No.512867

たとえ、世界を滅ぼしても ~第4次聖杯戦争物語~ 聡明女帝(紫水加護)

壱原紅さん

※注意

こちらの小説にはオリジナルサーヴァントが原作に介入するご都合主義成分や、微妙な腐向け要素が見られますので、受け付けないという方は事前に回れ右をしていただければ幸いでございます。

それでも見てやろう!という心優しい方は、どうぞ閲覧してくださいませ。

続きを表示

2012-11-27 23:16:13 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1513   閲覧ユーザー数:1496

居ない筈の存在、史実とは異なる者達。

たった少しの違いだけで、先の時へ確実に変化を齎す。

【彼女】もまた、その本来の道筋を外れている存在(イレギュラー)である。

 

だからこそ語ろう――――かの崩壊を妨害した、生を望む女帝の手腕を。

 

彼女もまた未来の紡ぎ手、未だ邂逅せぬ彼等を救う為の、重要な者なのだということを。

―――――――郊外にある、寂れた廃工場。

誰もいない筈の其処に、何故か人の気配があった。

冬木の街から少し離れた場所、わざわざ遠出して足を運ばなければならない其処に――――――【彼等】は、いた。

「おのれ…!よもやホテルを爆破するような外道がいるとはな…!わざわざ時計塔から持ち運んだ魔動機もあったというのに、ソレを【殆ど】手放す事になろうとは…っ!」

廃工場の中でも、まだマシと言える室内。

その中で、カツカツ、と苛立たし気に音を立てながら動いている男……冬木ハイアットホテルで死亡したと思われている、ケイネスの姿があった。

彼はあの危機的状況から、何とか脱出に成功していた。

だがそれによる被害は確かにあり、自らの魔術工房を失うことにもなってしまった。

それが今の、ケイネスの苛立ちの原因である。

自らのサーヴァント・ランサーには周辺の警戒を命じ。

その数刻の間に、ケイネスは追われるように廃工場に多数の結界を張り巡らせていた。

しかし、その作業の間も自らを襲撃した者に対する怒りが消えず、ギリギリと歯噛みを繰り返していた。

…………何故、ここまでケイネスは怒っているのだろうか?

 

確かに魔術師としての戦いを行う筈だったのに、それを無意味にされたのも気に食わないだろう。

ホテルは崩壊し、彼の貴重な戦力も殆ど失われることになった。

しかし――――――――――それだけでは、なかったのだ。

 

「……そう、やっぱり暫くは此処を拠点にするしかないのね。」

「っソラウ!?」

 

 

唐突に背後からかけられた声に、はっ、として振り返るケイネスの眼に、その婚約者でもあるソラウの姿が映った。

少し不愉快そうな表情をしているが、どこか納得しているようなその様子に、ケイネスは胸を痛める。

……ソラウの朱色のズボンから、かすかに見える左足には、白い包帯が巻かれていた。

何故彼女が包帯を巻いているのか?

それは、ハイアットホテルの倒壊の時にまで遡る――――――

敵を燻り出してくるようにランサーへ命じ、あとは待つだけでいいとたかをくくっていた。

しかし、敵を待ち構えていたケイネスとソラウを襲ったのは、魔術ではなく化学だった。

突然辺りに響いた轟音と、部屋を揺らすような衝撃。

 

『これは…爆発っ!?』

 

ズズズ…と嫌な音がしだすと同時に、部屋の電気が消えた。

彼等は知らないが、衛宮切嗣の仕掛けた爆弾は電気系統の配線を破壊していた。

それは万が一、逃げられても困る為、自動ドアやエレベーター等の機械を使用出来なくする為。

それが、脱出の手段を狭める為に用意された、衛宮切嗣(魔術師殺し)の周到な計算による罠であった。

これならば、逃げる手段は狭められる。

下の階は崩壊し、まず向かうことは出来ない。

これならケイネス達が屋上へ移動したとしても、向かいのビルから監視している舞弥に狙撃させる事も可能だからだ。

この時点で、既にケイネス達は追い詰められていたのだ。

ホテルから脱出するにはあまりにも絶望的な状況、しかし、それを打破する事が出来る【礼装】をケイネスは持っていた。

まさかこんな事で使用する羽目になるとはと思いながらも、事態の深刻さを理解したケイネスはソラウに自分の傍に来るように言おうとして。

 

