No.546536

IS00:Re-06 出会う二人

釋廉慎さん

前回の続きを書いていたら矛盾点や自分では表現しきれない部分があったので前作を消去、新たに書き直しました。勝手ながら誠に申し訳ありません。 また、アンケートについては結果として完結まで書かない方向に決めました。票やコメントを下さった皆様有難うございます。 書き直した結果、刹那と原作キャラの接触が一話で済んだので、次回から本格的に絡んでいこうかと思います。原作自体への突入はあと二話ぐらいあとでしょうかね。

2013-02-20 02:55:33 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6164   閲覧ユーザー数:5567

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は、混乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――《ブリュンヒルデ『織斑千冬』》

 

 

この世界に於いてこの名を知らぬ者は殆どいないだろう。知らないとしたら十分なメディアラインが整備されていない貧しい地域か世捨て人、もしくは世間知らずの人間のみぐらいだ。

 

北欧神話の主神オーディンに仕える戦乙女(ヴァルキリー)を束ねる者の名を冠すそれは、国際IS競技大会『モンド・グロッソ』の総合優勝者に"世界最強"の証として贈られるものだ。

 

織斑千冬はその称号を担っていた元"世界最強"である。今は訳あってその称号を捨ててはいるが、その実力は他の追随を許さない。

彼女は常人離れした身体能力と鬼神の如き剣技を以てあらゆる強敵を刀一本で屠り、また知力の面ではISに於いては開発者である篠ノ之束を除き右に出る者は無く、そして自他共に厳しい人格者としても知られる。また、容姿については鍛錬によって引き締まりながらも出るところは出ている理想的なプロポーションと凛々しい顔つきから男女問わず魅了する。

容姿端麗、才色兼備である彼女は両親の不在で女手一つで年の離れた弟を育ててきたという実話から話題性も十分で、一時期彼女の半生をモデルにしたドラマ番組が企画されたぐらいだ。結局スポンサーやキャストなどの問題でお釈迦になったが。

 

いつしか『完璧超人』とも揶揄されるようになった織斑千冬。だからこそ刹那・F・セイエイは困惑していた。

 

その彼女が自分の腕の中に抱えられているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は混乱していた。

 

自分の記憶が正しければ自分は自宅に向かっていたはずだ。なのに目が覚めた自分が今いるのは自宅のベッドではなくどこかのホテルと思しきベッドの上。

 

よし、落ち着けと一先ず深呼吸。吸う、吸う、吐くのリズムを三回繰り返したら冷静に身辺状況を確認する。

私は織斑千冬。日本人《ユニバァァアアアアアアアス!!》歳、女性。彼氏無し、経験も無し。……自分で言って少し悲しくなったのは秘密。

自分の服装は昨夜と同じスーツだが、上着が無いと思ったらハンガーに掛けられていた。無論、着ているものに乱暴に扱った形跡は無い。

下半身に事後には必ずあるという鈍い違和感やベッドに血痕は無い。これらの結果が示すあたり――

 

(……朝チュンではないという事か!)

 

訂正。この女ちっとも冷静ではない。思考がぶっ飛んでいるどころか最初の呼吸の時点で冷静でなかった。

 

では無意識のうちにそこらのホテルに泊まっていたのか?、とおぼろげな記憶を手繰り寄せていると、ドアが開く音がした。

 

「目が覚めたか」

 

呆然とする彼女を余所に室内に入ってきたのは褐色肌の男性。ジーンズにダークグリーンのシャツといったラフな服装で歳は二十代前半と思われる。

そこからの千冬の行動は速かった。掛け布団で身を隠すようにしながら何時でも飛び出せるよう構える。相手を睨みつける目はその僅かな動きを見逃すまいと視線を突き付けて外さない。

 

「……お前は何者だ」

 

「昨夜酔っていたお前を此処に連れてきた者だ。泥酔していたからな、憶えていないのも無理はない」

 

