No.508800

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 23

ありむらさん

洛陽篇 感染魔都の巻 開始!

ここに来ての超展開に耐えられないという方はごめんなさい。
でもやりたかったのです。
こんなのありえない、どこかでみたぞこの展開、医学的におかしい、などなどそんな考察は丸めて捨てろ! という感じで読んでください。

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2012-11-16 12:23:30 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:13601   閲覧ユーザー数:10734

【23】

 

 董卓邸賈詡邸襲撃事件の翌日のことである。

 

 1

 

「おにーさん。おにーさん」

 そんな声で目が覚めた。

 薄く瞼を開けると、朝の日差しが窓から差し込んでいる。

「おにーさん。かみかみ」

「慧、鼻を噛むな。それから布団に忍び込むな」

「にひひひ、あてのあいじょーひょーげん」

「ああ、分かった分かった」

 寝返りを打って、虚は布団に忍び込んでいる慧に背を向ける。

「おにーさん、寝るときはいつも裸だねえ」

 慧は虚の背中をつんつん突きながら言う。

「寝ている間に、服なんぞまどろっこしくて着てられるか」

「いつでも準備万端?」

「くだらないこと言ってないでもう少し寝かせてくれよ、ふあぁあ」

 虚は布団を頭までかぶって、二度寝の底へ逃げ出そうとする。

「おにーさん」

「んー?」

「おにーさん。あて、用事があって来たん」

「なんだ」

「曹操がお兄さんを呼んでる。布団の中でくるまって」

「華琳も二度寝してるんじゃないか」

「それでね」

「はいはい、なんだよ」

 ぞんざいに問い返すと、慧から聞き捨てならない返答が返ってきた。

 

「苦しそうにうめいとる」

 

「それを早く言え!!」

 

 

「華琳、入るぞ」

 返事を待たずに、戸を開けた。

「勝手に……入らないの」

「きみが呼び付けたんだろう。どうした、具合が悪いのか」

 布団の中にいる華琳の顔色は見るからに青い。

「あなた――あの薬茶、持ってきているでしょう」

「ああ」

「淹れて頂戴」

 息も絶え絶えに、華琳は言う。

「それは別に構わないが……慧、支度してくれ」

「りょーかい」

 慧が速足に部屋を出ていく。

「一刀、あなたも良いわ。支度が出来るまで下がっていなさい」

「おい、それはないぜ。介抱させろ、今のきみは明らかにおかしい」

「いいから、さがり――」

 そこまで言って、華琳は口元を押さえる。

 

 そして寝台から床へ――激しく嘔吐した。

 

「おい、華琳ッ」

「見な……い、で」

 そう言う間にも、華琳は再び嘔吐する。

「おにーさん、葉っぱと茶器持って来たよ、後はお湯を――」

「慧、部屋に入るな。おまえ、今朝華琳の部屋に入ったか?」

「え? いんや、戸の外から用件言われただけ」

「分かった、茶器はそこに置け」

 分からぬという顔のまま、部屋の外で慧は茶器を置いた。

 虚も部屋の戸口まで下がる。

「華琳、昨日おかしなものを食べたか?」

「か、ずと――さがり、」

「いいから答えろッ」

 厳しい口調で、虚は言った。

「例えば不衛生な屋台のもの、それから火のよく通ってないもの」

「食べて、ないわ」

「――分かった」

 この時代の衛生観念は勿論虚のいた世界とは比べ物にならないほど悪い。ただそれだけ人の身体も強かったりする。何より、華琳は不潔なものを酷く嫌う。美食家たる彼女の矜持がそうさせるのか、不潔な食事はなるべくとろうとしない。戦場でも衛生にはかなり気を遣っている。

