「………………………」
ネプギアはプラネタワー内の自室でベッドに腰を下ろし天窓から夜空に浮かぶ満月を見上げていた。時刻は夜中の2時。恐らくアイエフ達はとっくに眠っているだろう。
天窓から顔を覗かせた満月に真っ黒い雲が少しだけかかっていた。
先程プラネタワーに戻ってきた一同はイストワールにこれまでの経緯を説明し、今度こそ女神の救出に向かうべくプラネタワーで一晩休み体力を回復させようという話になり現在に至る。
帰ってきた時刻がそんなに遅かったわけではない。何故か眠れなかったのだ。
「………………」
ピンク色のパジャマ越しに、小さく膨らんだ自分の胸に触れる。トクトクと心音がはっきり聞こえた。女神救出にあたっての緊張が生じているのもあるだろう。だが、問題が一つ残されている。
「…………ユニちゃん………………」
囚われた女神の内の一人の妹である彼女―――ユニ、また名を『ブラック・シスター』。
――彼女を残したまま救出へ向かっていいのだろうか…………?
「皆さん、おはようございます。」
朝――目の前に並んだ一同の前にイストワールが頭を下げた。
ロムとラムはまだ眠そうだった。
「今度こそ救出に向かうの?」
「ええ、皆さんの体力が完全であれば……」
「私はもう平気ですぅ!」
「がすともいつでもおっけーですの。」
「いつでも行けるぜ!」
イストワールの言葉に仲間達が次々と言い出す。
「…………あの……ッ!」
ネプギアが声を発する。一同の視線が彼女へと向けられた。
「その……昨晩からずっと思ってたんですけど、私やっぱりユニちゃんにも一緒に来てもらったほうがいいと思います!」
「ユニ?」
ソニックが聞き返す。
「いきなりどうしたですの?」
「いえ……ユニちゃんもユニちゃん自身の手でノワールさんを助けたいんじゃないかって……」
「けど、前回バッサリ断られたじゃない。ていうか確かあなたあの子と喧嘩してなかったっけ?」
「それは……ッ!」
その通りだった。確かに前回、ネプギアはユニに協力を求めようとした。だが、ユニは彼女の話を聞こうとしなかった。
――アタシだったら助けられたかもしれないのに……アンタじゃなくてアタシだったら!!
戦いに連れて行ってもらえず、更には最愛の姉が囚われの身となってしまった3年間の鬱憤をあの時ユニはネプギアに全てぶちまけた。恐らく、今もネプギアに対してあまりいいイメージを持っていないだろう。
「無理に協力を求めても逆効果じゃないかしら?」
「でも……一人でも多いほうが良いと思いますし……」
――何よりもやもや感が山の様に積もった今の状態のまま向かいたくはなかった。
「…………確かに、あの方も女神候補生です。どうにか説得して同行をお願いできれば女神救出の希望も大きくなるはずですね。」
イストワールは表情こそいつも通りの温厚ではあったが、手が細かく震えていた。
「ごめんなさい、いーすんさん。すぐに戻ってきます。」
「……いえ、私もネプギアさん達を無謀な戦いに行かせてしまった身の上です。それに、私もネプギアさんの意見に異存はありません。」
では――イストワールは息を大きく吐き、告げた。
「みなさん、ラステイションへと向かってください。そして今度こそ、ラステイションの女神候補生の協力を得られることを祈っています。」
イストワールが言うと、ソニックがネプギアに目で合図しカオスエメラルドを受け取った。ソニックは瞬時にそれを振りかざし、一同の姿を消した。
「――――行方不明?」
ラステイションへと訪れてからおよそ10分程が経過した。
ここ、ラステイションの教会内には緊迫した空気が漂っている。
無理もない。
ラステイションの教会に再び足を踏み入れた一同に待っていたのは、運命の悪戯ではないかと思わず疑ってしまうような程最悪なタイミングにして最悪なニュース。
――女神候補生のユニが消息不明。
「二日程前から姿を消している。連絡も一切とれていない。」
立場上最も焦るべきのケイは驚くほどいつも通り冷静に言葉を発する。
だが、ケイの眉間に小さく皺が寄せられていた。
「急にいなくなったですか?」
「……理由はわからない。」
ケイは小さく頷くと言葉を続ける。
「現在、ブラックがユニを捜査中のようだけどブラックからも連絡が届いていない。」
「とゆーと……状況はかなりawkwardってことか?」
「……そういうことになる。」
ケイの表情が少しずつ険しくなっていくのが分かる。
「こうしてはいれません、今すぐユニちゃんを探しましょう!」
ネプギアが声をあげた。
何故か、メンバーの中で一番焦燥を見せている。
「うん、きっと何かあったんだよ!急いで探さなきゃ!」
「ですの。もう『協力を得る』とか言ってる場合じゃないですの。」
「なら、俺は先行ってるぜ!」
ギュゥンッ!
