第三十九話 ~ 黒猫と騎士 ~
【キリトside】
「到着。第二十六層へようこそ」
ケイタたちと分かれたあと、俺はサチとアヤメと一緒に転移門を使って最前線の第二十六層の主街区にやってきた。
この街の外れにある小さな寂れた小屋に、例のエクストラスキル《工芸》を取得するためのクエストを受注できるNPCがいるそうなのだ。
俺もアヤメも受けたことが無いため、どんなクエストかは分からないが、一筋縄でいかないのは確かだろう。
「賑やかな街だね」
「俺はもう少し落ち着いたところの方が好きだな。その方がキュイもリラックスできる」
「キュィ」
街を眺めて感想を呟くサチにアヤメが返すと、アヤメのポケットの中から少し弱気なキュイの鳴き声が聞こえてきた。
そんなキュイにアヤメは苦笑を浮かべる。
「さて、立ち話はこれくらいにして、さっさと行くか」
「うん」
俺の言葉に、サチは心持ち目を輝かせて頷き、俺のあとを付いてきた。
人がたくさん往来するメインストリートを抜け、少し小さな道にはいる。
さすがにメインストリートほど人はたくさんいないが、ここら辺は宿屋がたくさん有るため、意外と人がいた。
「キュ……」
「どうした、キュイ?」
その人波の中を横切ろうとしたとき、アヤメのポケットからキュイが顔を出して肩までよじ登り、一点を見つめた。
少し警戒するようなその様子に、アヤメが反射的に気を引き締める。
「いや、圏内で危険は無いだろ」
一人と一匹の様子を横目で見た俺は、少し呆れながら視線を前に戻す。
「あ、キリト君」
ちょうどそのとき、聞き慣れた、けれどここ二週間は聞いていなかったアスナの声が耳に届いた。
視線を声の聞こえたほうに向ければ、本当はアバターなのでは思ってしまうほど整った顔立ちの女性プレイヤーが、笑顔を浮かべながらこっちに手を振っている。
それに振り返すと、腰までの栗色の髪が宙を踊りだし、その場に残滓を残しながら駆け寄ってきた。
「キリト君久しぶり」
「久しぶり。でも、メールで結構やり取りしてたから、あんまり久しぶりって感じはしないかな」
「ふふふ。やっぱりそう思う?」
小さく微笑んだアスナは、「そうだ」と一つ手を打って両腕を広げた。
「どう?」
「え? どうって?」
可愛らしく首を傾げて尋ねてくる彼女に、俺は何を聞かれてるのか分からず首を傾げる。
「……わざとじゃない分、質が悪いな」
後ろでアヤメが溜め息をついた。
「キリト君、本当に解ってない?」
アスナが何か期待するような目で俺を見てくる。
「ん~~~? ……あっ、そういうことか!」
アスナに言われて何を言って欲しいのかようやく解った。
アスナが今着ている服は、二週間前のものと大きく変わっていた。
白地に赤のラインが入った騎士風の装備に赤のミニスカート。そのままでは露出度が高い脚部には、同色のハイソックスを穿いている。清潔感のなかに凛とした雰囲気を兼ね備えたその装備は、アスナの人柄にマッチしていて、とてもよく似合っているように思える。
「それがメールで言ってた《血盟騎士団》の制服か」
第二十五層。SAOの第一クォーターポイント。
多大な犠牲を払った攻略のあと、アスナとシリカはあるギルドにスカウトされた。
それが、「SAOの最強プレイヤーは?」と言う質問に対して真っ先に名前が上がるプレイヤー、ヒースクリフ率いる《血盟騎士団》だった。
スカウトされた二人は少し悩んだあと、快くその申し出を受け入れ、ギルドに加入した。
ちなみに、俺もアヤメもアスナたちのあとにスカウトされたが、俺は「ソロのが性に合ってる」と言ってで断り、アヤメは「キュイが怖がっている。あと、アンタが信用できない」と言ってそもそも話しすら聞かなかった。
そのときのヒースクリフの面白がっているような笑みは、今も覚えている。
「ステータスはどうなってるんだ?」
「……うん。まあ、そうだよね」
「……わざとじゃない分、質が悪いな」
思ったことを言ってみると、アスナは目に見えてがっかりして、アヤメは呆れながらそれぞれ溜め息をついた。
「えーと、二人ともこの人は?」
と、俺が二人の様子を不思議がっているとき、サチが遠慮がちに口を開いた。
「キリト君、この人は?」
それに気付いたアスナも、首を傾げて尋ねてくる。
「キリトのギルメンのサチだ。《月夜の黒猫団》の紅一点」
「はじめまして」
俺の代わりにアヤメがサチの紹介をすると、サチは一歩前に出て小さく頭下げた。
「こっちはアスナ。《血盟騎士団》のメンバーにして、多分女性プレイヤー最強」
「言い過ぎですよアヤメさん……。はじめましてサチさん。キリト君から《月夜の黒猫団》のことは聞いてますよ」
