第四十話 ~ 素材ツアー ~
【アヤメside】
老婆の小屋から出てきた俺たちは、全員が難しい顔をしていた。
理由は、老婆から課されたクエスト内容。
内容は単純な素材集めだが、集める素材アイテムが《なんでもいい》と、とてつもなく範囲が広いのだ。
「……まあ、受けたからにはここで突っ立ってるわけにもいかないな」
そう呟いた俺は、気持ちを切り替えるように軽くのびをしてから、みんなの方に振り向く。
「取り敢えず、腰を落ち着けられる場所を探そう。そこで作戦会議」
「それもそうだな。アスナ、良いところ知らない?」
「この路地裏を抜けた近くに大きめのカフェがあった気がするよ」
「あっ、あそこですか。今ならお客さんも少ないですから、丁度いいかもしれませんね」
「じゃあ、案内頼む」
思いのほかとんとん拍子に話が進み、俺たちはアスナの案内のもと、カフェに向かうことにした。
相変わらず入り組んだ路地裏を進む最中、サチが申し訳無さそうに口を開いた。
「なんか、みんなごめんね。こんな面倒なクエストの手伝いさせちゃって」
「気にすんな。ギルメン助けるのは当たり前だろ?」
「私たちも、リベンジしたいなあって思ってたところだったから」
「そうですよ。それに、友達のための情報収集にもなりますので」
全員が笑顔を浮かべて言うと、サチは嬉しそうに微笑んで「ありがとう」と言った。
「そんなこと気にしてる暇があったら、あのお婆さんの言ったことのおさらいでもする」
「ふふ。そうだよね」
サチはもう一度微笑むと、指折りしてお婆さんの言った言葉のおさらいを始めた。
老婆から提出されたクエストの内容は《なんでもいいから素材アイテムを持ってくる》だったが、いくつか条件とアドバイスがあった。
条件とは、第一が《素材の種類は最大三種類まで》。第二が《個数はそれぞれ二個まで》。そして、第三が《期限は明後日まで》というもの。アドバイスとしては、《鉱物がオススメ》とのことだ。
クエスト内容があまりに漠然としていたため、かなりの救済になった。
けれど、それでも結構な種類があるため、難しいことには変わりないが。
「明後日までってところがまた面倒だよな。単純に考えて、四十八時間で二十六層全部回って素材を検討することだろ」
「それって、このゲームが後半になればなるほどクエストの難易度上がってってますよね」
「そうだよね。それに、どこにどのアイテムがあって、どのモンスターがどのアイテムをドロップするか、なんて全部は覚えてないし、探すのも一苦労よ」
「ああ、その点なら問題ないぞ」
「え? なんでですか?」
キリトとアスナの懸念を否定した俺に、二人と同じことを考えていたシリカが疑問符を浮かべた。
「こっちには《切り札》があるからな」
そう言った俺は、右ポケットで丸くなっているキュイを軽く撫でた。
カフェに到着した俺たちは、できるだけ目立たない席に座りそれぞれ適当な飲み物を注文した。
注文した五秒後、頼んだものが届き、のどを潤した。
「……またゲテモノっぽいの注文したな、お前は」
「こういうのに限って美味かったりするんだぜ。今日は当たりだ」
喜々として語るキリトに小さく肩を竦める。
「それでアヤメ。さっき言ってた《切り札》ってなに?」
キリトのゲテモノドリンクに若干引きながら、サチが俺の方を向いて言った。
みんなもサチ同様に俺に目を向けてくる。
「切り札はこれだ」
言いながら、俺は右手を振ってアイテム欄から結構な厚みのある三つの紙束をテーブル上に出現させた。
「なんですかこれ?」
「俺自作の《アイテムブック》」
真ん中の一つを手に取って尋ねるシリカに答える。
「アイテム蒐集が危なくて出来ないから、情報だけでも持っていようと思って作ったんだ。十層ごとに区切って、今三冊目」
「へぇ~」
感心したように頷くと、それぞれが一番近くにあった紙束を手に取り、内容を読み出した。
数の都合上、アスナはシリカと一緒に呼んでいる。
「これなら、わざわざ現地に行って確認しなくても済むし、どこにあるか、どいつがドロップするかがわかるだろ?」
「うわ、めちゃくちゃ細かい……アヤメ、これくれない?」
軽い説明をすると、ざっと中に目を通したらしいキリトが顔を上げてそんなことをのたまいやがった。
「ダメに決まってる」
「じゃあさ、出版ならどうだ? お金もザクザク入るぜ」
「イヤに決まってる」
「分かったよ……」
どうしても欲しいらしく、食い下がって来るキリトを二度言葉で切り捨ててやると、拗ねたように紙束に視線を戻した。
「はあ……。見せるくらいなら構わないから、見たい時は俺に言え」
「サンキュー」
