No.511642

red fraction 3(spn/2014cd)

2014世界での、CD馴れ初め話。こちらではR18を省いて載せます。バッハのコラール前奏曲「おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け」ある一節・死にたる者に、生を与う、すべての病を癒し、ついに時迫りて我らのために犠牲となり給わん。とはいえ、本編とは全く関係ございません。ニュアンス使用。

2012-11-24 06:48:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1027   閲覧ユーザー数:1019

 二人が戻ったのは、夜も遅くなってからだった。

 

 リサから様子を聞いていたチャックは、彼らが少ないながらも食料を買って、今日中に帰って来たことに驚いた。彼女の話を聞く限り、本当に退治したのかも怪しければ、別行動をあえて取る所に不安を感じたから。

 

 チャックの要望も忘れてはおらず、薬は無かったものの、缶詰は手に入った。

 

 彼らが助けた3人の内、女性は家に返したが、姉弟は両親が感染者にやられたらしく、一度ここで預かることにした。施設に行くか親戚に渡すかは、また明日になってからだ。

 

 ディーンは終始静かだった。チャックとの会話も必要最低限で、早々に自分専用の家に篭ってしまった。

 

 カスティエルは変わらない態度で、笑ってチャックに食料を渡す。ただし、その中からワインを1本抜きとるや、彼も自分の棲み家へと消えていったが。

 

 そして今夜の、警護当番の一人はチャックだった。

 

 クローツ、または同じ人間からの襲撃を防ぐための見回りが主な仕事。ただ、ほとんどが焚き木の火を絶やさずに、夜があけるのを静かに待つだけの時間。

 

 チャックは長い丸太を椅子代わりにして、焚き火の傍で座っていた。傍らには、物資の在庫表が書かれてあるボードを立てている。

 

 たまに同じ当番の人とも話すが、誰とも会話が出来るほどフランクでもない。今夜もこうして一人かと、少しため息を付いたら、声をかけられた。

 

「悩み事かい?」

 

 予想外の出来事に、体がビクッと戦いた。大げさなほど肩が揺れ、慌てて顔を上げたら、ワインのボトルと缶ビールを持ったカスティエルだった。

 

 ワインは半分以上飲み干されていて、帰ってきた時とは違うメーカーの物だ。所詮は安酒だが、いつのまにと呆れる。今まで姿を見せなかった理由を想像し、眼を反らせた。

 

 カスティエルは許可も無いまま、チャックの隣に座るや、持っていた缶ビールを渡した。別段断る訳でも無いので、チャックも素直に受け取る。

 

「君が悩ましき女性の子羊ならば、相談に乗るのもやぶさかではないけど」

 

「生憎とキャスのおめがねに適いそうにないから、遠慮しておくよ。あ、でもこれは有難う」

 

「気にするな」

 

 缶ビールを飲む姿を見てから、カスティエルはワインをボトルの口から直接飲んだ。

 

「むしろキャスの方が大丈夫?だいぶ酔ってるように見えるけど」

 

 夜だから分かりにくいが、焚き火の灯りでも彼が十二分に酔っているのは明白だった。

 

「そう見えるなら」

 

 シニカルに笑う彼に、チャックは目を細める。

 

「……キャスは、変わったね」

 

 最初、欲という欲の快楽に溺れ堕落したとしか見えない姿を目にしたとき、驚愕で唖然としたものだが、毎日ともなると順応してしまうらしい。けれどこの違和感は、未だぬぐい去れない。

 

 それを察してか、カスティエルは片眉を上げる。

 

「変わりたくもなるさ、なんてったってこんな世の中だ」

 

 また一口、ワインを飲む。

 

「いつどこで野垂れ死ぬか分からない。だったら、したい事を我慢してたってしょうがないだろ。僕に出来ることも随分と減ったから暇なんだ。散る前の花火のように騒ぐしか、やる事がない」

 

 大げさに両手を広げた後、残りのワインを飲み干した。上品とはかけ離れた仕草を横目に、チャックはちびちびとビールを飲んでいく。

 

「おかしいね」と、ビールを半分ほど飲んでから呟いた。

 

「以前は僕の方が、浴びるように酒を呑んでいた……。昔ほど酒が簡単に手に入らなくなったのもあるけど、なんだろう……必要がなくなったからかもしれない」

 

 缶を両手で握り、その缶に映る影を虚ろに眺める。火でユラユラと湯揺れる様は、不安な心を表現しているように見えた。

 

