No.515425 そらのおとしもの 棒旗遊戯(ポッキーゲーム)42012-12-05 23:14:42 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:1454 閲覧ユーザー数:1413 |
そらのおとしもの 棒旗遊戯(ポッキーゲーム)4
棒旗遊戯決戦。
『バウバウバウバウバウバウバウ~~ンっ!!』
空腹を利用して犬と化したアストレアはイカロスのポッキーを食いちぎることに成功した。しかし──
『イカロスちゃんが勝っていたら~~即座に一刀両断にしようと思っていたのだけど~。アストレアちゃんが勝ってくれて助かったわ~♪』
アストレアの前に現れたのは石の仮面を被った最強にして最大の敵である五月田根美香子だった。
『……会長さん。その翼は?』
『空からゴミが落ちてきたんで~~再利用しただけのことよ~~。この仮面をつけているとね~~色々なものを取り込めるようになるのよ~♪』
『……それでは、その右手のビームセーバーは?』
『イカロスちゃんってば~♪ これは私のポッキーに決まっているじゃないの~♪』
美香子はシナプスのマスターから翼を奪い、機動力も攻撃力も大幅にパワーアップを遂げている。その能力値はチートという単語だけでは説明できないほどに膨れ上がっていた。
『さあ~最後まで残った者同士。最終決戦といきましょうか。アストレアちゃ~~ん♪』
『師匠~~~~っ!!』
棒旗遊戯は遂に最終決戦の時を迎えていた。
「……会長さん。アストレア」
イカロスは最終決戦に臨む2人の戦士を遠い瞳で見ていた。
この戦いは自分が勝つものと信じて疑わなかった。
Ver2となった自分の強さには自信があった。確かに戦闘力だけならカオスの方が上。だが、頭脳を駆使した総合力なら勝つ自信が十分にあった。
厄介なのは自分と同じく進化を遂げたニンフ。そしてイージスⅡでも容易く切り裂く聖剣殺人チョップエクスカリバーを操る月見そはらだった。
けれど2人は今回の戦いに参加しなかった。だから、優勝するのは自分だと当然のごとく思っていた。
「……私には、何が足りなかったのでしょうか?」
自問自答してみる。それは誰にも回答が与えられない質問のはずだった。けれど、それに答える少女がいた。
「うふふふふ~。それは簡単なことよ~♪」
「……えっ?」
イカロスの目の前に美香子が静止している。呆然としていて石仮面少女の接近に気付かなかった。
「イカロスちゃんに足りなかったもの。それは……」
イカロスには石仮面の下の美香子の顔が愉悦に歪んだように見えた。
「邪悪を極めた心よぉ~~♪」
美香子はイカロスの顔を右手で掴んだ。そして力を込めながらとても楽しげな声を出して高らかに歌い上げ始める。
「URRRRRRRRRYYYYEEEEEっ!! イカロスちゃんの力を吸収♪」
「……なっ!?」
イカロスは全身から急激に力が抜けていくのを感じていた。それと共に視界が一瞬にして真っ黒く染まっていく。
「馴染む~♪ 実に馴染むわ~♪ うふふふふふ~♪」
薄れゆく意識の中で美香子の声が聞こえてくる。
「これがイカロスちゃんの力なのね~♪ 本当にすごいわ~♪ 地球だって指先1つで破壊できてしまいそう~♪」
自分の力が美香子に奪われた。それだけは理解した。
「……私は、マスターの元へ逝くのでしょうか?」
それも悪くない。あの世で智樹と一緒に過ごすのも悪くないと思った。
「安心してぇ~♪ 力の99%を奪っただけだから~イカロスちゃんが死ぬことはないわ~。私が支配する泰平の世を楽しんでね~」
