夜天の主とともに 33.戦線脱落
海鳴大学病院・個別病室
ピッピッピッ。
電子音が鳴り響くその病室には一人の少年がベッドの上で眠っていた。
その少年は時野健一。
彼は呼吸器マスクを付け、たくさんの医療機器に囲まれていて眼は固く閉ざされ静かに呼吸をしていた。
そして健一を見守る者もいた。ヴィータとザフィーラ、そしてはやてだった。三人は何かしゃべるわけでもなくただ健一を見ていた。
その沈黙を破るかのように扉が開く音がし中から2人の女性が出てきた。シグナムとシャマルだった。出てくるやいなや、はやては2人のほうへ寄った。
「けん君どうやった!?」
はやての鬼気迫る言葉にシグナムとシャマルはたじろいだ。見れば自分たちの服を掴む腕が震えていた。それを見てシグナムは小さく微笑んで言った。
「大丈夫ですよ主はやて。今は容体も安定しているそうでこの間安静にしていれば大丈夫だそうですよ。」
「ホンマか!けん君大丈夫なんやな!」
「はい。だから安心してはやてちゃん。」
シグナムとシャマルの言葉を聞き安心したのか深く息をついた。
「そっかぁ~、よかった。」
『で、実際のところはどうなんだ?』
その言葉にシグナムとシャマルはピクリと反応した。耳からではなく頭に直接響いたその言葉はヴィータからの念話によるものだった。
『…………。』
『どうなんだよシグナム、シャマル!!』
『………正直、かなり危ない状態よ。』
押し黙ることに耐え切れずポツリとシャマルが話した。引き継ぐようにシグナムが話す。
『今は確かに落ち着いてはいるそうだがいつまた発作が起きてもおかしくないそうだ。今度発作が起きた時には覚悟もしておいた方がいい……らしい。』
『方法は……ないのか?』
ザフィーラが重々しく尋ねる。
『……そのことでみんなと話す必要があるわ。はやてちゃんを病室まで送りましょう。』
そう、実ははやても入院していたのだった。健一が入院してほどなくしてはやても突発的な胸の苦しみで入院していたのだった。
「主よ。病室に戻りましょう。」
「ええ~、まだけん君のそばおりたい。」
ザフィーラがそう言うとまだいたいのかしぶるはやて。
「それではやてが体調悪くなったらどうすんだよ?」
「そうですよ。健一君が悲しむ、いや怒っちゃいますよ。」
それを言われるとばつが悪そうに頬掻いた。
「う~ん私はもう大丈夫やって言ってるけど確かにけん君ならそう思うかも、じゃ戻ろ。」
海鳴大学病院 屋上
「話とはなんだ?健一のことだろうが念話ではまずい話のなのか?」
屋上に上がって最初に切り出したのはザフィーラだった。
「念話でも話せたわ。でも顔に出さずに説明するのは私には無理だわ。」
「私もだ。」
「………そんなに…やべぇのかよ。」
シグナムとシャマルの顔が悔しさによるもので歪められるのを見てザフィーラとヴィータは事がかなり深刻であることを悟った。
「実はね…入院する前に健一君を少し調べたんだけど………健一君も闇の書の侵食を受けているわ。」
「「!?」」
あまりにも予想外、いや予想はできていたが信じたくなかった現実がそこにはあった。
「おそらくジェナから経由して侵食が広がったのだろう。決定的だったのは健一自身が闇の書を使って結界を破壊したときだろう。それとさっきは念話で話せなかったが……発作が起きる起きないにかかわらずもってあと数週間か数日か。」
健一がジェナを手に取ったその日からほんの少しずつ健一の肺を侵していた。そしてそれは蒐集を始めると同時に急激に加速した。加えて自分を媒介にして闇の書を発動させたことにより一気に加速した。
ドゴンッ!
屋上の壁を殴る音がした。ザフィーラだった。壁に向かって殴ったのだ。殴った拳から血がにじみ出る。
「私が悪いのだ。私があの時健一をなんとしてでも止めていればここまで状況が悪くなることはなかったのだ。」
「どういうことだ。」
突然の事態に3人とも理解ができてなかったのだ。
ザフィーラは全てを話した。はやてに言われて健一の様子を見に行ったときに健一が血を吐いていたこと。そこですでに健一自身自分に時間がないことを知っていたと告白されたこと。せめて完成まではやらせてくれと言われそれを認めた事。
全てを話したザフィーラは壁に手をつきながら深くうなだれた。ザフィーラの胸の内にあるのは後悔と罪悪感だった。自分が何とかしていればと思えば思うほどそれはつのっていった。
「お前だけのせいではない。」
シグナムの言葉にザフィーラは顔を上げた。シグナムの表情は真剣そのものだったが決して責めているような表情ではなかった。シャマルもヴィータも同じだった。
「別にザフィーラだけが悪かったってわけじゃねーよ。あたしたちは気づいてやることさえできなかった。」
「でもあなたはそんな健一君を傍らでいつも支えてあげてたんでしょ。」
「だからあまり自分を責めるな。これは私たち全員の責任だ。」
「………すまん。」
ただ感謝で頭を下げることしかできなかった。
「ほんっと、あたしたち変わったよな。」
ふいにヴィータがそんなこと言った。
「あたしたちってさ、昔はただ蒐集するだけの道具みたいなもんだったじゃん。それはずっと続くんだろうなって思ってた。」
でもさ、とヴィータが区切る。その表情は照れているのか少し赤らめながらも笑っていた。
「はやての騎士になって一緒に暮らし始めてからはホントに楽しかった。そこにはさ、健一もいてさ色んなことしたし、してくれたよな。」
「ああ、そうだな。特にシャマルのポイズンクッキング・改は人騒動だったな。」
「あれは二度と遠慮したいものだ。」
「ちょっとみんなしてひどい!」
どっ、と先ほどまでの暗い雰囲気が晴れそこには笑顔があった。そして一転して全員が真剣な表情になる。
「だからさ、健一も助けてやんなきゃいけない。あいつもあたしたちの家族だからな。なによりはやてにとって本当に大切なやつなんだからな。」
ヴィータの言葉に全員が力強く頷いた。その眼には迷いはなくむしろその意思を確固たるものへと変貌させていた。
「主はやてが真の覚醒を得れば主はやての侵食が止まり同時に健一への侵食も止まるはずだ。」
「シャマル今ページどんくらいだ?」
「もう4分の3過ぎてるわ。」
「うし!あともうちょい!」
健一を含めた5人での蒐集活動はなかなかの速度で集まっていたのだ。高ランクの魔道士から蒐集できたことも大きかった。
「シャマルお前は残れ。連絡役と主はやて、そして健一のことを頼む。」
「あたしたちはお見舞いの時間以外は管理局の野郎どもに見つかんねーようにしながら魔力集めに行く。」
「主と健一のことは頼んだ。みなのことは守護中の名に懸けて守る。」
「わかったわ。みんな気を付けて。」
「「「おう!!」」」
物語は終盤へと移ろうとしていた。騎士たちは秘めた思いを胸に飛び立った。
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