No.531061 遥か彼方、蒼天の向こうへ-真†魏伝-第二章・十五話月千一夜さん 2013-01-13 00:44:19 投稿 / 全20ページ 総閲覧数:6090 閲覧ユーザー数:4965 |
「蘭っ!!」
叫び声が響いた
開戦の、まさにその瞬間
彼女は・・・紫苑は、そう叫ばずにはいられなかった
その拳を、血が滲むまでに握り締め
彼女は、叫んでいたのだ
その隣
桔梗は、そんな彼女の肩を掴み言葉を吐き出した
「紫苑っ!
落ち着けっ!
今は・・・眼前の敵に、集中するんじゃ!!」
「桔梗っ・・・!」
桔梗の言葉
紫苑は悔しそうに、或いは悲しそうに表情を歪め
やがて、静かに頷いた
それから、傍に置いてあった弓を取った
「戦いましょう・・・桔梗」
「うむ」
それから彼女は、その弓を構える
その視線の先
紅の髪の、青年を見据えながら・・・
「蘭・・・」
白帝城の戦いは、こうして始まったのだ・・・
≪遥か彼方、蒼天の向こうへ-真・魏伝-≫
第二章 十五話【白帝城の戦い】
ーーー†ーーー
「連弩、斉射用意っ!!」
朱里の号令と共に、集まった兵たちは一斉に連弩の狙いを定める
同時に、城壁の下では投石器の準備も始められる
不測の事態
緊急事態
しかし、それでも尚・・・朱里の行動は早かった
彼女は焦る自身の心を静め、瞬時に思考を切り替えたのだ
その顔は、まさに“軍師の顔”である
急ぎ兵を準備すると、この城に備えられた迎撃用の兵器を準備させた
その間にも近づいてくる敵
彼女は焦りを隠し、必死に準備を進めていく
「朱里よ、我らはどうすれば?」
「愛紗さん達は、城門の前に兵を集めておいてください
いざという時は、此方から打って出ることもあり得ますので」
“ですが”と、朱里
彼女は、そのまま迫りくる敵を見つめた
「まずは・・・敵を城門に張り付けさせない様、最善を尽くしてみます」
「うむ・・・わかった」
朱里の言葉
愛紗は力強く頷き、其の場から足早に離れていった
その背を見送り、朱里は深く息を吐き出した
彼女の手は・・・小さく、震えていた
「朱里ちゃん・・・」
そんな彼女の側
歩み寄るのは、彼女の主でもある桃香だ
彼女は不安げな表情もそのままに、その手をとった
「大丈夫・・・?」
「桃香様・・・はい、大丈夫です」
“私は、軍師ですから”と、彼女は笑った
しかし、その笑みが無理して作られたものだということに
恐らくは、誰でも気づけただろう
だがしかし、それでも暗い表情をしているよりはマシだったろう
故に、桃香もまた無理をして笑うのだった
「桃香様・・・まだ、このようなところにいたのですか」
「紫苑さん・・・」
ふと、2人に歩み寄ってきたのは紫苑である
そのすぐ後ろには、桔梗の姿もあった
「ここは危険です
相手に呉蘭がいるとなれば、桃香様が狙い撃ちされる可能性もあります
早く下がってください」
「紫苑さん、けど・・・」
「なに、此方は我々にお任せいただければいいのです
桃香様は、早く下に
この城壁の上はもはや、何処よりもはやく戦場と化しております」
二人の言葉
桃香は未だ納得していないのか、複雑そうに表情を歪め
やがて、ゆっくりと頷くのだった
「皆・・・気をつけてね」
「「「御意」」」
そして、彼女は城壁から降りていく
桔梗と紫苑はそれからすぐに、朱里の方に視線をうつした
「朱里よ
我らはどうする?」
「桔梗さんは、城壁の上で指揮を
紫苑さんは、すいませんが私の側にいてください」
「了解した」
「わかったわ」
ニッと笑い、駆けて行く桔梗
残った紫苑は、朱里の隣に立ち弓を構えた
遠かったはずの敵が、もうすぐ其処まで迫っていたからだ
“やはり、早い”と、朱里は表情を歪める
同時に、兵士の動揺の大きさに焦りを感じた
迫りくる兵士
その姿が、あまりに恐ろしかったからだ
方や、紅の炎に身を包み
方や、青き稲妻をその身に宿し
それは大凡、この世の光景とは思えなかった
「これが・・・蘇った、劉璋軍の力」
「恐ろしいわね・・・」
近づいてくる恐怖
しかし、それでも負けるわけにはいかない
朱里は覚悟を決め、その手を天高く掲げた
「皆さん、いきます!!
連弩隊・・・斉射!!!!!」
小さな軍師の号令
同時に、夜空を覆い隠すほどの矢が
一気に、降り注いだのだった
ーーー†ーーー
「はっはぁ!
おいおいおい、やるじゃねぇかっ!!」
降り注ぐ、幾千・・・いや、幾万もの矢
もはや“雨”のように降り注ぐ矢を見つめ、呉蘭は無邪気に笑っていた
隣にいる、雷銅も同じように笑っている
「流石は、天下の臥龍様ってか?