「……私を、殺してもくれないのですね。会長さんは……極悪です」
「最高の褒め言葉よぉ~♪ うふふふふふふふ~♪」
「……なら」
イカロスは残った力を振り絞って空高く、限界高度へと向かってアルテミスを放つ。
「……私が最期に見せるのは、代々受け継いだ未来に託す腐女子エンジェロイドの魂ですっ!」
アルテミスは高度6万メートルを越えた所で大爆発を起こした。
「……BLな世界を守る為、後は任せましたよ…………アストレア」
イカロスは目を瞑り意識を失いながら地上へと墜ちていった。
「イカロスせんぱ~~~~いっ!!」
後輩の悲痛な叫びがイカロスの耳に入ることはなかった。
イカロスが再起動を果たしたのは全てが終わってからのことだった。
イカロスのポッキーを食べたことで最悪の空腹状態からは脱したアストレア。
数分間命を長らえることに成功したエンジェロイド少女はイカロスが美香子に吸収される様を呆然と見ていた。
そして、イカロスが墜落する直前にアルテミスを遥か上空に向かって放った瞬間も。
「イカロス先輩……今のアルテミスは一体どういう意味なんですか?」
アストレアの肉眼ではほとんど見えないほどに上空でアルテミスは爆発した。
イカロスが何故そんなことをしたのかアストレアには分からない。理由を聞こうにもイカロスは気を失って墜落していっていた。
「さあ、アストレアちゃん。最後の戦いを始めましょうか~♪」
美香子が漆黒の翼をはためかせアストレアの前へと翔んできた。右手にポッキーだと自称する暗黒の闇を発するビームセイバーを握っている。汚いという言葉では表しきれないほどのこの世全ての詐欺だった。
「師匠……負けませんよっ!」
けれどアストレアは精一杯強がってみせる。しかしそうは言っても全身から嫌な汗が流れ出て止まらない。
自身の100倍以上の戦闘力を持つイカロスの力を吸収してしまった美香子。圧倒的な力を有しているであろうことは戦わずとも分かった。
「空女王と呼ばれるイカロスちゃんの力を~人間でしかなかった私がどこまで扱えるのか不安だわ~」
ビームセイバーを楽しげに振り回す美香子。軽くはないはずのそれをシャープペンシルのように手で遊んでいる。
「クッ」
アストレアはイカロスが上空へと弾き飛ばしたクリュサオルを回収して握り直しながら構え直す。もう戸惑っている場合ではなかった。悪は目の前にいるのだから。
「それじゃあ…………行くわよっ!!」
美香子は楽しげに微笑むと真正面から突っ込んできた。
「えっ? はっ、速いっ!?」
エンジェロイド中最高の加速性能を誇るアストレアをして美香子の動きは全く捉えられなかった。アストレアの間合いに一気に入って来る。
「うふふふふふふ~~♪」
「クゥッ!?」
アストレアは光子剣を全開にして巨大化し、面の大きさをもって美香子の攻撃を弾いた。剣を楯代わりに使って美香子の攻撃を防ぐ。
美香子の暗黒ソードがクリュサオルに激突する。
「くぅううううううぅっ!?!?」
剣を握る両腕にひどく響く重みを感じた。けれど、それでも何とか剣を落とさずに済んだ。
「さすがは近接戦最強の称号を冠するアストレアちゃんね~。私の初撃を受けたのだから~♪」
美香子は楽しそうに喋りながら2撃、3撃を打ち込んでくる。
「うっ! うっ!? ううっ!?!?」
人間の打ち込みとは思えないほどの重さと衝撃がアストレアの体に伝わってきた。
しかもその打撃が段々と重くなっていく。
「師匠が段々イカロス先輩の力を扱うことに慣れていっている!?」
