とある王国に記録にない姫君がた。
彼女は望まれて生まれてきたわけではなかった。王様といやしい身分の女との間にできた子ども、それが彼女の正体。
家系図に載せてもらえていた時期もあったらしいが、彼女の名前のところにはバツ印が書かれ、今では抹消されている。
その生まれのせいで彼女の存在は国民にも知らされていなかった。それでも城下町にはその存在を噂する者がたくさんいた。
その噂を聞きつけた他国の王様や王子様が彼女に謁見したいという依頼が後を絶たなかった。その大半は小国だったりして、なんとかしてこの国とのつながりを得たいと考えてのことだった。中には、御伽噺みたいな話を期待していた王子様とやらもいたのかもしれない。しかし、王様はそんな姫など存在しないとの一点張り。結局、彼女の姿を見たものはいなかった。
そんなこともあり、次第に噂は薄れていき、お姫様の存在など国民のほとんどが忘れ去ってしまいました。
それでも彼女は存在した。確かに存在する。まるで窓のない牢屋のような部屋に入れられて、鉄格子の隙間から入れられる食事を食べて、ただ毎日を過ごしていた。
彼女の存在を知るのは王様と彼女の食事を作り運ぶ身分の低い召使いの二人だけだった。
ある日、召使いが言った。
「あなたはこんなところで一人でいてさみしくないのですか?」
もしかしたら、その召使いはおとぎ話のような現状によっていたのかもしれない。それとも、本当に彼女のことを哀れに思ったのかもしれない。その真意は彼にも分からなかったが、お姫様にそう聞いたのである。
「確かに私はさみしい。でも、世界で一番不幸ということではないわ」
彼女は言った。
「世界には誰にも存在を認知されずに死んでいく人がいる。それは存在しないのと同じこと。でも私には、私の存在を認めてくれる人がいる。あなたがいるのだから、私は決して世界で一番不幸ということではないわ」
その言葉を聞いた召使いは自分になにができるか考えた。
最初はおとぎ話のように彼女を外に連れ出そうと考えた。だが、それは無理な話だ。自分にはあの牢屋のような部屋の鍵のありかをしらない。きっと王様が持っているのだろうと思ったが、王様に直訴したところで鍵をもらえるわけではない。それに身分の低い召使いに協力してくれる人間など、果たしてこのお城のどこにいるのだろうか。いや、この城だけでなく世界を探してもいないだろう。
次に考えたのが彼女に関する書物を出すことだ。しかし、王様は召使いの動きを察知し、彼の書いた書物を世の中に出すことを許さなかった。
結局自分にできることは、ただ彼女に食事を運び、そして彼女の話し相手になることであった。
転機は訪れた。
王様が死んだのだ。
王様は彼女の存在を誰にも言わなかった。それ故、彼の後を継いだ王子は彼女の存在を知らなかった。
召使いの書物の出版を妨げるものはもういなかった。
彼の書いた書物は瞬く間に売れた。内容が面白いわけでも、文が上手だったわけでもない。だが、それでも王様の秘密が書かれた書物に興味を持つ人間がこぞってこの書物を求めた。そして、お姫様の存在は瞬く間に世界中に広まった。
国民や他国の王様や王子様の批判に耐えられなくなった王子様は、彼女の存在を探し出し、そして世の中に出した。
お姫様自体はそこまで美しかったわけではなかったが、その生い立ちのせいでいろんな国からプロポーズを受けた。そのうち、とある国の王様と結婚することとなった。
嫁ぐ旅に出る前に彼女は召使いに聞いた。
「なぜ私のためにこんなことを?」
すると召使いは言った。
「目の前にいる不幸な人間を助けたいと思うのは普通です。確かにあなたは世界で一番不幸だったわけではない。でも、不幸であることには変わりない。だから助けたまでです」
お姫様は召使いに感謝の言葉を述べ旅に出た。その姿を見た召使いは熱くなる目で空を見上げた。
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即興小説トレーニングにて作成
お題:記録にない姫君 必須要素:バツ印 制限時間:1時間
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