「え……?」
比奈はビックリした。
「これって?」
自分の左手の薬指にはめられた指輪を見て、比奈は必死に言葉を探した。
「俺の……気持ちだ」
照れくさそうに自分を見る男性に比奈は、もう一度、指輪を見た。
「ほ、本気?」
「ああ……」
男性は力強く頷き、比奈を見た。
それは五年間、待ち望んだ答えだった。
五年前。
比奈は久しぶりに見る太陽の日差しに顔を隠した。
「ま、まぶしい……」
二週間ぶりの太陽の日差しに比奈は溶けそうになった。
「早く帰りたい……」
太陽にやられそうになり、比奈は倒れたい気持ちになった。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「はい?」
眠たそうに振り返ると比奈は頼りなさそうに自分を見る男性を認めた。
男性は比奈に認められると懐から名刺を取り出した。
「俺、この事務所のプロデューサーをやってるんだけど、君、アイドルとか興味ない?」
「アイドルっすか?」
名刺を受け取ると比奈は胡散臭そうに目を細めた。
「自分、そんな柄じゃ」
「君、名前は?」
「……荒木比奈っす」
面倒臭そうに答えた。
「そうか、荒木さんか? この日、うちに来てね!」
名刺を裏返した。
「ほら、裏側に地図と住所が載ってるから、迷うことないでしょう?」
「いや……だから」
勝手に話を進める男に比奈は慌てて断り文句を考えた。
「あ、当日はちゃんとおめかししてね? そのままでも十分、可愛いけど」
「か、可愛い……!?」
「ちゃんと、髪は洗うんだぞ! お風呂、入ってないだろう。もう髪はボサボサで!」
「うぅっ……!?」
無遠慮にワシワシ髪をなでられ、比奈は嫌そうにした。
「アハハ、テレちゃって、可愛いだから!」
(な、馴れ馴れしいナンパだな……)
ナンパは初めてじゃなかった。
馴れ馴れしいナンパも珍しくなかった。
でも、このナンパはどこか違っていた。
それだけに不信感は拭えなかった。
頭を離すと男性は楽しそうにニヤニヤして手を振った。
「じゃあ、次のオーディション、必ず来てね?」
男性が去ると比奈は渡された名刺を握りつぶした。
「誰が行くもんか……」
家に帰ると比奈は部屋のベッドに倒れた。
「……アイドルか?」
世界で一番自分に似合わない職業だと自分で自分をバカにした。
両親は自分がアイドルになることを許さないだろう。
以前、珍しく家で休養を取っていた両親がアイドル番組を見て散々な悪口を言っていたことを思い出した。
中には人格を否定する酷いこともいっていた。
≪次のオーディションの日を楽しみにしてるよ!≫
プロデューサーと名乗る男性の笑顔を思い出し、比奈は心がちょっと痛んだ。
(無駄だろうけど、行くだけいけばいいか……)
仰向けのまま、服のすそをかいだ。
(汗臭い……)
ベッドから起き上がり、シャワーを浴びることにした。
オーディションの日がやってくると比奈は早速、後悔した。
(こんなに人が来てるの?)
オーディションに来ている女の子を見て、比奈は憂鬱になった。
(やっぱり、来るんじゃなかった)
「荒木比奈さん、部屋に入ってください!」
「あ、はい……!」
部屋に入ると比奈は自分をスカウトしたプロデューサーの顔を認めた。
プロデューサーはニヘラと笑い、手をひらひら振った。
比奈はイスのない面接室を見て視線をさまよわせた。
「あ、立ったまま面接するんだ」
「そう……っすか?」
変な面接だなと心の中でため息を吐いた。
面接官のほうを向くと早速、プロデューサーが馴れ馴れしく質問をしてきた。
「君の趣味、特技を聞かせてくれないかな?」
「マ……マンガが描くことっす」
「どんなマンガを描くの?」
「どんなって……」
ちょっと考えた。
「バトルからBLまで、なんでも描けます」
「いま、マンガ持ってきてる?」
「ないっす」
そんなこと聞かれるとは思ってなかったから……
「残念だな……」
ガッカリするプロデューサーに比奈は悪いことをしたかなと後ろめたくなった。
「じゃあ、もし、君がアイドルになったら、どんなアイドルになりたい?」
「……別になりたくないっすよ」
質問をしたプロデューサー以外の面接官がザワめいた。
プロデューサーは気にした風もなく質問した。
「君は二十歳らしいけど、職業は?」
「……なにもしてないっす」
そう、なにもしてない。
なにもない。
だから、オーディション自身もなにもなかった。
「歌や踊りの経験は?」
「歌はカラオケでアニソンを……踊ったことは……小学校のフォークダンスだけっす」
プロデューサーは満足そうに他の面接官を見た。
だが、面接官は渋い顔をしていた。