『――――――っいけない!!』

『なっ?ソラウっ!戻りたまえ!!』

 

だからこそ、彼女が何かに気付いたように血相を変えてケイネスの傍を離れ、隣の部屋に駆け込んだ時には驚愕した。

慌てて追いかけて、同じように部屋に飛び込んだ時に見たのは……幾つかの魔道具と自らの持ってきていた【鞄】を手に、此方を見るソラウの姿。

 

『ケイネス!早くこれを貴方の礼装に守らせて!』

『ソラウ!?一体何を…!?』

『いいから早く……ぁっ!』

『ソラウっ!!』

 

駆け寄ろうとしたその身を阻むように、再び轟音が響く。

部屋を揺さぶる衝撃に耐えられず、ソラウの身体が揺らぎ、その場に倒れてしまう。

その際に、彼女の細い体が壁に勢いよく叩きつけられてしまったのを、ケイネスは見た。

しかも、何の冗談か――――――――――ケイネスとソラウの間にある床が崩れ始めたのだ。

礼装を使う暇も無い、崩壊する床はその距離をケイネスではなく、ソラウの方へ向かっている。

助けようにも、この距離では間に合わない、このままではソラウが崩壊に呑み込まれる!

『ソラウ―――――――ッッ!!!!!!』

 

だから、その時は本当に衝動に駆られた行動だった。

魔術師としては致命的、しかし、愛する人を守りたいというその気持ちだけは押さえられなかった。

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男は、

その時、ただソラウという1人の女性を助けたい一心で、その行動に出たのだ。

 

 

『ランサーぁぁぁっ!!!!令呪を持って命じる――――【ソラウを助けろ】っ!!!!』

 

右手の甲の令呪の一角が、その叫びによって輝き、消失する。

それと共に、すぐ傍の空間が歪み、その中から若草色の騎士が現れた。

 

『承知した―――――――主!!』

 

騎士の身体が崩れ始めた部屋を一瞬にして駆ける。

気を失い倒れるソラウを抱き上げると、そのままケイネスの元へ戻り、崩壊する部屋から2人を連れて脱出する。

戻った隣室もすでに危険な状態だった。

しかし脱出しようにも廊下に今行くのは自殺行為。

ケイネス自身が張ったトラップが、どのような状態かも分からない。

下手をすれば、暴走しているそのトラップの中を突っ切る事になりかねなかった。

 

だが――――本来の史実。

本当なら、すでに崩壊していた筈のホテルが、まだ崩れ去っていなかった事が、この状況の中での唯一の幸運。

故にまだ間に合う…それを覆せる【礼装】が入った陶磁製の瓶を、急いで服の中から取り出すとケイネスは発動させた。

 

Fervor,mei senguis(沸き立て、我が血潮)…!』

 

ケイネスの詠唱と共に、瓶の中からドロリと音を立てながら、鏡のように金属光沢を放つ液体が湧き出て来た。

量にすれば10リットルも在るソレが、まるで動物か何かのように瓶の外に流れ出て、震えながら球状を模る。

その液体の正体は、大量の水銀。

そして、これこそがケイネス・エルメロイ・アーチボルトが保有する最高位の魔術礼装――――――月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)である。

 

そも、不定形な水銀はありとあらゆる形に変形する事が出来る。

魔術師として稀有な二重属性で『風』と『水』の複合属性を持つケイネスは、この水銀の特性を利用し、

自らの2つの属性の共通である【流体操作】を用いて、自らの魔力を充填した水銀を自在に操るという戦闘魔術を編み出した。

 

Automatoportum defensio(自律防御)!』

 

その声が響いたと同時に、ケイネスを中心としてランサーとソラウを包み込むように、水銀の塊は瞬時にその形を変えていた。

そして――――――――――

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ズガアアアッッ!!!!!!!