スゴイモン造るよなぁ」
「感心しますなぁ」
と、2人は“談笑”しているのだ
場違いにも程がある
「しかし、ちっと厄介かねぇ?」
「それは勿論、厄介でしょうなぁ」
“御覧なさい”と、雷銅
彼の見つめる先には、降り注ぐ矢に耐えかねて倒れていく兵士の姿が見えた
流石の彼らの兵も、どうやらあの矢の数には耐えられないようだ
そんな光景を眺め、呉蘭は“あちゃ~”と苦笑する
「ま、あれか
いくら普通の兵士よりも打たれ強くなってるからって、“不死身ってわけじゃないしな”
あんな矢を受けたら、そら死ぬよな」
「それはそれは、まぁ当然の話ですな」
“しゃ~ないか”と、呉蘭
彼は溜め息をついた後、雷銅を見つめ笑う
「雷、いっちょ頼む」
「お任せください」
言って、嗤う雷銅
彼はそれから、自身の体を・・・青き雷で包み込んだ
そして、次の瞬間
「私が、一つ“戦い”というモノを教えて参りましょう」
彼は、驚くべきスピードで駆け出していったのだ
ーーー†ーーー
「っ、紫苑さんっ!!」
「ええ、わかっているわ!!」
その瞬間、城壁上の空気は一変した
連弩により、敵の攻勢は上手く防いでいた
それこそ、このままならばなんとかなるのではないかと
そう思ってしまうほどに
しかし、そんな考えは一瞬にして消されてしまった
凄まじい速度
そして、凄まじい程の殺気を身に纏い
駆けてくる男の姿に、だ
“雷銅”
その姿に気付き、紫苑は狙いを雷銅に定める
同時に、朱里は城壁にいた弓兵にも雷同を狙わせた
だが・・・
「ぐぁ!!?」
「ぎゃっ!!?」
その弓兵たちが、次々と倒れだしたのだ
慌てて彼女が見つめると、倒れた兵の頭には矢が刺さっていた
その矢は、赤き“炎”に変わり・・・矢が刺さっていた兵の体を、一瞬にして炎で包み込んだ
「こ、これは・・・っ!」
信じられない光景
しかし、朱里は確信する
これが・・・呉蘭の力なのだ、と
そんな彼女の隣
紫苑は、雷銅に対し集中していた
「ふっ・・・!」
やがて、放たれた矢
しかしその矢は、雷銅に当たるその直前
“バチン”と音をたて、消えた
「なっ・・・!?」
その光景に、驚く紫苑
彼女はすぐに、次の矢を放つ
しかし、結果は同じであった
「ほっほ、無駄ですな
私の纏う雷は、雑兵とは比べ物になりませんぞ」
ニヤリと笑い、雷銅はその足を止める
もう城門は、彼のすぐ目の前だったのだ
彼は、たった一人で此処まで駆けて来たのだ
「さてさて、申し訳ありませんが・・・此処を、通してもらいましょう」
言って、彼は右手を前に翳す
その手に、凄まじいまでの雷を纏いながら
「ま、不味いです!!」
朱里はその姿を見て、瞬時に悟った
この男が、いったい何をしようとしているのか
故に、叫んだのだ
「このままでは、城門が破壊されてしまいます!!」
「させないわっ!!」
朱里の叫びと同時に、紫苑は弓を放つ
しかしやはり、彼には“届かない”
“このままでは、マズイ”と
紫苑は、焦り息を呑んだ
「全く、何をやっているのだお前らは」
不意に、そんな彼女の隣
“誰”かが、通り抜けていった
「仕方ない・・・私に任せろ」
そして、その声の主は颯爽と
それこそ“少し出かける”とでもいうほどに軽く
城壁から、飛び降りていったのだ
「っ・・・!」
その突然の登場に、雷銅ですら驚いていたほどだ
城壁から飛び降りた彼女は、彼の前に見事に着地し
そして、笑った
「うむ・・・やはり敵は見下ろすよりも、こうして見据える方が私の性に合っている」
「貴女は・・・?」
雷銅の言葉
ようやく出た言葉
それに対し彼女は、持っていた斧を構え言い放った
「我が名は華雄
さぁ死兵よ、存分に相手をしてやろうっ!」
ーーー†ーーー
「これは、いったい・・・」
“どういうことなの?”と、紫苑が呟くよりも先に
彼女は、すぐ傍に誰かの気配を感じた
その気配を追って、うつした視線の先
其処には、弓を背負い歩く祭の姿があった
「やれやれ
あ奴め・・・いきなり飛び込んでいきおって」
溜め息混じりに、彼女は呟いた
それから、紫苑の隣に立ち・・・笑う
「助太刀に来たぞ」
「黄蓋殿・・・」
戸惑う紫苑
それは、朱里も同じであった
そんな二人の様子に苦笑しつつ、祭は背負っていた弓を持ち構える
「なに、家族の疑いを晴らす為じゃ
それ以上の理由はない」
言って、彼女は矢を放った
その矢は、迫りくる炎を纏った兵に当たる
それを見届け、彼女はニッと笑って見せた
「下は、夕に任せるんじゃ
そして、儂らは迫る敵兵に対処する・・・いかがかな、軍師殿?」
祭の言葉
朱里は一瞬“はっ”となった後
力強く、頷いて見せた
「信じます・・・お願いします、黄蓋さんっ!」
「うむ、任せるがよい」
そう言って、祭はまた笑った
そこでようやく、紫苑も我にかえり
祭の隣、並ぶように弓を構えるのだった
「ありがとうございます」
「なに、気にするな
今は・・・眼前の敵を、共に討ち果たそうぞっ!」
放たれる矢
祭と紫苑の二人が放つ矢
その矢は、確実に迫りくる脅威を打ち払っていった
ーーー†ーーー
「これはこれは・・・私としたことが、戸惑ってしまいましたよ」
城門の前
対峙する、夕と雷銅
そんな中、雷銅は額に手をやりそう言った
それから腰に差してあった“短戟”を抜き笑う
「それにしても・・・死兵とは、随分な言いようですなぁ」
