たった二本の蛍光灯が照らす薄暗い部屋。鉄格子が嵌められた窓。マジックミラーが仕掛けられているだろう壁。机を挟んで対面に配されたパイプ椅子に座り此方を睨む織斑千冬と部屋の隅で調書をとる女性、そして自分を囲む様に立つ二人の女性。
パイプ椅子に座りながら褐色肌の青年――刹那・F・セイエイはどうしてこの様な状況に陥ったのかと自身の記憶を思い返した。
その時、刹那は『やってしまった』と思っていた。
周りにあるのは古い建物に先頭から突っ込んだ自動車と両断された看板。状況が掴めず動きと思考が停止してしまった通行人と子供。そして同じく呆然とした織斑千冬とIS(エクシア)を展開した自分の姿だ。
話すと長くなるので割愛させてもらうが、刹那が行ったのは落ちてくる看板の下敷きになりそうになった織斑千冬とその背に背負われた女性を助ける為にエクシアを展開し、右手に担うGNソード改で看板を空中で両断した事である。
"男"であり、ましてや"この世界の人間"でない自分が公衆の面前でISを展開したのは仕方のないことだったと無理矢理自分を納得させる。あの時自分が動かなくては二人は死んでおり何の罪もない命を見捨てる様な真似は出来ない。この世界での武装の違法所持やCBのガンダムマイスターとしての機密など色々と問題はあるが人間として間違った事はしていない。
だが少なくともこの場に居合わせた人間には自分の顔を知られてしまっただろう。昔のCBなら機密保持として秘密裏に"処理"していただろうが今の自分にソレを行う事は出来ない。命を簡単に切り捨てるような事はしてはならないのだ。
ならばほとぼりが冷めるまで暫くは海外で潜伏生活を送らないといけないか、と考えPICを起動しスラスターを噴かせて飛び発とうとした時自分の身体が引っ張られるのを感じた。
何だ、と思って振り返ると織斑千冬がマントを掴んでいた。凄味のある目で此方を見つめ、マントを掴む手には薄らと血管が浮かび上がっている。その顔に刹那は本能的に危険を察知しマントをパージして逃げようとしたが向こうもそれを察知したのか腕を抱え込まれた。
もしこの時織斑千冬が一人でいたのなら無理矢理にでも引き離したであろう。しかし彼女は自動車から助け出した女性を背負ったまま空いた片腕を使って抱え込んでいた。
『……離せ』
ボイスチェンジャー越しに呼び掛けるが、今度は押し付ける様に身体を密着させてきた。ISのパワーで振り払えば女性ごと織斑千冬が吹き飛ぶことになる。
織斑千冬がそれを意図して行っているのかどうかは知らないが、もしそうであれば恐ろしい事だ。
ふと、もう一度織斑千冬の目を見やればそれはもう、獲物を狙う捕食者の眼といっても過言ではない。歴戦の戦士たる刹那がそれに恐怖を覚えることは無いがその迫力はその刹那をもってしても危機感を募らせるものだった。だが腕は動かせない。
その後も硬直状態は続き、通報を受けて来た警察と救急車、そしてスクランブル出動してきた自衛隊の打鉄が到着するのはその十数分後だった。
(その後も大変だった……)
警察や自衛隊が到着した後、刹那を何処に連行するかで揉めたのだ。
交通事故や日本国内でのISの無断使用で警察や日本政府が刹那の身柄を要求したが織斑千冬が国際IS委員会直轄機関であるIS学園の教師としてそれを引き留めた。
国際IS委員会とIS学園は何処の国家にも所属しない組織であり、刹那が世界で前例のない"男性"のIS操縦者であるが故に最終的にIS学園に連行され、取り調べを受けている。
「カマル・マジリフ。年齢は24歳。日本国籍。職業はフリージャーナリスト。違いないな?」
これらは刹那がこの世界にやって来た際に偽造した個人情報だ。老化が起こらないが故に年齢的矛盾が生じないよう定期的に改竄はしているが。
「あのISは何処で手に入れた?」
この質問に刹那は答えに詰まらざるを得ない。『拾いました』などという適当な言い訳が通用する筈も無い。今は亡き人間や知らない人間から貰ったとかも駄目だ。ISはコアからネジ一本に至るまで国によって厳重に管理されている。
