No.526403 嘘つき村の奇妙な日常(15)FALSEさん 2013-01-01 22:26:52 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:529 閲覧ユーザー数:526 |
ちりん。ちりん。
ベルを鳴らすクラウンを先頭に、フードを目深に被った集団が、農道の真ん中をゆっくり歩いていく。彼らは棺桶を二つ、手分けして抱えていた。
城塞形態を解いた嘘つき村の中、彼らは麦の穂が実る畑を突っ切って二体の亡骸を運んで
「んー! んー! んっんーっ!」
棺桶の一つがガタガタと音を立てながら揺れて、それを運ぶ村人達の足取りを大きくよろめかせる。一体は、亡骸ではなかった。
「押さえなさい……やれやれ、こんなにも騒がしい葬列なんて、初めてですよ」
さしものクラウンも公衆の面前ながら、うんざりとした様子で肩を竦めてみせる。
さらなる村人が棺桶に取り付いて、振動を押さえ込もうと試みた。数刻前からずっとこの調子である。
「食わせちまえば、問題はないとは思いますが……ま、ものは試しか。試食の意味合いもある」
村人達に顔を背け小声で呟くと、クラウンは再び葬列の先導に戻る。
クラウンが死体を引き取りに集落へ現れた頃にはすでに納棺が終わっていたので、彼はこいしの遺体を確認していない。ただ舞踏家からの伝聞で、ぬえの主張だけは聞いている。
――目に見えているものの全部が真実であるとは限らないわ。あなたの言葉が幸せな嘘なのか、それとも不幸せなペテンなのか、確かめさせて貰う――
なぜか彼の脳裏に、最初に三人の妖怪と会った時こいしが言った台詞が思い起こされた。クラウンの顔に緊張が宿り、皮膚が泡立っていく。
一際大きく、彼はベルをかき鳴らした。
彼の背後で、棺は未だ声を上げながら揺れ続ける。
「……あなたの考えていた通りですよ、こいしさん。この村は目に見えるもの全てが嘘っぱち、惚れ薬の力にものを言わせるだけの欺瞞に満ちた楽園です」
喧騒にかき消されるような小さな声で、彼は誰に聞かせるでもない独白を続ける。
「ですが、村の住人は本来妖怪の餌になるのを待つばかりだった遭難者が大半を占める。僕達の行為はそんな彼らに幸せな夢を見せてあげることであると、僕は考えています。それはいけないことでしょうか」
蔦に覆われた館が間近に迫ってくる。
「仲間が戻ってくる度、村人が増える度に惚れ薬は強さを増し、妖怪すらも従えられるようになった。今のところこれが僕達にとっての正義の証なのです。八人が揃った時に、素晴らしい何かが起こる。そう思わずにはいられないのです。あなたはその様を、地面の下から大人しく見守っていてください」
館の門がクラウンの帰りを待ち構えていたように、一人でに開いて彼と葬列を中へ導き入れた。庭園を通り、正面玄関に差し掛かったところでクラウンが踵を返し、葬列を作る村人達に告げる。
「皆さんお疲れ様です。いつものように地下墓所(カタコンベ)へ遺体を運び込んだら、サロンへとおいでください。ささやかな食事とワインを準備しておきますので」
クラウンは扉に手を触れると、そのままどういう原理か……粘土か水に身を沈めるように溶け込み、村人達の前から姿を消した。
「あそこにゃ、どうにも慣れねえ」
村人達は棺を担いだままで、館の脇にある小さな建屋に向かう。ぽっかりと開く暗い入り口を通ると、大人一人が両腕を広げても余裕がある程度の広さを持つ螺旋階段を彼らは下っていった。
クラウンが地下墓所と呼んだもの、それは建屋の地下に広がる広さ二十畳ほどの空間である。
不思議なことに墓所と呼ばれているにも関わらず、その地面がむき出しになった空間には一切の墓標も死体も存在しなかった。だが村人たちはその墓所に手慣れた動きで棺を運び込むと、空間の中央に棺を並べる。当然、その一つは依然騒ぎ続けている。
「急げ!」
村人達はなぜか顔を引きつらせ、棺から離れた。
「んー! んー! んー!」
棺を内側から蹴る音が聞こえる。村人の一人が、それを聞いて声を上げる。
「な、なあ。いいのか、あれ。まだ生きてるんじゃ」
「馬鹿、嘘つきのご命令だろうが!」
「で、でもよう」
男が足を止めた、その瞬間。
地面が大きく陥没した。
「ひいっ!」「んっんーっ!?」
階段から村人が男に手を伸ばすが、遅い。
逃げ遅れた男と棺桶の周囲の土が変形して、蛇のように絡みつく。腕へ、足へと容赦なく。
「助け、助けて……」
男の頭にも、土が襲いかかる。その上からさらに土が覆い被さって、男も棺桶も見えなくなった。
ばくん、と地面が閉じる。残ったのは剥き出しの土地と元の通りに墓標も死体もない空間だけである。
