「今日、ここに新しく働く者が来ることになっているから」
まるで高級ホテルのVIP専用スイートルーム並みの広さの赤い部屋。そこの一つの椅子に座っている少女が紅茶を飲みながら、隣に佇むメイド服を着た少女に喋る。
「えっ……お嬢様、失礼ですがそのような要件は承っておりませんが……」
「昨日紫が、私のところに直接来て言ったのよ、『面白い外来人を貸してあげる』ってね。私はいら
ないって言ったんだけど、『最悪殺してしまっても構わない』って言ったものだから了承したのをすっかり忘れていたわ」
「……そうでしたか」
椅子に座っている少女は悪びれる様子もなく話す。その隣に佇む少女も反抗することなく受け答える。
「とりあえず、その外来人が来たらここまで連れてきてちょうだいね。下がっていいわ」
「わかりましたわ、失礼いたしました」
メイド服の少女は頭を下げ退室する。退室した後、椅子の上の少女は持っていたカップをとても長い長方形テーブルに置いて、顔をにやける。
(紫が薦めて貸すなんて怪しい事この上ないけど、殺してもかまわない人間とはどんなものなのかしら……
第10話 館主の好きな紅洋館
幻想郷内にある湖の一つ「霧の湖」。
その名のとおり、昼間になると湖全てが霧に包まれ、視界が数メートル先も見通せなくなることがある。またこの湖は妖怪の山の麓と魔法の森の間に位置しているためか妖怪や妖精が比較的集まりやすい場所となっている。
その湖の島の畔に大きな洋館がある。その洋館は外壁が、洋館に続く道が、洋館の周りにある塀、全てが紅く染まっている。その外観からは、木々に囲まれ正面には湖を面している風景には明らかに浮いている建物である。
そしてその館は、悪魔のような吸血鬼が主人であるという。
その建物の名は「紅魔館」という。
「……zzz」
紅魔館の門の前で頭をコクリコクリと動かし、居眠りしている少女が腕を組み
その少女の容姿はまさしく中華一色であった。人民服にとても深いスリットが入っているチャイナドレスを掛け合わせたような緑色の衣装で、これまた緑の帽子には『龍』と書かれている星型の飾りを付けている。
腰まであるストレートの赤髪にリボンを付けたみつあみ。そして高い身長にふくよかな胸と、このような少女が街中に歩いたら十中八九、いや十が振り向くだろう。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
唐突に叫び声が響き渡る。声の主はある門の前に展開されたスキマから現れた横谷の声だ。
「ふげぇ!」
「ほわっ!? ななな何事!?」
例によって頭から落ちて声を漏らしながら鈍い音を出して倒れた。今回は顔の正面から倒れる事がなかったので、一種の成長と言うべきか。
横谷が地面に叩きつけられた音で門の前の少女がびっくりして起きる。鼻ちょうちんもその拍子に割れる。
「が……あ、あぁあ……痛ってぇ……クソッ」
(だ、誰……なの? 一体……)
横谷は倒れた体勢のまま呟く。少女は倒れてきた横谷を不思議そうに見る。
「あらあら、また倒れているの? 成長しない人ねぇ」
そこにまたもスキマが現れ、そこから紫が横谷を一言罵倒して現れる。
「るせぇな、お前が足元にスキマを開いたからだろ! なんで俺の下なんだよ! どんだけ落としたいんだよ!」
横谷は飛び上がるように立ち上がり、紫に反抗する。
「落とした時どんなリアクションしているのかな~っと思ってね~、だから下にしたの」
「俺はお前のおもちゃか? ふざけんな! つかここどこだよ、知らねぇとこなんだけど」
「ここ? ここは霧の湖。幻想郷のほぼ真ん中に位置する湖よ」
「ああそうわかった。でも俺は観光するつもりはないから早く外の世界に帰せよ!」
「だ~め♪」
「は?」
「あなたはまだ幻想郷に出られないわ。あなたはここに残らないといけないの」
「はぁぁ!? なんでだよ! なんでここに残らなきゃいけないんだよ! 大体お前、帰してくれるんじゃないのかよ!!」
「あら、『行く』とは言ったけど『帰る』とは言ってないわよ」
「おまっ、て、てめっ! ふざけんなよォォォォォ!!」
(え、えーっと……)
開幕怒りをマックスな状態で紫に食ってかかる横谷と、それを面白がっている紫との会話のやりとりに少女は呆然としてしまう。
「あら? 美鈴起きてたの。寝ていたと思っていたのに」
「メイリン? 中国人?」
紫は美鈴という少女と目が合い、いきなり手厳しい言葉を浴びせる。横谷は反応して後ろをややジト目で振り返る。
「いや、私いつも寝ているわけじゃないですから、アハハ……(居眠りしていたところを、大きい音にびっくりして起きちゃっただけだけど……)」
美鈴は両手を小刻みに振りながら反論するが、心の中で居眠りをしていたことを認めていた。
「あ、今日は何の用でここに?」
美鈴は話を逸らすように紫たちがここに来た理由を聞く。紫は横谷の肩に手を置きながら言う。
「この子をね、ここで働かせることになってるの」
「……は?」
「……へ?」
紫の言葉を聞いて横谷と美鈴は数秒の沈黙の後、紫を見ながら同時に疑問の声を漏らす。
「あの紫さん……私はまったく聞かされてない――」
「お前また勝手に約束交わしたのか! ふざけんなっ!」
「いいじゃない、ここでの経験が外の世界で生かされるかもよ?」
「いらねぇよここでの経験なんか! 早く帰せよ!」
紫に尋ねようと美鈴が声をかけようとして突然横谷が話を
(一体、どうなっているの~!? そんな話、一言も聞いてないよ咲夜さ~ん!)
