No.515430

俺達の彼女がこんなに中二病なわけがない 邪王真眼vs堕天聖黒猫

邪王真眼VS堕天聖黒猫 2人の対決にさらなる闇の住人が参戦

中二病でも恋がしたい!
http://www.tinami.com/view/502348   中二病患者だった過去を消し去る13の方法
http://www.tinami.com/view/507980   極東魔術昼寝結社の夏とポッキーゲーム

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2012-12-05 23:25:26 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:6403   閲覧ユーザー数:6265

俺達の彼女がこんなに中二病なわけがない 邪王真眼vs堕天聖黒猫

 

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月から:同じ闇の眷属だというから話をしてみれば、こんなにも物分かりの悪い頑固者だったとは。ヤレヤレだわ

 

邪王真眼シックスフラワー@現在人気絶賛放映中:何と言われようと、死海文書にも記されている真実を曲げることは誰にもできない

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月から:なら、どちらの闇の言葉が真実か。直接会って確かめるしかないわね

 

邪王真眼シックスフラワー@現在人気絶賛放映中:望むところ。今度の連休に東京に行く。秋葉原で全ての決着をつけよう

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月から:直接対決、ハルマゲドンというわけね。面白いわ

 

邪王真眼シックスフラワー@現在人気絶賛放映中:謝って逃亡するなら今の内

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月から:それは貴方の方でなくて?

 

邪王真眼シックスフラワー@現在人気絶賛放映中:邪王真眼の力、思い知るが良い

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月から:貴方の闇の波動がどれほどのものか確かめさせてもらうわね

 

邪王真眼シックスフラワー@現在人気絶賛放映中さんが退出しました

 

千葉の堕天聖黒猫@第二期は4月からさんが退出しました

 

レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌@第二期は1月から:クックックック。1万年の悠久の時を生きる夜の血族の真祖である我を蚊帳の外に置いてハルマゲドンとは笑わせてくれる。愚か者どもには格の違いを分からせてやる必要がありそうだな。クックックック

 

 

 

 

「ゆっ、ゆゆ、ゆゆゆっ、勇太ぁあああああああああああぁっ!!」

 11月22日木曜日晴れ。

 樟葉のお手製の弁当を食べ終えて教室の中でまったり休憩中のことだった。小動物が鳴き声をあげながら教室に入り込んできた。

 正確には小動物っぽい仕草がよく似合う邪気眼系中二病眼帯少女である小鳥遊六花(たかなし りっか)が泣きながら入ってきた。

「一体、どうしたんだ?」

「勇太ぁあああああああああぁっ!!」

 六花はもう1度俺の名を呼ぶと俺の右腕に思い切り抱きついてきた。そしてそのまま涙と鼻水を制服に擦り付けた。

まるで子供のような仕草。まあ、実際にコイツは精神が子供なんだが。勘弁して欲しいと思いながら尋ね返す。

 

「丹生谷にまた叩かれでもしたのか?」

 一番ありえそうな可能性を口にしてみた。

「失礼ね。私はそんな頻繁に暴力を振るったりなんかしないわよ」

 見た目優等生でナイスバディーな美少女。しかしその実、元重度の中二病患者で現在ドSな女王様の丹生谷森夏(にぶたに しんか)が俺の頭を殴りながら反論した。

「まったくもって説得力のない反論をありがとうだよ」

 叩かれた箇所を左手でさすりながら再反論する。

 まあ、それは置いておいてだ。

 

「それで、一体どうしたって言うんだ?」

 改めて六花に問い直す。

「えっと、えっとぉ……っ」

 泣き顔だった六花は、しばらくの間百面相して様々に表情を変化させた。その果てに両手を顔の前に持ってくると教室中に聞こえる大音量でその理由を述べた。

 

「勇太の……ううん。ダークフレイムマスターの力がどうしても必要なのっ!!」

 

 六花の言葉を聞いて教室中が一斉に静まりかえった。

「………………はっ?」

 俺は六花の言葉を聞いて硬直していた。

 ダークフレイムマスターとは、中学生時代に重度の邪気眼系中二病患者だった俺の消し去りたい過去のこと。

 

『闇の炎に抱かれて消えろっ!』

 

 怪我もないのに体に包帯巻いて、服装や装飾に黒をひたすら好んで、やたらスカした、ありえない設定ばかりに細部までこだわる。その実態はただの馬鹿。非社会的なナルシスト。過去にタイムスリップできるのなら、何はなくとも抹殺したい封印対象。

 16歳にして死にたいという感覚が何なのか。十二分に知らしめてくれる人生の汚点。黒歴史。

 それがダークフレイムマスターだった。

 

「ダークフレイムマスターって何なんだ?」

 坊主頭のクラスメイト一色誠(いっしき まこと)が俺に困ったように尋ねてきた。

「え~と、それはだな……」

 どう答えるべきなのかひどく迷う。

高校に入学して半年、ダークフレイムマスターの存在は『極東魔術昼寝結社の夏』同好会のメンバーにしか知られて来ずに済んだ。

 その俺の消し去りたい過去をこんな所で暴かれるわけにはいかない。

 そんなことになれば……ここで死ぬしかない。

 

「ダークフレイムマスターは最強。ダークフレイムマスターはこの世界で最強の存在」

 俺の代わりに六花が鼻息荒く答えてくださりやがった。チッ!

「闇の炎に……抱かれて消えろっ!」

 更に六花は俺の中学生時代のキメセリフを動作までつけて完璧に再現してくれた。

 ……さて、どうするべきか?

 素直にここで過去を告白となれば俺はこの場でただちに自害するしかあるまい。

舌を噛む準備はできている。だからこそ俺が採った方策は……。

「ダークフレイムマスターってのは、六花が考えた最強の俺、なんだ」

 ダークフレイムマスターの肖像権と責任を六花に転嫁してしまうことだった。

「ああ、なるほど。小鳥遊さんが考えた富樫のことだったのか。納得だ」

 一色は首を縦に振って頷いてくれた。…………おっしゃぁっ! セーフっ!!

 

「えっ? 違う。ダークフレイムマスターは勇太が……」

「六花は丹生谷のことはどう思ってるんだ?」

 これ以上語られない内に話題を変える。

「って、私に話を振るわけっ!?」

 丹生谷の鋭い目が俺を貫く。

 俺だって悪いとは思う。

 だが、人間誰しも自分が可愛いんだっ!

「森夏は、精霊と話ができる、この世界に唯一現存する最後の魔術師にして偉大なる大預言者モリサマー」

 六花は再び鼻息荒く答えてみせた。

「おっほっほっほっほ。本当に小鳥遊さんってば、私の仮想設定を作ってくれるのが上手なんだから~♪」

 高笑いを奏でながら丹生谷もまた、モリサマーに関する責任と権利を六花に譲渡した。

「えっ? ええっ? ダークフレイムマスターもモリサマーも勇太と森夏の中学時代……」

「あっはっはっはっは。俺達の中学時代の空想設定をありがとうな、六花」

「ほんと、魔術同好会の一員として素敵な設定をありがとうね、小鳥遊さん。おほほほほ」

「うにゅうううぅ~~ふっ、ふたりが怖いよぉ~」

 小動物な六花のこれ以上の発言を笑顔をもって封じ込める。こうでもしないと俺と丹生谷の一般人バラ色ライフが終わってしまう。

 けれどとにかく俺達は危機を乗り越えたと思った。だが、それは間違いだった。

「フッ。何を言っているのデスか?」

 極東魔術昼寝結社の夏同好会の後輩凸守早苗(でこもり さなえ)がふてぶてしい笑みを浮かべながら教室内に入って来た。

 まっ、まずいっ!!

「ダークフレイムマスターも偽モリサマーもお前たちが自称……びべギュ~~っ!?」

 言葉の途中で丹生谷の裏拳を食らって崩れ落ちるデコ。

「まったく、この子ったら、高校生の校舎に入って来て寝ちゃうなんて本当にお子様なんだから~♪」

 丹生谷の魔王を髣髴とさせる笑顔にこれ以上この件を追求する者はいなかった。

 こうして魔術同好会の後輩の尊い犠牲によって俺達の秘密と尊厳は守られた。

 

 元中二病でも世間体は守りたい! 完

 

 

 

 

「って、終わってどうするよ!」

 ノリツッコミを入れてから話を戻す。

 大きく脱線してしまったが、六花は俺に助けを求めているのだった。

 その話の内容をまだ聞いていない。

 

「それで六花。俺の力が必要ってどういうことだ?」

 気絶した凸守を震えながら見ていた六花は俺の問いにハッと表情を引き締めた。

「勇太は明日から東京に行くんでしょ?」

「ああ。父さんがインドネシアから東京本社に戻ってくるから、東京で会おうってことになってな」

 今回の連休は家族で東京で過ごすことになっていた。久しぶりの東京。

 俺の返答に六花は瞳を輝かせた。そしてすごいことをのたまってくれた。

「じゃあ、私も勇太に一緒に付いて東京に行くからっ!!」

 六花の大声は教室中に響き渡った。

「へっ?」

 六花の突然の宣言に、俺は固まるしかなかった。

 

「部屋は勇太と同じでいいから。だから、私を東京に連れて行ってぇ~~っ!!」

 六花の再度の宣言。俺は全く動けない。

「すげぇっ、小鳥遊さん。教室内で大胆外泊旅行宣言だぁ~~っ!!」

 一色の馬鹿は今すぐ殺してやりたい。でも、それさえも動けない今の俺にはできない。

「勇太のパパにはちゃんとご挨拶するから。いい子にするから。だから、だから……私を一緒に連れて行ってぇ~~~~っ!!」

 3度六花は大声で叫んだ。

「既にご両親に挨拶する覚悟まで決めているぅっ!? 結婚式は一体いつなんだぁ~~~~っ!?」

 一色を殺したい。殺したい。殺したい。動かない体でずっと心の中でそう唱え続ける。

 

『ゆうたぁっ♪ 大好き。愛してる♪』

『勇太ぁ~っ。私、初めてだから……優しくしてね。ポッ』

『勇太パパ。私を……勇太のお嫁さんと認めてくださいっ!』

『勇太っ。私達の赤ちゃん、だよ。可愛いね♪』

 

 いい。実にいいじゃないか。一緒に旅行、親に挨拶。結婚。幸せな家庭。実に望ましいじゃないかぁっ!