ソニックがすぐさま部屋を飛び出ると仲間達も続いて部屋を走り出ていった。
「………………」
一人教祖室に残されたケイは踵を返し作業席に着くと引き出しを開けた。
取り出したのは小さな白い封筒。封を開け中から出てきたのは―――
「――……無事でいてくれよ…………」
ケイの手の中にある写真の中で、ユニとノワールが眩しい笑顔を見せていた。
「がすとはスカイビークルでラステイション中を飛び回ってみるですの。」
「私は自分の足で探します!」
教会を飛び出るや否や、一同は色々と話し合っていた。
しかし、ソニックは既にどこかへ走り去ってしまったらしくその場に姿はなかった。
「全員バラバラになった方がいいよ!」
「確かにその方が効率がいいかもですぅ!」
「ですけど、一つ問題があるですの。」
「問題?」
がすとが眉間に皺を寄せる。
「もしも、女神候補生が姿を消した原因に犯罪組織が関わっていたらの話ですけど……」
がやがやしていた一同が一瞬にしてシン……と静まりかえる。
「これはがすとの直観ですけど……もしそうだとしたらきっと手強い奴が関わってるかもしれないですの。そんな時に一人だけだったらその人も危ないですの。ですから、その時のためにがすとが皆さんにそれぞれこれを渡しておくですの。」
がすとは四次●ポケットらしきものの中に手を突っ込むとなにやらウサギの形をしたバッヂみたいなものを取り出し、仲間たちに手渡した。
「な、なにこれ?」
「ウサタンバッヂですの。これはバッヂ型トランシーバーみたいなものですの。一言でいえば某漫画の探偵●ッヂみたいなものですの。もし、誰かが女神候補生を発見したら裏にある青いスイッチを押してほしいですの。そしたら、バッヂ内に埋め込まれている発信機を頼りにがすとがひとりひとりスカイビークルで拾ってそこへ向かうですの。」
「なるほど、それなら安全だね!」
言い終えるとがすとはスカイビークルを出現させ飛び乗った。
「じゃあ、捜索開始ですの!」
スカイビークルが発進すると、一同もそれぞれ別方角へと走って行った。
――――ユニちゃん……無事でいて……ッ!
ソニックは一人ラステイションを走り回っていた。
森の中へ入れば木から木へと飛び移り湖に来れば水の上を音速で走り渡った。
だが、周りから見ればいまのソニックの姿は突風のように瞬時にして消え去る光でしかなかった。それ程彼のスピードは生半可なものではなかったのである。
「…………」
彼の走る目的、それは勿論ユニの捜索ということもあるだろう。
しかし、彼は『笑っていた』。
「……へへっ……!」
何故か、彼は常に口の端を吊り上げていたのだ。彼の走りもいつもに比べてより軽快だった。荒れ地に足を踏み入れた彼はまるでドーナツのように真ん中にぽっかり穴をあけた岩に飛び乗るとぐるりと一回転し別の岩へと飛び移った。
そして、気づくとまた別の景色となっている。
常時、彼は『笑っていた』。
ピリリリリリリリッ!