美鈴は慌てふためき頭を抱えながら、ある人の名前を心の中で叫ぶ。
「まったく……騒がしいと思ったら……」
と、門の奥から突然女性のため息混じりの声が美鈴の耳に届く。美鈴は声が聞える方向に顔を向く。
「さ、咲夜さぁ~ん!」
美鈴は顔を見るなり情けない声を出しながら
「一体何の騒ぎなの? 美鈴」
「いやそれが……」
美鈴は門を開けて騒ぎの根源がある方を見る。咲夜も美鈴が見ている方向を見る。そこには紫が見覚えの無い男性と言い合っている様子だった。美鈴は話を続ける。
「あそこの男の人がここで働く事になっているって紫さんが……」
「ああ、例の話ね……」
「えっ、咲夜さん知っていたんですか!? なんで私にも教えてくれなかったんですか!?」
「ごめんなさいね。でも私も今日知らされたのよ。お嬢様に『今日の朝、紫が外来人を連れて来るから、ここに来たら私のところまでに連れて来させなさい』とね……」
「じゃあその外来人て言うのは……」
「多分あの男のことよ」
あの男が――二人はもう一度男の方を見て、美鈴は口をぽかんと開け、咲夜は悩みの種が増えたと言わんばかりに手を額に持っていき、苦痛な顔で
「取りあえずこの男を連れていきましょう」
と言い、咲夜は言い合っている二人のもとへ歩く。
「あら、紅魔館のメイドがわざわざ迎えに来てくれるとはね」
「今度はメイドかよっ……ほんまや……」
横谷は再度後ろを振り返り、咲夜を見るなり思わず関西弁で言葉を漏らす。外の世界の――現代日本のメイドと言えば、「おかえりなさいませ、ご主人さま♡」といった商業用の声を出す偽メイドを想像してしまう。
だが咲夜はこれが真のメイドよと言わんばかりの服装とオーラが出ており、その見栄えとオーラにあてられてつい、関西弁が出てしまったのだった。
「では、この人を連れていかせてもらいます」
「いや勝手に話を進めるな――」
「じゃ、レミリアお嬢様によろしくね」
「おい待て逃げんな! 勝手に約束しやがって、俺は認めん――」
と、言い切る前に咲夜が横谷の襟を後ろから引っ張る。その勢いに首が絞まりおかしな声が漏れる。
「んげっ!?」
「では行きましょう」
「ゲッホ! や、ではじゃねぇよ襟掴むな、苦しいだろうが! それに俺は行かな――」
「じゃ、がんばってね~♪」
「て、おい逃げんな! あと最後までしゃべらせろ人の話を聞け! つか離せよ!」
横谷はスキマの中に入ろうとする紫を止めようとするが、何食わぬ顔の咲夜が襟を掴んだままのため紫に近寄ることが出来ずにいた。紫は横谷に手を振った後にスキマが閉じられた。
「ああ! ちきしょうあのクソッタレめ! お前なにをうおっ!?」
怒りの矛先を、襟を掴んでいる後ろの咲夜に向けて抗議するつもりだったが、振り向く前に咲夜は横谷の膝裏に蹴りを入れた。横谷の膝が折り曲がり、膝が地面に付く。
「行くわよ」
咲夜が横谷の顔を覗くように横谷の視界から現れ、目を大きく見開いた状態で咲夜が、低い声で言葉を出す。
「あ、う……は、ハイ……」
咲夜の顔とオーラに怖気づき、気弱に返事する。その後咲夜は、横谷の襟を離し門の方へ歩く。
「……なんで、なんでこうなるんだ……」
横谷は呆然となった後、
「あ、あの~大丈夫ですか?」
横谷のそんな姿を見ていたたまれなくなり、美鈴は横谷のところに歩み寄る。
「なんでだよぉぉ……いつになったら帰れるんだぁ、おいぃ……」
「え、え~と……き、気をしっかり持ってください。ね?」
「……優しいなぁ、あんた……」
「あ、いえ、それほどでもないですよ。えへへ」
美鈴は横谷の褒め言葉に、まんざらでもない顔で返事をする。
「早くしなさい!」
門の前で腕を組んで待っている咲夜がしびれを切らし大きく怒鳴る。
「「はいぃ!!」」
横谷と美鈴が同時に背筋をしゃきっとさせる。咲夜は横谷のことに対して言ったのであろうが、美鈴も反応したのは
二人はそそくさと門の前に集まり、横谷は咲夜と一緒に紅魔館へ向かい、美鈴は門の前に立ち門番の業務に戻る。
「あの、名前聞いてなかったんだけども……」
横谷は歩きながらおずおずと咲夜に尋ねる。咲夜は歩きながら返答する。