プロデューサーは気に入らない顔をし、比奈を見つめ返した。(もちろん、笑顔で)
「どんな歌を歌うの?」
「ふわふわタイムとあっちこっちで……」
「へぇ、どれも深夜帯だね?」
「知ってるんすか?」
「まぁね。どんなアニメが好き?」
「深夜帯はだいたい好きっす。一人で静かに見れるし……」
「リアルタイム派か? 俺はビデオにダビング派なんだけど……」
「邪道っすね?」
「そうかな。結構、いると思うよ」
「リアルタイムで見てこその深夜アニメっすよ!」
「ビデオで録って、見たいときに見るのも悪くないよ!」
「一理ある……」
黙りだす比奈にプロデューサーは勝ったとガッツポーズを取った。
「オーケー。もういいよ!」
「……」
なぜか鼻歌を歌うプロデューサーに比奈は胡散臭そうに目を合わせ、すぐにそらした。
「失礼します」
部屋を出ると面接待ちのオーディション参加者がヒソヒソした。
「やっぱり、あの子は落ちるわよね?」
「それはそうよ。あんなジャージ姿で来る人なんて初めて見た」
「典型的な勘違いって奴?」
キャハハと笑う女の子たちに比奈はいたたまれなくなり、走り出した。
それから数日がたった。
あのオーディションの日以来、比奈はずっと家に篭っていた。
お腹が減っても食事を取る気になれず、部屋の中にある飴やスナック菓子で日々を過ごしていた。
少し痩せた気がしたが健康的な痩せ方じゃないと自覚した。
よく見ると肌色もよくない。
(このまま死んじゃうのかな?)
そう思い、それもいいかなと自嘲した。
部屋のドアが壊されるように開いた。
「大丈夫か、荒木さん!?」
「え?」
ベッドから起き上がり、比奈は部屋に入ってきたプロデューサーを見て、目をパチパチさせた。
プロデューサーは寝ている比奈を認めると慌てて身体を抱きしめた。
「どうした、こんなボロボロで!? 誰かに襲われたのか!? 全然、連絡が来ないから心配したんだぞ!」
部屋を見て、プロデューサーは泥棒がいないかと警戒しながら、また、比奈を強く抱いた。
「……」
「どうした……?」
身体を離し、プロデューサーは比奈の顔を見た。
比奈は信じられない顔でしプロデューサーを見た。
プロデューサーは気付いたように聞いた。
「もしかして郵便を見てないのか?」
「ずっと、部屋にいたっす」
「お前なぁ~~?」
ベッドに座り、ため息を吐いた。
「心配して損した……」
プロデューサーはカバンから一枚の書類を取り出した。
『荒木比奈。オーディション合格』
「え?」
見慣れない文字に目を疑った。
「え……じゃない!」
プロデューサーは比奈の頭をグリグリした。
「もう三日もレッスンをサボッてることになってるんだぞ! トレーナーさんもカンカンだ! 今すぐ……って!?」
頭を叩いた。
「風呂入ってないだろう!? なんだ、この不衛生さは!? 仮にもアイドル候補生がそんなでどうする!?」
「ア、アイドル候補生?」
「オーディションに受かったんだ。当然だろう?」
「な、なんで、自分が?」
「いくら、スカウトだからって、いきなりアイドルになれるわけないだろう?」
「そうじゃなくって、なんで、合格?」
「そんなのお前が魅力的だからに決まってるだろう!」
「み、魅力的……!?」
「そんなことより!」
言葉を失う比奈にプロデューサーは彼女の頬をギュムッと掴んだ。
「今日から、俺がお前をプロデューサーだ! お前のそのダラけきった根性を叩き直してやるから覚悟しろ!」
「た、叩きなおひゅ……?」
頬を掴まれ、マヌケな声を出してしまった。
「ん?」
手を離した。
「どうした? レッスンをサボッてることなら俺がトレーナーさんに口聞きして、許してもらうぞ?」
「……」
「ど、どうして、泣いてるんだ?」
「え?」
頬を触った。
自分が泣いてることに始めて気付いた。
「お前……」
「うぅ……」
えぐえぐと泣き出す比奈にプロデューサーは優しく抱きしめてあげた。
「これから頑張ろうな?」
「あうぅ~~……」
自分もプロデューサーに抱きつき、大きく泣いた。
ほんのちょっとだが、自分の中でなにかが変わった瞬間だった。
あとがき
前に書いてリクエストを貰いお蔵入りした小説です。
自画自賛ですが、それなりに面白いじゃないかと評価してます。
まぁ、他人目線で見たら、二、三行で読むのをやめる駄文ですが……(笑)
全三話構成なのですぐに完結させられる予定です。
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久しぶりのTinamiでのアップです。
久しぶりにロボットを描こうと、現在、合体プロセスを研究中。
ジャイロゼッター面白いですよね?
ダンボール戦機と合わせて今年は豊作です!