「へぇ~。富樫くんって、小鳥遊さんとお付き合いしてたんだぁ。知らなかったなあ♪」

「ブベボォッ!?!?」

 丹生谷の強烈なフックが腹に決まったことでようやく硬直状態から抜け出せた。

 だが、別の硬直に俺は掛かろうとしていた。死後硬直という名の永遠の硬直に。

「おめでとう おめでとう おめでと~~う」

「アベシっ!? ヒデブっ!? うわらばぁっ!?!?」

 丹生谷の容赦ない連続攻撃で俺のライフはとっくに0になっていた。

 この攻撃を止めてくれる救世主の出現を待つだけだった。

 そして俺の前に再び姿を現した復活を果たした救世主。長いツインテール髪の少女凸守早苗。彼女こそが俺を救って──

「凸守からもおめでとうを言わせてもらうのDeath。ミョルニルハンマーっ!!」

「ギィヤァアアアアアアアアァッ!?」

 遠心力をフルに発揮した凸守の髪の毛の房が俺の股間に命中した。凸守は救世主ではなく死神だった……。

 

「勇太。どうしても出たいオフ会が連休中に秋葉原である。勇太と一緒に参加したい」

「最初から……そう言ってくれ……分かったから……同行を認めるから」

「ありがとう」

 股間を押さえたまま膝から崩れ落ちる。

「俺は最初から不健全な話をしているんじゃないって信じていたぜ、小鳥遊さん」

「私もよ。まったく、富樫くんったら、小鳥遊さんに誘われて子供みたいに大げさに反応しちゃって」

「凸守は、マスターと富樫勇太がおかしな仲でないことを最初から見抜いていたのデス」

「お前ら……いい加減にしろよな…………ガクっ」

 何かとても手前勝手なことを述べてくれる3人に恨みの視線を送りながら俺は意識を失ったのだった。

「これで、勇太と一緒にオフ会に参加できる。…………すごく、嬉しい」

 気を失う直前、六花はとても嬉しそうにしている様子が眼に入った。そんな彼女をとても可愛いと思った。

 こうして俺は六花を加えて東京に旅立つことになったのだった。

 

 

 

 

 11月22日木曜日曇り。

 本日の最後の授業が終わったタイミングで俺は黒猫から呼び出しのメールを受け取った。

 

 From:黒猫

 どうしても直接会って話したいことがあるの

 午後4時に例の公園に来て頂戴

 

 携帯を閉じながら窓の外を眺める。ため息が自然と漏れ出た。

「そう言えば、こうやってアイツに呼び出されるのって……付き合っていた時以来初めてだよな」

 思い出すのは夏休みのこと。

あの日々のことを思い出すと今でも胸が痛む。

 それはやはり、俺があの日々のことを割り切れていないから。

 俺の気持ちが……あの頃と変わっていないから。

「何の用、なんだろうな?」

 夏休み時のような心躍る呼び出しはもうない。

 それを思うと寂しくなった。

 

「きょうちゃん。なんだかすごく寂しそうな顔をしているよ~」

 丸メガネでお馴染みの幼馴染、田村麻奈実(たむら まなみ)が話しかけてきた。

 優しくてお節介な幼馴染は俺の変化に敏感に気付いてしまう。

「何かあったの?」

「小テストの成績が良くなくてちょっと落ち込んでいただけだ」

「受験前だからテスト結果が気になることもあるよね~」

 麻奈実は癒しオーラ全開の笑顔を見せた。俺の言葉を信じたわけではないだろう。

 けれど、納得したことにしてくれた。こういう時、この幼馴染はとてもありがたい。

 

「う~んと。きょうちゃんは今日図書室で勉強していく?」

 麻奈実の質問。俺と麻奈実は下校時間まで学校の図書室で勉強していることが多かった。

 けど、今日は……。

「ちょっと用事があるから今日はやめておく」

 首を横に振って断りの連絡を入れる。

「うん。分かった」

「悪いな。心配ばっかり掛けて」

「苦労しているなんて思ってないよ。きょうちゃんは、自分が正しいと思う道を進んでね」

「…………正しい、道か。じゃあ、またな」

 麻奈実に別れを告げて教室を出る。幼馴染に感謝を心の中で唱えながら。

「もう少ししっかりできないかな、俺は」

 夏休みが終わるまでは自分のことをもっとしっかりしている奴だと思っていた。

 けど、黒猫と別れてから、俺は自分に対する内側からの自信がなくなっていた。

 

 

「お兄さん。こんにちはです」

 力なく歩いて正門を出た所に珍しい人物が立っていた。

「あやせじゃないか。高校まで一体どうしたんだ?」

 桐乃の親友で読モ仲間でもあり、俺が独り暮らししていた際にはとても世話になった新垣(あらがき)あやせだった。

 あやせは制服の上に学校指定の紺のコートを着込んだ状態でひっそりと佇んでいた。

 けれど、中学生の彼女がここにいるのは何とも妙な話だった。

 おまけにあやせは外見だけなら俺が世界一と断言する美少女。そんな彼女の存在は下校途中の生徒達の好奇な目に晒されていた。

「はい。お兄さんに会いに来ました」

 あやせは人目を気にすることなく洗練された一部の隙もない美少女モデル笑顔を披露してくれた。

 

「俺、あやせと会う約束していたっけ?」

 頭を捻りながら携帯を取り出してメールと通話履歴を確認する。

 見直してみても、あやせと会う約束を取り付けた覚えはなかった。

 計画重視のあやせにしては随分と奇異な行動を取っていた。

もし俺が麻奈実と一緒に図書館で勉強していたら待ちぼうけをくらっていたことになるのだから。

けれど彼女は自分の行動のおかしさを気にしていないようだった。

「以前だったら……何はなくてもわたしの顔を見たらマイ・ラブリー・エンジェルって呼びながら狂喜乱舞してくれたのに。お兄さん、変わりましたよね」

 あやせは少し寂しそうに笑った。

「まあ、な。もうあやせにもセクハラしないって決めたし」

 あやせが世界一可愛い美少女だと思う心に変化はない。

 けれど、美少女だからどうするというリアクションに関しては随分考えが変わった。

 以前みたいに衝動のままにプロポーズしたりわざと怒らせたりという反応はしない。

 黒猫と別れて反省して、そういうのはやめた。

「わたしとしては、もう1度狂喜乱舞して軽い気持ちでプロポーズしてくれると嬉しいんですけどね」

「派手に蹴りを入れられるからか? ストレス溜まってるのか?」

 あやせのキックはプロ級の破壊力を持っている。モデルじゃなければ格闘家がピッタリというぐらいに。

「違いますよ」

 あやせは首を横に振りながら視線を空へと上げた。

「将来に対する一番の悩みがなくなるからですよ」

「何だそりゃ?」

「さあ?」

 あやせは微笑むだけで答えてくれなかった。

 

「それで、あやせは一体何の用なんだ?」

 話が脱線してしまったので本題に戻す。

「はい。実は、お兄さんにちょっと買い物に付き合っていただきたいと思いまして」

 あやせは少し照れ臭そうに話した。

「俺が、買い物に?」

 首を捻る。

「何を選ぶにしてもあやせの方が100倍はセンスが良いと思うんだが。俺、必要なくね?」

 あやせはプロモデルでファッションに対するセンスがすごくいい。そんな彼女を手伝えることなどないと思う。

「……どうしてそういう反応をしますかね?」

 あやせはムッとした表情を見せた。

「今、何て?」

「いえ。単にお兄さんがわたしに全く気がないことを再確認しただけですから」

 あやせは大きくため息を吐いた。

「何を言ってるんだ? 俺は昔も今もあやせのことを世界一の美少女と認めてい……」

「はいはい。そういうのはもう結構ですから」

 話をバッサリと切られた。自分から話を振っておいてヒデェ。

 

「とにかくですね。父にプレゼントをしようと思うので、それを選ぶのに付き合って欲しいと」

 あやせは改めて用件を言い直した。それを聞いて俺は得意な気分になったのだった。

「フッ。それは最近大人っぽくなったと評価絶賛急上昇中の俺のセンスが、ハイソ階級のナイスミドルにも通じるレベルになったと言いたいわけだな」

「いいえ。微塵もそんなことは思っていません」

「グハッ!?」

 ……あやせたんは俺の心を折るのが相変わらず上手いなあ。

「ネクタイやシャツなど身に着ける物を贈ろうと思っています。だから、男の人がいてくれた方が直接的なイメージが湧き易いので」

「俺はマネキン代わりってことかよ。分かり易いなあ」

 まあ、そんなことだろうとは思った。

「……全然分かってないです。この鈍感男」

 ジトッとした恨めしい眼が俺を見ている。一体何故だ?