美香子がどんどん強く強くなっているのは間違いなかった。
「うふふふふふ~♪ 楽しい~♪ 楽しいわ~♪」
美香子は楽しみながら、アストレアの体ではなく光子剣を叩いている。本体を叩き伏せてしまっては面白くないとばかりに。
「このままじゃ……何もできないまま、やられるっ!?」
アストレアは美香子の遊び半分の猛攻に焦っている。
戦力差があるのは分かっていた。けれど、遊び感覚の相手に一方的にやられるとは思わなかった。
けれど、このまま敗北するわけにもいかなかった。
アストレアにはどうしても優勝しなければならない理由があるのだから。
「私は、負けられないっ!!」
瞳を紅く染め上げて反撃に転じる。
「師匠は人間。どんなにパワーがアップしようとも、その外殻はエンジェロイドに比べれば……遥かに脆いっ!!」
アストレアは残った力を振り絞ってクリュサオルを振り上げる。
「師匠っ! いやっ、この世全ての悪っ! 覚悟しろぉ~~~~っ!!」
アストレアは倒すべき目標に対して勢いを付けながら必殺剣を振り下ろした。
「でやぁ~~~~っ!!」
光子剣が美香子の上半身に袈裟斬りに食い込む。
「えっ?」
アストレアは驚いた。美香子は攻撃を避けるか暗黒剣で弾き返してくると思っていたから。
「あっ。ああ。あああ…………っ」
人間を斬ってしまったという事実にアストレアの体が震える。迎撃戦闘を想定されていたアストレアには人間との直接戦闘の経験がない。従って人間を斬ってしまったのは初めての経験だった。故に彼女にとってそれは恐怖となって全身を震わせる体験となっている。
しかし──
「UFUFUFUFUFUFU。UFUUFUUFUFUFU~♪」
斬られた本人はとても楽しそうに笑っている。
肩から胸にかけて剣が深く食い込んでいるのにも関わらず。
「これが戦闘用エンジェロイドの力。アストレアちゃんの力なのね~♪」
美香子はクリュサオルの光り輝く刀身をうっとりと見つめている。
「しっ、師匠……っ」
「UFUFUFUFUFUFU~。何も心配することはないわ~♪」
美香子はニコニコしながら刃を左手で握った。
「へっ?」
人間が光の剣を握る。それが何故可能なのか分からない。そもそも光子剣で何故人間が真っ二つに出来ていないのか。おかしなことが多すぎた。
そして、そのおかしなことはアストレアの理解の限界を超えるまで上昇していく。
「この力~吸収させてもらうわね~♪」
「へっ?」
美香子の声と共にアストレアに体に急変が生じる。全身の力が急激に抜けていく。
「これは……イカロス先輩の時と同じっ!?」
嫌な予感を覚えたアストレアは反射的に剣から両手を離した。
「ARARAARA~。さすがアストレアちゃんの動物的勘は素晴らしいわね~♪」
光を発しなくなった剣を握りながら美香子は楽しそうに笑っている。
「アストレアちゃんの力の全ては奪えなかったけど~この剣が持っている力はいただいたわ~」
美香子が右手に握っている剣を2度3度振るうと地面に向かって放り捨てた。
それと同時に美香子の体につけられた傷が塞がっていく。数秒後には美香子は傷跡さえ全く見られない状態で完全回復していた。
「アストレアちゃんに斬りつけられたことで~イカロスちゃんの力をようやく全開に使うことができるようになったわ~♪」
美香子の全身が禍々しい暗黒のオーラに包まれていく。美香子が握っている剣も巨大に膨れ上がり死を全面にまとう剣へと変貌していく。