そもそもこの世界に存在しない筈の自分達を説明するのはかなりの難題だ。証拠が無い訳ではないがかなり面倒な事態になるのは目に見えている。それに自分が過去にエクシアを起動していた事への証人が目の前にいるのだ。
そしてエクシアが今何処に在るのかというと、刹那の"体内"だった。
此処に連行される際にエクシアを取り上げられることになったのだが、その時予め用意しておいたダミーを渡し本物を同化能力を用いて体内に取り込んだのだ。ダミーを調べられても『ERROR』としか出ないよう細工もしてある。
とはいっても八方塞がりには変わりない。元々口数の少ない自分に交渉などは向いていないのは自覚している。
《マイスター刹那》
《どうした》
《私にまかせて下さい》
エクシアから脳量子波が届くと同時に掌からエクシアの待機状態であるペンダントが浮かび上がってくる。周りには見えないようにはしているが、見えていたとしてもショッキングな映像に違わない。
刹那の体内から出てきたエクシアはそのまま浮かび上がり、この部屋にいる全員に見える位置で点滅を繰り返ししながら、
『全ては私から説明します』
と言った。
『私の名はエクシア。マイスター刹那の鎧にして剣たるモノ』
『貴女方で言うISに当たり、異界の兵器でもあります』
何処からともなく現れたペンダントが浮かび上がり、喋り出した。それは場に居る全員が全員二十数年程度の人生で経験したことのない事態だった。
織斑千冬を含め、この取調室にいる職員全員が目の前の事実とその言葉に驚かざるを得なかった。
「ま、待て。エクシアとやら、お前が声を発しているのはそのペンダントでありお前の本体なのか?」
『その質問には"肯定"と答えさせて頂きます。私は間違いなく此処に居り、私の話した事全てが事実です。先程渡したのはダミーであり、そのことについては謝罪します』
硬直した職員の中で真っ先に反応を返した織斑千冬だが、再び動きが止まってしまう。
ややあって眉間に寄せた皺を指で揉み解すようにしながら口を開いた。
「……お前がISである証拠は?完全な自我のあるISなど聞いたことがない。もしお前が本物なら先に此方に渡したモノは何だ?そして"マイスター"なる存在と、"異界の兵器"とは?」
『それらの質問には互いに理解しやすいよう答えさせて頂きます。マイスターとは私の担い手…つまりは操縦者のことで此処に居る彼、『刹那・F・セイエイ』がそうです』
エクシアが言うと同時に全員の視線が刹那に集中する。向けられた本人は一度息を吐いて応えた。
「……そうだ。俺は地球連邦政府宇宙開発局第一次外宇宙探査隊旗艦『スメラギ』戦闘部隊所属、刹那・F・セイエイ。エクシアの操縦者でありこの世界の人間ではない」
「生憎と地球連邦軍とやらは存在しない、『カマル・マジリフ』。それはお前が異世界の存在だからか?」
「そうだ。俺が居た時代は西暦2364年であり、並行世界の地球だ。……エクシア、映像を出せ」
刹那の隣に空間投映画面(ウインドウ)が展開され、そのフレーム内に一つの映像を出した。
「これは…地球か。この地球の外円周上に存在しているものは何だ?」
「オービタルリング型太陽光発電システムと、それを支える軌道エレベーターだ。エクシア、次のを」
次に映されたのは宇宙空間に浮かぶ巨大な艦船。その姿はイージス艦や空母などとは程遠い、全体が流曲線のフォルムを持つものだ。その周囲には人型のロボットが動き回り港と思しき場所に停泊された船は出航の時を待っているかの様に見える。
するとその片隅に新たなウインドウが開かれ、そこにはニュース番組なのかアナウンサーが宇宙船の紹介と出航を伝えていた。
「この映像は俺達の映像記録の一部だ。作り物でないことは解析すれば判る」
静寂。そうとしか表現しようのない間が取調室を支配した。衝撃的な事実の連続に追い付けないでいる彼女らを無視するかの様にエクシアが続ける。
『探査隊が木星付近に到達にした時に重力異常を感知、調査に向かった際にその重力異常に巻き込まれ私達は数年前のこの世界に跳ばされ、私はISになりました。こればかりは私の口からも『オカルトの様な』とでしか表現出来ませんが、私達にとっては紛れもない事実です』