 

「それで、付き合っていただけますか?」

「それ、今日じゃないとダメか?」

 あやせは上を向いて少し困った表情をみせた。

「いえ、今日でなくても良いのですが……」

 今度は俯いたと思ったら、また顔を上げて再度質問を投げ掛けてきた。

「その、今日は、予備校か何かでしょうか?」

「いや……」

 素直に答えるべきかちょっと迷った。けれど、わざわざ高校まで尋ねてくれたあやせに嘘をつくのもどうかと思った。

「黒猫に、呼ばれていてな……」

「黒猫さんに、ですか……」

 互いに気まずい沈黙が走る。

 しまった。黒猫の名前を出したのは失敗だったか。あやせと黒猫は微妙な仲だからなあ。

「……やっぱり、わたしは黒猫さんに敵わないってことなんですかね」

 あやせはとても小さく舌打ちしてみせた。

「…………分かりました。買い物に付き合ってもらうのはまた今度お願いします」

 あやせは小さく頭を下げた。

「その、せっかくここまで来てもらったのに、悪いな」

「いえ。現状を把握し直せたという意味でとても有意義でした」

 あやせは小さく深呼吸してみせた。

「それではお兄さん……また」

「ああ。またな」

 あやせは力なく、少し寂しそうに帰っていった。

「本当、何をやってんだかな、俺は」

 再び、すげえ無力感と脱力感を覚えた俺だった。

 

 

 

 

 午後4時。

 俺は指定された公園、夏休みに黒猫とデート中によく立ち寄っていた場所を訪れていた。

「よおっ」

 黒猫は既に到着していてベンチに座っていた。俺と黒猫が並んで座っていた思い出の椅子に。

「ああ。来てくれたのね」

 黒いセーラー服姿で俯いていた黒猫は顔を上げてホッとした表情を見せた。しかしすぐに目を細めて辛そうな表情に変わった。

「ちょっと、無神経な所を集合場所にしてしまったかしらね……」

「別に。無神経だとは思いたくねえよ」

 つっけんどんに返す。この場所を悪く思うことはない。それにきっと俺はまだ……。

「そう……」

 黒猫は瞳を固く瞑った。

 俺としては、彼女がこの場所を毛嫌いしているのか、そっちの方が問題だった。

 別れて約3ヶ月。俺は、黒猫が何を考えているのかいまだに掴みかねていた。

 単に、それを確かめる勇気が俺にないだけでもあるが。

 

「それで、俺を呼んだ理由って一体何だ?」

 あまり雰囲気が暗くならない内に用件を聞いておく。

「明日、私とデートしてくれないかしら?」

「えっ?」

 黒猫の使った単語に驚かざるを得なかった。デートという単語を使ったから。その単語を聞いて息が詰まりそうになった。

「…………どうして、デートって?」

 喉の奥から必死になって声を絞り出した。

「…………京介と2人でお出かけするのに、他に適当な表現が……他の表現を使いたくないのよ」

 黒猫はボソボソと小さな声で答えた。その回答に俺は再び大きな衝撃を受けていた。

「京介って……っ」

 『京介』は俺と黒猫が付き合っていた時の呼び名。

 俺達が別れてから黒猫は俺のことを『先輩』と以前の言い方で呼んでいた。

 その黒猫が俺のことをまた『京介』って呼んでいる。これって…………。

「貴方と2人で出かけることをデートと呼称するなら、その際には京介と呼ぶのが私にとっての道理なのよ。……そ、それだけよ」

 黒猫の頬に赤みが刺した。照れているのは間違いなかった。

 

「その反応は、なんだ。あの、その、俺は、勘違いしてしまっても良いのか?」

 鼻の頭を掻いて空を見上げながら尋ねる。

 麻奈実とあやせの顔が一瞬浮かんだ。けど、それでも聞いておきたかった。

 やっぱり、俺の気持ちは今でも黒猫へと……。

「さあ?」

 黒猫の返答はとてもサバサバとした味気ないものだった。俺の期待が一気に萎えてしまうぐらいに。

「先輩は、妹が彼氏をみつけるまで恋愛しないのでしょう?」

「グハッ!」

 まさか桐乃方面から抉られるとは思わなかった。すごく心が痛い。

「先輩がしっかりしてくれないと、泣く女がたくさん出ることは忘れないで欲しいわね」

 黒猫はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。そんな彼女に違和感を覚えた。

「じゃあ、黒猫は、泣くのか? 俺の為に泣いてくれるのか?」

「私はもう、散々泣いたわ。貴方の為に流した涙の量なら、貴方の妹を遥かに凌駕している自信があるわ」

 黒猫は真剣な眼差しで俺を見ている。強い眼差しだった。この瞳を、俺が涙で溢れさせたのだ。そんな彼女に対して俺は──

「その、これからも、俺の為に泣いてくれるのか?」

 もっとあさましい問いを投げ掛けた。

「…………貴方次第。じゃないかしらね」

 黒猫は両目に嵌めていた赤いカラーコンタクトを外しながら返答した。

「涙なんてもう出尽くしたと思っていた。けれど、意外と備蓄ってあるものなの。でも、その備蓄を投入することになるかは、貴方の態度次第よ」

 黒猫は黒い裸眼で俺を正面から見据えた。赤い邪気眼よりも、今の黒い瞳の方が遥かに強い力を宿している。そう思った。

「…………そっか」

「…………そうよ」

 俺は黒猫に明瞭な返答をできなかった。しなきゃいけないって分かっているのに。

 

「明日の約束時間と場所は?」

 このまま気まずくなって別れることがないように先に確かめておく。

「秋葉原の電気街口に、昼食を食べ終えて午後1時半でどうかしら?」

「秋葉原の電気街口に、昼食を食べずに12時ならいいぞ」

 俺の意見を聞いて黒猫は一瞬体を震わせた。

「それは貴方の奢りと考えて良いのかしら?」

 初めて会った頃のような不敵な表情。上から目線の懐かしい彼女。

「奢らせてくれるのならな」

 そんな黒猫に俺は笑顔で返してみせた。

「そう……なら、秋葉原に12時に集合ね」

 黒猫はすごくホッとした表情をみせた。

「ああ」

 黒猫に頷いて返す。

「貴方って本当に女たらしよね」

 黒猫はちょっとムッとした表情で俺を睨む。対して俺は妹の人生相談を解決した後のように余裕をもって返したのだった。

「そうか? 俺が18年の人生で付き合ったことがある女の子は……黒猫だけだぞ」

 黒猫の顔全体に赤みがさしていく。けれど、その瞳は戸惑いに揺れていた。

「それは……私に期待させたいわけなの?」

「それは、明日の俺達次第、なんじゃないか?」

 先ほどの黒猫のものと似て少しだけ非なる返答をしてみせた。

「そうかも知れないわね」

 黒猫はスッと立ち上がった。

 

「それじゃあ、私は夕飯の支度があるからそろそろ帰るわ」

 用件を伝え終わると黒猫はあまり未練なく帰ることを口にした。

 現在の彼女の家は松戸。ここからだと約1時間掛かる。

「そっか。なら、駅まで送るよ」

「必要ないわ」

 黒猫は首を横に振ってみせた。

「明日、秋葉原で会いましょう」

「ああ。俺達の聖地でな」

「……私は、貴方と共に訪れた場所は全て聖地だと思っているわよ」

 黒猫は俯いて何かを呟くと公園を去っていった。

「明日、か」

 色素がだいぶ薄まった空を見上げながら大きく深呼吸して気を紛らわした。

 

 

 

 

 11月23日午後2時。

「ここが、東京!」

「東京だな」

「ここが、秋葉原!」

「秋葉原だな」

「ここが、魔都っ!!」

「魔都……って、違うわ~~っ!」

 六花の話が妙な方向に転がり出した所でツッコミを入れる。

「でも勇太。すごい、すごいんだよっ!!」

 六花は目の前の光景に興奮を隠せない。手足がせわしなく動いている。

「そうだな」

 かくいう俺だってかなり興奮している。

 目の前に広がっているのはオタク達の聖地秋葉原の光景なのだから。

 六花と2人、母さん達より早く出発した俺達は先に東京に到着していたのだった。

 

「勇太っ! あっちの路地から魔界の住人がっ!」

 六花が袖を引っ張りながらキラキラと瞳を輝かす。俺の視界にも黒いマントを羽織った背の高い男が路地の奥へと消えていくのが見えた。

「確かに真っ黒なマントを羽織ったコスプレ男だけど、魔界の住人じゃあないだろ」

 幾ら秋葉原でもあんな変な服装をしている人を電気街口からは他に見ていない。

 六花の黒ゴスロリ衣装はこの街では目立たない。馴染んでさえもいる。しかし、あの人の格好は秋葉原でも目立ち過ぎだった。マントはさすがにない。

 だからお店の人か何かのイベント参加者なのだろうと思った。

「でもあの人……漆黒。ルシファーと契約したディアブロ能力者に間違いない」

「確かに。漆黒に似てたな、あの人」

 漆黒というのは、邪気眼系中二病アニメ『maschera~堕天した獣の慟哭~』の主人公来栖真夜の別名。より正確には悪魔ルシファーと契約して闇の能力者となった姿の呼称。

