No.538509

訳あり一般人が幻想入り 第11話

VnoGさん

◆この作品は東方projectの二次創作です。嫌悪感を抱かれる方は速やかにブラウザの「戻る」などで避難してください。   サブタイは中国詩からの「万緑叢中紅一点」をモチーフ。「黒一点」は紅一点の反対語であり俗語となっています。

2013-02-01 01:23:56 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:737   閲覧ユーザー数:725

 

 

 ひとりの少女が壁全面に赤に染まっているトイレに入る。

 

「あふぁ……眠い。丸一日パチュリー様の実験に付き合ってほとんど寝てないからかなぁ……」

 

 少女は用を足しながらひとりごちる。用を足しているうちに気分が爽快になって眠気がどっと押し寄せてきた。

 

(あぁ、眠たくなって……) 

 

「ん?」

 

 ウトウトと眠りに落ちる直前に、ドアノブを回す音が少女の耳に入る。それが徐々に激しくなり少女に不安を煽らせる。 

 

「ふえ!? ごごごゴメンナサイ! 今すぐ出ます!」

 

 少女は慌てて水を流し、不安を(ふっ)しょくするようにドアを勢い良く開ける。

 

「でっ!」

「うわっ!?」

 

 少女はドアから伝わった衝撃と、男性の頓狂(とんきょう)な声に思わず声を上げる。

 

 

 

 第11話 万紅壁中黒一点(ばんこうへきちゅうこくいってん)

 

 

 

 

 

 横谷は頭を上げて、視線の直線上にいる、紅魔館の主人、レミリア・スカーレットを見遣る――

 

(冗談だろ?)

「なんか、想像していたのとは違うわね」

 

 椅子の上で肘を肘掛けに乗せ、頬杖している少女が横谷を見定めてつまらなそうな顔をして見下すように言う。

 その少女の服装はナイトキャップから半袖のブラウス、長いスカート全てがピンク色に太い赤い線が入っている。腰にも赤い紐で結んでいる。

 そして少女の背中あたりから広がるように悪魔のような羽が生えていた。

 横谷の「冗談だろ?」は、悪魔の羽が生えていることに言ったのではない。服装でもない。身体的特徴である。

 横谷の想像としては、サキュバスのような大人の女性で、目線が凍るほど冷たく、居合わせたら心臓を掴まれる感覚に陥るほど恐ろしい人物と思っていた。が、目の前にいるのは小学生サイズの吸血鬼だった。

 横谷にとっては「そのお言葉をそっくりそのままお返しするぞ」と言いたいほど想像とは違った人物が目の前にいた。

 

「面白い外来人を貸してあげるって言われて借りたけど……どこが面白いのかしら。あのスキマ、私を騙したのかしら」

 

 レミリアは続けざまに横谷を酷評(こくひょう)する。横谷は人を見定めるような言動に苛立つ。普段なら右から左へ受け流すのだが、初対面の、しかも見た目が明らかに子供の奴にボロクソ言われても無視できるような大人な心は持ち合わせていなかった。

 

「このたび、紫の一計でここに連れてこられ働かせてもらうことになっている外来人、横谷優です」

 

 横谷は口をひくつかせながら、紫に嫌味のような一言を付け加えて自己紹介をする。

 

「まぁ、言う事は聞きそうな奴ではあるわね。私はレミリア・スカーレット。ここ紅魔館の主よ。宜しく」

 

 レミリアは横谷の対応を見て言葉を付け加えたあと自己紹介をする。

 

「お嬢様、この物をどうしましょうか」

 

 そこに咲夜が横谷の処遇(しょぐう)をレミリアに尋ねる。ここでどのような扱いを受けるかは、ここの主人の鶴の一声にかかっている。

 

「咲夜に任せるわ。まぁ、せっかくスキマからもらったおもちゃなんだから、ボロ雑巾のように使ってもかまわないわよ♪」

「わかりましたわ」

(誰がおもちゃだよ!)