 

 

その瞬間を待ち構えていたかのように、部屋の床は陥没し、僅かばかりの原型を残しつつも、火の海に呑まれていったのである。

……ケイネス達の入った水銀の球体は、その後、床の陥没に呑みこまれ一気に落下した。

しかし、内部に走る衝撃もまた、その月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)によって限りなく最小に抑えられていた。

Automatoportum defensio(自律防御)モード】

予め設定されているこの術式は、ケイネスへ危害を加えようとする事象全てに反応し、即座に超剛性の防護膜を生成する。

その反応速度は凄まじく、飛び来る銃弾を凌ぐ事も出来るのだ。

これによって、無事とはいいがたいが、ケイネス達はハイアットホテルの崩壊を乗り越える事が出来た。

その後の事は、一般人に少しばかり【協力】してもらい、この安全な郊外まで退避してきた。

だが無傷とはいかなかった、ソラウが倒れた際に崩れた床の破片で足を切っていたのだ。

その代わりに、彼女が咄嗟に機転を利かせて回収した魔道具と、治療用の装備が無事だったのは、不幸中の幸いだったともいえるが。

守るべき女が、自分が傍にいたにも関わらず負傷したという事実。

それがケイネスには、その彼女の怪我が相当堪えていた。

 

「起きてはいけない、ソラウ。

君はあのホテルの倒壊に巻き込まれかけたんだ!すぐに医師も手配する、だから今は休んでいたまえ!」

「いいえ、今は休んでいる時ではないのよケイネス。

 私達は負けたのよ――――――――この意味、貴方も分かっているでしょう。」

「…っだが、だがこれ以上君にもしもの事があっては…私は…!」

「……………ケイネス、私を心配してくれるのは分かるわ。

 でも貴方は今焦り過ぎよ、敵の罠にかかった事に冷静さを失くしている。

 私を守るというのなら、貴方は今【何をすべき】なのか、分からないのかしら?」

「―――――っ、ああ、すまない…そうだな、相手が誰かも分からない以上、闇雲に動くのは危険だ。」

「ええそうよ、分かってくれたならいいの、冷静になって、これからの事を考えましょう。

………ホテルを爆破したのは【誰】なのか、そこを把握しないと私達は【敗北者】のままなんだから、ケイネス。」

「……ああ、そうだな…この私を、君をここまで虚仮にしてくれたのだ、それ相応の御礼はしてやらなくてはな………!!」

 

自分を責める事無く、落ち着けと静かに語りかけてくるソラウにケイネスは答えを返しながらも怒りに胸の内を燃やしていた。

卑怯な手口で自分達を殺そうとした挙句、彼女に傷を負わせた外道の魔術師を、ケイネスはもはや生かしてはおけない。

 

(赦さん…卑劣な手でソラウに傷を負わせたドブネズミめ!!どんな手を使ってでも、必ずや探し出しその首を斬り落としてくれる……!!!)

(どのマスターが相手であれ、油断は禁物………ここまで怒るなんて、ケイネス、冷静になれと言っているのに分かっているのかしら?)

 

凄まじい怒気を放つケイネスと、何処か冷めた瞳で考えているソラウ。

両者は対極的な態度ではあったが、それでもその胸の内にあるのは同じである。

 

自分達を敵に回したマスターに【死】を、それだけであった。

 

「だが…君の判断は素晴らしかったなソラウ。

 事前にあのホテルでの戦闘を仮定して、出来る範囲での各階のフロアに対して【強化】の魔術を用いておくという考えは間違ってはいなかった。

 あの作業は多少の手間はあったが……今考えると、それのおかげで私達はこうして生きているのだと確信せざるを得ない。」

「ええ――――――まさか、【ホテルの爆破を遅らせる】事に一役買う事になるなんて、思いもしなかったけどね。

 私はただ、万が一にでもホテル内の戦闘になった時、サーヴァントの戦闘にホテルのフロアが崩壊するのを防ぐ為だけにあの提案をしたのに。」

 