 ちなみにマスケラという作品は日本全国に中二病患者を大量に生み出した。そんなアニメだと思ってもらえればまあ間違いない。

 俺が即座に六花の話に対応できてしまったことからも察して欲しい。

 そして六花の邪王真眼は、時期的に見てマスケラの影響である可能性が高い。ついでに、ダークフレイムマスターの芝居掛かった喋り方も漆黒の影響がかなりあったりする。

「やはりここは魔界の住人が集う危険な都」

 六花が武者震いしながら周囲を威嚇している。

「確かに、中二病を増長させかねないはた迷惑な街という点では俺も同意するがな」

 軽くため息が漏れ出た。

 

「それで、六花が参加したいっていうオフ会はいつからなんだ?」

 駅前の光景を一通り眺めてから尋ねる。

 秋葉原には以前2、3度訪れたことはある。けれど来る度に新鮮な感じを受ける。

 何より一緒にいるのが重度の中二病患者だからリミッターを解除してこの街の空気を吸収できた。

「オフ会は3時から。多分あっちの通りにあるメイド喫茶で」

 六花は大通りを挟んだ向かい側の通りを指差しながら述べた。

「そっか。じゃあまだ1時間は見て回れるな」

「うんっ♪」

 六花が元気よく返事をした。

 けれど彼女の足は駅前から動かない。

 休日ということで多くの人々で賑わう通りを見て怖気づいているのは間違いなかった。

 邪王真眼の使い手を名乗る割りに根っこは怖がり屋の小動物だから。

 

「ほらよ。今日だけ特別だ」

 六花に向かって左手を伸ばしてみせる。

 手を繋いで歩けるように。六花が秋葉原を堪能できるように。

「うん…………ありがとう」

 六花はコクッと頷いてから俺の腕を両腕で取った。

「えっ?」

 彼女が行ったのは腕を組むという行為。

 しかもギュッとしがみついてくるものだから、六花の体の感触が、柔らかい胸の感触が伝わってきた。

「どうかした?」

 六花は自分の行為の大胆さに気付いていないらしい。子供がお父さんの腕にしがみついているのと同じ感覚なのかも知れない。

「いや、何でもない。じゃあ、見物と行こうぜ」

「うん」

 ちょっと恥ずかしい。けれど、意識しまくっていると思われるのはもっと恥ずかしい。

 できるだけ何でもないフリをして歩き出す。

「……私がこんなことをするのは勇太だけなんだから」

 六花は小さな声で何かを呟いていた。でも、その内容が何なのか俺には聞こえなかった。

 

 

 秋葉原の電気街を六花と2人で巡る。

 多分それは世間一般ではデートと呼ばれる行為なのだろう。

 それを意識してしまうとぎこちなくなる。なので、できるだけ自然体を心掛けながら歩くようにしていた。

「勇太、緊張してる?」

 ……腕を組んで歩いている六花には出発早々にバレた。

「ま、まあ、少しな」

 俺に六花の体の微妙な反応が伝わっているように、六花にも俺のことがバレている。この体勢でいる以上、嘘をついても仕方なかった。

「私も、緊張してる」

 六花は自分の頭を俺の肩に持たれかけてきた。

 その動作が可愛くて、色っぽくてドキッとしてしまう。

 コイツ、わざとやっているのか?

 ていうか、今日の六花は……可愛すぎないか?

「そういう誤解されるような仕草は……」

「勇太以外にはしないから問題ない」

「あっ、そう」

 六花の返答にちょっとガッカリする。

 俺は六花のお父さんの地位を獲得したということなのか?

 それはそれで悪くない。でも、やっぱり俺としては……。

「まあいい。早く回ろうぜ」

 考えるのをやめて今を楽しむことにする。

「……勇太は鈍感。私が、ここまで頑張っているのに」

 隣を歩く六花はちょっと不満そうだった。

 

 六花の不満はすぐに解消された。初めて訪れたというこの街にすっかり魅了されていた。

 瞳をキラキラさせながら足取り軽く周囲の店へと入っていった。

 その一方で驚かされたのが、六花の物欲が意外と少なかったこと。

 より正確には電化製品やサブカルコンテンツを購入しようという意欲が見られなかった。

「六花って、漫画やアニメのソフトとか集めないのか?」

 六花の部屋には漫画やアニメグッズの類がなかったことを思い出しながら尋ねる。

「魔的視覚映像の永久物的保存よりも内的空間における小宇宙的活性化が重要」

「ああ。六花は作品を見て得た瞬間的なインスピレーションを重視しているわけだな」

 頷いて納得する。

 六花は感性を重視している。瞬間的に感じたことを自分の中で消化し発展させたいのだ。

 だから、俺のダークフレイムマスターの言動をすぐに真似をした。更に自己設定を付け足して補完した。

 その一方で、六花の中二病は細部の設定が甘い。「かっこいい」が口癖の彼女にとって、原作を忠実になぞったり、設定の矛盾のなさを追求することはあまり意味がないのだろう。

 俺がノートに膨大な量の自己設定を書き連ねて悦に浸っていたのとは違うタイプなのだ。

 

「でも、アニメや漫画は好きなんだよな」

「…………うん」

 六花は少し照れ臭そうに頷いてみせた。

「そっか。俺も……好きだぞ」

 彼女の頭を撫でる。

「えへへへ」

 楽しそうに微笑む六花。すごく、安堵感に包まれる。アニメや漫画の話を往来で堂々として和やかな気分になれるのはこの街の持つ特色だろう。

「勇太。あっちのお店で来期の新作アニメのPV流している。見に行こう」

「そうだな」

 六花と2人並んでゆっくりと移動していく。

 普段とは違う感覚を湧かせてくれる。秋葉原という所は本当に不思議な街だった。

 

 

 

 時計は2時45分を指していた。

「そろそろオフ会の会場に行かないとマズいんじゃないか?」

 俺達は今、オフ会の会場近くにあるという公園に来ていた。

「それに関して、勇太に話がある」

 果汁100%のリンゴジュースを飲み終えた六花は俺へと真剣な表情を向けた。

「勇太。まずこれを着て」

 六花は鞄から紙袋を取り出して俺に渡した。

 開いてみると中には──

「って、これっ! 俺が中学時代に着ていたコートとズボンじゃないかっ!」

 ダークフレイムマスターと名乗っていた当時の俺の正装が入っていた。

 黒いコートには幾つも皮ベルトがついている。黒いズボンも同様だ。

 当時の俺にとって黒尽くめと皮ベルトによる拘束は格好良い象徴だった。

「樟葉から借り受けた」

「妹ぉ~~~~っ!!」

 意外な内通者の存在を聞かされて絶叫する。

 そう言えば樟葉のヤツ、六花が東京に一緒に来るって聞いてからやたら不機嫌だったもんな。これはその意趣返しということか。だが、だがだ……。

 

「六花と樟葉は俺にこれを着て、恥辱の果てに悶え死ねと言うのかぁっ!?」

 大声で拒絶する。今になってこれを着たら俺はストレスで死にかねない。

「ダークフレイムマスターは最強。ダークフレイムマスターは超かっこいい」

 六花が親指をグッと立ててみせた。

「でも、邪王真眼は真の最強。邪王真眼は超超かっこいい」

「お前は一体何が言いたいんだ?」

 六花は俺を持ち上げたいのかどうなのか。

「うにゅ~~~っ」

 小動物な鳴き声が公園内に鳴り響いた。

 

「勇太は今すぐこれに着替えて。でないと、闇の住人達の会合に出られない」

 六花がとても困った泣きそうな表情で再度紙袋を押し付けてきた。

「会合に出られないって……そう言えば今日は一体何のオフ会なんだ?」

 とても嫌な予感がした。

 前もって確かめておかなかった自分を100回殴りたいぐらいに。

「麗しき闇の住人達の茶話会」

 六花は当然とばかりに自信満々に答えてみせた。

「六花が所属しているコミュニティーだもんな。そうに決まってるよな」

 考えてみれば当然だった。

 六花が普通のオタク少女の集まりとかそんなコミュに参加する筈はなかった。

 コイツと同じ重度の邪気眼系中二病患者の集まりに決まっていたのだ。

「じゃあ、今日の参加者達は……」

「だから闇の世界の住人達」

 六花はまた当然とばかりに済ませて答えた。

 待っているのは六花と同類の人間ということになる。ほんの少し考えただけで頭が痛くなる素敵過ぎるオフ会だった。

「じゃあ、俺は……」

「ダークフレイムマスターが参加すると伝えてある」

「本人未了承な伝達をどうもありがとうな」

 皮肉を篭めて返答する。

 勿論、俺には六花だけオフ会に送り届けて逃走という選択肢もある。

 けれど、万一オフ会がヤバげなものだったら。

 その可能性を考えると、邪気眼にして小動物な六花を独りだけ放ってもおけなかった。

 