「ッ!」
鼓膜を激しく揺さぶる音声。彼から『笑顔』が消えた。
彼は走りながら右耳に装着されているインカムに指を当てた。以前ルウィーを出る際5pbを迎えにいく時の連絡用にとコルから渡されたものだった。
『こちらコル。ソニック聞こえる?』
「of course!バッチリ聞こえてるぜ!」
『ルウィーの復興が終わったんだ。今5pbさんがルウィーで最後のライブを開いてるからそろそろ迎えにきてくれないかな?』
「All right!流石に早いじゃないか!ところでシェアはどうなってるんだ?」
『5pbさんのおかげで襲撃される前と同じくらいになったよ!もしかしたらあの時よりも超えてるかも!』
「ひゅ〜♪さっすが歌姫様のパワーは違うねぇ。OK、今から向かうぜ!」
ギュゥンッ!
ソニックは更にスピードを上げるとあっという間にラステイションを後にした。
「はぁ……ッ……はぁ……ッ……!」
ネプギアはラステイションのどこかのダンジョンへと足を踏み入れていた。以前ラステイションに訪れた時に来た事のない場所だった。色とりどりの光が自由に宙を舞い、踊っている。まるで宇宙の中にいるようなダンジョンだった。
しかし、ユニを見つけるために様々な場所を行き来し息が上がっているネプギアにその景色を楽しむためのスタミナは残されていなかった。
「……ふぅ……」
胸に手を置き、息を整えるとネプギアは改めて広大なダンジョン内を見渡した。一瞬絵に描いたような美しい景色に心奪われていたがブンブンと頭を振り今はそんな場合じゃないと自分に言い聞かせ歩き出した。
ずっと走っていたせいだろう、心臓が先程からドクドクと大きな音を立てている。
「ここにはいるかな……」
歩きながら小さく呟く。視界に入るのは美しい光景のみだった。冗談抜きで一瞬でも気を抜いたら心が奪われてしまいそうだった。
「…………」
しかし、ネプギアは次第にそんな景色を眺めるのをやめ視線を足元へと落とした。
色んな思いが混合する。
ユニに会えた所で何を言えば言いのか。
また断られたらどうすればいいのか。
このまま仲直りすることはできないのだろうか。
ずっと閉じ込めていた思いが一気に溢れかけていた。
「……今そんなことを考えてもどうにもならないよね……」
自らにそう言い聞かせる。自分が何をしてるのか段々と分からなくなり乾いた苦笑した。
足音が大きく聞こえる。
ネプギアは暫く歩き続けていた。
ズゥゥゥンッ!!
「ッ!!」
鼓膜を揺さぶる轟音。ネプギアは顔を上げた。
「今のって……!?」
キョロキョロと周りを見回す。しかし、視界内には美しい光景以外これといって目立つものはなかった。
ズオオォォォッ!
「ッ!!」
目の前にまるで流星のように光が地に落ちたかと思うと閃光を放つ。あまりの眩しさにネプギアは目を腕で覆った。
光が治まりネプギアは腕をどけた。
そして、目を見開く。
「――ユニちゃんッ!?」
目の前にユニが倒れていた。突然すぎる状況にネプギアは目を疑ったがすぐさま我に返りユニへ近づくとその体を揺さぶった。
「ユニちゃん!ユニちゃんッ!」
何度も揺さぶるもユニはグッタリとした様子で目を閉じている。ネプギアは彼女の名を呼び続けた。
「貴公……何奴?」
頭上から落ち着いた声がかけられネプギアは顔を上げた。
「…………ッ!」
その巨大な姿に戸惑いつつも、ネプギアはキッとその姿を睨んだ。
一言で言い表せば、巨大なロボット。分かりやすく言えばガン●ム。白、赤、青とカラフルなボディを有し手の中には炎を纏った両手剣が握られている。
「……あなたこそ、誰ですか。」
「我こそ、犯罪組織四天王の一人『ブレイブ・ザ・ハード』と申す。」
「ブレイブ……ザ……ハード」
姿……ブレイブは相変わらず落ち着いた声音で言う。
「あなたが……ユニちゃんをこんな目に合わせたのですか?」
「左様。目の前の悪を切り捨てたのみ。」
「悪?」
「如何にも。」
「……悪って、どういうことですか?」
「その通りの意味だ。その娘は世界のゲームがしたくてもする事が出来ない子供達のために活動を続ける我々の邪魔をした。これを悪以外に何がある?」
「…………」
「しかし、我も一正義。相手の命を奪う事は……」
「どうしてですかッ!?」
ネプギアが叫び、ブレイブが動きを止める。
「どうして……みんなを守る女神達が悪扱いされなきゃいけないんですか!?」
「さっき申した通りだ。貴公は話を聞いていなかったのか?」
「こんなの……酷すぎます……ッ!」
ユニを抱きかかえたままの彼女の腕に次第に力が入った。
女神が悪……?