 だから、彼女の嘔吐が単なる食中毒である可能性は低いのではないか。

 とすると。

 ――おかしな病気をもらったか。

 旅の間にかかって、潜伏していたのか。

 こちらに来てからもらったのか。

 それは分からないけれども。

「華琳、症状を言え。吐き気だけか」

「お腹が、痛いわ」

「手足がしびれたり、視界がおかしかったり、眩暈がしたり、そういうのは?」

「ない、わね」

「分かった。心配するな、俺が何とかする」

 とは言ったものの、薬茶はあるとして薬草はない。

 加えて、薬草も西洋薬ほど即効性があるわけではない。

 だが、何より避けねばならないのは。

 ――嘔吐による脱水症状だ。これは、いずれ下痢も来るな。或いはすでに……。

「慧」

「はいな」

 慧は待ってましたという顔をする。

「取り敢えず、これから俺が紙に書く品を大至急用意してくれ。開いてない店は叩き起こせ、金をまいてやればそう怒りはせん。それから陳留から俺の薬箱を持って来させろ」

 語りながら虚は衣服の懐に入っていたメモ帳に必要なものをしたため、ページを千切って慧に渡した。ここに至り、メモ帳の便利さに感心するばかりである。

「りょーかい!」

 慧は景気よく返事をすると、姿を消した。

 虚は思案する。

 単に嘔吐を伴う風邪なのか。それとも――。

 嘔吐を伴う感染症として思いつくものは少ない。虚は医学を学んでいる訳でない。とはいえ、この時代の人間よりは知識はある。少なくとも、疫病を死者の呪いなどと言いはしない。

 しかし――。

 虚は手ぬぐいで口鼻を覆うと、華琳のもとに行き、額に手を当てた。

「熱はない。おい華琳、吐いたのはこれが初めか」

「夜明け前に……二回」

「ばか、どうして俺を呼ばなかった。下痢は?」

「――あなたね」

 華琳は青い顔のまま、気まずそうに目を伏せる。

「大切なことだ」

「――あるわ」

「わかった」 

 枕元にある彼女の手拭いで口元を拭ってやる。

 熱はない。

 むしろ、低いような気すらする。

 発熱はなく。

 激しい下痢と嘔吐を伴う。

 

 嫌な病名(よかん)が脳裏に過る。

 

 しかし、その流行が中国で記録されているのは七世紀のことのであるはずだが。

 ――『記録』だけだろうが。それ以前にもあったかもしれない。

 潜伏期間は早くて数時間。

 洛陽に到着してからうつされたのだと考えてもつじつまは会う。

 しかし、とすれば、すでに洛陽で感染がそれなりに拡大しているはずなのだが。

「虚さま!」

 そんな思考を万徳の声が遮った。

「万徳、部屋に入るな!」

 虚は速足で華琳の部屋の戸へ向かう。

「いかがなされました」

 虚の深刻な表情を読み取って、万徳も剣呑な貌になる。

「華琳の体調が優れない。おまえの用向きは何だ」

「は。賈文和さまがおいでです」

「何? 昨日の襲撃事件の件で聴取にでも来たのか? いや、それは――」

「用は曹操さまに直接、と」

「華琳は出られん。俺が代わりに行こう。万徳は華琳の部屋の前で待機。華琳の様子がおかしい時は、すぐに俺を呼びにこい。部屋の中には絶対に入るな。戸や壁を触るのもなし。それから鼻や口を触るのもなしだ」

「承知いたしました」

 虚の命令に万徳は微塵の疑いを差し挟むことなく首肯する。虚を信仰しているのだ。

「華琳、俺はほんの少しだけ出てくる。何かあれば万徳に言い付けろ」

 言うと、華琳は力なく頷いた。

 虚は全身をきつい酒で消毒し、清潔な着物に着替えて、宿の門へ向かった。

 

 

 2

 

