No.511644

red fraction 4(spn/2014cd)

2014世界での、CD馴れ初め話。こちらではR18を省いて載せます。バッハ・カンタータ第一番「暁の星のいと美しきかな」ある一節・今より後よろず世の人、私を幸ひとせん。全能者は、私に大ひなる事を為し給へばなり、その御名は聖なり。とはいえ、本編とは全く関係ございません。ニュアンス使用。

2012-11-24 07:27:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1062   閲覧ユーザー数:1062

 あれから2週間が経った現在、表面上はいつもと変わらない日々を過ごした。いや、事実、変わらない日常だった。

 

 カスティエルの女性に対する態度も、ディーンのリーダーたる行動も。そして二人にだけある、相対の空気も。

 

 本当に、あの日が無かったかのように何も変わらなかった。

 

 それをカスティエルは複雑ながらも受け入れた。

 

 複数の女性達と夜を共にし、朝を迎える。クオーツの奴らと戦い、時に悪魔をも相手にする。

 

 今を生きるのに精一杯な、何一つ変わらない中、カスティエルは時折目を閉じて考える。

酒と薬で鈍る思考では、ほとんど何も考えてはいない。それでもふと、一人ではないのに感じる孤独感で考える。

 

 例えば今なら、久しぶりに誰とも寝ない夜。寝酒も効かず、かといって興奮剤などもっての外。一人では少し広く感じてしまうベッドの上で、眠気の来ないまま眼を閉じる。

 

 あの時、己の意思に反して告げた言葉に嘘はない。

 

―なあ教えてくれよ、君はどこにいる?

 

―……君への過ぎた傾倒から始まったのは、間違いじゃない。人の心を支配できないように、この僕の想いは、尊ぶ物であるべきなんだ。

 

 吐き出すつもりなど無かった言葉は心の断片に過ぎず、全てを伝えきってなどいない。だがディーンは拒絶した。状況を顧みれば、至極当然。

 

 性欲のはけ口として犯す男共と、どう違う。どれだけの美辞麗句を並べたとて、ディーンからすれば、あの時のカスティエルは同じ獣だ。

 

 それでも、と目蓋の奥に宿る姿に乞い願う。しかし口に乗せたのは、別の者だった。

 

「恨むよサム」

 

 自虐的な笑みは、声にした男ではなく、カスティエル自身に。

 

「おかげで僕は、君に敵う術を失った」

 

 最初から分かってはいたが、改めて思い知らされる。

 

 重い目蓋をそのままに、とりあえず今の夜が過ぎるのを待った。

 

 あと数時間で朝日が昇る。陽の光は見えなくても、明るくなれば、このほの暗い思考も、少しは冴える筈だ。

 

 

 

 

 次の日、ディーンとカスティエルは、とある墓地に居た。

 

 兄弟で狩りをした、いつか。墓荒しをしては、何度捕まりそうになったか。

 

 ディーンは幻を追って夢見るように、昔物語を瞬きの間とはいえ、弟を思い出してしまった。

 

 それが悪かったに違いない。ディーンは有り得ぬ猛省をする事で現実から逃げ、体に受ける痛みで、また現実に引き戻される。

 

 悪かった、悪かったよ、だからもう、こんな悪夢は止めてくれ。

 

「ディーン!」

 

「?!」

 

 ハッと意識が急浮上する。名前を呼んだのはカスティエルだ。

 

「キャスっ」

 

 叫ぶと同時に、胸が酷く痛くてむせた。手を当てると血が付着した。いわゆる外傷ではない。それは体の内側から組織を崩壊する技。

 

 かつて味わった、心臓をえぐり潰されるような激痛は、これが現実なのだと知らしめる。

 

 第三者の気配は、ここで出会う筈のない人物。

 

「相対するなりの礼儀を持っていない猿が」

 

「っ……」

 

 頭上から響く無慈悲な声が、この場を支配する権力者として轟く。

 

 悪魔を狩ろうと、ディーンとカスティエルは動いていた。互いを捕縛か抹殺か、一触即発していた戦いのさなか。

 