だとしたら……三年前のお姉ちゃん達は……
お姉ちゃん達が悪……?
ギリリと握り締められた彼女の拳にはがすとから手渡されたバッヂが握り締められていた。
「…………違います……女神は悪なんかじゃありません!」
「戯れ言を……何を根拠に?」
「そんなの……ッ……犯罪組織の一方的に言いがかりにすぎません!確かに今のゲイムギョウ界はマジェコンヌに偏りつつあるかもしれませんけど……それでも私達女神を信じ続けてくれる人だっているんです!」
確かに今のゲイムギョウ界……女神は完全に犯罪組織という大きな脅威に完全に押されている。事実、女神達が三年前に戦いに向かった時も完全な敗北を迎えていた。今も尚、シェアも大幅に犯罪組織に奪われている。
しかし、シェアは完全には奪われてはいない。大分奪われた物の、それでも各国の女神を信仰してくれてる人もいるのだ。
「例えそうだとしても、今更虫の息よ……あと二、三年すれば女神も滅びる……正義の完全勝利となる訳だ。」
立ち上がろうとしたネプギアを『黒い影』が制止した。
「正義?ふんっ……笑わせる。」
その声は落ち着いた口調で告げた。
「貴様ら下等団体が正義を名乗る等……虫唾が奔る。」
「貴公……何者?」
見覚えのあるその姿にネプギアは口を開けた。
「……僕はブラック。ラステイションの女神の側近だ。」
姿……ブラックは告げた。
「ブラック……さん……?」
ブラックはネプギアの呼びかけに答える代わりにフン、と鼻を鳴らした。
「……候補生が二人も揃って何をためらっている。そんな状態でノワールを助け出す等寝言にすぎないな。」
ブラックの言葉にネプギアは申し訳無さげに顔を下げた。
「……ブラックとやら、我々は今取り込んでいる。用が無いならご引き取り願いたい。」
「悪いが、僕にも使命がある。」
徐にブラックは身構えた。
「……貴様らの勘違いしている正義を捻り潰すという使命だ。」
「勘違いだと?我々の善行に間違い等あらぬ。」
「……そういう……問題じゃあッ……ないでしょ!!」
突然の声にネプギアは肩を震わせた。
「そんなのッ……正義でも何でもないわ……違法なやり方でゲームを楽しむ事が正義な訳ないじゃない……ッ!!」
ネプギアの腕の中でユニが苦痛に顔を歪めながらも叫んだ。
「ユニちゃん……ッ!?」
ネプギアが呼びかけるとユニは咳き込んだ。
「アンタ達がやってるのは……正義でも何でもないわッ……子供達に偽物の娯楽を与え続ける……卑劣な……偽善行為よ……ッ!!」
ユニは絞るように声を発し、再び咳き込む。
ブラックはブレイブを睨みつけたまま肩眉をピクッと動かした。
「……偽善?」
ブレイブは静かに剣を構える。
「……貴様等悪に何が分かるというのだッ!?」
ドンッ!!
ブレイブは地を蹴りネプギア達めがけて跳躍した。
それに合わせてブラックも跳躍し二つの姿が肉薄する。
ドォォォォォッ!!
ブレイブの剣とブラックの回し蹴りがぶつかり衝撃波を生じさせる。足と剣が激しく擦れ合っているのか間から火花が滝のように飛び散っている。
「フッ……正義の味方ともあろうお方が取り乱すとはな……」
嘲笑紛れに言ったブラックに対しブレイブは表情一つ変えずにブラックを睨み続ける。
「悪いが……悪の言葉等初めから聞くつもりはない。」
バッ!
両者が大きく距離をとる。
シャッ!!
ドォォォォォォォォォッ!!