 不安なのは未来ではない。

 

 カスティエルが「何を」と問うた。

 

 不安なのは、己の存在意義だ。

 

「…………夢の洪水から逃げる事をだよ」

 

 チャックは残りのビールを仰いで飲み干し、グシャリと缶を潰した。

 

「誰にも言わないでくれよ……ある夜から、僕はもう予言を見なくなっていた。それがどういう意味かを知っている」

 

 彼はディーンが天から拒絶された明確な言葉を聞いていないが、そうであるのは知っていた。

 

 かつて預言者だとされた自分は、予知夢を紙にしたためた。カスティエルは天使だったかつて、マニア向けと称された小説を、ウィンチェスターの福音書、とまで言った。

 

 今のチャックに、預言者という力は無くなった。天が降り立たせなくなくしたのだ。

 

 ディーンが器となっても、己にとっては同じ結果だったかもしれない。ミカエルとルシファーを相対させるまでの物語。

 

 だがチャックにとっては、夢から解放されたという事実のみが残ったのだ。

 

 つまり、安堵だった。

 

「僕は……あの苦しみからようやく解放された。頭が痛い、胸を掻き毟るような苦しみ。眠気が襲うたび、またあの洪水に飲み込まれるような夢に怯えてたけど、もう……無くなった」

 

 感謝したよ、と吐露するチャックを、カスティエルは静かに見下ろした。

 

 チャックは潰れた缶を握ったまま膝を丸め、交差する腕に顔を埋める。懺悔する顔を見られたくないのか、この姿が懺悔そのものか。

 

「誰にも言えない、ディーンにも顔向けできない……。あの痛みは、苦しみは、彼の物だ。そして今もディーンだけが続いている。本当なら僕は、ここに居ちゃいけないんだ。彼に守られるべき人間じゃないっ、でもここしか……僕の居場所は無いんだ……」

 

 溜め込んでいた嘆きを吐き出し切ったのか、一度大きく息を吐いた。夜らしい沈黙に、パチリと弾ける火の音が二人の聴覚に響いた。

声のない森閑な空気は、長いと思う心理よりも短かかった。俯いたままの迷い人は、天使であった者に救いの言葉を求める。

 

「キャスだって……そうだろう?」

 

「…………誰だってそうさ」

 

 お互いの視線が交差しないやり取りでも、二人には十分だった。結局は思う相手が同じだから。

 

 たった一人の人間に委ねられている未来である事に、実はさほど変わっていない現実を、ほとんどの人は知らない。

 

「だったら、ディーンの居場所はどこなんだろう」

 

 ゆっくりと顔を上げたチャックは、躊躇いながらもカスティエルの横顔を覗き込む。

 

 夢に見なくても、彼がディーンを想う感情を気づいていた。天界から追われる身となっても、仲間を殺してでも、彼は、カスティエルは常にディーンの為に在ろうとした。

 

「僕は、キャスなら知っていると思ってる、けど……」

 

「生憎、僕には分からないさ。何せ、彼の声すら聞こえないんだ」

 

 チャックの言葉を遮るように告げる言葉は、少し儚げに見えた。

 

「声……?」

 

「ああ」

 

 遠く、とても暗い場所。

 

 明日を思うほどに見えない場所。

 

 その声が、どこなら聞こえるのか。

 

「だから、まだ駄目なんだ。こんなんじゃ、ね」

 

 自虐的な笑みは、ひどく寂しげだった。

 

 

 

 

 悪魔に尋問をしたあの日から、ディーンはハンター稼業を再開させたのかと思うほど、一段と狩りの数を増やした。

 

 狙うべき物は分かっている、けれど願うべき物の場所が分からない。僅かな手掛かりを求めては、一つ一つ潰していく日々。

 

 キャンプのリーダーでありながらこなす、傍らの仕事を知るのは、リサとチャック。カスティエルは時折手伝う程度で、ほとんどが単独で行われていた。

狩りをするディーンの求める先が、随分と前からコルトであるのは明白だ。逸る気持ちを抑えているのも、カスティエルでなくても事情を知る者は理解している。

しかし5ヶ月を過ぎた折、明らかなオーバーワークが見えた。

 

 感染が拡大するに合せ、キャンプも人が増えた。リーダーである以上、彼が決めなければ行けないことは常に同時平行で起こる。

 

 休息を、と求めても素直に応じた試しなど一度も無い。ディーンは動き続け、今日も朝から晩まで忙しなく指示を飛ばしていた。

 