「お待たせいたしました、賈詡様」

 虚は賈詡を出迎えて、礼をとった。

「そう言うのは良いわ、ボクには普通にして。やりづらいから」

「――分かった、何の用だ」

 問うと、賈詡は少し申し訳なさそうな顔をした。

「あなたへのお礼、と言いたいところだけれど、それは今度落ち着いてからきちんとさせて。ごめんなさい。今日は急ぎの用なの。曹操に話が聞きたいんだけれど」

「華琳は出られない。用向きなら俺が聞く」

「まさか――曹操も倒れたんじゃないでしょうね」

 虚は露骨に表情を歪めた。

「そっちは――まさか張遼か」

 昨夜、華琳と張遼は昼間知り合ったようなことを言っていた。とすれば、同一の機会に――感染したか。

 賈詡は虚の言葉に瞠目する。

「どうして、アンタ」

「昨日華琳と張遼が昼間知り合ったとか言っていた。その時、食事でも一緒にしたのなら――」

「待って、アンタ何言って」

「張遼は、下痢と嘔吐が止まらない、そうだな?」

「え、ええ。今、医者を呼んで。月もお見舞いに行くって今支度を」

「すぐにやめさせろ! 相国を殺す気か」

 賈詡は肩を跳ねさせる。

「おいそこのきみ!」

 虚は賈詡の供で来ていた若者を呼ぶ。

「相国さまへ虚からの伝言だと言え。絶対に屋敷から出るな。それから張遼――いや、嘔吐している者、下痢してる者の身体、物品には絶対に触れないように言うんだ。振れてしまったなら、きつい酒で洗わせろ。死ぬぞと、きつく言ってくれ!」

「わ、分かりました!」

 動転したまま若者は馬に飛び乗り、駆けていく。

「どういうこと?」

「詳しい話は後だ。賈詡、今洛陽で、吐いたり下痢したりする病気が流行り始めているんじゃないだろうな」

「え、ええ」

「聞いてないぞ、くそったれ。それを、討たれた黄巾党の呪いだなんだと言ってる訳か。それを伏せていやがったな」

「そうよ、十常侍の段珪も倒れて――だからアンタの召喚が延期になったって、それも伝えに――」

「段珪が……くそ、そりゃあ延期だろうさ。殿下は?」

「月の屋敷に」

「保護が必要か。本城に人をやって、帝も保護しなければ」

「ちょっと待ちなさい、話が分からないわ」

 虚は大きく嘆息する。

「流石の俺もこれは厳しいな。賈詡、これは黄巾党の呪いなんてそんな雑魚じゃないぜ」

「アンタ、一体」

「この伝染病はこれから一気に洛陽を呑み込む。天子様だろうがその辺のゴロツキだろうが関係なく、無慈悲に命を奪っていく獰猛な病気だ。山のように死ぬぞ」

 賈詡の顔が青ざめていく。

「呪いじゃないなら――」

「説明してやっても良いが、いまは対策が先だ。協力してくれ」

 賈詡は真剣な顔で首肯する。やはり軍師だけあって、頭の切り替えが速い。

「あんたには分かっているのね。分かったわ、じゃあ諸葛亮にも伝えいないと」

 

「――諸葛亮、だと?」

 

 意外な名前に虚が間抜けな声を上げる。

「なぜ今諸葛亮が洛陽にいる?」

「なぜって、黄巾討伐の褒賞授与よ。今日が劉備、明日が曹操。でも劉備が倒れたからって今朝使いに来てね」

「クッソが。曹操劉備の共倒れか。洒落にもならん」

 そう、虚が呻くように言ったその時――。

 

「すまないッ!! この宿に陳留の虚先生がいると聞いてきたのだがッ!!」

 

 怒鳴り声を上げながら赤い髪の男が駆け込んできた。

「千客万来だなちくしょうが。――俺が虚だ。悪いが今立て込んでいて――」

「おお、あなたが『簡易応急手当指南』の虚先生か!」

「先生はやめてくれ、あんたは?」

 

「俺は――華佗という」

 

「華佗? ――華佗だと?」

「そうだ」

 虚は瞠目した。

 なんという僥倖だ。この若者があの高名な医師である華佗だという。華佗は男だったらしい。

 