そう、冬木ハイアットホテルが本来は一瞬で崩壊していた運命にあったのを阻んだのは、ソラウのある提案によるものだった。

彼等がホテルに滞在をする際に、ケイネスが廊下を魔術工房にしている間に、ソラウもまた彼女なりの考えを持って行動していた。

それが、【ホテルの主要となる階の、フロアの強化】である。

本来なら、そこまでしなくてもいいだろうというその行動は、ただ彼女の【保険】として行われていただけのものだ。

 

「でも、こうして私が生きているのは、貴方とランサーのおかげよ。

 令呪を1つ消費したのは痛かったけど…あの状況で助かった以上、文句を言うのもおかしいものね。

 ―――――――――ケイネス、ランサーは確かに貴方の命を叶えたのよ、少しは労ってあげるのも主としての務めではないかしら?」

「そうだな、奴も少しは役に立つというのは分かった―――――――君の命を守ったのだ、それぐらいは使えるのだと認めてやろうとも。」

「そう、ならいいわ。私は少し休むわね、ここまで移動してきて多少は疲れたわ…」

「ああ、私が此処にいる。

 君は安心して療養していたまえ、ソラウ。」

 

そう会話を切り上げると、ソラウは部屋を出て行った。

その背中を見つめながらケイネスは再び思考を巡らせる。

彼等を襲撃した敵の正体、その可能性を自ら自身で突き止める為に。

<SIDE/ソラウ>

 

「………ふぅ、やっぱり、無理をしすぎたかしら。」

 

部屋に戻ってソラウが上げた第一声は【ソレ】だった。

簡易な形で用意されたベッドに腰掛けると、自らの負傷した左足を撫でる。

 

(けれど、あのままホテルから脱出する時に貴重な戦力と治療具を放棄するなんて、自殺行為だったわ。

左足は骨折した訳ではないから、ある程度は騙しながら治癒を続ければ完治するもの……………私は、死にたくない。

生きてイギリスに戻らないと…私は、こんな辺境の地で殺されるわけにはいかないのよ。)

きゅっ、と強く唇を噛みしめるソラウ。

その彼女の胸元には、綺麗なアメジストのペンダントが輝いていた。

 

そも―――――――【ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ】という女性は、ケイネスの婚約者という立場だが、別段ケイネスを愛している訳ではなかった。

 

ソラウは降霊学科の長でもある、ソフィアリ学長の娘である。

ケイネスは彼女の父親の勧めによって、ソラウと婚約者となった。

時計塔の中でも名門と呼ばれるアーチボルト家と、ソフィアリ家の婚礼。

ソラウは――――――――――その中で別段力ある魔術師という訳ではなかった。

それでも、彼女は天才と名高いケイネスの妻として選ばれたのだ。

 

その理由は、魔術師としては、【単純なモノ】。

 

彼女の中に流れるソフィアリ家の、【魔動の血】。

魔術刻印が与えられなくとも、常人を凌ぐ【魔術回路】。

必要とされているのは、その代々引き継がれてきた【力】。

 

 

決して、【ソラウ】という個人が必要とされていた訳では、なかった。

 

 

明らかな政略結婚。

ソラウの心何て関係ない。

押し付けられただけの婚約者。

 

彼女は、生まれた頃から、愛していない男のモノになる事を約束されていた。

 

 

ソラウはそれを、無念とは思わなかった。

ただ与えられる運命に、疑問すら抱かなかった。

親に与えられる政略結婚の【道具】としての人生。

氷結してしまった、ソラウの魂は、その道を受け入れていた。

 

 

だが―――――――――それを、たった1人、『気に食わない』と思っていた者がいたのだ。

 

 

ふっ、と瞳を翳らせて。

ソラウは自らの首にかかるペンダントに触れる。

 

アメジスト製のそのペンダントは、一見ただのアクセサリーに見えるが、実はソラウの対魔力を上昇させる【魔道具】だった。

それは、出国時前に生家に挨拶に出向いた時、ソフィアリ家の現当主……【ソラウの実兄】から、贈られたモノである。

 