 彼はまるで、散歩の途中で遭遇したように現れた。あまりに自然で、あまりに最初に交差した顔が、サムに似ていた。

 

 咄嗟にディーンが、「サム?」と口走ってしまった程に。

 

 サムには違いない。ただ中身はもう、デトロイトでルシファーとなっていた。

 

 認めたくはないが、現実は無情にもあるがままをディーンに晒してきた。知っているのに、彼は唯一無二である、弟の名前を呼んでしまった。

 

 それがルシファーの逆鱗を撫でた。一番近くにいた悪魔を、つい殺してしまう程に。

 

「どこでだって構わない、選択の余地など与えない。今すぐ私の視界から消してやる」

 

 蔑みの眼差しに、サムの面影は皆無だ。当然だ、彼はサムではない。

 

 ルシファーは忌々しげ告げると、墓地に物々しく佇む、大木の根元で沈んでいるディーンに一歩近づいた。

 

 ミカエルの器として選ばれた者も今や、獣以下。

 

 神が愛し、天が選んだ、いきもの。

 

 何よりも崇高で神聖でなければならない舞台を、台無しにした背徳の出演者。

 

 そしてこの即席の劇場に居る、もう一人の人物。ディーンを庇うつもりなのか、間に割って入ってきた。

ルシファーは元天使をマジマジと眺め、ディーンには一遍も与えない憐憫を向ける。

 

「カスティエル……君がそんな猿に、いつまでも付いていたことは存外理解に苦しむ。堕天の要素がお前には少なからずあったのに」

 

 つまりほんの欠片でも、己に近しいと述べた。

 

「そ、んなの……っ、こっちから願い下げだ」

 

「……節度すら失ったか」

 

「別に問題ない……」

 

 から威張りで片笑むも、額の傷の痛みで顔をしかめた。おそらく血が流れているだろう。ディーンほどの攻撃を受けていないが、それでも人間の体には十分すぎるほどの苦痛が全身を襲う。

 

 それでも、しなければならない事がある。

 

 カスティエルは体を屈め、力なく横たわるディーンの顔を覗き込む。

 

「ディーン、しっかりしろ」

 

「ああ……」

 

 弱々しくも返事をする姿に安堵し、ディーンの胸から流れる血を一瞥する。

 

「動けるなら、早くここから逃げろ」

 

「痛、ぅ……っ、キャ、ス……?」

 

「出来るだけ時間を稼ぐから」

 

 だから、と続けたであろう言葉をディーンが遮る。

 

「何、考えてやがる、お前はもう」

 

「知ってる」

 

 またカスティエルは笑んだ。今度は己を皮肉るために。

 

「どの時でも、あれには勝てない」

 

 アレとはルシファーに他ならない。ミカエルと同じく、かつては大天使であった。最も神に近い存在とまで言われた、明(あけ)の明星であり、暁(あかつき)の子。

 

 ただの一戦士に過ぎなかったカスティエルでは、出会うことすら畏怖の対象となる相手。

 

 今や地獄の支配者へと姿を変え、サムを器にし、地上に君臨している。

 

 持っている資質が根本的に違い、補う術を持たぬ身では、結果は想像するに容易い。人間となった身なら尚更。

 

 それでも構わない。

 

「良いさ」

 

「キャス!」

 

 掠れた声で叫び、カスティエルの腕を掴む。どんな理由かは定かではないが、引き止めてくれたのが嬉しかった。

 

 君は知らなくていいことだけれど、と心の内で詫びた。それは、彼の存在意義すらも失わせるに等しい見解。

 

「良いんだ、僕は……君の居ない世界に、はなから興味がない」

 

 だから先に死のうが後に死のうが、同じだと説いた。

 

「なっ……?!」

 

 案の定、ディーンは驚愕で言葉を失った。わなわなと震える唇に、状況に似つかわしくない感情で触れたいのを堪えて、眼を閉じた。

 

 使い勝手のある死に方であれば、ディーンの役に立てる。

 

「だから、良いんだ」

 

 三度目の笑みは、心をそのままに表した。

 