「違うのか?」
夕の言葉
雷銅は、“これはこれは”とまた笑う
「違いませんな
ええ、まったくもってその通りです」
“故に”と、彼は三度笑う
その短戟は、身に纏った雷撃の所為か・・・一回りも二回りも、大きく見えた
「私は、負けません」
この言葉に、夕はしばし黙ってしまう
そのまま、流れていく時間
やがて、ようやく口を開いた時
「言ったな?」
彼女も、また・・・“笑っていた”
握り締める斧を構え
その全身から、凄まじい程の氣を発し
彼女は、武人“華雄”は
笑っていたのだ
「これはこれは・・・まさか、この私が“身震い”してしまう程の氣を放つとは」
雷銅は、驚いてしまう
目の前にいる、一人の武人の放つ“オーラ”に
身震いしてしまっていたのだ
しかし、これは“怯え”からくるものではない
これは・・・
「まさかこの私が・・・“喜び”のあまり震えてしまうなど
いやはや、生き返ってみるものですなぁ」
“狂喜”
全身が、それこそ細胞の一本一本までもが
喜びのあまり、震えているのだ
それはもはや、“感動”と言ってもよかった
「これは、中々・・・楽しめそうですな」
「それは、此方の台詞だな」
二人はそう言うと、クッと笑った
それが、“合図”
次の瞬間には、二人の距離は一気に縮まり
「ふんっ!!!!」
「はぁっ!!!!」
その互いの刃は
激しく、ぶつかっていたのだった
ーーー†ーーー
「なんだ、この・・・城門の向こう側から漂ってくる“氣”は?」
白帝城
城門の前に兵を集め、出撃の準備をしていた愛紗
そんな彼女の動きが、知らずのうちに止まっていた
その原因は他でもない、目の前にある城門の向こう側
そこから漂ってくる、凄まじいまでの“氣”のせいである
それは、歴戦の猛者である彼女をもってして
その額に冷や汗を滲ませる程であった
「向こうの方も、戦いが始まっているみたいですよ」
ふと、聴こえた声
愛紗は視線をうつし、少しだけ眉を顰め言葉を吐き出す
「貴様・・・張勲
何故、ここにいる?」
其処にいたのは、七乃と美羽であった
二人はそれぞれ武器を携え、ゆっくりと愛紗のもとへと歩み寄った
「何故って・・・手伝いに来たんですよ♪」
“ね、お嬢様?”と、七乃
それに対し、美羽は“うむ”と元気よく頷いた
「妾たちが頑張って、一刀の・・・家族の疑いを晴らすのじゃっ!」
そう言って、彼女は笑った
愛紗はその言葉に、若干の戸惑いを覚え
やがて、呆れたように溜め息を吐き出すのだった
「好きにしろ・・・ただ、邪魔だけはするなよ」
と、愛紗は苦笑する
まだ、彼女達が味方だとは思っていない
予言が正しいのならば、彼女達は間違いなく彼女達“蜀”の敵である
しかし、だ
“家族の疑いを晴らす為”
それだけの理由の為に、笑顔で命をかけた戦場に立つ
そんな彼女達に、少なくとも“好感”だけはもてた
「いつ出るかわからん・・・準備だけはしておくのだぞ」
「う~ん
それなんですけどねぇ・・・」
愛紗の言葉
七乃は腕を組み、困ったように表情を歪めている
「どうかしたのか?」
「いえ、ちょっと
これは私の予想というか、“勘”のようなものなんですけど」
愛紗に聞かれ、やはり困ったように続ける七乃
彼女はゆっくりと
それから、言葉を選ぶよう
やがて、こう言ったのだ
「これは多分・・・まだ、ただの“様子見”でしかないと思うんです」
ーーー†ーーー
「これはこれは・・・」
“バチバチ”と、獰猛な音を響かせ
雷銅は、フッとその視線を遥か後方・・・自身の軍がいる方へと向ける
その軍が
赤と蒼の二軍が
一斉に、“退いているのだ”
「もう、そのような時間でしたか」
そんな光景を見つめ、雷銅は“やれやれ”と溜め息をついていた
「なんだ、逃げるのか?」
と、そんな彼の前
戦斧を構えた夕は、ニヤリと笑いそう言うのだ
その衣服は所々が焦げたり千切れたりしていたが、それでも尚その表情には“疲れ”は見えない
「私としても、貴女との時間は非常に楽しい
しかしなんとまぁ、時間とは“非情”ですなぁ」
“しかし、仕方ありません”と、彼は笑う
それから、彼女を指さした
「続きは、また明日の夜にでも
今日は、これにておさらばいたします」
「逃がすとでも、思っているのか?」
「思ってはいませんが
しかししかし、“逃げ切れる自信はありますよ?”」
・・・瞬間
辺りを、凄まじい程の“光”が襲い掛かった
雷銅が身に纏っていた雷
その光が、突如として“弾けたのだ”
「くっ!!?」
“しまった”と、彼女が思った時にはもう遅い
視界からようやく光が消えた時にはもう、雷銅の姿はそこにはなかったからだ・・・
ーーー†ーーー
「敵が・・・退いていく?」
思わず、零れ出る言葉
朱里は戸惑いを隠せないでいた
しかしその“撤退の意味”を理解した瞬間、彼女の表情は一変する
「そういう、ことですか・・・!」
「朱里ちゃん・・・?」
朱里の言葉
紫苑は、弓をおろし視線を向ける
その視線の先にいる少女は、悔しそうに表情を歪めていたのだ
「これは・・・ただの、様子見だったんです!」
「様子見?」
“ええ”と、朱里は頷く
「戦いはまだ・・・始まっていなかったんです!!」
“始まっていない”
その言葉の意味を理解したのか
紫苑は、息を呑んでいた
“そういうことだったのか”と
彼女は、知らずのうちに自身の額に手をやっていた