自分が憶えているのは同僚と最後に入った店で別れて電車に乗ったところまでで、そこからはおぼれげで段々と薄れていく。寧ろ未だ微かに残る頭痛の方が辛い。

それを察したのか男性はミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。買ってきたばかりなのかよく冷えたソレを半ば奪い取る様な形で受け取りながら千冬は睨み続けるが、男性は気にせず昨夜の出来事を話し始めた。

 

 

 

 

 

  ~~以下、回想~~

 

その夜、終電間近に電車を降りて駅近くのビジネスホテルに泊まろうと改札から出ようとしていた。ホームにつながる階段を降り、ポケットから切符を取り出して角を曲がる。

すると正面から歩いてきた女性と肩がぶつかったのに気付いた。周りに気を配っていたつもりだが壁の陰から突然出てきた女性には対応出来なかったようだ。

 

自分としては一言謝って立ち去りたいところだったが、その女性がいきなり姿勢を崩したので咄嗟に受け止めた。顔は赤く、触った感じ体温も高い。身体はアスリートの様に鍛えられているのがわかる。基本身体を鍛えている人間は代謝がよく体温がほんの僅か高いことがあるがこの女性はどちらかというと火照りと言った方が正しそうだ。

一見ここまでの情報では熱でもあるのかと思うが、彼女から漂うアルコール臭がそれを否定した。つまるところ、この女性は泥酔しているのだと。

 

受け止めた女性が身動き一つしないので何度か肩を揺すってみるが反応がない。呼吸は安定しているので眠っている様だった。

だが困った。自分には酔った人間を介抱した経験など殆ど無い。周りには確かに酒を飲む人間はいたが自分が飲まないのでそれに付き合う事も同様に少ない。酔い過ぎないように自制する者や、酒豪といっていいほど耐性のある者しかいなかった。

住所を調べて家まで送ったり家族に引き取りに来てもらおうにも女性もののバッグを男が漁っているとなると犯罪とでしか認識されようがない。第三者に見られて通報されたら面倒だ。特にこの女尊男卑の世の中では。とはいっても身元も分からぬ人間をタクシーの運転手に預けるのも気が引ける。

 

女性はすぐに目を覚ます様子は無い。泥酔した人間を捨て置く事も出来ないので、自分に出来るのはホテルの部屋を取ってベッドに寝かせることぐらいだった。

 

  ~~回想、終了~~

 

 

 

 

 

 

 

「……何もしていないだろうな」

 

「……さっき言った通り、酔って気を失ったお前をこのホテルに連れてきてベッドに寝かせただけだ。上着を脱がせた事以外は手も触れてはいない」

 

それとだ、と男は続けた。

 

「昨夜から何度も着信があった。もし身内からなのなら早く連絡してやれ」

 

机の上に置いてあった携帯を投げ渡してきた。受け取った携帯には確かに弟からの帰りを尋ねるメールと電話が幾つも来ていた。

 

「そろそろ此処を引き払いたい。……動けるか?」

 

携帯の時計を見ると午前九時近くだ。今日が休日だったのが幸いだが、このまま居座るわけにもいかず、千冬はベッドから出る決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅へと続く道を一組の男女が進む。しかし一組とは言っても二人の間には歩幅で三歩以上の開きがあるしお互い終始無言だ。

先頭を行く男性は特に話しかける雰囲気は皆無なのだが、後ろの女性――織斑千冬――はそうではない。なにしろ自分の恥ずかしい姿を見た人間だ。唯一の身内である弟以外に見せたことのない姿を見られたのは彼女として我慢ならなかった。

 

だが目の前の男は酔って動けなくなっていた自分を介抱してくれた人だ。仏頂面で口数の少ない人間だが、その対応から悪い人間ではなさそうのは分かる。それでも有名人としては周りの風評を気にしたりするものだ。

昔に比べれば大分マシにはなったが元世界王者であったが故に一部の人間には顔を見られただけで正体が割れサインをねだられたり、羨望の眼差しでみられたり嫉妬されたりもした。

 