『そうか、明日はとうとう日本(聖杯戦争)に出向くのだな…』

『はい、ケイネスが負けるとは思いませんが…事前に学んだ聖杯戦争の知識も含めて、彼を出来る限り支えていきます。』

『ああ、お前はこのソフィアリ家の息女、無様な姿を見せてはいけないよ。

だが………………そうだソラウ、一足早いがお前にプレゼントだ。

…本当なら、お前とケイネス殿の婚儀の時に渡そうと考えていたのだが、【コレ】は今渡すべきだろう。』

『お兄様、これは…?』

『私の魔力をこの日まで込め続けた【護符(アミュレット)】だ。

もっとも、真っ当な宝石魔術師でもない私では、そこまで強力な魔術を防げるようなモノは作れなかった。

 …ケイネス殿を疑う訳ではないが、敵の魔術師に多少の【呪詛】や【魔術】を使われても、コレが少しでもお前を守ってくれる。

だから――――――――――――必ずケイネス殿と一緒に、【生きて】戻ってきなさい、ソラウ。』

『……はい、ありがとうございます…お兄様……』

 

 

勝利をつかんでこいではなく、【生きて戻れ】と。

【ソフィアリ家の当主】としてではなく、その時確かに、【ソラウの兄】として……その青年は微笑んだのだ。

 

(私は死なない、死ねない。

お兄様が……当主が私をどう思っていらっしゃるかは分からないけれど。

ケイネスと私が生きて戻らなければ、あの方の【懇意】すら無下にしてしまうもの。)

 

最初から決められている人生、その中で、兄妹として生まれた、青年とソラウ。

ソフィアリ家の長男に生まれ、優れた魔術回路を有しながらも、それに驕らなかった人。

そんな中で、特に妬みも侮蔑もしないで、ソラウを家族として大切にしようとした、【兄】。

両親がどう思おうと、【兄】はソラウの結婚相手を、当主である自分が見極めると言い放った。

ソラウがただ政略結婚に使われてしまうのを、快く思ってはいなかった【兄】は、出来る限りソラウを守ろうとしたのである。

 

その兄が―――――ケイネス(婚約者候補)と会話をしている内に、本気でケイネスがソラウを愛しているのを気付いたのが、ケイネスとソラウの婚約の大きな要因だった。

 

『ケイネスが、私を…?』

『ああ、家柄も関係なく、本気でお前を心から愛しているようだ。

お前が婚約に納得できないのは分かる、だが、少し彼を信じてあげてみてはどうだろう。

それでもし、本当にお前が堪えられないというのなら、父上とケイネス殿には私が頭を下げる。』

『そ、そんな…当主にそこまでしていただくわけには…!』

『ソラウ、確かに私は当主だ………だが、【妹】の結婚相手ぐらい【兄】が見極めてもいいだろう?』

『―――――っありがとうございます、お兄様。』

 

そうして、ソラウはケイネスと婚約者として生きる事になった。

実際ケイネスはその性格に若干難ありといった様子だったが、ソラウを決して不躾に扱ったりはしなかった。

しかし、他の人間に傲慢な態度を取っている姿。

ましてや、聖杯戦争を勝ち抜く為に必要不可欠なサーヴァントとの関係を悪化させるような行動はいただけない。

ケイネスの自分の感情を操作できていない、【大人げない】行動が、ソラウはどうしても好意を抱く事が出来なかった。

 

(……ケイネスは、本気で私を好きみたいだけど……やっぱりそこまで好きにはなれないわ。

例え僅かでも私を【モノ】扱いするようなら、どんな男であろうと愛したいとは思わないもの……まぁ、昨夜は随分と、無茶したみたいだけどね。)

 

 