「そんな、それじゃぁ・・・」
「私たちはこの城にある兵器を晒し、その戦力も図られた
対して向こうは、はなから様子見のつもりだった
つまり・・・“本来の戦力は温存しているはずです”
本当の戦いは、この後だったんです」
“圧倒的・・・不利”
紫苑は、よろけてしまいそうな体をなんとかおさえる
それから、吐き出すように小さな声で言う
「このままでは・・・」
「マズイ、じゃろうな」
と、紫苑の言葉
その合間に、祭が声を挟んでくる
幾人もの敵めがけ矢を放っていたのであろう
その全身は、汗だくである
「しかし、嘆いてばかりはおれん
今はひとまず、次の攻勢に備えなくてはならん」
“違うか?”と、祭
朱里は、ゆっくりと頷いていた
そんな彼女の隣
紫苑は、眼下に広がる戦場の向こう
劉璋軍のいるであろう方角を見つめていた
「蘭・・・貴方、“まさか”・・・・・・」
その呟きは
吹き抜けた風以外は、誰にも聴こえることもなく
静かに、流れていくのだった
ーーー†ーーー
「皆、大丈夫だった?」
玉座の間
桃香は、其の場に集まった臣下を見つめ
本当に心配そうに、そう言った
この言葉に対し、愛紗は首を縦に振る
「我々は、何ともありません
しかし・・・あの呉蘭の“矢”により、城壁上にいた兵士に多数の死傷者が出ております」
「ふぅ・・・厄介なものだな」
焔耶はそう言って、頭を掻いた
彼女の言うとおり
あの距離からの狙撃は、厄介としか言いようがなかった
流石は、“紫苑の技を受け継いだだけはあった”
「城門は、何とか無事でした
華雄さんが、雷銅さんを止めてくれたおかげですね」
続いての朱里の言葉
名を呼ばれた夕は、“ま、家族の為だ”と笑みを浮かべる
それから、“そういえば”と口を開く
「雷銅が、“続きは明日の夜”といっていたな」
「それはつまり、日中に攻撃はないと?」
“そういうことなのでしょうか?”と、朱里
これに対し、桔梗は腕を組んだままで声を出す
「雷銅が言ったのならば、間違いはないでしょうな
あ奴は、ああ見えて中々の“武人”ですからな
約束を反故になど、せんでしょうよ」
「そうですか」
桔梗の言葉
朱里は、その視線を桃香に移した
「ならば、それまでに現状を打開する方法を見つけないと」
「そう、だね」
“うん”と、桃香
この言葉を聞き、朱里は視線を集まった皆に向けた
「さきの戦・・・というよりも、向こうからしたら“戦ですらなかったのですが”
まぁ、いいでしょう
その戦で、此方は向こうに“現在の戦力”を知られてしまいました
おまけに城壁上の多くの兵に死傷者が出るという事態
対して向こうの戦力は未だに健在」
朱里の言葉
ゴクリと、誰かが息を呑んでいた
そんな空気の中
“しかし”と、朱里は力いっぱいに声を出す
「こちらもまた、向こうの情報を知ることができました
まず、あの恐ろしい兵たちは“不死身ではありません”
炎や雷を身に纏ってはいますが、“打ち倒すことは出来ます”
それがわかっただけでも、幾分か兵たちの恐怖心は薄れるでしょう」
「うむ、そうだな」
頷くのは愛紗である
その隣、“それなら、鈴々も恐くないのだ”と鈴々は笑っていた
他の者も、僅かだが笑みを浮かべている
“そこで”と
朱里は、そんな中・・・真剣な表情で、こういうのだった
「ここであえて、私は・・・“城外での戦闘”という方法を取りたいと思います」
シンと、静まり返る玉座の間
朱里の発した言葉
それによって生み出された沈黙は、異様に重く感じた
「つまり・・・打って出ると?」
「はい」
ようやく、愛紗が絞り出した言葉
朱里は、間髪入れずに頷いていた
「まずは開戦と同時に、連弩と投石車による同時攻撃を行います
そして敵軍に“穴”が空いたら、こちらから出せる“限界の兵力”をもって突撃するんです」
「それだけ、なのか?」
「はい、それだけです
“それだけのことしか出来ないんです”」
そう言って、朱里は苦笑する
「今回と同じように籠城策をとったとしても、持ち堪えられるとは思えません
向こうは、今度は本気で攻めてくるみたいですから
それならば・・・」
「真っ向から、迎え撃とうと・・・そういうわけか」
「へ~、まぁそっちのがわかりやすくていいけどな」
翠は、そう言って笑う
つられて、他の者も笑っていた
“つきましては”と、朱里がそう言ったのはそれからすぐのこと
「黄蓋さん、華雄さん、張勲さん、袁術さん、それと王異さん
皆さんのお力も、お借りしたいのですが・・・」
この一言
真っ先に頷いたのは、華雄であった
「雷銅と決着をつけなければならないからな
喜んで力を貸そう」
「うむ、仕方ないのう」
「ま、困ったときはお互い様ですよ~」
「なんや、ウチもすっかり数に組み込まれとるんやなぁ」
「うむ、一刀の為に頑張るのじゃ!」
次いで、他の四人もすぐに賛同の意を示した
朱里は、安堵の息をつく
圧倒的不利なのには、変わりない
おまけに自分がとった作戦は、もはや“それしかない”という考えのもとでおこなわれる
最後の手段
しかし、負けるわけにはいかない
「天よ・・・私たちを、見守っていて下さい」
小さな軍師
その肩には、今やとてつもない程の重さの“何か”が圧し掛かっていた
そして、時は経ち・・・
ーーー†ーーー
「さてさて・・・呉蘭よ