「六花。30秒だけ時間をくれ」

「うん。でも、何で……?」

 質問には直接答えずに、首を捻る彼女の横で大きく深呼吸を繰り返す。

 今更俺が完全なダークフレイムマスターに覚醒することは無理。

 けれど、六花を1人、この東京の地に置いていくわけにはいかない。

 参加者達に引かれない程度には再覚醒する必要がある。

 そう、今の俺にできる限界の覚醒が必要なのだ。

「うぉおおおおおおおおおぉっ!! 闇の炎に抱かれて消えろっ!!」

 気が付くと俺は叫んでいた。ポーズまでとりながら。

「おおうっ! 勇太。ううん、ダークフレイムマスター。超かっこいい♪」

 六花が拍手を送ってくれた。

 俺は、旅行先の東京でとても大事なものを失った。

 けれど、今の俺は六花を守るナイトなのだ。ナイトオブゼロなのだ。俺にしか彼女を守れない。

「六花。俺の正装をよこせ」

「はいっ」

 トイレでかつての俺の正装に着替え直しながら、俺は自分の使命を胸に誓い直した。

 

 

「黒猫、今日は来てくれて本当にありがとうな」

「私が誘ったのだから当然でしょうが」

 ぶっきらぼうに答えてしまう。目の前の京介の顔をまともに見て話すことができない。

 緊張してしまっている。夏休みは毎日このシチュエーションだったというのに。

 我ながら、自分の小心者ぶりに嫌気が差す。

「その、食事が進んでいないみたいだけど。他のとこが良かったか?」

「私が選んだお店に入ったのだから問題ないわ。ゆっくり食べているだけよ」

 またぶっきらぼうに答えてしまう。

 目の前にはほとんど減っていないパスタとサラダ。

 緊張して食事が喉を通らないだけだった。

 私達が今いるのは、秋葉原UDXビル内のレストラン街である秋葉ICHIの某イタリアン。

 学生の昼食相場から考えると値段はちょっと高め。ごちそうしてくれるのに高い所を選ぶのはどうかとは自分でも思った。けど、京介は笑って了承してくれた。

 京介は今日のデートにそれだけ期待を寄せてくれているということかしら?

 私と……よりを戻したいと本気で思ってくれているのかしら?

 もし、そうなら。この上なく嬉しいのだけども……。

 

 

『へぇ~。それじゃあ、ルリ姉は今日久しぶりに高坂くんとデートなんだぁ』

 出発前、妹の日向はニヤニヤした瞳で私のことを見ていた。

『せっかくのデートなのに、いつものゴスロリ衣装でいいの? 高坂くん、見飽きちゃっているんじゃないの?』

『今日は闇の住人の遭遇だから良いのよ。それに、これが一番私らしいのだから』

 日向は更にニヤッとして愉悦を顔一杯に表した。

『つまり、ルリ姉と同じ邪気眼系電波な人達に彼氏をお披露目する会なんでしょ』

 私は何も答えない。

『でも、高坂くんは大人しく彼氏として紹介されてくれるのかな? 復縁してはいないんでしょ?』

『それは……』

 日向に反論できない。

 京介は優しいから、オフ会をぶち壊すような真似はしないだろうけど……。

『今日のデートが上手くいかなかったら……高坂くんとの仲も本気でこれまでかもね~♪』

 グッシッシと笑いながら脅しをかけてくる妹。

『うっ』

 その脅しこそ、まさに私が危惧している通りのものだった。

『でも、安心しんな。高坂くんはあたしが婿にもらってあげるから、ルリ姉はいつまでも義姉として一緒にいられっからよ~』

『調子に乗るな、小娘っ!!』

 日向を睨み返す。

 けれど、ライバルが多いのもまた事実だった。

 桐乃、田村先輩に加えて、最近は新垣あやせ、三次元メルル、沙織まで参戦してきた。

 自分から京介に別れ話を切り出してしまった手前、もう1度私から積極的に動くというわけにもいかない。

 京介の関心を惹いてよりを戻すように言ってもらわないといけない。あの奥手に。

『別れるなんて変なことしなければさ~、今頃毎日チュッチュッチュッチュなラブラブライフを送れていたんだろうにさあ』

『分かってるわよ。あれは私の人生史上、最悪な判断ミスだったってことぐらい』

 靴を履き終えて立ち上がる。

『だから……その罪を贖えるように今日誠心誠意頑張るんでしょうが』

『高坂くんをまたうちに連れて来てくれる結果になるように期待しているよ』

 ニヤニヤしながら手を振る妹に見送られて私は外へと出て行った。

 

 

 妹には大見得張って家を出た。だというのに、今の私は極度の緊張に早くも押し潰されそうになっていた。

 夏休みの時は毎日こうして共に時を過ごしていたというのに。

「はぁ~自分が情けなくて涙が出てきそうだわ」

「どうしたんだ、一体?」

 京介がテーブル越しに手を握ってきた。交際時にはよくしてくれたこと。

「ううん。何でもないわ」

 京介に手を握られていると不思議と落ち着ける。リラックスできた私は食事を進めることができた。

「貴方、こうやって他の女の手も気安く握っているのかしら?」

「ご冗談を。俺の知り合いの他の女は手なんか握ろうものなら鉄拳かキックが飛んで来る奴ばっかりだよ」

「貴方は自分で立てたフラグを折る天賦の才を持っているわね」

「何だよ、それは」

 食事中に色っぽい会話はできなかった。けど、京介の温かみを再確認できて私はとても幸せだった。

 

 

 食後、私達はしばらくの間、新作漫画やDVDのチェックをして回った。

 それは楽しい時間だった。けれど、今日の目的は単なる秋葉巡りではない。

 そして今日のデートの真の目的を私はまだ京介に伝えていなかった。

 戻って来たUDXビル前のスペースで私は本題を切り出すことにした。

「実は今日、3時からのオフ会に京介も一緒に参加して欲しいのよ」

「オフ会、か」

 京介は思案顔になった。嫌な予感を働かせているようだった。

「で、一体何のオフ会なんだ?」

 恐る恐る尋ねてきた。

「麗しき闇の住人達の茶話会よ」

「まあ、そうだな。そうなるよな」

 京介は面倒そうな顔をしてみせた。

 

「そしてこの話を直前の今になってするということは、まだ何かあるんだよな?」

「察しが早くて助かるわ」

 荷物から大きな紙袋を取り出して京介に手渡す。

「これは…………すごく、開きたくないんだが」

 京介は嫌そうな表情で開けるのを躊躇っている。中身に察しがついているのだろう。

「ご察しの通り、中身は漆黒の衣装よ。沙織から借りてきたの」

「つまり、これを着ろと? また俺にインターネット上で曝されろと?」

 京介はとても嫌そうな表情で袋を見ている。

 でも、私は……。

「漆黒が参加するって申し込んでしまったもの。それに──」

 京介の顔を見る。

「私は、漆黒になった貴方を、心の底からかっこいい。そう、思う、もの」

 頬が熱くなった。

 

「………………仕方ない。曝されるのはもう開き直るか。しばらくネットに接続することもないだろうし」

 しばらく紙袋とにらめっこした後で京介は大きく息を吐き出した。

「他ならぬ黒猫の頼みなんだし。構わないぜ」

 笑顔で答えてくれた。

「ありが、とう」

 その顔を見たら、私はより一層顔に熱が集中していくのを感じていた。

「……私は、期待して良いのかしら?」

 京介には聞こえない小さな声で呟く。私の心は間違いなく期待していた。

「じゃあちょっと、着替えてくる」

「えっ? オフ会は3時からだからまだ1時間あるわよ。別に今着替えなくても」

「覚悟を決めて普通に喋れるようにするには、長い間この服を着ていた方が良い」

 京介はそれだけ言い残すと着替える為にビル内へと入っていった。

 

「警備員とか……呼ばれないわよね?」

 あの忌まわしい事件以降、秋葉の治安強化はめまぐるしい。

 マントなんか付けてうろついていればすぐに出動要請が出されかねない。

 でも──

「京介は全部決めてくれるから……ちゃんとコスプレとして認識してもらえるわよね」

 中途半端に一般人を気取らないことからレイヤーとして認識され易いだろうとは思う。

 それに何より

「漆黒と夜の女王のカップリングだものね。みんな、分かってくれるわよね」

 京介と私が一緒に並んで歩いてみせれば疑われることはない。

 それを計算して安心する。

「カップル……」

 その単語に全身が熱くなった。

 結局、私の望みはそこにしかない。

 私の夢はそこにある。

 それを再確認した瞬間だった。

 

 

「………………クッ」

 小鳥遊六花の前に立ち塞がる冥土へと通じる禍々しき鋼鉄の門。

 その扉とその奥から放たれる異質なオーラを前にして邪王真眼の使い手である彼女といえども慎重にならざるをえなかった。

 言い換えると、初めて訪れたメイド喫茶を前にして六花は怖気付いていた。

「俺が先に入る」

 ダークフレイムマスターが瞳をギラギラさせながら六花の前を歩いていく。

「気を付けて」

「フッ。俺を一体誰だと思っている?」

 黒い笑みを浮かべる勇太。

 ダークマスターに戻っているらしい少年の態度はどこまでもふてぶてしい。

 そして全身黒尽くめな姿は傍目から見て痛々しい。

 けれど、そんな少年を六花はうっとりとしながら見ていた。

「うん。任せる」

 ぽぉ~としながら騎士に先行を任せる。

 勇太の1歩後ろを六花はついていく。

 