「協力してくれ!」 

「協力してくれ!」

 

 ふたりは同時に咆哮した。

 互いに一瞬沈黙し、視線を交わして状況を理解する。

「熱はないのに、下痢と嘔吐が止まらない患者が相次いでいる。俺のゴッドヴェイドーもあまり効果がない」

「ゴッドヴェイドー?」

「良い発音だ、さすが虚先生だな。――俺の武器はこれだ」

 華佗が取り出したのは鍼だった。華佗は薬学の権威だとは知っていたが、鍼も扱えるらしい。

「効果があまりない。それに若者が老人のように――」

「手や顔が皺になるんだろう」

「そ、そうだ」

「いっておくが、黄巾党の呪いなんかじゃないぜ。それは水が抜けているせいだ」

「水を飲ませればいいのか?」

「いや、ただの水じゃあ、効果は薄い」

「どうすればいい」

「まずは、治療環境だ。無闇に扱ったんじゃ、こっちに感染者が増えるばかりだ。このあたりで一番大きな建物は?」

 虚の問いには、賈詡が答えた。

「月の屋敷よ」

「その次は?」

「何進大将軍邸宅。あとは張譲、段珪――」

「ああ、その辺は使えないな。何進には今死なれても困る。広い治療場が欲しいんだが」

「ボクの屋敷じゃ頼りないし――仕方ないわ月に頼みましょう」

「じゃあ、相国さまはどうする」

「恋の屋敷に」

「呂布宅か。彼女も無事なら良いが――よし、確認が取れ次第殿下もそこに移って貰うとしよう。――華佗」

 言うと、華佗が目のきらめきを強くする。

「なんだッ?」

「そう鼻息を荒くするな。これからこの病気の治療法……というか手当法を紙にして渡す。それを絶対に守ってくれ。出来れば他の医者たちにも厳守させて欲しい。俺はこれから董卓さまの邸宅を治療場にして治療に当たることにする。ただ、俺は本来医者でも何でもない」

 そういうと、華佗は明らかに狼狽した。

「虚せん、――虚は医者ではないのか」

「俺の国では、医者でなくとも最低限の医術は扱えるんだ。俺は医者じゃない。だから、本職の医者の助けは必ず欲しい」

「分かった、じゃあ、俺は正しい治療法を広めて――」

「一挙に大勢治療できるような場所いくつかに、治療場を作って欲しい。手間賃だの代金だのは、曹孟徳が軍師、虚が持つと言え」

 金なら副業で稼いだ分が腐るほど余っている。

 この病気は洛陽で食い止めてしまわねばならない。

 それこそ、陳留まで持って来られてはかなわないのだ。

「了解した!」

「何かあったら董卓邸に知らせてくれ」

「承知!」

 虚はふたりに一言言い置いて、宿に戻る。

 これで恐らくは確定的だろう。

 

 ――ふざけろ。これは、コレラだ。

 

 中国での感染の記録で最古のものは七世紀。だが、その記録以前に感染があってもおかしくはない。

 何より、この世界の歴史は史実とはかけ離れているのだ。何が起こってもおかしくない。

 

 ――俺に、やれるのか。医者でも何でもない俺に。

 

 やるしかない。

 コレラを洛陽で食い止める。

 できるだけのことをやるしかないのだ。 

 虚は大股で、華琳の部屋へ向かう。

 まずは彼女を、董卓邸に移さねばならない。動かすのは――気が退けるのだが。

 

 ※

 