 

 レミリアはそう言って横谷の顔を見るなりニコッと笑う。それとは対称的に横谷はしかめ面になる。

 

「それに……」

 

 言葉を止めるとレミリアは椅子から降り、横谷のもとへ歩きながら話を再開する。

 

「あなたのような人間はぜひ私のもとに置いといてほしいからね……わかるかしら? この意味」

 

 横谷の目の前に止まり、顔を見上げながら問いかける。横谷はレミリアの顔を一瞥(いちべつ)すると目線を正面に戻し、答える。

 

「……わかりませんね。まだあなたに好かれるようなことをした覚えはないですが」

「私があなたに好いているだなんて、随分と酔狂(すいきょう)なこと言うわね。ふふっ」 

 

 レミリアは横谷の答えを酔狂な言葉と蔑み、鼻で笑う。次の瞬間、羽を広げて顔にかなり近い距離まですうっと浮き上がり、右手で横谷の顎が押えられる。横谷は驚き、目を見張る。

 

「あなたのようなうわべだけの皮肉や嫌味を交えた挨拶や応対する、仏頂面の人間は大概B型って私の中ではそう思っているわ。その顔からして他人との協調を嫌い、興味無いものは見ることも触れることも億劫な感じが滲み出ているからB型で間違いないわね」

「あの、意味がよく分からないんですが……たしかにB型ですけど」

「私はB型の血が大好物なの。A、O、AB、どの血液型よりB型の方が私好みなの。つまり気が向いたら寝込みを襲ってあなたの血を吸うことも()さないってこと」

 

 それを聞いた横谷は言葉が出なかった。

 レミリアのあの言葉の意味は、『あなたの働きによって、またはレミリアの気まぐれによって、横谷は奴隷にも食料にもなる』と言うことだろう。

 この言葉で横谷は、『ここに入ってしまったことで、自分の命は既にレミリアに掌握(しょうあく)されてしまった』と思った。

 機会があれば紅魔館から逃げられることも出来るが、本来の帰る場所に帰ることが出来ない知らない土地でどこに逃げればいいのかわからない。

 元より逃げてしまっては、望み薄ではあるがいずれ紫や霊夢の力で外の世界に帰る事が出来るその可能性を捨てることになりかねない。

 前門の虎、後門の狼、四面楚歌、八方塞がり。どう足掻いても絶望である。

 

「いいわ、その絶望に満ちた目。ぞくぞくしちゃう♪ あっはは」

 

 横谷の髪の奥にある目を見つめて、無邪気な子供のように(わら)う。

 

 

 

 

 

 

 

『見ろよコイツの顔。アホみたいな顔してるぜ。だははは!』『いやいや、元々こんな顔だよww』『うっわひっでぇwww』『もっと殴ってさ、イケメンな顔にしてもらえば?w』『ああいいねそれ』『じゃ、オレ流の整形手術のはじまりでーす』『やっちゃえ~w』『アッハハ…』

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 横谷はレミリアの手を、一瞬よぎった記憶と共に振り払って距離を開ける。咲夜はその行動に肝を冷やすがその間もレミリアの顔の笑みは消えていない。

 

「・・・・・・」

 

 横谷は何も喋らない。ただ鼻息を荒くしてレミリアを睨みつける。

 

「じゃ、あとはお願いね。咲夜」

 

 そんな横谷を後目にレミリアは咲夜に後をまかせた。咲夜は頭を下げた後ドアの前に立ち、再び頭を下げる。

 

「失礼しました。さぁ、行くわよ」

 

 ドアを開け、横谷に声を掛けて退室を促す。

 

「……ああ」

 

 横谷は我に返り、詰まりながら返事をする。

 

「失礼、しました」 

 

 不自然に言葉を区切りながら、入室時より浅く頭を下げて部屋から立ち去る。

 

「・・・・・・」

 

 二人が退室してもレミリアはその場に立ち尽くして考え込む。

 

(そういえばあの右腕のアクセサリー、カッコイイわね……血を吸うついでにあれも奪っちゃおうかしら)

 

 

 

 

「ちょっと、聞いているの?」

「あ……すまん」

 

 二人は歩きながらここでの仕事の内容と、紅魔館の案内をしていた。

 館の中はかなり広いのでわざわざ足を運んで位置を教えないと忘れてしまうだろうという咲夜の気遣いで案内をしていたのだが、教えてもらっている本人は心ここにあらずといった雰囲気だった。

 

(はぁ、こんな男をここに働かせるなんて……余程この男の血が飲みたいのでしょうか……)

 

 心の中で溜息を吐いて嘆く。レミリアにとっては使用人が増えたとしか考えないだろうが、咲夜は使えない妖精ではなく人間が来たと思い、眉間にしわを寄せる回数が増えることだろう。

 

「ここをあなたの部屋にするわ」

 

