No.53608

夕影

樹影さん

 今回割りと即興の作品。(苦笑)
 何故か前々からじっくり考えていた方の作品は全く進まない罠。(爆)
 ……まぁ、それはさておき。
 今回は案外少ないような気がする流琉メインの作品です。
 ……なんだか前回とコンセプトが似てしまっているような気も………。(汗)

2009-01-22 22:56:11 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:8821   閲覧ユーザー数:6546

 

 ――― そんな筈がない。

 私は、どこか自分でも必死にそう思った。

 

 

 

***

 

 

 

「兄様っ!!」

 

 朱に染まった夕暮れの町並み。

 そこから城へと戻る道を歩いていて、唐突に後ろから聞こえてきた声に、一刀は振り返る。

 見れば、そこに居たのは自分が良く知るしっかり者の小柄な少女だった。

 

「……流琉?」

 

 少し離れたところに立っている少女の両腕は様々な食材が溢れんばかりに詰められている袋で塞がっていた。

 と、名を呼ばれた少女はそこで気づいたように我に返り、顔を赤くして両腕に抱えている袋に埋めるように顔を隠す。

 見ると、一刀だけでなく周りにいた何人かの町人たちも何事かと彼女のほうへ振り向いている。

 どうやら、大声を上げて彼を呼び止めたことと合わせてそれが恥ずかしくなったらしい。

 一刀はそんな彼女に微笑ましげに苦笑を浮かべると、そちらへ歩み寄る。

 

「どうした、流琉?」

「い、いえ…… ただ、姿が見えたので」

「……そっか」

 

 実の所、一刀にはそれだけとも思えなかったのだが、未だ夕日のせいだけでなく顔を赤くしている少女の姿に、これ以上突付くのもかわいそうだと思い、それ以上踏み込んで聞くのはやめた。

 

「しかし、いっぱい買ったなぁ…… それ」

 

 一刀が話題をそらすようにそう言うと、流琉はようやく顔を上げる。

 

「は、はい…… せっかくなので、以前兄様からお聞きした料理を作ってみようと思って市に行ったんですけれど…… 今日は思ってたよりも良い食材がたくさんあって……つい、買いすぎちゃって」

「そうか」

 

 と、一刀はおもむろに両手を伸ばし、流琉の持つ袋の片方を抱え上げる。

 そんな一刀に、流琉は戸惑いの表情を浮かべるが、彼は笑顔を浮かべて答える。

 

「半分持つよ」

「で、でも……悪いですよ」

「いいっていいって。 両手に抱えてちゃ進みにくいだろ?

 それに、流琉にはいつもご馳走になってるからな。 これくらいやらないとバチがあたるよ」

 

 そう言って、一刀は流琉がそれ以上何かを言わないためにか城へ向けて再び歩き出す。

 そんな彼に、彼女は申し訳なさそうに、しかしそれでいてどこか嬉しそうにクスリと笑い、残った袋を抱えなおして彼の隣に並ぶ。

 

 そのまましばらく歩いて、流琉がおずおずと声を上げる。

 

「あの…… 兄様」

「ん?」

 

 一刀が隣の流琉に視線を向けると、彼女の顔はそれこそ先ほど以上に赤くなっていた。

 何事かと首を傾げると、彼女は意を決したかのように口を開く。

 

「………手、繋いでも良いですか?」

 

 言いつつ片手を差し出してきた彼女の申し出に、一刀は一瞬きょとんとするものの、すぐに微笑んで荷物を抱えなおし、空かせた手でそれを握る。

 

「あ」

「喜んで」

 

 瞬間、流琉は顔を赤くしたまま、しかしとても嬉しそうに輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

 そして、一刀は流琉の歩幅に合わせ、二人はそのまま連れ添って城までの道を進んでいく。

 

 そんな二人を、夕日は眩しくも優しく照らしている。

 

 

 

***

 

 

 

「ところで、流琉は何を作るんだ?」

「はい、良い卵が手に入ったので『おむらいす』というのを」

「そっかそっか…… それじゃぁ、季衣の奴も呼ばないとな。

 じゃないと、仲間はずれにされたって拗ねちゃうからな」

「あはは…… そうですね」

 

 道すがら、兄様と交わす言葉に、私は内心で安堵していた。

 

……… よかった。 やっぱりさっきのは見間違いだったんだ。

 

 考えてみれば、それは当たり前のことだ。

 あんなことが起こるはずが無いのだから。

 そう……

 

 

 ――― 夕日の中で、兄様の後ろ姿が…… そのまま消えてしまいそうに、霞んで見えたなんて。

 

 

 

 ふと、私は後ろを振り返る。

 そこにあるのは手を繋いでいる私と兄様の、長く伸びた影法師。

 境目など無いその一つの影に、私は再び安堵し、同時に嬉しくて笑みを漏らす。

 

「どうした?」

「いいえ、なんでもないです」

 

 答えつつ、私は兄様の暖かくて大きな手を握り返す。

 

 そうして、私は今この時の幸福を享受する。

 頭の片隅で鳴り響く、泣き出してしまいそうな警鐘を、気のせいだと言い聞かせて。

 

 

 

***

 

 

 

 それは、最後の戦いの少し前。

 私が兄様と刻んだ、暖かな日常の残影――― 。

 

 

 

 〔劇終〕


 
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