「私は十六夜咲夜。ここ紅魔館の主人、レミリア・スカーレットお嬢様に仕えている人間よ。門の前にいた彼女は
「はあ。えーと、そのレミリアと言うのは……」
その時、咲夜の歩みが止まる。
「今のであなたは一回死んだわよ」
「え?」
咲夜は横谷の方に振り返るかと思いきや、視界から消えいつの間にか横谷の後ろから首元にナイフを掛けていた。
「え、な!?」
横谷の心拍数が一気にフルスロットルになる。視界から咲夜が消えたと思ったらいつの間にか後ろからナイフを持って首元に突き付けられている。
かかった時間はゼロコンマ一秒よりも早い、刹那、一瞬、モーメントであった。この状況で驚かないことが無理である。
「もしここで安全に働きたいのなら、レミリアお嬢様にタメ口をしないで頂戴。名前を出す時は、『様』を付けるか『お嬢様』と呼びなさい」
咲夜は横谷の耳元で低い声で
「わ、わかったから、ナイフをしまってくれ!」
横谷は声を抑えながら、しかし強い口調で
(なんつー女だ! 人間のくせに何かの能力使いやがるし、レミリアっていう主人にとてつもなく忠誠している……また気を付けないと藍のとき以上の悲惨なことになるかも知れん……)
「くそっ、また面倒なことになりやがる!」
横谷は
「なにか言ったかしら?」
「い、いえ、なんでもないッス……」
まるで聞えていたかのように咲夜が振り返り、横谷に問いかける。横谷は慌てて首を横に振る。咲夜は首を傾げながらも気にせず扉の前に立ち、扉を開ける。
「……広っ、暗っ、赤っ」
横谷は紅魔館の中に入ったあとの第一声がそれだった。館の外観と内部の広さが段違いなことと、まだ午前なのに館内部が異様に暗く、外観と同様に館の内装も赤が前面に出ていた。
紅魔館には窓はあるが正面からは左右対称に十数枚しかなかった。太陽の光も一階の広いフロアではほとんど内部を照らすほど入っていない。
照明もあったが天井にある大きなシャンデリアと壁に点々と並べてもうもうと火が燃えているランプのみで、そのどちらも内部全体をはっきりと明るく照らすほどの光量はなく、あらゆる壁や床に物の
「あの~レミリアお嬢様って一体何の妖怪なんですか?」
薔薇の香りに包まれた館の中を歩きながら横谷は咲夜に質問する。
「お嬢様は妖怪という安い枠にいるお人ではないわ。
「吸……血鬼か。(なるほど、ここまで暗くて館全体が赤いのもそういうことかい)」
横谷は吸血鬼と聞いて納得した。
館の色の赤は吸血鬼が一番なじみのある、血の色を連想させる事が出来る。そして館全体が暗めなのは吸血鬼が苦手とする太陽の光を浴びないようにするため、窓も数が少ないのもそのためだろう。
横谷は脳内にあった知識を絞り出し、それを紅魔館の全容に関連付けて理解した。
(ここまでの徹底っぷり……まさか恐ろしい程危険な吸血鬼なんじゃあるまいな)
横谷は紅魔館の全容を見て、ここの主人のレミリア・スカーレットがとても恐ろしい人物なのではと想像し、これから対面する相手に恐れおののいてしまう。
階段を上がり、廊下を一番奥まで歩くと色々な部屋のドアとは違った、とても威厳ある扉が目に映り、二人はその扉の前に足を止める。
「ここからはお嬢様に会っていただくから、くれぐれも粗相が無いように。では……」
咲夜は横谷に忠告をしてから改まって
「お嬢様、例の外来人をお連れしましたわ」
「いいわ、通して」
扉の向こうからやや幼な声な少女の返事が返ってくる。
「失礼します」
返事か返ってくると咲夜はドアを開けて部屋の中に入り、頭を下げる。横谷も咲夜に習って深々と頭を下げながら部屋に入る。
「失礼します」
「ふぅん、あなたが紫が言ってた外来人ね」
奥に豪華なイスに座っている者は横屋を見遣るとニヤリと笑った。
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◆この作品は東方projectの二次創作です。嫌悪感を抱かれる方は速やかにブラウザの「戻る」などで避難してください。 前作品を投稿から一年以上を経てまた場所を移します。