「虚殿、話は詠ちゃんから」

 華琳を馬車に乗せる支度をせねばならなかった虚は、華佗と賈詡を先に行かせ、種々の手配を済ませていた。

 董卓邸の奥から、館の主たる董卓が姿を現した。

「相国さま、朝の一番から申し訳ございません」

 虚は頭を下げる。

「お気になさらないで下さい。して此度の病、黄巾党の呪いではないと」 

「当然です。呪いとは言葉です。嘔吐と下痢を引き起こすようなことはありませんよ。それより、厚顔無恥も甚だしいお願いなのですが」

「聞いています。この辺りの屋敷街でも患者は出ています。この屋敷を治療場としてお貸ししましょう」

「物品の運び出しは?」

「人をやって進めています。元々物の少ない屋敷ですから一刻もすれば、恋さんのお屋敷に」

「呂布は無事でしたか」

「はい、とてもお元気で」

 それを聞いて虚は強く首を縦に振る。

「最悪の場合、この屋敷は焼却処分することになります。よろしいですか?」

「ええ、所詮は急ごしらえの仮住まい。もともと引っ越す予定だったのです」

「お心遣い、感謝いたします。では、相国さまが呂布宅に移られ次第、設営と患者の搬入を始めます」

 その言葉に董卓は首肯した。

「虚!」

 屋敷の奥から小柄な影が、走ってくる。

「殿下、私に触れてはなりません!」

「な、なぜじゃ」

 大きな声に劉協が狼狽する。

 虚は屋敷に入る前に身を清めている。だが、万が一と云うことがあるのだ。

「私には病の源が着いているやもしれません。どうかお早く呂布邸に。それから飲食物は私の指示で出されるもの以外決して口にしないで下さい。これは相国さまも」

「わかりました」

「虚よ!」

 劉協はそれでも声を上げる。

「そなたは、大丈夫なのか?」

 その問いに虚は微笑んだ。

「勿論です殿下。私は虚。敵が黄巾であっても病であっても、先頭に立って戦い、そして勝利してご覧にいれましょう」

「ならば約束じゃ。また。またきっと、きっと、だっこしれたもれ!」

「承知いたしました」

「きっと、もみもみしてやるからの!」

 虚と劉協のやり取りが終わると、董卓は慈しむような視線を虚に向け、そして、劉協を連れて屋敷の奥に姿を消した。

「賈詡」

 その場に残っていた彼女に、虚は声を掛ける。

「何かしら」

「人手は相国さまからお借りできるんだな」

「ええ。問題はないわ」

「じゃあ、きみも下がれ。相国さまも賈文和を失うわけにはいくまい」

「アンタ――」 

 賈詡は言い淀む。

「アンタも、もう下がってもいいんじゃないの? 治療法も必要なものも、全部アンタが教えてくれた。ボクたちはそれを信じるって決めた。だったら、アンタがもう出張る必要はないわ。その病は――」

「ああ。コレラはうつる。だが、俺は残らなければならない」

「アンタは医者でもない。月は、アンタのこと心配していたわ。酷く青い顔をして」

 昨日会ったばかりの男にそこまで気を遣うことが出来る。

 それゆえの、人望か。

「治療場を監督する者が必要だ。何より――俺の主の身体を診るのは、たぶん俺しかいない」

 肩を竦めながら虚は言った。

 賈詡は嘆息する。

「分かったわ。じゃあ、もうすぐ――」

 眼鏡を上げながら、賈詡が言いさしたその時、門の方で馬の嘶きが聞こえた。

 やがて、小さな影が駆け込んでくる。

「か、賈詡しゃま! ――あ、噛んだった」

 その姿を見て、賈詡が苦笑する。

 

「来たわね、諸葛亮」

 