「サチでいいよ。敬語も使わなくていい」
「じゃあ、私もアスナで」
アスナもサチに頭を下げ、それから握手をする。
「――――」
そのとき、アヤメが二人になにやら耳打ちすると、アスナの顔が真っ赤になり、サチが小さく微笑んだ。
「お前も大概こんな感じだからな」
さらにもう一言、アヤメが今度は俺にも聞こえる声で言うとサチの顔が赤くなり、アヤメはサディスティックな笑みを小さく浮かべ満足げに頷いた。
「アスナさーん!」
ちょうどそのとき、小さな影がアスナの名前を呼びながら駆け寄ってきた。
茶色のツインテールが元気一杯に跳ねている。
「ってあれ!? あ、アヤメさん!?」
その途中でアヤメの存在に気付いたシリカは、少し驚いたふうに顔を朱くし、トテトテと小走りに近付いてきた。
「よう、シリカ」
「アヤメさん奇遇ですね」
「キュキュッ!」
アヤメに近付くシリカに、アヤメの肩に乗ったキュイが鋭い鳴き声を上げて、警戒態勢を取る。
「キュイ」
「キュゥ!?」
それに対して、アヤメは怒った風にキュイの名前を呼び、その小さな額を指先で軽く小突いた。
「いつまでもそんな態度取るな。内心ではシリカの心配もしてるくせに……」
やれやれとアヤメが肩を竦めると、キュイはただでさえ垂れてる耳をさらに垂れさせてしゅんとした。
「私は気にしてないから、大丈夫だよキュイちゃん」
「キュ、キュィ……!」
シリカにフォローを入れられると、キュイは羞恥心の限界が来たようでポケットの中に逃げ込んだ。
「……かわいいな……」
ぼそりと、頬を緩めたアヤメがうっとりとした声で言った。
「さて。……シリカの服もKoBの制服なのか?」
「へ…? あっ、ハイそうです」
一転していつもの鉄面皮に戻ると、アヤメはシリカの格好を見て声を掛けた。
希少価値の高いアヤメの表情をじっと見ていたシリカは、突然声を掛けられたために呆けた声で答えると、ハッとしてやや緊張した様子で頷いた。
シリカの服装も、白と赤を基調とした騎士装備に赤のミニスカートと、基本的なところはアスナと同じ作りになっている。
しかし、袖口が大きく広がっていたり、オープンフィンガーの手袋をしていたりと細部が異なっていた。
アスナと比較してみるとヒラヒラした部分がやや多目で、アスナが《華麗》であるならば、シリカは《可憐》といった感じだろう。
「シリカらしくて似合ってると思うぞ。――――うん、可愛い」
それをじっくりと眺めたアヤメは、小さく優しく微笑みながらシリカの頭を撫でた。
「あ、ありがとう…ござい、まひゅ………!」
瞬間、シリカの顔が茹でダコのように真っ赤になり、その顔を隠すように俯く。
そしてテンパっていたのか、お礼を言おうとしたら盛大に噛み、それによってさらに深く俯いた。
「……キュイ。痛いんだが」
「キュキュキュッ!」
こっちも別の意味で噛まれていた。
「アスナ、この子も《血盟騎士団》の子?」
そんな様子を微笑ましく見守っていたサチが、ショート中のシリカに視線を向ける。
「そうだよ。……大丈夫、シリカちゃん?」
「ひゃ、ひゃい! だ、大丈夫ですよ!」
アスナに肩を叩かれて正気を取り戻したシリカは、一つ咳払いをしてから服装を軽く整えた。
「コホンッ。それで、こちらの方は、はじめてですよね。――――はじめまして、《血盟騎士団》のシリカです」
しっかりとした様子でペコリと頭を下げた。
「サチです、よろしくね。……私と比べてまだ小さいのに凄いね」
その様子に少し驚き、サチは感心したように呟いた。
「シリカちゃん。実は結構あの練習してたんですよ。『血盟騎士団の一員になるんですから、あいさつくらいしっかりできるようにならないと』って言って」
すると、アスナが俺とアヤメにコソッと耳打ちをした。
「……律義と言うか、何と言うか」
「シリカらしい……のかな?」
鏡の前で挨拶の練習をするシリカを思い浮かべ、俺は小さく笑った。アヤメは目尻が少し垂れ下がったように見える。
「へえ。サチさんは《月夜の黒猫団》の方だったんですか」
「キリトから聞いてたの?」
「いいえ。アスナさんから名前だけ聞いてて」
「そうなんだ」
「はい。……ところで、サチさんはどうしてこの階層に? あっ、いえ別に《月夜の黒猫団》が弱いってわけじゃ無くてですね?!」
「気にしなくていいよ。弱っちいのは本当だし。私は、この層にあるっていう《工芸》スキルを習得しようと思って来たの」
「あ~……あのスキルですか……」
「どうかしたの?」
言葉を濁すシリカに、サチは首を傾げる。
