No.56228

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『ネクロノミコン Saint3-2』

バグさん

ようやく物語が始まった感じです。
実質的に一番最初に持ってきても良い話題だったり。

2009-02-05 20:12:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:503   閲覧ユーザー数:489

年々歳々。

 

 人の世は移り行くもの。

 

 人類が初めに獲得した技術はなんであっただろうか。人類が初めに獲得した哲学はなんであっただろうか。

 

 いずれにせよ、始まりは確かにあり、未だ終りは見えない。

 

 進化は多様を極め、今有る物から原型を想像する事は限りなく難しい。一つのパラダイムは別のそれに取って代わられ、次第に形を変え、しかし思想に究極は無い。

 

 有形であろうと無形であろうと、その始まりと終りを知る事は不可能に近い。

 

 そしてまた、現行、存在するものであろうとも、一人の人間がその全てを把握する事は、やはり不可能に近いのである。

 

 それ故に。

 

 リコは、己が眼にしたそれが何であるのか、理解する事が出来なかった。いや、厳密に言えば眼にした『それ』は理解出来るが、現象については理解できなかった。

 

 廊下に設置された、やや場違いな扉。

 

 その扉の向こうには、図書館が広がっていた。

 

 図書室では無い。図書館だ。

 

 明らかに、それは部屋などでは無く、館と表現する方が相応しい。

 

 何故なら、天井がやけに高く、吹き抜けの空間で有り、階段が複雑に絡みあってそれが2階、3階、あるいは4階以上の高さの足場となっているからだ。

 

 リコは背筋が寒くなった。

 

 ここは何処だ。

 

 明らかに、一歩後ろにあるドアで隔てられたエリーの邸宅では無い。エリーの邸宅内のドアから入室した部屋であるのに、その表現はおかしなものだと自分でも認めざるを得なかったが、確かに、ここはエリーの邸宅ではない。

 

この図書館は縦にも横にも上にも広い。広すぎる。そう、広すぎるのだ。大規模に過ぎる部屋。

 

エリーの邸宅は、一般家庭のそれとは一線を画する大きさを誇る。だが、その邸宅全てを合わせたとしても、この様なスペースが入りきるとは到底思えなかった。

 

では、ここは何処なのか。

 

「異次元…………? 別の空間」

 

 呟いて、苦笑する。如何にもヤカの好きそうな言葉だ。

 

だが、リコはこの様な場所に来ること自体、初めてでは無かった。

 

以前、リコに連れられて山へ行った時。通常、居る筈の無いユニコーンと遭遇

した時。

 

その場所は、確かにこの世界の何処でも無い空間だったに違いない。

 

過去の様々な思い出が、ある種の慣れとなってリコの心に浸透している。

 

…………出よう。

 

ここを出よう。こんな良く分からない場所に居る必要は無い。

 

ここから出たら、顔を洗って、ヤカとエリーに朝の挨拶をして、それから朝食

だ。この部屋の存在は忘れよう。エリーは…………いや、この邸宅に存在する全ての人間は、この部屋の存在を知らないだろう。そんな気がした。

 

だから、自分がこの部屋の存在を忘れれば全て終わる。

 

振り向かずに、後ずさりをする。だが、背中が壁に当たって、それ以上さがれなくなった。

 

扉は開けたままだったから、背中に何かが当たるはずは無いのに。

 

嫌な予感がして振り返ると、予想通りに扉は消えていた。無機質な灰色、邸宅

と同じゴシック調の飾りで彩られた壁があるのみで、古めかしい扉は跡形も無い。

 

「……………………」

 

溜め息を付くでもなく、しかし諦めに似た心地で壁を触る。

 

どうしようか。

 

そんな事を考える時間も無く、唐突に、

 

 

「君は運命を信じるか?」

 

 

 

 背後から声が掛けられた。

 

振り返ると、何時の間にか数メートル先に男が居た。ソファに腰掛け、古めか

しい装丁の本を読んでいる。

 

「『運命の中に偶然は無い。人間はある運命に出会う以前に、自分がそれをつくっているのだ』…………これは何処かの、そう、偉い人だ。何処かの偉い人が言ったらしいね」

 

 唐突に投げかけられた言葉にも、しかし深いな感情は抱かなかった。

 

男は、不審者と呼ぶには身に纏っている雰囲気があまりにも穏やかだったから

だ。身に纏っているのは無地の白いローブで、夏なのに暑くないのだろうか、という疑問よりも、その服が男にピッタリ似合うという感想の方が強く出た。頬がコケ、少し髭をはやした風貌。30代に見えるが、髭をそればもう少し若く見えるかもしれない。

 

「彼はディスレクシアだったようだ。彼は相当に強い人だったに違いない」

 

「………………」

 

 リコは答えず、目を細めてその男を見据えた。なんと答えて良いか分からない、というのもあったが、悪い感じを受けないにしても、突然現れた不可解な人物を警戒したのだ。

 

 その男は、そんなリコの態度に気付いているのかいないのか、さらに言葉を繋ぐ。

 

「さて、もう一度聞こう。君は運命を信じるかい?」

 

 眼と眼を合わせての質問。

 

逃れづらいものだ。

 

「…………いえ、特に」

 

「そうか。実は僕もだ。気があうね」

 

 この男は何が言いたいのだろう。

 

普通、何かを信じるか? と聞かれれば、質問した方はその何かに対して否定的な感情を抱いていないか、あるいは判断に迷っているか、と相場が決まっている。だが、この男はハッキリと否定した。

 

「はは、すまないね。混乱させてしまったようだ」

 