「イカロスちゃんもおかしな子よね~♪ これだけの強大な力を有しながら~自分の為に~悪の為に使わないだなんて~♪」
美香子の全身が悪の光でコーティングされていく。少女の姿はまだ人間の形を保っている。だが、その全身を覆い尽くす暗黒のオーラは美香子が既に人間とは呼べない存在になっていることを示していた。美香子の全身は黒い闇に染まっていた。
「UFUFUFUFUFU~♪ 悪の力が溢れてくるわ~♪ 最高に気分が良いわ~♪ 究極生物になるってこういうことなのね~♪」
美香子は両手を広げながら現状を満喫している。
けれど、その体から発せられているイカロスの戦闘力をも、カオスの戦闘力でさえ大きく上回っていた。
悪と力の全的究極的結合。それが今の五月田根美香子だった。
「この世全ての悪(アンリ・マユ)な上に究極生物だなんて……しっ、師匠……っ」
アストレアの全身が震える。
先ほどの美香子を斬ってしまった時の震えとは異なる。生命の危機に対する絶対の恐怖。生物の最も原初的な本能と言える死への恐怖にアストレアは駆られていた。
「ARAARA~♪ こんな姿になっても私のことを師匠と呼んでくれるなんて嬉しいわ~♪」
おっとりとした声は以前と変わらない。
「でもダメなのよ~。私とアストレアちゃんはもう師弟関係ではないわ~。何故なら私はもう~究極の生命体ミカコになってしまったのだから~♪ UFFUYUUUU~」
笑い声も以前と何も変わらない。
けれど、その存在は絶対的に今までと異なっていた。
骨格:さりげなく人間時より胸が大きくなっている
握力:900t/cm2
ジャンプ力:18km
視力:すばる天体望遠鏡並
聴力:ニンフリサイタルからヒロインの心の声まで全てを聞き分けられる。
触角:アホ毛はヒロインのたしなみ
知能:IQ400万
筋肉:そもそも傷がつかない。よって再生もなにもない
好物:人間の見せる絶望の表情(飲まず食わずでも1万年は生活可能)
睡眠:必要なし。でも割と夢見がちで振り向かない男を想っている。
SEX:必要なし。守形英四郎が相手にしてくれないから。したがって、完全なる生物に子孫や仲間はいらない。頂点は常にひとり。
(なあ。あれ。ヤバいんじゃないのか?)
命を落として空美町を守る英霊と化し、大空から女性の着替えばかり覗いていた智樹がミカコを見下ろしながら冷や汗を垂らしている。
「智樹に言われるまでもなくアレはマズイわよ」
アストレアが額に皺を寄せながら智樹に返答する。
(なあ。あの会長をどうにかする策なんてあるのかよ?)
既に死んだ身でありながら智樹はミカコにビビっていた。いや、ミカコの姿を見れば生きているものも死んでいるものも等しく怯えるに違いない。
そんな中、アストレアは智樹との会話によって少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「最初から師匠より私が弱いなんてのは分かっていた。なら、弱者の意地を最後まで見せてやるっての!」
大きく深呼吸する。
アストレアの動物的勘は告げていた。この状況を打破する方法は1つしかないと。
少女エンジェロイドは顔を上げて智樹を見上げた。
「たった1つだけ策はあるわっ! とっておきのやつよ! いいっ!? 息が止まるまでとことんやるわよっ!」
(それって……まさか)
冷や汗を垂れ流す智樹。そんな少年に対してアストレアは全力で背中を向けた。
「プスススススゥ。逃げるわよぉ~~~~っ!」
アストレアは加速型ウィングを全開にしてミカコから全力で遠ざかっていく。
(やっぱりかぁ~~~~っ!!)