「……本来なら馬鹿げていると一蹴する所だが、こんなものを見せられては否が応でも信じざるを得んな」
背凭れに身体をまかせる様にしながら織斑千冬が溜息をつく。
「少なくともこの世界に惑星規模の太陽光発電システムやらモビルスーツという巨大ロボットや実用レベルの宇宙船などなど存在しない。映像も映画にしてはリアル過ぎる」
だがな、
「それで"上"の連中が納得するとは思えん。仮に映像が本物であったとしてもお前達自身が異世界人であるという証拠としては効力が薄い。実物(・・)がない限りな」
この言葉の意味を一人と一機は瞬時に理解した。要は物的証拠…つまりこの世界に存在しない技術を差し出せ、と。
「……俺達の世界の技術データを一部渡そう」
「ものわかりのいい人間は歓迎するぞ、『刹那・F・セイエイ』」
「……で、結果はどうだ」
IS学園地下50m。此処には限られた者しか立ち入ることの出来ない空間が存在する。全体的に薄暗いこの部屋で、千冬は部下である山田真耶からの報告を待っていた。
「映像は加工された形跡などが無いことから"本物"であると断定されました」
それと、
「サンプルとして提出されたデータの中身ですが、カーボンナノチューブを織り合わせることで軽量かつ頑丈な性質を持つ『Eカーボン装甲』、そしてそのEカーボン装甲内に水素分子を貯蔵することで燃料タンクを持たずに動力やブースターの燃料と出来るというものでした。技術部の方に問い合わせましたがこのような技術は理論としても構想としても存在しないと。宇宙服についても現在の技術では再現出来ないそうです」
「まさか漫画の様な状況に自分が陥るとは誰も思わんよ。ということは奴の経歴は全て偽造されたものか」
「正直私もまだ信じきれないですけど…これ(・・)を見せられたらどうしようにも」
そうやって二人が顔を向けるのは巨大なディスプレイ。そこにはエクシアのスペックデータが映っていた。
「MSという兵器として完成されたからか基礎スペックが第三世代型IS以上、おまけに主武装は此方の世界でも完成しきれていないビーム兵器ときたもんだ。探査隊の自衛用戦力と言っていたが、奴の世界はかなりの技術力を持っているようだな」
「エクシア自身のAIや動力といったデータの一部はブラックボックス化されてしまってますが……」
「仕方なかろう。これで奴のことが本物だと判った以上下手な真似は出来ん。下手にやって火種を起こす訳にもいかん。奴の実力が未知数であり前例が無いのならば奴の要求を飲まざるを得ないだろう」
刹那・F・セイエイの要求…それは、
「自由国籍を与えこの学園の生徒として入学し、国際IS委員会を含むIS学園以外全ての組織からの接触及び本人らが許可した必要最低限以外の情報の開示を禁ずる……」
「異世界人にしては余程今の世界を理解していると見える。自分の立場というものもな」
刹那・F・セイエイ本来の経歴が発覚した以上、此方の世界での内容はほぼ全て偽造されたものということになる。確かにやり方はあるにはあるが、並大抵のことではないことはその道の人間なら理解出来た。
「兎に角、学園長にこの事を報告して指示を仰ぐ他あるまい。別件については委員会の方から指示があるだろう」
真耶を引き連れ千冬は部屋を出る。地表へと続くエレベーターの中で千冬は己の部下に訊ねた。
「奴はどうしている?」
「監視に就いている教師の話だと部屋で大人しくしているそうです。特に不穏な動きは見当たらないと」
そうか、と静かに頷く千冬。何か思案している顔だというのは部下であり後輩でもある真耶から見ても分かるが、何を考えているまでは分からなかった。
「山田先生は奴をどう見る」
「そうですね…口数は多くないですけど悪い人じゃなさそうです」
「ほう、どうしてだ?」
「あの人が此処に連れてこられるまでの経緯を聞きましたけど、自分の身を顧みず誰かを助けられる人に悪い人はいないんじゃないかなあ、て」
