No.56210

騎士協奏曲:言葉 Ⅰ駆り出される者たち-3

紡木英屋さん

騎士と王子、城に勤める者たちが織り成す、願いと思惑の物語。
第一章です。
Ⅰ駆り出される者たち は、4つに分けて投稿し、Ⅱが始まり次第まとめます。

2009-02-05 19:00:49 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:504   閲覧ユーザー数:472

  Ⅰ 駆り出される者たち-3

 

 

 ――案外、深くに潜り込んでいたようだ。何時まで経っても、知っているような所には辿り着かない。少しずつ、歩いていくたびに明るくなっていくので、道はあっているはずだが。

 

「あっれー。イリルじゃない? こんな所に何か用でもあったの?」

 正面に、人が現れた。十四歳にしては少し高い声の質と、はっちゃけた口調から、

「……シェウリ様こそ、何故こちらに」

 

 

 シェウリディス=F=シェスティア・ルーラスカ。ティスの半分だけ血の繋がった、この国の第二王子。ティスと半分しか血が繋がっていないのは、シェウリが側妃の子だからだ(ティスは正妃の子である)。但し、この国では第一王子以外は王子として認められていないため、殿下呼ばわりでは無く、様付けになる。

 

 

 小さな主君を見て、クリスナはきょとん、としている。対するシェウリは、

「あ、君が噂に聞くクリスナ=グラフィ? よろしくね。……にしても可愛いー」

 そう言いながら、自分より少し背の高いクリスナの頭をよしよし、と撫でる。撫でられている方も満更でも無いようなので、取りあえず放置するかとイリルは思った。

 取りあえず、聞きたい事だけを尋ねる。

 

 

「シェウリ様。こちらはどのような意図で造られたのでしょう。あと、出口はどちらにあるのでしょうか」

 年下といえども、しきたりの所為で王子と認められていない人といえど。地位としては第二王子なのだ。それなりに敬意を払わなくてはならない。――何故か本人からは、敬語じゃなくて普通に接して欲しい、と言われている彼だったが。

 よしよし、と撫でながら、シェウリは答える。

「ここ? どのような意図、は国家秘密で言えないけどさ。まあ一介の騎士が気軽に来ていいところでは無いよ。あと、出口はこの道をずっと真っ直ぐ行ってその後に左ね」

 にっ、と悪戯っこの様にシェウリは口を吊り上げる。まるで子供のような仕草だが、女性(女官など)を前にすると百八十度、人ががらりと変わる。つまり目の前の王子は、幼いながらも完璧な女たらしなのだ。

 

 

 普通に接してくれていいのに、とシェウリは呟いた。お言葉だが、普通は一介の騎士は王子にそのように接するものでは無い。

「そうですか……。有難うございます。それでは、失礼致しました」

 イリルは、未だ撫でられ続けているクリスナの首根っこを引っ掴んで、そのまま教えられたとおりに歩き出した。しばらくの間、クリスナは引きずられるようにして歩いていたが、大勢を立て直し、自分で歩き出した。

 

 

「信頼されてるなぁ、イリル」

 ぼそりと呟いた。なんか言ったか、とイリルは尋ねたが、なんでも無いと答えて会話は途切れる。

 そして、第二王子だけがその場に取り残された。

「いいな、お兄ちゃんは。イリルを持ってて」

 呆然と虚空を見つめながらシェウリは言った。

 そして、幼い主君は彼らと正反対の方向、建物の奥へと向かって歩き出した。

「……だけどね。結局、最後に求められるのは、力だけなんだよ」

 くすりと不気味な笑顔を浮かべた。その顔に、もはや先程まで愉快で楽しそうな第二王子の陰など何処にも無い。

 

 

 ただ、悪魔に魅入られたかのように笑う、愚か者の姿がそこに在った。

 

 

 

「っ……。また逃げられた。一体、何処から出入りしているんだか」

 第一王子、ティスウィンリーク。愛称ティスは本日何度目かの溜め息を吐いた。実の父親であるグラドフィース陛下を探して、城下町に下りたティスは、城門が遥か遠く見える市の一角にまで足を運んでいた。市の一角といえども、ティスの居る場所は比較的に治安が悪い。実際に足を運んでみると、このままでは麻薬の市場になりかねない状態だ。

 

 

 ティスウィンリーク殿下はこの国と国民を誰よりも想う、国民にとって良き後継だ。そんな彼が、このような現状があるという事実を知っておいて、放っておこうなどと考えるはずもなく、どうにか出来ないものかと頭を捻らせていた。この国は金銭に関しては豊富だ。元老院を納得させれば、このような場所でさえ、その手に掛かればたちまち盛んになるだろう。

 だが、問題なのはその事を妬みかねない他の街の長だ。一箇所に大金の投資を行えば、何故そこだけ、と反乱が起きる。このような時は大抵、街同士が協力して王家に苦情を言いつけるものだ。それに、その時の街人の団結は恐ろしいものだ。

 これから戦争が始まるというのに、この様な事で信頼を失い、戦力を失うのはとても痛い。

 唸り声を上げながら、ティスはその場で足を止めたまま動かなくなる。

 

 

 ――誰よりも国を愛し、国民から、騎士から敬愛される第一王子を、酷く嫌っている人が居た。だが、第一王子に冷たくされてきたわけではない。むしろ愛されていた。

 それでも大きくなっていったのは、とても深く、真っ黒な嫉妬。そして嫉み。

 深い嫉妬が不幸を呼び、その不幸が災厄を呼び寄せる。そして、いずれ自滅の道を辿る。

 それを、知っていたはずなのに。

 

 