智樹の叫び声を背にアストレアは山間部へと向かって逃げ出した。
「UFUFUFUFU~。私から逃げきれるなんて本気で思っているのかしら~?」
ミカコは楽しそうに逃げていくアストレアを見ていた。
「どうすれば、師匠を、ミカコを倒せると言うの?」
アストレアは飛翔を続けながら必死に頭を巡らす。
究極生物と化したミカコを倒す方法を考える。
「ミカコの力があんまりにもデタラメに強すぎて考えが浮かばない~~っ!」
頭を掻き毟る。
相手の力はあまりにも圧倒的。対する自分は剣さえ持っていない。
そんな戦力差ではそもそもどんな策を練った所でミカコを倒せるとは到底思えなかった。
そう、デタラメに強すぎて……。
「デタラメに強すぎて……そう言えば以前、師匠が私に語ってくれたことがあったっけ」
かつて美香子の下で智樹打倒の為に修行に励んでいた日々を思い出す。
『倒したらすぐに刺す~。それが鉄則よ~♪』
『ぎゃぁああああああああああぁっ!?』
美香子は智樹にナイフを突き刺しながらアストレアに向かって戦いの極意を述べた。
『己の能力を過信している輩は、どんなにハイスペックであったとしても、ううん。ハイスペックだからこそ油断が存在しているのよ~。その油断を突いてざっくりざっくり刺していく逆転劇は最高に楽しいのよ~♪』
智樹はイカロスの力を借りてぬいぐるみと化して女子更衣室を覗きに来た。しかしエロ過ぎた為に女子達にみつかり、今こうして美香子により殺戮されている。
『ぎゃああぁっ! ぎゃぁああああぁっ! いぎゃぁあああああああぁっ!!』
智樹を刺し続けながら愉悦を浮かべる美香子。智樹の悲鳴が切れるまでその行為は続けられた。
「今の師匠…ミカコはあまりにも圧倒的な力を得ている。となれば、必ず油断が生じているはず」
飛行しながら目を瞑り、美香子の思考をトレースしながら状況を整理する。
「私じゃミカコにどうやっても戦闘力で勝てない。でも……」
義経との戦い。そしてイカロスとの戦いを思い出す。
「そう。これは殺し合いによる決着じゃない。棒旗遊戯にさえ勝利すれば、ミカコも元に戻るかも知れない」
イカロスに勝利した時の状況をもう1度考えてみる。
「義経にもイカロス先輩にも私は力では及ばなかった。でも、ポッキーを食したことで私は勝利を得た」
振り返って悠然と低速度で愉悦しながら追いかけてくるミカコを見る。
「でも、アレを折るってのはちょっと無理があるわよね……」
ミカコがポッキーと称している暗黒のビームセイバー。あれを折る手段が今のアストレアにあるとは思えなかった。
「他に、どんなルールがあったっけ?」
月乃のルール説明を思い出してみる。
『ルールについて、もう1度説明しますと、参加者の皆さまにはポッキーを1本ずつ持って頂きます。ポッキーは必ず体のどこかに身につけていてもらい、そのポッキーを攻撃や不注意で折られたら失格となります。最後までポッキーを折られずに残った1人が優勝となりますわ~』
『それでは皆さん、優勝目指して頑張ってください。空美町の外に出ては失格となりますからご注意ですわ』
「この中に、逆転勝利へのヒントがあるはずなのよ……」
逆転勝利への一縷の望みを繋いで邪悪回路を発動させる。
『できるだけ汗をかかず~危険を最小限にし~♪ バクチをさけて~♪ 戦いの駒を一手一手動かす♪ それが真の悪なのよ~♪♪』
美香子の邪悪な笑みが浮かんだ瞬間、アストレアの背中にゾクゾクする電流が走った。
「そっか。全てはこの為だったんだ。まさか、こんな伏線が存在していたなんて、全然気付かなかった」
アストレアは決意を固めたようにして大空を見上げる。
「イカロス先輩の想い。確かに受け取りました」
グっと拳を固める。と、次の瞬間、アストレアの身体が大きく揺れてバランスを崩した。
「えっ? 何っ? 何が起きたのっ!?」
突如軽くなった背中を見てみる。
「嘘っ? 右の翼が……ない!?」
アストレアの白く美しい翼の片方がなくなっていた。より正確には綺麗な半円状に抉り飛ばされている。ミカコの攻撃に間違いなかった。
「って、バランスが取れないっ!? おっ、おっ、落ちるぅ~~~~っ!!」
アストレアの体は空美町の休火山、空美山に向かって落ちていく。
けれど、この地点まで飛んでこられたのは幸いだった。
「イカロス先輩のアルテミス。智樹の死。全てはミカコを倒すための伏線だったのよぉ~~っ!」
アストレアは墜落しながら大空に向かって顔を向ける。上空にミカコが悠然と飛びながら自分を見下しているのが見えた。そして、その更に上には──
「桜井智樹っ! よく聞いてちょうだ~~いっ!!」
大空からアストレアを見守っている智樹の姿。
「実はいま、ミカコはパンツを穿いていないのよぉ~~~~っ!!」
かつて恋を自覚した少年に向かって大声で叫ぶ。大逆転の為のフラグを立てる為に。
(なっ、なんだってぇえええええええええええええええええええええぇっ!?!?!)
