No.53449

いつかから続く、空で

樹影さん

 締め切り間近だと思って、結構急いだせいかオチが微妙な気が……(汗)
 でも、リハビリ&即興としては結構いい出来かもと自画自賛してみる。(苦笑)

2009-01-21 23:58:22 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:10516   閲覧ユーザー数:7429

 

 

 

 

 それは、魏の曹操こと華琳がその覇道を突き進んでいた最中。

 

 ――― 戦の狭間に存在するかのような、とある日常の一幕。

 

 

 

***

 

 

 

「兄ちゃん、もう一回やって!」

「おう、良いぞ!」

 

 華琳が側近である春蘭・秋蘭の姉妹と共に、日頃の激務に対する気分転換を兼ねた街の視察に赴いていると、聞き覚えのある声がいくつか聞こえてきた。

 瞬間、華琳の脳裏に天真爛漫で大食漢な少女と、そして彼女にとって色々な意味で気になる青年の顔が浮かんでくる。

 

「今の声は……」

「季衣と北郷ですね」

「あの裏路地のほうから聞こえてきましたが」

 

 当然のことながら華琳だけではなく、ほかの二人も聞こえてきた声の主にすぐさま得心し、三人はそのまま声のしてきた方へと足を運んでいく。

 と、そこには声の二人だけではなく、他にも見知った顔…… 華琳の信頼する腹心であり仲間である者のそれが幾つか見えた。

 

「貴方たち、何をやっているの?」

 

 華琳が声をかけると、其処にいた全員が彼女に顔を向ける。

 

「あっ、華琳さま!!」

「秋蘭さまに、春蘭さまも」

 

 まず声を上げたのは季衣と、彼女の親友である流琉。

 

「おお、お三方ともお揃いで」

 

 次に、いつものような眠たげな瞳を向けてくる風。

 そして、

 

「あれ、三人ともこんな所にどうしたんだ?」

 

 彼女らの真ん中に立っている、北郷 一刀。

 華琳達は彼らの方へ歩み寄ると、溜息混じりに口を開く。

 

「街の視察に出てたら貴方と季衣の声が聞こえてきてね。

 …… で、貴方達が今日は非番だってことは知ってるけれど、一体こんな人通りの少ないところで何をやっているのかしら?」

 

 まさか、と言いながら半眼で一刀を睨む華琳の表情は、しかしからかいの色があからさま見え隠れしていた。

 だが、傍らにいた春蘭はそれに気づかず、華琳が言外に言っていること『だけ』に気づくと、顔をわずかに赤く染めながら彼の胸倉を掴まん勢いで詰め寄る。

 

「き、貴様ぁっ!! まさかこんなところで、しかも一度に三人に向かってふ、不埒な行為を……… !!」

「ち、違う違うっ!! 華琳、頼むからからかわないでくれ、春蘭にそういう冗談はあんまり通じないんだからっ!!」

「なっ!? 誰がなんでもすぐ鵜呑みにする猪女だとぉっ!?」

「そんなことは言って無ぇーっ!!!」

「…… 落ち着け、姉者」

 

 秋蘭のとりなしでようやく落ち着いた春蘭に、ふと季衣が駆け寄る。

 

「春蘭さま秋蘭さま、兄ちゃんすごいんだよっ!

 華琳さまも秋蘭さまも見て見てっ!!」

「ん?」

「すごいって、何がかしら?」

「ふむ?」

 

 瞳を輝かせる季衣に三人は改めて一刀に視線を向ける。

 天真爛漫な季衣とはいえ、食べ物以外のことで彼女がここまではしゃぐのも珍しく、それが彼女達の興味を引いた。

 と、華琳は季衣が掲げるように手に持つ “あるもの” に気付いた。

 

「何かしら、これは?」

 