その程度なら気にしなかったり我慢できたりはしたが、プライベートなところになると話は違う。男が自分の事を知っていてこの事をもし言いふられたりしたらいくら自分でも恥ずかしくて穴が入りたい程だ。懸念せざるを得ない。

だが懸念と言えばもう一つあった。それは自分が男の顔に既視感を覚えてる事だ。交流のある人間なら顔を忘れるはずもないが、一度二度会った程度の人間の顔など憶えている筈も無い。恐らく今回もその類なのだろうが、何処か引っかかる。

 

兎に角、まずは口止めするのが先だと、織斑千冬は口を開こうとして――

 

 

 

 

 

 

 

刹那・F・セイエイは困惑していた。自分と彼女――織斑千冬――は現在駅へと向かって歩いているのだが、自分の数歩後ろを歩む彼女から強い念の籠った視線が送られて…つまりは、睨まれていた。

二人が駅に向かって歩いているのはホテルの位置が彼女の自宅とは駅を挟んで反対側らしく土地勘がないからなのであるが、それはさておき睨まれているのは自分が彼女の痴態を見たからであろう。

 

痴態というと聞こえは悪く別に酔った姿などそこまで恥ずかしいものなのかと刹那は思うが、織斑千冬の思考を読む限り彼女にとってはそうらしい。それを自分が言いふらすかどうかが彼女の懸念となっているのだろう。

GN粒子非散布下であってもイノベイターはある程度なら他人の思考を読む事が出来る。それは相手がイノベイターでなくてでもだ。ティエリア曰く自分はイノベイターとしては最高レベルらしいが、そんな事は特にどうでもいい。

 

問題は彼女の懸念に対して自分がどう対応するかだ。言いふらす気は更々ないのだが下手にやれば逆に相手を怒らすだけである。幾ら思考が読めても戦闘でいう敵意や殺意といった判断材料も無しに日常生活での相手の反応という未来を正確に読み取るのはイノベイターでも無理だ。

 

話しかけようにも切っ掛けも話題も無い。彼女の懸念については此方が勝手に読み取った事であり、此方から口に出せばあまりにも不自然だ。すると突然、頭の中に声が響いた。

 

《織斑千冬は『ブリュンヒルデ』です。ましてや『あの場』に居たマイスター刹那なら、不自然ではありません》

 

相棒(エクシア)の言葉を一瞬疑問に思ったが、次の瞬間には理解した。

彼女は世界的な著名人であり、第二回モンド・グロッソの会場で一瞬だが顔を合わしている。彼女が憶えているかどうかは兎も角、自分が彼女に既視感を覚えているという風に偽れば問題ない。

話術に自信は無いが、此方から切っ掛けを与えてやれば後は彼女が自分から切り出して来るだろう。そうと決まれば、と刹那は振り向いて口を開こうとして――

 

 

 

 

 

 

 

歩いていた二人が、突然その歩みを止めた。しかも口を中途半端に開いた状態で、だ。

傍から見れば間抜けなシーンだが、それは二人が会話の出鼻を挫かれたからだ。そして二人は、その出鼻を挫いた原因に視線を向けた。

 

「いたたたた……」

 

少年だった。

刹那の足元で、小学生くらいの少年が尻もちをついていた。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

「構わない。此方も不注意だった」

 

刹那が腰を落として尋ねる。どうやら周りを見ておらず刹那とぶつかったらしい。刹那もまた織斑千冬に話しかけようとして前を見ていなかったので、お互い様である。

 

『おーい、トーリこっちこっちー!』

 

「ま、待ってよー!」

 

反対側の歩道から少年を呼ぶ声が上がった。恐らく少年の友人達だろう、数人の少年少女が手を振っており、ぶつかった少年も其方へ行こうと走り出す。

しかし少年少女がいるのは『反対側の歩道』だ。少年は道路へと飛び出し、そこに車が走ってきた。

 

 

 

 

 

 