智樹は驚愕の表情を浮かべながらミカコとアストレアを交互に見て絶叫した。
(そっ、それじゃあ、地面から会長を見上げればぁっ!!!!)
「そうよ。下から見ればプロトカルチャーなのよぉおおおおおおおおおぉっ!!」
アストレアが大声で叫ぶ。その次の瞬間だった。
大空に浮かんでいたはずの智樹の顔が突如消えた。
そして──
(むっひょっひょっひょっひょっひょっひょ~~~~~っ!!)
智樹は空美町の大地と一体化していた。
空美山全体が智樹のスケベ顔へと変貌する。だが、そのスケベ顔は一瞬にして引き攣った。
(かっ、会長が空高くいすぎてスカートの中が見えんっ!!)
悲しみ嘆く智樹。その目には大粒の涙が。しかし、この程度の逆境で諦めてしまうほど、桜井智樹という少年のエロにかける情熱は甘いものではなかった。
(ならばっ! 俺の魂を会長に届かせるまでっ! うぉおおおおおおおおおぉっ!!)
智樹が唸りを上げる。それと共に空美町の大地が激しく鳴動し揺れ始めた。
空美山の樹齢数百年の大樹が地鳴りと共に次々と倒れていく。
天変地異。そう呼んで差し支えない現象が空美山に起きていた。
(震えるぜハートっ! 燃え尽きろヒートっ!! 迸れエロスっ!!)
空美山と化した智樹の顔全体が真っ赤に染まり。そして──
(智樹山っ、大噴火ぁあああああああああああああああああぁっ!!)
空美山は数百年ぶりに大噴火を起こしたのだった。
「やっ、やった……」
アストレアは吹き上がる溶岩を満足げに見上げながら自由落下に身を任せた。
空腹は既に限界を幾度も超していた。アストレアは満足げに笑いながら目を瞑って森の中へと落ちていった。
「なっ!?」
予想外の展開にミカコも焦らざるを得なかった。
(会長のスカートの中ぁああああああああああああああああぁっ!!)
智樹のパトスが大噴火を起こし、溶岩となってミカコに向かって吹き上がっていく。
その速度は、究極生物と化したミカコをもってしても避けられるものではなかった。
「私ともあろう者が……油断してしまったわね」
智樹溶岩がミカコに接触。究極生物と化したミカコは溶岩程度では死なない。けれど、噴火の勢いによってそのまま上空へと吹き飛ばされていく。
成層圏、中間圏、しまいには熱圏さえも超えていき──やがて、大気圏の外へとミカコの体は押し出されたのだった。
「URRRRRRRYYYYYYEEEEEEっ!! 今回は私の完敗のようね。パワーに溺れて謀略を怠るなんて、私もマダマダだわ」
目の前に広がる宇宙空間を見ながらミカコは軽くうな垂れた。
「マスク・ド・Mikakoさんは宇宙空間に出てしまった為に場外負けとみなします。従って、鳳凰院家主催、第1回棒旗遊戯の優勝者はアストレアさんになりますわ」
ミカコのデビルイヤーは大会主催者の鳳凰院月乃が優勝者の宣言を行っているのを確かに捉えていた。
「さて。これからどうしようかしら~?」
宇宙空間に出たミカコは今後の方針に迷っていた。
「イカロスちゃんの力を吸い取ったおかげで~宇宙空間でも問題なく活動できるけど~。う~~ん」
宇宙でも活動可能なイカロスの力のおかげで宇宙空間であっても肺が凍りつくことはない。おかげで地上と変わらずに快適に活動できる。
しかし、それでもミカコは方針を決めかねていた。
「アストレアちゃんに負けた地上で生き恥を曝すのは屈辱だわ~」
眼下に広がる青い星を見る。それから視線を上げて真っ赤に燃え上がる太陽を見た。
「そうだわ~。どうせだからちょっと宇宙征服をして時間を潰してから地球に戻ろうかしら~♪」
ミカコはポンッと手を叩いた。
「とりあえずこの銀河を征服よ~。目指すはイスカンダルね~~っ♪」
