No.524448 嘘つき村の奇妙な日常(14)FALSEさん 2012-12-28 22:42:31 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:653 閲覧ユーザー数:649 |
スペルカードによる弾幕戦闘は、普通の人間には観戦すら命がけとなる。
実のところ弾丸の一発一発は、投石の一撃並みに強力だ。無論当たり所が悪ければ死に至る。それを少女達はスペルカード発動時の結界展開で、最低限のダメージに抑えている。
では、結界を練る能力がない人間はどうなるか。
――正体不明「憤怒のレッドUFO襲来」
――無意識「弾幕のロールシャッハ」
二人がほぼ同時にスペルカードを宣言し、弾丸と使い魔が夜空を交錯する。当然その流れ弾は、ぬえの背後に控える村人達まで及ぶことになった。
「ぎゃーっ!」「押すな押すな」「グワーッ!」
迫り来る弾丸に、人垣が騒然となる。
次々となぎ倒される村人を尻目に、ぬえが笑った。
「おいおい、きちんと頭を守れよ? ただし意識は散らしちゃ駄目だ」
アダムスキー型使い魔が次々と召喚されて、旋回しながらこいしに襲いかかる。彼女はそれに構わず左右対称のリサジュ図形を弾幕で描きながら尋ねた。
「無茶振りするのね。まるで使い捨てだわ」
「ひひ、こいつらをあまり甘く見ない方がいいよ。あまりに数が多いから、気づいてないだろう?」
「何に?」
倒れた男達が、びくりと身じろぎする。
「うーん」「あ痛た」「痛ぇぞ畜生」
起き抜けじみた様相で、次々起き上がった。弾の当たり傷はそのままだし、中には頭が割れたままの者までいる。血塗れで隊列に戻る様子は、さながら。
「……ゾンビか何か?」
「似てはいるが、少し違う」
直撃コースでぬえに迫る弾丸を使い魔が受ける。破壊と共に角々しい「150」の文字が現れ消えた。
「奴ら、村と一心同体なんだよ。死ねないんだ」
『あらあらお優しいこと。あの子本当に、嘘つきに操られているのかしらね?』
こいしの耳元で、人形がパチュリーの声で囁く。
「どういう意味?」
『村の変化を見たでしょう? あれと同じで村人もこの村の一部分だってことよ。恐らくは惚れ薬に、そういう効果もあるのかもね』
「その割には、動けない子もいるみたいだけどね」
村人集団の一角を見る。リグルとミスティアが、満身創痍の体で蹲ったまま戦いの様子を眺めていた。
『人間と妖怪で取り扱いが異なるってことかしら?』
「あの子達も惚れ薬を飲んでるっぽいんだけど」
「いったい誰と話してるんだ?」
ぬえが新たなスペルカードを発動する。
――正体不明「恐怖のレインボーUFO襲来」
使い魔達が不気味な光彩を放ち始め、その軌道も変化する。彼等はこいしに向かって直行しながら、その軌跡に弾丸をばら撒いていった。
「ぬえにしては随分頑張るわ――」
迫り来る弾丸の列を交わそうとしたこいしの体が、不自然に揺らぐ。片目を歪め、脇腹に手を添えた。魔理沙の声が、彼女を我に返らせる。
『おい、大丈夫か?』
「ちょっと血を出し過ぎたっぽいわね」
こいしの前後を弾丸が掠め行く。再び彼女の体が左右にぶれた。人形がその肩でバランスを取る。
『おい、このままじゃジリ貧だ。お前無意識でも、人の言うこと聞くつもりがあるか?』
「何か小細工をするのね?」
『戦術って言え。とにかく、次のスペルカードだ。それからアリスは、こいしが撃ってる隙にだな』
使い魔の密度が増し、彼女達の声がかき消える。こいしは弾幕の中で僅かに逡巡した後で、魔理沙の言葉通りに新たなスペルカードを切った。
――深層「無意識の遺伝子」
スペルカードの発動と同時に結界が張り直され、それの巻き添えに使い魔が何体か吹っ飛んだ。
こいし自身は弾幕を張りながら両手を振り上げ、そのまま走り出した。その先には、ぬえの姿がある。
「何だ、どうした。血迷ったか」
使い魔をさらに数体呼び出して、弾幕の盾にする。こいしはそれに構わず相殺と結界の耐久力にものを言わせて走り寄り、ぬえを……飛び越えた。
「なっ」
頭上を通り過ぎるこいしのドロワーズを、ぬえが口を開けて見送る。後ろには、密集する村人達。
突如として倒すべき標的が、目の前に現れた。
彼らは、瞬時にパニックに陥る。
「なんだなんだ?」
「怯むな、でっど・おあ・あらいぶじゃねーか!」
「囲んで棒で叩け、潰せ、潰せ!」
帽子に隠れたこいしの口元が、笑みに歪む。
血走った目で武器を振り上げる村人達の足元に、こいしは小柄な体躯を利して滑り込んだ。
「お、おい!」
ぬえが指示を出そうと手を伸ばしたが、もう遅い。
立て続けに響く打突音が「グワーッ、グワーッ、グワーッ!」「痛い、押すな、やめろ、やめて!」闇雲に振り回す綿棒が他の村人を「なにしやがんだ、この野郎!」「痛い、それは俺の足だ、足がぁ!」足元を蠢く黒い影「そこだ、畜生、取り押さえろ!」「だから押すなと!」殴打、殴打、殴打!