“これはいったい、どういうことでしょうかな?”」
時は、僅かに流れ
あの最初の衝突から、一日たった
その日の夜
多くの兵たちの先頭
そこで、雷銅はそんなふうに言葉を発する
その隣
同じく兵を率いている呉蘭は、雷銅の言葉に対し笑みを浮かべていた
「さてなぁ・・・しかし、まぁ“面白いじゃねーか”」
“面白い”
そう言った、彼の見つめる先
“白帝城”
その城外・・・其処には、蜀の名だたる将軍たちとその軍が
呉蘭たちの軍を待ち受けるかのように揃っていた
「籠城戦をあえて捨て、真っ向勝負で挑むってか」
“いいじゃねぇか”と、彼はまた笑う
“ですな”と、雷銅も嗤っていた
「なら、こっちも本気でぶつかってやんないとな」
「そうですな
なら私は、さきの決着をつけにいきましょうかな」
決着
ならば、雷銅が狙うのは無論・・・華雄である
「蘭は、どのように?」
「俺か?」
“俺は・・・”と、彼が見つめる先
はためく旗
その旗を見つめ、彼はニヤリと笑みを浮かべる
「俺も、決着をつけてくるよ」
その瞳の中
“黄”と書かれた旗は、ユラリと揺れるのだった
ーーー†ーーー
「敵軍、動きましたっ!!」
「よし、我らも突撃の準備だ!!」
「御意!」
愛紗の号令のもと、皆が慌ただしく動き出した
それから、見つめる城壁の上
朱里が頷くのを見つめ、戦場へと視線を戻した
「敵軍、接近っ!」
「まだだ、まだ待つのだ!!」
迫りくる脅威
焦る兵を宥め、愛紗は武器を握り締める
「将軍、まだ・・・!!」
「まだだっ!!」
兵士の言葉
愛紗は、自慢の青龍偃月刀を構え叫んだ
その、直後
「連弩隊・・・今ですっ!!」
城壁の上
響いた、軍師の声
同時に、空からは“矢の雨が降り注いだ”
そしてさらに、敵陣めがけ“石”が弾け飛ぶ
“今だ”と、愛紗は青龍偃月刀を掲げ叫んだ
「行くぞ!!
全軍、突撃っっ!!!!!」
駆けだす愛紗
その背後を、皆が一斉に追う
目指すのは、呉蘭と雷銅・・・二人の大将
やがて、二つの軍は
凄まじい勢いをもって衝突した
ーーー†ーーー
「雷銅っ!!
何処にいるっ!!」
叫び、一閃
幾人もの兵を切り裂き、夕は叫んだ
目指すのは、無論雷銅のもとである
そんな彼女の叫びに応えるように
彼女のすぐ傍に、幾つもの落雷が降り注いだ
「くっ・・・!?」
「これはこれは
華雄殿・・・さっそく私を探してくれるとは」
“嬉しいですなぁ”と
其処に現れた雷銅は、不敵に笑う
「当たり前だ
中途半端なままだったからな」
「ええ、そうでしたねぇ」
“だから、私も急ぎましたよ”と、雷銅
そんな彼を真っ直ぐに見据え、夕は静かに武器を構えた
「ならば、さっそく始めるか?」
「ええ、そうしましょう」
彼女に対峙し、雷銅もまた武器を構えた
二人とも、笑っている
一方は戦斧を
もう一方は短戟を
お互いに、構えながら
無邪気に、獰猛に、ただ笑っているのだ
「さぁ、いくぞ!
私が、貴様を地獄に送り返してやろうっ!!」
「その大言!!
この私の雷を乗り越えてから言うのですなっ!!」
そして、次の瞬間
その一帯に、幾つもの落雷が降り注いだのだった
ーーー†ーーー
「お~、雷の奴
随分と派手にやるなぁ」
“元気だねぇ”と
そう言ったのは呉蘭だった
彼は弓を片手に、戦場をまるで“散歩”するかのように歩いていく
「敵将、覚悟っ!!」
「んっ・・・?」
そんな彼
はたから見れば、かなり格好の的であり
隙だらけな“獲物”である
が、しかし・・・
「役不足だ・・・燃えな」
「え・・・ひぐぁっ!?」
そんな彼に、襲い掛かった兵士は皆
無残にも、残酷にも
一瞬にして、消し炭にされていった
「上手に焼けました、ってね」
言って、彼は笑う
それから、真っ直ぐに前を見据えた
「ついでに、アンタらも役不足だ
悪いが、そこを通してくれないか?」
「断る」
彼の目の前
其処にいたのは、翠と蒲公英
そして、愛紗の三人だ
彼女達は呉蘭の前に立ちはだかり、各々の武器を構えていた
「アイツらみたいに、なりたくないだろ?」
「へっ・・・そう簡単に勝てるとでも、そう思ってんのか?」
翠はそう言って笑う
そんな彼女の言葉に、呉蘭は“やれやれ”と頭を掻いた
「気の強い女は嫌いじゃないんだが・・・残念ながら、俺が殺り合いたいのはアンタらじゃないんだよ」
「ならば、いったい・・・」
愛紗の言葉
彼女の言葉が、最後まで紡がれることはなかった
それは、彼女の肩
そこに触れた手が、その言葉を止めたからだ
「し、紫苑・・・?」
愛紗の肩
そこにのっていた手は、紫苑の手だったのだ
彼女は愛紗に微笑みかけると、スッと前にでる
そして・・・真っ直ぐと、呉蘭を見据えたのだ
「待たせたわね、蘭・・・いえ、呉蘭」
「待ったよ、紫苑・・・いや、黄忠」
呉蘭は、笑っていた
だがしかし、その笑みを見つめた皆は思う
“恐ろしい”と
それほどまでに、その笑みには深い“闇”が見えたのだ
「この時を、どれほど待っていたか
なぁ黄忠、アンタわかるか?」
そして、彼はそのまま弓を構える
その体を、“赤き炎”が包み込んだ
「さぁ、殺し合おう・・・黄忠っ!!」
「っ!?」
瞬間
彼の体から、恐ろしいまでの殺気が放たれ
辺りを、覆っていく
“勝てない”
誰よりも早く、そう“悟った”のは愛紗だ
「紫苑、一人では無理だっ!!」
「おいおいおいおい、邪魔すんなよ?