 本日最後の仕事は、リサやカスティエル、チャックといったキャンプの中心メンバーでの会議。

 

 生活面での報告や、クローツや悪魔との戦いに関しての作戦等、ほとんどがディーンの指示をまとめて聞く為の物。 

 リーダーとして全ての事柄を端的に答える姿に無駄はないが、どう見ても顔色が冴えない。

 

「……以上だ、解散」

 

 終わりを告げる一言の後、いつもなら無言で出ていく所を、真っ先にリサがディーンに声をかける。

 

 チャックは扉の前で立ったまま様子を伺い、カスティエルは、この部屋の定位置としている椅子に座ったまま。

 

 リサは女性らしい千里眼で、ディーンの状態を的確に当人に伝えるや、「たまにはちゃんと食べて寝なさい」と母親のごとく叱りつけた。

 

 ディーンは煩わしさを見せつつも、元来女性に優しいのを誰もが知っている。ついでにだらしないのも。中でも相手がリサでは大きな態度など取れず、現に他の人では聞く耳すらもたない所を、「好意だけ受け取る」と言ったのだ。

 

 しかしリサからすれば聞き流されたのと同じでしかなく、憤慨を露にし、扉の前に立っていたチャックを押しのけて出ていった。

 

「ぶっ倒れても看病してやんないわよっ」

 

 叫ぶ内容としては迫力の欠ける捨て台詞に、カスティエルは思わず笑ってしまった。チャックは空気に耐えかねて、リサを追うように出ていっている。

 

「看病しないんだって。とか良いながら結局面倒見るんだよな、女心は複雑で可愛いね」

 

「何を呑気にくつろいでやがる。お前も早く出ていけ」

 

 ジロリと鬱陶しげに睨んだディーンは、テーブルに広げたままの地図の上に数冊の本を広げた。

 

 どうやらまだ何か仕事をする気でいる姿に、カスティエルは座ったまま、ディーンの顔を覗きこむ。

 

「本当に顔色が悪いぞ」

 

「お前よりはマシだ」

 

 嫌味で返されるなど慣れた。元天使は怯むどころか椅子から立ち上がるや、地図の上に両手をついて邪魔をする。

 

「どけ」

 

「減らず口も元気な内が花だな、説得力ゼロだぞ」

 

 余裕ぶる相手に対し辟易するリーダーに、ベッドを顎で指して促した。

 

「僕を帰したかったら、今すぐベッドに行って寝ろ」

 

 カスティエルからすれば、お互い必要最低限しか話さなくなったのに、こうして居残っている意味を理解して欲しかった。それほどに今のディーンは、いつ倒れてもおかしくない程、疲弊している。

 

 気を回しても素直に応じないのなら、己との距離感を利用してでも脅すしかない。カスティエルは視線が合わないように、地図を片付けながら説き勧める。

 

「君に倒れられるとキャンプの秩序が乱れるからな。我らの安眠の為にも、リーダーの体調は死活問題と思え」

 

 いつもなら嫌味を含んだ方が効果的なのだが、今回は別の神経を響かせさせてしまった。

 

「……お前が言うんだな」

 

 少し俯いた姿勢でディーンは呻いた。うまく聞き取れなかったカスティエルは、意味を図りかねて首を傾げる。

 

「……何?」

 

 空とぼけているだけにも見える仕草に、ディーンは無理やり目線を合わせた。

 

「今の全部だ。お前に言う資格あるのか」

忘れたとは言わせない、と射抜く眼が訴える。

張り詰めた空気が部屋を覆い、やがて合点がいったカスティエルの緩んだ表情で、一層険悪な物に変わる。

 

「…………何がおかしい」

 

「いや、そっちから蒸し返してくるとは思わなかったから」

 

 非難されている場面なのに、呑気にも、やはりディーンは疲れているんだなと納得した。でなければ、こんな下手を打たない。

 

 昔と呼ぶには、まだほんの少し短いながらも、既に月日は幾重も過ぎた。そのある日を境に、二人は昔のような会話を交わさなくなった。意味を持つ感情も、意味を持たせる行動も。交わす言葉も互いを揶揄する物に限定され、必要最低限の枠内で留まってきた。

 

 二人だけにある、見えない結界。視線が合う事など稀で、いつもどちらかが、大半はカスティエルから、反らせていた。

 