残された村人達が、地上に向けて手を合わせる。
「な、南無阿弥陀仏」
「悔やむこたあない。どうせ『戻って』くる」
「慣れねえよ、それでもよ……」
男達は足早に、墓所を後にした。その空間にもう一つだけ生じたある「変化」に気がつくこともなく。
§
最上階のテラスに、クラウンが現れる。
彼は室内を見回して、集まった嘘つきを数えた。椅子に座らされたフランドールを取り囲んで五人。彫像男は相変わらずテラスの端で固まっている。
「早起きは?」
「気になることがあるので、少し遅れてくるそうだ」
舞踏家がクラウンに告げる。
「ま……いいか。彼は賛同してくれると思うし」
「それで、相談というのは何だい。皆忙しいから、手早くまとめてくれると助かるんだが」
クラウンは顔を上げ、残る五人を視界に収めた。
「試しにフランドール君に、死んで貰うことにした」
「……根拠は?」
舞踏家がぼそりと、端的な疑問を口にする。
「条件を揃えるためさ。十年前に嘘つきに変わった僕達と、同じ領域に彼女にも来てもらうんだ」
「懐かしい話だよね」
しみじみと呟いたのはジャグラーである。
「思えばあの頃の僕達は、平和な暮らしにすっかり腑抜けた正直者だった。だから隙があったんだな。でなければあいつなんかに……」
「そう。何者かに惚れ薬を飲まされた僕が、全員を殺害してしまうなんてことは本来あってはならないことだった。完璧な油断だった」
「臆病!」
軽業師が、話に割り込んできたクラウンを咎める。
「まだ君はそんな事を言っているのか。いい加減に、自身をピエロと思い込むのは止めたまえ。いいかい、十年前僕達を殺して回ったピエロは、僕達の関係者以外にあり得ない。すなわち十年間に亘り死体すら見つかっていない『最も美しいあの子』でしか」
「止めろ」
大声ではないが強い口調で、クラウンが否定する。
「あの人はピエロの手で連れ去られたんだ。死体が見つからなくたって仕方がないだろう?」
「ピエロに魅入られた、か。なかなか詩的だね」
舞踏家が皮肉めいた言葉を漏らす。
「とにかく、僕達は人間を止めて嘘つきになった。八人目の嘘つきとして迎えるべき者には、一度元の枠組みを破って貰う必要があると僕は考える」
「馬鹿馬鹿しいね。村の運営も起動に乗ってきたというのに、どうしてそんなことに時間を使う必要が」
「僕は、やって見る価値があると思うな」
次に軽業師の言葉を遮ったのは、奇術師である。
「おいやめろ、物好き!」
「別にそこまでカリカリする必要はないだろう? 僕達の時間は十年前から止まりっぱなしさ。一人を殺すくらいの時間なんて、大した問題にもならない」
「そういうことなら、僕も賛成に回ろうかな」
続けて手を挙げたのがジャグラーだった。
「少年まで……」
「だってパーティーでしょ、これ? いい加減ワンパターンな村の生活にも退屈してきたところだし。宴は皆で楽しまなくちゃ」
「そんな気軽なものにされちゃ困るな。いいかい、人間ならともかく、吸血鬼だぞ? 簡単に死なないだろうし、人間以外のものを放り込んで何が起こるかも分からないときている」
クラウンが手を挙げる。
「その点は特に問題ない。さっき、イレギュラーを放り込んできた。すぐに結果が出る」
その言葉に一瞬だけフランドールの体が震えたが、六人の中でそれに気づく者はいなかった。
「前例ができるのなら、賛同してもいいかな」
「おいおい、気障まで……!」
舞踏家が平然とした様子で、軽業師に向けて首を傾げてみせる。
「僕は君が気負い過ぎに思えるよ、警報。この村を大きくするまでも、ずいぶん試行錯誤を繰り返したじゃないか。これもその中の一部分と思えばあまり大した問題だとは思えないね。それに」
にやけた笑みを浮かべながら、ジャグラーを見る。
「これ以上宴の仲間外れを作るのも、悪いしね」
「またその話は止めてよ、本当に」
視線がジャグラーから軽業師に移動する。
「そんなわけで、これで多数決的に過半数になった。警報もこれで納得してくれるかい」
「仕方ないな……」
軽業師は椅子に腰掛けると、両膝に立て肘を作り手を口の前で組み合わせた。
「確かに僕も警戒が過ぎるのかもしれない。ただ、嘘つきになった彼女がどんなえげつないものに変化しても、僕は責任を取らないぞ。真っ先に逃げる」
「決めポーズ作って口走る台詞とは思えんね」
舞踏家の言葉に対し、ジャグラーと奇術師が失笑を浮かべ、テラスに少し和やかな雰囲気が満ちる。
フランドールは変わらず無表情だった。
「無策の極みだな」
冷徹な声が飛んできた。五人が窓際を見る。依然彫像男がティーカップを睨み続けていた。