「私たち、前に友達とそのスキル取りに行ったのよ。まあ、リタイアしてダメだったんだけどね」
シリカの代わりに、アスナが疲れたような乾いた笑みを浮かべて答えた。
「そんなに難しいのか?」
「クエスト自体はただの素材集めですよ、キリトさん。でも、その素材が特殊というか、なんというか……」
「そうなんだ……」
小さく呟くサチの目は、不安げに揺れていた。
最前線の二人をして《難しい》と言わしめるクエスト。そんなクエスト自分にクリア出来るのか、そう思ってるのかもしれない。
そんなサチに、アヤメは近付き肩に手を置いた。
「今不安がっても仕方がない。取り敢えず、受注出来る場所まで行ってみよう」
「……うん、そうだね」
「それなら、私たちが案内しようか? それとも、いっそ手伝っちゃおうか?」
頷くサチに、アスナがそんな提案をしてきた。
「いいの、アスナ?」
「いいよね、シリカちゃん?」
「はい。今日はギルドお休みで、いろんなところにギルドの宣伝に行こうってアスナさんと話してましたから、ちょうどいいです」
「キリトとアヤメは?」
「素材集めなら、人数がいた方が効率いいな」
「最近パーティ組んで無かったからちょうどいい」
わざわざ確認を取るサチに、俺たちは賛成を示した。
「それじゃ、お願いします」
「もちろん」
「こっちですよ」
やや胸を張って答えた二人は、身を翻して歩き出した。
「到着です」
「結構歩いたな」
街の東の果ての路地裏の奥の奥。そこに、俺たちの目的地があった。
木造の小さな小屋で、何度も修理をしたようなあとがあり、本当に人が住んでいるのか、と疑いたくなるほどの寂れ具合だ。
「さあ、どうぞ」
シリカがサチに道を譲ると、サチは緊張した面持ちでドアを開け中に入っていった。
俺たちもそのあとを追うようにして中に入る。
小屋の中は、外見ほど寂れてなく、むしろ綺麗に片づけられていた。
中のあちこちにブレスレットやネックレスなど、見たことのないアクセサリーが並んでいる。
そんな小屋の一番奥に、作業台に向かって何かを作っている一人の老婆がいた。
サチはその人を見つけると、静かに歩みよって声をかけた。
「えーと……こんにちは」
「おやおや。うちに人が来るなんて、珍しいこともあるねえ」
サチに声をかけられた老婆は、作業の手を止めて嬉しそうにこちらに振り返った。
老婆は
「うちに何かようかい?」
「……《工芸》スキルを覚えたいんですけど」
「そうかいそうかい。でも、あたしより腕の立つ人なんていっぱいいるからねえ。その人たちに教わった方がいいんじゃないかい?」
「あなたがいいんです」
「でもねえ……」
すると、老婆は何か考えるような仕草をしたあと、ぽんと手を打ってサチの目を見た。
「それじゃあ、少しテストをしてみようかねえ。おまえさん、大切な人はいるかい? 好きな人でもいいよ?」
「え? ……はい」
「初々しいねえ」
老婆の質問にほんのり頬を朱く染めて答えるサチに、老婆は眼を細めて満足するように頷いた。
「おまえさんなら、その人にはどんなアクセサリーをあげたい?」
「……私やみんなをその人が守りやすくなるような、《防御力が上がるアクセサリー》です」
「それじゃあ、そのブレスレットを見て決めようか」
「え? でも……」
「大丈夫だよ。使う素材を集めてくれたら、あたしが作ってやるよ」
「はい。なにを集めてくればいいんですか?」
「なんでもいいさ」
「え……?」
「おまえさんが使いたいと思う素材。なんでもいいから持ってきなさい。その素材を使って完成したアクセサリーが、おまえさんの言う力を得るかどうか。それを見て、《工芸》スキルを教えるか教えないか決めるよ」
【あとがき】
以上、三十九話でした。皆さん、如何でしたでしょうか? 久しぶりにシリカが書けて満足なbambambooです。
今回から《工芸》スキル獲得のお話になります。そこまで長くならないとは思いますけどね。
シリカちゃんが《血盟騎士団》に加入しました!
装備のイメージは原作装備をKoB風のカラーリングに変えたものですかね。
あ、ピナはもう少しスタンバっててね?
ピナ「きゅるるる……」
次回は素材集めになります。
それでは皆さんまた次回!
ちなみに、アヤメがアスナに耳打ちしたセリフは、
「安心しろ、アスナ。サチには好きな人が他にいるから、キリトを取られる心配は無いぞ」です。
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三十九話目更新です。
新たな道を選んだサチは、最前線へとやって来た。
コメントお待ちしています。