まあ予想に過ぎないですけど、と付け加える真耶を尻目に千冬は考える。
第二回モンド・グロッソでの誘拐事件で遭遇したISは間違いなくエクシアであり、その操縦者も同じだと。誘拐された弟を助けたあたり悪い人間でなさそうなのは重々承知している。取り調べなどで顔を合わせて見るその目は真っ直ぐでいい目をしていた。最近の人間には中々見れない信念の籠った目だ。
現時点では好印象ではある。未知なる危険に曝される外宇宙探査隊の戦闘部隊故に戦闘能力は高く危機管理能力にも優れている。顔も整っている方だしホテルでの一件を思い出すと愛想は少し悪いが気遣いは出来る人間だ。
……そこまで考えた時、千冬の中でもやもやとした感情が湧きあがってきた。
よく思い出してみればあの男は自分に勝ち逃げ(少なくとも自分はそう思っている)しているしおまけに自分の痴態を見ているではないか。
――これは落とし前をつけてもらわなくてはなくてはいかんなあ……。
ククク、と黒いナニカを身体から発しながら笑みを浮かべる千冬に真耶は訳も分からぬ恐怖で涙を浮かべていたのは全くの余談。
場所は変わってIS学園の職員宿泊室。取り調べが一応終了した刹那は学園側の対応があるまでこの部屋にエクシアと共に一週間待機させられていた。部屋の外には見張りもいるし、中には監視カメラもある。
ダミーではなく本物のISであるエクシアが何故取り上げられなかったのか?それはエクシアの"脅し"に由来する。
『もし私をマイスター刹那から取り上げるというのなら自爆します』
この一言で彼女達は折れざるを得なかった。(この時点では)もしかしたら異世界の技術の塊であるISと世界で例のない男性操縦者。この二つを片方でも失う訳にはいかない。エクシアは刹那にしか扱えないことは分かっており、エクシアが失われれば技術は手に入らなくなる。
見張りということで待機状態のISを装備した職員が部屋の周囲に配置されているが、刹那は目を瞑ったまま静かに備え付けの椅子に身を任せていた。
《……これでいいのか、ティエリア》
《遅かれ早かれ君の事がばれるのは時間の問題だ。ならばこれを機に三年間限定だが比較的安全な"シェルター"の中に入れさせてもらうのが得策だと判断したまでだ》
脳量子波でエクシアの中のヴェーダのターミナルユニットを通じてティエリアとコンタクトを取る。刹那がIS学園に連行された時点でエクシアからティエリアに連絡がいき、取り調べの際にはティエリアの指示に従い事実と嘘を織り交ぜたカバーストーリーをでっち上げ質問に答えていたのだ。
IS学園は如何なる国家にも属さずそれでいて毎年最新鋭の機体を専用機として引っさげて新入生が入学する為情報収集には打ってつけだ。無論、それ故に世界の諜報機関や裏組織同士の抗争など必ずしも安全ではないし、外部からの影響力を完全に遮断出来る訳ではないが。
《それとだが、先程学園内のサーバーに同化したELSから重要な情報が手に入った》
ティエリアの指示で刹那は護衛の隙を突いてELSを学園の一部に分離、同化させた。分離したELSは学園の敷地中に張り巡らされたパイプやケーブルを伝って浸食、学園のサーバーに同化することでその中の情報を脳量子波を通して刹那やヴェーダに送っている。ELSの食糧であるエネルギーは学園内の電線から得られる為、自己増殖によって学園全体にその枝を伸ばすことも可能だ。
《君以外にも男性のIS操縦者が見つかったらしい。しかもその人物は織斑千冬の弟である織斑一夏だそうだ》
この情報には流石に刹那も驚いた。見張りにばれぬよう声をあげたりはしなかったが内心はそうではない。
《IS学園の試験会場に迷い込みそこにあったISに触れたそうだ》
《そんなことがありえるのか?》
《織斑一夏の本来の志望校とIS学園の試験に使われたのが同じ施設だったらしい》
だからといっても無理がある。IS学園は完全な女子校なのだ。そんな所に男が迷い込み且つISに触れることなど出来るだろうか。