その様子を見て溜め息混じりに妥協案を提案してみると、キリトは少し笑いながら頷いた。
「――――さて、一通り目を通したところでいいか?」
全員に視線を送って尋ねると、全員が紙束を置いてそれぞれ肯定の返事をした。
「そんな堅くならなくても大丈夫だ。なにせ、やることと言ったらサチの直感を信じることくらいだからな」
「へ? ……ええ!?」
呆けた声を上げたあと、言われたことを理解したのか、サチは夜色の瞳を大きく見開いた。
「そ、それで大丈夫なんですか?」
「さてな。どのアイテムでどんな効果が現れるか、その前例がほぼ無いから勘に頼るしかない」
苦笑いを浮かべるアスナに首を横に振りながら答える。
「それに、 素材は自分で選んだ自分の納得いく物の方がいいだろ。
確認の意を込めてサチを横目で見つめると、サチの顔はみるみるうちに朱くなっていき、コクリと頷いた。
「むぅ……」
その様子に満足しながら視線を元に戻すと、目の前の席に座るシリカが小さく頬を膨らませていた。
「どうしたんだ、シリカ?」
「……なんでもありません」
不思議に思って聞いてみると、ふいと視線を逸らされてしまった。
「うん……なら、良い」
少々心に一抹の寂しさを感じながら、俺はひとまず納得することにした。
「早く決めた方がいいかな?」
小首を傾げるサチが、みんなを見回して尋ねる。
「じっくり考えて大丈夫よ。アヤメさんは素材集め早いから」
「戦闘とか平気?」
「そこそこ人数いますし、実力もトップクラスが三人もいますから、心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうだぜ」
心配八割、恐怖二割の目をするサチに、まずアスナが答え、そのあと、年相応に朗らかに笑うシリカが答える。
それに同調するようにして、キリトが大きく首肯した。
「そんなわけだ。プレゼントなんだから、じっくり選べ」
「……うん。わかった。ありがとうみんな」
姿勢を正して頭を下げるサチ。
そしてそのあと、サチは途中まで読んでいた紙束に再び目を落とした。
「ああ、そうそう。キリト、サチを除いたこの中で今一番弱いのお前だからな?」
「……え、マジ?」
「マジだ」
集中するサチの横で小さくキリトに耳打ちすると、キリトは目を丸くしてアスナとシリカを視線をやる。
今の会話が聞こえていたのか、二人はニンマリと笑ってキリトを見ていた。
【シリカside】
「それじゃあ、この《
「……問題ないな」
「結構早く決まりましたね」
サチさんに指差しで指定された二つのアイテムを見て、アヤメさんが頷いた。
「どうしてこの二つにしたんだ?」
「《天眼石》も《水晶石》も日常的なお守りで使えるパワーストーンで、特に《天眼石》は厄を跳ね返す効果があるらしいから、いいんじゃないかなって思ったのよ。本当は、《勇気の石》って言い伝えられてる《ハウライトトルコ》みたいな石もあったらよかったんだけど、まだ無いみたい」
キリトさんの質問に、サチさんは淀みなくスラスラと答える。
私はサチさんに控え目な印象を持っていたから、目を輝かせて少しアグレッシブな様子に驚いた。
「サチ、詳しいわね」
「パワーストーンや宝石を見たり、アクセサリーを作ったりするのが好きだから、自然と覚えちゃったみたい」
アスナさんの感心したような声に、サチさんは照れ笑いを浮かべた。
「さて、それじゃあ早速行動に移すか」
パン、と一つ手を叩いたアヤメさんは、すくっと席を立ち上がって出口に向かい、私たちもそれのあとを追った。
そろそろ混み出してくる頃だったから、ちょうど良かった。
「アヤメ、取り敢えず二手に別れないか? そっちのほうが効率いいし」
「それもそうだな……アスナ、どうする?」
「それじゃあ、私とキリト君とアヤメさんが《天眼石》を、シリカちゃんとサチが《水晶石》でいいでしょうか?」
「大丈夫か二人とも?」
すると、アヤメさんは心配の色を映した目をこちらに向ける。
「ちょっと怖いけど……四層なら大丈夫」
「大丈夫です。サチさんのことは任せてください!」
不安げなサチさんに対し、私が自信たっぷりに答えると、アヤメさんは小さく頷き、私の頭に手を置いて優しく撫でた。
「……頼んだぞ」
「はい!」
二十六層の転移門から四層に移動した私とサチさんは、NPCショップでピッケルを一本ずつ買ってからフィールドに出た。
第四層は洞窟や切り立った崖がたくさんある岩山が連なったフィールドとなっていて、ところによって落石が起きるのが特徴だ。
「サチさん、大丈夫ですか?」
《水晶石》の採掘ポイントを目指して坂道を登りながら、私は隣を歩くサチさんに尋ねた。
「うん、大丈夫だよ」