 だのにこれでは、カスティエルを意識していると教えているようなものだ。ようやくディーンも己の失態に気づき、舌打ちをする。

 

 思えばアレは実に人間くさい行動だったと、カスティエルは己が犯した衝迫を回視する。

 

「……うん、確かに僕は、君を気遣う資格は無いな」

 

 少し寂しげに、けど冷笑的な笑みにあるのは、間違いなく後悔だった。

 

 それは、まだ3日前の出来事。

 

 カスティエルがディーンを組み敷いた日。

 

 

 

 

 廃墟となったアパートの一室で、ディーンは取引の代償に、男に足を開いたのだ。クローツと戦って今日を過ごすしか無くなった、同じ人に。

 

 複数の男を受け入れた後では、純粋な力で負けるカスティエルにも簡単に押さえ込めた。彼は直接ディーンを犯しはしなかった。だが暴力には代わりが無い以上、さほどの差は無い。

 

 埃まみれの床に四肢を投げ出し、汚れた裸体をカスティエルに晒す。一方で服を着たままのジャンキーは、事の終息と共に激情の波も引いていくのを止めはしなかった。

 

「何を考えてやがる」

 

 汚辱を受けても尚、怒声の力は濃い。ディーンの問いに返す物など、カスティエルには何も無かった。

 

「さあね」

 

 簡素な応対は、心の空虚さを物語っている。

 

「何せ、随分と君とは遠いところに居るから、ちっとも、何も届かない」

 

 故にディーンに接するとき、どれが正しいのかすらも、最近は判別がつかないでいる。

 

「なあ教えてくれよ、君はどこにいる?」

 

「何を、言って……」

 

 不可視に晒されている男が問うならまだしも、こんな距離でどこだとは、どういう意味なのか。

 

 カスティエルはディーンを視界に収め、「君はどこにいる?」ともう一度問うた。

 

「僕はそれを知りたい。その為なら何だってしてきた。なのに、まだ……全然足りないのか」

 

 かみ合わない葛藤に、ディーンは困惑の色を濃くさせた。

 

「僕はどこに居る?どこまでの場所まで来た?君はっ、ディーンが全てを捨てようと……っ」

私は……成り得ないディーンの絶対唯一で在りたい。

 

 どうしても最後は、声音に乗せることが出来なかった。

 

 言ってどうなる。デトロイトで起きた事実を変えたとしても、どうしようもない次元の話だった。

 

 生まれ落ちた最初から、カスティエルは敵わぬ相手と対峙している。

 

 だからせめて、こうして醜くも足掻く自分を見て欲しい。

 

「ディーン……僕は人へと堕ちた」

 

 とうに知る事ながら、ディーンにとっては捨て置けない事実を口にする。

 

 カスティエルが天使であった頃、部隊を降格させられたのも、危険因子として再教育を受けたのも、ディーンという存在なくしては無かったから。

 

 挙句にザカリアどころか、天界すらも敵に回した。

 

 過ぎても尚、この瞬間での出来事のように苦しげな表情を浮かべるディーンに、伝えるべきことはそこではないと首を横に降った。

 

「違う、そうじゃない」

 

 罪悪感も哀れみもいらない。カスティエルにとってこれは、気高き誇りなのだから。

 

「君への過ぎた傾倒から始まったのは、決して間違いじゃない。人の心を支配できないように、この僕の想いは、尊ぶ物であるべきなんだ」

 

 つまりは、とディーンを見据えた。

 

「君の心もだディーン」

 

 突然、持論の先に立たされたディーンは、何を言い出す気だと警戒の意を見せる。

 

「……薬でも切れたか気狂い」

 

 鼻で笑って先を打ち消したというのに、そんなディーンへカスティエルは手を伸ばした。

 

 尊ぶべき想いの先にいる意味はつまり、彼の存在そのものが高貴であると。

 

「君は……」

 

「うるさいっ」

 

 怒気をこれでもかと露に叫んだ。威嚇とも取れるほど、全身の毛を逆立てさせてカスティエルを拒絶する。

 

 どうやっても有り得ない言葉を吐く前に止めなければ

 

「黙れっ、てめぇ勝手な戯言なんざ、聞きたか無いんだよっ。そっちの主張を、こっちにまで押し付けんなっ」

 

 明確な否定に、カスティエルはようやく我に返る。

 

「……ああ……」

 

 夢遊病から抜け出たような感覚の後、訪れたのは言いようもない遣る瀬無さ。

 