ミカコは楽しげに頷くと外宇宙に向かって飛び立ち始めた。
だが、ミカコの飛行速度はイカロスの力を吸収し強化したぐらいなので精々マッハ50。
キロ単位の速度では幾ら頑張っても太陽系の外の星に辿り着くことはできない。
その内に飛び続けることに飽きたミカコは冥王星に降り立った。そしてその不毛の大地に1万2千年ほど滞在することにした。
ミカコが住み着くことになったその星は、死の星(プルート)と時間を遡って言われるようになったのだった。
「もお、朝なんだ」
アストレアの再起動が終わると既に外では朝日が昇り始めていた。
「なんかこの生活リズムって人間のそれとあんまり変わらないわよね」
大きなあくびをして腕を伸ばしながら首を回す。
最近のアストレアは夜にスリープモードに移行して朝になると目覚める場合が多い。
ミカコに力の一部を吸われてしまったこと。片方の翼を失ってしまったこと。エネルギー残量が幾度も危険領域にまで達してしまったこと。マグマの熱に当てられて体内にダメージが蓄積したこと。
棒旗遊戯から1ヶ月以上が過ぎたというのにアストレアの状態は思わしくなかった。
ニンフは吸われてしまった力と翼以外はその内に治ると言っている。けれど、その内というのがエンジェロイド基準の気の遠くなるような時間である気がしてならない。
「まあ、しばらくはのんびりと過ごせば良いかあ」
のんびりと歩きながら宿舎を出る。振り返れば現在の彼女の家である木製の小屋が見える。小屋には大きなプレートが貼り付けられており『アストレア小屋』の文字が見える。
もう1度振り返れば、目の前には多くの猿たちが朝食を待ってうずうずしているサル山が見える。
視線を右に移せばライオンがやる気なく寝ている。左に移せば同じように虎がぐったりと寝ている。
「私も動物園での生活にすっかり慣れてきたわよねえ」
大きく伸びをしながら呟いてみる。
アストレアが棒旗遊戯の優勝特典として月乃に願ったこと。
それは動物園にアストレア小屋を建てて、食料を毎日支給して欲しいというものだった。
アストレアは動物園に実体があることをその条件として付け足した。即ち、動物園が営業中であることを。
言い換えれば、鳳凰院家に動物園のスポンサーになってもらい、その一角に自分の飼育小屋を建ててもらって食料を支給してもらうというのが彼女ののぞみだった。
アストレアは自分も動物達も商店街のみんなも助かる方法として、動物園で過ごす新たな人生を送り始めた。
自分の選択に後悔はない。
「けど、動物園の全部の動物達が私のことを餌だと勘違いしているのが問題なのよねぇ」
右手をライオンに、左手を虎に、足を猿にガジガジとかじられている。更にはタヌキ、うさぎまで寄ってきて彼女をガジガジかじり始める。
アストレアはまだ気付いていない。そうやってかじられ続けているので体の機能回復が思うように進まないことに。
けれど、アストレアは体の治りが遅くても幸せだった。動物たちの命を守れたのだから。
そんな自分を誇りに思う。
「まっ。私の人生は長いんだし、怪我もゆっくり治せばいっか」
アストレアは爽やかな気持ちで空を見上げる。
青色が澄み渡る空美町の大空に桜井智樹とシナプスのマスターが笑顔でアストレアを見守っていた。
棒旗遊戯 完
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棒旗遊戯完結編 アストレアVS美香子
伏線は貼っておいたのでどうやって美香子さんに勝つかはまあお分かりでしょう。
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