「おい……ちょっと……」
秩序を失った村人による暴力の宴を、手を伸ばす石像と化したぬえが見守る。
もはや一介の暴徒と大差がない。ようやく硬直を解いたぬえが目を細め、無軌道化した村人に対して何らかのアクションを起こそうと身構えたところで、制止の手は唐突に差し伸べられた。
パ――――――ッ! パパ――――――ッ!
「止まれーっ! 止まれ止まれ、止まりたまえっ!」
甲高いラッパの音と共に聞こえてきた声に対し、暴走する村人達が本当に止まる。足を上げた状態で動きを止められた村人が、体勢を崩して倒れた。
戟を構えたまま動きを止めたぬえが、問い返す。
「それは、こいしを殺すのも止めていいってこと?」
「死体を確認できたらね」
ぬえの背後からジャグラーが、対面から舞踏家が現れ、密集した人々を割りに入った。静まる村人を退かし、押しのけ、彼等はその中心へと立ち入る。
「下がりたまえ」
舞踏家が両手を左右に広げ、一言命じた。
人垣が舞踏家を中心として、モーゼの奇跡めいて左右に割れる。その足元に残されていたものを見て、ぬえが目を大きくした。
「嘘だろ……こんなので……」
黒い丸帽子と、ベージュ色のシャツを身につけた何かが、血塗れで横たわっている。
舞踏家は小さくため息を吐きながら、片膝を曲げ帽子を拾い上げた。彼は帽子に隠されていたものを見下ろし、表情を歪める。
「酷いものだ。さすがに人相の区別がつかなくなるほど、殴ることはなかったろうに」
「こいしだ」
ぬえの声に舞踏家が顔を上げる。彼女は顔に薄い笑みを浮かべ、熱に浮かされたかのように覚束ない足取りで暴虐の中心地に近づいてきた。
「こいつは紛れもなく、古明地こいしだ。こいしは死んだ。ああ、間違いようがない」
「おい、君」
舞踏家が声をかけるが、ぬえの熱病は治まらない。両手を広げ、村人達へ訴えかけるように空へ向けて大声を張り上げた。
「古明地こいしは死んだ。村を脅かした無意識は、永遠に私達の前から消えた。しっかりと葬らないといけない。妖怪はしぶといからね。両手両足を縛り、猿轡をかまし、丈夫な棺桶に放り込んでから地底の奥深くに埋めてやれ。そうすればさすがに復活して来るまい。今すぐ取り掛かるんだ、いいね?」
くるりと振り向き、凄惨な笑顔で舞踏家を見る。彼は一瞬だけ仰け反ったが、すぐに我を取り戻すとつま先立ちを作った。
「ああ、ああ、君がそういうなら間違いないだろう。分かった、君の言う通りにしよう」
「ふふふ、それがいいそれがいい。古明地こいしは死んだ、古明地こいしは死んだ、はははは」
よろめくような歩みで、ぬえが人の輪から離れる。ジャグラーががその脇から、彼女を呼び止めた。
「本当に死んだの? 信じていいのかい?」
「何を言ってる? 私達は嘘つきに嘘をつけない。そのように惚れ薬の効果を定義したのは、他ならぬあんた達じゃないか。そうだ古明地こいしは死んだ。古明地こいしは死んだ古明地こいしは死んだ古明地こいしは死んだ! はははは、あははははははは!」
村人達が憑き物を見るような目をして、歩き出すぬえの姿を黙って見送る。未だに満身創痍で地面に蹲ったままの、ミスティアとリグルも同様に。
「これは……」「狂ったかしら?」
首根っこに、引力が働いた。振り向けば、各々の襟首をぬえの両手が掴み取っている。
「ちょっと、痛い」「何すんのよ、首締まるわ」
「へへへ、嘘つきの仕事はもう終わっただろう? もう少しお前達には、私に付き合って貰うよ」
彼女らの文句などはお構いなしに、ぬえは二人をずるずると引きずり続ける。
「命令無視は謝るわよ。それにそっちだって体よく私達を利用したくせに。何しようってのよ」
「そんなことはもうどうでもいい。古明地こいしは死んだんだからな。めでてえ。ふへへへ」
三人の姿が夜の闇に消える。舞踏家とジャグラーはそれを顔をしかめたまま見送った。
「どうする?」
「放っておこう。僕達の命令が絶対とはいえ、友人を殺したのだ。何か思うところがあるのだろう」
「友達殺し、か。多分あれが友達を殺してしまった者の、普通の反応なんだろうね」
「あいつが僕達を、友達と考えていたとは思えない」
舞踏家が背伸びして、パンパンと手を叩く。
「さあ、血生臭いことはもうお終いにしよう。この死体を丁重に弔い終えたら、また歌い騒ごう」