気付いた時には男は既に走り出していた。二車線の道路の奥側、此方から反対側の車線の中程にいる少年を助ける為に。

その速さは元世界王者の織斑千冬から見ても常人のソレを逸脱していたが、男は少年を腕の中に抱え込み反対側の歩道へと突っ込んで車は反対車線へとハンドルをきりそのまま此方側にあった建物に衝突した。

その建物はもう店をやってないのか老朽化が見て取れシャッターが降りていたが、それが功を奏したのか人の気配はなく二次災害の恐れはなさそうだった。男と少年も見たところ無事の様だ。

 

織斑千冬は急いで車に駆け寄った。車は前方が軽くひしゃげていたが、特に激しい損傷はない。中にいたのは白髪交じりの、五、六十代の夫婦の様だった。エアバックが正常に作動したのか二人はそれに顔を突っ込んでいた。

ドアを開けて呼びかけると反応があった。気絶してはおらず、また外傷も見当たらない。骨折をしている可能性は否めなかったが、兎に角車から降ろそうと運転手の男性に肩を貸した。

 

建物から出ると、丁度男が此方に走り寄ってきた。

 

「大丈夫か」

 

「見たところ怪我はなさそうだが、車に乗せたままにしておく訳にはいくまい。悪いがこの人を頼む。子供達はどうした」

 

「此方も全員無事だが、誰にも此処を動くなと言ってある」

 

見ると轢かれそうになった少年が泣いており、周りの少年少女がそれを慰めたりオロオロしていた。

 

「通りがかった人が警察に通報してくれている。救急車も呼ばせる」

 

「頼んだ」

 

男に男性を渡すと自分は車に残しているもう一人の女性を助けに戻る。女性を背負い、同じように建物から出た時、『音』が聞こえた。まるで途轍もない負荷が掛っているかの様な、錆びた螺子を無理矢理まわしているかの様な音だった。

見上げてみると、嫌な予感が当たった。建物の屋上、巨大な看板が此方に向かって倒れてきていたのだ。

 

咄嗟に逃げようとしたが、急な反応に身体がついてこない。試合時の集中力が高まった状態なら兎も角、日常生活では試合の様な動きは出来ない。背中に人一人背負っているのも原因の一つだろう。

固定していたボルトが全て外れ、落ちてきた看板の動きがえらくスローモーションに感じる。織斑千冬は目を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は混乱していた。

 

目を閉じていた彼女が真っ先に知覚したのは、二つの巨大なものが地面に追突する音と、一つの何かが降り立つ音だった。

もし自分が看板に巻き込まれたのなら痛みを感じている筈だが、それはない。

 

おかしい。自分は確かに足を止めてしまっていた。看板の下敷きになってもおかしくない位置でだ。そういえば落ちてきた看板は一枚なのに、音が全てで三つ聞こえるのもおかしい。

織斑千冬はゆっくりと目を開き、そして入ってきた光景を疑った。

 

まず目に入ってきたのは自分達から離れた所に落ちている二枚の看板だった。一枚のはずだった看板は、二つに分かれていた。

よく観察してみると、切断面が見て取れた。強力な熱でも加えられたのか、その切断面は紅く染まっている。それを千冬は見た事があった。

 

そう、自分の愛機であった暮桜の零落白夜で相手の装甲を切り裂いた時と同じなのだ。

ならば自分の近くにそれを行った者がいる。ISの装備を用いてだ。生身の人間に出来る筈が無い。周りを見渡し、そして自分の背後を見た時、彼女の動きは止まった。

 

織斑千冬は混乱していた。目の前の存在に、だ。

 

全身を包みこむマントと、その隙間から見える白と青の装甲。右腕に携えられた半透明の刃を持つ大剣。仮面のようなバイザーを持つ頭部。

 

かつて自分の弟を救い、そして自分をあしらった存在。

 

『天使』。自分の弟がそう呼び、目指しているモノがそこにいた。

 

 

 

 

 

その時、ある市民ホールでもまた、歴史を揺るがす事態が起きていた事を、彼女と『彼』は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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