第6箱「けれど、優しい。」
『子犬探しの裏で』
今回の語り部:
……えーっと……。
何かの手違いです。
ごめんなさい!
だってこの私に語り部なんて重役が務まるはずはないし、この私が語り手として集約に務めるはずがないのですから。
え? 手違いじゃない?
…………。
えーっ!?
嘘だ……これは悪夢だ……悪夢に違いない……。
作者さんのバカ。
あ、ごめんなさい!
……と言うわけで、何の脈絡もなく突如として語り部を任されたわけですけれど、ここで一つ忠告しておきたいのが、私なんかの話には内容と呼べるような何かは存在しないかもしれない、ということです。それでもいいという方のみ私のつまらない話に付き合ってください。あ、別に付き合わなくてもいいです。はい。
あ、申し遅れました! 内牧 薪ですっ!
◇◆◇◆◇◆
人吉くんの庶務職就任インタビューからしばらくたったある日の放課後。
私は開聞部長に頼まれて、撮影機材を演劇部の部室へ運んでいました。
なんでも演劇部は、今度大事な発表会があるとかで、報道部の機材を貸してくれと頼まれたらしいのです。
私が人見知りを直したがっていることを知った開聞部長が「人見知りは人と接して馴れていくしか直す方法はないわ」と言って、この仕事を一任してくれました。
私なんかのことを考えてくれてるなんて、なんていい人なのでしょうか。
「……にしてもこの機材重いなぁ……」
私は力がないからとてもキツいです。
とか思っていると、向こうから聞き慣れた声が聞こえてきました。
「あーもう、ホントになんなんだよ樹~。俺があーんなに誘っても空手道部には決して! 入らなかったってのに、なにいつの間にか報道部とかに入ってんだよぉ~。どうせ美人で有名の開聞先輩目当てだろ?」
「ハァ~。んなわけないだろ。寄田じゃあるまいし」
「なっ、どういう意味だよ!」
見てみると、隣のクラスの杵築くんと寄田くんが肩を並べて歩いていました。
杵築くん。
本名、
サラサラな髪質なのに、矛盾するようにところどころはねている髪型が特徴的な男の子。そして私が最も迷惑をかけているであろう男の子。
どんな迷惑をかけたのかと言いますと、なんと私、彼が部活に入らないと決めていたのにも関わらず、部長に言われるまま彼を勧誘してしまったのです。
いえ、そこまではまだいいのでした。問題はそのあと。
急に体調不良で気を失った彼を、部長に言われるまま部室へ運び込み、意識を取り戻したあと、彼が言った言葉を勘違いしてしまい、結果的に入部させてしまったのです。
……私はドジです。それも救いようのない。
誤解が解けたその後? もちろん謝りましたよ! 控えめに100000回ほど。謝りさえすれば許されるなんて甘いことは思ってないですけれど、それでも謝りました。私はそれ以外に何もできない人間ですから。
しかしそんな私に対して、驚くことに彼は、逆に感謝してきたのでした。
――実は俺、このままでは駄目だって気持ちがどこかにはあったんだ。いつまでも中学のことを引きずってちゃダメだって。でもなかなか一歩を踏み出せないでいた。その一歩を踏み出させてくれたのはきみだ、内牧さん。本当にありがとう――。
正直、よく意味は解りませんでしたけれど……。
けれど彼のこの言葉に、私は心を打たれたのです。
私は何の役にも立てない役立たずなドジだと思っていて、今回のこれも大失態で大失敗だと捉えていたのに、実際は少しでも彼の役に立てた……。
その事実が。
嬉しかったのです。
「……杵築くーん!」
気が付いたら声をかけて片手を振っていました。
特に用もないのになにやってるんでしょう、私。
「お、内牧さん。どうした?」
こっちに気づいてしまいました。マズい。なんか話すことないかな……。
とか考えてると、
「あー、内牧さんもマスコミ部だっけ? ……もしかして樹、開聞先輩目当てじゃねーっつーなら、まさか内牧さん狙いか?」
「「!?」」
茶髪でスポーツ刈りの寄田くんの思わぬ発言に、思わず驚いてしまいました。
「狙い」って……。
見ると杵築くんも意表を突かれたようでした。
「樹ってかわいい子好きだからなー。そう考えると、内牧さんかわいいし、怪しーぞーこれは~!」
「バカ! お前とは違うんだよ!」
「だからどういう意味だよ!?」
口喧嘩。
を始めてしまいました。
杵築くんは恥ずかしいのか、顔を赤く染めています。
でも、きっと私の方が……私の頬が赤いな。
赤面症なんです、私。
褒められたり目立ったり恥ずかしかったりすると、顔や耳が赤くなるんです。嫌です。治りません。
とかそんなことを考えてる場合ではありませんでした。
二人の喧嘩を止めないと!