 数十もあるドアの中の一つ――三〇七のプレート――を開けて咲夜は言う。横谷は中に入って確認する。

 ここの部屋も――というよりどの部屋もそうだろうが――赤い壁紙に囲まれ、自分の住んでいるマンションの部屋よりはやや広めの部屋にシングルベット、丸いテーブルにクローゼットと、とにかく必要最低限の家具が揃っていた。

 

「近くには妖精メイドの部屋もあるから間違ってはいらないでよ」

「あ、ああ」

(確かに同じドアばかりで迷いそうだが、そんなギャルゲみたいなヘマはしねーよ)

 

 横谷は咲夜の忠告を悪態付くように反論を心の中で呟く。

 

「じゃあ早速仕事に取りかかってもらうわ」

 

 そう言って咲夜は先程までになかったこれら物を横谷に手渡しする。渡されたものはエプロン、ゴム手袋、マスク、バケツ、洗剤、雑巾、便所たわしといった物だった。

 

「えっとこれは……」

「一階から四階に各五つずつあるわ、あと地下にも一つ。『W.C.』のマークがあるからわかるとおもうわ」 

 

 多少の戸惑いを隠せない横谷を尻目に言い終わると咲夜は横谷に背を向けて立ち去ろうとする。

 

「あのよ」

 

 そこに横谷が声をかけて呼び止め、そして(かね)てからからの疑問を言う。

 

「咲夜は人間だよな。その人間が何かしらの能力持つことなんてあり得るのか?」

 

 咲夜は足を止め、答える。

 

「あり得るわ。私だけじゃない、博麗霊夢、霧雨魔理沙も人間でありながら能力を使える事が出来るわ」

「(あの二人も……?)人間も妖怪並みに能力が使えるなんであり得ないだろ」

「あら、ここは幻想郷よ? 非常識で成り立つこの世界にあり得ないことはないわ」

「……はぁ、またか」

 

 横谷は咲夜にさも当たり前のように言われ、溜息交じりに呟く。『非常識』という単語が頭の中でこだまし、霊夢も紫も同じ単語を言っていたことを思い出す。

 非常識の枠は妖怪や人と妖怪との関係だけでなく、人間自身も及んでいる。未だに捨てきれない外の常識を持っている横谷にとって、ここの常識に慣れるために外の世界の常識を全て捨てなければいずれ身を滅ぼすことになりかねない。

 

「なら、外来人もそういった能力を持つことは可能なのか?」

 

 横谷は突然着想(ちゃくそう)がわき、咲夜に尋ねる。咲夜や霊夢や魔理沙みたいに人間が能力を持てるのなら、同じ人間の自分も出来るのではないか。あわよくば、霊夢や紫に頼らずとも外の世界に帰れるのではと淡い思いを込めて。

 

「そんなのは極稀(ごくまれ)よ。ここに迷い込んでくる外来人はいっぱいいたけど、一万人に一人いるかいないか、な位にね。いたとしてもどんな能力かわからずに帰るか死ぬか、ね」

「なん……だよそれ。不公平な……」

 

 横谷の淡い思いがすぐに泡となって消え、不満を漏らす。

 

「さ、もういいでしょ。早くトイレ掃除をしなさい」

 

 咲夜は急かすように話を止め、(きびす)を返す。

 

「あ……」

 

 横谷は何か言おうとしたがすぐにやめ、今いる階のトイレに向かった。

 

(なんで能力を持っているのに吸血鬼に従えてるんだ、って質問は野暮だな。どうせ「私はお嬢様を尊敬している。それ以外の理由はないわ」なんて言うだろうさ)

「……つか、俺いつまでここで働かされることになるんだ? はぁ……」

 

 ふとそのことに思い出して意気消沈し、上着を脱いで渡されたエプロンを着替え、重い足取りでトイレのある場所を探す。

 

 

 

 

 

トイレ掃除の階数進行……三階、四階、二階、一階。

一階分のトイレ掃除の時間……およそ一時間。

トイレを探して歩いた時間、トイレ掃除に要した時間、休憩に要した時間……各々大体三十分、二十分、十分。

このトイレ掃除にかけた時間……priceless、なんてことはない。およそ四時間。しかもまだ終わっていない。

 ただでさえ無駄に広い内部なのに、階ごとに部屋の並びが違う構造になっていたために普通なら下の階に同じような部屋があってもいいはずがなぜか大広間であったり、トイレの下が普通の部屋だったなんてことも。

 因みに横谷の部屋が後者にあたる。もしかしたら嫌がらせかもしれない。

 

