人生にも攻略本があれば、そんなことを考えたことはないでしょうか。人生を一つのゲームと見立て、チャートやイベントなどが明記されており、適切な選択を選ぶことによって、成功を収めることが出来る。そんなサクセスストーリーを夢に描いたことはないでしょうか。しかし、それは夢ではございません。あなたの人生の攻略本は確実に存在しています。
攻略を見ながら進めるゲームは面白くない、そう仰る方もいますでしょう。しかし、それは楽しむことが目的、またはやり直しがいくらでも効く場合に限ります。楽しめればそれでいい、人生はそうもいきませんよね。何せ、あなただけの、一回限りの人生ですので。そう、人生には一度きりの一発勝負、試行錯誤をする事が出来ないことがほとんどです。重要な選択を迫られる時、今できる最良の選択肢を知っていれば、先の事に不安を覚える必要もありません。ただ、記されたとおりに行動すれば万事解決です。
人生にはセーブもロードもリセットも存在しません。また、経験値を得れば確実にレベルアップできるとも限りません。そこが唯一のネックです。加えて人間には感情と言う不確定要素の多いマイナスステータスがあります。もし仮に、攻略本を手に入れたとしても、その攻略を進めるにあたって、必ず通らなければいけないマイナスイベントで感情に左右され、攻略を断念してしまう方が多いのです。少しの失敗や挫折はゲームではよくあることです。しかし、人生のプレイヤーであるあなたが、攻略を投げていては文字通り話になりません。今、苦しくとも、後に報われることを考えれば頑張れる、そんな芯の強い人こそが人生の勝者なのでしょうね。すごく皮肉的ですが。
実際に、攻略本を見た際、それを破り捨てる方も何人かいらっしゃるかも知れません。こんなわけがない、自分の選択は間違っていなかったなどと。すでに過ぎてしまったイベントは取り消すことは出来ません。思い出として、あなたの攻略本に記されています。そこには、最良の選択肢はこれで、こうしていればこうなったという回答例が添えられております。あなたの人生を変える選択の回答もそこには記されています。
以上、人生の攻略本はこのようになっております。そして、あなたの攻略本は、今目の前にございます。今はまだ白紙ですが、一旦情報を入力すれば、あなたの人生を攻略するお供として、素晴らしい能力を発揮します。
さて、あなたにとって、この人生の攻略本は果たして必要なものでしょうか。今一度、この機会に是非お考えください。
「素晴らしいプレゼンだったよ、恵子君」
社長が手を叩きながら絶賛した。
「いえ、たまたまですよ」
恵子は謙遜し、照れ笑いをした。
「何をそんな謙遜することがあるんだ、もっと胸を張っていいぞ」
「はあ、恐縮です」
社長は非常に満足そうな顔をしていた。恵子が開発した、この人生の攻略本が彼の会社の大きな利益になると踏んでいるからだろう。
恵子もまた微笑みを浮かべているが、それは作り笑いのようにも思えた。
「そういえば、君はこの人生の攻略本を実際に試してみたのかい?」
「ええ、それはもちろん」
恵子は笑みのまま答える。
「もしかして、その謙遜な態度とかも攻略本の情報なのかい?」
「それは……ノーコメントで」
一瞬顔を曇らせたが、恵子は先ほどと同じ照れ笑いをした。
「ははは、こんな商品を作ってしまうくらいだ、それくらいの肝が据わってないと。……ところで、私もその攻略本を試してみてもいいかな」
「どうぞどうぞ」
恵子は笑みを崩さずに、カバンから一冊の分厚い本を取り出して机に置く。
「では、指紋から本人データを生成しますので、こちらのパネルに触れてください」
言われるがままに社長はパネルに触れる。小さな音を立て、パネルが明滅を繰り返す。
およそ三分ほどで認証が終わり、社長の攻略本が完成した。
「おお、すごいな。速度も申し分ない。これは売れるぞ!」
そう言って嬉しそうに自分の攻略本をぱらぱらとめくり始める。軽く流し読んでいた社長だが、突然手が止まった。
「おい、これは一体どういう……」
社長の言葉はそこでさえぎられた。恵子の持つナイフによって。
「な、何を」
「ごめんなさいね、社長」
恵子が社長の胸にナイフを突き刺したまま話す。
「私が自分自身の攻略本を作ってみた際に、社長をサンプルにして殺すというのが私の人生では最良なのですよ」
「い、意味が」
ゲフッっと社長が血を吐き、彼の攻略本が床に落ちて開く。そこにはこんなことが記されていた。●月×日、三条恵子によって刺殺される、と。
「人生の攻略本とは言っても、必ずしもその人の人生がハッピーエンドとは限らないのですよ。それが今証明されました。社長が情報を得たことで、何か変化があるか試させてもらいましたが、問題ないみたいですね」
恵子はそう言って、勢いよくナイフを引き抜く。傷口から血が吹き出し、社長が床に倒れる。
「所詮、私の人生において、あなたは中ボスでしかないのですよ」
恵子はこうなることがすでにわかっていたかのように、手際よくその後の処理を済ませ、次の段階にシフトした。そう、会社内から何事もなく抜け出すという次のステージへ。それもまた攻略本に記されたとおり、何事もなく事を終える。
そして、彼女はどこかへと去っていく。彼女にしか見えない、エンディングに向かって。
さて、攻略本が示す、彼女のエンディングとはどういったものなのでしょうか。人を殺してまで、達成しなければいけないものなのでしょうか。それはきっと、彼女にしかわかりません。人生の攻略本を得たことで、自分の人生に絶望し、このような凶行に出たのか。それとも、社長を殺すことが、暗殺業へと転職するステップだったのか。
果たしてどちらなのでしょうね。これに限るわけではないのですが。
もっとも、私はすでに答えを知っているのですが……おっと、口がすべりましたね。これ以上言うと、私も攻略に支障をきたしてしまうのでね。何って、そりゃ私の人生にですよ。触らぬ神に何とやらって言いますしね。
そういう風に、私の攻略本に書いてあるので。
Tweet |
|
|
4
|
0
|
追加するフォルダを選択
裏ワザとか稼ぎ方とかなら気になりますね(苦笑)