「……あ、あの~……仲良くしようよ……! け、喧嘩はダメだよ!」
声を振り絞って言います。
「あ、いやいや、俺たちいっつもこんな感じだから。気にしないで」
…………。
余計なお世話だったようです。
男の友情って私にはよく解りません。
でも、なんか憧れます。
「内牧さん、その重そうな機材はなに? あ、それを俺に持ってほしくて声かけたんだな。すまん、気付かなくて」
「別にそんなつもりはなかったんだけど」と言う前に私から機材を取り上げる杵築くん。更に、「いいよ私が持つから」と言う前に「どこに運ぶんだ?」と聞いてきました。こうなったらもう運んでもらうしかないですね。無理矢理取り返すのも逆に失礼ですし。
「じゃあ俺、二人のジャマしちゃ悪いし、部活行くわ♪」
寄田くんが一瞬にして消えました。
一瞬です。
俊足です。
「はぁ。寄田がいろいろすまん。気にしないでくれ」
「いや、いいよ別に……。楽しかったし……」
「ならいいんだけど」
「……仲良いんだね、二人って」
「いや? そんなことないぞ?」
「……へ?」
仲良くないの!?
「俺と寄田は確かに親友だけど……でも気が合うってわけじゃないし、仲が良いってわけでもない」
「???」
すみません。
全然理解できませんっ。
男の友情って一体……。
解りません……。
そんなこんなで演劇部の部室へ向かっていると。
その方向から、白い犬の着ぐるみを着た怪しい人がこちらへ向かって来ました。
……誰!?
「おお! 杵築同級生に内牧同級生! この間はご苦労だったな!」
「黒神!?」さん!?」
驚きました。
犬の口が、がぱっと開き、そこから黒神さんの顔が覗いたのです。
白い犬の着ぐるみ。
着ぐるみと言っても、全身タイツの上に、頭と胸と腰と手先足先しかないです。スタイル抜群の黒神さんが着てるから映えますけれど……胸があまりない私が着ても映えないでしょう。
……いや、恥ずかしいからそもそも着ないよ!?
「生徒会長、その怪しい格好でどこへ行くんだ?(汗)」
「校舎裏だ。この衣装はたった今、演劇部から勝手に拝借してきた。かわいいワンちゃんと触れ合うためには、やはり見かけから入らねばならないと思ってな!」
杵築くんの問いに、黒神さんは犬掻きの様な仕草をしながら意味不明なこと(失礼)を言い放ちました。
……やはり似ています。
何度見ても似ています。
初めて見たときからずっと思っていました。
“みらいちゃん”に似ていると。
似ていると言っても、それは決して「顔つき」とか「体つき」とかそんな外見の話でもなければ、「口調」とか「性格」とかそんな内面の話でもありません。
では一体黒神さんとみらいちゃんのどこが似ているのでしょうか?
それは―――「
全身から放たれる独特の雰囲気。
そこら辺の、例えば私のような凡人とは圧倒的に根本的に絶対的に何かが違うオーラ。
あやふやで申し訳ありませんが、その抽象的な何かが、とても似ているのです。
みらいちゃんとは誰かと言いますと、私の数少ない友達の一人です。
みらいちゃん。
本名、
付き合いはそれなりに長く、初めて知り合ったのは小学校低学年。
“そのとき既に彼女は異常でした”。
みらいちゃんの話の続きはまた今度することにしましょう。彼女は十三組(ジュウサン)所属なので普段は登校してませんが、きっといつかは登校して来るでしょうから、その時にでも。
「では善吉とワンちゃんを待たせては悪いから、私は行くぞ」
「いってらっしゃ~い」
「い、いってらっしゃい……」
ギュンッ!