しかし、そのケイネスがランサーに令呪を使ってまで、自分を助けさせた。

それが、存外ソラウの心に響いていた。

聖杯戦争における【令呪】の重要性は、あの時確かに話していた。

それなのに、ケイネスはソラウを助ける為に、その一角を犠牲にしたのだ。

ソラウを見捨てなかった。

ソラウを守ろうとした。

そして、やはり不器用ながらもソラウの怪我を気遣う等、精一杯に語り掛けていたケイネス。

その姿が、僅かにだがソラウの好感をあげていた。

 

(本当に、しょうがない人よね。

ランサーの『魅了』だって私には効いてないのに、あんなに目くじら立てるなんて嫉妬深いというか…馬鹿馬鹿しい。)

 

ふぅ、と右頬に右手をあてて溜息を吐くソラウ。

その脳裏には、ケイネスのサーヴァントであるランサーの事が過っていた。

 

ランサーの真名こと、『ディルムッド・オディナ』たる英雄にはある【呪い】がかかっている。

それが【魅惑の黒子】――――――――――ありとあらゆる雌を虜にするという、魅了(チャーム)の呪いである。

しかし、常人ならばいざ知らず、ソラウは名門ソフィアリ家の魔道の女性である。

いかに魔術刻印を継いではおらぬとはいえ、呪的影響に対しては充分な抵抗力を有している。

更に、今のソラウには彼女の【兄】でもあるソフィアリ家当主の魔力が込められた【護符(アミュレット)】がある。

 

従って―――ソラウがランサーの魅了に引っかかるのは、有り得ないのだ。

もし魅了にかかろうとするのなら、自分から護符(アミュレット)を外して、わざわざその魅了を受け入れないといけない。

そんな無駄に手間のかかる行動を、ソラウはしたいとも思わないし、する必要性すら感じない。

何故ならそんな事をすれば、それはソラウ自身の女性としての誇り(プライド)を傷付け、彼女の【兄】への裏切りになるからだ。

 

 

お兄様(当主)…貴方との約束、私は破るつもりはありません。」

 

ソラウは、スッと伏せた眼を開けて、鋭く虚空を睨む。

その冷たい氷のような瞳は、自らの【生】を遮ろうとした【敵】に対する怒り。

 

「必ず生きて帰ります、その時はケイネスも一緒に。

私も彼も死んだりなどしません…必ずや聖杯を手に入れ、祖国の地へ戻ってみせます…!」

 

ハッキリとした、誰に向けたものでもない宣誓。

それが、【ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ】という女性の、1人の魔術師としての誓いだった。

<SIDE/ケイネス>

 

―――――――ソラウが出ていってから数分。

その間も、ケイネスは自らの思考を止める事無く考えていた。

 

(………やはり、これしか考えられん。

あれだけの規模の襲撃を行うとなると、それ相応の資金と能力が求められるのは明白だ。

あの敵襲の主犯者、信じられんが状況を考える限り【奴ら】しか思いつかん。

よもや、魔術師の戦いに余所者を誘い込むとはな――――――――――愚か者共め!!)

 

ケイネスの中で、ある確信が閃いたと同時に怒りが吹き出し、その感情を持て余していた――――その時、その【気配】を感じ背後に声をかける。

 

「戻ったか……ランサー」

「はっ、ここに!」

 