《僕もそれについては疑問に思った。調べたところ筆記試験の会場とISの適正を測る為の部屋は別になっており、織斑一夏が迷い込んだ時にその部屋には警備員含め誰もいなかったそうだ。これ以上のことは向こうも調査中なのかデータはなかった。IS学園側の失態なのは確実だろう、この部分のデータはデータバンクの奥深くに厳重に隠されていた》
仮にそのような状況だったとして、男である織斑一夏がISを起動できたのは何故か?刹那とエクシアの場合は特殊過ぎるとして、過去十年に一人として現れなかった男性操縦者がこのタイミングで現れたのは……。
《……今年のIS学園の入学者リストの中に篠ノ之束の実妹の名があった。彼女は篠ノ之一家が日本政府の要人保護プログラムよって転居する前まで織斑一夏と同じ学校に通っている。織斑姉弟と篠ノ之姉妹に友人関係があったのは明白だ》
此のことが意味するのはつまり、
《今回の一件は篠ノ之束の手による可能性がある?》
《確証は無いがな。極度の人嫌いで有名だという篠ノ之束が心を許していた数少ない人間がその実妹と織斑姉弟だ。実妹…篠ノ之箒という名だが、織斑一夏と同じ学年であり彼女はIS学園への入学がジュニアハイスクール卒業以前には確定していた。可能性は高いと見ていいだろう》
ということは織斑一夏がISを起動出来たのも篠ノ之束の仕業の可能性も高いということになる。以前この世界に来た時の調査に、一卵性双生児の兄を持つIS操縦者のことを調べたことがあった。
一卵性双生児とは一つの受精卵が細胞分裂の過程で外膜ごと二つに分かれてしまいそれぞれが独立した個体として成長した双子のことだ。同じ掛け合わせの遺伝子から生まれた以上性別は同じはずだが分離した受精卵の染色体が女性型のXXと男性特殊型のXXY場合異なる性別で生まれることがあるらしい。男性特殊型のXXYは精子と卵子のどちらかの生産過程で性染色体の分離がうまくいかなかった場合発生することがあるそうだがこれ以上は関係ないのでここまでにしておく。
生まれた人間は細胞分裂におけるDNAの複製の過程でDNA中の塩基の構成が年に一個二個変化してしまいDNA自体が変化することがあるが、それは男女問わずIS操縦者自身にも言えることなので除外する。その調査の結果だが、兄はISを動かせず妹のみが動かせた。ISが世界に広まった際に男性でも動かせないかと一部の国では男性にISを触らせて調査した事例があり、その結果を纏めたレポートを拝借したのだが。
つまりこの時点でISを動かす最低条件は女性であることが一つであり、その女性の中でも適正に差がある為男性のIS操縦者はありえないことになる。そして同時にISは女性にしか反応しないようできているという仮定も成立出来るのだ。
だが織斑一夏は動かせた。この事実は先程の二つの理論を真っ向から否定することになるが、織斑一夏が周囲の男性とは違うある"例外"であることを考えれば二つの理論は崩されない。
それは織斑千冬の実弟にして織斑千冬同様過去の経歴が一切不明であること、それと篠ノ之束の心を許した存在であることだ。
前者は偽造された経歴に隠された真実がISを動かせるもしくは篠ノ之束の興味を惹くものであるなんらかの因子である可能性と後者は男性がISを動かす上で最も必要な要素であること。人嫌いである篠ノ之束が老婆心で心を許した実妹の篠ノ之箒とその友人である織斑一夏を会わせる目的でやった可能性は否定できない。篠ノ之束の家族は全員要人保護プログラムで各地を転々とさせられている。
だとしたらとんでもないことである。確固たる証拠が無い為全て推測でしかないが仮にそうだとしたら彼女は数少ない心を許した存在である織斑一夏を世界で最も危険な渦中に落としたことになるのだ。
実際にISを動かすことの出来る男性操縦者が現れたら世界は間違いなくそれの確保に動く。男性の社会復権とかいった大義名分でモルモットのような扱いを受ける可能性があるし、逆に女性至上主義者に命を狙われる可能性もある。今の女尊男卑の世の中では否定しきれない。