二つの姿が消えたと思うと虚空に巨大な衝撃波が幾度も生じる。音速を超える超スピードの中でぶつかり合っているのだろう。
「…………ユニちゃんッ!」
そんな二人の戦いに見入っていたネプギアは思い出したかのようにユニを見下ろす。
「……ネプギア……アンタ何で……ここにいるのよ……!」
「ごめんね……でも……ッ!」
言葉を続けようとするもユニが再び苦しそうに咳き込みネプギアが背を摩った。
(安全な所に……ッ!)
そう思ったネプギアはバッヂをポケットに突っ込むとユニを抱きかかえたまま立ち上がり走り出す。
「ね……ぷぎあ……?」
「大丈夫だよ……ユニちゃんは私が絶対に守ってみせるから……!」
「なッ……」
ユニの目は虚ろとしていたが、頬がみるみる赤くなっていくのがハッキリ分かった。しかしユニはすぐにネプギアから目を離し少しだけ頬を膨らませる。
「……ふんっ……お姉ちゃんを助けられなかったアンタに……」
「うん……でもね、だからこそユニちゃんを助けたいんだ。」
「……え?」
「確かにあの時……私は何も出来なかったよ。私が弱かったから……でもね、今はこうやってユニちゃんを絶対に助ける事が出来る。私、決めたんだ。『過去を振り返らないで前を向いて走り続けよう』って。」
「………………」
「……それに、今ユニちゃんを助けられなかったらお姉ちゃんを助けにいけないし……」
ネプギアは苦笑を浮かべ再びユニに見直る。ユニは何も言わなかった。視線を落としたまま、ネプギアに顔を見せる事はなかった。そんなユニを抱えたまま爆発音をBGMにネプギアは走り続ける。
「逃がさんッ!」
ブレイブの声が耳に入った。しかし、ネプギアの足が止まる事はない。
ピィィィィィッ!!
「ッ!!」
足先に奔る黄色いレーザー。咄嗟に足を止める。レーザーが突き刺さった地が輝き、何が起こるかを瞬時に悟ったネプギアはユニを守るべく地に背を向ける。
「うぅっ……!」
爆発する…………ッ!
汗でじわりと生温く濡れた手でギュッとユニの服を掴んだ。
ガッ!
「きゃッ!?」
強い力で襟元を掴まれ、瞬時にどこかへと猛スピードで引っ張られた。
ドガァァァァァッ!!
先ほどまでネプギア達が居た場所では爆発が起きていた。
バッ!
「わっ!?」
強い力に解放され、ネプギアとユニの身体が地へと叩き付けられる。
「いたたた……」
腕が疼き、ネプギアはうずくまったが近くに居たユニの姿を見つけるとすぐさま駆け寄り抱きかかえた。
「……貴様、僕を無視して候補生を狙うとは……僕もずいぶん嘗められたものだな。」
ユニを抱きかかえたネプギアの視界に入ったのは後ろ姿のブラック。恐らくブラックに助けられたのだろう。ブラックの足の間からブレイブの姿が小さく見えた。
「ハァッ!」
ブラックの姿が掻き消える。
すかさずブレイブが防御態勢に入る。
ドグァッ!
「ぐぅッ!?」
呻き声とともにブレイブの防御が崩れる。
シャッ!
ブラックの姿がブレイブの頭上に一瞬だけ露になったがまるでブレイブに突撃するかのように姿を消し幾度も鈍い音が鳴り響く。
「癪な……ッ!」
ブレイブが再び剣を構え、高速で虚空を切る。一見ただ闇雲に剣を振り回しているようにしか見えなかった。
「ッ!?」
ブラックは高速移動しながら何かを感じ取り目を見開いた。
バァァァァァァッ!!
ブレイブの周りを螺旋を描くように線が纏った。
まるで蜘蛛の糸を彷彿させるような線であった。
「ぐぅぅッ!?」
「ブラックさん!」
線にぶつかりブラックの身体が吹き飛ばされる。
ドサッと音をたて、ブラックは地に叩き付けられた。彼の体中は切り刻まれた痕が残っていた。
「『ライト・バリアー』……とでも称しておく。我が剣の障壁……悪如きに打ち破れはせぬ。」
「おのれ…………ッ!」
ブラックが腕に力を入れるも思うように身体が動かず再びガクンと状態を地に伏す。
「……このままトドメを刺すのも悪くはない。しかし、我も一正義。殺生は好まぬ。見る限り貴公等は最早戦える状態ではない。今のまま貴公等を無力化しても大した意味はなさぬ。」
ブレイブは落ち着いた様子で剣を納めると踵を返し歩き始めた。
「貴様……逃げる気か……ッ!?」
ブラックの言葉にブレイブの足がピタッと止まる。
ズォォォォォォッ!