「いえ…………あの、貴方はこの屋敷の関係者なんですか?」

 

 どう見てもそうは見えないが。それに、こんな変な場所に堂々と居座っているこの男。普通の人間であるはずは無かったが、一応質問してみた。相手の正体が分からないまま会話を続けるというのは、とても気持ちが悪い。

 

「いや、違うね」

 

 思った通りあっさりと否定される。

 

「私は君と同じ魂を持つ者だ」

 

「…………抽象的過ぎやしませんか? それは同じ様な志を持っているという事ですか? それとも、貴方は運命を信じないのに、身体の何処にあるかも分からない魂の存在は信じているのですか?」

 

「ふむ、私は魂の存在を信じているよ。運命を信じては居なくても、君は先祖の墓参りへ行くだろう?」

 

「それは…………そうですが」

 

 先月、田舎へお墓参りに行った。夏休み恒例の行事であり、まだ記憶に新しい。お墓参りの行動の意味を尋ねられても、それに答えられるような度量を未だ持ち合わせては居ない。しかし、亡くなったご先祖様達が安らかに眠れる様に、とは願っている。それは、確かに、魂の存在を信じている事に他ならないだろうか。

 

「それが一体なんなんですか? 貴方が何者かと、私は質問してるんですけど」

 

「はは、意外と気が強いね。だが、さっき言った言葉が私の全てだ」

 

 男は本をテーブルに置いて、本格的に身体ごとリコへと向いた。

 

「気が付いているんだろう?」

 

「何を…………ですか?」

 

 リコの胸が一度大きく跳ねたのは、心当たりがあるからに他ならない。

 

「君は、これまで不思議な体験を数多くしてきた。違うかな」

 

「私の事を、全て知っているかの様な言い方ですね」

 

「全ては知らない。だが、良くは知っている。何故なら、ここはそういう部屋だからだ」

 

 男は恐ろしく広い部屋の天井に向かって、大きく手を広げた。

 

「ここには全てが有る。世界の知識の全てが。喜怒哀楽戦争暴力不思議秘密過去

現在確定未来そして…………愛が」

 

「劇が好きなんですか?」

 

「うん、君は皮肉も言える子だ」

 

 やはり、リコの事を分かっているかの様な口ぶりだ。

 

「君は、これまで不思議な体験を数多くしてきた」

 

 男は繰り返した。

 

「私は、君が体験してきたそれよりも明らかに上位位置するが、ほとんど同質な存在だよ。表現としては…………そう、君が田舎で先月、君のお友達と遭遇した様なそれとほとんど同じだ」

 

「…………何故それを」

 

「言っただろう。ここには全てがある」

 

「では、貴方は幽霊だとでも?」

 

「違うね。あるいはそう言っても間違いでは無いが、やや語弊がある。私はただの記憶だ」

 

「………………記憶?」

 

「私は、私の姿をしているこの男は、すでに死亡している。私はその残りかす。そんな感じかな」

 

「記憶に意思があるんですか。それって、普通の人間とどう違うんです?」

 

「頭が良いね。だが、それは明白だ。私は生物では無い。故に人間では無い」

 

 記憶に意思があろうとも、生命活動をしていない。ならば、それは生物では無く、故に人間でも無い。非常に分かりやすい構図だ。

 

「それで、その人間で無い貴方が、こんな場所で何をしてるんですか? 私、ここから出たいんですけど」

 

眼の前の男が人間では無いと判明しても、リコは特に動揺しなかった。それは、男の放つ雰囲気が関係していると言っても過言では無い。たとえ人間で無くとも、今はリコが安心できるだけの距離で話している。突然、襲い掛かってきそうにも思えない。それならば、夜道を歩いている時に変態と遭遇する方がよほど怖い。

 

「こんな場所とは酷い。この場所は世界と同義だよ。それと、君を出すつもりは無い。私の話が終わるまではね」

 

 リコはホッとした。話を出し終わるまで出すつもりは無い、という事は、話が終われば出してくれるという事だ。

 

「それじゃあ、貴方の用件を話してください。用があるから私を呼んだのでしょう?」

 

 私を呼んだ、とリコは表現した。リコは己の意思でエリーの邸宅にある扉を開けたが、それが本当に偶然だったのか、今となっては怪しい。

 

「そうだね。物分りが早くて助かる」

 

 さて、と言って、男はソファから立ち上がった。

 

「君は言ったね、運命は信じないと」

 

「貴方も言いました」

 

「そうだね」

 

 立ち上がったが、男はリコに近寄る事は無く、本棚まで歩いていった。無限にあるかもしれない本棚の一つ。

 

そして、一冊の本を取り出した。

 

「だがね、しかし、運命というものは確かにあるらしい」

 

「は?」

 

「君はどうやら、もうすぐ死ぬ。残念な事だがね」

 

「……………………」

 

 笑えない。

 

笑えない冗談だ。一笑に付す事も出来ない程に。くだらない。

 

だが、何故だろう。

 

 どうして。

 

「私が…………死ぬ?」

 

 どうして、こんなにもすんなり、その言葉を受け入れる事が出来てしまうのだろう。言葉の衝撃は身体をあっさりと通り抜けて、余韻すら残さなかった。残ったのは言葉のみ。その言葉は決して軽いものでは無い。むしろ、重すぎて持て余す。それくらいに、その言葉を確実なものとして心に留めているというのに。

 

さきほど、初めて死を予言されたばかりだというのに。

 

どうして。

 

「君を殺す者の名は、ネクロノミコンという」

 

 どうして、初めからそんな気がしていたと思ってしまうのだろうか。

 

 


 
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