 暗澹たる現実の象徴かのようにさ迷う手を見つめ、やがて重苦しくもゆっくりと胸に収めた。

 

 沈黙が落ちるのを望んでいたのに、寂として声が無いのも同じく、どうしようもなくさせるに値した。

 

 取引とはいえ男とセックスする羽目になり、それだけでも陰鬱とさせるというのに、飼い犬に手を噛まれる事態にまで発展した。

 

 いや、こんな男を狗とするのもどうかしている。

 

 こんな場所で、しかもこんな状態の人間にだ、コレはまったく真逆のことを口走りかけたのだ。

 

 だからカスティエルとは距離を取らなければいけないと、これまでと同じく、何ども己に言い聞かせる。

 

「くそっ、今日は最悪の日だっ」

 

 ディーンは怒りのままに、ドンッと力任せに床を殴った。

 

 カスティエルも、それだけは同感できると、力なく項垂れた。

 

 

 

 

 衝動というにはあまりにお粗末な顛末など、一層忘れて欲しかった。そうすれば、あのもがき苦しむ想いの一片を、打ち明けた事実ごと消えてなくなる。

 

 結局変えようが無いのなら、同じ轍を踏まないようにするだけだ。つまりは、元の関係へと軌道修正させれば良い。

 

「勿論覚えているさ……そこまで中毒者じゃない」

 

 カスティエルは努めてシニカルな笑みを作り上げる。

 

「ビッチの割に、遊び心の無い男だなって思ったからな」

 

 ボサボサの髪をかき上げ、顎を突き出すようにして相手を見下げた。あからさまな挑発に、ディーンの眦がほんの微かだけ反応する。

 

「……喧嘩売ってんのか」

 

「まさか。勝てっこない勝負なんて、するだけ野暮さ」

 

 その証拠とばかりに、ホールドアップの体制を取る。

 

 ディーンはこれ以上のやり合いなど無駄とばかりに踵を返し、カウンターに置きっぱなしのウイスキーに手を伸ばした。酒を注ぐのは、グラス一つだけ。

 

「お前は俺の言う通りにだけ動けば良いんだよ」

 

 暗に出て行けと告げる背中を眺めながら、カスティエルは所在なげに下げた手をズボンのポケットに入れる。

 

「やれやれ、どれだけ人使いが荒いんだ、うちのリーダーは」

 

「他になんの使い道がある」

 

「まあ僕の忠告が、ここの意思であるのは間違いないんだから、休むことだけは推奨したままにしておくよ」 

 

 ディーンが酒を煽ったのを背中で悟り、そのまま部屋を後にした。

 

 日付の超えた深い夜。自分に充てがわれた家を見るも、誰も招いていない部屋では、明かりなど灯されていない。

 

 思わず降りていた階段の途中で足を止め、迷子のように途方に暮れては立ち尽くす。

カスティエルが出ていった後、中では同じように、ディーンも似た感情でいるに違いない。力を失ったとはいえ、その程度は付き合いの長さで読み取れた。

 

 今更ながら、どうしてあんなことをしてしまったのか。彼との距離を計るどころか、益々遠のいたのを痛感させられた。

 

 あの時、思いの丈をぶちまければ届くと思ったのか。

 

 ハンター稼業の時から舌先三寸で対象を言いくるめてきた相手は、己の賛辞に関して、疑念しか抱いてくれないのに。

 

 抑えつけ否定されてきた人生では、身構えられても仕方ない。綺麗な言葉ほど、ディーンは己を傷つける。ましてやあの状況では、愚者への供物でしかない。

 

 ディーンの為に死ぬことになんの憂いもない以上、従うことにも躊躇いなど無い。

崇高でもなんでもない理念すら、全身で拒んでいる相手にとっては、大義名分に己の名前が上がるのは気に食わないのも知っている。

 

 底の無い闇に覆われた心は、自衛の為に感情を削ぎ落としていった。

 

 あくまで駒の一つであれば良く、忠実な狗以外必要としないのは、ディーン自身も指している。

 

「使い道なんて無い……分かってるよ」

 

 空ろに笑む様は一瞬だけとはいえ、カスティエルの本音が見え隠れした。

 

 そしてようやく自室に戻るべく、再び足を進めた。

 

 それでも傍に、と。

 

 重い足取りは、そのまま足掻き苦しむ心情と重なった。

 

 

 

―おお人よ、汝の罪の大いなるを嘆け。


 
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