女は自分に出来る事は全てやりました。両親が聴いてくれる事を願い、ピアノやバイオリンの稽古にも励みました。しかし、少女の音楽は両親に届く事はありませんでした」

 

脳裏に浮かび上がるのは、幼き日の光景だった。あの広い屋敷の中でメイド達に囲まれながら、一人両親の帰りを待っていた、あの寂しき日々。三人で共に食卓を囲んだ事は、自分の記憶にある限り数度も無い。

 

「少女は望んでいました。二人が自分を見てくれる事を。しかし年月が経つにつれ、その真摯な思いも薄れていきました」

 

思いがすり替わったのが何時なのか、それは自分自身も思い出せないほど自然な事だった。本来は悲しい事のはずなのに、いつしかそう思うのが当たり前になってしまっていた。

 

「代わりに心にあったのは、母への敬愛と父への蔑視の思いだけでした。ISの台頭に伴う女尊男非の世界で、婿養子である父は母に対して卑屈になり、元々非凡な才を持っていた母は家の発展において更なる手腕を発揮していました」

 

「……そうか」

 

「娘はいつしか男性に対しての嫌悪感を持つようになり、女性の絶対的な力を信じて疑わない。そんな歪んだ考えを持って成長しました」

 

「そりゃまた極端だな。それで?その子のお袋さんと親父さんはどうなったんだ?」

 

「……数年前に、他界しました」

 

「成程な……」

 

「その夫婦はいがみ合っていたはずでした。決して仲が良いとは言えませんでした。しかし何故だか死ぬ直前、二人は同じ列車に乗って、二人きりで旅をしている最中でした」

 

そう、それが今までの人生の中での、最大の謎だった。何故あれほど疎遠だった二人が最後の瞬間だけ一緒にいたのか、何故自分を置いて二人きりで行ったのか。考えれば考えるほど疑問は水の様に湧き出てくる。いくら一人で考えても答えは浮かんでは来なかった。期待を込めた眼差しで、脇にいる男性を見上げる。

 

「クロウさんはこの夫婦をどう思いますか?」

 

「俺か?」

 

「ええ」

 

「そうだな……」

 

空を見上げてしばし考え込むクロウ。その表情に浮かぶ感情はセシリアには計り知れなかった。彼女が若いという理由だけではない。ほかの人間では推し量れない何かが、クロウの顔に浮かんでいた。

 

「……正直言って」

 

「……」

 

「分からん」

 

「……はい?」

 

素っ頓狂な声を出して呆けるセシリア。その言葉の真意を確かめようと一瞬後に口を開きかけたセシリアだったが、それより早くクロウの言葉が流れ出る。

 

「俺はその夫婦を全く知らん。仮に知っていたとしても、男女の間では何が起こるのかなんて、当人以外の誰にも理解出来やしねえさ。何しろ太陽が西から昇る位ありえない事があっさりと起きるのが、男と女の間柄ってもんだ」

 

「クロウさん……」

 

「だがな、一つ確実な事があるんだとすればその夫婦は、望んで愛する娘を産んだんだ。自分達の子供として、な。そこには一片の迷いも無かったはずだ」

 

「……そ、そんな事──」

 

「ありえないと思うか?だが、お前を見れば分かる」

 

「わ、私ですか?」

 

唐突に名指しされた事と、何故自分が名指しされたか、という疑問を頭に浮かべつつ曖昧な返事を返す。

 

「親にないがしろにされていた人間が、お前みたいな奴に育つ訳がない。子供を見れば、親の人と成りってのが分かるもんさ」

 

「……」

 

今度はセシリアが黙る番だった。確かに、記憶の中にある父と母との思い出の中には、苦いものばかりではない。誰に聴かせるでもなく、クロウの言葉は続く。

 

「離れ離れだったかもしれない、お前には分からないかもしれない。それでも、信じてやれ。お前の親父さんとお袋さんだろ?お前が信じてやらなくてどうする」

 

「い、今の“お前の”とは……」

 

「何だお前、気づかなかったのか?」

 

話した夫婦が自分の両親など、一言も言っていないはずである。しかし、目の前の男性にはバレている。驚いているセシリアの顔を横目で眺めながら、クロウは苦笑を漏らした。

 

「今の話を聞いて、分からん奴はいないと思うぞ。それに今は外見がこんなだが、年の功って奴だ」

 

クロウは自分の掌を前に突き出して、太陽にかざす。確かにその瞳には、年不相応の光が宿っている。クロウの言葉を頭で反芻しながら、今や過去となった父と母の姿を思い浮かべる。

 

(お父様、お母様……)

 

瞼を閉じると、目頭に熱い物がこみ上げてくるのを感じ取った。胸に湧き上がる感情に抗う事なく、顔をうつむかせる。

 

「セシリア……?」

 

脱力した体は自然と隣にいるクロウへともたれ掛かっていた。小さな頭をクロウの肩へと乗せながら、セシリアは小さく呟く。

 

「……もう少し、このままでもよろしいですか?」

 

「……ああ、気の済むまでそうしていろ」

 

「ありがとうございます……」

 

横に暖かな体温を感じながら、涙に濡れた瞳を開けて空を見上げる。慕う男性と久しぶりに見上げる故郷の空は、どこまでも蒼かった。

 


 
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