これは、俺と黄忠の問題だ
それに・・・アンタらは、ここでボ~ッと突っ立てる暇なんてないんじゃねーのか?」
「くっ・・・」
呉蘭の言うとおりだった
昨日の一戦
それで、少しは兵たちの恐怖は和らいだと思った
しかし実際には、そうではなかったのだ
やはりいざ目の前で戦ってみると、その身に雷や炎を身に纏った兵士など“恐怖”するしかなく
未だに、大きな“脅威”であることに変わりはない
故に・・・“不利”なのだ
「アンタら将軍たちは、どうやら善戦してるみたいだけどよ
だが、兵士たちはあんまし使い物になってないみたいだな?
それなのに、俺一人に幾人もの将軍がつくのは・・・」
“マズイんじゃねぇのかよ?”と、彼は嗤う
彼の言うとおりだ
しかし、紫苑を一人にしたら・・・
「愛紗ちゃん・・・行って」
「しかし、紫苑・・・っ!」
“殺されるぞ”と、愛紗はその言葉を呑み込んだ
それから、グッと拳を握り締める
「ぁ・・・」
その隣
不意に、そう零したのは蒲公英であった
気になって翠が見つめると
蒲公英は、心底間の抜けた顔をしていたのである
「蒲公英?
お前、こんな時にどうしたんだよ?」
「ね、姉さま・・・あ、あれ」
翠の言葉
彼女は震える声もそのままに、ゆっくりと指をさす
その、指の先
「と、“飛んでる”・・・」
皆の視線が集まり
そして・・・言葉を失っていた
蒲公英の言葉
“飛んでる”という、この一言
それはまさに、そのまんまの・・・その通りの、“光景”であった
遥か後方
未だ数多くの劉璋軍がひしめく、その方角
その辺り一帯の兵が
次々と、“空を舞っているのである”
「お、おいおいおい
なんなんだよ、ありゃぁ・・・」
その光景に、呉蘭もまた驚いていた
が、すぐに納得したかのように頷く
「あ~、そういやいたっけか
アンタらんとこには、“あんな常識はずれなこともやってのける”
そんな・・・“規格外の人物”がよぉ」
呉蘭の言葉
愛紗は、ハッと顔をあげる
それから、未だに数多くの兵が空を舞う方向を見つめ言った
「そうか・・・戻ってきたかのか」
“恋っ!!”
ーーー†ーーー
「邪魔・・・」
一言
たった一言
それだけ発した瞬間、彼女の周りの兵は皆・・・宙を舞っていた
呂布奉先
かの黄巾の乱において、幾万もの大軍をたった一人で滅ぼしたという
“武神”
彼女からすれば、いかに炎や雷を身に纏っていようとも
それは所詮、“それだけでしかない”
倒すべき敵に変わりはなく
また、穿つべき障害に他ならなかった
故に、彼女は矛を振るう
その武でもって、全ての障害を屠る為に
「しっかし、参ったなこりゃ」
そんな彼女の後ろ
白蓮は剣を振るい、苦笑いをひとつ
「せっかく白帝城に着いたってのに
まさか、こんなことになってるなんて」
“こんなこと”
白蓮のこの言葉に、同じく剣を振るっていた猪々子は笑っていた
「そうだよな
まさか、こんな“楽しいこと”になってたなんてな♪」
「文ちゃん・・・ちっとも笑えないんだけど」
対して、斗詩は疲れたようにそう言っていた
反応は人それぞれであるが、しかし猪々子の感覚はどこかずれている
そう思い、白蓮は深い溜め息をついた
数分前
ほんの数分前のことだった
彼女達が、ここ・・・白帝城に辿り着いたのは
散々森の中を迷った挙句、ようやくたどり着いた目的地
しかしそこで彼女達を待っていたのは、白帝城を襲う劉璋軍であった
その存在を確認した直後、恋はたった一人で突っ込んでいったのだ
一方白蓮たちはというと、ひとまず怪我を負った星
戦えない雛里と麗羽と音々に、未だに目を覚まさない一刀を連れ隠れるよう伝え
それから、三人は恋の後を追うべく敵に突っ込んだのである
しかし・・・
「すごい数だな、オイっ!
しかも、なんか燃えてたりするし!!」
その数は、やはり多く
また兵の能力も容易に倒せるものではなく
中々、前に進めない
唯、一人・・・
「恋、先に行く・・・」
恋を除いて、だ
彼女はまさに“天下無双”と言われるほどの武をもって
“強引に道を作っていく”
やはり、彼女の存在は“別格”である
ともあれ・・・
「これで、他の奴らの士気も上がるだろ」
白蓮は小さく呟き、剣を振るった
見つめる先
白帝城にいるであろう、仲間たちの身を気遣いながら・・・
「皆・・・無事でいろよっ」
ーーー†ーーー
「あれは、まさか・・・恋さん」
宙を舞っていく敵の姿
その光景は、城壁の上からでも確認することが出来た
朱里はそれを見つめ、すぐにその中心にいる人物の名を叫んでいた
「りょ、呂布将軍だ!!