「あとは、地下か……あぁめんどくせぇ」 

 

 横谷は文句を垂れながら地下の階へと階段を駆け降りる。地下階の廊下は完全に日の光はなく、等間隔にある火のランプがここの明りだった。

 そろそろ赤とか黒以外の色が見たい、目が痛い。――と韻を踏んだ文句を垂れ、一直線の廊下を歩きトイレを探すと、レミリアの部屋にあるドアよりも一回り大きいドアの反対側に『W.C.』と書かれたマークのドアを発見した。

 

「はぁ、これで最後だ……」

 

 横谷はトイレの前に立ち、ドアノブを回す――

 

「あ? なんで回らない?」

 

 鍵がかかっていたのかドアノブが回らなかった。横谷は首をかしげ、もう一度ドアノブを強引に回して押し引きを繰り返す。

 

「ふえ!? ごごごゴメンナサイ、今すぐ出ます!」

 

 ドアの奥から女性の驚いた声が響いてくる。

 

(あ、誰か入っていたのか……)

 

 疲れと早く終わらせたいという性急な気持ちが、誰しもが考え付くことを失念させていた。横谷はそのまま(たたず)み、中の女性が出てくるのを待った――

 

「でっ!」

「うわっ!?」

 

 ドアの角が横谷の額に思い切り当たる。開けた少女はドアから伝わった衝撃と、男性の頓狂な声に思わず声を上げる。その男性は額に手を抑え、床に片膝を付けたまま悶絶している。

 

「ッ~~~~~~~……」

「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」 

(って誰この人? なんでこんなところに? しかもエプロン姿……)

 

 少女は悶絶している男性に向かって謝罪するが、見知らぬ人物がエプロン姿でここにいることに疑問を禁じ得なかった。

 

「……大丈夫だ」

 

 額に手を抑えたまま立ち上がり、聞えるか聞こえないくらいの声量で少女に顔を向かず横谷は返答する。

 

「そ、そうですか……あのぉ、あなたは誰なんですか?」

「え、ああ……俺は横谷優。貴女は?」

 

 横谷は少女の疑問を答えてから顔を見て尋ねる。その少女の容姿(服を除いて)は、まさに『悪魔』という種族の名がふさわしい身形だった。

 腰まで伸ばした赤い髪に頭(こめかみより上の位置)と背中から小さめではあるが左右黒い羽が、腰下から先の尖った尻尾が生えていた。服装は白シャツに黒のベストと赤のネクタイ。下は黒の長いスカートと秘書を思わせるような格好だった。

こっちの方が、体格だけなら想像通りの紅魔館の主人だな――と横谷はレミリアと比べて、心の中で悪態をつく。

 

「私の名前は小悪魔です」

「……種族名の方は見た目からわかるんで、名前の方を」

「え? いや、これが名前なんですけど……」

「へ? 名前……なの?」

 

 横谷は唖然とする。ゲームの敵・味方キャラの種類、演劇の脇役に付けられる役名、妖怪系の文献で調べる際の大まかに調べる時の単語、またはファッションの『~系』に付けられる単語。

 種族名は普段こういった時でしか使われない。それを自分の『名前』として使うのは、ゲームの大量にいる雑魚キャラか頭の残念な親が付ける時のみ。と横谷の中で決めつけていたので、思わず同情めいた感じで問いただしてしまう。

 

「はい、私は悪魔族の中では力が弱い方なのでちゃんとした名前はもらえませんから」

 

 小悪魔は名前の経緯を、やや返答に困る内容な気もするが本人はいたって普通に語る。

 

「そう、か」

 

 

 

 

 

 

 

『おーいお前』『お前なんて名前だっけ?』『いいんじゃね『お前』でww』『いやいや名前で呼ぼうよ、『根暗君』ってww』『別にいいんじゃね言わなくても。どーせ『お前』で事足りるだろ』『だな、『お前』でいいよなww』『ハッハッハッハ……』

 

 

 

 

 

 

 

「……すまん、変なこと聞いて」

 

 横谷は昔の思い出したくない記憶を想起してしまい沈痛な面持ちで謝る。しかし小悪魔は明るく否定する。

 

「あ、いえ、別に謝らなくてもいいですよ。それに私はこの名前、嫌じゃないですから」

「そう、なのか?」

「名前の中に『悪魔』が入っているから、私も悪魔族の一員なんだなぁ~って勝手にですけど思いますし、それに名前が無いよりはマシですよ」

「まぁ……たしかに、でもやっぱりちゃんとした名前は欲しいと思うけど……」

 