ブレイブは突如剣を抜きブラックへと飛来していった。
「ッ!!」
ネプギアは咄嗟に目を閉じる。ギュウと暫し目を固く閉じ、静かに開けた。
目に入ったのは剣をブラックの頭上ギリギリにまで振り下ろしているブレイブ。
「…………」
ブレイブは静かに剣を納め、跳躍しどこかへと飛び去っていった。
ルウィーは現在華やかな雰囲気に包まれていた。
あのハリネズミの手によって全壊にされる前……その時以上に賑やかとなっていた。
ルウィーのとある場所、そこで5pbはライブを続けていた。ワァァと大きな歓声を目の前に5pbはステージの上に立っていた。
「みんなー!今日もありがとーッ!みんなさいっこうだよー!」
ギターを抱えた5pbが観客に手を振ると興奮した観客達は更に歓声をあげる。5pbは笑顔で手を振りながらステージ裏へと戻っていった。
「お疲れ様5pbちゃん!今日も最高だったよ?」
「ありがとう!でもやっぱりルウィーは寒いね!何度かライブしたけど未だに慣れないよ!」
5pbは近くのパイプ椅子に腰掛けスタッフから渡されたペットボトルの水を飲んだ。他のスタッフがそっと5pbの首にタオルをかけ、5pbは「ありがとっ」と言い顔を拭いた。
「あっ、そうだ。シェアの方はどうなったのかな?」
「じゃあ確認してみよう。」
また別のスタッフがすぐさまノートパソコンを立ち上げカタカタと素早い手つきで打った。
「あ、5pbちゃん!」
「どうしたの?」
「きてきてッ、これ見て!」
スタッフが興奮気味に手招きをして5pbがパソコンの中を覗き込んだ。
そして、5pbは声を上げた。
『ゲイムギョウ界、シェア率。現在ルウィーセカンド』
ルウィーのシェア率がマジェコンヌには及ばないものの現在二位にまで上っていたのだ。
「やった、ついに……!」
「あぁ、ついにルウィーが完全復活だ!」
ステージ裏は歓喜に包まれた。そんな中スタッフの一人が喜びのあまり一束にまとめられた楽譜を頭上に投げ、楽譜が桜のようにゆっくりと舞い落ちていく。
「HEY!なんだか楽しそうじゃないか?」
声に5pbとスタッフ一同は動きを止め声の方へと振り返る。
「ソニック!」
「よっ!調子はどうだい?」
ソニックはウィンクすると5pbの元へ歩み寄った。
「これを見てよ!」
5pbが指差した先……ソニックはパソコンの画面を覗き込んだ。
「……ヘヘッ!」
ソニックはどこか複雑そうに頭をポリポリかく。
「凄いじゃないか。よくここまでシェアを上げられたな!さっすがはヴィーナス♪」
「えへへ、なんだか照れくさいね……ところでソニックはどうしてここに?」
「コルに呼ばれてお前を迎えに来たのさ!もうシェアは心配ないみたいだし帰って来たらどうだい?」
「ボクは別にかまわないけど……」
5pbは申し訳なさそうにスタッフ達に視線を向けた。
「うーん……5pb、君はどうしたいんだ?」
「ボクは戻りたいかな……女神様達を助けに行きたいし……」
「なら戻って平気さ。」
「えッ!?」
5pbは目を丸くした。
「君のおかげでルウィーは救われた。もう君が居なくてもルウィーはやっていけるさ。」
「なら交渉成立だな!」
ソニックは何かを言おうとした5pbの腕を掴んだ。
「あ、えっと……ッ!」
「皆の所へ戻るぜ?Ready GO!!」
ギュゥゥンッ!!