「いらっしゃいませ~。ご主人さま、お嬢さま」

「…………あぅっ」

 入店した早々に、テレビアニメでしか聞いたことのない挨拶に遭遇して六花はビクッと体を震わせた。

 サッと勇太の後ろに移動してメイド服姿のウェイトレスから身を隠す。

「ご主人さま達は何名さまでいらっしゃいますか?」

「先にこの場に現界している者達がいるはずだ」

 勇太は尖った瞳でファンシーでポップな感じの店内を見回す。

 六花も勇太の後ろからこっそりと店内を見回す。

 すると、すぐに目に付いた。店内の雰囲気とは似ても似つかないダークな雰囲気を発している2人が。

「あれは……夜の女王(クイーンオブナイトメア)と漆黒っ! あの2人に間違いない」

 駅前で見かけた漆黒が店内にもいた。

 そしてその隣には黒いゴスロリ衣装を着た夜の女王の姿。2人がオフ会の参加者に違いなかった。

 

「行くぞ、六花」

「うんっ」

 六花は返事をしてから大きく息を吸い込んだ。

 モードを切り替えるべく目を瞑る。

 勇太が一緒にいてくれる。

 怖いことなど何もない。

 そう自分に言い聞かせながら目を開く。

「ダークフレイムマスター。私と共に来いっ!」

 勇太の後ろではなく横に立つ。

「フッ。邪王真眼はそうでなくてはな」

 不敵に笑みを浮かべるダークフレイムマスター。

 六花は勇太と共に歩み始めた。

 

 そう広くない店内。六花と勇太はすぐに夜の女王達の元へと辿り着いた。

 そして先に店内に到着していた夜の女王は真っ赤な瞳にとても冷たい気を発しながら六花達を見ていた。

「あんまり遅いから怖気付いて冥府の門を越えて来ないと思ったわよ。邪王真眼さん、ダークフレイムマスターさん」

 夜の女王はローズティーに自身の顔を投影させながら挑発的に笑ってみせた。

「堕天聖黒猫と漆黒こそこんなにも早く現界するとは……大物は遅れて登場するという当然の理さえも知らないらしいな。所詮は小物。取るに足りない相手だったか」

 皮肉たっぷりに返してみせる六花。

「おい、黒猫。初めて会う友達にその言い方は幾ら何でも失礼じゃないのか? わざわざ東京まで会いに来てくれたのに」

「京介…じゃなくて、漆黒は黙っていて頂戴! 魔界では最初に舐められたらもう終わりなのよ」

 ……気のせいか素の2人が見えた気がした。

「六花も、遅刻したのに何を偉そうに振舞ってんだよ。ここは素直に遅れてごめんなさいだろ!」

「痛っいっ!? えぅううううぅ。勇太ぁ~~~~~~っ!」

 ……こちらも素を出してしまった。勇太に頭をポカッと叩かれて半べそになる六花。

 勇太のダークフレイムマスター覚醒は完璧ではなかった。というか解けるのが早すぎた。ウルトラマンかと思うぐらいに長続きしなかった。

 

「フッ。まあいいわ。せっかく魔都に現界したのだから、この都の主として私が貴方達をもてなしてあげても良いわ。この堕天聖黒猫のテリトリーで寛大にね」

 黒猫は先程のやり取りをなかったことにして再び偉そうに振舞い始めた。

「別に秋葉原は黒猫のものって訳じゃないだろう」

「いちいち余計なことに茶々を入れて流れを断ち切らないで頂戴っ!」

 顔を真っ赤にしながら漆黒に怒鳴ってみせる黒猫。どうやら漆黒はツッコミが生きがいの男のようだった。

「フッ。いずれこの地は邪王真眼とダークフレイムマスターがいただく。ダークフレイムマスターの年収はこの国の国家予算をも凌ぐはず。魔都一つ如き、何も手を下さずとも黄金のみで愚かな人類を隷属することなど造作もない」

「いやいやいやっ! 無理だからっ! 俺にそんな大金を稼ぐ能力があるわけないから!」

「うにゅぅ~~っ。勇太ぁ~~っ。ここは話を合わせてよぉ~~っ」

 泣きそうな表情を見せながら勇太に抗議する。

 ツッコミが生きがいな勇太は話の腰を折らずにはいられなかった。

 そして漆黒と勇太という2人のツッコミは、今この瞬間を運命と感じ取った。

「「はっ!」」

 勇太と漆黒が見詰め合う。そしてガッシリと固い握手を交し合った。

 

「ちょっと漆黒! これから魔界の覇権を賭けて争おうって言うのに、敵対勢力と仲良くしてどうするのよっ!」

 黒猫が焦った声を出す。

「でも、この彼、ダークフレイムマスターくんには何か俺と通じる波長みたいなものを感じてさ」

「偶然ですね。俺も漆黒さんにすごく似たものを感じました」

「ダークフレイムマスターっ! 敵と仲良くしちゃダメだってばぁ~~っ! うにゅぅ~~っ!」

 六花はポカポカと胸を叩きながら勇太に抗議した。

「立ったまま話すのもなんだし座ってくれ」

「ええ。そうさせていただきます」

 漆黒の勧めに従って席に座る勇太。

「勇太の馬鹿ぁああああああああぁっ!!」

 少しも自分を格好つけさせてくれない勇太に六花の不満は爆発したのだった。

 

 

 勇太が席に座ってしまった為に六花も席に着かざるを得なくなった。

 本来であれば、着席する前に皮肉を飛ばしあってどちらがより高貴な存在であるのか優劣をつけるはずであったのに。

 六花にとってこの流れは不満だった。けれど、そんな彼女の不満を無視してオフ会は進んでいた。

「じゃあ、改めてオフ会を始めたいと思うわけだが……」

 司会進行は漆黒が担当している。見れば、黒猫はムスッとした表情で漆黒から顔を背けている。六花と同じく、相方に不満を持っているようだった。

「じゃあ、まずは自己紹介からだな」

「そうですね。俺はまだ今日の参加者について何も知りませんし」

 ダークフレイムマスターだった少年はすっかり富樫勇太に戻ってしまっている。

 本当に短すぎる再覚醒だった。

「じゃあまずは俺からだ」

 漆黒が姿勢を正した。

 

「俺は漆黒。コイツ風に言うなら現世での仮の名は高坂京介。高校3年生だ」

 京介はニカッと白い歯を見せながら笑った。漆黒には似つかわしくない眩しい笑顔。けれど、彼が京介という人間であるなら間違いではない笑顔だと六花は内心で思った。

「じゃあ、高坂さんは俺達より2歳年上になるんですね」

「へぇ~。じゃあ、君達は高校1年生ってわけか」

「はい」

「良かったな、黒猫。同い年の同じ趣味仲間ができたぞ」

 京介は笑顔で黒猫へと振り向く。けれど、彼女の方は不機嫌な表情を向けたままだった。

「別に私は邪王真眼が同い年だろうが年上だろうが年下だろうが構わないわよ」

「そう言えば黒猫は桐乃の1歳上だもんな。年齢の区別なく友達になれるのは偉いぞ」

 京介は黒猫の頭を撫でた。黒猫の顔が真っ赤に染まった。

「子ども扱いしないで頂戴っ!」

 両手を振り上げて怒っている。けれど、頭に載せられた手を払おうとはしなかった。

「まったく。貴方といるといつも調子が狂ってしまうわ。堕天聖の威厳が損なわれる」

 黒猫は大きなため息を吐きながら姿勢を正した。

 

「まあいいわ。次は私よね」

 黒猫は長い黒髪をひと撫でして優雅に払ってみせた。

「私は千葉(せんよう)の統守(ガーディアンルーラー)堕天聖黒猫よ」

 先ほどの怒りはなかったことにして黒猫はすまし顔で自己紹介してみせた。

「ちゃんと人間世界の仮の名も名乗れよ」

 京介が黒猫に追加説明を要求する。

「そうね。私のこの世界での仮の名前もちゃんと名乗る必要があるわね」

 黒猫は意地の悪い笑みを浮かべながら京介を見た。それから六花達へと顔を振り返りながら自己紹介を続けた。

「私の人間界での名は……」

 黒猫は小さく息を吸い込みながら人間界の仮の名、人間界から見れば真名を述べたのだった。

「高坂瑠璃、よ」

 黒猫の頬に赤みが差した。

「「「えっ?」」」

 話を聞いていた六花達3人の驚きの声が揃った。

 

「えっと、それは高坂さんと黒猫さんが兄妹ということでしょうか?」

 一番早く立ち直った勇太が黒猫に一番ありえそうな可能性を聞いてみた。

「私と京介の間に血縁関係はないわ。少なくともこの人間の世では」

 黒猫はきっぱりと否定してみせた。

「えっと、それじゃあ、何故2人の苗字が同じなので……?」

「私と京介は永遠の呪い、永遠の契りを交わした仲だからよ」

 黒猫がわずかに俯いた。その顔は真っ赤に染まっていた。

「ちょっ、ちょっと待てぇ~~っ!」

 京介が焦ったようにして制止を求める声を上げた。

「お前の人間名は五更瑠璃だろうがぁっ!!」

「そんな平均寿命90年の現代において最初の20年かそこらしか使わない仮の名前に興味はないわ。私の真名は高坂瑠璃よっ!」

 黒猫は怒ったように反論する。

「えっ? 俺達、いつの間に復縁したの? ていうか何? 結婚しているの?」

 目を白黒させながら戸惑う京介。

 