「経験に学ぶのは愚者のやることだ。彼女が死ねば嘘つきになること、八人が揃えば真の楽園に至れること、それらに対して何ら納得できる根拠がない」
「そう言って、また君は何もしないで済ます気か? あの時と同じように計画に乗らず孤立するのかい」
「勘違いして貰っては困る。今のように七人の中で意見が割れた時、僕は七番目の賛同者でありたいと心がけているだけさ。今回も僕には納得しきれない部分があるが、君達と、後は早起きが賛同するなら渋々ながら承知することにするよ」
「要は消極的賛成ってことでいいね?」
ぽん、と一つ手を打ってクラウンが微笑む。
「いいさ、早起きには後で話を聞いておく。それで全会一致だ。そんなわけでフランドール、ちょっと僕達に殺されてくれないか」
フランドールを見た。彼女は動かない。
「いや何、怖がる必要はない。嘘つきになるための儀式みたいなものさ。この村では皆、一度死んでも嘘つきとして生まれ変わるのさ。そして君も僕達と一緒に、この村を作っていこうじゃないか」
「ふ」
初めてフランドールが見せた動きは、嘲笑じみた鼻息だった。そのまま肩を震わせ、口元を押さえる。
「……何が可笑しいんだい?」
彼女は笑みに歪んだ表情を、クラウンに向けた。自身の人差し指で頬をつんつんと突つく。
「ああ、そう言えば。最後の命令は『黙れ』だった。喋っても構わないよ」
発言を許可されてもなお、フランドールは一頻りくぐもった声で笑い続けた。
「黙って聞いていれば、本当に勝手なことばっかり。何、目の前で人を殺すか多数決とっちゃってるの」
「我々は真剣だ」
鋭く、そして細まった瞳でクラウンを睨む。
「うーん、あなた達の話を総合するに? 十年前? 幻想郷で平和を楽しんでたら、殺されたわけね? ピエロに扮した、その『最も美しいあの子』に」
「ピエロに扮した『誰か』だ」
「はいはい。その誰かに殺された上、魔道に落ちて『嘘つき』になったと。その嘘つき同士でもう一度村を作ってみたら、たまたま村の作物から惚れ薬が採れるのに気がついた。それで仲間を増やしながら『最も美しいあの子』が戻ってくるのを待っていた。そんな感じでいいのかしらね」
クラウンは無言を以て、その言葉を肯定した。
「だけど、いつまで経っても恋したあの子は帰って来ない。そこであの子に似た私を? 生贄に?」
「生贄とは聞こえが悪い。試行錯誤の一環だよ」
クラウンを見るフランドールの視線が、より一層切れ味を増す。眉根が寄り、憎悪が膨れ上がった。
「その試行錯誤には、魔術的にも科学的にも根拠が全くない……行き当たりばったりのカルトみたいな儀式。呆れてものも言えやしないわ」
「だが、僕達はそれを十年間続けて」
「四百八十五年早ぇんだよ、青二才が」
軽業師が十センチほど身を引く。フランドールはお構いなしに、深いため息を吐き出した。
「まったく。ちょっと前にも似たことを言った気がするわ。人間上がりってみんなこんななのかしら」
クラウンはハンカチを取り出し、額の汗を拭った。
「とにかくだ。僕達の総意に対して君には拒否する権利がない。死に方くらいは選ばせてあげよう」
「軽業師さんも言っていたけれど、そんな簡単には死ねないのよね。吸血鬼(わたしたち)って」
薄笑いを浮かべ、テラスの外を見る。
「一番手っ取り早いのは、日光に当たることかしら。全部灰になっちゃうけれど」
「そ、それは困るな。死体が残って貰わないと」
「だったら、伝統的な方法しかないわね」
右手の親指を立てて、自身の左胸に突き立てる。
「白木の楔で十字架を作り、心臓に突き刺すのよ。そうすれば、多分とても苦しいと思うけど死ねると思うわ。簡単でしょう?」
「よろしい。少年、頼む」
無言で頷いて、ジャグラーがテラスを後にする。
「すまないね……まあ、できる限り安らかに死ねるように努力はしよう」
フランドールは張り裂けそうな笑みを向ける。
「あなた、きっと後悔することになるわ」
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不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/(これまでのあらすじ:ぬえ、フランドールと共に迷い込んだ嘘つき村で一人孤立したこいしは、嘘つき達の惚れ薬によって操られたぬえと対決する。しかし彼女は突如として村人達に突撃、パニックに陥った彼等の暴力に晒される。跡に残されたのはあの黒い丸帽子とベージュ色のシャツを着た何かだった。ぬえはこいしを死んだと断定するが……)
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