呂布将軍が来てくれたぞっ!!」
「おぉ!
これで、恐いものはない!!」
士気が、上がる
先ほどまでの恐怖は、皆の中から消し飛んでいた
それほどの武が、今自分達を救うべく此方に向って突き進んでいる
これほど頼もしいことはない
「これなら、或いは・・・」
“不利”だった状況
それが、一変する
そう確信し、朱里は強く拳を握った
「朱里ちゃんっ!!」
そんな彼女の耳
響いた声は、聞き覚えのある・・・彼女の主君である、桃香の声だった
「桃香様!?
どうしてここに!?」
「その、やっぱり皆が心配で・・・それより、恋ちゃんが来たの!?」
“呂布将軍が来たって、皆が言ってたから”
そう言って、桃香は城壁から眼下に広がる戦場を眺め
そして、声をあげた
「本当だ・・・あんなの、恋ちゃんにしか出来ないよね」
「はい
そ、それよりも桃香様!
ここは危険ですから、早く降りてください!!」
朱里の言葉
桃香は、“けど”と表情を歪める
「やっぱり、皆が戦ってるのに私一人が隠れてるなんて
そんなの嫌だよ!」
「桃香様・・・」
“優しさ”
三国の君主の中で、彼女が最も抜きん出ているものをあげるとしたら
やはり、それが一番に思い浮かぶ
武才はなく、知も他の二国の君主に及ばない彼女が
一刻を治めるに至った、最たる力である
しかしそれ故に、彼女は“強く”もあり
そして、“弱く”もあった
それ故に、彼女は・・・劉玄徳は、酷く“不安定”な存在でもあるのだと
いつの日か
朱里は、そう思った時があった
「なん、で・・・」
朱里は、思う
何故自分は、いきなりそのようなことを思い出すのだろうか
そんな場合ではない、はずなのに
「朱里ちゃん・・・?」
「っ・・・すいません
少々、考え事を・・・していました」
“大丈夫?”と、桃香
彼女のそんな心配そうな声に、朱里は頷いた
「そ、それよりも!
桃香様、お願いですから早く下に・・・」
そう、言い掛けた時だった
彼女は、確かに見た
桃香の、その後方
眼下に広がる戦場
其処から飛んでくる・・・“光”
“炎”
「と、桃香さまっ!!!!」
「えっ・・・?」
それが、戦場より放たれた“矢”だと気付いた時
その時には既に、矢は桃香のすぐ傍まで迫っていた・・・
ーーー†ーーー
「おいおいおいおいおい・・・やべぇんじゃねーの、コレ」
呉蘭は、そう言ってダルそうに溜め息をついた
戦場には、相変わらず兵士が宙を舞うという奇妙な光景が広がっていた
「呂布将軍が来てくれたぞーーー!!!!」
「やーれやれ」
蜀兵の声に、やはり呉蘭はダルそうに溜め息をつく
そんな彼をみつめ、声をかける人物が一人いた
紫苑である
「形成逆転ね」
「黄忠・・・」
彼女はそう言って、呉蘭に対し弓を構える
たいして、彼はその表情を変えない
「まだ、戦うの・・・?」
「その為に、“生き返ったからな”」
呉蘭の言葉
紫苑は、“なら”と表情を強張らせる
「私はまた、貴方を殺します」
「お~、こわ」
“おっかないねぇ”と、彼は弓を構える
しかし、狙うのは紫苑ではない
「しっかし、形成逆転とはよく言ったもんだよ
見事に、引っくり返っちまった
けど、こっちにもまだ引っくり返す手は残ってるんだよね」
「何を・・・」
言って、紫苑が見つめる先
彼が狙っている方向
其処には、見覚えのある人影が見えた
「ま~さか、こんな時にノコノコ出てきてくれるなんてなぁ」
そして彼女は・・・絶句した
「まさかっ・・・!」
「そのまさか、だ」
紫苑の言葉
それを掻き消すかのように、何かが“風を切って飛んでいった”
それが呉蘭の放った矢だということに気付いた紫苑は、慌てて弓を構える
が、しかし・・・
「っ・・・!」
彼女は、すぐに弓を落としてしまうことになる
その手には、何かが当たったような痕があった
「まさか弓を射るのと同時に・・・石を蹴って・・・・・・!」
「大正解」
そう
彼は弓を放った、まさにその瞬間
黄忠の手をめがけ、地面に落ちていた石を蹴り飛ばしたのだ
「さぁ、そんじゃ状況を引っくり返そうか
“アンタらの王様を射抜くことによってな”」
この言葉
これで、ようやくその場にいた者全員が理解することが出来た
彼が放った矢
それが、何処に飛んでいったのか・・・
「桃香様・・・っ!!!!!!!」
騒然とする戦場
愛紗の悲痛な叫び声が、無情にも響き渡った
誰もが覚悟した
誰もが絶望した
その矢が
その、“赤き矢”が齎すであろう
その、結末に
故に
それ故に、だ
誰一人として、“その展開”に対し
反応することが出来ないでいたのだ
「お、おいおいおいおいおいおい・・・おい」
それは、その赤き矢を放った本人
呉蘭もまた、例外ではなかった
彼は間の抜けた顔のまま、驚きのあまり声を大にして叫んでいた
「なんで、“俺の矢が当たってねぇんだよ”!!」
彼の言葉の通り
彼が狙ったはずの桃香は、無事だった
あの黄忠より技を授かった、まさに百発百中の腕を持つ彼が
彼女を、仕留め損なったのである
いったい何故?