「永遠の契り? 復縁? えっ? えっ? 2人の関係って一体?」

 勇太はますます混乱している。

「私はまだ京介から別れようって言葉を聞いたことがないわよ」

「でも、黒猫はあの夏の日、別れようって確かに俺に……」

「私とよりを戻して、私を永遠に貴方のものにするかは京介次第だって言っているのよ!」

 黒猫は完全に逆ギレしたような状態で京介に畳み掛けている。その勢いに京介は完全に気圧されている。

「いや、急にそんなこと言われても……」

「急じゃないわよ。京介は……私じゃ、ダメなの? 私にはもう、貴方の一番になる資格はないの? 貴方の隣にいては迷惑なの?」

 悲しげな瞳で訴える黒猫。

「それは、俺は…………っ」

 戸惑う京介。

 六花達の眼前で繰り広げられているのはどう見ても痴話げんかだった。

 

「初対面の人達の痴話げんかを見せられて俺にどうしろと……」

 勇太は2人の喧嘩に引いているようだった。周囲の目が自分たちのテーブルに集まっていることを気にしている。

 一方で勇太とまるで違う反応を見せたのが復活を果たした六花だった。

「夜の女王と漆黒のカップリング。素敵っ! 超かっこいいっ!!」

 瞳を輝かせながら2人を興奮の眼差しで見つめている。

「2人の結婚式は? 結婚式はいつなの!?」

 鼻息荒く黒猫達に尋ねる。

「結婚式はいつなのですって。京介はどう答えてくれるのかしら?」

 黒猫は挑発的な瞳で京介を見る。けれど、その体は小刻みに震えていた。

「そうだな……俺もいい加減に覚悟を決める時だよな」

 京介は短く息を吐き出す。それから震えている黒猫の右手を上からそっと握った。

「俺と黒猫の結婚は……俺がもっとしっかりして、黒猫が不安を抱かずに済むように包み込めるようになったらだな」

 京介が黒猫の手を握る力を更に篭めた。

「俺、瑠璃を待たせることがないように頑張るから。だから、ずっと一緒にいて欲しい」

 京介の力強い宣言。

「あっ、貴方、それ。自分が何を口走っているのか分かっているの? プ、プロポーズなのよ……」

それを聞いて黒猫は顔をボンッと爆発させていた。

「すごいすごいすごいっ! 漆黒超かっこいい~~♪」

 大興奮の六花。手を盛んに叩いて喜んでいる。

 漆黒の態度は、六花にとっても好ましいものに思えた。

 六花もあんな風に熱心に口説いて欲しいと思った。隣に座る勇太の顔を見ながらそう思った。

「こっ、言葉の責任は……取ってもらうわよ。貴方がこれ以上だらしない雄でいることはもう許されないわ。わっ、私はもう貴方から生涯離れないのだから」

 ツンツンしながら黒猫は京介の肩に寄り掛かった。

「いいっ! 漆黒と夜女王の夫婦。すごくいい~~っ! 私、2人の結婚式に絶対行くから~~っ!」

 興奮が冷めやらない六花。黒猫は顔を赤くしたまま京介に寄り添っていた。

 

 

 

 

「え~と、そろそろ君たちのことを教えて欲しいんだけど……」

 込み上げる恥ずかしさに耐え切れなくなって向かい側に座る2人に話を振ってみる。

 黒猫とよりを戻せたのは嬉しい。前みたいに寄り添ってくれるのも嬉しい。

 けれど、店中の注目を集めているこの環境は酷だ。加えて俺が漆黒のコスプレをしている状況はもっと酷だ。

 少し離れたテーブルの若い男が盛んに携帯を弄っているのが気になる。アイツ、俺達のことを写真に撮っていた。そして今、何を熱心に情報発信しようとしている?

 やはりしばらくネット接続、特に漆黒のキーワード検索はしない方が無難だろう。舌を噛みたくなる情報を目にするであろうことは明白だった。

「そうですね。じゃあ、俺から」

 全身黒尽くめのちょっと痛い系の服装をした、勇太と呼ばれている少年が和やかな雰囲気で話し始めた。

 

「俺はダークフレイムマスター。人間名っていうか、本名は富樫勇太です」

 富樫くんは見た目と違って随分爽やかに挨拶してくれた。

「えっと、富樫くんは……コスプレの趣味があるとか?」

 自分の趣味は棚に上げて尋ねてみる。何ていうか、コスプレとも割り切れない痛い格好だった。

「俺、中学時代は重度の邪気眼系中二病患者でした。この服は……その時のものです」

 富樫くんは目を伏せて辛そうに答えた。

「高校進学に当たって中二病を卒ぎょ……距離を置きました」

「ああ。なるほど」

 富樫くんの言葉に頷きながら俺は横目でそっと黒猫を見た。女子高生現役中二病患者の彼女を。

 

「何よ?」

「いや、別に」

 特に何かを考えて黒猫を見たわけじゃない。ただ、黒猫が現役中二病患者であるのが事実だというだけ。

「貴方が生涯を共にすると宣言した女が闇の住人だった。ただそれだけのことでしょ」

「まあ、黒猫のこういう所を最初に会った時から十二分に知っているわけだし。確かに問題はないな」

 俺は漆黒のコスプレをオーケーした。インターネットで曝されることも覚悟を決めた。

 最初からそういう合意があるのだから、俺にとって中二病はそんな深刻な問題じゃない。少なくとも俺が黒猫と一緒にいる分には。

「俺は中二病な所も含めて黒猫のことが好きだしな」

「なっ、なっ、なあっ!?!?」

 黒猫が急に硬直した。全身を真っ赤に染め上げて可愛い反応だった。

「あっ、貴方は何を恥ずかしいことを口走っているのよっ!?!?」

「ただ事実を述べただけさ」

 口をパクパクさせて酸素不足に陥っている黒猫。そう言えばコイツは、毒舌上等の割りに人並み以上に初心な精神も持ち合わせているのだった。

 そんなことを思い出してちょっと楽しくなった。

 

「すごいっ! 漆黒超かっこいい~! 夜の女王が完全にメロメロ~っ!!」

 富樫くんの隣の眼帯を付けた少女が興奮しながら立ち上がる。

 この子はどうも恋愛話がとても好きっぽい。その辺は普通の女の子ということか。

「じゃあ次は、六花の番ということで」

 富樫くんが六花と呼んだ少女へと顔を向けた。

「うん。分かった」

 六花さんは右手を前に向かって突き出しながらポーズを取った。

「私は、闇の世界最強である邪王真眼の使い手。不可視境界線の探求者。富樫六花16歳っ!」

 手をクロスさせてビシッと決めてみせる六花さん。

 うん。彼女は黒猫と同類だ。言動に多少の差異はあるけれど同じだ。即ち、重度の邪気眼系中二病患者。でも、大事なのはそれよりも、だ。

「彼女、富樫と名乗ったのだけど?」

 苗字が何故同じなのか。それが重要だった。

「六花の本名は小鳥遊六花ですっ!」

 富樫くんが慌てて修正する。

「フッ。平均寿命90年の現代において最初の20年も使わない仮の名前に興味はない。私の真名は富樫六花っ!」

 六花さんはポーズ付きで力強く言い切った。

「この女、私の言葉を平然とパクッたわ」

「良かったな。黒猫の言葉を引用してくれる友達に出会えて」

 黒猫の頭を撫でながら和ます。コイツの電波言葉は無視されるか笑われるかどちらかだったから。人に受け入れられたことは誇るべきだろう。

 

「六花さんがこう語っているということは、富樫くんと六花さんは付き合っているんだな」

 なるほど。カップルでオフ会に参加というわけか。ツッコミだけが取り得そうな顔をしてやるな、富樫くん。

「いやいやいやいやいや。俺と六花は付き合ってなんて全然……」

 必死に首を横に振る富樫くん。けれど……

「私と勇太は同じ家に住んでいる」

 六花さんは、2人の仲を堂々と暴露してくれた。

「そっ、それって、同棲しているってこと? 可愛らしい顔をして意外とや、やるわね……」

 黒猫が冷や汗を垂らしながら驚いている。夜の女王の体面を取り繕うと必死になりながら。

「いやいやいやいやっ! 俺と六花は同じマンションに住んでいて、俺の家の丁度真上が六花の家だってだけですからっ!」

「ロープを垂らしていつでもお互いの部屋を行き来できるようにしている」

「その手段を使って勝手に俺の部屋に入り込んでくるのは六花の方だけだぁ~~っ!!」

 必死に弁明を続ける富樫くん。そんな様を見て、2人がどんな関係なのか大体想像がついた。

「女にあんなに積極的な言動を取らせながら煮え切らない体たらく。京介そっくりのだらしないオスね」

 黒猫が俺に向かって非難の視線を送る。

「何気なく俺への非難に変えるなよな」

「勇太は私のことをいつだって守ってくれる。超かっこいいっ!」

 六花さんはポーズつきで熱く語る。

「いや、それは、俺が六花のことを放っておけないっていうか。心配だからというか……」

「お節介で自覚なしに女のハートを掴んでさらってしまう所も貴方にそっくりね」

「ほっとけ」

 黒猫から僅かに目をそらす。この集まりはどうも男の方が気まずくなるものらしい。

 