すっ、と現れた槍兵にケイネスは怒気を抑え込むと、冷静な思考を呼び戻しながら確認をした。

「周囲の状況はどうだ?他のマスターやサーヴァントの気配は確認したか?」

「いいえ、この周囲一帯を現在も監視しておりますが、何者かが接近してくる様子もありません。」

「そうか、使い魔等の存在もいないとなると…我々がこうして生き延びているのを把握している者は少ないといったところか。」

「…主、恐らくですが、セイバーとそのマスターは我々の存命に気付いていると思われます。」

「―――フン、そうだな、あの呪いを受けている以上、逆に考えれば我々の無事も奴らには筒抜けであろうよ。

貴様の槍の呪いを一刻も早く解呪したいのは、【襲撃した奴ら】に間違いないだろうからな。」

「ならば、今回の下手人は…まさか……!?」

ランサーの表情が少し強張った。

信じたくはないのだろう、セイバーという好敵手を無意識にでも認めていたのなら尚更に、だがコレは可能性としては十分だった。

「恐らくは、アインツベルンの手の者だろう。

 他のマスターとサーヴァントの仕業とも否定はし切れんが…あのような規模の爆発を行うとなれば、それだけの莫大な資金が求められる。

 名家でもないマスターには、とてもではないが用意できないであろう。

つまり、この時点で【ライダー】はありえぬ。

あのウェイバー・ベルベッドにそのような資金も能力も無い。

それ以前に、あの野蛮なサーヴァントならば自らの戦車(チャリオット)で突撃してくるだろうとも。

また、それと同様に【アーチャー】もなかろうな。

あのサーヴァントも襲撃ならば自ら襲い掛かってこよう。

ましてや【あの】遠坂の魔術師が、あのような下種な手段を用いてくるとは思えぬ。

 【アサシン】は既に脱落、そのマスターは教会の保護下だ、何も出来はしない。

 

ならば残るは【キャスター】・【バーサーカー】・【セイバー】だが、

そもそも、【バーサーカーのマスター】は【キャスター】に睨まれているようだからな、我々に襲撃を行う余裕はなかろうよ。

キャスターもまた、バーサーカーを気にしている可能性が高い。

つまり―――――――――我々を襲撃したのは、【セイバー】を所有するアインツベルンのマスターだという事だ。」

 

その場で腕を広げて、演説でもするような形で自らの推測を口にするケイネス。

だがその双眸は深い怒りに燃えていた。

彼からすれば、魔術師としての決闘のような神聖な戦いにおいて、科学や兵器等の【まったく魔術と関係の無い】攻撃をされたのである。

魔術師としての戦い、それを行うのが当然と思い込んでいるケイネスには、それが【魔術への裏切り】という行為にしか見えなかったのも、怒りの原因といえよう。

しかし、【戦争】と【決闘】ではあまりにも意味が違うのだが……【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト】という魔術師には、それがまだ理解できていないようだった。

ランサーはそのケイネスの言葉を聞き漏らす事無く受け止めると、苦汁を呑みこんだような表情で呟く。

 

「成程、我が槍の呪いを解く為に、真っ先に襲撃してきたという訳ですか。」

「ああ…だが、そもそも少し前から【妙な噂】は聞いていた、あのアインツベルンが【魔術師殺し】を雇ったと、な。

あのセイバーのマスターが近代兵器を使うような粗忽者には見えなかったが、その道の者を雇ったのだとしたら納得も出来よう。

……はっ!堕ちたものだな、【始まりの御三家】とも呼ばれているにもかかわらず、奴らは魔術師としての最低限の誇りすらも投げ捨てたらしい。

およそ聖杯戦争に相応しくない余所者を招き入れたばかりか、それにより魔術師としての戦いすら放棄し、暗殺者の真似事でもしたいようだぞランサー?お前の望む騎士としての戦い等――――――――奴らは、最初からする気等なかったのだ!」

「…主、これより如何されるおつもりか?」

「決まっていよう?これ以上下らない真似をされても困る。

ソラウを苦しめたアインツベルンの者達には、早々にこの戦争から退場して頂こうではないか。

我々とその他の魔術師に対する【裏切り行為】、その事実を突き付けてやらねば気が収まらん!!」

「承知いたしました、ならばその準備が終わるまでの間、この周囲には何者も近寄らせはしません。」

「む……待て、ランサー」

「は、どうかなさいましたか、主?」

 

ケイネスの宣言に、ランサーはしっかりと頷き自らの与えられた任務をこなそうと立ち上がる。

そしてその場を立ち去ろうとしたが、その後ろから呼び止める声に、振り返った。

その様子に、ケイネスは少し躊躇うような素振りを見せると、顔を背けながらもこう言った。

 

「まだ言っていなかったからな………あの時、我が命に従いよくぞソラウを守った―――――感謝している。」

「……っ!勿体なきお言葉です…主の命は必ずや果たします、これからも…!」

「っそ、そうか…期待しているぞ、ランサー。」

「はいっ!」

 

今生の主君に、初めて認められた歓びに、ランサーの表情が輝いた。

その顔を出来る限り見たくないのか、それとも自らの顔を見られたくないのか、少し言葉に詰まりながらもそう言うと。

ケイネスはそのまま背を向け、自らの魔動機が置いてある部屋に向かって歩いて行った。

 

 

(主が俺を認めてくださった、俺に「感謝している」と言ってくれた!