 横谷は納得しようと思ったが、名前らしい名前が無いのは悲しいと思い、ついこのような疑問が口に出てしまう。小悪魔は苦笑交じりに答える。

 

「まぁ、欲しくはないって言ったら嘘になりますけど、今更名前もらってもここの皆さんは『小悪魔』って呼ぶでしょうし、『こあ』とか、あとたまに名前の『小』からとって『リトル』とか、愛称で呼ぶこともありますからそれだけで十分ですよ。」

「そうか……ま、自分が良いならね……」

「そういえば、優さんはどうしてこんなところに? トイレだったら他の階にもありますけど」

 

 話を切り替えて小悪魔はもう一つ疑問を横谷に尋ねる。

 

「わけあってここで働いて、んで今は各階のトイレ掃除をしてるんですよ。ここで最後」

「そうなんですか。まったく知らされてないから、てっきり不審者か何かと」

「門番の美鈴も知らなかったようだから、この分だとレミリア……お嬢様と咲夜以外は何も知らされていなかったんだろうね。まぁ、自分もそうだったんだけど……」

 

 危うく呼び捨てにするところをお嬢様と後付けして推測する。紫の一計にはめられ、知らないところで取引されたことに腹を立てながら。

 

「とにかく、この仕事終わらせないと……咲夜にどやされるかも知れん」

「そうですね、私も戻らないとパチュリー様に怒られてしまいますね」

 

 そう言って、トイレと反対側の大きいドアに手を掛ける。

 

「えーっと、そのパチュリーって言うのは誰なの? まだここの中、把握しきれてないからわからなくて」

 

 横谷は小悪魔を呼び止める。本当は咲夜の案内で、そこが図書館であることも、その中にパチュリー・ノーレッジという人物がいることも説明していたのだが、いかんせん上の空状態だった横谷には把握どころか話も聞いていないのである。

 まさに自業自得だ。そんな男に小悪魔は丁寧に説明する。

 

「パチュリー・ノーレッジ様は私が仕えている魔法使いです。普段はここにある図書館の中に籠って主に魔道書を読んでいます」

「そこ図書館だったのか……」

「パチュリー様は凄いんですよ。十万以上の本を読んでおられて、それをちゃんと自分の知識として蓄えてその知識で自筆の魔道書も書くほど優秀で、周りからは『動かない大図書館』なんて言われているんですよ!」

(十万の本を読んで自分の物にするのは凄いが、それは褒めてんのか?)

 

 徐々にパチュリーという人物の凄さを喜々として語り自分の世界に入る。横谷が疑問に思うとことも気にせず、小悪魔は続ける。

 

「それにレミリアお嬢様とは以前からの友人でしたから、紅魔館でお嬢様と対等に話せるのは妹君のフラン様以外にはパチュリー様だけなんですよ!」

 

 小悪魔のその言葉に、横谷はハッとする。

 

「……お嬢様に妹なんていたのか? 見かけなかったが……」

 

 小悪魔もハッとする。

 

「あ、いいい今のは忘れてください! じ、じゃあ私はこれで!」

「あ、おいちょっと……」 

 

 小悪魔は逃げる様に図書館の中に入る。明らかに喋ってはいけない事を滑らして、これ以上問われないように逃げた形だった。

 

「なぜ逃げたんだ……」

 

 まさかレミリアより危ない存在じゃないだろうな――横谷は小悪魔の行動からこのような推測を立てた。妹の名前『フラン』を自分から出して、あそこまで動揺するということは余程のことだろう。

 

「まぁ……どうでもいい。早く終わらせよう」

 

 横谷は今は掃除が先決だと考えるのをやめて掃除に取り掛かる。洋式トイレを便所たわしでゴシゴシと洗っているときにふと思い返す。

 

(あの門番やさっきの子も、妖怪なのに人当たりの良い人……じゃなくて妖怪だったな)

 

 未だに妖怪は危険な存在と思っている横谷にとってあそこまで柔和(にゅうわ)な心を持つ妖怪に感心していた。横谷はさらにある言葉を脳裏によぎった。

 

「見た目では決めたはいけない、人も妖怪も優しい心は持っている、か。ああいう妖怪がいるんだったら、夜に妖怪と一緒に酒を呑んでも大丈夫だわな」

 

そんなことを呟きながら、作業を手際いい感じで進めていく。


 
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