「……やっと、出られ、た」

 イリルは膝に手をつき、前かがみになって深く息を吐いた。後ろで歩いていたはずのクリスナは、壁によれ掛かって顔を下に向けながらしゃがみ込んでいる。息はきれぎれだ。

 

 

 あれから、彼らはシェウリの案内どうりに歩いていった。真っ直ぐの道は途轍もなく長く、左へ曲がったら、なぜ階段にしないんだと訊きたくなるほど急激な坂であった。下るにあたっては楽そうだが、上りはかなり辛い。シェウリ様はちゃんと帰って来られるだろうかと、イリルは本気で心配になった。

 

 

「い、リル。もう、散さく。止め……。あの部、屋に、もどる」

 下に向けていた顔を上げて、クリスナは言った。瞳はほんのり赤く、目じりに涙が溜まっている。クリスナにそう言われようが言われまいが、イリルは無理矢理にでも散策地獄から抜け出す気満々だったため、依存は無い。

 この事で、二人は下手に城に潜ると痛い目に遭う事を心から痛感した。

 今まで、ここで迷った騎士の数が三桁に到達している事を、彼らが知る事は無い。それほどの数の騎士が、迷い込んだ時点でどうにかするべきだと思うが。

 彼らはゆっくりと、それでもしっかり、歩みを進めていった。

 

 

 それから五分後。

「……随分と疲れているようだが、何処で何をしていた?」

 庭から渡り廊下に入った彼らの後ろから歩いてきていたケシス総長が、ぜえぜえと息を吐いているイリル達を見て、尋ねた。イリルは尋ねられたが、答えない。むしろ答えられなかった。

『探索途中に城の進入不可領域に入ってしまって、帰路の坂がとても、きつかったんです』などと答えれば、お叱りがくることは、まず間違いない。ケシス総長の叱責は五時間以上にも及ぶと、そこいらの騎士団では知らない人などいないと言うくらい有名だ。この様なところで時間をロスするのはご免である。いや、なんにも予定も用も無いが。

 

 

「――えっ、とねぇ。ひがしの、入っ、ちゃ……いけな、いとこ、で。迷ってた――ぁ」

 その質問に、クリスナは返した。何も答えなかったイリルは、馬鹿っ、とでも言うかのようにクリスナを睨む。

 クリスナの答えにケシスは微妙な顔をしていたが、少ししてから、そうか、と一言だけ言って通り過ぎる。いつもなら叱責が待っているはずだというのに、イリルは驚愕する。ケシス総長の背中を、丸くした目で見ながら、ぽかんとしていた。

 

 ケシス総長もまた、あの建物で迷った一人だとは、彼らは知るよしも無かったのであった。

 

「……何なんだ? おかしすぎる」

 いつの間にか息を整えていたイリルは、ケシス総長の変動に言葉を発して未だ驚いていた。クリスナもようやく息を整えて、イリルの言葉に返答する。

「まあ、ケシス総長もーかわったんじゃない?」

 珍しくクリスナが天然ボケのような発言をしなかった事に、またもイリルは驚いた。彼の心の中でのクリスナの扱いが酷いように思えるが、これには大体の騎士も思っていることなどで、イリルにとってはそこまで酷い扱いでは無いのである。――勿論クリスナにしても、どのような扱い、どのように思われているのかを、よく知っているため文句は無い。

 あるとすれば、ほんの一部の者が思い込んでいる『足手まとい、弱小伝説』くらいのことだろう。ただし、思い込んでいるのはクリスナが退役した後に入ってきた、ホゼア大尉とその部下達がほとんどだ。

 

 

 これからどうするかと、イリルが頭をかしげていたその時。

「おっ、イっリルぅ! 俺が元気に報告しに来たぞぉーっ!」

 背後から聞こえた暢気な声に、イリルは硬直した。絶対に紛れもない、間違いようの無い、そして今最も会いたくない人物の声だ。

 恐る恐る、イリルは背後を振り返る。そして予想通りの人物がそこに立っていたことに、意識が何処かへ行くのを必死で引き止めて、訊いた。

 

 

「陛下……、城下へ降りているのでは無かったのですか……。ティスは城下へ下りていってしまわれましたよ――?」

「いやいや。息子もたまには城下に下りてみては、と思ってなぁ。ちょぉーっと誘ってみたわけよ」

 絶対に、誘い方が間違っている。

 ティスは勧められて、その意見をすぐに『間違っている』などと決め付けないで、自分の意見に取り入れる。勿論そんな面倒な事をせずとも、城下へ下りてみてはと、誘いさえすれば、すぐには無理だがいずれ実行するような子なのだ。その意見を言ったのが父親であれば、なおさら。

 

 

 ぼそりと、陛下は何かを呟いたような気がしたが、聞き取れなかった。さほど重要な事では無いようなので、問い詰めはしない。

 ティスの事も、もちろん心配だが、一番気になるのはこんな暢気な事ではなく。

「――先程、ケシス参謀総長がここを、陛下と同じ方向から来て、通りました。あちらの方向には東側の城下に通じる出入り口と、会議室しか無かったかと思いますが。……陛下がおっしゃっていた報告と、何か関係がおありでしょうか?」

 何処か確信した声音で、イリルは国王を問い詰めた。問われた国王はぺろりと、悪戯っこの様に舌を出した。さっすが天才策士サマ、と一言言って、穏やかだった表情をきびしい表情へ変える。

 

 

 

「戦争が始まる前の、前夜祭ってのか、お国とお国同士の会議が明後日あるんだとよ。さっきの会議にはお前らも呼ぼうと思ったんだがな、見当たらなくてよ。さっきの会議の内容は、その事についてだ。――予定されている明後日の国家会議の七日後に、……戦争だ」

 

 背筋が凍りつく音が聞こえた気がした。

 

 


 
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