 カスティエルの思想に土足で踏み入れたのは、ルシファーだった。

 

「カスティエル、その自己犠牲精神は猿の影響か、それとも戦士であった忠誠心の僅かな灯火か」

 

「どちらも違う」

 

「そうか」

 

 本当はどの回答でも、同じように頷いた。興味は無いが、無いなりに耳は傾ける。

 

 その程度には、依代ではなく人そのものになったカスティエルの持論を聞いてみたかった。

 

 ルシファーは、口弁に対する礼だと告げる。

 

「これの死に様を見せない程度には、君に慈悲を与えよう」

 

 つまりはカステイィエルが述べた、先か後かの違い。

 

「感謝で跪いて欲しい?」

 

「無用だ。どうせすぐに跪く」

 

 それは死人となった塊として。

 

 一歩、また一歩とルシファーが、まずはカスティエルに近づく。

 

 ディーンは胸を抑えながら戦いた。

 

 これは夢か?

 

 こんな痛みを負ってまで、俺は何を見ている?そして、何を見せつけられるって言うんだ?

 

「い、やだ……、そんなの、許さねえ……」

 

 歯の根が噛み合わないほどにガクガクと身震いがする。止まらない、全ての震えが止まらない。

 

 なんて悪夢だ。

 

「駄目だっ」

 

 ディーンは大きく、頭(かぶり)を振った。

 

 これが悪夢でなくて、何だという。

 

「嫌だ、止めろっ」

 

「ディーン……?」

 

 尋常ではない様子に、カスティエルが肩越しに振り返った。だがディーンの戦慄は止まない。

 

 夢なら覚めろ、これ以上の悪夢など、有りはしない。

 

「駄目だっ、サム止めろ!止めてくれっ……!」

 

 心の奥の深い部分、闇で視界の遮られた部分が懇願する。

 

 見放された時に見放した場所。

 

 誰であれ侵入を拒んできた、絶望する虚無の闇。その不可視の闇が奪われきった場所で、奪わないでと泣いた。

 

 こいつを殺さないでくれ、と。

 

 世界に響かんばかりの絶叫は、あの日、天に求め喘いだものと酷似していた。

 

 三者三様に降りかかる断末魔と沈黙を、ルシファーは煩わしげに一蹴する。

 

「…………興ざめだな」

 

 命乞いで訴える名前が、よりのもよって弟の名前。

 

「この後に及んで、まだ私をそう呼ぶのか」

 

 その名で触れた逆鱗に気づいていないのか。

 

「本当に……何故貴様でなければいけなかったのか、それだけが残念でならない」

 

 人類最初の殺人が、兄の弟殺しで象られた世界。兄のカインは、神に愛された弟のアベルに嫉妬し、野原で殺すのだ。

 

 創世記から始まり、長い年月を経て、ここへとたどり着く筈だった、壮大な交響曲に匹敵するシナリオ。

 

 結末のタクトがどちらへ振られるかは、我ら、天使と悪魔の手に委ねられていたのに。

 

 だのにこの兄は自尊心を捨て、弟に、弟の名に乞うのだ。己が調律を狂わせた根源にも関わらず。

 

 この主役の揃いきらない、茶番に等しい舞台はなんだというのか。

 

 突き詰めることすら馬鹿馬鹿しく、ルシファーは踵を返した。もはや今は殺すことすら苛苛しい。

 

 

「次はない。私の前にその醜い姿を晒した罪を容赦しない」

 

 ルシファーは天を仰いだ。

 

「それまではせいぜい、己の愚直さに生き恥を晒しておけ。そして神が作られた、美しき純然たる造形物であるこの世界の音が、新たな詩篇によって奏でられる旋律の音色に耳を傾けるんだな」

 

 レクイエムなど響かせさせない。空が唄うはコラール。

 

「次に対峙する時が、貴様が犯した大罪の果てだ」

 

 禍々しく空を覆う雲の隙間から、雷が光った。

 

 新しい神の鳴りか、または形(なり)か。

 

 

 

 

―暁の星のいと美しきかな。


 
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