「は、はい! 桃香さま――劉備さまを治せるお医者様がいらっしゃるというのは」

「本当よ、ほらそこ」

 賈詡は視線を虚に向けた。

 それにつられて、諸葛亮もこちらを見上げる。初めてこちらに気が付いたと言いたげな貌だった。

 虚は苦笑しながら、感染予防用の覆面をそっと下ろした。

「久しいな、孔明殿」 

「う、虚しゃん! お、お医者様というのは……虚さんはお医者――」

「俺はモグリだよ」

「――もぐり?」

 諸葛亮は首を傾げる。

 ――通じないのか、モグリ。

「まあ、そう大したもんじゃないってこと。ただ、この病気の対処法は知っている」

 ――この世界で出来る程度なら、な。

「そ、それじゃあ――」

「孔明殿。勘違いしてはいけない。俺は病人の手助けをするだけ。治ろうと頑張るのは病人自身だ」 

「は、はい!」

 ふんふんと諸葛亮は頷く。

「あ、あの、私にも何かお手伝い……」

「それは出来れば避けてほしい。きみも病にかかるかもしれない」

「で、でも。人手が必要だって聞きました!」

 確かにそうなのだ。

 手伝いを願う人間には、病の危険性を説明してから参加して貰うことにしている。

 ゆえに、董卓の侍女くらいしか人を借りれなかったのも事実だ。

 他から医術に携わるものを借りてきても良いのだが、それでは他の治療場が手薄になる可能性があった。

「仕方がないか。じゃあ、まずは俺の言う方法で身を清めて着替えてもらう。残念だが、その衣服は処分した方が良い」

「しょ、処分ですか――」

「大切なものなのか?」

「えっと、その……そうでしゅ」

 動転しているのか、この娘は先ほどから噛んでばかりである。

「分かった。じゃあ、煮沸殺菌するか。少し傷むかもしれないが、処分は免れる」

「そ、それでお願いしましゅ!」

 また、ふんふんと諸葛亮は頷いた。

「賈詡。じゃあ、きみは――」

「ボクはさがる。ここで万が一にも倒れるわけにはいかないもの。自分の立場は弁えているつもり」

「ああ、侍女さんたちはかりるよ。それから張遼もここまで運ぶように人をやってくれ。あと――」

「朝廷には連絡したわ。帝の対策は最優先でされるはず。月と殿下、それから恋の生活はボクが管理する。だからアンタはその、こ、コレラ? とかいう病気に負けちゃ駄目よ」

「分かっている。感染拡大対策は、何進に頼めそうか?」

「今話を通してもらっているわ。大丈夫、ごり押ししてみせる。やり方はさっき貰った紙に書いてある通りで良いんでしょう?」

「ああ、そうだ。頼んだぜ」

「任せといて!」

 自信ありげに頷くと賈詡は大股で屋敷の奥に消えて行った。

「孔明殿、劉備殿は」

「外の馬車にいます」

「分かった。これから庭に天幕を張る。劉備殿はそこに運び込もう」

 虚が歩き出すと、諸葛亮が小さな歩幅でついてくる。

「あの、表にもうひとつ馬車が――」

「あれは――曹操だ」

 諸葛亮が息を呑む。

「天幕はふたつ張る。ひとつは劉備殿に、ひとつは我が主に。患者の特別扱いは良くないのかもしれないが、乙女の醜態はあまり余所に晒さないようにしなくちゃな」

 虚は励ますように、幼い軍師にウインクをサービスした。

「お気遣い、あ、ありがとうございましゅ!」

 再び噛みながら、諸葛亮は大きくこちらに頭を下げた。

 

 漆黒の男は、これより白衣に身を包み、洛陽を包もうとする病との死闘に身を投じる。

 

 つづく

 

 

《あとがき》

 

 ありむらです。

 

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。

 

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 さて、始まりました洛陽篇感染魔都の巻。

 どうしてこうなった……。どう考えても思いつきです、本当にありがとうございました。

 いつもクールに何でもこなす虚さんに右往左往して貰おうかと思いつつ、ついでに華佗さんを出しつつ、伏線を回収していきつつ、そんな展開にしようと思ったら、いつのまにか洛陽にコレラが蔓延していました。

 上にも書きましたが、深く考察し出したらきりがないです。

 恋姫だから大丈夫! Anotherなら死んでいた!

 くらいの心持で流すように読んでいただけると嬉しいです。

 

 では今回はこの辺で。

 

 コメントなどどしどし下さい。

 

 ありむらでした。


 
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