ISを動かせることと年齢を考えるとIS学園への入学は裕に考えられるが、その為にIS学園に入れたのだとしても表向き護られただけで"裏"からは完全に護られた訳ではない。IS学園には世界最強である織斑千冬がいるし"裏"対策の暗部の人間だっている。だがそれでも護り切れる確証は無い。例えば、IS学園直属の国際IS委員会の中に織斑一夏を狙う人間がおり委員会の命令として彼の身柄を確保することになったら如何に世界最強や暗部の人間としても手は出せない。
織斑一夏は過去の経歴が不明とはいえ訓練もなにも受けていない一般人であり自分で身を守ることなど出来ないのだ。
《これはあくまで予測だが、篠ノ之束が彼に自衛手段として専用機を与える可能性もある。だが彼女が造った機体となるとそれは悪手だろう》
篠ノ之束が造った機体ならそれは破格の性能を誇るだろうが、それは同時に狙われる可能性…いや、危険性を増しただけに過ぎない。織斑一夏の身柄もそうだが篠ノ之束謹製のISとなると何処の国家でも喉から手が出る程欲しがるに決まっている。ましてやそのコアが何処の国家にも所属していない新造のコアならなおさらだ。
素人に武器を与えたところで本人が使いこなせなければ意味は無くまた如何に優れた性能を持とうと数の暴力には勝てない。それは刹那やティエリア自身が身を以て知っている。
そう考えると彼女は本当に天才なのか疑問思うところがある。刹那達の世界の天才であるイオリア・シュヘンベルグと比べると科学的な面ではなく人間心理学や社会学、人間という生き物に対する考えという面で劣っている節があるのだ。
《人間は"万能"ではないということだ。それに彼女はまだ二十代だ、人生経験など取るに足らないものだろう》
元々なんらかの抜きん出た才能と能力を持つ者を天才と呼ぶのであり、寧ろイオリア・シュヘンベルグのようなケースは極めて稀だと言えよう。
《なんにせよこのタイミングで君がこの学園に入れるというのは僥倖だ。順序は逆になってしまったがこの世界で唯一ISを動かせる男性の護衛を行うにはこの方が都合がいい》
《まだ決まった訳ではないがな》
「邪魔するぞ」
話が一段落ついた所で部屋のドアが開く。入ってきたのは織斑千冬と調書を取っていた若草色の髪の女性だった。確か山田真耶という名前だったかとここ数日のやり取りで刹那は記憶している。
「提出されたデータの裏付けが取れた。それとお前達の要求も上層部に通った」
刹那(とティエリア)は要求を出したと同時に具体的にその理由を説明していた。男性のIS操縦者である以上自分の立場が非常にあやふやであり尚且つその身を狙われる危険なものになる。自由国籍は刹那が自分で帰属する国を決めない限り中立であり国家からの強制力を受けないようにする為と出身地である中東諸国と国籍のある日本、その他の国家との軋轢を避ける為。期限は刹那がIS学園を卒業するまでの三年間だ。
情報の開示の制限は異世界の技術の塊であるエクシアの存在で国家の火種とならないようにするものであり、その為にエクシアは開発者不明のナンバリングのされていない、刹那以外を受け付けず解析の出来ない機体となった。出所は矛盾が生じないようにでっちあげるとして。
刹那の戸籍については『カマル・マジリフ』のものを基に、子供の頃に紛争で家族を失いその付近で活動していた日本のNPOに拾われて日本国籍を所得。フリージャーナリストになった後は世界各国を放浪。名前を『刹那・F・セイエイ』に改竄したものとなった。
「今考えてみればかなり強引な手段ではあるがな、お前達の言い分通りにする他あるまい」
「感謝する」
「今日は時間も遅いので明日入学の為に機体の稼働試験などを行う。そして――」
そして織斑千冬は刹那を見据え、薄らと口角を釣り上げて、
「改めてIS学園へようこそ、刹那・F・セイエイ。私――いや、我々は貴様を歓迎する」
イイ笑顔でそう言った。
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引っ越しやら回線工事やらで遅れて申し訳ありません。
……非常に難産でした。次回に戦闘と導入で漸く原作入りかと。