 それは細身の丈の短冊に竹串を突き刺した代物だった。

 よく見れば、短冊はそれぞれ反対方向に浅い角度で削がれ、竹串はその真ん中に突き刺さり、それが柄になっているらしい。

 用途の解らない代物に華琳と秋蘭はそろって首を傾げる。

 他の三人にも視線を巡らすと、それぞれの手に同様のものが握られている。

 と、春蘭が主君と妹の疑問を図らずも代弁するかのように口を開く。

 

「なんだそれは? 新手の武器か?」

「…… なんでそうお前の発想は無駄にバイオレンスなんだ」

「よ、よせよ北郷。 何を言っているかは知らんが、褒めても何も出んぞ?」

 

 褒めてない。

 二人以外のその場の全員は、照れている春蘭に声に出さずそう言っている一刀の言葉が聞こえたような気がした。

 と、一刀は浅くため息を吐きつつ、手に持つ “それ” の短冊の部分が上を向くように竹串部分を両手で挟み、

 

「これはこうするんだ、よっ、と」

 

 前後にずらすように両の掌を擦り合わせて滑らせる。

 すると、挟まれていた “それ” は手の動きに合わせて回転し、短冊部分が円を描く。

 やがて両手が完全に離れると、束縛から解き放たれた “それ” は重力に従って地に落ちることなく、不思議なことにそのままゆらゆらと宙を飛んでいく。

 

「おおっ!!」

 

 それを目の当たりにしていた春蘭は思わず声を上げてそれを目を張る。

 華琳と秋蘭も、彼女ほどではないが驚きと感嘆の念を浮かべざるを得なかった。

 すでに何度も見ているだろう季衣や、流琉や風さえも珍しいことに瞳を輝かせていた。

 やがて “それ” がふらふらと地に落ちるまで見届けてから華琳は改めて一刀に向き直る。

 

「へぇ…… 中々に興味深いじゃない。

 で、これは一体何なのかしら? まさか、妖術の類ってわけじゃないでしょうね?」

「違うよ。これは “竹とんぼ” って言って、俺の国に昔から伝わる玩具だよ」

 

 聞けば、昨日の警邏の仕事の終わりに使い物にならなくて捨てることになった乾竹を見て思いつき、幾つか貰って作ったのだという。

 

「ガキの頃は、爺ちゃんに作り方教わってから材料見つけては作ってさ。

 それでなんだか懐かしくなっちゃって作ったんだよ」

 

 季衣たち三人は、一刀が作って飛ばしていたそれを見て興味を惹かれたらしい。

 因みに、裏通りで飛ばしていたのは誰かに当たると危ないからだという。

 そこまで聞いて、華琳が季衣たちのほうへ視線を向けると、彼女達は一刀に作ってもらったらしいそれを見様見真似で飛ばしている。

 その姿は、見ている側にはどうにも微笑ましい。

 

「華琳たちもやってみるか?」

 

 と、一刀が唐突にそう尋ねつつ、地面に置いていたらしい別の竹とんぼを三つほど差し出す。

 華琳がそれを見て、この男はいったいその玩具を幾つ作ったのだろうと内心で呆れていると、横から春蘭がそれを一つ手に取る。

 

「ふん、こんなもの簡単だ。 要は回転させて飛ばせば良いのだろう?」

 

 言いつつ、自信満々に彼女はそれを手に挟み、勢い良く擦り合わせて回転させ、

 

「それっ!」

 

 掛け声と共に宙に放たれたそれは、しかし舞うことなくポトンと地に落ちてしまった。

 

「………あれ?」

 

 春蘭はその事実に呆けたものの、すぐにそれを拾い上げる。

 

「い、今のは何かの間違いだ! 今度こそ……」

 

 それっ、と同じように放たれた竹とんぼは、しかし同じように地に落ちる。

 と、春蘭はそれを拾い上げると一刀に押し付ける。

 

「こ、これの出来がよくないのだ!! 北郷、先ほど飛ばしていたそちらを貸せ!!」

 