慌てて彼が見つめる先
常人よりもはるかに遠くを見通せる、その彼の瞳が
その答えを、映しだした
「矢が・・・“二本”ある?」
城壁の上
桃香の、その背後に立っていた旗
そこに、二本の矢が刺さっていたのだ
一本は、赤き火がチリチリと燻ぶっている
恐らくは、それが呉蘭の矢であろう
ならば、もう一本は・・・
「まさか・・・俺の矢を、“弾いたのか”」
飛んでいく、呉蘭の矢
それを弾き、その軌道をずらす
それしかない、と呉蘭は表情を歪める
しかし・・・
「誰が、そのようなことを・・・」
その疑問は、紫苑も同じであった
彼女も確かに、その方法をとろうとした
しかし、それは呉蘭に阻止された
故に、やったのは彼女ではない
ならば、いったい誰がやったのか?
「や~れやれ、危機一髪じゃったのう」
そんな中、彼女達の前に現れたのは祭であった
紫苑は“まさか”と、表情を歪める
が、そんな彼女の心中を察してか
祭は、“残念ながら”と苦笑する
「あれは、儂ではない
無論儂も出来るじゃろうが、な」
「そ、そんな・・・」
“ならば、誰が・・・”と、紫苑
対して、祭は楽しそうに笑う
「一人・・・心当たりはあるがのう」
「っ!」
視線が、祭に集まった
彼女はそのことに気付いてか、ワザと焦らす様
ゆっくりと、言葉を紡いでいく
「儂らと同等の実力を持った、“ある人物”の技を
いや・・・“記憶”を受け継いだ、一人の男がいる」
「それは・・・どういうことなの?」
紫苑は、戸惑っていた
しかし、その向かい側
呉蘭は、違っていた
「おいおい、まさか・・・」
「その、まさかじゃ」
ニヤリと、笑った祭
その祭が見つめるのは、遥か後方
未だ劉璋軍がひしめく、その方角
其方を見つめたまま、彼女はその“名”を呟く
この戦いの
そして、この国の運命を背負った
あの、“青年”の名を・・・
「心配かけさせおって・・・“一刀”」
ーーー†ーーー
其処は、白帝城よりもまだ遠い
劉璋軍の背後である
其処に立つ、一人の青年がいた
茶色がかった長い髪を風に揺らし
日の光を浴びてキラキラと輝く、白き衣服を身に纏った青年だ
鄧艾、士載
またの名を・・・一刀である
彼は飛んでいった矢を眺め、安堵したように息をついた
「ぅっ・・・」
しかし、その直後のことである
呻き声をあげると同時に、自身の胸をおさえてしまったのだ
「鄧艾殿っ!」
そんな彼の体を支えるのは、星であった
彼女も怪我人ではあるが、しかし今の一刀よりは幾分かマシである
「目を覚ましたかと思ったら、いきなり矢を放って
挙句倒れそうになるとは・・・心配しましたぞ」
「ごめん・・・」
謝り、しかし彼は戦場を見つめることを止めない
そして、星の体を自身の体から離し
言うのだ
「けど、行かなくちゃ」
「鄧艾、殿?」
“行かなくちゃ”
そう言って彼は、再び弓を構える
「わかる、んだ
皆が・・・家族が、戦ってる」
家族
そう言って、彼は僅かに微笑んだ
その笑みに、星は不覚にも胸をおさえる
鼓動が、僅かだが早くなっている
そんな彼女だったが、すぐさま我に返ることになる
「しまった・・・!」
なんと、劉璋軍の一部が此方に向って来ているのである
恐らくは、先ほどの一刀の狙撃のせいだろう
「あ、あわわ
こっちに来てます!」
「ど、どうするのですか!?」
焦る、雛里と音々
そんな彼女を庇うよう、星は槍を構え立った
「どうするもこうするも、仕方ないだろう
迎え撃つしかあるまい」
“しかし・・・”と、彼女は息を呑む
自分は、未だ怪我のせいで満足には戦えない
一刀に至っては、毒のせいでフラフラである
だが、その彼女の不安を
「だいじょうぶ」
彼は、その弓をもって振り払った
聴こえてきた、彼の声
それと同時に、向って来ていた兵たちが次々と倒れていく
“馬鹿な”と、星は一刀を見た
一刀は、相変わらず毒のせいか時々ふらつき
その額からは、大量の“冷や汗”を流している
呼吸も、荒い
しかし、それでも
そんな状態でもなお
彼の瞳は・・・“何一つ変わっていない”
「約束、した
俺が、守るって」
「と、鄧艾殿」
“なんて人だ”と
星はそんな彼の姿に、眩暈さえおぼえた
そんな彼女の前
彼女を庇うよう立った彼は
静かに、弓を構える
「皆、助ける・・・!」
そして、“謳う”
「一矢一殺」
彼の、そのちっぽけな“記憶”
あの“約束の草原”の向こう
彼を待ち続けた、大切な人との約束を胸に
「我が、弓の前に・・・屍を、晒せ!!」
白帝城
最期の砦
其処に今・・・“白き光”が、輝きを放った
★あとがき★
どうも、こんばんわ
月千一夜です
さて、今回
いや、長くなりました
つ、疲れる
いよいよ、白帝城の戦いも佳境
主人公も登場で
加速する物語
次回に、ご期待ください
では、またお会いする日まで
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こんばんわ
二章十五話、更新です
今回は、いつもよりぎっしり
イラストは、下手でも勘弁してください
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