何人かの村人が、死体を処理するべくその周囲に歩み出る。舞踏家はその様子を監督しながら、もの言わぬ肉塊と変わり果てたものを改めて確認した。
「妖怪を殺したのは、これが初めてになるのか……しかし、これほどに呆気ないものなのだろうか?」
§
動員された村人達が、各々の家に帰っていく。
村の配置が大幅に変化したにも関わらず、奇妙なことに彼等が自身の住処を見失うことはなかった。村人達は自分の家に至る微塵の誤りもないルートを通って家に辿り着き、布団に潜り込む。
「忘れ傘亭の場所は分かる?」
「向こうの角を右に曲がってまっすぐだな」
一方ぬえはそんな村人に道を聞きながら、二人の妖怪を引きずってようやく忘れ傘亭を探り当てた。
「まったく、難儀だよね。宿屋の主すら誰かに道を聞かないと、戻ってこれないなんてさ」
その主であるミスティアが、尻目にぬえを睨む。
「今さらこっちに戻ってきて、何しようってのよ。働き口を探すなら嘘つきに言って頂戴」
「私ももう飲み屋仕事は勘弁だね。それより私達の荷物はどうした? 捨ててないよね」
「ここのところドタバタが続いていたから、部屋に散らかしっぱなしよ。もの探しなら好きにやって」
非常動員で村人達が出払っていたせいか、食堂は整然とテーブルの並んだ沈黙の空間と化している。ミスティアはその奥の個室をぬえに指し示した。
「有難うよ。おー、こりゃ派手に散らかしたねえ」
ぬえは二人を放り出し部屋に入るや、依然として家財道具が散乱する部屋をひっくり返し始める。
一方、ミスティアはリグルを立たせて手近な席に座らせ、自身も疲労を浮かべテーブルにもたれた。
「お帰りなさい。こっぴどくやられたわね」
店の奥から小傘とルーミアが重い足取りで現れる。二人とも首や頭に包帯を巻いて(むしろその程度で済んでしまうのが妖怪の恐ろしいところだ)表情に重い憔悴の色を浮かべていた。
「酷いなんてもんじゃないわ。特にリグルがね」
「で、あの真っ黒いのは何がしたいわけ?」
ルーミアがミスティアの向かいの席に座りながら、後ろ指で個室の喧騒を差す。
「あの正体不明女が何考えてるかなんて、分かったもんじゃないわ。いきなりここに連れてけって言い出した挙句、あの有様よ」
「……シメとく?」
力なく俯いていたリグルが顔を上げる。
「相手が悪すぎない? 私たちじゃ返り討ちに遭うのがオチじゃないかしら」
「でも吸血鬼は何とかなったわ。四人で奇襲すれば」
「嘘つきに何か言われないかしら」
「喧嘩をするなって指示はされてないわ。どれだけ強いか知らないけれど、ここでの生活は私らの方が長いのよ。先輩後輩の違いを分からせてやらないと」
「何を物騒な話してんだ、お前ら」
ぬえが個室から顔を出すや、妖怪達が静まった。
「いひひひ」
歯を剥いた笑みを浮かべながら、ぬえが彼女達の隣に座る。彼女は先ほどの狂的な言動も相俟って、少々近寄り難い気配を醸し出していた。
「何なのよもう、用が済んだのなら出てってよ」
「まだ済んでない。なあお前ら、そんなボロボロのなりで腹減ってるだろ。減ってるよね間違いなく」
ぬえの胸元でカサリと紙ずれの音がする。彼女は片手に、小さな紙袋を掴んでいた。
四人が一斉に、目を細める。
「別にいらないわよ。後で作るし」
「そう固いこと言うなって。きっと旨いものだよ。それこそ、目が覚めるくらいにね」
四人は目を細めたまま、袋の中からこぼれ落ちたものを眺める。それは茶色い錠剤だった。無機的な小片は、お世辞にも食料に見えない。
「いいから騙されたと思って食べてみなって。ほら」
ぬえが、その一個を口に含む。噛みしめるように一度目を瞑り、そのまま飲み下した。
なお懐疑の目を向け続ける四人を薄笑いしながら見つめると、彼女は唐突に指を鳴らした。
唐突に足元から蛇が登ってきて、首や腕に絡む。
「いいから」「ちょっ」「飲めと」「痛い痛い!」「言って」「何すんの」「るんだよ」「やめて!」
口をこじ開け、強引に錠剤を飲み下させた。と。
「苦っ!」「ちょっと、何これ!?」
ぬえは崩れ落ちるように、再び椅子に座り込む。
「毒消し、だよ。それもとびきり強力な」
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