 一刀は、春蘭の言葉に、苦笑いを浮かべながら言うとおりに交換する。

 新しい竹とんぼを受け取った春蘭は、良し、と意気込みを新たに構える。

 

「これならば……… それっ」

 

 ポトン、と竹とんぼは先の二回と同じように飛ぶことなく地に落ちる。

 その横で、一刀は先ほど春蘭から突き返された方の竹とんぼを見事に飛ばしている。

 それを見て、彼女はうぅ~、と唸りつつ、

 

「なんでだぁ~?」

 

 と、飽くなき挑戦を続けては失敗を繰り返している。

 瞳に悔し涙さえにじませつつ朝鮮を続ける姉に、秋蘭は怜悧な美貌を微笑ましげに緩める。

 

「姉者は可愛いなぁ……」

 

 どうやら、秋蘭は竹とんぼを飛ばすよりも竹とんぼを飛ばそうと頑張る姉を愛でることに執心している様だった。

 一方の一刀と華琳も、内心で秋蘭の呟きに同意する。

 と、一刀は視線を華琳に戻すと、改めて尋ねる。

 

「華琳は? やらない?」

「……… そうね。 せっかくだから、少しだけやってみましょうか」

 

 本来ならば、子供の玩具になど興味は無いのだが、一刀の故郷の品であるというのと、彼の手製だということ、そして彼女の生来の新しい物好きの性分から、華琳は差し出されたそれを手に取った。

 そして、先ほどの一刀の持ち方を思い出しつつ、それを掌で挟んで持つ。

 

「これでいいのかしら?」

「そう、それでそのまま両手を前後にずらして……」

 

 その勢いを殺さぬまま、華琳は竹とんぼを宙へと放つ。

 放たれたそれは、わずかに沈むような動きを見せた後、そのまま空へと高く昇っていき………

 

「あ……… 」

 

 空を舞う竹とんぼと、その後ろに広がる大きな空に、彼女は眼を奪われた。

 

 

 

 どこまでも広がる蒼穹。

 所々に散らばる千切ったような白い雲。

 季衣たちのものもあるのだろう、そこに舞う幾つもの竹とんぼ。

 

 華琳は、竹とんぼが落ち始めるまでの僅かな時間。

 確かに、その雄大ともちっぽけともいえる光景を、しかし魅入っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「思えば、あのときまで落ち着いて空を見たことなんて無かったかもね」

 

 華琳は、自分の部屋を整理していて出てきたそれを、手で玩びながら呟く。

 

 あれから随分な時が経った。

 大陸は平定され、戦乱は終わり、自身は覇道を成し遂げ、そして。

 

「貴方は、還っていった」

 

 思えば、手の中にあるこれくらいだろうか。

 あの男からの、まともな贈り物は。

 

「………だとしたら、色気に乏しいこと甚だしいわね」

 

 まったく、と呆れ果てながらも、彼女は一刀のことを思い出す。

 あの、自分にも他の者にも形の無い様々なものを残していったあの男を。

 

 今はもう会えない、愛しい人を。

 

 その思い出は、かけがえも無く大切で、数え切れないくらいあり、それでも少なすぎるような気さえして、しかし溢れる想いと共に言葉にすることができない。

 

「…… 馬鹿」

 

 彼女はおもむろに椅子から立ち上がり、窓際に立つと、いつかの様にそれを放ち、飛ばす。

 

 

 

 いつかの様に空を舞う、竹とんぼ。

 いつかから続いている、蒼く広い空。

 

 いつか、誰かの隣で見た光景も、今は独り。

 それを眺めている自分の視界が、不意にぼやけるのを、彼女は誰のためでもなく気付かない振りをした。

 

 

 

 竹とんぼはまだ落ちそうに無い。

 もしかしたらそれは、あの頃からずっと飛び続けているのかもしれない。

 

 ――― いつかから続く、空で。

 

 

 

 〔劇終〕

 

 
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