一瞬です!
一瞬にして黒神さんは行ってしまいました。
俊足というか神速です!
再び杵築くんと二人で演劇部部室へ向かって歩き出します。
「……なんか……黒神さんって、大きな人だね」
「?」
私の質問に、杵築くんは小首を傾げます。
「『大きな』って、器が? それとも心が?」
「あうー……!」
最悪です!
災厄です!
杵築くんが器とか心とか言ってしまったせいで、私が言いたかったことが言えなくなりました!
「……ううん、そうじゃなくて……えと、やっぱりなんでもないの……ごめんなさい」
結果、『誤魔化して』しまいました。
仕方ありません。
「あ、胸ってのもあったな」
「どきっっ!!」
どうして!?
私の思っていたことが……ばれた!?
「いや……内牧さん、今の『どきっっ!!』でばれたんだけどね」
「~~~~~~っっ!!」
やってしまいました。
大失敗です。
『誤り』です。
顔から湯気が出そうですぅ……。
と。
私が修羅場なこんな時に。
男の子と女の子がこちらへ駆けてきました。
みなさんお忙しいですね。
「メラリー! こんな学園校舎の中に! 本当にそんな生き物がいたのかい!? そして本当にこっちの方向で合ってるんだろうねっ!?」
「そうだロード。生き物と着ぐるみを見間違える私ではない。そして方向音痴な私でもない。その奇妙な生物は確実にこちらへ駆けていった」
近づいてくるにつれ、彼らが誰かはすぐに分かりました。
『猟理人』飯塚 食人先輩と、『超理師』米良 孤呑先輩。
二人とも二年十二組、つまり
学園の有名人の一人、いや、二人ですか。学園の有名人の二人でありますから、一方的に知っています。たとえ知らなくても、コック姿(と猟銃)やエプロン姿(とパン切り包丁)で予測はつくでしょう。
「おいお前達! こっちへ変な生き物が来なかったかい?」
わっ!
飯塚先輩が私達に話しかけてきました!
「あー……、思い当たることもないこともないこともないこともないですね。その生き物ってどんな感じでしたか?」
「人面犬……いや、その逆だ。犬の頭に人間の体。『犬面人』と言ったところだ」
機材が重たいのか床に置きながら尋ねる杵築くんに対し、米良先輩は悩みながら答えました。
『犬面人』って、なんかそういう人種いそうですね。
……そんなことないですね。
それにしても杵築くん、何か心当たりがあるようです。私には全く見当もつきませんが。
次の瞬間。
いきなり杵築くんから耳元で「たぶん黒神のことだ」と囁かれたので、驚いて「ひゃっ!」と声を上げてしまいました。
しまった。
みんなビックリした顔でこっち見ています。
「おいお前! 今何か女子に言ったな!? もし何かその生き物について知ってるんなら、今のうちに僕達に話しておいた方が身のためだよっ! メラリーが背後を一瞬見かけたその珍獣は、猛獣の気迫があったそうだからね! 早く見つけて早く『猟理』しないと、生徒に被害が出るかもしれないんだよ?」
猛獣を狩る狩人の気迫で杵築くんに迫る飯塚先輩。
うぅ……。
と、とても怖い……です。
それはそうと、さっきの杵築くんの言葉はどういった意味なのでしょうか?
まさか黒神さんを珍獣と見間違えるなんてことはないでしょうし。
そして杵築くんは言います。
「いや、だからですね、飯塚先輩。米良先輩が一瞬見かけたというその珍獣とやらは、犬の着ぐるみを着た黒神生徒会長で間違いありません!」
「なっ…………なん……だと……?」
杵築くんの言葉に、その場に崩れ落ちる米良先輩。ううん、正確には、パン切り包丁に両手で体重を乗せ、片膝をついて座る形。
「つい早とちりしてしまう私だ……。今回もまたやってしまったのか……」
「「「……………」」」
私もかなりドジな方ですけれど(自覚あるよ)、着ぐるみを珍獣と見間違ったことはさすがにないです……。
否。
それほど黒神さんの背中に威圧感があったということなのでしょう。
なんて納得していると。
事態が急変しました。
飯塚先輩の一言によって。
「……まあいいさメラリー。ちょっと前から学園内に住みついてる犬がいるらしいから、今日はそいつを代わりに『猟る』としよう」
「……っ!?」
“ワンちゃんが、殺されちゃう”……!?