ソニックと5pbの姿がステージ裏から消えた。
「痛ッ……!」
ユニはビクンと身体を震わせた。
「動いちゃ駄目ですう!」
「んぅ……あっ!だ、だめぇ……!」
ユニは涙目になりながらビクビクと身体を強ばらせた。
「………………」
先程からユニが色っぽい声を発するため、ネプギアの頬は真っ赤になっている。
「あはははは、ユニちゃん楽しそう〜!」
「…………うりゅう…………(ふるふる)」
そんなネプギアの足下でユニの様子を楽しそうに眺めているラムとその光景がちょっと怖いらしくロムはネプギアに抱きつきぎぅぅとスカートを掴んでいた。
「はぁ……はぁ…………んんぅっ!」
ユニが再びビクンと身体を痙攣させる。晒け出された小さな白い胸元を一滴の汗が流れ落ちた。
「あとちょっとですぅ!力を抜いてひーひーふぅですぅ!」
コンパはユニの上体を支えながらそっと彼女のお腹に手をおいた。
「終了ですの〜。」
がすとの声が聞こえると同時にユニの身体の力が抜け全体重をコンパへと預けた。
「よく頑張ったですぅ。偉いです。」
コンパがユニの顔を覗き込むと優しい笑顔を作った。
「……ふぅ……ケイ、私の服を頂戴。」
ユニはコンパから離れベッドから降りると室内の端で待機しているケイに言った。ケイは無表情でユニに近づくとユニの服を手渡した。
「全く……君が突然居なくなるから皆心配していた。」
「ふん、アンタには関係ないじゃない。」
「確かにそうかもしれない。しかし、少なくとも君が勝手な行動に奔らなければそのような大怪我は負わなかったのも事実だ。」
「そ、それは……ッ!」
ケイが先程コンパとがすとの治療の影響で体中につけられた包帯やガーゼを見回しはぁと息を漏らす。
「君が僕以外の無関係な方達にまで多大な迷惑をかけた。そこは謝罪すべきじゃないかな?」
「……ッ!」
ユニはざっとネプギア達を一瞥するとぷいと顔を背けた。
「ユニちゃん……」
ネプギアがそっと呼びかけるもユニは振り返らない。
「私は別に謝ってくれなくても良いよ……けどその代わりお願いがあるんだ。」
ユニが少しだけ顔をネプギアに向ける。
「…………私達と一緒に、お姉ちゃんを助けに行って欲しいんだ。」
ユニは動きを止めた。
「私、やっぱりユニちゃん無しでお姉ちゃんを助けには行けない。だって……」
「……別に、私が居たって変わらないじゃない。」
ネプギアは言葉を止めた。
「……アンタより弱い私がついて行ったって何も変わらないでしょッ!?」
「…………ッ…………!」
ユニの声に室内のメンバーはびくっと肩を揺らした。
ユニの表情こそは確認できないものの、ギリリと歯を食いしばっている事だけは確認できた。
「…………」
そんな事ないッ!