「で、富樫くんは六花さんのことをどう思ってるんだ?」

 黒猫の指摘通り、煮え切っていないだろう富樫くんにストレートな質問をぶつける。

 残念ながらだらしないオスは何かの後押しがないと踏ん切りが付かないのだ。

「お、俺は六花のこと……」

 俯く富樫くん。その彼の顔を覗きこむ六花さん。興味津々。けれど、不安もあるのが表情に出ている。感情豊かな分かり易い子だ。

「好きか、そうでないか。二者択一でいいさ」

 自分を基準に考えた場合、選択肢を与えすぎると曖昧な答えしか返さないと予測が付く。

 だから、二択を要求してみた。

「六花のことが好きか、そうでないか……。そ、それで、言うのなら」

 富樫くんは顔を上げた。まっすぐを向いた真剣な瞳。

「俺は、六花のことが…………好き、です」

 顔を真っ赤に染めながら彼は言い切った。

 友達同士のlikeでは済まない好きであるのが明白な回答だった。

 

「ゆっ、ゆっ、勇太ぁ~~~~っ!!」

 富樫くんの告白を聞いて六花さんも顔を真っ赤に染め上げていた。

「わっ、わっ、私も、私も勇太のことが好きっ! 大好きっ! 天界と魔界と人間界の三界合わせて一番好きっ!」

 そして熱暴走したようにして大声で富樫くんに告白していた。

「りっ、六花。それって……」

「私は……ずっと前から、勇太のことが大好き~~~~ぃっ!」

 店内に迷惑を掛ける大声。でも、それだけ彼女の本気が窺える告白だった。

「良かったな、富樫くん。六花さんは君のことが好きだってさ」

「女の気持ちにちゃんと応えてあげるのがオスの義務なのではなくて?」

 富樫くんをこの際だから追い込んでみる。男ってのは勢いで動くことも時には必要なのだ。

「そっ、それは……」

 たじろぐ富樫くん。

「ゆっ、勇太……っ」

 キラキラした瞳で富樫くんを見る六花さん。

「…………分かったよ」

 苦悶の表情を浮かべた果てに富樫くんはガックリと首を落とした。降参の合図だった。

 

「六花」

 富樫くんは真剣な表情を浮かべると彼女の名を呼びながら手を握った。

「俺……六花のこと好きだから」

 控え目ながらもストレートな言葉での告白だった。

「…………うん」

 六花さんの瞳が潤んだ。幸せそうな表情を浮かべている。

「そのさ、俺と……付き合って欲しい」

 また直球勝負だった。

 富樫くんの告白を聞いて六花さんの体が大きく震えた。ついで彼女の瞳から大粒の涙が流れ始めた。

「……うん。分かった。勇太とずっと一緒にいるから。だから、私を勇太の彼女にして」

 六花さんは泣きながら富樫くんに抱きついた。カップル誕生の瞬間だった。

「ちょっと。女が泣いている姿を凝視するなんてマナー違反よ」

 黒猫に耳を引っ張られて顔の向きを変えさせられる。

「私も、夏休み前にあのダークフレイムマスターみたいにきっぱり告白してもらえていたら、こんな遠回りせずに済んだのよね……」

 その黒猫は羨ましそうな、ちょっと拗ねたような表情で富樫くん達を見ている。

「これからは、ちゃんと想いを言葉にして伝えるよ。黒猫を不安がらせたりしない」

 復縁したばかりの彼女に誓う。

「しっかりしてよね。私と貴方はもう、離れられない運命なのだから」

 黒猫は俺の方を振り返ると微笑んでくれた。

「勇太、大好き♪」

「俺もだよ、六花」

 俺と黒猫が復縁できたのも目の前でラブラブなオーラを発しているできたてカップルのおかげなんだよな。

 人の縁に感謝ってやつだな。今日のオフ会は実に気分良く進行できそうだった。

 

 

 邪気眼系中二病娘達のオフ会を通じて2組のカップルが生まれた。

 多分、前代未聞のことだとは思う。

 でも、この嬉しいハプニングの後は良い雰囲気のまま会を進められる。

 そう思っていた。でも、それが大きな間違いだった。

「じゃあ、自己紹介も済んだ所でそろそろ今日の会合の本題へと移りましょうか」

 黒猫の瞳が尖る。今までとはまるで違う刺々しい雰囲気。

「望む所。私はその為にここまで来た」

 六花さんも今までになく真剣な表情。やはり雰囲気が固い。

「富樫くんは今日の会合の主旨が何だか知っているのか?」

「さあ? 言われるままについて来ただけなので」

 俺達男の参加者は本題とやらを知らない。

 親睦の為のオフ会じゃないのか?

 疑問を抱きながら2人の少女の反応を待つ。先に動いたのは六花さんだった。

 

「漆黒はすごくかっこいい!」

 六花さんは立ち上がりながら突然大声で叫んだ。

「ホワット?」

 何か突然誉められた。これは一体何のフラグだ?

「でも、ダークフレイムマスターはもっとかっこいい! 世界で一番かっこいい!」

 六花さんは富樫くんの肩を何度も叩きながら興奮して叫んだ。

「「へっ?」」

 富樫くんと声が揃う。一体、六花さんは何を言ってるのだろう?

「フッ。魔導空間であれだけ語ったというのに相変わらず真実が見えない女ね」

 続いて立ち上がったのは黒猫。余裕たっぷりに含み笑いをみせると、片手を顎に当ててテレビでよく見る高飛車ポーズを取ってみせた。

「世界で一番かっこいいのは、私の漆黒。高坂京介に決まっているでしょうが!」

「「ええ~っ!?」」

 また富樫くんと声が揃った。

 

「違うっ! 世界で一番はダークフレイムマスターっ! 勇太最高っ! 勇太最強っ!」

「違うって言っているでしょっ! 世界で一番かっこいいのは漆黒っ! 私の未来の夫なのよっ!」

 店内で激論が交わされていた。客達の注目を全て集める激しくも恥ずかしい討論が。

「私の勇太が世界で一番かっこいいのっ!」

「私の京介よっ!」

「勇太っ!」

「京介っ!」

「「ぬぬぬぬぬぬぬっ!!」」

 激しく睨み合う黒猫と六花さん。

「なあ、もしかして2人が争っている内容って。今日のオフ会の目的って……」

「多分、そうなんだと思います」

 冷や汗がダラダラ垂れていく。

 このオフ会の真の目的って……もしかしなくても邪気眼系中二病少女同士の彼氏自慢なのか?

 誰か、この不毛極まる、でもちょっとだけ嬉しかったりもする状況を何とかしてくれっ!

 そして俺の願いは斜め上を行く方向で叶えられてしまったのだった。

 

 

「クックックック」

 その笑い声は店内の奥まった一角、死角となってよく見えない箇所から聞こえて来た。

「邪王真眼も堕天聖黒猫も、この我を抜いて世界の覇者を気取るとは片腹痛いわ」

 声と共に足音が近付いて来る。

「この1万年の悠久の時を生きる、夜の血族の真祖レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌を除いて世界最強を語るなど言語道断っ!」

 声と共に現れたのは、黒いゴスロリ服を着た金髪碧眼のツインテール少女だった。

 黒猫より幾分幼い彼女は右目だけは赤くなっており、オッドアイ仕様になっている。

 ……うん。どう見ても中二病患者です。

 夜の血族の真祖とか、レイシス・ヴィ何たらと言っていることからも間違いありません。

 黒猫のネット上のお友達がまた1人会場に到着したようです。

 しかしこの子、黒猫と声がそっくりだな。目を瞑って聞いていたら全く違いが分からないぞ。

 

「レイシス卿が何故ここにっ!? 貴方は遠き夜の地に留まっているのではなかったの?」

「魔界三巨頭が一つの場に会するだなんて……。これでは魔界のバランスが崩れ、人間界にも重大な影響が!」

 お友達の登場を大げさに驚く黒猫と六花さん。

 こういう場の盛り上げ方の共同演出を見ると、会ったばかりなのに君達仲良いねって思う。やっぱり同じ趣味というか生き方の同志だからだろうなあ。

「クックックック。三界の覇者を決める聖戦に真祖である我が参加せずしてどうする? 貴様らとの格の違いというものを見せてやろうとわざわざここまで来てやったのだ」

 皮肉っぽくもやたら嬉しそうに語るレイシスさん。

 この子も自分の同類と出会えてすごく嬉しいに違いなかった。

「さあ、我の前世の恋人、我の半身、我の最強の守護、黄褐色の聖王子(プリンスオブプリンヘッド)の雄姿を見て格の違いを思い知るが良いっ!!」

 レイシスさんの声に導かれて1人の男がゆっくりと俺達の座るテーブルへと近付いてきた。

 なっ、何なんだ!? 

 あの男はっ!?

「京介っ」

 黒猫が俺にしがみ付いてくる。

「勇太ぁ~~~~っ」

 六花さんは富樫くんにしがみ付いた。

「「頭が、痛いっ」」

 

 俺達のオフ会は、ノンストップで斜め上の方向へと突き進んでいた。

 

 

次回 俺の彼女がこんなに中二病なわけがない 堊忌覇薔薇三魔会戦     

(予定は未定 というか実は何も考えてない)

 

 

 

 

 


 
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