「小石や出っ張りがたくさんありますから、足下気を付けてくださいね?」
「シリカちゃんも、前見て歩かないと危ないよ」
「私は大丈夫です……きゃ!?」
余所見して歩いていた私は、石ころに蹴躓いて、びたんと前に倒れた。
「だ、大丈夫シリカちゃん!?」
「えへへ……失敗です」
膝を付いて私に心配そうな声を掛けるサチさんに、私は顔を上げて苦笑いで答える。
「ちゃんと前見て歩こうね」
そんな私を見ながら、サチさんは眉根を少しだけ寄せて、お姉さんのような微笑みを私に向けて手を差し出した。
注意した傍から恥ずかしいなあ、と思いつつ、その手を立ち上がりスカートの土埃を払ったとき、私の《索敵》スキルがモンスターの姿を捉えた。
「サチさん! 来ますよ!」
「え? ……あっ、うん!」
短剣を抜いた私を見て、慌ててサチさんも長槍を構える。
それとほぼ同時にモンスターが現れた。
私たちの目の前にポップしたモンスターは、石で出来た甲羅を背負ったゾウガメのような容姿をしていた。
名前は確か《ロックトータス》。
「っ!? ……いや……」
私がモンスターの姿を捉え、先手必勝と攻撃しようとした瞬間、サチさんが小さく呟いた。
訝しんで隣を見ると、サチさんの目は恐怖に染まり、槍を握る両手は小さく震えていた。
「大丈夫ですかサチさん!?」
「ご…ごめんね、シリカちゃん。私……」
「グァァァァァッ!!」
サチさんが先を続ける前に、苛立った様子でロックトータスが叫び、突進してきた。
ロックトータスは、見た目通り足の遅いモンスターだが、その反面、堅い甲羅とその重量ゆえに高い防御力と攻撃力を持つモンスターでもある。
「サチさんこっちです!」
私はサチさんの腕を強引に引っ張ってその突進を回避した。
「あ、ありがとうシリカちゃん」
「いえいえ。それより、サチさんはダメージを受けないようにして、ここで待っててください」
そう言いながら、私はサチさんとロックトータスの間に割り込むようにして立つ。
「あのロックトータスは私が倒しますから」
「……だ、大丈夫なの?」
「もちろんです。こんなちんちくりんですけど、私は《血盟騎士団》の一員なんです。それに、アヤメさんとも約束しましたから、サチさんは私が守ります!」
背後からの弱々しい声に、私は気丈な声で宣言と共に一度サチさんに笑いかけ、直ぐにロックトータスに視線を戻した。
このときふと思った。これが、アヤメさんが見てた世界なんだ、と。
目の前には敵しかなく、自分を守ってくれる背中は無い。代わりに、後ろには守らなくちゃいけない存在がある。
アヤメさん、キリトさん、アスナさん、そして私。今は違うけれど、この四人の中で一番弱かった私は、この風景を見るのは初めてだった。
そして、アヤメさんたちは今の私と違い、自分たちと同等か格上の相手を前にしてこの風景を見ている。
「グァァァァァッ!!」
突進してくるロックトータスを見据えた私は、一歩前に踏み出し、そのまま駆けだした。
堅い石ので出来たロックトータスの甲羅には、打撃系統の攻撃しかダメージを与えられない。
なら、それ以外の場所を狙えばいい。
「ハアッ!!」
自分の攻撃圏内にロックトータスが入った瞬間、私はロックトータスの甲羅に覆われていない部分に狙いを定め、三連突き短剣スキル《トライペッカー》を放つ。
緑に輝く刀身が、ロックトータスの喉元、首元にある甲羅の隙間の両側に吸い込まれるように突き刺さり、一瞬にしてHP全てを奪い去った。
「もっと強くならなくちゃ」
自然とそう思えた。
オリジナル剣技
《トライペッカー》
・短剣スキル
・それぞれが別の場所を狙う三連突き
【あとがき】
以上、四十話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
新学年がはじまり、リアルが忙しくなって更新ペースが落ちていきそうなbambambooです(泣)
アヤメ君の《アイテムブック》が役に立つ時が来た。
そして、シリカちゃんだって強くなってるんですよ?
今回はシリカちゃんとサチを絡ませてみましたけど、どうでしたでしょうか?
正直、私の中では《シリカは皆の妹》という認識ができあがっていて、アスナさんとはまた違った《姉妹》を描けたらいいなと思ってます。
次回は、シリカちゃんとサチさんの絡みがもう少し続きます。
それでは皆さんまた次回!
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四十話目更新です。
アスナとシリカの手を借り、サチたちはクエストに挑む。
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