心の中で叫ぶ。どうにか声に出そうとするも体は言う事を聞いてくれなかった。
ユニは次第に体を震わせながらはぁはぁと息を漏らし始める。
ネプギアの膝元でロムが不安そうに彼女の姿を見つめていた。
「…………ほぉ…………?」
突如耳に入ったあの声。ネプギアは部屋の入り口に視線を向けた。
「お前はそれで良いのか?」
ソニックだった。ソニックはゆっくり部屋の中へ入るとユニへと歩み寄って行った。
「…………アンタ…………」
「分かるぜユニ。お前は特訓に行ってたんだよな?」
ユニが顔を上げた。憤激……悲痛とも捉えられる複雑な面持ちだった。
「お前と初めて会った時の事を覚えているか?あの時お前は姉貴を助ける為に必死で射撃特訓をしていた。そうだよな?」
「え……ッ!?」
ネプギアは息をのんだ。
「そのあと俺はお前との特訓につきあった。懐かしいぜ……お前の腕前はかなりのものだったぜ?」
「……それがなんだっていうのよ……!」
ユニは今にも泣き出しそうな表情だった。
ソニックはやれやれと頭を振り、言った。
「……せっかくスタートラインに立ってるのにお前は辞退するのかい?」
「はぁ……?」
「お前はスタートラインに立つまでに沢山の特訓をしてきた。特訓してるお前の姿は最高にカッコ良かったぜ?今日の今までお前は走り続けてようやく今のスタートラインに立てた。なのにお前は今までやって来た事を全部無駄にするつもりなのかい?」
「…………」
「レースなんて棄権するしないはそいつ自身さ。けど、俺なら絶対に棄権なんてしないな。同じ景色しか見れないなら何をしてでも状況を変えてやる…………要は、お前次第さ。」
ソニックはそう言い残すと部屋を出て行った。
「ユニちゃん……」
沈黙を破るかのようにネプギアはその名を呼ぶ。
「…………………」
ユニは相変わらず口を開く事はなかった。
コンパとがすとも心配そうにネプギアを見つめている。
「――――………出発はいつ?」
それを耳にした刹那、ネプギア達に笑顔が戻った。
「〜〜♪〜〜♪〜〜♪」
ソニックは口笛を吹きながらラステイションの教会の廊下を歩いていた。
「〜〜♪〜〜…………」
しかし、不意に彼は口笛を止める。
「…………」
通路の反対から歩いてくる姿……ブラックだった。
「…………」
ソニックは無表情のまま歩みも止め、歩いてくるブラックを見つめていた。
徐々に距離が狭まっていく。
「……何を見ている。」
「べっつにぃ。」
ブラックの問いにソニックはぶっきらぼうに答えた。
二つの姿が交差した。刹那、ブラックも歩みを止める。
「…………………」
沈黙が奔る。
同じ姿。同じ顔。同じ表情………………
………………同じ、『心』――――?
「…………――――……」
「……ッ?」
ブラックが小さく告げた。ソニックは肩眉を吊り上げる。
振り返るとブラックはもう居なかった。
「………………」
――――……気をつけろ……――――
その時の彼には、その言葉の意味が分からなかった。
「戻ったか、ブレイブ。」
「あぁ。」
マジックはブレイブの姿を見つけるや否やその名を呼ぶ。
「どうだ、候補生は消せたのか?」
「いや……」
「何?」
「……消すまでもない、と思っただけだ。」
ギョウカイ墓場――――女神達が囚われている空間に二人は居た。
「…………うぅ……」
「んッ………」
まるで触手のような多数の太いコードに縛られた女神達の呻き声が聞こえる。
「…………まぁ、いいだろう。」
「マジック、それよりも聞いておきたい事がある。」
「なんだ?」
「――――『オード・ビセル』の件だ。」
マジックは静聴したままブレイブの顔を見上げた。
「……それがどうかしたのか?」
「トリックはどうか知らぬが……例のあのハリネズミがこの世界へ現れた際、貴公は何も感じなかったのか?」
「……さぁな。何の話だ。」
「ひょっとすると奴は……――――」
「もういい。奴は消えた。」
マジックはブレイブの言葉を冷たく切り捨てた。
「……いや、消したのだ。あんな役にも立たないゴミの話をするなど、貴様らしくないぞブレイブ。」
「……失敬。」
「……もう奴の代わりは居る。それを貴様も分かっているだろう?」
「……そうだったな。」
「なら、下がれ。」
「あぁ……」
ガシャガシャと大きな音を立てブレイブは歩き去って行った。
「…………」
マジックは囚われている女神の一人――――パープル・ハートの元に歩み寄ると顎を掴んだ。
「く……ぅ……ッ」
パープル・ハートが苦しそうな声をあげる。
「ふふふ……奇麗な女よ……」
マジックは口端を吊り上げ呟く。
「マジ……ック……!」
薄く開かれたパープル・ハートの目がマジックを睨む。
「ん……んぅ…………ッ!!」
パープル・ハートの背後にはコードで口を塞がれたホワイト・ハートが威勢良くマジックを睨んでいる。
マジックは乱暴にパープル・ハートを離すと踵を返し歩き去って行った。
「………………」
―――そんな女神達を離れた場所の壁から何者かが様子を伺っていた。
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新生活にも慣れ始めたこの頃、久しぶりの更新でござる