それだけではない…ソラウ様の為に令呪すら使ったあの決断力、やはり主は我が槍を捧げるに相応しいお方だった!

主――――――どうかご安心を、必ずやこのディルムッドが、主を謀り殺そうとした下種を討ち取り御身をお守りいたします!!)

 

その後姿を見送りながら、ランサーは拳を握りしめて胸の内で強く誓うと、そのままその姿を掻き消し周囲の警戒へと戻ったのだった。

 

 

*************************************************

 

少しずつ、ずれ始めている歯車。

かちりかちりと、別の音色を奏で始めたオルゴール。

彼等の道行きも、僅かな欠片で、少しずつ変わり始めている。

 

未来は―――――――――――まだ、決まってはいない。

 

願わくば、絶望が彼等を閉ざさない事を、そして―――――――――――――確かな未来へ繋がる事を、祈ろう。

【あとがき】

 

誰だこいつらは!?という話になってしまいました・・・;

しかし、これが書きたかったのですよ・・・という事もあり、今回のランサー陣営和解ルートのお話でした。

ぶっちゃけ、この陣営は昼ドラにならなければいいのだよ!

という作者の考えもあり、出来る限り仲良くしていけたらなーと作成されております。

実際、この先の話の流れも考えると、ソラウ様は大変重要な立ち位置にいるので。

下手にヤンデレになってしまわれると困るのですよ・・・それに、同じ女性としては政略結婚の道具とかはちょっと、可哀そうでした。

そんなわけで、小説では登場しなかった「ソフィアリ家当主」に出張っていただきました。

作者は前から思っていたのですが…型月世界の魔術師って、

実際皆が皆酷いわけでもないと思うのですよ、何か理由があってズレていくって感じです。

だからソラウのお兄さんには、若干「凛」みたいな感覚を持っていて頂きました。

兄として妹を見る、魔術師としては珍しいかもしれませんが、その優しさがソラウさんをヤンデレに行かないようにしてくれました!良い事です(笑)

 

さて、次回は久しぶりに登場するあの黒幕……奴がとうとう動き出します。

それに対抗するべく、暗躍を続けるドラグーン&協力体制バーサーカー。

そして、小さな少女の決意が、また1つ未来を紡ぎます。

次回をお楽しみに・・・

 

今回は、【受け継がれし刻印(Fate-stay night A.OST)】をBGMにしました。

※感想・批評お待ちしております。

オマケ

ソラウ様が当主さんに貰った、アメジストの意味です。

何だかんだ言って、当主さんはケイネス先生を応援していると思います!

【アメジスト/紫水晶】 

【意味】

誠実な相手との出会いをもたらす  

障害のある恋をまっとうする  

理想的な異性との出会いをもたらす  

嫉妬・怒りをしずめる  

異性を見る目を養い、男運をよくする  

恋人・家族・友人との絆を深める  

結婚に対する迷いを解消する

【マインド・能力面の効果】

インスピレーション・直感力・決断力をもたらす  

イライラ・怒り・不安・落ち込み・迷いを退け、精神を安定させる  

心の傷をとりのぞき、安らぎをもたらす  

危機・困難をのりこえる精神力をもたらす  

記憶力・集中力・創造性・理解力・表現力を高める  

感情の乱れをととのえ、冷静に物事を見据える判断力をもたらす  

悲しみ・失望・怖れなどのマイナスエネルギーを昇華する  

第六感を高め、潜在能力を引き出す  

災厄よけ・邪気祓い

 

 

……それ以上に、ソラウさんが大切な(シスコン)だと思います(キリッ)


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択