「ダメ――――ェッ!!」
反射的に動いていました。
私の口は勝手に叫び、体は勝手に飯塚先輩に抱き着きました。
私なにしてんの、早く離れなきゃ、と思ってはいるのですが、体が言うことを聞きません。
がっしりと飯塚先輩の体を捕らえ、離しません。
みんなはきっとまた驚いているでしょう。
自分でも驚いています。
急に恥ずかしくなり、顔がどんどん熱くなっていくのが分かります……。
赤面症なんです、私。
「ちょっ……! お前! どうしたんだい!? いきなり抱き着いてきたりして!」
戸惑う飯塚先輩。
「ロード。彼女は犬っころが『猟理』されるのを嫌がっているのだ」
米良先輩は理解力があるようです。
「飯塚先輩。内牧さんは動物大大大好きですから、恐らくその犬を殺すことを諦めるまで離れませんよ」
さすが杵築くん。分かってくれてます。
「……あのっ……飯塚先輩! 米良先輩と杵築くんの言った通りです……! 私、先輩が諦めるまで離れません! ごめんなさいっ! ワンちゃんの保護は私が責任を持って何とかしますから……殺すのだけは……止めてくださいっ! お願いしますっ!」
涙目になってしまいました。
……あぁ、私ってホントに泣き虫だなぁ。
自分の腑甲斐無さに悲しくなります、我ながら。
内気で。
人見知りで。
臆病で。
ドジで。
誤ってばかりで。
謝ってばかりで。
なんの役にも立てない役立たずで。
その上泣き虫――。
「けれど、優しい。」
「え……?」
今私を褒めてくれたのは……米良先輩?
「お前は犬っころ一匹のために、涙を流すことができ、懇願することができ、頭を下げることができ、自分を犠牲にすることができ、そして何より生かすことができる。そんなお前は、優しい。
内牧、お前、味だなあ!」
にっと笑いかけてくれる米良先輩が、更に溢れてきた涙で見えなくなりました……。
「……ふぅ~。こいつは一杯食わされたよ。分かった、内牧さん。その犬を『猟る』のは諦める。煮るでも焼くでも勝手にすればいいさ」
「!! ……あっ……ありがっ……ありがとうございますっ!!」
やった。
こんな私でもワンちゃんを救うことができた!
とっても嬉しいです!
とってもとっても。
こんなに嬉しいのは杵築くんに感謝されて以来かな。いやまあそこまで月日経ってませんけれど。
後ろを振り返ると、杵築くんが温かい目で私を見守ってくれていました。
感極まって、歓喜余っていた私は、泣きながら(嬉し泣きです)杵築くんにも抱き着いてしまいました。
その時は嬉しかったから他にはなんとも思いませんでしたけれど……。
~数十分後~
「……あうー……またやっちゃったな……」
後から猛烈に恥ずかしさが込み上げてくる内牧 薪(わたし)でした。
あ、もちろん杵築くんにはちゃんと控えめに10000回ほど謝りましたから、安心してください。
ちなみに、黒神さんによると、ワンちゃんは紆余曲折あり元の飼い主のところへ帰ったそうです。これで『猟理』される心配は完全になくなりました。
一件落着かな♪
~おまけ~
薪「……つまり、そのワンちゃんを探し出して、秋月先輩のところに帰してあげるのが今回の依頼だったんだね……。黒神さん、お疲れ様」
めだか「……私は駄目だ……。可愛いワンちゃんに怖がられ逃げられるなんて……。私はとんでもなくいけない人間なのだ……」
薪「………。でも珍獣と勘違いされたまま飯塚先輩から『猟理』されなくてホントによかったよ」
めだか「……フン。ワンちゃんに愛されない私など……『猟理』されてしまえばよかったのだ!!」
薪「………………。」
薪「だ、誰か助けてくださーいっ!!」
落ち込んだ黒神めだかは誰にも手がつけられないという。
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原作キャラと原作には出てこない箱庭生たちによるスピンアウト風物語。
にじファンから転載しました。
駄文ですがよろしくです。